邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者の準々決勝

 いつもの私ならばこの場所に立った時点で嫌悪していたはずだ。しかし、今日という日に限ってはそんな感情は一切なく、私に対する罵声すらもどこか心地良かった。

 きっとこれから始まるだろう戦いにある種の愉悦を見出し、そしてこの高揚感を持て余しているのだ。

 彼女と出会ったあの日から始まったこの物語、私達の不思議な関係も遂に大団円である。

 

 

 ウィリアム=シェイクスピアには程遠いが、それでも素人にしては上出来の脚本だろう。

 個人的にはリア王のような悲劇かハムレットのような狂気が好みだが、残念ながら私の描いた脚本では誰も死なない――――――予定である。

 諸君はシェイクスピアからどんな教訓を学んだだろうか、特にリア王やハムレットといった四大悲劇からだ。

 

 

 現代社会に於ける必須事項。処世術に関する概念と無能な権力者の最期、優しさや正義といった哀れな結末が満載である。

 人間の本質を理解したうえで描かれたストーリーは新鮮であり、その内容はライトノベルなんかとは比べものにならない。

 作品に出てくる主要人物の何人かは必ず死ぬが、それも踏まえて私は彼の作品を気に入っている。

 

 

 正義は勝つ? 愛は負けない?……ふむ、その手の作品が好きなら児童書でも読みたまえ。

 現実世界でそんなものを頼りに悪と戦ったらどうなるか、悪の定義にもよるが少なくともハッピーエンドはありえない。

 ブラック企業を相手に訴訟を起こすのに必要なのは金と弁護士であり、正義や愛といったものを武器に戦っても挽肉(ミンチ)にされるのが落ちである。

 

 

 

「学園の職員を攻撃して謹慎処分になったと聞いたが、その様子だとあまり元気でもなさそうだな。……寝ていないのか? ほら、この辺りに大きな隈ができている」

 

 

 さて、では日本の皆さまこんばんは。

 学生同士の試合にもかかわらず、全力の殺意を向けられている哀れな子羊とは私のことです。

 学園代表戦準々決勝、言うなれば四城戦への出場をかけた大事な一戦である。

 ここで勝てばその資格が貰えるので張り切るのはわかるが、それでもこれは少々やりすぎだと思うがね。

 

 

 お腹を空かせた猛獣とはこんな感じだろうか、上質な憎悪を下地として殺意という名のトッピングがついている。

 上を目指そうという気概やその行動力は理解できるが……なるほど、確かに君は誰よりも人間に近い獣である。

 本当にこの私を殺すつもりなのか、どす黒い感情を放ちながら睨んでくる彼女に思わず苦笑いだ。

 

 

 

「今の君を見ていると初対面のときを思い出す。あのときも散々な目に遭ったが、今の君はあのとき以上に殺気立っている。

 個人的にはそんな君と戦いたくはないが……まあ、できるだけお手柔らかに頼むよ」

 

 

 彼女の持っている双剣が光を反射し、その心を表すかのように冷たい殺意が激しく揺れる。

 やる気になっているところ申し訳ないが、この試合の勝敗は既に決まっているわけでね。

 勝敗は戦う前から決まっているのさ。彼女の姉であるセレストを利用して聞き出した情報、セシルが得意とする技からその戦術まで私は知っていた。

 

 

 セレストも妹のこととなると途端に反抗的になるので、私もギアススクロールを用いて無理やり聞き出したがね。

 まさか上司に逆らうサラリーマンがいたとは、なんとも素敵で称賛されるべき家族愛だ。

 だが短時間労働者(アルバイター)とは違うのだから給料分の仕事はやってもらわねば、それこそ筋が通らないというか私としても困る。

 

 

 ギアススクロールがある限りどんなに反発しても無意味であり、彼女の頬を伝う涙を見ながら思わず呆れてしまった。

 どれだけ懇願しても彼女の意見は通らないが、それでも最初からそれを使わないぶん私は人格者だと思うのだがね。

 一応自分から喋るかギアススクロールで強制されるかの権利は与えているし、それすらも拒否されては私だって困るのだよ。

 

 

 

「どんな手を使ってでもあんたから聞き出してやる。お姉ちゃんのことを……全部、洗いざらい吐かせてみせる」

 

 

「これはまた……交渉術というにはあまりにも個性的だな。

 そんなにこの剣が気になるなら直談判でもしたまえ。私の用事が終わった後でなければ難しいが、それさえ終われば彼女も貸してくれるはずだ」

 

 

 開始の合図が鳴ったと同時にそのまま突進してきて、私との距離を詰めたかと思えばこの脅迫だ。

 四本の剣が重なり合って甲高い音を奏でながら対立し、私は黒い感情をぶつけてくる彼女に微笑む。

 純粋な力勝負ならば私が負けることはないし、そうなればこの状況を乗り越えるために使ってくるはずだ。

 

 

 セレストから聞き出した彼女の奥の手、そのユニークな能力を是非とも見せてほしい。

 このまま終わっては私としても困るからね。切り札を隠したいのはわかるが、そんなことを許すほど私は甘くない。

 

 

 

「君は体感速度を操れると聞いていたが、どうしてそれを使おうとしない。

 ん? ああ、彼女から教えてもらったのだよ。己の周囲に結界を張ってその中にいる者、つまりは私の体感速度と感覚を狂わせる。

 さっさと使えばいいじゃないか、このままでは話にならないし私としても興ざめだ」

 

 

 微笑む私とは対照的に彼女の顔は凍りついていた。この程度で動揺するなんて所詮はごっこ遊びということか、殺気だけは一人前でそれ以外は空っぽである。

 重なり合った剣が徐々に押されていき、必死に持ちこたえている姿がとても健気だった。

 このまま倒すことも可能ではあるが、それでは私の計画に支障が出てしまう。

 

 

 彼女が彼女自身の手でこの違和感に気づくこと、それがこの物語に於ける重要な分岐点だ。

 私が散りばめた無数のパンくずを拾うことで、彼女は真実とは程遠い大団円(ゴール)を模索する。

 こう見えても君のことを高く評価しているのだ。あのバーバリアンとは違って君は頭が回るし視野も広く、こんな私に好感を持っているような人間である。

 

 

 どうしてこの剣を持っているのか、君の能力を知っている理由や先ほどの発言にしても不可解だろう。

 君ならば絶対に気づくはずだ。私は彼女の力が弱まった瞬間に剣を弾き、そしてその脇腹に向かって加減した一撃を叩き込んでね。

 少しだけ距離を置いて一旦落ち着こうじゃないか、冷静さを失った人間はその能力を半減させてしまう。

 

 

 

「私の能力について、あんたがお姉ちゃんから聞き出したのはわかった。

 そしてお姉ちゃんが今もあんたの身近にいて、私の前に出てこられない理由があるのもわかったよ。

 あんたが言いたいことはわかった。だけど……ね。だからって私は止められない――――――」

 

 

 そうやって向かい合ったとき、彼女から放たれる殺気が弱まりその瞳が和らいだ。

 この短時間でそこまで気づくとは、私としても君を信じた甲斐があったよ。

 私の言動がなにかしらの形で繋がっていたら、その全てを理論づけて考えたら行きつく答えは一つだからね。

 

 

 それをどう捉えるかは本人次第であり、私は彼女という人間を知るためにテラスを訪れていた。

 あのテラスで過ごしたささやかな時間、あのときも君は私の言葉を信じて疑おうとはしなかったね。

 分の悪い賭け? いやいや、私に言わせればとても合理的な方法である。

 

 

 私の発言はあまりにも不可解であり、そこに違和感を覚えるのは当然のことだ。

 冷静になって考えれば誰だって気づく、そもそも他人から奪った剣をこんな場所で使うだろうか。

 こんなところで使っても私の立場が悪くなるだけで、しかも本来の所有者を知るセシルまでいるのだ。

 

 

 それにあのセレストが妹の能力を喋るとは思えない。クロード家の誇りともいえる武器を奪った相手に、彼女が唯一の家族でもある妹を売り渡すはずがない。

 付き合いの短い私でさえもわかるのだから、彼女の方は疑おうとすらしなかっただろう。

 ギアススクロールの存在を知らなければ一生辿り着けない真実、そしてなにも知らない彼女は間違った方向へ歩き続ける。

 

 

 迷子のようにぐるぐると歩き回る彼女にヒントを与えて、私にとって都合の良い真実へと誘導する。

 私に好意を抱いている彼女だからこそ、その目印(パンくず)を疑いもせずに食べてくれるのだよ。

 大丈夫、だって私たちは仲の良い同級生じゃないか――――――それにこれが終わったらちゃんと会わせてあげよう。

 

 

 

「この剣を収めることも……この感情を我慢することだってできそうもないの。

 たとえあんたがお姉ちゃんの恩人であったとしても、私は行き場のないこの気持ちを抑えられそうにない」

 

 

「そうか……まあ、勘違いされるのには慣れているから気にするな」

 

 

 彼女が気づいたところで試合は終わらないし、むしろここからがスタートラインである。

 私は突っ込んでくる彼女に対して双剣を構えてね。セレストから聞かされた話では彼女は一定の範囲にいる者の、その体感速度と感覚を狂わせる魔法を使うそうだ。

 

 

 つまりは結界内にいる者の速度や痛覚だけでなく、嗅覚や触覚すらも操れるのである。

 ただそれだけ強力な魔法であるため、体にかかる負担も大きくそれなりの制限もあるそうだ。

 連続しての使用や能力の併用はその性質上難しく、一度の展開でかなりの魔力を消費するらしい。

 

 

 しかしそれを差し引いても数倍の速度で動けることや痛覚の遮断など、その能力は使い勝手がよくとても強力だ。

 だが長期戦には不向きなようで、魔力が無くなる前に決着が尽かねばじり貧である。

 

 

 

「なるほど、確かに今までの動きとは大違いだな」

 

 

 突進してきた彼女が消えたかと思えば、次の瞬間に私の目の前で剣を振るっていた。

 倍速で動くというのはこれほど違うのか、この私が見失ってしまうほどにその速度は凄まじかったよ。

 確かにそこら辺の生徒では相手にならないだろうが、今回は相手が悪かったとしか言いようがない。

 

 

 一瞬だけ見失ってしまったがそれは文字通り一瞬であり、この程度であればいくらでも対処できる。

 セレストの話では倍速が限界ということだったが、これはこれで少しばかり拍子抜けである。

 どれだけ持つのかは知らないが、取りあえずは元に戻った瞬間を狙ってその剣を叩き落そう――――――

 

 

 

「舐めんな! お姉ちゃんが知っているのは数ヶ月前までの私、だからあんたの知っている私は今の私とは違うの!」

 

 

 これは……これは、まさか更に倍速で動けるとは思わなかった。

 まさかこの私についてくるなんて、かすり傷とはいえ素直に褒めてあげよう。

 ヒーロー君のようなトリックを使った一撃ではなく、純粋な力、純粋な能力によって彼女は一矢報いたのだ。

 

 

 それが頬を掠めただけのものだったとしても、私に一撃与えたのは事実であり称賛すべき行いである。

 頬を伝う一筋の線が私の顔を少しだけ染めて、私は驚きと共にちょっとだけ感心してね。

 なるほど、確かに成長しているようだがこの程度で強がられても困る。

 

 

 

「ではそんな君に敬意を表して、私も少しばかり本気で戦うとしようか。

 君がなにを迷っているのかは知らないが、それでも今の一撃には心底失望した」

 

 

 今の一撃は本来であればもっと深かったはずであり、おそらくは私に対する好意が彼女の剣先を鈍らせたのだろう。

 彼女が本気だったとしても避けられただろうが、それでもこのかすり傷は私の油断が招いたものだ。

 セレストの情報を信じて彼女を侮っていたこと、ヒーロー君との模擬戦で学んだことを私は忘れていた。

 

 

 私は自分自身が許せなかったのだよ。絶対的な有利、絶対的な強者を気取りながら私は見逃された。

 私に対する好意が彼女の体を束縛し、そしてそのおかげで私はこんなかすり傷で済んだのだ。

 油断だ。あの瞬間私は確かに油断していたのだよ。

 

 

 

「馬鹿にしないでいただこうか、どれだけ勘違いされても一向に構わないがね。

 だが情けをかけられるのはとても不愉快だ。先程の一撃、あれはどういうつもりだセシル=クロード」

 

 

 結局、あの模擬戦での敗北と教訓を私は忘れていた。

 一流の定義、それは言われたことを忠実に守り同じ過ちを繰り返さないことだ。

 ではその点を踏まえた上で考えてみようか、今の私は一流なのかそれともそれ以外なのか。

 

 

 

「前にも話した通りこの試合が終わったら全てを話そう。君が知りたかったこと、私とセレストの本当の関係も含めてね――――――」


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