邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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原罪司教は次の段階に進む

「それを本気で言ってるなら、あんたは狂ってる」

 

 

 全てを話し終えた後、彼女は小さな声でそう言った。

 その顔はどこかおびえているようだったが、おそらくは武者震いだろう。

 ただの冒険者がたったの数カ月……いや、一カ月ほどでこの国最大のギルドを設立し、そのマスターになれるのだ。

 

 

 これほどのチャンスは滅多にないし、私がマネージメントする限り、設立までの過程も含めてその経営は万全である。

 サラリーマン時代に培った経験が、この世界で通用するかはわからない。

 しかし邪魔なギルドや否定的な者には、教団を通じて暗殺者を送ればいい。

 

 

 そしてその犯人を私たちで捕まえ、その功績を他の企業にアピールするのである。

 そうすれば自然と教団に関する案件、もしくは協力者などを得ることができる。

 

 

 誰かに疑われる心配もなく、未然に教団の情報を遮断する。

 それこそみんな大好きアンクルサムの、あの有名な初代長官をモデルにすればいい。

 教団に関する情報……つまり原罪司教たちの情報を手にし、それを武器に出世を狙うのである。

 

 

 これこそがマッチポンプ。内情を知らない人間からすれば、そのギルドはかなり将来性があるだろう。

 表面上の責任者に彼女を据えて、私は共同経営者として甘い汁を吸う。

 適度に重大事件を解決すれば貴族や軍人、王族の目に留まることだってあるだろう。

 

 

 彼女にはギルドマスターというポストと、この惨劇を招いた元凶への復讐、それと少しばかりの名誉で協力してもらう。

 プライド以外の人間は取引の対象外だが、本来であればその復讐すら果たせなかったのだ。

 妥協案としては十分すぎるというか、これ以上は望みすぎである。

 

 

 

「狂っている? 失敬な、私ほど会社に忠実な人間はいない。

 教団を危険に晒した不良債権を処分し、そのギルドを自然な形で引き継ぐのだ。

 合法的に巨大なギルドを組織して、それを私のカテドラルとして活用する。

 どこにおかしい要素がある? 全てが合理的であり、私たちが協力すれば実現できる」

 

 

 彼女の非難めいた視線にうんざりし、私は目の前の剣を踏みつける。

 右手を貫く剣がその力で深く……さらに深く浸食していき、その傷口を大きく広げた。

 

 

 彼女は必死に耐えていたけど、こぼれ出る吐息が教えてくれる。なんとも強情な女である。

 この様子だとどれだけ説明しても、彼女が協力してくれるとは思えない。

 かなり魅力的な提案だと思うのだが、やはりこの世界の人間は頭が悪い。

 

 

 

「新しいギルド? 大義名分? なによそれ、おかしすぎて笑っちゃうわ。

 そんなことこの私が認めるわけないし、絶対に協力だってしない。

 拷問したって無駄よ? あんたたちに協力するくらいなら、苦しみながら死んだ方がマシだもの」

 

 

 

 まあ、こうなることは予想していたがね。

 いきなりこんな提案をしても、教団を憎んでいる彼女は納得しない。

 共同経営者がこんな得体の知れない人間で、しかもその後ろ盾が人魔教団だからね。

 

 

 

「ふむ、そういうのであれば少し試してみよう」

 

 

 私は目の前の剣を利用して、何度も同じ言葉を繰り返した。しかし彼女からは前向きな答えをもらえなくてね。

――こうなったらしょうがない。営業の基本は根気よく説明し、相手の興味を刺激することにある。

 それならば私のやることはひとつ、まずはその警戒心を解くことから始めよう。

 

 

 

「へぇ、あんたそんな顔してるのね」

 

 

 冷たい夜風が私の頬を撫でて、外されたそれが虚しく転がる。

 私の素顔に彼女は驚いていたが、個人的にはこんな顔にした教皇様、もしくはスロウス辺りに言ってほしい。

 

 

 私としてもこんな体に押し込まれ、今更学校に通うなんて思わなかった。

 少なからず面白い出会いはあったものの、未だに教皇様の狙いがわからない。

 

 

 

「実は、ホロとかいう女冒険者から聞いたのだが、君たちがプライドの正体に気づいたのは二年前らしいな。

 そして、裏帳簿の存在を知ったのは一年ほど前、去年の夏ごろだったと聞いている。

……ああ、別に否定する必要はないよ。これはちょっとした確認というか、単なる独り言だと思ってほしい」

 

 

 そう言って私は魔道具を起動させ、その中からとある水晶を取りだす。

 それはこんなときのために用意したもの、私が代表戦で受け取ったボーナスだ。

 フォールメモリー。対象の記憶を一年前まで破壊し、全てをリセットする魔道具である。

 

 

 私の提案を彼女が拒絶するなら、もう一つのプランで計画を進めよう。

 これを使うのは少し心苦しいが、このまま解放するわけにもいかない。

 

 

 

「私たちが分かり合うには、最初からやり直すべきだろう。

 君は私と今日の惨劇を忘れて、一年前までの記憶をすべて失う。

 それはプライドの正体を知り、帳簿の存在に気づいた時まで遡る」

 

 

「なっ!?」

 

 

「君は失った記憶と目の前の現実に困惑するだろうが、その辺りは私がヒントを残そう。

 そうすれば優秀な君は私の元に現れ、いろいろな疑問をぶつけてくるはずだ。

 そこで私はもう一度協力を申し出て、記憶を失った君と一緒にプライドを殺す」

 

 

 私は彼女の体を調べて帳簿をみつけると、そのまま魔道具の中に収納する。

 これで最も重要な武器は手に入れた。これから始まるのは盛大な茶番劇、最凶最悪のマッチポンプである。

 全ての役者と演出を私が管理し、向かう先はハッピーエンドと決まっている。

 

 

「喜べよ緋色の剣士、君は歴史にその名を刻むのだ。原罪司教を殺した道化(ピエロ)として、仲間たちの復讐を果たした英雄としてね」

 

 

「そんなもので私の記憶を……仲間たちとの思い出を消せるはずない。――そうよ。たとえ全てを忘れたとしても、絶対にあんたの顔だけは忘れない。

 私は諦めないからね。いつか絶対にあんたを解放して、その報いを受けさせてやる――!?」

 

 

 

 私が水晶を彼女の胸に押し当てれば、彼女は激しい痙攣と共に気絶する。

 もはや後戻りはできない。彼女の首をスロウスに届け、プライドを助けるという選択はなくなった。

 この女が私の役に立つのかどうか、後は期待しながら待つとしよう。

 

 

「さて、それじゃあ次の段階に移ろうか」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「くそっ、一体どうなってやがんだ」

 

 

 俺は馬車を走らせながら悪態をつき、迫りくる盗賊に魔法を放った。

 しがない行商人でしかない俺に、これだけの人数は倒せないからな。

 そもそもこの地域はトライアンフの領域、普段なら巡回の冒険者がいるはずだ。

 

 

 それなのに誰にも出会わねぇ。今日が創立祭なのはわかるが、それでもこんなことは今までなかった。

 荷台には創立祭のために買い込んだ商品、おまけに長旅のせいで相棒は疲れてる。

 このままだと追いつかれるのは時間の問題。しかし、だからと言って荷物は捨てられねぇ。

 

 

 これを捨てれば借金しか残らない。たとえ逃げ切ったとしても、それじゃあ行商人として終わりだ。

……全く、まさに究極の選択ってやつだな。こんなことなら積み荷を減らして、夜の移動もやめておくんだったぜ。

 

 

 

「ふざけんな! 創立祭で盛り上がるのはいいが、最低限の仕事はしやがれ!

 都市に着いたら商会を通じて、不幸の手紙を送りつけてやる。浴びるほど酒を飲んで、死ぬほど美味いもんを食ってやる!」

 

 

 しつこく追いかけてくる盗賊に、俺も含めて相棒もボロボロだった。

 長年連れ添ったこいつのことは、俺が一番よく知っている。

 ここまでの長旅に加えて、この重労働ではさすがに持たない。

 

 

 普通の馬ならとっくの昔に潰れて、今頃盗賊たちに食われてる頃だ。

 そう考えたらよく頑張ったもんだと、そう褒めてやるべきだろうな。

 俺は迫りくる盗賊を見ながら、相棒の首を撫でて手綱を離す。

 

 

 

「くそが、来るなら来いってんだ!

 俺も行商人の端くれだ、ただで積み荷は渡さねぇ!」

 

 

 馬が倒れたのと同時に、俺は盗賊たちに魔法を連発する。

 大した威力こそねぇが、時間稼ぎくらいはできるはずだ。

 巡回の冒険者がこの明かりに気づいて、俺を助けに来てくれればいいが……まあ、それは難しいだろうな。

 

 

 魔力がなくなるまで魔法を連発し、少しでも時間を稼ごうと努力する。

 誰でもいいんだ。冒険者であれば誰でもいい。一人でも来てくれれば、それだけで盗賊たちは諦める。

 なぜならここはトライアンフの領域、盗賊たちも気が気じゃないはずだ。

 

 

 都市から応援が来れば一網打尽、あいつらに勝ち目はないからな。

 だからハッタリでもかませばそれで終わり、盗賊たちも諦めるだろう。

 

 

「ああ……まぢか、ここにきて魔力切れかよ」

 

 

 しかし、現実はそれほどうまくいかねぇ。

 魔力切れを起こした俺は足元がふらつき、そのまま荷台から転げ落ちてな。

 慌てて立ち上がれば、目の前には剣を構えた盗賊がいたんだ。

 

 

 

「ハハ、こんなところで――」

 

 

「死にたくなければ、そのまま伏せてください」

 

 

 その時、突然俺の背後から声が聞こえたんだ。

 こんな状況にもかかわらず、その声だけはハッキリと聞こえた。

 藁にもすがる思いで身をかがめれば、目の前にいた盗賊が倒れて、その首が俺の前に転がってきてな。

 

 

「ひっ……!」

 

 

 一応断っておくが、これは武者震いってやつだ。

 その声に助けてもらえなくても、ここから挽回するつもりでいたからな。

 だからズボンが濡れているのも、言うなればちょっとした手違いだ。

 

 

 

「危機一髪のところだったが、なんとか間に合ってよかった」

 

 

 そして振り返ってみれば、そこには一人の子供がいたんだ。

 月明かりに照らされた白銀の髪と、その綺麗な瞳がとても印象的でな。

 体中が血まみれあることを除けば、どこにでもいる普通の学生に見えた。

 

 

 年は高校生くらいか? なんと言うか、少なくとも社会人には見えなかった。

 雰囲気は俺よりも上に見えたが、この容姿で年上ってことはないだろう。

 

 

 

「あっ……ああ、助かったよ」

 

 

 俺は行商人であって戦いには向いていないが、それでもこの坊主が強いってことはわかる。

 おそらくトライアンフの冒険者だ。さっきの動きにしても凄かったし、たぶん俺の魔法に気づいたんだろう。

 

 

 

「俺は見ての通り行商人だ。創立祭のためにいろいろなものを運んでいたんだが、突然こいつらに襲われてな。

 他にも何人かいると思うんだが、助けに来たのは坊主一人だけか?」

 

 

「私ともう一人いますが、彼女の方は気を失っています。

 あなたの言う他の人たちについては、すでに殺したので御心配なく」

 

 

 そんなことをあっさりと言う坊主に、俺は開いた口が塞がらなかった。

 あれだけの数を倒したのもそうだが、この子が普通の冒険者には見えなくてな。

 俺としては嬉しい限りだが、あまり関わりたくないタイプだ。

 

 

 

「そっ……そうか、それは本当によかった。これで安心して都市に向かえるな。

 坊主には大きな借りができちまった。なんだったら坊主も載せてくし、都市に着いたらいろいろと奢らせてくれ」

 

 

 しかし、受けた恩を返すのが商人って生き物だ。

 このまま借りを返さないなんて、それこそ行商人として失格だからな。

 だからいろいろと提案したんだが、それに対して坊主はこう言ったんだ。

 

 

「残念ですが、今トライアンフに行くことはできません。

 今から話すのは都市で起こったことと、私たちが脱出した経緯についてです」

 

 

 私たち? その言葉に引っかかるもんがあったが、坊主の視線の先にもう一人冒険者がいてな。

 気を失っているのかぐったりしてたが、そんなことは話を聞いている内に吹っ飛んだ。

 坊主の話はとても信じられなかったが、こいつが嘘を言っているようにも見えなくてな。

 

 

 さっきの盗賊にしても、普段なら絶対にいないはずの連中だ。

 巡回の冒険者も見なかったし、極めつけはその倒れている女だった。

 よく見ればそいつはトライアンフの重鎮、緋色の剣と呼ばれる冒険者だったからな。

 

 

 トライアンフ最強と呼ばれる彼女が、こんなところで気を失っているのは普通じゃない。さすがにそんなことは俺にもわかった。

 そうなると目の前の坊主が言っていること、そしてこの状況にも説明がつくからな。

 坊主の話を聞きながら内心焦っていたが、その辺りはしょうがねぇだろう。

 

 

 だってあまりにも話が大きすぎて、俺みたいな小物には想像もできないしな。

 だから次に坊主が発した言葉に、思わず変な声が出ちまったよ。

 

 

 

「だから、行商人であるあなたに依頼したい。

 彼女、緋色の剣士を王都まで運んでほしい。無論、そのための報酬は弾みましょう」

 

 

 そう言った坊主の手には宝石が握られ、俺としたことが固まっちまった。

 俺は宝石について詳しくはないが、それでもあれがかなりのものだとわかる。

 おそらく積み荷の全部と引き換えにしても、坊主の持っている宝石の一つにすら届かない。

 

 

 人一人運ぶだけでそれだけの報酬、しかも王都までの道のりは比較的安全だ。

 街道を通っていけば時間もかからないし、途中で積み荷を売ることもできる。

 

 

 

「ピンチこそ最大のチャンスってことか……なかなか面白いじゃねぇか、特別に坊主の依頼受けてやるよ。

 ここで引いたら行商人じゃねぇしな、この嬢ちゃんを俺が王都まで送り届けよう。

 報酬はその宝石一つで十分、それ以上はもらい過ぎってもんだ」

 

 

 坊主の手から宝石を一つもらうと、俺は緋色の剣士を馬車に乗せる。

 あまり乗り心地はよくないが、近くの村によって積み荷を売ればいい。

 俺の言葉に坊主は安心したようで、残りの宝石を嬢ちゃんの服にねじ込んでいた。

 

 

 あれだけの物をなんの躊躇もなく、ただの報酬として使うなんて普通じゃない。

 まあ、普通じゃないことはわかっていたがな。俺は相棒の状態を確認して、乗っていた積み荷を半分に減らす。

 この宝石があるなら、積み荷を捨てるのだって惜しくはねぇ。

 

 

 重要なのは一刻も早くここから離れること、坊主がいない状態で襲われたらアウトだ。

 俺が全ての準備を終えて手綱を握ったとき、周囲を警戒していた坊主が口を開いてな。

 それは俺に対する言葉というより、お嬢ちゃんに対する伝言に近かった。

 

 

 

「王都に着いたら灰色の死神を探すこと、彼はこの事件の全てを知っている。この惨劇を止めるには彼の協力が必要だ」


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