邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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恋する乙女と金糸雀の歌

「ねぇ、あなた私たちと組んでみない?」

 

 

 それが彼女との出会い、私がトライアンフに入った切っ掛けだった。

 当時の私はまだ駆け出しの冒険者で、そこまで強くもなかったと思う。

 それなのに私と同い年で有名の、緋色の剣士と呼ばれる彼女に誘われたのが始まり。

 

 

 元々サラマンダーギルドに所属してた私は、彼女に誘われるままチームを組んだ。

 最初はトライアンフからの依頼として、次からは彼女に誘われて依頼を受けた。

 緋色の剣士。みんなからそう呼ばれる彼女は、とてもいたずら好きで弟思いの……そんな、普通の女の子だった。

 

 

 ミーシャと一緒に冒険するうちに、私は多くのものを学び力をつけた。

 気がつけばギルド内でも有名となり、グリフォンさんと話す機会も増えてさ。

 そして彼女たちが失ったもの、倒すべき悪がいることも知ったの。

 

 

 

「馬鹿娘が、お前はそんなこと考えなくていいんだよ」

 

 

「なっ!? 馬鹿ってなによ、馬鹿って!」

 

 

 その日、悩んでいる私にクリスがこう言ったの。

 私の頭を乱暴に撫でながら、まるで子供を慰めるみたいにさ。

 少し年上で背が高くてイケメンで、ちょっとモテるからって偉そうにする。

 

 

 私はこの男が嫌いだった。だって、いつも私のことを子供扱いするんだもん。

 しかも私を呼ぶときは決まって馬鹿。馬鹿娘、猪、お姫様!……ごめん、最後のは嘘。

 私だって身長のこととか気にしてるのに、この男はそういうコンプレックスを平気でからかう。

 

 

「絶対にあんたが惚れるくらい良い女になって、そんで私があんたを振ってやんだからね!

 いい? わかった? だから覚悟してなさいよね、この間抜け!」

 

 

 私はあの時のことをハッキリと覚えている。あの日の天気から着ていた服まで、いつかあの時の借りを返そうと思っていた。

 それは私だけが知っている、私のための復讐。結局のところ、馬鹿な私にはそれだけでよかったの。

 ただこの空間を守るために。ミーシャに恩返しをするために。そしてクリスを見返すためにここを守りたい。

 

 

 

「なんだ? 今日はやけに外が騒がしいな」

 

 

「どーせ喧嘩でもしてるんでしょ? だって今日は年に一度の創立祭だもの、騒ぎたくなる気持ちは私にもわかる」

 

 

 その日は本当に突然だった。年に一度の無礼講、創立祭のときにそれは起こったの。

 いつかこんな日が来るかもしれない――グリフォンさんは常に言っていたけどね。

 だけど私はそれをただの冗談だと思っていた。だってこの都市を襲うだなんて、そんなことできるわけないもの。

 

 

 高い城壁に囲まれた都市、多くの冒険者が生活している私たちの空間。

 その中にはあのグリフォンさんだけでなく、国王様と面識のあるミーシャまでいるんだもの。だから絶対大丈夫だと思ってた。――そう、今日という日が来るまでわね。

 

 

 

「吾輩があの結界をなんとかする、だからお主たちはその隙に都市を脱出しろ。

よいか、絶対にこの帳簿を渡してはならんぞ」

 

 

 東門に魔物の大群が現れて、都市にいた仲間たちを襲い始めた。

 その話を聞いたときは冗談だと思ったけど、すぐに真実だと気づかされてね。

 私たちは仲間を助けながら合流し、そしてグリフォンさんにそれを託された。

 

 

 

「楽勝だって! こっちにはミーシャや私がいるんだし、他にもヒッピやクリスがいるじゃん。

 カナリアは誰にも負けない。だって、カナリアはトライアンフ最強だもの!」

 

 

「私やヒッピがついで扱いなのは気になるが、馬鹿娘にしてはいいことを言うじゃないか。

 少しはいい女になったんじゃないか? ミーシャの足元……いや、つま先くらいにはなっただろうな」

 

 

「静かにしてください皆さん、そろそろ結界が解けますよ!」

 

 

 

 そして私たちは都市の南門を破り、あの地獄から脱出することができた。

 血と硝煙にまみれたあの世界から、みんなの希望を背負って走りだしたの。

 多くの仲間を見殺しにして、多くの物を捨てて大地を踏みしめた。

 

 

 

 

「やあ、初めましてカナリアの皆さん」

 

 

 だけどその男に出会ってしまった。不気味な仮面をつけたいけ好かない男、気持ち悪い武器を使う教団の幹部。

 ヒッピのおかげでなんとかミーシャを逃がし、彼女の方はすれ違いざまに私たちの援護もしてくれた。

 あの様子だと左腕を使うことはできないはず、ミーシャの機転に内心ガッツポーズしてた。

 

 

 

「クリス、あんた遅れてるわよ!」

 

 

「黙れ馬鹿娘、お前の方こそ俺に合わせろ!」

 

 

 最初は彼の動きやその武器に困惑したけど、全員で力を合わせれば怖くなかった。

 クリスが彼の攻撃を防ぎつつヒッピがフォローし、そして私の双剣で致命傷を与える。

 一対一なら敵わないだろうけど、それでもこのまま押し切れると思った。

 

 

 

「落ち着けよ猪女、この程度で終わるような敵じゃない。

 このまま負けるような奴に、グリフォンさんやミーシャが警戒するわけがない」

 

 

 大丈夫、ミーシャがいなくても私たちは戦える。こんな相手に負けるつもりはなかった。

 だからクリスの言葉を聞いた瞬間、私は頭の中でそれを否定したの。

 今ならこいつを殺すことができる。武器を手放した今なら、だれも死なせずに倒すことができる……ってね。

 

 

 

「待て! 急いでこの男から離れろホロ!」

 

 

 だからクリスの言葉に困惑した。すぐに動くことができなかった。

 だってクリスが私のことを名前で呼ぶから、ここでいいところを見せたいと思ったの。

 それが間違いだとも知らずに、たぶん私は浮かれていたんだと思う。

 

 

 

「第二制御術式開放……さあ、全てを吐き出せクロノス」

 

 

「えっ!?」

 

 

 突然私の動きが止まった。……ううん、なにかに足首を掴まれたの。

 だから視線をそっちに向けてみれば――そいつらがいた。

 

 

 そいつらは人の形をしたなにかだった。見渡す限りの地面が盛り上がりそこから人が、人の形をしたそいつらが出てくる。

 うつろな瞳に血まみれの体、腐敗した肉と強烈な死臭に私は包まれてね。

 なにが起こったのかわからなかった。剣や槍を片手にそのむき出しの腕で、呪詛の言葉を吐き続ける。

 

 

 

「なんと言うか、やはり不完全な奴らしか出てこないか。

 まあ、君たちを殺すにはこれで十分だろう」

 

 

 顎がないのに声だけ聞こえ、腕がないのに剣を持とうとしている。

 それはゾンビとは違うなにか……そう、なにかだったの。なんて表現すればいいかわからないけど、一秒でも早くここから離れたかった。

 次々と這い出てくる化物の集団、そいつらが私の手や足を掴んでくる。

 

 

 

「やめて! 離して! なによ、こいつらなんなのよ!」

 

 

 その恐怖に私は耐えられない。何度も足元をそいつを切りつけ、それでも湧いて出てくるそいつらに剣を振るう。

 気が狂いそうだった。だって、そいつらずっと喋ってるのよ。――死にたい……死にたいってさ。

 どこからどうみても死んでるのに、自分たちが死んでることに気づいてない。

 

 

 

「ホロ、落ち着け! いいか、落ち着いて俺を見ろ!」

 

 

 

 落ち着けるわけがなかった。数百体にも及ぶそいつらが、さらにその数を増やして向かってくる。

――死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。

 

 もう死んでいるのに、その言葉を口にしながら向かってくる。

――死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。

 

 正気でいるなんて無理、こんなの絶対に普通じゃない。

――死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。

 

 

 

「ちっ、しょうがねぇな――」

 

 

 そのとき、私の唇に柔らかいものが触れたの。

 仄かなコーヒーの香りと、そしてクリスが吸ってる煙草のにおい。

 私がその正体に気づいたとき、目の前には恥ずかしそうに笑う彼がいた。

 

 

 

「ほら、さっさと行くぞ処女。ぼさっとしてたら追いてくからな」

 

 

 気がつけばクリスに抱きしめられ、そして自分の失態を思い知らされた。

 ヒッピが新しい結界を張り直し、クリスが私を庇いながら敵と戦う。

 本当なら手伝わなくちゃいけないのに、私の足が言うことを聞いてくれない。

 

 

 

「おいヒッピ、こいつらは一体なんだ?

 ゾンビにしてはやたら頑丈だし、中には魔法を使うやつまでいる」

 

 

「私にもわかりません。ですが、このままではいずれ押し切られます」

 

 

 数百体にも及ぶそいつらが、更にその数を増やして向かってくる。

 今は結界がそいつらを抑えているけど、そんなのは時間の問題だった。

 だって、どう考えても敵が多すぎる。四方をそいつらに囲まれて、ヒッピの魔力ももう限界が近かった。

 

 

 

「ねぇ、クリス」

 

 

 私はなんとか立ち上がると、彼が振り返った瞬間その顔に手を伸ばす。

 どうしてそんなことをしたのか、今考えても思い出せない。

 ただそのままキスしようとして――そして……うん、失敗したの。

 

 

 

「はっ? お前、本当に頭がおかしくなったのか?」

 

 

 死ぬほど恥ずかしかった。ええ、むしろ死にたかったわよ。

 だって私の身長が低すぎて、背伸びをしても届かなかったんだもの。

 だからなんだか変な空気になって、私は恥ずかしさのあまり彼を殴った。

 

 

 こんなことをしてる場合じゃないのに、自分でもなにがしたいのかわからなかった。

 私はまだ体に力が入らないし、クリスだって私を助けるのにボロボロになってた。

 ヒッピは都市の結界を破るのに力を使って、いつ倒れてもおかしくないもの。

 

 

 もしもヒッピの結界が解けたら、そのときは一瞬で殺される。

 あの……よくわからない化物に殺されて、たぶん原型も残らないような気がする。

 それだけ目の前のこいつらは異常で、恐ろしく、そしてその数が多すぎた。

 

 

 

「二人でじゃれ合うのはいいですが、そろそろ私の方も限界です。

 ですから提案があるのですが、お二人の意見を聞かせてください」

 

 

 ヒッピの言葉に私たちは視線を反らし、そして彼の最低な話を聞くこととなった。

 本当に最低で最悪の、とても受け入れられない提案をね。

 ええ、勿論私は反発したわよ。ヒッピには悪いけど、それだけは絶対に嫌だった。

 

 

「そんなふざけた作戦は嫌! 絶対に嫌!

 それだったら私が先頭の敵を倒すから、そのままあいつを無視して逃げればいい。

 難しいかもしれないけど、これなら誰も死なずに王都へ――」

 

 

「無理ですよ。だって、私はもう立てそうにありません。

 それにあの男を倒さなければ、確実にミーシャを追いかけるでしょう。

 あいつは危険すぎます。たとえ失敗したとしても、彼女の時間を稼げればそれでいい――違いますかクリスさん?」

 

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 ヒッピは本当に辛そうだった。確かに彼の言いたいこともわかる。…わかるよ? だけど、そんなの悲しすぎるじゃない。

 失敗してもいいだなんて、そんなの絶対に間違ってるもの。

 どうして生きることを諦めるの? なんで私の話を聞いてくれないの? 嫌だよ……そんなの絶対に嫌だもん。

 

 

 

「まあ、少しは落ち着けよ馬鹿娘。

 お前はそんなに考えなくていいんだ。俺たちが全部なんとかするから、お前はいつもどおり突っ走ればいい」

 

 

 そういって私の頭を撫でてくるクリス、これは彼が困ったときにする仕草だった。

 いつもこの男は私を子供扱いする。私がそれに怒ればミーシャがなだめて、最終的にはヒッピが私たちの間を取り持つ。

 それが私たちカナリア、私が守りたかった金糸雀だった。

 

 

 

「ねぇ、ダメなの……かな? それしか本当に方法がないの?

 みんなで一緒に王都に行って、それでミーシャと仲のいいお姫様を紹介してもらって、それから――それから、ね?」

 

 

 涙があふれてくる、もうどうでもよかった。強がっていても仕方ないと思った。

 私は二人にただお願いするしかなかったの。他の方法を考えて欲しい――カナリアはまだ歌えると言ってほしかった。

 

 

「泣くなよ馬鹿娘、まだ失敗すると決まったわけじゃねぇ。

 お前があの男を倒せばそれで終わり、俺たちはミーシャとも合流できる。

 安心しろ。お前があの男を殺すまでの間、俺がヒッピを守りながら戦ってやるさ」

 

 

 だけど、私の願いが彼らに届くことはなかった。馬鹿な私でも彼の目を見ればわかる。

 私の言葉が届かないことも、カナリアがもう歌えないってこともね。

 私の頭を乱暴に撫でる彼の分厚い手、それが離れた瞬間私はその手を掴んだ。

 

 

 

「だめ、もう少し撫でてくれないと許さないから」

 

 

「全く、少しは大人になったと思えばこれだ。

 じゃあ、王都に着いたらお前が死ぬまで撫でてやるよ――それこそ毎日、寝る前と起きた後にな。だからお前は俺たちを信じろ」

 

 

 そう、まだ失敗すると決まったわけじゃない。

 私があの男を倒せばうまくいく、私の居場所を守ることができる。

 今までだって私たちは乗り越えてきたんだ。だから今回だってうまくいく、私があの男を殺してみせる。


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