邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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赤い月(殲滅編)
原罪司教は門を開く


 冬空を照らす無数の光、それはオーロラのように形を変える。

 外はこんなにも寒いというのに、そこだけは異様な熱気に包まれていた。

 無邪気に走り回る子供、酒を飲みながら笑う大人、そしてそれを見ながら舌打ちする悪人。

 

 

 今日の夜空は昼間のように明るく、通りに並んだ屋台がとても綺麗でね。

 それこそ、大人たちが鎧ではなくスーツを着て、剣や盾ではなく財布を持っていればもっと良かった。

 そうすれば私はこんな寒空の下、城壁の上で血まみれになることもなかった。

 

 

 

「お……のれ、我らはまだ――」

 

 

「こらこら、よそ見は禁物だよラース」

 

 

 年に一度のお祭りということもあって、たくさんの人間が通りを埋め尽くしている。

 香ばしい匂いに包まれながら、家族や友人と笑い合い酒を煽る。

 私たちがお猿さんを解体している陰で、彼らは最後の晩餐を楽しんでいた。

 

 

 小さなうめき声と共に、乾いた音が静かな空間に響く。

 血と鉄の匂いしかしないここで、更なる悪臭が追加された。

 私は背後にいるスロウスに微笑み、そしてその死骸を蹴り飛ばす。

 

 

 

「これで城壁を守っていた兵士は最後だし、トライアンフの連中が気づく前に向かおうか。

 結界を張る前に逃げられたら、それこそ君の作戦が無駄になる」

 

 

 ギルド都市トライアンフ。眼下に広がる町並みはとても美しく、イタリアのフィレンツェを彷彿とさせた。

 石造りの道路にルネサンス式の建物、ここのギルドは良いセンスをしている。

 個人的には観光の一つもでもしたかったが、今となってはどうしようもない。

 

 

 私たちは城壁から飛び降りると、そのまま屋根を伝って走りだす。

 間抜け共の笑い声を聞きながら、都市の中心にある噴水を目指していた。

 ここから先は時間との勝負であり、私たちの仕事はとても重要だ。

 

 

 

「それにしても、君がこんなことを提案するなんてね。

 ラースはブラヴァツキー家と仲がいいから、今回のことも乗り気じゃないと思っていた」

 

 

 屋根から屋根へと飛び移り、そうやって私たちは辿り着いた。

 そこは噴水を中心に作られた広場で、多くの子供たちが遊んでいたよ。

 広場の中には屋台も出ており、大人たちは食べ物を買っていた。

 

 

 

「まさかそんなことまで知っていたとは、さすがはスロウスさんですね。

 彼女とは四城戦で知り合ったのですが、魔術師協会(ラッペランタ)から引き抜くのに苦労しました」

 

 

「なに、ブラヴァツキー家を監視するのも私の役目だ」

 

 

 突然現れた私たちに驚いていたが、すぐに声援や拍手が送られてくる。おそらくはパフォーマンスかなにかと勘違いしたのだろう。

 これならスロウスが術式を展開するまでの間、誰かに邪魔されることもないだろう。

 ただ、先程の言葉――ブラヴァツキー家を監視しているとはどういうことだ。

 

 

 

「ブラヴァツキー家を監視? それはどういうことですか?」

 

 

「ハハハ、君が知らないわけないじゃないか。

 だってこの間……ほら、君に呼ばれたとき黒い夜について調べていただろう?」

 

 

 話しが噛み合っていないというか、スロウスは大きな勘違いをしている。

 確かにあの事件を調べていたのは事実だが、それは彼女という人間を知るためだ。そもそも彼女を監視することとは関係がない。

――どういうことだ。スロウスがなにを言っているのか、どうしてあの事件を持ち出すのかがわからない。

 

 

 

「まさか、本当に知らなかったのかい?

 ブラヴァツキー家と黒い夜、そしてトライアンフというギルドについてもさ」

 

 

 嬉しそうに近づいてくる子供たち、しかし今の私はそれどころではなかった。

 なにか大きな……そう、とても大きなことを見落としている。

 それはあまりに大きすぎて気づけないこと、私なら知っていて当然のことだ。

 

 

 なんだ。私はなにを見落としている。――教団の資料室で見た書類の数々、トライアンフの冒険者が残した資料。

 トライアンフは前々から教団のことを知っており、そこの冒険者は何度もいざこざを起こしている。

 あのときプライドは彼らのことをなんと言った? 確か……そう、死にぞこない共。そうだ。そう言っていたはずだ。

 

 

 魔道具の暴走とブラヴァツキー家の取り潰し、トライアンフという敵対組織と今回の事件。

 人魔教団とはどういった組織で、その組織が保管する資料とは一体なんだ。

 もしも全てが繋がっているなら、私は大きな勘違いをしていただろう。

 

 

 

「まさか、黒い夜は教団が起こした事件ですか?」

 

 

 その言葉と共に術式が完成し、それは都市を覆う巨大な魔法陣となった。

 夜空に追加された紫色の光。時計の歯車のように回るそれは、事情を知らない者には美しく見えただろう。

 事実、広場にいた人間はその光景に完成をあげ、私たちは盛大な拍手に包まれていた。

 

 

 

「おめでとう、大正解だ」

 

 

 そしてその全てが止まったとき、都市は真っ赤な炎に包まれる。

 城壁を利用した巨大な結界は、東西の城門で待機している二人への合図であり、殲滅戦の始まりを告げている。

 これでもう逃げることはできない。全ての人間……いや、全ての動物を殺すまで私たちは止まらない。

 

 

 

邪悪(ダムド)の炎。さあ、それじゃあここら辺の掃除は頼んだよ。

 前にも話したと思うけど、これを展開している間は身動きがとれないからね」

 

 

 周囲の歓声に包まれながら、スロウスはそう言って近くのベンチに座る。

 残された私はクロノスを取り出すと、そのまま近くの子供を殺して……ね。

 辺りにその残骸をばら撒くと、すぐさま違う子供を両断する。

 

 

 噴水はあっという間にその色を変え、無数の悲鳴が辺りを支配する。

 血と鉄が充満する嗅ぎなれた空間、多くの大人たちがその剣を振るい、そしてその命をダース単位で消費する。

 一方的に蹂躙される冒険者たちを、スロウスは笑いながら応援していた。

 

 

 

「くそ、あの化物を誰か止めろ!」

 

 

「頑張れ! いいぞ、そこそこ!」

 

 

「腕……俺の、俺の腕がぁぁぁぁぁ」

 

 

「大丈夫! まだ左手が残ってる!」

 

 

 冒険者や抵抗してきた者は当然として、女や子供、繋がれていたペットすらも殺す。殺し尽くす。

 今は一分一秒でも時間が惜しい。人魔教団があの日、ブラヴァツキー領でなにをしていたのか知りたい。

 こんなゴミ共とじゃれ合うより、その方が数倍……いや、数京倍マシである。

 

 

 私は鶏を縊り殺すように、彼らを人ではなくただの動物として扱った。

 ちょっと大きめの二足歩行動物、ときどきよくわからない言語を喋っていたが、私がやることは至ってシンプルである。

 その首を切り落として蹴り飛ばし、返す動作で背後の動物を両断する。

 

 

 

「教えて頂けませんか、教団は……いえ、教皇様はなにをなさったのですか?」

 

 

「なにをしたか? そうだな――まあ、君になら教えてあげてもいいか。

 あれはちょっとした実験でね。人の魂はエネルギーとなり得るのか、それを調べるためにあの事件を起こした。

 人の魂を魔力に変換したうえで、その魔力を個人に移植するものだ」

 

 

 そうやって全てを処分した私は、ただ黙って彼の言葉を聞いていた。

 赤を通り越して黒くなった体、私の同僚はそんな私に軽く微笑む。

 広場の中は様々なものが散乱し、もはやどう表現していいかもわからない。

 

 

 

「おかげさまで私は喰人魔造(ホムンクルス)となり、教皇様はその実験を元に君を生みだした

 君のときは私とは比べものにならないほど、それはもう大掛かりなものだったよ。

 肉体を創るのに問題はなかったけど、その精神をどうするかが大変だった。

……まあ、この辺りは君の方が詳しいだろう」

 

 

 喰人魔造(ホムンクルス)、それは人であって人ではない者。

 スロウスの場合は魔力を移植されただけで、その土台は普通の人間と変わらない。

 なぜなら私のように父親が魔法陣で、母親が殺された人間の魂……なんて、そんな出生ではないからだ。

 

 

 

「ちなみにこの都市にいるほとんどの人間が、元はブラヴァツキー領にいた者たちだ。

 黒い夜の生き残り……というより、その家族や友人が多いね。

 だからトライアンフが敵対しているというより、敵対している者たちがここを作ったんだ」

 

 

 なるほど、だからスロウスは私の心配をしていたのか。

 彼女の目的は事件の真相を突き止め、ブラヴァツキー家を復興することだ。

 それを教団のために働かせるなんて、確かに危険なことかもしれない。

 

 

 

「なるほど、スロウスさんの言いたいことはわかりました。

 ですが大丈夫です。確かに驚きはしましたが、その程度であれば対処できます」

 

 

「まあ、ラースならそう言うと思ったけどね。

 それじゃあ今日は任せるとして、私は君の活躍を見学してようかな。」

 

 

 だが問題はない……いや、むしろ好都合といってもいい。

 彼女が真実を知りたいというなら、私は饒舌な人狼になるとしよう。

 そういうのは得意分野だからね。セシルのときと同じように、嘘と真実を使いわければいい。

 

 

 

「それに……ほら、向こうも始まったみたいだ」

 

 

 激しい揺れと共に響き渡る音色、それは教会の鐘によく似ていた。

 私はスロウスの視線を追い、そしてそのゲートを見つけたのである。

 禍々しい造形と装飾の数々、オーギュスト=ロダンが制作した地獄の門、それを極限まで大きくしたものがそこにはあった。

 

 

 ダムドの炎により赤く染まった夜空、そして東の城門に現れた巨大なゲート、これ以上ないというほど素敵である。

 私は目の前の光景に言葉を失い、ある種の興奮すら覚えていた。

 

 

 

地獄(ソロモン)の扉、あの様子だとプライドも本気みたいだね」

 

 

 地獄の門がその口をゆっくりと開き、そこから黒い塊が一斉に飛びだしてね。

 激しい怒号と共に範囲を広げて、瞬く間にその周りを塗りつぶす。

 なにが起こっているかは知らないが、それでもあの塊には見覚えがある。

 

 

「まさか、あれは全部魔物ですか?」

 

 

「その通り、ああ見えても彼は召喚士だからね。

 おそらく伯爵の軍団だろうけど、あの人がダンジョンを離れるなんてね。

 もしかしたらラースも伯爵に会えるかも……って、そう言えば伯爵のことは知らないのか」

 

 

 そう言ってスロウスは色々と教えてくれたが、その内容はとても勉強になった。

 プライド自身はそれほど強くないが、彼の使役する魔物が凄いそうでね。

 三十もの軍団を率いる悪魔で、その力はスロウスを圧倒するらしい。

 

 

 

「たぶん呼ばれてると思うから、その内向こうからやってくるかもね。

 エンヴィのいる西側にはいかないと思うし、なにより伯爵は彼女のことが嫌いだしさ」

 

 

 普段は教団の本社があるダンジョンで、侵入者を一人残らず殺しているそうだ。

 私以外の者とは面識があるらしく、教皇様も一目置いているらしい。

 

 

「私は戦闘に参加できないけど、ラースの方はここからが大変だ。

 しっかり護衛してくれよ? こう見えても君のことは信頼してるんだ」

 

 

 スロウスの言う通り多くの冒険者が、私たちを殺そうとやってくるだろう。

 この結界を破壊するためには、その術者である彼を殺すしかない。

 私の仕事はそんな害虫からスロウスを守り、全てが終わるまで結界を維持すること、要するに害虫駆除(ダ〇キン)のサービスと同じである。

 

 

 既に無数の気配を感じていたが、こういうのはまとめて殺った方が早い。

 私は彼らを挑発しながら誘いだし、多くの冒険者が集まったところで踵を返す。

 気がつけば彼らに囲まれていたようで、私はクロノスを確かめてからこう言った。

 

 

 

「第一制御術式解放――ほら、お前の大好物がいっぱいだ」

 

 

 先頭にいた冒険者が上半身を失い、その背後にいた者が悲鳴をあげる。

 周りの冒険者が必死に剣を振るい、それを見ながら私の同僚は笑っていた。

 魔術師たちが必死に結界を張り、重装備の男がクロノスの前に立ち塞がる。

 

 

 

付与魔術師(エンチャンター)俺に強化の魔法を、魔術師(ウィザード)は結界を張ってあの化物を――」

 

 

――ギャギャギャギャギャギャ。

 

 

 相変わらず節操がないというか、これ以上散らかすのはやめてほしい。

 目の前の男を頭から食らい、その残骸を撒き散らすなんてね。

 これにはさすがのスロウスも苦笑いで、飛んできたそれを魔法で燃やしていた。

 

 

「さすがはトライアンフというべきか、ここまでやって誰も逃げないとはな。

 それだけ教団を憎んでいるのか、それとも別の狙いでもあるのか……ふむ、どちらにせよやることは変わらない」

 

 

 ここまで一方的だというのに、それでも戦い続ける彼らに驚いた。

 仲間の死体には見向きもせず、着実に私たちとの距離を縮めている。

 ふむ、それなら私も戦い方を変えよう。クロノスの食事を邪魔することになるが、そろそろ手伝った方がいいだろう。

 

 

 私はクロノスの鈎柄を両手で握ると、そのまま薙ぎ払うように大きく振ってね。

 するとその一振りが衝撃波となり、近くの冒険者をまとめて両断する。

 クロノスは食事をすることによって、その刀身を大きくなり切れ味が増す。

 

 

 

「どこまで大きくなるのか、私としても興味があるからね。試し切りには打ってつけの状況だ」

 

 

 前回はクロノスの好きにさせていたが、今はあのときとは状況が違うからね。

 こいつの動きには無駄が多いし、なにより敵の数があまりにも多い。

 だからクロノスの試し切りも兼ねて、私自身が戦いに参加するとしよう。

 

 

「フハハハハ、原罪司教が四人も攻めてくるとは、吾輩もまだまだ捨てたものではないな」

 




キャラクター名、随時募集中です。

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