邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「初戦の相手はグランゼコール学院、生徒のほとんどが有名貴族という少し特殊な学校です。
私なりに出場選手の事を調べてみたのですが、さすがにガードが固くてこれといった成果は得られませんでした」
各学校の選手にあてがわれた控室という名の個室、その中で私は生徒会長様の言葉を思い出していた。
四城戦が始まる数日前、初戦の相手が決まったと同時に私は彼女に呼び出された。
そこでこれからの日程と各学校の対策について、それを生徒会室の中で話し合ったわけでね。
四城戦は学生達の意識改革と能力の向上を謳っており、その開会式ではちょっとした交流会が開かれる。
各学校の代表選手と一部の関係者が呼ばれて、選手の登録と禁止事項の確認が行われるらしい。
一応強制参加ではないらしいが、基本的にはほとんどの選手がその場に姿を現すそうだ。
そしてその選手の中には当然私も含まれるのだが、生徒会長様はその開会式に私を参加させたくないらしい。
学園長の娘である生徒会長様や御姫様とは違って、私の名前はそこまで知られていないからね。
だから大将である私の情報は出来るだけ隠したいそうで、情報戦という面で他校に後れを取っているぶん挽回したいそうだ。
私としてはそんなお友達ごっこに興味はないのだが、教皇様から与えられた仕事もあるので悩みどころだった。
サラリーマンだった頃の私だったなら、そう言った交流会には進んで参加していただろう。
なぜなら新しい人脈を作るチャンスであり、名刺を配る事によって私という人間をアピールできる。
しかし今の私には名刺もなければ実績もなく、そんな状態で自分を売り込んでも滑稽なだけだ。
それならばまずは私の実力を見せつけて、その上で彼等からの接触を待った方がいいかもしれない。
全くの無名選手が他校の生徒を圧倒したとなれば、必ず私という人間に対して興味を持つ筈だ。
その情報が少なければ少ないほど、各派閥は躍起になって動き出すだろう。
そこで生徒会長様が私の盾となれば、彼等の私に対する好奇心は更に刺激される。
処世術の基本概念からは外れているが、この場合はその選択こそが一番賢い。
結局、私は生徒会長様の申し出を受ける事にした。
私が来ない事にセシルは不満げだったが、そこは適当な理由をつけてあしらったよ。
「ヨハン=ヴァイス様、試合が始まるまでここでお待ちください。
副将戦が終わるまでの間は自由ですので、ご要望があればいつでも――――――」
クラック・デ・シュヴァリエを彷彿とさせる城は、外から見てもため息が出る程の大きさだったが、実際に入ってみると予想以上に手が込んでいた。
城の中は迷路のように入り組んでおり、私達は城の警備している兵士によって部屋まで案内された。
部屋の中はモダン調のインテリアによって統一されて、その造りに思わずため息が出てしまったよ。
試しに目の前にあったソファーに座ってみれば、自重だけでどこまでも沈んでいきそうだった。
どこまでも優雅で文句のつけようがない空間、そんな中で私は知らず知らずの内に呟いていたのさ。
「空っぽな人間が治めている割に、城の中は反吐が出るほど美しい」
そして部屋の中心に見慣れたものがある事に気づいたわけだ。それはアリーナの控室にあったやつと同じで、最初はどうやって使うのかがわからなかった。
だが先程の兵士が言った言葉を思い出して、私はドア越しに声をかけるとそのまま招き入れてね。
それの使い方がわからない事に彼は驚いていたが、私に言わせれば知っている方がおかしいのである。
兵士から説明を受けてそれを起動すると、そこには緊張した様子のセシルが映し出されていた。
おそらくは魔法で会場の様子を投影しているのだろうが、この世界の常識には相変わらず慣れそうになかったよ。
ちょうど先鋒戦が始まるところだったらしく、私は暇つぶしがてらその試合を見物する事にしてね。
「貴族共の子飼いがどの程度強いのかは知らないが、少なくともこの試合はセシルが勝つだろうな」
セシルの能力は完全な初見殺しであり、他国から移住してきたばかりの彼女は私と同じように有名ではない。
生徒会長様や御姫様のように貴族との交流もないし、その能力が他校に知られているとも思えない。
つまりは御互いに目隠しをした状態での試合であって、そういう状況下でなら彼女が負ける事はないだろう。
この日の為にある程度の戦術はレクチャーしているし、なにより私との訓練で一番成長したのは他ならぬ彼女である。
元々セシルの能力は長期戦には向かないので、最初の一撃で彼女の全てを叩き込み、そして一瞬で終わらせる事こそ最も効率的だ。
相手がセシルの能力を知らなければ、結界の中に入っても逃げようとはしない筈だからね。
結界の中に入らない事こそが最大の対処法なのだが、私のように彼女の速さについてこられるような人間がいるとも思えない。
要するにこの試合に限って言えばかなりのアドバンテージがあり、余程相性の悪い相手でなければまず負けないのである。
しかしこの戦術は次の試合では使えないだろう。この試合を見物している他校の関係者が、この試合を通してセシルの能力に気づく筈だ。
この戦術は相手がセシルの能力を知らないこと、それが最も重要なのである。
彼女の能力はとても強力であるが、その反面多くの対処法が存在するからね。
つまりセシルの事が知られていないこの試合関しては、対戦相手の方から彼女の結界内に入って来る可能性が高い。
そして結界内に引き込んだ時点で彼女の勝ちであり、先程も言ったように全力の一撃を叩き込めばそれで終わりだ。
少しばかり強引なやり方ではあるが、私達は観客席を喜ばせる為に来たのではないからね。
「いや……私に限っては例外か、こんな気持ちはあの闘技場以来だな」
こうして始まった先鋒戦は、案の定セシルの一方的な攻撃によって幕を閉じた。
その試合内容があまりにも短かったために、映し出された映像は淡白なものだったけどね。
嬉しそうに飛び跳ねているセシルと、倒れたまま動かない対戦相手がとてもシュールだったよ。
なんと言うか本当に気の毒な奴だ。多くの権力者が見ている中で、あんな醜態を晒すなんて自殺ものである。
しかし……まあ、次に行われる試合よりはマシだったかもしれない。
グランゼコール学院との次鋒戦、この試合に関してはなんの心配もしていなかった。
それこそスター〇ックスの珈琲でも飲んでいるかのような安心感、私に言わせればただの茶番劇である。
結果のわかっている試合ほどつまらないものはないし、映し出された対戦相手にしても震えているではないか。
おそらくはこんなにも早く生徒会長様が出てきたこと、それがあまりにも予想外だったのだろう。
先程の学生も気の毒ではあったが、あそこに立っている女生徒はもっと不幸である。
一応生徒会長様の知り合いだったらしく、試合が始まる前に言葉を交わしていたけどね。
彼女がなにものなのかは知らないが、少なくとも私やセシルのような人間でない事は確かだ。
試合内容に関しては……まあ、予想通りとしか言いようがない。
生徒会長様を相手に善戦したとは思うが、これといって凄い部分があるわけでもなかった。
平平凡凡。たとえるならば御姫様の劣化版だろうか、多種多様な魔法で相手を翻弄するが決め手に欠けている。
私ならば試合が始まったと同時に切り伏せているが、生徒会長様がそれをしなかったのは優しさからだろう。
貴族同士のしがらみという奴か、そうでなくてはあそこまで手こずるわけがない。
その優しさを私にも向けてほしいのだが、入学テストでの事もあるので難しいだろう。
取りあえず、私はそんな生徒会長様の意外な一面に笑っていたのさ――――――ただ…ね。次に行われた副将戦がそんな感情に水を差した。
いや、水を差したといえば聞こえはいいが、私に言わせればトラック一台分の冷水をぶっかけられた気分である。
御姫様が勝てば私としても気軽に戦えたのだが、そんな期待は試合の開始と同時に消え失せてしまった。
「あの小娘、悪ふざけにしても度が過ぎているな」
静かな空間に響いた声はどこか呆れ気味であり、その試合を見ながら何度舌打ちしたかわからない。
あの小娘は一体何を考えているのだろうか、映し出された映像にため息がこぼれる。
副将戦ターニャ=ジークハイデンの試合、それはあまりにも滑稽だったと言っておこう。
私と戦った時はあれほど酷くはなかったし、なにより使っている武器も一回り小さくなっている。
代表戦で使っていたものとは違う武器、その大きさに彼女が慣れていないのは明らかだった。
攻撃魔法を乱発して距離を詰めたかと思えば、突然ブレーキをかけて距離を取ろうとする。
まるで今思い出したと言わんばかりに、その動きは本来の彼女とはかけ離れていたよ。
相手が突っ込んできたら攻撃魔法で対処し、出来るだけ近づかせないようにしている。
最初の方はそれでもなんとか戦えていたが、そんな風に戦っていれば魔力がなくなるのも時間の問題だ。
案の定魔力切れを起こした御姫様は、嫌々その新しい武器で戦う事となってね。
一回り小さくなった大剣で相手の攻撃を防ぎ、隙を見て反撃に出るものの攻撃が届かない。
焦る彼女と届かない攻撃、私も含めてほとんどの者が失笑していただろう。
個人的には遊んでいるようにしか見えないし、試合を見ている他の人間も同じことを思った筈だ。
所詮は飾りものの小娘でしかなく、王族だからと言って必ずしも優れているわけではない。
御姫様の対戦相手が強かったというのもあるが、それでもその試合内容はかなり酷かった。
結局、最後の最後まで新しい武器を使いこなすことは出来ず、こうして多くの失笑と共に彼女の記念すべき第一戦は終わりを告げた。
私に言わせればただの練習不足というか、そんな中途半端な武器を使った御姫様が悪い。
どうしてあの大剣を使わなかったのか、その辺りが疑問というか不思議である。
「ヨハン=ヴァイス様、そろそろ始まりますので準備してください。
会場までは私がお送りするので、必要なものがあれば今の内にお願いします」
彼女ならばそれくらいの事は気づいただろうし、こういう結果になる事もわかっていた筈だ。
最初から試合を棄てていたのであれば、それこそあそこまで粘る必要もなかっただろう。
なんとも傍迷惑な小娘というか、おかげさまでそのしわ寄せが私にきている。
「さて、不甲斐ない正義の味方に代わって私が出よう」
こうして試合会場に辿り着くまでの間、私は御姫様に対する不信感に悩まされることとなった。
彼女の性格から私への当てつけではないだろうし、同様の理由からグランゼコールと繋がっているとも思えない。
そもそもそんな事をしても彼女にメリットはなく、むしろ公の場で醜態を晒す方がとてつもなくマイナスだ。
その答えはいくら考えても出そうになかったが、試合が終わったら生徒会長様にでも聞いてみよう。
御姫様と慣れ合うつもりはないが、だからと言って敵対する理由もないからね。
こういった情報は意外なところで意外な成果を生む、なにかしらの役に立つなら利用しない手はないだろう。
「ではどうぞ、貴方の御武運を御祈り致します」
会場の中には観客席というものが一切なく、代わりに大きなビスタルームが四方を取り囲んでいた。
中心を見下ろすように作られたそれは、これを設計した者の性格を物語っていたよ。
四方のビスタルームにはそれぞれ数名の人影があり、残念ながらその顔を見る事は出来なかった。
各ビスタルームはそれぞれが独立しており、中にいる人間も着ている服がかなり違っていてね。
軍服を着た人間がいるのはおそらく世襲派軍閥のブースであり、そう考えたならローブを着込んだ者達がいるブースは魔術師協会だろう。
でっぷりとした体に高そうな服を着ている人間が門閥貴族なら、残りのブースは私が所属している王党派の筈だ。
王党派のブースは他とは違って人数が少なく、どこか暗い雰囲気に包まれていたと思う。
見下ろす側である彼等はなんの問題もないが、私達からは見えない造りをしているので中の様子は見なかった。
だが私を見下ろしている三人の内、一人が獣人である事だけはわかった。
獣人特有の耳と尻尾、おそらく隣国から来たというゲストは彼のことだろう。
私の視線に気づいたのか手を振って来る陰に、私は軽くお辞儀だけすると踵を返してね。
「私の名はディルク=ヴェルデリッド、栄えあるグランゼコール学院からやってきた者だ。
前回大会での不本意な成績と先輩方の屈辱、それを雪ぐためにも貴様には生贄になってもらう。
私は貴様のような人間が嫌いだ。開会式にも参加しなかった下賤の輩に、伝統というものの尊さを教えてやろう」
やっと現れた私の対戦相手は頭がおかしいのか、聞いてもいない事を色々と教えてくれた。
動作の一つ一つがとても大袈裟で、見ているこっちが恥ずかしかったくらいでね。
私はこぼれたため息を隠そうともせずに、このディルク=ヴェルデリッドとかいう男を眺めていたのさ。……さて、この男を降参させるにはどうすればいいだろうか。