マネー is パワー   作:おやき

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このへんはサクサクと進みたい。進みたい気持ちはあるのに進まない。


ボンゴレの屋敷にて

 大きな屋敷だ。屋敷自体も呆れるサイズだが、何よりボンゴレ本部が有する敷地が広大だった。周囲を警戒するような高い塀の中は屋敷自体を隠すように鬱蒼と木々が生い茂り森の中に忽然と姿を現すように屋敷がそびえ建っていた。厳重に警備された門を車に乗ったまま抜け、屋敷の玄関まで整備された道を進んでいる間、煕子は窓の外を眺めながら自分が普通に生きていれば踏み入れることがない非日常に足を踏み入れているということだけ漠然と感じていた。まだ、幼い彼女にはどういう部類の非日常であるのかまでは理解出来なかった。沢田家光が娘に最低限の情報しか与えなかったため理解するための判断材料がまだ揃っていなかったのだ。

 珍しそうに木々の影を眺める娘に対して沢田家光は不思議な安心感を抱いていた。日本の沢田家では感じなかった安心感だ。まるで鳥を本来あるべき空に返せたような、ここにあることが正しい姿であるような。達成感と呼ぶ方が正しいかもしれない。彼も超直感を持つ血筋の者だ、明快ではないが自分が何かを果たしたような感覚を味わっていた。

 

「煕子、向こうに着いたらまず父さんの上司に挨拶をしよう。なに、優しい方だからそう気を張る必要はないさ」

「うん。ねぇ、おとうさん」

「ん?」

「私はここで暮らすの?」

「そうなるだろうな。まぁ、父さんも基本ここに居るから不自由があったらすぐ言ってくれ」

「うん。」

 

 屋敷の玄関が見える。先ほど通った門と同じように黒服の人間が周囲を警戒していた。車が滑るように玄関のすぐ側にで停車するとドライバーはいそいそと沢田親子が降りやすいようにドアを開けた。煕子が降りようとすると近くに立っていた黒服の男がスッと静かに手を差し出した。煕子が何事かと少し目を丸くしながら答えを求めるように父親を見上げると当の家光は薄く笑みを浮かべ愉快そうに眺めてくるだけなので、煕子はこういうものなのかとなんとなく自分を納得させて小さな手をオズオズと重ねた。重ねられた男はその初々しい様子に少し微笑み「どうぞこちらに」と丁寧に玄関まで煕子をエスコートした。

 

「・・・・ありがとうございます」

「いいえ、お気になさらず。」

 

 優しく微笑みながら手を差し出してきた時同様に静かに離れていく。その様子を煕子はジッと観察していた。

 

「どうだった?初めてのエスコートは?」

「なんか変な感じだった。」

「はっは!まぁ最初はそうだろうな!!」

 

 家光はケラケラと心底愉快そうに笑うと「ほれ」と手を差し出して煕子の手を繋いで歩きだす。それに少し引っ張られるように煕子は屋敷に足を踏み入れた。

 屋敷の中は予想を裏切らない豪華だが品のある内装だった。高い天井にはシャンデリアが吊るされ広いエントランスの先には幅の広い階段があった。視線を上げると杖を持ちながらもしっかりとした足取りで階段を降りてくる老人がいた。厚い絨毯が足音を吸収していた。

 

「9代目!こちらから伺いましたのに!」

 

 父親の珍しく畏まった様子に煕子は目の前の老人が父親の上司にあたる人物だろうと推察した。

 

「いや、なに。私は耐え性がなくてね。君の娘が来ると聞いて楽しみで迎えに出てしまったよ」

「ありがとうございます。そう言っていただけるなんて・・・。」

「まぁ、今回は仕事の話ではないんだ。そう固くならず楽にしてくれ」

「はい、9代目」

「ふむ、ところで彼女がそうかい?」

「ええ、娘の煕子です。ほら、ご挨拶しろ。」

「初めまして、沢田煕子です。4歳になりました。」

「そうかい そうかい、綺麗なイタリア語だ。」

 

 目の前の9代目と呼ばれる人物は煕子の返答に嬉しそうに目を細めた。煕子から見ても実に品のいいスーツを着ている事、黒服に厳重に守られた屋敷に住んでいるという事からこの人物が優しいだけの人間ではないことは分かった。

 

「二人とも長旅で疲れただろう。お腹は空いているかな?上に食事を用意させたんだ。」

「是非、ご一緒させていただきます。」

「うんうん、ヒロコちゃんはどうかな?」

「はい、いただきます」

「それは良かった。そうだ、私の息子もいるんだ。今年で9歳になる。ここでヒロコちゃんに一番近い年頃になるかな。なかなか気難しい子なんだけどね、良かったら仲良くしてやってくれるかい?」

「はい」

「ありがとう。さ、立ち話もなんだ。食事にしよう」

 

 煕子の返事に満足気に頷くと9代目はスタスタと部屋へ歩いて行った。その後に続くように親子で手を繋いで歩いていく。長い廊下に重厚な扉が並んでおり敷かれた厚い絨毯が三人の足音を吸収していた。煕子にとっては全て初めて見るものであり、珍しげに視線を動かしていた。しばらくすると迷いなく進んでいた足が一つの扉の前で止まり、待ち構えていたメイドが静かに扉を開けて中に招き入れた。メイドという存在も煕子にとっては新鮮で思わず頭の先からつま先まで見つめてしまった。伏し目がちに待機していた彼女らの視界にまだ背丈の小さい煕子は視界に入りやすく、珍しそうに自分たちを見つめる日本人の少女が微笑ましく少し頬を緩ませた。その様子も煕子は少し不思議そうに観察していた。

 部屋に入ると目つきの悪い少年が気だるげに席についていた。すぐに先ほど9代目が言っていた9歳の息子であることは分かったが、正直煕子には少年の存在自体が予想外であった。眼光は年不相応に鋭く、部屋に入ってきた煕子達をジトリと睨みつけていた。その視線の中に煕子自身が少年本人より強いか弱いか値踏みするような意味も込められていることをなんとなくではあるが煕子自身察していた。その様子は人間というより動物的であった、少年なりの生きるための手段であるのだろう。まるで自分以外は全て敵であるかのように部屋にいる全ての人間に対して威圧するような気配を漂わせ、少年がいる部屋の中は妙な緊張感で満ちていた。9歳にして周囲の大人を飲み込むカリスマは脅威的なものである。

 しかし、煕子はその鋭い視線を浴びながら先ほどまで珍しそうに周囲に視線や興味をめぐらしていた時とは正反対に気持ちがどんどん冷めていくことを自覚した。つい先ほどまで自分の周囲には知らないもので溢れていた。一歩踏み出したこの生活もどのようなものになるのか分からず、常に周囲を観察していた。久しぶりの分からないという感覚を楽しんでいたのだ。しかしどうだ、この視線はこの目は私はすでに知っている。知っているから察してしまった、分かってしまった。ここでの生活も、これから置かれる自分の立場も、ひどく空っぽな気分だった。失望に近いかもしれない。ヒントはそこ彼処にあったが、あえて気付かないフリをしていたのに、少年の視線が決定打となってしまった。少年の自衛の視線がここが暴力の世界であり、害悪に抗えない者から淘汰されることを彼女に確信させてしまった。目的と仕組みを把握すれば後は数多とある具体案から最善を選びとるのみである。

 一方の少年は自分よりも明らかに非力で暴力とは無縁の世界で生きてきたであろう幼い少女に対してなんの感慨も湧かず、邪魔になれば消せばいいとすぐに関心が失せた。少女は周囲全てを拒絶する少年に対して楽しみを邪魔されたほんのわずかな不快感以外何の感情も湧かず、すぐに意識から外した。

 

「ヒロコちゃん、彼は私の息子のザンザスだ。仲良くしてやってくれ。」

「煕子です。よろしくお願いします」

 

 形式的に行った挨拶に対してザンザスと紹介された少年は特に返事もせず無関心を決め込む、9代目は少し困ったように眉を下げるが、煕子はザンザスからの返答など微塵も興味がなかった。

 

「さぁ、食事にしようか。どうぞ席について」

 

 9代目の一言で控えていた黒服の男が煕子のために椅子を引いた。煕子は車を降りるさいのエスコートを思い出して示されるがまま席に着いた。

 遠くない未来、裏社会で名を馳せる少年少女の出会いは互いに関心の向かない、無味無臭なものであった。

 

 




 仲良くしなさいよ。

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