邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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原罪司教は亡霊と踊る

 なにが起こったのだろうか、突然クロノスがその動きを止めてね。

 その……目の前に現れた男を見ながら、どこか警戒しているようでさ。

 周りの人間(エサ)に見向きもしないで、いつもの笑い声をあげていたよ。

 

 

 

「やあ、久しぶりじゃないかグリフォン」

 

 

「その声はスロウスか、貴様がいるということはどうやら当たりじゃな」

 

 

 スロウスと話すグリフォンと呼ばれた男、見た目からしてそれほど若くはないだろう。

 鎧のような筋肉と大柄な体、その口調からしてスロウスとは顔見知りのようでね。

 少なくともある程度の力をもった冒険者、私たちのことを知っている人間だ。

 

 

「彼の名前はグリフォン=バード。トライアンフの創始者であり、この都市を管理するギルドマスターだ。

 彼は私たちとは少なからず因縁があってね。緋色の剣士にしてもそうだけど、私たちのことを知る数少ない人間さ」

 

 

 私の考えていることに気づいたのか、スロウスがいろいろと教えてくれた。

 原罪司教と幾度も戦い、それでも生き残った凄腕の武闘家(モンク)

 その実力は相当のもので、スロウス自身も手を焼かされたらしい。

 

 

 

「あの結界を張っているのはスロウス、貴様だということはわかっていた。

 これほどのものは吾輩も一度しか見たことがない。貴様がトライアンフの人間を惨殺したあの日、ミーシャと共に貴様らと戦ったときだ」

 

 

 そう言ってグリフォンが呪文を唱えると、肌が赤く染まって体が大きくなる。

 一回りほどその筋肉が肥大し、そして拳を構えた瞬間空気が変わった。

 

 

 なるほど、これがスロウスの言っていたモンクか。

 彼が踏み込めば地面が陥没し、拳を振るえば大気が揺れる。

 私は彼が突進してきたと同時に、その体にクロノスを振り下ろす。

 

 

 おそらくは身体能力を向上させ、私のことを圧倒するつもりだろう。

 しかしこの程度であれば問題はないし、なにより今のクロノスに切れないものはない。

 そもそもどれだけ筋肉が肥大しようと、それはたんぱく質の塊にすぎない。

 

 

 

「あー、ひとつ大事なことを言い忘れてた。

 彼の体についてなんだけど、グリフォンの体は刃物を通さないんだ」

 

 

「!?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、私が舌打ちしたのは言うまでもない。

 スロウスは申し訳なさそうだったが、このタイミングでそれを教えるとはね。

 ちょっとした悪意を感じるというか、彼が面白がっているとしか思えない。

 

 

 そして振りおろされた一閃は、案の定グリフォンの拳に阻まれてしまった。

 素手でその刃を弾くと、そのまま距離を詰めて回し蹴りを放つ。

 この辺りはさすがモンクを言うべきか、全てが一つの体術として洗練されていた。

 

 

 

「ちっ、逃げ足だけは早いようじゃな」

 

 

 踏み抜いた地面が陥没し、その風圧だけでバランスを崩す。

 ギリギリのところで避けたというのに、私の頬が少しだけ切れていた。

 

 

 そして殴り飛ばされたクロノスも方も、初めての経験なのか困惑しているようだ。

 なにを考えているかはわからないが、それでもその声を聞けば大体わかる。

 なぜ切れなかった。どうして食べれないのか困惑しているようだ。……いや、私をそんな風に見つめないでくれ。

 

 

 

「その仮面をつけているからには、貴様も原罪司教の一人であろう。

 そのような化物と戦うのは初めてじゃが、どうやら吾輩には通じないようだ。

 それならば思う存分、こちらから攻めさせてもらおう」

 

 

 瞬時に状況を判断して蹴撃を放ち、距離を詰めながら拳を振るう。

 彼の動きはひとつひとつが大きく、それほど速いというわけでもないが、それでも私にとっては脅威だった。

 あの拳が食らったらどうなるか、そんなことは言うまでもないだろう。

 

 

 避けるのはそれほど難しくないが、だからと言って打開策があるわけでもない。

 隙をついて何度か刃を振るうが、その都度クロノスが彼の体に弾かれる。

 思わず悪態をついてしまうほど、それくらい彼との戦いが面倒だった。

 

 

 グリフォンの一撃は小手先のものではなく、文字通りの必殺といっても過言ではない。

 何度か刃でその攻撃を防いだが、そのうちクロノスの方が嫌がりだしてね。

 これにはさすがの私も参ったよ。クロノスすら彼の攻撃を避けようとするから、正直困り果てていた。

 

 

 

「ふむ、だったら戦い方を変えるとしよう」

 

 

 どれだけ堅いといっても、人間には構造上やわらかい部分が存在する。

 たとえば目、そして脇、とりあえずはその辺りを攻めるとしよう。

 お互いに攻めあぐねている状態で、それでも私たちは拳と剣を振るう。

 

 

 唯一の救いは邪魔が入らないこと、正確にはできないと言った方が正しい。

 冒険者のほとんどが細切れになり、生きているものも満身創痍だ。

 そして、この状況ならば私たちの方に分がある。これは心理的な駆け引きになるが、攻めているのはあくまでこちら側だ。

 

 

 彼らはこの都市から逃げたいのであって、私たちはここで彼らを殲滅したい。

 この状況は私にとっては有利であり、彼には大きな足かせとなるだろう。

 この都市を攻めているのは四人の原罪司教。その全てが私と同等かそれ以上であり、私に手こずっているようでは話にならない。

 

 

 あの能力を使えば彼の口に剣をねじ込み、そして内側から両断することもできる。

 しかしそれをしてしまってはこれからのこと、私の目的に支障がでてしまうからね。

 

 

 切り札は取っておくべきだ。それに徐々にではあるが、彼の肌がその色を取り戻している。

 クロノスの攻撃も少しずつ通りはじめ、小さな切り傷が目立ち始めた。

 ふむ、これならばこのまま押しきれるだろう。

 

 

 

「グリフォンさん、東門のチームがあの化物に突破されました。

 ここは私たちが時間を稼ぐので、その間にグリフォンさんは逃げてください!」

 

 

 しかし、ここで思わない人間たちがやってくる。

 全身に返り血を浴びた複数の冒険者。慌てた様子でやってきた彼らは、広場の入り口を急いで固めてね。

 その口ぶりから東門で戦っていたのだろう。続々と集まってくる彼らに、気がつけば舌打ちする私がいた。

 

 

 

「ならん! ここでスロウスを殺さなければ、この都市から脱出することはできん!

 お主たちはここで陣形を組み、少しでもあの化物を足止めするのじゃ。

 その間に吾輩はこいつを倒し、そしてスロウスをこの手で殺す!」

 

 

 

 広場の入り口にバリケードを築き、そのうえで複数の結解を張りめぐらせる。

 なにをそんなに慌てているのか、彼らの姿に少しだけ興味をもってね。

 だから入り口の様子をうかがいながら、私はグリフォンと戦っていたのさ。

 

 

 すると、そう時間を空けずに激しい閃光がはしり、入り口の方から悲鳴が聞こえてくる。

 複数の魔術師が魔力を使い果たし、そのまま倒れたのには驚いた。

 激しい怒号が広場を埋め尽くして、強烈な死臭が私たちを襲う。

 

 

 

「ラース、どうやら私たちの出番はないみたいだ」

 

 

 その光景を目にしながら、スロウスは退屈そうにそう言った。

 私は彼がなにを言っているのか、それが最初はわからなかった。

 しかしグリフォンの焦っている姿、そして聞こえてきた声が教えてくれる。

 

 

 

「だめだ、そいつに物理攻撃は通用しない!」

 

 

「魔術師はどうした! さっさと結解を修復しろ!」

 

 

 最後の魔術師が倒れたのと同時に、広場の結界はその役目を終えてね。

 満身創痍の冒険者たちが、その剣を片手に入り口を目指す。

 その光景は戦っているというより、ただ吸い込まれているような気がした。

 

 

 

「無理だ。……もう、俺たちはおしまいだ」

 

 

 そしてその全てが蹂躙される。地面が突如現れた対象の突起物、それが冒険者たちを串刺しにしてね。

 ほとんどの者がなんの悲鳴もあげず、なにが起こったかもわからなかっただろう。

 なにもわからぬまま死んだ。自分が死んだことさえわからぬままね。

 

 

 

「ぐっ、遅かったか――」

 

 

 広場の入り口は悪趣味なオブジェが埋め尽くし、そしてその化物が姿を現す。

 首のない大きな軍馬に跨った人間……いや、それを人間と表現していいのだろうか。

 確かに形は人間のそれだが、その存在があまりにも希薄でね。

 

 

 亡霊というものが存在するなら、きっとこんな感じなのだろう。

 人の形をした煙が軍馬を操り、これまた槍の形をした煙をもっている。

 その全てには実体がなく、そこに質量があるとは思えなかった。

 

 

 しかしその軍馬は現に地面を踏みしめ、亡霊の槍が人間を串刺しにしている。

 その光景は質の悪いホラー映画のようで、使いまわされた化物の設定だった。

 

 

 

 

「我ガ名ハ、ソロモン七二柱ガ一柱バルバトス」

 

 

 ああ、そうさ。その化物が本当に実在し、そして現れなければ笑っていた。

 確かにこの世界には串刺し公なんて、そんな存在がいないことはわかっている。

 あれは私たちの世界にいた人間、歴史上の偉人だからね。

 

 

 だけどその戦い方と風貌は、昔のワラキアにいた偉人を彷彿とさせる。

 そしてゆっくりと近づいてくる亡霊、バルバトスと名乗ったそいつが槍を払う。

 すると串刺しの冒険者がバラバラとなり、私たちを中心に雨が降り注いだ。

 

 

 

「やあ伯爵。唐突で悪いんだけど、そこのおじさん殺してくれないかな?」

 

 

 そんな亡霊にスロウスは手を振りながら、まるでお使いでも頼むように話しかけてね。

 すると亡霊は軍馬の手綱を引き、そしてグリフォンにその槍を向けた。

 

 

 

「ヨカロウ、我ガ友人ヨ」

 

 

 その言葉と共に大量の突起物が現れ、グリフォンの体に襲いかかってね。

 本来であればそれで終わりなのだけど、彼の堅さをこの亡霊は知らないらしい。

 案の定そのほとんどが砕け散り、亡霊はその光景に肩を揺らしていた。

 

 

 

「ごめんごめん、説明不足だった。

 そのおじさんとっても堅いから、たぶん伯爵の槍じゃないと貫けない」

 

 

「ソウカ、ワカッタ」

 

 

 抑揚の感じさせない声、無機質な声という方が表現が正しい。

 それは機械音でも聞くかのように、ただ淡々と事実確認を行っていた。

 軍馬の上から亡霊が私たちを見下ろし、そしてその槍をグリフォンに振りかぶる。

 

 

 その動作自体はとてもゆっくりなもので、彼であればその間に三度は拳を振るうだろう

 しかしその拳は実体のない体をすり抜け、その蹴撃は煙を払うことすらできない。

 私と彼とは戦いの相性が悪いが、彼と亡霊はそれ以上に相性が悪い。

 

 

 

「無駄ダ、小サキ者ヨ」

 

 

 そしてその槍は彼の腕を貫き、そのまま易々と引きちぎってね。

 これにはグリフォンも驚いたのか、肩を抑えながら大きく後退する。

 なんというか、敵ながら少しだけ可哀そうだったよ。

 

 

 片腕を引きちぎられた上に、一人で私たちと彼は戦うのだからね。

 しかも敵の一人には攻撃が通じず、自慢の堅さも全く意味がない。

 

 

 

「コレデ、少シハ通リ易クナッタ」

 

 

 亡霊の言葉と共に、再び大量の突起物が彼を襲う。

 今度は彼の肩を狙って、その内側から串刺しにしようする。

 グリフォンもその狙いに気づいたのか、必死に抗うが時間の問題だろう。

 

 

 私との戦いで体力を消耗し、さらに肩からの出血が止まらない。

 見れば上半身の一部は完全に色が戻り、それを庇いながら戦っているようにも……ん? ああ、そういうことか。

 

 

 

「まだじゃ、まだ吾輩にはやるべきことが――」

 

 

 亡霊に気を取られている彼は、背後から現れた私に気づかなかった。

 彼の敗因をあげるとすれば、物事を多角的に捉えなかったことだ。

 敵を亡霊だけに絞り、私に注意を払わなかった。

 

 

 いや、払うことができなかったのか。

 仲間の冒険者を皆殺しにされ、肩からの出血がその思考を鈍らせる。

 ここはアニメやライトノベルの世界ではない。相手が一人だからと言って、私たちがそれに合わせる必要はないのだ。

 

 

 

「さようなら、哀れなマスター」

 

 

 振り下ろされた刃は、そのままグリフォンの命を奪う。

 彼が気づいたときにはすでに遅く、クロノスの刃がその首を切り落とした。

 

 

 

「あらら、予想外の終わり方だね」

 

 

 ゆっくりと倒れるその巨体、鮮血が更なる鮮血を洗い流す。

 転がった首を見下ろしながら私は思う、今回のことは私に多くの教訓をもたらした。

 これから先、クロノスが通用しないときのことも考えて、新しい武器や人間が必要となるだろう。

 

 

 出世のためには多くの武器と人材、文字通り力と権力が必要なのだ。

 そうとなればここで立ち止まるわけには……ふむ、この好機を見逃すのはもったいない。

 

 

 

「こんな首だけの存在になっちゃって、本当に残念だよグリフォン」

 

 

 転がるグリフォンの首を拾いあげ、その頬を叩きながらスロウスが話す。

 胴体のない彼が声を発するわけもなく、ただ一方的に話しかける姿は興味深かった。

 それだけ付き合いが長かったのか、それとも恨んでいたのかわからない。

 

 

 とりあえず、私はこの辺りで次に進むとしよう。

 本来の目的、私のギルドを作るための第一歩である。




復活したので更新を再開します

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