邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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四城戦(上)
正義の味方とちょっとした勘違い


 いつか空を飛びたいと思っている者は、まず立ち上がり、歩き、走り、踊る事を学ばなければならない。その過程を飛ばして飛ぶことは出来ないのだ。

 

 これはとある哲学者が残した有名な言葉、彼は実存主義に於ける代表的な思想家として知られている。

 Cという結果を出す為には必ずA及びBという過程が必要であり、その二つを飛び越えてCという結果に辿り着くことは出来ない。

 彼の考え方は私という人間に多くのものをもたらし、また対人関係をつくる上でも大いに役だった。

 

 

 全ての行動にはなにかしらの思惑が絡んでおり、それが複雑であればあるほどその先に待っているだろう結果は絶大である。

 とある学園に入学した私はそこで開催されていた代表戦と呼ばれる大会、言うなればちょっとした催しもので優勝しろとの指示を受けた。

 そして次に課せられたノルマは四城戦と呼ばれる行事に参加する事、そこで私という人間を多くの者に売り込むことである。

 

 

 敬愛する上司から与えられた仕事は全て繋がっており、その先になにが待っているのかは私にもわからない。

 Cという結果の為に私はAという代表戦を制して、更にはBという四城戦に参加するわけである。

 では最終的に待っているCとは一体何なのか――――――好奇心は猫をも殺す。私がやるべきことは詮索する事ではなく、あくまでも与えられたノルマをやり遂げる事だ。

 

 

 社畜に求められるのは歯車としての才能、会社を上手く回す為には感情など不要である。

 求められがまま、ただ永遠と回り続ける事こそ私に課せられた役割であり、たまに油を注してくれればそれ以上は求めない。

 わかるかな?わかってくれるといいが……まあ、分不相応な願いは身を滅ぼすということだよ。

 

 

 

 では改めましてごきげんよう。

 今朝方屋敷に届いた手紙を馬車の中で読みながら、何度もため息を吐いているサラリーマンとは私の事です。

 蹄の音と心地良い振動に身を任せながら、私は今日何度目ともわからないため息を吐いた。

 手紙の送り主は私が一番恐れている女性であり、代表戦に関する最終的な結果と今後の予定が綴られていた。

 

 

 これを読む限りあまり楽しい状況でもなさそうだが、私の思惑通りセシルが代表入りした事は吉報である。

 アルフォンス=ローランに科せられた無期限の停学、そしてそれに対する一部生徒達による反発と嘆願。かなりオブラートに包まれてはいるものの、文章の節々から私に対する忠告が見て取れた。

 私としては彼の処遇に関して興味などないが、それでも御姫様に対する抑止力としては使えそうだ。

 

 

 

「あっ、お姉ちゃんです!」

 

 

 シアンの声が聞こえてきたかと思えば揺れが収まり、ドアを開けてみれば見慣れた景色が広がる。

 多くの生徒がすれ違う学園の校門、シアンが手を振る先には獣人の女の子が立っていた。

 左右に揺れる尻尾を必死に押さえつけながら、どこか嬉しそうに手を振り返してくる哀れなピエロ。

 

 

 馬車から降りた私の元へ駆け寄ってくる姿は、もはや獣人というよりは可愛い子犬である。

 この様子から察するに偶然というわけでもなさそうだが、どうして彼女が私を待っていたのか見当もつかない。

 届いた手紙には生徒会室に来るよう書かれていたが、生徒会長様が気をまわしてくれたのだろうか。

 

 

 

「おはよヨハン君、こうやって面と向かって話すのはあの時以来だね!」

 

 

 私のクラスメイトでありセレストの妹でもある彼女、セシル=クロードはその頬を赤く染めて話しかけてくる。

 どこかよそよそしい態度に違和感を覚えたが、これといって心当たりもないのでおそらくは気のせいだろう。

 生徒会室の場所を知らない私からすれば手間が省けて助かるし、ここは生徒会長様の御好意に甘えさせてもらおう。

 

 

 

「申し訳ないが生徒会室がどこにあるのかわからなくて、良かったら案内してくれないか」

 

 

「うん!その為に私も待っていたもん」

 

 

 そう言って笑う姿は本当に嬉しそうで、なぜこんなにも好意を持たれているのかわからない。

 赤く染まった頬に激しく左右に揺れる尻尾、これが演技であるならアカデミー賞ものである。

 私個人としては彼女の事をなんとも思っていないが、馬車を運転している使用人はそれを見てご機嫌斜めだった。

 

 

 

「ご主人様、今日屋敷に帰ったらこの間の続きをしてほしいです!」

 

 

「ああ、テーブルマナーの続きならいくらでも付き合ってやる」

 

 

 突然現れた小さな使用人に右手を引っ張られながら、このわけのわからない茶番劇にため息を溢す。

 不機嫌な彼女をなんとか落ち着かせたが……なんと言うか、本当に扱いづらい生き物である。

 使用人の説得にここまで体力を使うとは、ある程度の常識と言葉遣いは教えたのだがな。

 

 

 

「では私は行ってくるから、お前は私が帰って来るまで待っていなさい」

 

 

 使用人の説得を終えた私は踵を返すと、そのまま生徒会長様から派遣された素敵なガイドさんについて行く。

 軽快な足並みと今にも踊り出しそうな雰囲気、なぜここまで上機嫌なのか全く分からない。

 唯一わかっている事と言えば周囲から向けられる視線と、彼等が私達を避けるように歩いている事くらいだ。

 

 

 おそらくは主人公君の停学処分が関係しているのだろうが、そのあからさまな態度がなんとも鬱陶しい。

 私に言わせれば彼に対する生徒会長様の処分は妥当であり、むしろ退学処分にしなかっただけでも十分譲歩している。

 突然乱入してきた彼が悪いのであって、それを美談として受け止めるなら彼等の精神年齢は五歳児と同じである。

 

 

 

「ねぇねぇヨハン君、実は私も四城戦に出場する選手に選ばれたの」

 

 

 周りの阿呆どもに冷ややかな視線を向けていると、前を歩くガイドさんが突然ブレーキをかけた。

 その声は緊張しているのか少し震えており、なにかの迷いを振り払うかのように踵を返す。

 元々小柄な彼女は私を見上げながら、そして私はそんな彼女を見下ろしながら次の言葉を待っている。

 

 

 

「それでその……なんて言うか、ひとつだけヨハン君に確認したい事があってね。

 私との試合が終わった後に言った言葉、あれって本気――――――なんだよね?」

 

 

 出来の悪いラブストーリーを彷彿とさせる状況、たっぷりと時間をかけて出てきたものがこれである。

 彼女がなぜこんなにも照れているのかはわからんが、くだらない恋愛ごっこならそこら辺の雄犬とやってほしい。

 あの時の言葉になにか誤解を招くようなものがなかったか、それを思い出しながら私は自問自答する。

 

 

 しかし出てきた答えはとても単純であり、そのせいで更に困惑したのは言うまでもない。

 私は彼女という人間に利用価値を見出したからこそ、セシルという道具を確保すべくあのような行動を取ったに過ぎない。

 あの時の言葉に嘘偽りはないが、だからといって彼女に好意を抱いているわけでもなかった。

 

 

 彼女がいうところの本気とはなにに対しての、どういった感情を求めているのかがわからん。

 彼女の言葉はあまりにも範囲が広く、そしてその内容は受け取る側の主観に依存している。

 ここは深く考えず無難に対応するとしようか、四城戦の事もあるしあまり気にしない方がいいだろう。

 

 

 

「無論だ。そんなくだらない嘘を衝くような人間でもないし、なにより君は私と対等に戦ってみせた。

 君が私の事をどう思っているかはわからないが、それでもこうして迎えに来てくれたことは嬉しく思う」

 

 

 生徒会室の場所を知らない私に取って、彼女というガイドが来てくれてとても助かった。

 一応誤解を与えないよう気を遣ったのだが、これで私の真意も彼女に伝わっただろう。

 君が私の事をどう思っているのかはわからない。……ふむ、少しばかりわかりづらいかもしれないが問題ない。

 

 

 

「うん!私も勿論わかってた!

 ふふふ、ヨハン君って誤解されがちだもんね!」

 

 

 振られた故の空元気という奴だろうか、気丈に振る舞っている姿がなんとも痛々しい。

 今にも走り出しそうな雰囲気と満面の笑み、その尻尾が大きな音をたてて左右に揺れる。

 ここまで気を遣ってくれるとは、彼女の迫真の演技に私も感心してしまった。

 

 

 私の中でセシルという人間の評価が更に上がった瞬間、いつの間にこんな才能を身に着けたのだろうか。

 獣人は演技が下手くそだと思っていたが、やはり人間と同じで個人差があるのかもしれない。

 

 

 

「ほら、生徒会の本部があるのはあの建物だから――――――行こ!」

 

 

 そういって私の手を掴みながら引っ張る姿は自然体であり、私でなければ騙されてしまうだろう。

 駆け出す彼女とされるがままの私、なんともよくわからない構図が出来上がったものだ。

 周囲から向けられる視線をものともせず、耳まで真っ赤にしたセシルが走っている。

 

 

 この程度であれば付き合ってやるのも一興であり、彼女との関係が悪化するのは私としても好ましくない。

 このマイナスを埋める為にも少し優しくしてやろうか、セシルという道具はまだまだ伸びしろがある。

 少しばかり荒い吐息と軽快な足音、彼女の尻尾が揺れてその手はほんのりと熱くなっていた。

 

 

 どれくらい走っただろうか、やっと立ち止まったかと思えば私達の前に大きな建物が現れる。

 校舎とは完全に独立した造り、ローマ帝国のvilla(ブィラ)を彷彿とさせるそれに呆れてしまう。

 驚く私にセシルが説明してくれたが、どうやらこの建物は生徒会の所有物だそうだ。

 

 

 無駄に大きな敷地に生徒会専用の建物、一介の生徒にここまでものを与える意味がわからない。

 まあこの中にあの生徒会長様がいると思えば、これが生徒会のものだと言われても納得できたがね。

 そして建物の周囲にいる生徒達は全員青色の腕章をつけており、セシルが言うには彼等は風紀委員と呼ばれる者達だそうだ。

 

 

 生徒間のいざこざや学園内の私闘を仲裁する役割、言うなれば生徒会長様の子飼いである。

 ゲシュタポかはたまた秘密警察の類か、少なくとも恩を売っておいて損はないだろう。

 私達に気がついた風紀委員に対して手を振るセシル、するとその風紀委員が慌てた様子で駆けよってくる。

 

 

 

「大丈夫、あの人たちは私達の事を知ってるし応援もしてくれてる」

 

 

 四城戦に出場する私達を応援するのはわかるが、それでもこんな風に呼び寄せて大丈夫なのだろうか。

 生徒会長様の息がかかった子飼いの者達、その二人は息を切らしながら駆けよって来ると頭を下げる。

 突然の行動に私だけでなくセシルも驚いていたが、これは私としても粗相のないように心がけねばならん。

 

 

 

「セシルちゃんにヨハン君……様、ここから先は風紀委員がご案内します」

 

 

 セシルの説得によりやっと顔を上げてくれた風紀委委員、その女生徒達はどこか緊張しているようだった。

 セシルの名前を呼ぶときは普通だったのに、私の時だけその言葉が震えていたのはなぜだろう。

 しかも一度言いかけた言葉をわざわざ言い直して、その一瞬だけ横にいた風紀委員が軽く小突いていた。

 

 

 もしかしたらヒーロー君の事で彼女達に迷惑をかけてしまったのか、それで私の事を快く思っていないなら納得できる。

 子飼いといっても生徒会長様の息がかかっているし、それならば私に脅えているという事もないだろう。

 これはますます気が抜けない。これから先の学園生活も踏まえて、絶対につけ入るすきを与えてはならない。

 

 

 

「どっ、どうぞこちらです!あっ……セシルちゃんありがと」

 

 

 そう考えたら先程の言い直しやぎくしゃくした動き、どこか緊張しているように見せたのも演技か。

 全てが計算づくであるなら声が震えている理由も、彼女達の歩き方が変なのも納得できる。

 私という人間を試そうとしているのだろうが、風紀委員の考えている事など既に御見通しである。

 

 

 風紀委員の二人について行きながら、私は建物の中へと足を踏み入れると周りに気を配る。

 途中で前を歩く二人にセシルが声をかけていたが、もしかしたら顔見知りなのかもしれない。

 私に気を遣って演技を続けているセシルに、私という人間を試そうとしている二人の風紀委員、状況を整理すればするほど憂鬱である。

 

 

 いつの間にか隣にやって来たセシルの肩を叩き、もう演技は十分だと遠回しに伝えたのだがね。

だが強情な彼女はまだ続けるらしく、尻尾を振りながらただ嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

「ここが生徒会室です。既にターニャさんはご案内しましたし、生徒会長も中でお二人を待っている筈です。

 私達の役目はここまでなので――――――え……っと、この辺で失礼させていただきます」

 

 

 彼女達の事をずっと見ていたからだろうか、二人は助けを求めるような視線をセシルに向けていた。

 それに対してセシルはなにかしらの言葉を返すと、風紀委員の二人はどこかホッとした表情で踵を返す。

 残された私達は案内された場所、生徒会室と書かれたそのドアノブに手を掛ける。

 

 

 建設的な話し合いが出来ればいいが、その可能性は低いだろうと私は思っていた。

 生徒会長様や御姫様と会うのは決勝戦以来であり、生徒会長様はともかくあの御姫様がどう出るのかがわからない。

 だが……まあ、私は私に与えられた仕事を全力でやるまでである。


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