マネー is パワー   作:おやき

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ひたすら自分が楽しいだけです。


沢田家から

 その少女は人とは少し違っていた。いや、少しというのは語弊があるかもしれない。その子は1を知ってそこから起こる可能性を枝分かれ式に予想することが出来た。小さな枝も数えるならそのifは膨大な数になるだろう。しかし、彼女にはそれを処理するだけの頭脳とその中から最善を選び取る天性の直感があった。それは彼女の血筋が持つ超直感と呼ばれるものであった。彼女は歴代の中でもその超直感が強く、ある種の未来予知に近かった。優秀な頭脳を持つ人間はこの世にある程度存在するが、そこに反則的直感を合わせ持つ人間は中々いない。この条件により彼女はこの世で唯一無二となった。

 そのことが発覚したのは、ほんの些細なことだった。彼女が3歳になろうとした頃、彼女の父親である沢田家光が娘と遊ぶために神経衰弱をした。使用したのはトランプではなく大きく絵柄が描かれたカードだ。数字も覚束ないであろう娘でも分かりやすいように5種類のマークで対になるように計10枚のカードで行った。「同じマークを揃えるんだよ」とだけ娘に説明し、いざ勝負をしてみれば娘は異常な正解率を叩き出した。いや、それどころか全てのカードがまるでどこに何があるか分かるかのように全てのカードを揃えてしまった。透視実験というこれと同じようにカードを伏せ言い当てる実験があるが、この子の能力はその類ではないと家光は確信していた。血筋が受け継ぐ能力に心当たりがあったのだ。まさかと思い、今度は正規のトランプをジョーカーを抜いた状態で52枚用意した。今度も娘は迷いない手つきで全てのカードを揃えてしまった。絵柄の違う2種類のトランプを混ぜ合わせ104枚用意した状態でも結果は変わらず数字どころか絵柄まで揃えてしまった。ここで家光は確信してしまう、父親としてではなくマフィアの直系として、門外顧問としてこの少女が有用であるという確信を抱いてしまった。思えばこれが沢田家光と沢田煕子の親子としての最後の交流だったかもしれない。その1年後より充実した教育を受けるため彼女はイタリアで暮らすこととなった。

 

「おかあさん、いってきます。」

 

 父親である沢田家光に手を引かれながら煕子は小さく目の前の女性に告げた。彼女の母親にあたる沢田奈々は非常に人間的で優しい母親だった。生まれて4年しか生きていない娘を遠い海外にやることに最初はもちろん反対したが家光の説得と煕子本人の意思であることを説かれてしまい「娘本人が望むなら」と渋々了承したのである。今だって涙をこらえて微笑むことに精一杯であった。本人の希望でも可愛い娘と離れることは耐えがたかった。本来であれば頑なに拒んだが、娘の成長を日々見守っていた母親として自分の娘が他の子と違う才能を持っていることは感じていた。その事実がなければ断固とこの歳での海外留学など認めなかった。全ては娘の将来を想ってだった。

 

「ひろちゃん、向こうに行ったらキッチリご挨拶するのよ。好き嫌いしちゃダメよ?夜更かしもしちゃダメよ?ママみたいに大きくなれないわよ〜。大丈夫よ、ひろちゃん優しいからすぐお友達出来るわよ。」

 

 励ますような優しい言葉を煕子は靴のつま先を見ながら「うん、うん」と小さく相槌を打っていた。こういう時にどうしていいのか分からずキョドキョドと視線が動いてしまう。そんな娘と妻の様子を家光は複雑な思いで見つめていた。

 

「奈々そろそろ時間だから・・・。」

 

 正規の航空便を使わないために家の前までの見送りとなる。そのまま車に乗り込むと煕子はチラリと自分の母親に視線を送る、ガラス越しに優しい微笑みと目が合った。やはり、どうしていいか分からず直ぐに視線を下げてブラウスのボタンを爪でカリカリと引っ掻いた。もう一度視線を上げて小さく手を振った。その瞬間、堪えきれなかったのか母親がボロボロと泣き出してしまった。その瞬間に煕子の脳内では「やってしまった。」と警報が鳴り響き子供ながらに慌ててオロオロと視線を母親に向けていたが、そのまま車が走り出してしまい家の前で蹲って泣く母親の姿がどんどん小さくなってしまった。煕子は見えなくなるまで心配そうな視線を母親に向けていた。沢田家光は娘のそんな人間らしい姿に密かに安堵の息をついていた。

 

「着いたらママに手紙を書いてあげような。写真とかもつけてな。」

「うん。お友達もつくらないと」

「・・・・ママが言ったからか?」

「うん。」

 

 普段、友達など全く必要としていない娘の発言に意外に思えば案の定母親への義理立てのためであった。先程、娘の人間味に安心したせいで落胆が大きい。いや、こればかりは彼女のせいとは言えない。既に母国語以外にイタリア語を習得するような娘とは当然ながら同年代と会話が成立しないのだ。周りの同年代はただでさえ知性が高く独特な彼女の感性についてこれず、1度近所の同年代の子供と引きあわせてみれば煕子の方が無理矢理あちらに合わせ接待のようになってしまい本人も疲れ果てていた。ここで相手に合わせるだけの柔軟さと聡明さが分かったのは良かったが、友情を築くことは難しいだろう。しかし、これから娘が過ごすのは非日常こそが日常の普通ではない世界だ。特殊な環境下で彼女の感性と合う人間と巡り会えればいいのだがと、沢田家光には娘の孤独に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 


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