邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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※グロテスクな表現が多いので注意してください。


悪の組織は食事をする

 真っ赤に染まった扉と咽かえるような臭い、私はそんな中でもう一度だけ扉を叩いてね。

 そしてそのまま踵を返すと手首をひねり、人形に突き刺したまま放置していたそれを引き抜く。

 真っ赤な液体が盛大に弾けて顔を汚し、人間だったものが血だまりの中に沈んでいった。

 

 

「さっさと開ければいいものを、かくれんぼがしたいなら他を当たってくれ」

 

 

 私はクロノスを振るいながらため息を吐き、その無駄に大きくて邪魔な物体を一閃する。

 激しい砂埃と共に無数の亀裂がはしり、真っ赤な扉があっという間に瓦礫へと変わってね。

 扉の残骸が足元のそれを押しつぶし、辺りに臭いを少しだけ和らげてくれる。

 

 

 

「ひっ!?」

 

「うろたえるな! それでもアドルフィーネ家に仕える騎士か!」

 

 

 そして砂埃の中に見える無数の人影、独特の金属音と激しい怒号が辺りを包む。

 私は彼らの混乱に乗じてクロノスを振るい、視界の悪さを利用して恐怖心を植えつける。

 近くにいた間抜けのお腹を突き刺し、そのままアホウドリのように鳴いてもらおう。

 

 

 仲間を動揺させるために適度な痛みを与えて、死なないように加減しながら歌ってもらう。

 砂埃の中で延々と歌い続けるアホウドリ、素敵なバックミュージックが彼らを恐怖させる。

 私は持っていた楽器が壊れるたびに心臓を突き刺し、とどめをさしたうえで新たな楽器を見繕う。

 

 

「ば……化物が!」

 

 

 やはりアホウドリにも個体差はあるようで、楽器によってその演奏時間はまばらだった。

 できるだけ長持ちさせようと頑張っているのだが、消耗品に情けをかけるだけ時間の無駄だとわかってね。

 それならば死なないように扱うのではなく、より大きな声で鳴いてもらおうと考えたわけだ。

 

 

 

「全く、初対面の人間にその言い方はどうかと思うがね。

 そもそも全ての原因は君たちの方にあるわけで、私はこの世界のルールに則って殺しているに過ぎない。

 だからそんな風に言われるのは心外だし、君たちのような犯罪者予備軍には御似合いの末路だ」

 

 

 そうやって様々な形、様々な方法で演奏していたがどうやら潮時らしい。

 あれだけいたアホウドリも残り僅かとなり、視界も晴れてきたのでこれ以上の効果は期待できない。

 私は最後の楽器を蹴り飛ばすと、そのままクロノスを振るって一度綺麗にする。

 

 

 よくわからないものが辺りに飛び散り、これまたよくわからないものが辺りを染める。

 個人的にはこれからのことも考えて、彼らの死体をできるだけ散らかそうと思っていた。

 なぜならこの事件が猟奇的であればあるほど、それを調べる人間は勘違いするはずだ。

 

 

 ありもしない背後関係を洗い、なにかしらの答えとその根拠を求めて捜査にあたる。

 それならば私はわかりやすい答えを用意し、あとはそういった連中に任せればいい。

 つまり私が今やるべきことは彼らの腕、そして足、更には心臓を貫いてその首を切り落とすこと――アホウドリたちの翼を切り落とし、その体を盾代わりに他の仲間も殺していく。

 

 

 ある者は目の前の光景に嘔吐し、ある者は剣を捨てて走り出す。

 真っ赤な水たまりに広がる無数の波紋、それは聞こえてきた悲鳴の数よりも多かっただろう。

 気がつけば私以外に動く人影はなく、足元の水たまりもその深さを増していた。

 

 

「まだ足りない……か、相変わらず気難しい奴だ」

 

 

 真っ赤な雨が降り注ぎ、月明かりが綺麗な水たまりを照らしている。

 そして数メートル先に広がる見事な庭園。完全な左右対称を美学とする西洋式庭園は、フランスにあるランブイエを彷彿とさせてね。

 綺麗な噴水と多くの木々が植えられた見事な庭園に、思わず足元に転がっていたボールを蹴り飛ばしてしまった。

 

 

 

「よし、重装歩兵隊前へ! そのまま陣形を乱さず前進しろ!」

 

 

 ふむ、目の前の景観を台無しにする存在、綺麗な隊列を組んでいるそいつらのせいとだけ言っておこう。

 前列の者はその背丈よりも大きな盾を装備し、その間からは無数の刃が顔を覗かせている。

 あれは確か……ファランクス?だったか、人数も少ないのでそこまでの厚みはないが、それでも個人に対して使うようなものでもない。

 

 

 独特の金属音がこの空間を支配し、そんな無機質な空間に小さな悲鳴が彩を添える。

 あっという間に現れた数十人の出来損ないたち、前列の者は盾を構えたまま動かず、後列の者はその間から槍を突き出す。

 さすがの私もこれには困ったというか、あれを正面から突破するのは難しいだろう。

 

 

 

「どこの誰かはしらぬが、我らが主を脅かす者は決して許さぬ!

 魔法剣士(ルーンナイト)隊、奴の後方を焼き払って退路を塞げ!」

 

 

 更には後方から弓矢……ではなく、無数の火球が退路を塞ぐように降り注ぐ。

 一瞬にして燃え広がった炎は夜空を照らし、血だまりを蒸発させて多くの人形を消し炭にする。

 

 

 

「そうか、それならば私も奥の手を使おう」

 

 

 個人的にはあまり使いたくなかったが、さすがにこれ以上の面倒事はごめんだ。

 ここでかすり傷の一つでも負えば、私は明日の四城戦で疑われるかもしれない。

 それならばあの能力を使って、そのうえでこいつらを蹂躙するとしよう。

 

 

 私はいつも通りそれを願うことで全てのものを、一つの例外もなく灰色の世界に取り込む。

 その世界に於いて私は絶対的な支配者であり、私以外の者はただのわき役に過ぎない。

 だから、ただ願い……そして染めあげる。全てが制止した世界の中で、私はクロノスを構えながら一気に動いた。

 

 

 ファランクスとは正面の敵に全ての力を集中し、守りながら攻めるという歩兵戦術だ。

 その性質から正面の敵には絶大な威力を発揮するが、側面からの攻撃には弱いという一面もある。

 つまりドミノ倒しと同じ要領で敵を殺し、そこを足掛かりに攻撃すれば自然と瓦解する。

 

 

 まずは右端にいる間抜けを切り刻み、その後は陣形の中心を目指して突き進もう。

 モンテ・カッシーノがピクニックに思えるような惨状、私の手によって多くのアホウドリが解体され、そしてその残骸を月明かりが照らしだす。

 命というものがスーパーのバーゲンセールのように安く、これ以上ないというほど粗末に扱われていた。

 

 

 

「なにをふざけたことを……いっ!?」

 

 

 私の支配する世界から解放されたとき、彼らは目の前の惨状に言葉を失ってね。

 個人的にはそんな彼らから感じる空気、ある種の不協和音がとても面白くてさ。

 ある者は恐怖からその足を振るわせ、またある者は吐瀉物を撒き散らしている。

 

 

 陣形が崩れているというのに我を忘れ、ただ茫然としている姿がとても可愛い。

 突然現れた私に攻撃するわけでもなく、その武器を向けながら距離をとっていたしね。

 そんなに恐がらなくてもいいのに……なんて、そんなことを言っても彼らの態度は変わらないだろう。

 

 

「くっ、すぐに陣形を立て直せ!この男を中心として陣形を組み、重装歩兵は先程と同じように――!?」

 

 

 だけどさすがの私もこれには困ったというか、もう一度あれを使うのは嫌だったからさ。

 だから目の前にいたそのうるさい男を両断して、そのまま周りにいた兵士も斬り殺したわけだ。

 するとクロノスに血管のようなものが浮かびあがり、それが全体に広がったかと思えばある種の鼓動を感じてね。

 

 

 それはクロノスという武器が目覚めた証であり、私がこの武器を使って闘技場で戦っていたとき、つまり大勢の人間を殺した際に一度だけ経験したものだ。

 そもそもクロノスとは武器であって武器ではなく、ある一定の条件を満たすことによってその真価を発揮する。

 プライドがこの武器を欲しがった理由がそれであり、私のような人間には勿体ない代物ということだ。

 

 

 

「貴様の特異体質は確かに強力ではあるが、それはあくまでも相手が少数の場合だけだ。

 言うなれば対人能力であって、決してプライドのような対軍能力ではない。

 しかしこれさえ使えばプライドと同等ではないものの、それに近いだけの力を手にすることができる。

 よいか、一度しか言わないからよく聞け。貴様がこれを使いこなしたいのであれば、多くの人間を殺しその魂を捧げたうえでこう唱えろ――」

 

 

 

 私にクロノスを渡したときに教皇様は言っていた。この武器がただの武器ではないということ、そして能力の発動条件とその特異性に関してね。

 つまりこの鼓動はその条件が整ったことを意味し、私がすべきことはこいつを解放することに他ならない。

 気がつけばこびりついていた血糊、そして刃に付着していた肉片が消えていた。

 

 

 

「さて、クロノスも目覚めたことだし始めるとしよう」

 

 

 黒い輝きと共に赤いオーラを発しているそれ、私のお気に入りが更なる餌を求めている。

 私はそんなクロノスを見つめながら小さく笑うと、そのまま彼らの方へと視線を向けてね。

 どうやらある程度の混乱は収まったようで、私を中心として先ほどの陣形が完成されていた。

 

 

 盾を構えた重装歩兵が私を取り囲み、その後方にいるルーンナイトが魔術壁を展開する。

 おそらくは傷ついた仲間を助けるため、この私を少しでも足止めしたいのだろう。

 ……ふむ、なんともおめでたい奴らではあるが、ここはそんな彼らに面白いものを見せてあげよう。

 

 

 

「第一制御術式解放――さあ、ご飯の時間だよクロノス」

 

 

 

 それをなんと表現すればいいのだろうか――ギャ。ギャ。ギャ。ギャ。

 少なくとも私の世界ではありえない光景だった――ギャ。ギャ。ギャ。

 私の言葉と共にクロノスがその形を変えていき――ギャ。ギャ。

 気がつけば刃の中心に気持ちの悪い目玉が生えてね――ギャ。

 巨大化した刃は二つに裂けて、それは口のような全く違うなにかを形成する――ギ……ャ。

 

 

 

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ

 

 

 そいつはなにをそんなに喜んでいるのか、壊れたオルゴールのように笑い続けている。

 ……いや、それを笑っていると表現していいものか、私にはそいつの姿を説明することができない。

 どんな生物よりも甲高くて不気味な音色、どこからそんな声を出しているのかが不思議だった。

 

 

 

「ハハ、夢だ。そう、これは夢なんだ――」

 

 

 個人的にはこれを見ても逃げ出さなかった彼らに、私は盛大な拍手を送りたいと思う。

 たとえその末路が悲惨なものであっても、一応それが終わるまで眺めていようじゃないか。

 

 

 

 グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ――

 グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ――

 グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ――

 

 

 そいつは魔術壁ごと盾を食い破ると、そのまま数ヶ月振りの食事を始めてね。

 激しい怒号が飛び交う中で、そいつは嬉しそうに周りの人間たちへと襲い掛かる。

 クロノスの刃が自らの意思で動き回り、その大きさを変えながら獲物を追い詰めていく。

 

 

 その光景はスプラッター映画でも見ているようだったが、こいつにとっては人間なんて食べ物に過ぎないからね。

 そもそも私達だって鳥や豚を食べるだろうし、なんだったらそこら辺の雑草や昆虫を食べる者もいる。

 つまり視点さえ変えれば私たちのしていることと、今こいつがしていることはなにも変わらない。

 

 

 

「くっ、くるなぁぁぁぁぁ!」

 

「……やっ、助け――」

 

 

 

 個人的には人間の方がやっていることは酷い。……ほら、諸君も親子丼というものを知っているだろうが、あれは文字通り親と子を合わせて食べるものだ。

 他にもイクラだって妊娠したサケを切り開き、そしてその卵を取り出したものであり、私に言わせれば人間の方が酷いことをやっている。

 だからこいつの食事を私は認めているし、人間を食べるからといって嫌悪することもない。

 

 

 強いて言えばこいつの食事がもう少し綺麗であれば、この臭いや辺りに飛び散ったそれも少なくて助かるのだがね。

 しかし、こんなよくわからないものにナイフとフォークを渡し、そのままテーブルマナーを教えたところで時間の無駄だろう。

 食事のときくらいは好きなように食べればいいし、この世界には食べ〇グなんてものも存在しない。

 

 

 だから私はため息を吐きながらその光景を見つめ、ただこいつの食事が終わるのを待っていた。

 気がつけばあれだけいた人間が全ていなくなり、私でさえも目を背けたくなるような惨状が広がっていた。

 辺りには血まみれの武具だけが残され、その中心でクロノスが嬉しそうに揺れていたよ。

 

 

 

「終わったか、それじゃあこの家の当主を探すとしよう」

 

 

 あれほど綺麗だった庭園が真っ赤に染まり、中央の噴水には無数の残骸が浮かんでいた。

 私は誰もいなくなった庭園を一度だけ見渡すと、そのまま屋敷に向かって歩き始めてね。

 さすがにこれ以上の時間は無駄だろうし、なにより私はまだ本来の目的を果たしていない。

 

 

 クロノスは相変わらず不快な声をあげて、周囲に餌がいないか探しているようだったけどね。

 しかしここまで言えばクロノスの特性について、その本質は諸君たちも理解してくれたと思う――つまり、この武器(クロノス)は生きているということだ。


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