邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
諸君は一流と二流の違いを知っているだろうか。
一流とは言われたことを守り成果をあげ続ける人間、二流とは言われたことも守れず成果もあげられない人間。
基本的に一流とは後天性ではなく先天性、大事なのはその人物を取り巻く環境と血筋である。
人類皆平等。なんとも素敵な言葉ではあるが、そんな彼らに私は一つだけ言っておきたい。
不平等であることが平等であり、君たちは優生学も知らない哀れな肉袋だとね。
人権団体やNPO法人、綺麗ごとを宣う連中にフランシス=ゴルトンを紹介してあげよう。
彼の著書【遺伝的天才】を着払いで送り付けた時、くだらない偽善者どもがどんな顔をするのか見てみたい。
人類皆不平等。競争原理に於ける敗者とは搾取されるものであり、それが嫌なら赤旗を掲げる国に亡命するしかない。
金持ちの子は金持ちに、政治家の子は政治家に、搾取される側の人間がいくら喚いても世襲制度はなくならない。
仮にそんな世界が嫌だと言うなら、もはや残された道はただ一つである――――――自分を殺すと書いて自殺。
とても簡単でありなによりも難しい方法、もしかしたら私のように違う世界へと転生できるかもしれない……まあ、あまりお勧めはしないがね。
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憂鬱だ。これ以上ないというほど憂鬱である。
先日とは比べものにならないほどの大観衆、鬱陶しい雑音に包まれながらその足取りは重かった。
見渡す限りの馬鹿と阿呆、これからやることも含めてとてつもなく憂鬱だ。
学園代表戦第二回戦。激しい喧騒に包まれながら愚痴を溢し、そのくだらない舞台に立った私は悩んでいた。
この状況下でなにを考慮してどれを優先すべきか、言うなればリスクとリターンの兼ね合いである。
目下、最も優先すべき事柄は与えられた
敬愛する上司の御言葉は最優先事項であり、それはどれだけリスキーな行いであっても覆ることはない。
前回の戦いに於いて私は対戦相手を殺そうとする行為、及びその意図や拷問の類を禁止されてしまった。
要するにほどほどの力でほどほどに勝てと、そうマリウス先生は言いたいのだろうが私としては困りものである。
圧倒的な力を見せつけて優勝しろ――――――これは私に与えられた第一のノルマであり、なによりも優先しなければならない事柄だ。
対戦相手を殺さず五体満足のまま殲滅しろなんて、なんとも無茶苦茶と言うかあまりにも無理難題である。
片方を立てればもう片方には棘が立ち、その前提条件からして両立することは不可能だろう。
そうとなれば優先すべきは本来の目的であり、マリウス先生との約束はどちらかと言えば努力義務に近い。
この点に於いて唯一の救いはリング上に彼がいなかったこと、あの先生さえいなければ後はどうとでもなる。
リングを囲むように学園の職員が立っていたが大した問題ではないし、むしろこの状況は私にとって好都合とも言える。
リングの四方に配置された四人の職員、これだけいれば私の思惑通りに動いてくれるだろう。
学生同士の試合にしては少々やりすぎだが、それでも私の対戦相手にとっては幸運だ。
遅れてやってきた対戦相手の女性はどこか緊張しており、視線を向ければ肩を震わせていたがそれも最初だけだった。
対戦相手である女性は開始の合図とともに防御壁を展開し、私は日本刀を握り絞めながら思わず感心したよ。
前回戦ったオランウータンとは違ったタイプの人間、その意図は理解できるしなにより好感も持てる。
少々心もとないがそれ自体は良い選択であり、なにより展開するまでの間になんの躊躇もなかった。
事前に決めていたのだろうがその決断力は称賛できるし、速さで劣るからこそ防御力を上げるのは理に適っている。
ただ……ね。なんと言うか、その戦法自体にはこれといって珍しいものでもない。
この手の魔法は闘技場で何度も目にしており、学の浅い私でもその性質くらいは知っていた。
魔術壁の強度は注がれた魔力量に比例し、透明であればあるほど薄くその逆は固くなる。
とても大雑把でいい加減ではあるが、そもそも魔術壁自体がそれほど強力な魔法ではない。
ではそれも踏まえたうえで彼女のそれはどうか……ふむ、悪くはないがそこまで警戒する必要はないだろう。
そんなことよりも個人的には彼女の動きに関して、私の反応を窺いながら常に対応してくる姿には驚かされた。
おそらくはこの日に備えて練習でもしていたのだろうが、彼女に余計な入れ知恵をした人物がいるはずだ。
「残念ながら私はフェミニストではないので、少々痛いとは思うが少しだけ付き合ってもらおう」
あんな魔術壁やろうと思えば一撃で破壊できるが、それをしてしまうと彼女が降参してしまうかもしれない。
私にとって彼女が降参することはとてもマイナスであり、その時が来るまで試合を終わらせるわけにもいかなかった。
時間を稼ぐために私は魔術壁をゆっくりと破壊していく、傍から見れば彼女を嬲っているようにも見えるだろう。
だが当の本人は全くの無傷であり、時折飛んでくる氷や炎が彼女の無事を教えてくれた。
今まで私の動きを捉えられたのはただ一人、あの不思議な職員だけだというのになんとも愚かである。
魔術壁をガリガリと削られながら苦悶の表情を浮かべ、必死に魔力を注ぎながら反撃してくる姿はとても健気だった。
突破されたら後がないとわかっているからこそ必死に修復する彼女と、それを戯れに削り取る私はさながらペットと飼い主のようだ。
彼女はゲージの中を必死に走り回るハムスターであり、私はそのゲージを見つめながら微笑む人間である
頑張る彼女を評価してひまわりの種でもあげようか、誰の目にも勝敗は明らかだがそれでも試合は終わらない。
私に勝てるのではないかという期待を持たせるため、わざと消耗しているように見せかける。
希望という名の感情こそが正常な判断を鈍らせる原因、絶望の入り口であることを私は知っていた。
「こんなところで終わるのは嫌、後一歩……もう少しでこの人に勝てるかもしれない」
希望と絶望は正に表裏一体であり、私という崖を彼女は脚立だけで登ろうとしている。
果てしなく遠い道のりを一生懸命頑張る姿は正に青春であり、魔力を限界まで酷使して立ち向かってくる姿はとても健気だ。
戦いも終盤に差し掛かると魔術壁の修復は二の次、彼女はほとんどの魔力を私への攻撃に使っていたよ。
全てを破壊されてからようやく気づいたのか、慌てて新しいそれを張ったがもはやなんの意味もない。
再び展開された魔術壁は規模も強度も御粗末なもの、敗北を悟った彼女は降参しようとしていたけどね。
だけどそれを認めるわけにもいかないので、少々可哀想ではあるがその喉を潰させてもらった。
「そういえばなにか言っていたけど、君は……誰に勝てるかもしれないって?」
喉を潰されたことによって吐血はしていたが、この程度の傷ならば死ぬこともないだろう。
声が出ないことに焦ったのか、彼女は残る全ての魔力を魔術壁に注いでいた――――――ふむ、しかしそんなもので私が止まるはずもなく、彼女には悪いが私は日本刀を大きく振りかぶった。
今のところ代表戦のルールに抵触する部分はなく、マリウス先生から言い渡された内容も守っている。
彼女は魔術壁を展開し降参もしていないので、これを無能力者と断ずるのはあまりにもおかしい。
たとえその喉が潰れていたとしてもそれは一時的なものであり、彼女自身は諦めていないと判断すべきだ。
魔力消費が激しいことを除けば至って健康的な体、私としてもこれ以上攻撃するつもりはない。
そもそも私の目的は彼女という対戦相手ではなく、あくまでもこの試合を見張っている職員にあった。
要するに今の私達は周りからどう映っているか、そこが一番重要であり大きな問題である。
刀の切っ先は魔術壁へと向けられているが、それは実際に戦っているからこそわかる事実だ。
全ては演技であり演出、馬鹿な職員を誘き出すための言うなれば下ごしらえである。
対戦相手の殺害が駄目なら標的を変えてみよう。そうすれば……ほら、この場には彼女の他に四人もの人間がいるじゃないか。
視点を変えてみれば自ずと見えてくる抜け道、代表戦のルールやマリウス先生の言葉に職員の保護は含まれていない。
つまり不幸な事故によって四肢が損壊しようとも関係はなく、勢い余って殺してしまっても問題はない。
なぜなら再三に亘って注意された内容は対戦相手の保護であり、言うなれば生徒を守るための生徒を対象としたルールである。
職員に対する保護や制限は設けられていないし、なによりそれが故意ではなく過失ならば言い訳も通る。
今後の学園生活も考えてさすがに殺すつもりはなかったが、それでもある程度の流血は覚悟してもらおう。
突然割り込んできた職員に驚いた私は手元が狂い、致命傷は避けたものの重傷を負わせてしまった。
なんとも痛ましい不幸な事故、これだけの条件が揃っていれば誰も私を疑わない。
予期せぬ事態に対応できなかった職員の過ち、自業自得ともいえるがこれからは気をつけてもらおう。
「待て! それ以上の攻撃は――――――」
そして案の定リングに飛び込んできた哀れな職員に、私はなんの躊躇もなく日本刀を振り下ろした。
まがりなりにも教職を名乗っているので、さすがにこの程度の攻撃では死なないだろう。
一瞬にして展開された魔術壁を見ながら舌打ちし、私は弾かれてしまう可能性も考えて少しだけ力を入れる。
全てが終わった今だからこそ言えるが、このときの私は大きな勘違いをしていた。
それはマリウス先生を基準に考えていたこと、つまり目の前の職員を過大評価してしまったのだ。
さすがにあの男よりは劣るだろうが、それでも相当の実力者だと考えて行動した。
「おや……これは、なんというか本当に申し訳ない」
まさかこんなにも脆弱だったとは、拍子抜けと言うよりは落胆に近かった。
私の一振りは魔術壁を貫通して左肩から脇腹までを一閃し、そのせいで職員の左腕が宙を舞ったのさ。
私達を中心に大きな血だまりが出来上がり、職員が全く動かないので少々焦ってしまった。
頭からペンキを被ったかのように赤く染まった身体、殺してしまったのではないかと思わず苦笑いだ。
取りあえず千切れた腕を拾い上げて返却したのだが、それに対する動きもなければ返事もなくてね。
気がつけばあれほどうるさかった観客席が静まり返り、女性には衝撃的だったのか対戦相手の彼女は気絶していたよ。
「取りあえず君の腕はここに置いておくから、もしも手術するつもりなら急いだ方が良い。
全く、死ぬなら死ぬでもっとマシな死に方を選びたまえ」
広がり続ける血だまりにため息を吐くと、遅れてやってきた三人の職員に囲まれてしまった。
持っていた日本刀を投げ捨てたのだが、それでも私を見る彼らの瞳は鋭くてね。
駆けつけた医療班に搬送されていく職員と女生徒、これからのことを考えるととても憂鬱だった。
不幸な事故として押し通すつもりではあるが、それを信じてもらえるかどうかは別問題だ。
さすがに職員を殺したともなれば分が悪いし、なにより今後の学園生活にも支障をきたすだろう。
しかし一介の生徒にあんな深手を負わされるとは、この学園の職員は少しばかり情けないのではないか。
たった一撃、しかも予想された一振りである。
私としては彼が本当に教職を全うできたのか、その辺りを是非とも聞かせていただきたい。
「ヨハン君早くこっちへ、取りあえず控室の中で待っていてくれ」
応援に来た職員に連れられてその場を後にする私、こうして記念すべき二回戦目は幕を閉じた。
なんとも微妙な終わり方、穏便に済んでくれればいいがこればかりは確証が持てない。
こうして私はあの出しゃばりな職員に悪態を吐きながら、ほぼ軟禁に近い形で控室の中に閉じこめられたのである。