邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle
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合理主義者の代表戦

 その男は突然観客席の中から飛び出してきて、御姫様を庇うように私の前に立ちはだかってね。
 予想外の状況に慌てふためく有象無象を尻目に、この時の私は誰よりも冷めていただろう。
 決勝戦という大舞台に乱入してきた彼は、まるでライトノベルの主人公のように堂々としていた。


 かよわい御姫様を守るように剣を抜き、気持ち悪いほど真っ直ぐな瞳を私に向けてくる。
 周りにいる教職員もどうすればいいのか困っているようで、おそらくは彼等もあのまがいものと同じ気持ちなのだろう。

 代表戦に於ける勝敗の決し方は主に二通りある。
 降参するか、それとも試合の続行が不可能となる程の怪我を負うか。


 泣き崩れてはいるものの、御姫様は降参しておらず身体的な外傷も皆無である。
 代表戦に於ける規定によればまだ勝敗はついていないが、道徳的に考えればこれ以上の戦いは無意味だろう。
 既に御姫様は戦える状態ではなく、既に勝敗は決していると考えるのが妥当だ。
 

 だが、ここで御姫様が言っていた言葉がそれを邪魔してしまう。
――――――私は絶対に諦めない。
 なるほど、要するに周りにいる教職員も含めて止めるべきか否か、それを測りかねているのだろう。


 本来であれば今すぐにでも拘束されて然るべき状況、目の前にいる彼が未だに立っているのはそんなところだろ。
 彼を取り押さえなければいけないという考えと、このまま試合を続行させるわけにはいかないという思いがせめぎ合っている。
 なんともまあ……これ以上ないというほど素敵な状況である。



「おやおや、どうして部外者である筈の君がここにいる。
 しかもそんな剣まで持ち出して、私には今の君がとても正気だとは思えない」


「確かに今の僕は正気じゃないのかもしれない。
 だけど、こんな悪趣味な試合を見ていられるほど狂ってもいない。
 誰の目にも君の勝利は明らかだ。これ以上彼女を痛めつけたところで、誰も喜ばないし見たいとも思わない。
 僕がここにいる理由はそれだよヨハン君、君が試合を続けるというならそれを僕は全力で阻止する」



 本来であれば彼に邪魔されたと憤慨するのだろうが、私に言わせればこれは千載一遇の好機である。
 御姫様の心を砕くのに一番効果的な要素が、自ら私の前に現れたのだからね。
 私が攻撃できるように大義名分まで持参して、これ以上ないというほど素敵な状況である。


 御姫様と一番仲が良いだろう主人公君の四肢を削いだら、きっと御姫様は自分のせいだと思うだろう。
 事実、彼女が降参しなかったが為に彼が止めに入ったわけで、私はその暴漢を排除しただけなのだから問題はない。
 試合に乱入しただけでは飽き足らず、私に剣を向けているのだから正当防衛としては十分だ。



「阻止する?全く、これだから野蛮人は理解に苦しむ。
 彼女は君の復讐を果たそうと健気に戦っているというのに、それを君自身が止めるというのかい?
 私は君達の関係についてそれほど詳しくはないが、こんな時こそ君が彼女という存在を信じるべきだろう。
 御姫様が私という悪?だったか倒すと信じて、それを待つことこそ友人としての努めだ」



 彼の四肢が己の大剣(ほこり)によって切り落とされた瞬間、御姫様がどんな表情をみせるのか楽しみである。
 これだけの職員が見守っているなか彼を殺すのは難しいだろうが、それでも片腕くらいならば切り落とせるだろう。
 それくらいならば過剰防衛と罵られることもなく、生徒会長様の不評を買う事もない筈だ。


 主人公君の返り血を浴びた御姫様がどんな顔をするのか、それを想像しただけでも笑いが止まらない。
 もっともらしい言葉を並べながら彼の油断を誘って、私は着実に彼との距離を詰めていく。
 無論、私が持っている大剣の間合いまで近づくことが目的であり、それさえ達成してしまえば後は振り下ろすだけだ。



「君が言っている事もわかるけど、単純にこれは僕自身のワガママでもあるのさ。
 僕はこれ以上ターニャが傷つく姿を見たくない。たとえ彼女に罵られようとも、僕はこの道を君に譲る気はないよ」


 私は大剣を弄びながら近づき、そのまま主人公君と睨み合いながら反応を伺う。
 既に私の間合いに入っている彼は警戒しているようだったけど、そこで私は盛大なため息をついて踵を返したのさ。
 彼の表情を見ることは出来ないが、それでもどんな顔をしているかくらいは手に取るようにわかる。


 きっと、私が背を向けた事に対して驚いている筈だ。
 どんな理由にせよ試合を邪魔してしまったという罪悪感、その感情から彼が攻撃してくることはないだろう。
 だからこそ、ここでの駆け引きはとても重要なのだ。


 最初の一刀を彼に防がれてしまうと、周りにいる教職員が止めに入る可能性がある。
 主人公君と剣術で競い合ったところで、その結果は火を見るよりも明らかだ。
 正攻法で攻めたとしても防がれる可能性が大きく、その場合は職員によって取り押さえられるだろう。



「わかった。君がそこまで言うなら私も考えを改めよう」


 それならば私が取るべき道はただひとつ、不意打ちによる防御不可能な一撃である。
 私が背を向けた事で彼は考えている筈だ。もしかしたら諦めてくれたのではないかと、考え直したのかもしれないとね――――――
 全く、なんとも浅はかな考えだと言わざるを得ない。


 私の言葉に張りつめていた筈の空気が乱れて、どこからともなく安堵の声が聞こえてくる。
 私の事をどんな風に見つめているかは知らないが、それでも手に取るように君の感情がわかる。
 なにを安心しているのだろうか、試合に乱入してきた暴漢を私が見逃す筈ないだろう。



「では、君を排除して試合の続きをやらせてもらおう」


 その言葉と共に右足を軸として背後を薙ぎ払う。この動作では片腕は切り落とせても、その体を両断する事は出来ないだろう。
 振り返った瞬間に見えた彼の表情はとても間抜けであり、どうやら私の言葉を信じていたようで既にその剣は納められていた。


 空気を切り裂く音と観客席から沸く悲鳴、唯一の武器を鞘に納めていてはどうしようもない。
 突然降り注いできた血の雨を前に御姫様はどんな反応示すのか、もはやその結末は想像に難くなかった。
 私よりも早く動ける人間などいな……いや、そう言えば一人だけ上回っていた奴がいたな――――――



「前にも忠告したけど、君の技は同級生に向けていい類いのものじゃない」


 そうだった。この決勝に備えて生徒会長様は警備を万全にするだろうし、ここに彼がいても何ら不思議ではなかった。
 大剣と言う名の鉄塊を素手で受け止めて微笑む姿は、あの時の事を私に思い出させた。
 あれ程の運動エネルギーを難なく受け止めるとは、どう考えてもこの職員は普通じゃない。


 代表戦に於ける予選でもそうだったが、私は私よりも早く動ける人間を見た事がなかった。
 目に映らない程の速さという点も含めて、今の今まで私は彼の存在に気づかなかったのである。
 一介の職員に過ぎない筈の男、マリウス=ヴォルフガンフを見ながら私の顔から笑みが消える。



「御言葉ですがマリウス先生、私は私の試合を邪魔しようとした阿呆を排除したかっただけです。
 決勝戦という大舞台を穢した輩には、相応の罰をもって望むのが妥当でしょう」


「君の言い分ももっともだけど、それをやるのは君じゃなくて私達の仕事だ」


 彼の口調や態度はこの私から見ても特異なもので、どこまでも掴みどころがなくとても落ちついたものだった。
 大剣の一撃を素手で受け止めておきながら全く動じない姿は、ある種の恐怖を私に植えつけてくる。
 彼自身もそれを狙っているのだろうが、その雰囲気はとても学園の職員だとは思えなかった。


 私達は互いに睨み合いながら全く動かず、この混乱とざわめきの中で固まり続けている。
 本来であれば今すぐにでも剣を下ろすべきなのだろうが、私の中に芽生えた恐怖心がそれを許してくれない。
 所謂防衛本能という奴なのだろうか、治まりのつかない感情が私という人間を駆り立てる。



「なにをやっているのですか!今すぐ彼を取り押さえなさい!」


 だからこそ、その時聞こえて来た言葉は一筋の救いではあった。
 ただ、その内容に思わず辟易してしまったがね。
 ここで暴れたところでなんの利益もなく、それならば少しでも有利に事を運ぼうと大剣を手放す。


 これを持っているせいであらぬ誤解を招いては、それこそ私の立場が悪くなる一方だ。
 生徒会長様の御言葉に従うと言う事を示した上で、迫りくる衝撃に私は覚悟を決めていた。
 あまり乱暴なことはされたくないが、状況が状況なだけに納得してもらえないだろう。

 しかし、そんな私の予想とは裏腹に職員達が向かう先には、私ではなくあの主人公君の姿があったのさ。



「ほう。なんとも……こうなるとは思わなかった」


「アルフォンス=ローラン、優等生として職員の評判も良い貴方がなぜこんな事をしたのです。
 決勝戦という大事な試合に於いて、個人的な目的の為にその秩序を乱した罪は重い。
 正式な処分は追って伝えますから、それまでは自宅での謹慎処分と致します」


 押さえつけられる主人公君と、なにが起こっているのかやっと理解した御姫様。
 主人公君は覚悟の上でやった事なのだろうが、御姫様の暴れっぷりはなんとも見応えがあった。
 職員に押さえつけられながら全く動じない姿は、個人的にはあまり面白くなかったけどね。



「先日の件も含めて、これで彼に対する遺恨は水に流してください。
 エレーナさんの一件と彼に対する処罰をもって、この場は大人しくしていただけると助かります」


 御姫様が主人公君を庇う光景はとても新鮮で、なんとも美しい茶番にしかみえなかった。
 生徒会長様が私の元までやってきて、先程の言葉を耳打ちしたかと思えばその返答を待っている。
 個人的にはあの一撃を止められた時点でそれ以上手出しするつもりはなく、むしろ生徒会長様の方からあの時の借りを持ち出してくれる分には大歓迎だ。


 準決勝に於ける不幸な事故に関して、私は生徒会長様に多大な借りがあるからね。
 それをこんな事で返せるというならば、それは私にとっても大きなメリットである。
 社会人として借りたものは返すのが礼儀であり、それを踏み倒したとあっては私の評価に響くだろう。


 なんとも拍子抜けな結末ではあるが、その生徒会長様の言葉によって私の代表戦は終わったのだ。
 御姫様の方に視線を移してみれば職員達ともめているようだったが、その声には試合前までのあの鬱陶しい抑揚が感じられない。
 主人公君を助けようと懇願する姿を見れば、彼女の心がどんな状態であるか一目瞭然である。



「生徒会長様がそう仰るのであれば、私はこの感情を押し殺しましょう。
 一応試合の方はまだ決着していないのですが、一旦仕切り直してもう一度行うのですか?」


「いえ、彼の言葉を借りるわけではありませんが、これ以上やったところで結果は見えています。
 ターニャ=ジークハイデンを試合続行不可能と判断し、この試合は貴方の勝利と致しましょう。
 それに……ほら、この状況では試合を行うのも難しいでしょう」



 観客席にいる有象無象が声を張り上げている。その内容は主人公君を助けようとするものであり、彼を押さえつけている職員達に向けられたものだ。
 御姫様の姿に触発されたのだろうが、声を張り上げるだけで行動に移さない彼等は主人公君よりも質が悪い。
 私としては生徒会長様からお墨付きも頂けたので、もはやこんなくだらないお祭り騒ぎを続ける気はない。


 敬愛する上司から与えられたノルマ、その全てを終えた今となってはただ鬱陶しいだけである。
 セシル=クロードの信頼を勝ち取り、決勝の舞台でターニャ=ジークハイデンを無傷のまま叩きのめした上で、圧倒的な力で以て代表戦というお祭り騒ぎを終わらせる。
 唯一の心残りは御姫様自身が降参しなかったことだが、今更それを聞いたところであの様子では難しいだろう。



「一応、今から表彰式を執り行いますので――――――」


「申し訳ないのですが、この後大事な約束が控えていまして。
 私の代わりに……そうですね。クロードさんにでも頼んでください。
 どのみち彼女も四城戦に参加するでしょうし、なにより彼女ならば私の頼みを断らないでしょう」


 そう言って私は踵を返すと真っ直ぐ出口へと向かう。これ以上ここにいたところで時間の無駄であり、ただ私の感情を逆なでするだけである。
 生徒会長様は不満気な表情だったが、表彰式とやらに出席する前に報告書を提出する必要がある。
 まずは本社に出向いて教皇様に取り次いでもらい、一秒でも早く報告書を提出しなければならない。


 ここで騒いでいる子供達とは違って私は歴とした社会人であり、プライベートよりも仕事を優先させるのは当然だ。
 学園代表戦決勝、その終わりはとても呆気ないものであった。
 歓声どころか拍手のひとつも起こらず、観客席にいる愚衆は口々に無責任な事を叫んでいる。



「無能共のフルコーラス、なんとも私らしい結末じゃないか」


 混乱?いや、ここまでくると渾沌だな。
 王族の誇りは地面に横たわり、主人公君は学園の職員に取り押さえられている。
 大衆は面白半分で首を突っ込み、その隙に私という勝者がこのふざけた空間を後にした。