邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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原罪司教は開始する

「スロウスさん、一つ提案があるのですが――」

 

 

「ん? どうしたんだい?」

 

 

 スロウスは彼の首を投げ捨てると、そのまま楽しそうに聞いてくる。

 なんというか、私はスロウスのこういうところが苦手だった。

 全てを知っているようで知らず、なにを考えているのかがわからない。

 

 

 

「このまま殲滅戦を続けるのもいいですが、それでは時間がかかるでしょう。

 ですから、罠を仕掛けて待ち伏せするのです。

結界の一部をわざと弱めて、その先で敵を私が攻撃します」

 

 

 会議室で私はトライアンフの冒険者について、スロウスの口からいろいろと教えられた。

 その中でも緋色の剣士と呼ばれる冒険者、彼女のことが一際興味深くてね。

 若くしてとあるダンジョンを攻略し、その功績を認められ国王と謁見したそうだ。

 

 

 今でも王族との繋がりがあるそうで、私は彼女という人間を知りたかった。

 使えるようなら利用すればいいし、無能と分かればそのまま排除する。

 私が殲滅戦を提案したのはそれが理由だ。混戦となった都市ではなく、都市の外で彼女と会いたかった。

 

 

 誰に邪魔されるわけでもなく、ただ彼女という人間を見極める。

 王族と繋がりのある冒険者なんて、それだけでも十分に使えるだろう。

 私の目的はこの状況を作り出し、そして他の者を出し抜くことだ。

 

 

 結界を弱めればそこに冒険者が押し寄せ、一部の人間は都市を脱出するだろう。

 その中には必ず緋色の剣士がいる。私の考えでは裏帳簿を持っているのは彼女、またはカナリアの誰かだと思っていた。

 先ほど彼がグリフォンの体を調べていたが、裏帳簿は持っていなかったしね。

 

 

 

「どうでしょうか、悪くはない提案だと思います。

 ある程度の冒険者を殺したら戻ってきますし、なによりこの方が効率的でしょう」

 

 

 そもそも裏帳簿を持っている人間が、こんな場所に現れるとも思えない。

 戦闘に参加して焼失でもしたら、それこそ目も当てられない。

 

 

 そうなれば適任者は誰か、そしてその護衛が誰かなんて決まっている。

 おそらくグリフォンが結界を解除し、その隙に脱出するつもりだろう。

 全ては憶測にすぎないが、合理的に考えればそうなる。

 

 

 

「ふーん、君が待ち伏せ……ねえ」

 

 

 ただ、ここで一つ問題なのがスロウスの護衛だ。

 彼が私の提案を否定するなら、私はここを離れることができない。

 結界を弱めることもできないし、カナリアの連中を待ち伏せることもできない。

 

 

 だからできるだけわかりやすく、合理的に説明したつもりだがね。

 しかしここである種の不安定要素、スロウスの考えが全く読めなかった

 最悪なにかしらの取引も辞さないが、それだと帰って怪しまれるだろう。

 

 

 

「いいよ。ラースの提案に乗ってあげよう

 護衛は伯爵がいれば問題ないし、君の言う通りその方が効率的だからね。

 南門の結界を弱めておくから、そこで待ち伏せるといい。外にいる兵隊は好きに使っていいから、敵を追い詰めるのに役立ててくれ」

 

 

 だからその言葉が聞けた瞬間、私がどれだけ喜んだかは言うまでもない。

 一番の問題であったスロウスは説得できた。後はこの罠にだれがかかるか、そこだけが不安だが大丈夫だろう。

 むしろこのチャンスを見逃すような無能なら、この私がわざわざ会う必要もない。

 

 

 

「そうそう、せっかくだしこれをラースにあげるよ。

 グリフォンを殺したのは君だし、その記念にこれは取っておくといい」

 

 

 許可ももらえたので踵を返そうとしたが、それをスロウスの言葉が引きとめる。

 そしてスロウスは笑いながら指輪を……紋章の刻まれたそれを手渡してね。

 二頭の鷹が剣を重ねた紋章、おそらくグリフォンが持っていたものだ。

 

 

 

「それはトライアンフの紋章、正確にはギルドマスターの証だね。

 それがあれば他のギルドや仲間、一定の者に命令することができる。

 手紙の封にその印璽を使えばいいだけだ。それでギルドマスターからの命令、証明となる代物だ。

 ラースならうまく使いそうだし、私が持っていても使わないからね」

 

 

 なるほど、要するに印章指輪と呼ばれるものか。

 中世において、その者の身分を証明するための特殊の指輪。それに印璽の効果を持たせたものだろう。

 

 

「それじゃあ、張り切って殺してくるといい。

 一応カナリアの連中を見つけたら、そのときは後で報告してくれ」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「さて、やっとお出ましのようだな」

 

 

 私の近くには都市の周囲を監視していた兵隊、ギアススクロールで縛られた者がいる。

 敵がどの程度やってくるのかわからないので、適当に使える者を選抜したがね。

 残りの者は引き続き都市の周囲を監視し、近づく者がいれば報告するよう伝えた。

 

 

 そうやってある程度の準備を終えたころ、やっと目の前の城門が吹き飛んでね。

 スロウスは結界を弱めてくれるといったが、それでもこれほどまでに強力だったのか。

 爆炎の中から現れる数名の男女、どうやら私の予想は当たっていたらしい。

 

 

 

「やっと抜け出せたわね。それじゃあ、このまま王都を目指して――」

 

 

「申し訳ないが、ここから先は通行止でね」

 

 

 

 そう言って現れたのは四人の男女、おそらくはカナリアの連中だろう。

 ここにきて温存しておくとも思えないし、なにより一人だけ汚れがなかったからね。

 残りの三人は傷だらけだというのに、その女性だけは全くの無傷だった。

 

 

 

「やあ、初めましてカナリアの皆さん」

 

 

「敵の新手? 私とクリスが前衛を務めるから、ホロはヒッピを守って後方支援!」

 

 

 瞬時に状況を判断して散開する辺り、あの女性は優秀なのだろう。

 一人だけ無傷の女冒険者、きっと緋色の剣士とは彼女のことだ。

 それは個人的にはそうであってほしいという願望、あの中では一番使えそうだという直感だ。

 

 

 一人はスロウスの結界を破ったためか、すでに満身創痍のようだしね。

 残りの二人にしてもパッとしないというか、グリフォンより明らかに下だ。

 

 

 

「待てミーシャ、ここは俺たちに任せて先に王都へ行け。

 敵があの程度しかいないなら、今の俺たちでもなんとかできる」

 

 

「そうそう、その代わり他の連中は頼んだわよ。

 できればあの男の後ろにいる連中……って言うかあの男も含めてね!」

 

 

「おい、それだとミーシャさんが全員倒することになるだろ!

 私たちの方は大丈夫なので、ミーシャさんは先に進んでください!」

 

 

 まさかこんなところでくだらない友情ごっこ、ライトノベルのような会話が聞けるとはな。

 さすがの私も苦笑いというか、彼らに呆れてなにも言えなかった。

 ミーシャと呼ばれた女性、無傷の冒険者はその言葉に苦しそうだったがね。

 

 

 おそらくは彼らとともに戦い、そして一緒に王都へ向かいたいのだろう。

 しかしここで手間取っていては、最悪他の者が襲ってくるかもしれない。

 王都の中にはまだ三人の大司教がいる。それに広場であったあの亡霊、他にも多くの魔物たちが暴れている。

 

 

 先ほどの爆発に気づいて彼らが来たら……なんて、カナリアの連中は考えているだろう。

 実際のところは私がいるので、他の司教たちがここへ来ることはないがね。

 

 

 

「わかった。じゃあここはみんなに任せるから、あとで必ず追いついてよね。

 全てが終わったら王都で一杯……ううん、王宮の中で好きなだけ飲ませてあげる」

 

 

 そういって勝手に話を進める彼女、ミーシャと呼ばれた冒険者が走りだす。

 当然こちらとしてはそんな茶番に興味はなく、彼女を通してやる義理もないからね。

 クロノスに彼女を襲わせようとしたが、ここで予想外のことが起こった。

 

 

 

「悪いですが、あなたの相手は私たちです!」

 

 

 満身創痍の冒険者が放った一撃、巨大な火球が私の視界を塞ぐ。

 私はそれをクロノスで切り裂こうとして、その殺気に反応が遅れてね。

 まさか突然現れた彼女が剣を振るい、そのまま攻撃してくるとは思わなかった。

 

 

 

「ちっ、外しちゃったか……でも、次は絶対に殺すからね」

 

 

 おかげさまで火球は避けられたが、その代償に左腕を潰されてしまう。

 私に一撃を加えて彼女は走り去り、残されたのは間抜けな私と三人の死にぞこない。

 周りの兵隊にはあの女を追うよう指示したが、おそらく時間稼ぎにしかならないだろう。

 

 

 それくらい彼女の動きは早く、そして鋭かったと今ならわかる。

 この世界に来て、この世界の理不尽に慣れ、この世界のルールに順応した私ならね。

 しかしここまで一方的にやられるとは、これはこれで久しぶりかもしれない。

 

 

 

「さて、どうやら私と君たちが戦うようだ。

 一応聞いておきたいが、君たちの中に緋色の剣士、若しくは裏帳簿を持っている人間はいるかな?」

 

 

 私の言葉に剣士風の男、クリスと呼ばれていた冒険者は剣を構える。

 そして双剣の女冒険者その隣に並ぶ、確かホロとか呼ばれていた冒険者だ。

 そして私に火球を飛ばした魔術師、ヒッピが私たちを中心に結界を張る。

 

 

 おそらくは私の足止めをするために、彼女を追わせないための処置だろう。

 一応彼らが裏帳簿を持っている可能性もあるし、彼らを放置するという選択はないがね。

 しかし、これであの女が緋色の剣士であり、裏帳簿を持っていることもわかった。

 

 

 本当にわかりやすい奴らだ。ここで適当な偽物でも出したり、私の問いに答えたら状況も変わっただろう。

 これで彼らを殺すのに障害はなくなったし、裏帳簿が焼失するという可能性もなくなった。

 

 

 

 

「!?」

 

 

「クリス、あんた遅れてるわよ!」

 

 

「黙れ馬鹿娘、お前の方こそ俺に合わせろ」

 

 

 しかしここで私の実戦経験の短さ、本物の連携というものに圧倒される。

 一人が私を押さえつけて、もう一人がその背後を攻める。

 しかも潰された左腕を中心に、偏った攻撃を仕掛けてきてね。

 

 

 私が攻撃に移ろうとすれば、その瞬間に魔術師が火球を放つ。

 攻撃のタイミングを魔術師に潰され、一旦防御に回れば私の弱点をついてくる。

 なるほど、確かにこれが本当の殺し合いというものだ。相手を殺すつもりだから、余計な情けやプライドなんて必要ない。

 

 

 あの学園で笑いながら剣を振るう男、新しい魔法を覚えて飛び跳ねている女、その全ての行き着く先がここである。

 学問の場所で殺し合いを教えるその感覚、やはりこの世界は好きになれない。

 目の前で剣を振るうこの男も、私を背後から襲ってくる女も、そしてよくわからん理屈で火球放つ化物も、私はその全てが好きにはなれなかった。

 

 

 

「やめだ。こんなことをしていても、あの女が逃げるだけだからな」

 

 

 だから私はこの世界のルールに従い、殺し合いの勉強することをやめた。

 彼らから大きく距離をとり、そして地面にクロノスを突き刺してね。

 突然の行動に彼らは警戒していたが、今更悔やんでももう遅い。

 

 

「ハッキリ言おう、私は君たちと遊んでいる暇はない。

 あまりこの能力を使いたくなかったが、これ以上時間をかけるわけにもいかない。

 だから、先に謝罪しておこうと思う。君たちとの戦いはとても勉強になるが、私にもいろいろと都合があってね」

 

 

 地面に突き刺したクロノスが、その真っ赤な瞳を私に向けてくる。

 それは私を非難しているようであり、これからすることを嫌がっているようにも見えた。

 

 

「なに言ってんのよ間抜け、どう見たって私たちの方があんたを――」

 

 

「いや、待て! 急いでこの男から離れろホロ!」

 

 

――第二制御術式開放……さあ、全てを吐き出せクロノス。


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