邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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正義の味方と怠惰の先にあるもの

「まさかこんな形でここに来るとは、プライド辺りに知られたらいい笑いものだ」

 

 

 ダンジョンの最下層に作られた建物、私はとある人間と会う為に本社へとやって来た。

 殺伐とした空間に響く足音はとてもうるさく、今日ばかりは美しいステンドグラスや周りの装飾、そしてこの無駄に広い空間すらも鬱陶しく感じる。

 全ては私の部下であり屋敷で働いているメイド、シアンがいなくなった事から端を発する。

 

 

 私は他の者達がコネクトと呼ぶこの建物の一室、一般企業でいうところの管理部を訪れていた。

 なぜなら人魔教団はその性質上他の者と連絡を取り合う際、一部の例外を除いて報告しなければならないからだ。

 それは私達の立場と情報の流出を防ぐ為であり、他にもこうしたルールはいくつか存在する。

 

 

 徹底した秘密主義の弊害ともいえるが、少し面倒なだけであってそれほど難しくはない。

 簡単に言えばプライベートでなにかしらの用事がある時、必ず中立者(ハイブ)と呼ばれる男を通さなければならないのである。

 たとえば直接会って話したい時や伝言を頼みたい時など、仕事以外に関する内容はハイブを通して相手へと伝える。

 

 

 つまりお互いに相手の素性を知らない私達に取って、彼は唯一の連絡手段にして異質な存在というわけだ。

 そしてコネクトは教皇様が管理する部署であり、その性質上ハイブは私達の素性も知っている。

 私がハイブに頼みごとをするのは初めてだったが、彼の第一印象はそれほど悪いものではなかった。

 

 

 

「畏まりました。ではラース様がスロウス様に急ぎの要件がある旨、そしてスロウス様の事を資料室で待っていると伝えます」

 

 

 彼は無表情のまま私の言葉を繰り返すと、そのまま近くにあったマントを羽織って部屋を出て行く。

 私は自分の仕事を淡々とこなす彼に好感を覚え、それと同時になんの詮索もされなかった事に驚いた。

 なぜなら人魔教団の幹部である私が同じ立場の者を呼び、しかもその内容も伝えずに会って話したいと言ったのだ。

 

 

 ある程度の事情は説明しなければならないと、そう思っていたが彼の反応に拍子抜けしてしまった。

 だから私はちょっとした書置きだけを残して、その後にスロウスにどうやって説明するか考えていたのである。

 一応私の教育係だった彼ならばわかってくれると思うが、さすがになにかしらの見返りは必要だろう。

 

 

それこそただほど怖いものはないし、なによりこれは人魔教団とは関係のない問題だ。

取りあえずはその辺りを考えながらもう一つの要件、ここへ来た二つ目の目的を果たすとしよう。

私はコネクトを後にするとそのまま資料室を目指し、最近仲間になったMADに関する事件、黒い夜とやらを調べてみようと歩き始めたのである。

 

 

――――――――――――――――――

 

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――――――

 

 

 

「先進的な魔道具、稀代の発明家にして魔術師協会の実力者か。

黒い夜と一夜にして全てを失った一族、まさかこれ程までに大きな事件だったとは思わなかった。……なるほど、やはり彼女には色々と使い道がありそうだな」

 

 

黒い夜。私は最近仲間に引き入れたあの幼女に関して、ある程度の知識と情報は必要だと考えていた。

ブラヴァツキー家がどういう状況にあるのか、そして黒い夜とか言う事件がどういったものなのか――私は資料室に納められた膨大な数のファイル、その中から黒い夜に関する資料を集めてね。

そのおかげで事件の内容とその後に関して、ブラヴァツキー家の復興がいかに難しいかはわかった。

 

 

 

黒い夜とはブラヴァツキー家の領内で起こった人災であり、彼女の父親がセフィロスの開発中に引き起こした事故だ。

その事故によってブラヴァツキー領内にいた人間の八割が死亡、実験を行っていた場所を中心に半径五百メートルが焼失。

この事件の不思議なところは死んだ人間のほとんどが無傷であったこと、まるで魂だけを吸い取られたかのように死んでいたらしい。

 

 

今にも動き出しそうなほど綺麗な死体とそのままの風景、焼失した場所から外は普段と変わらなかったそうだ。

そして多くの人間が死んでいるにもかかわらず、木々や草花……更にはそこに住んでいる動物たちには影響がなかったようでね。

当時の事件を調べていた人間の私記などもここにはあったが、その全てに例外なくとある一文が書きなぐられている。

 

 

 

「この国にはなにかがいる――か」

 

 

事件が起こる日の前日、メディア=ブラヴァツキーは協会に招待されてラッペランタを見学しており、そのおかげで黒い夜に巻き込まれなかったようだ。

しかしその事故を重く見た王党派と協会はブラヴァツキー家の特権、つまりはその領土と発明した魔道具に関する権利を剥奪した。

彼女に残されたのは別荘として郊外に建てられていた小さな屋敷、そして僅かばかりの金銭とあからさまな迫害だ。

 

 

それでも彼女はラッペランタに入学し、持ち前の才能を活かして数多くの魔道具を発明した――ふむ、ここから先に関してはあまり面白くもないので割愛しよう。

要するに彼女はそうやって得た金銭のほとんどを領民たち、つまりは生き残った者や犠牲となった者の家族に分配したらしい。

 

 

そして彼女と同じようにこの事件を追っている者は意外と多く、王党派と協会が下した裁定に反発した者もいたようでね。

トライアンフとかいうギルドがそれを調べているようで、ここにはその冒険者が記した資料が多く残されていた。

おそらくは黒い夜に関係する者達が作ったのだろうが、どこの世界にも物好きな奴はいるものだと、そんな事を考えながら私は次の資料を手に取った。

 

 

 

「……ん?ほう、これは中々興味深い」

 

 

それは資料というよりも本に挟まっていた一枚の布、私が手にした瞬間にそれは床へとこぼれ落ちてね。

全体的にボロボロなそれは所々擦り切れており、赤く染まったそれからは仄かに血生臭さを感じる。

しかし私が気になったのはそんな事ではなく、そこに書かれていた意味深な一言である。

 

 

 

――第三魔法の成就を確認、我々の仮説はここに来て大幅な進展をみせた。

 

 

 

なんとも物騒な言葉ではあるが、この第三魔法とやらがなにを意味しているのかがわからない。

少なくともなにかしらの裏がありそうだが、そんな事はサッカー好きな名探偵にでも任せればいい。

私の立場はお酒をコードネームにする組織か、又はロンドンの大学にいた数学教授と同じだからね。

 

 

彼女との契約通りある程度の便宜は図るが、そこから先に関しては彼女の実力次第だろう。

残念ながらここにある資料を渡すつもりはないし、彼女の復讐を手伝ってやろうとも思わない。

私は持っていた布を元の本へと戻し、そして次の資料に手を伸ばした瞬間にやっと彼は現れた。

 

 

 

「ハイブが私の元へとやって来た時は驚いたが、まさか君の方から連絡してくるなんてね。

しかも個人的な用事なんて、初めはグラトニー辺りがからかっているのかと思ったよ」

 

 

聞こえてきた声に私は頭を下げると、そのまま近くにあったソファーに座るよう促す。

彼は人魔教団の中でもとび抜けた存在であり、ギアススクロールを用いた組織は人数だけで言えばプライドよりも多い。

私の教育係にして仲の良い同僚、彼と契約した奴隷たちに何度も助けられている。

 

 

 

「実は私の力ではどうしようもない状況に追い込まれまして、出来ればスロウスさんの力をお借りしたいのです。

勿論ただでとは言いませんし、よろしければお話だけでも聞いてくれませんか?」

 

 

そう言って私は今の状況を事細かに説明した。まずはシアンに関する情報とその風貌、そして私なりの考察を交えた上で意見を求めてね。

私の中でシアンという存在は防犯装置のようなものであり、彼女がいなくなった言う事は危険が迫っているということ。

誰が彼女を攫ったのかはわからないが、少なくとも私と紅茶を飲む為にやったわけではないだろう。

 

 

シアンを使って私の情報を得ようとするか、又は彼女を使って私を排除しようとする筈だ。

なにかしらの情報が得られればそれを武器に脅すなり、それこそ憲兵にでも通報して破滅させることだって出来る。

直接私を狙うようなリスクを冒すよりは、その小娘を仲間に引き入れたほうが効率は良い。

 

 

私の周りにいるのはシアンとセレストだけであり、いつも屋敷にいるセレストの方は知られていないだろう。

そうなれば残る選択肢はシアンだけであって、彼女が一人っきりになったところを攫えばいい。

後は金銭で釣るなりその家族を使って脅すなり、やり方はいくらでもあるし相手が子供なので費用対効果(コストパフォーマンス)も最高だ。

 

 

 

「つまり私に取っての彼女とは生餌のようなものでして、今回はその餌に馬鹿なオオカミが食らいついたのです。

今頃は話の通じない小娘に手を焼かされ、おそらくは雇い主と相談でもしているのでしょう」

 

 

しかし残念ながらシアンに限って言えばその常識は通用せず、孤児である彼女には家族だっていない。

そもそも世間知らずのシアンに金貨を見せても意味はなく、そんなもので釣るより大量の御菓子でも用意した方がマシである。

だがそんな事をどこぞの誰かが知る筈もなく、むしろ孤児だと知れば金銭で買収しようと考えるだろう。

 

 

それが逆効果だと知らずに自ら泥沼にハマり、そして世間知らずの彼女だからこそ裏切る心配もない。

仮に裏切ったとしてもシアンが持っている情報など知れているし、それだけで私を追い詰める事など出来ない。

そして口封じの為に彼女を殺せば私が狙われている事、つまりは自分達の存在を宣伝する事となってしまう。

 

 

残された選択肢はシアンを洗脳するか、又は呪いをかけて間接的に危害を加える方法だ。

しかしこれにしてもそう簡単な話ではないし、対象者の精神状態に影響されはするが一日や二日で出来るものでもない。

ギアススクロールですら相手の承諾を必要とするわけで、その手順を省くなら相応の時間は必要だ。

 

 

更に言えば私がシアンを雇い入れた事に関して、スロウスの方はなにかと不思議がっていた。

なんの役にも立たない子供を拾ったところで意味はなく、それならば彼の組織から人材を派遣するとも言われたよ。

しかし私なりに彼女の使い道は決まっていたので、その申し出は嬉しかったが断る事にしてね。

 

 

 

「君の言いたい事はわかるし、攫われたのが獣人なら簡単に見つかる筈だ。

間抜けな人間を釣るにはこれ以上ないという餌、確か君の口癖だった……そう、費用対効果(コストパフォーマンス)!それも良いし面白いやり方だとは思う」

 

 

どんなに優れた者を使っても獣人を攫えば目立つし、なによりあのシアンが大人しくしているとも思えない。

これがそこら辺の冒険者や魔術師であったなら、それこそとてつもない時間と労力を必要としただろう。

しかしそれが獣人の……しかも幼い子供であれば話は別であり、スロウスと契約している奴隷達を使えば簡単に見つかる。

 

 

 

「だけど……ね。君は気づいていないかもしれないけど、私は君の言葉がどうしても理屈っぽく聞こえてしまう。

――ハハハ、そんな風に黙らないでくれよ。むしろ私は面白いものが見れたと喜んでいるくらいだし、普段の君からは想像出来ないような言葉に驚いているだけだ」

 

 

資料室に響くスロウスの楽しそうな声と小さな息遣い、この時の私は彼がなにを言っているのかわからなかった。

いつもの仮面をつけているのでその表情こそわからないが、きっと玩具を前にした子供のように笑っているのだろう。

そして静かな空間の中で再び彼がその口を開いた時、私はスロウスの言葉に思わず固まってしまった。

 

 

 

「君はハイブを使って私に急ぎの要件があると言った。しかし今の話を聞く限り、それほど急ぎの案件でもないように思えてね。

だって君の目的は達成されているし、その女の子にしたって本来の役目は果たした筈だ。

それなのに君はその餌を助けたがっているような――そんな気がしてね」

 

 

「なにを……まさか、私はただその餌を再利用しようと思っているだけですよ」

 

 

私に言わせればシアンを見殺しにするのは簡単だが、また同じような人間を見つけ出して教育するのは時間が掛かる。

そもそも獣人の子供なんてこの国には滅多にいないし、彼女のような世間知らずは更に貴重だろう。

それに部下を見殺しにするような人間だと思われては、それこそ私の評価に傷がつくかもしれない。

 

 

 

「君のやり方は間抜けなオオカミを誘い出すのに最適だが、その代り同じ餌で同じ手は通用しない筈だ。

その程度の事は君ならばわかるだろうし、なによりそんな餌はスラム街に行けばいくらでも転がっている。

それなのに君はその餌に固執しているというか、助け出そうとしているようにしか見えない」

 

 

なにを馬鹿な……なんて、そんな風に笑い飛ばしたいが言葉が出なかった。

それこそいくらでも否定や反論は出来る筈なのに、それを頭の中で上手くまとめる事が出来なくてね。

そんな風に固まっている間に彼は立ち上がると、そのまま私に顔を近づけてこういった。

 

 

 

「プライドなんかは君の事を化物だと言っていたけど、私に言わせれば彼はなにもわかっていない。

君は誰よりも人間らしい人間だ。たとえその体が作りものであったとしても、その心はどんな人間よりも人間臭い」

 

 

うるさいくらいの静けさに包まれながら、私は冷汗が止まらなかったとだけ言っておこう。

そして突然壊れたように笑う目の前の男に、なぜか言いようのない恐怖を感じたのである。

それを言葉にする事など出来ないし、なによりこの時の私はとても混乱していたと思う。

 

 

 

「さて、それじゃあそろそろ帰ろうかな。

一応その女の子に関してはこっちで探しておくから……そうだな、たぶん一日もあれば見つかると思うよ。

だから明日の夜にでもここで待ち合わせるとしようか、それと面白いものが見れたから今回は報酬もいらない」

 

 

そう言い残して出て行く彼と一人残された私、静かな空間の中で私は立ち上がる事が出来なかった。

先程からスロウスの言葉から私の頭から離れず、そして自分という人間が酷く矮小な存在に思えてね。

私の脳裏を過る見知らぬ誰かと糞ったれな笑顔、それは私のような私ではない誰かだったよ。


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