邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「ホロさん、そろそろ準備はいいですか?
私が結解を解除したら、すぐに
その後はあの化物を飛び越えて、そのままあの男を殺してください。
術者である人間が死ねばこいつらも消えるはず、うまくいけばまた撫でてもらえますよ」
「うっ、うっさい馬鹿! あれは……アレよ。ちょっと演技しただけで、別にそういう意味じゃないし!」
ヒッピの言葉に思わず反応してしまう。別に、クリスに撫でてほしいからやるわけじゃない。
まあ、撫でてくれるならそうしてもらうけどさ。ただ勘違いはされたくなかった。
ハッキリ言うけど、クリスの手にそこまでの価値はない! うん、絶対にない!
そもそもあいつの手は大きくて硬いし、私の扱いが他よりも乱暴なんだ。
これが終わったらそこら辺を改善して、それで約束通り頭を撫でてもらう。
毎朝、私の気が済むまで撫でてもらう。寝る前は私が許可するまでやらせる。
そうだ、あいつにはそれくらいが丁度いいんだ。全部私に押しつけといて、中途半端な報酬なんて絶対許さない。
この間抜けは私だけ見れてばいい。今日のことを口実に、毎日この間抜けをこき使ってやる。
「頼んだぞ馬鹿娘。王都で待ってるミーシャに、俺たちの武勇伝を教えてやろうぜ」
私のことを好きになるまで、ずっと一緒にいてやるんだ。
「結界を解除します! クリスさんは少しでも時間を稼いで、ホロさんは衝撃に備えてください!」
ヒッピの合図と共に結解が解除され、そいつらが一斉に襲いかかってくる。
クリスはヒッピを守りながら剣を振るい、金糸雀は夜空へと舞いあがった。
ここまできたらやるしかない。絶対に失敗しちゃダメなんだ。
私は振り返らなかった。急降下する私が捉えたのは無防備な男と、そして新たに生みだされた無数の化物。
今ならあの男を倒せる。私の存在に気づいていない今なら、その首を切り落とすことだってできる。
それでクリスに認めてもらうんだ。私は良い女になった。あいつの周りにいる誰よりも、それこそミーシャにだって負けるつもりはない。
「残念ながら、私も少なからず成長しているのでね」
その瞬間、私はその男と確かに視線を交わした。
それは双剣を振り下ろす刹那、無防備な彼に剣が届くその瞬間だった。
どうしてそう思ったのかはわからない。でも、仮面越しに男が笑っているような気がしたの。
「ねぇ、死にたいの」
私の進路を阻むように現れた防御壁、突然現れたそれに激しくぶつかる。
とても巨大で幾重にも張られたそれを、私はなんとか突破しようと剣を振るってさ。
両手を振るうたびに体が悲鳴をあげたけど、それでも立ち立ち止まろうとは思わなかった。
「お願い、私は死にたいの」
いつの間にか現れた金髪の少女、男の背後から現れた彼女が口にする。
その子だけは他とは違っててね。その見た目は人間そのもので、彼女の肌や瞳は本来のそれだったと思う。
唯一の共通点と言えば例の言葉、壊れたように繰り返すあの言葉だけだった。
「ふざけんな……まだ私は、金糸雀は歌えんのよ!」
彼女の張った防御壁は本当に強力で、その硬さに私は弾かれてしまった。
だけど諦めたくはなかった。空からの奇襲は失敗したけど、それでも目の前にはあの男がいる。
邪魔する人間はその少女だけで、彼女はなんの武器も持っていない。
私は着地したと同時に踏みこんで、そのまま男との距離を一気に詰めたの。
まだ間に合うと思った。この距離なら私の剣は届く、そう思って双剣を振り下ろしてね。
「さすがは一流の冒険者、まさかここまでやるとは思わなかった」
肉を切り裂く確かな感触に、私は双剣をさらに深々と突き刺す。
刃から伝う赤い雫はとても冷たく、そして人間を殺すには十分の深さでさ。
だから成功したと思った。私はあの男を倒したんだ……って、そのときは本当にそう思ったの。
「うそ、なんで――」
「御苦労エレーナ嬢、君のおかげで無駄な体力を使わずに済んだ」
目の前には先ほどの少女がいて、私の双剣は彼女を貫いていた。
まるで目の前の男を庇うように、その少女は両手を広げていたの。
どこからどう見ても生きているようにしか見えなくて、彼女の瞳からこぼれる涙も本物みたいでさ。
だけど他の化物と同じように、私を前にしても少女の願いは変わらない。
気がつけば私は結界の中に閉じこめられ、そして作戦が失敗したと悟った。
「発想は悪くなかった。もしも私があの模擬戦や代表戦、そしてグリフォンとの戦闘を経験していなかったら、おそらく君の刃は私に届いていただろう。
クロノスがこの能力を発動している間、術者である私は身動きが取れない。
あの出来損ないどもにしたって、私が死ねば自然と消えるだろうしね」
少女が作りだしたそれによって、私は指先すら動かすことができない。
最初は何度か脱出しようと暴れたけど、結局はどうすることもできなかった。
そしてあの男が前に立つと、そんな私を見ながら拍手をする。
それは子供の頑張りを褒めるように、まるで私たちの健闘を称賛しているようでさ。
本当に屈辱的だった。今すぐにでもその胸に剣を突き刺し、こいつの腐りきった心臓を貫いてやりたい。
だけど今の私にはそれができない。――悔しかった。悔しくて苦しくて、なにもできない無力な自分に怒りすら覚えた。
「だから君たちの判断は正しい。しかし残念かな、人間とは常に成長する生き物だ。
私としてはどうして彼女だけ成功したのか、それを知りたいが君たちじゃ無理だろう。
全てを失った彼女が私を助けるなんて、これ以上の皮肉もないだろうけどね……まあ、これは君たちとは関係のない話だ」
そういって少女に突き刺さった双剣を引き抜き、男は私の顔にそれを押し当てる。
このとき私の脳裏に二人の姿がよぎってね。私の成功を信じてくれた仲間、クリスとヒッピのことが不安だった。
私は失敗しちゃったけど、それでもあの二人はまだ戦い続けてる。
「お願い、私は何でもするからあの二人は助けて――」
あれだけの化物に囲まれながら、私が成功すると信じて戦ってる。
そう考えたら私の口は自然と動いてた。トライアンフの冒険者としては最低の……だけど、今の私にはそうするしかなかった。
恥や矜持なんてどうでもいい。冒険者じゃなくなってもよかった。ただあの二人を助けられるなら、私はどうなってもいいと本気で思った。
「ほう? なんでもしてくれるのか、だったら一つだけ聞きたいことがあってね。
それに答えてくれたら、君の言う通りあの二人は助けてあげよう。
どうだろうか、私としても時間をかけたくないからね」
今の私には選択肢がない。クリスたちを助けるためには、この男の言う通りにするしかなかった。
男は私にプライドと呼ばれる教団の幹部、つまりはリストファー=ドレイクのことを聞いてきた。
私たちがいつ頃からあの男を調べていたのか、そしてその正体に気づいた時期を聞いてね。
他にもいろいろと聞かれると思ったけど、男はそれ以上口にすることはなかった。
ただ、私が全てを話し終えた瞬間、そいつは狂ったように笑い始めたのよ。
まるで全てが順調だと言わんばかりに、私にはその光景がとても恐ろしく感じた。
「いいぞ、全てが順調に進んでいる。
多少の不確定要素はあったものの、これほど順調に進むとは思わなかった。
これで私はこの国の英雄となり、二つのギルドを統合することができる。
本来であれば数十年かかるものを、たったの数カ月で手にいれるのだ」
そのとき、私はなにかとてつもない失敗をしたような気がした。
それは私たちの命なんかと比べものにならない、この国を揺るがす程のものかもしれない。
だけど今更どうしようもなかった。たとえこの国が滅んだとしても、私はあの二人が生きてくれればそれでよかったの。
「私はちゃんと教えた。だから今度はあんたの番、約束通りあの二人は助けて」
「ああ、勿論彼らは助けてあげよう。
私は交わした取引を反故にするような人間じゃないし、ましてや君は私の恩人でもある」
男がなにを言っているかはわからなかったけど、それでもこいつがあの武器を引き抜いた瞬間、あれだけいた化物が一瞬で砂となってね。
そして、私が見つめる先にはあの二人がいた。ボロボロになって片膝をついていたけど、それでもクリスたちは動いていたの。
死んでなかった。あれほどの化物に囲まれながらも、あの二人はしぶとく生きていた。
このときの私は、たぶん今までの人生で一番嬉しかったと思う。
状況は相変わらず最悪だったけど、それでもクリスたちを助けることはできる。
たとえ私がこの男に殺されたとしても、二人が生きてくれるならそれでよかった。
「それじゃあ約束通り、彼らは助けてあげよう」
「えっ、なにを……待って!」
そういって男は私の双剣を拾いあげると、そのまま二人の方へと向かっていく。
最初、私はなんでそんなことをするのかわからなかった。だって私はあいつに言われた通り、知っていることを全て話したんだもの。
だから男がクリスたちの元へと向かった瞬間、私の心臓は大きく跳ねた。
心臓がうるさいくらいに脈打って、私は心の中でそれを何度も否定する。
だけど一度脳裏に浮かんだ光景は、結局最後まで覆ることはなかった。
「いや、だめぇぇぇぇ!」
振りかぶられた双剣が、月明かりで綺麗に光ってた。
それは本当に一瞬のことでさ。冗談みたいに一瞬で、気がつけば私は叫んでいたの。
結界の中で暴れながら叫んで、そしてその最後を見てしまった。
崩れ落ちる二人と赤い血だまり、私の双剣は両方とも赤くなっていた。
男はそんなクリスたちに見向きもしないで、そのまま私の方へと向かってきてね。
それでその剣についていた血を払った。それはまるで見せつけるように、約束は守ったぞと言わんばかりにね。
私はもう声もだせなくてさ。涙を隠すのに精いっぱいで、もうなにも考えたくはなかった。
「そんなに風に睨まれても、私は君の言う通り彼らを助けただけだ。
クロノスに殺されたら魂を拘束され、あいつの中で永遠の苦痛を味わう。
君も先ほどの奴らを見ただろう? あれはクロノスによって殺された者たち、いうなれば私が殺した人間たちだ」
この男は狂っている。全てを他人事のように話す姿は、とても同じ人間だとは思えなかった。
殺した人間? 魂を拘束する? もしもこいつの言っていることが事実なら、こいつはあれだけの人間を殺したってことだ。
あんな学生くらいの女の子も含めて、あの光景になにも感じないなんてね。
こいつは私が今まで出会ってきた誰よりも……ええ、どんな人間よりも異常だと言いきれる。
あれだけの死者を前にして、この男はなんとも思っていない。
「拘束された魂は私の自由にできる。クロノスが破壊されない限り、永遠に戦うこととなるのだ。
君はそれが嫌だったからこの私に、わざわざあんな取引を持ち掛けたんだろう?
ん? もしや違っていたかな? まあ、違っていたなら謝罪しよう」
そう、この言葉にしたってそうだ。こいつの言葉は全てが軽いんだ。
クリスたちを殺したのはこいつなのに、その口調はまるで他人事みたいでさ。
この男には人として大切ななにかが欠けてる。こうして話してみて、私はこの男の異常性にやっと気づいた。
そうじゃなきゃこんな風にはならない。数百人にも及ぶあの大合唱を前に、平然と戦えるはずないもの。
今の私にはこいつの表情が、その仮面を越しからハッキリとわかった。
「だが、文字通り彼らを助けてほしいという願いだったなら、それはさすがに横暴というものだ。
そもそもこの惨劇の真実を知る君たち、つまりは邪魔な存在を生かしてはおけない。
もしもそれを期待していたなら、さすがに考えが甘すぎるだろう」
――ヒッピ、あんたがミーシャのことを好きだったのは知ってた。それを何度もからかって、無理やり二人っきりにさせたこともあったね。
あのときあんたは嫌がってたけど、後でお礼を言いに来たときは驚いたよ。
――クリス、あんたには最後まで本当のことを言えなかった。いつも喧嘩ばかりしていて、結局私の気持ちを伝えられなかったね。
今思えばもっと素直になればよかったと、本気でそう思うから自分が嫌になる。
「そういう言う意味での助けてほしいなら、前もって私の方も断っていただろう。
まあ、不幸な行き違いというやつだな。
それじゃあ哀れな冒険者さん、来世ではもう少し賢く生きるといい」
ごめんミーシャ、私のせいでみんな死なせてしまった。この男に全てを話しちゃった。
あんたには迷惑かけてばっかりだよね。思えばあの時だってそう、初めて一緒に冒険をした時も足を引っ張ってた。
ごめん。本当にごめんね。全てをあんたに背負わせちゃって、私なんかが仲間にならなきゃよかったよね――
「そうそう、クリスとかいう剣士からの伝言だ。
俺は最初からお前のことが好きだった――それじゃあさようなら、哀れなカナリアの諸君」
金糸雀はもう歌えない。だけど、最後の最後で飛べたような気がした。
私のせいで失敗したのに、その瞬間だけはちょっぴり幸せだった。
迫りくる刃を見ながら、私はいるはずのない彼にこう言ったの。
「私もだよ……クリス――」