え、遅れた理由?
書き始めたのが7月7日当日の夜7時だったからですね。やった、777ですよ(マテ
まだ中学の頃の自室で。
「七夕とは、なんですか?」
そう呟いて小首を傾げてみせるウィン。可愛い。――じゃなくて。
「知らないか? ……っても、
今日は7月7日。
日本の世間一般では、七夕と呼ばれる日だ。
説明するまでもないだろうが、七夕とは織姫と彦星の伝承を元にして作られた行事。
天の神の娘である織姫とその婿として迎えられた牛飼いである彦星は、結婚して以降遊んでばかりで天の神を怒らせてしまい、離れ離れにさせられてしまう。だがあまりにも悲しむ織姫を見かね、父親でもある天の神は年に一度、7月7日の夜だけ会うことを許した。
夜空の光景と合わせると二人を別ったのが天の川であり、アルタイルとベガがそれぞれ彦星と織姫に当たる。
まぁ、月の満ち欠けの関係上7月7日でも天の川が見づらい年もあるが。
「――ってのが、一番良く知られている伝承。だからまぁ、7月7日の今日がその日で、七夕って言われてる」
あれこれ端折って簡潔に七夕の解説をした俺は、テーブルの向かいに座るウィンに視線を向ける。
「ま、伝承が元の行事は深く考えないほうがいいか。習慣化してることの、そこにある意味は薄いからな」
俺だって7月7日だから七夕で、こういう伝承が元らしいっていうことしか知らない。
どんな意味があるのか、なんて事は態々考えようとも思わない。
特に見るわけでもなしに付けっぱなしになっていたテレビのニュースでも、ちょうど七夕祭りのことを報道している。
「……それで、2人はどうなったんですか?」
ウィンがテレビのほうに顔を向けたまま、質問を投げかけてきた。
「さてね。こうやって俺達が信じてるみたいに毎年、年に1回会ってるのか、もう許されてずっと一緒に居るのか、逆に会えなくなったのか。こっちの伝承なんてほとんど曖昧なんだ。言ったろ、深く考えるだけ無駄だって。あるとすれば、空が曇って天の川が見えないと2人は会えないって話くらいか」
あと七夕といえば……。
先のニュースは、商店街の七夕祭りの場を写している。
――ああ、そういえば一番大切なのを忘れてた。
俺はイスから立ち上がり、どうしたのかという視線を向けてくるウィンの瞳を見返して言う。
「ちょっと、出かけよう」
◆
ウィンを連れて出てきたのは、最近は近寄っていなかった最寄の商店街。
中々大きな商店街で、その通りは俺の予想通り七夕ムードに包まれている。
ウィンと一緒に居るところを学校の奴に見られると色々厄介だから、という理由であまり近寄らなかったが、こう活気に満ちた場所はいい所だ。
「お、あった」
その通りの中央付近まで入っていくと、1本の大きな笹が青々とした葉を風に靡かせて天を指していた。
それにはまるでクリスマスツリーの装飾のように、縦長の色紙が数多く付けられている。
「これは?」
「短冊って言って、願い事を書いて飾ると願いが叶うって伝わってるんだ」
背の高い笹を見上げるウィンが投げかけてきた質問に答え、俺は笹の足元に設置してある台から緑色の短冊を2枚抜き取った。
「はい、これ」
片方をウィンに渡して、残った1枚は自分で書く。
あらかじめ決めてあった俺はササッと書いてしまったが、ウィンは書こうとしてやめて、書こうとしてやめてを繰り返して迷っているみたいだった。
突然話を振った俺も悪かったかな。
「そんなに考えなくても大丈夫。元々願掛けみたいなものだし、思った事をそのまま書けば良いよ」
アドバイスのつもりでそう言った俺の目を、翡翠色の瞳でジッと見つめ返してきたウィンに、若干気恥ずかしくなって俺は少し目を逸らす。――と。
「出来ました」
早っ、と言いそうになったのを堪えてウィンの手元を見れば、確かに一瞬前までは書かれていなかった文字が短冊に書かれている。
そんな数秒も惚けては居なかったはずなんだが。
「お、おう。じゃ飾るか。上に掛けるほど願いが叶いやすくなるって話だけど……」
見上げてみれば、3メートル近い場所にも何枚か色紙が靡いている。肩車でもしたのか。
だがそれでも高さ的にはこの笹の半分程度だ。天辺となると6メートル位の高さになる。
流石に人の力だけでそこに行くのはシビア。組体操の如くピラミッドを組み立てても何段必要になることやら。
人の目があるから、ウィンの霊術も使えないし。
「ま、普通でいいよな。貸して、俺のほうが身長高い」
俺が短冊を受け取ろうと手を差し出すと、ウィンは恥ずかしいのか若干頬を赤らめて短冊を出し渋った。
「ズルいです。ユートの書いたのも見せてください」
あぁ、俺だけ両方知ってるっていうのはズルいってことか。
俺は若干の苦笑いで、自分の短冊をウィンに差し出す。そして代わりにウィンの短冊を受け取る。
――“ユートとずっと一緒に居られますように”
受け取った緑色の短冊には、そう書いてあった。
ただそれだけのことに、なんだか嬉しくなってくるのは単純な男の性か。
さっきより赤みを増した顔のウィンから俺の短冊を受け取り、さて、と思案する。
普通でいいかと思っていたが、この願いは叶ってもらわないと困る。
若干無茶があるが――やってやろうじゃないか。俺たち2人のために。
「ちょっと待っててくれ」
「え、あの、ユート?」
ウィンの困った声が聞こえてくるが、心の中で謝っておく。
まずは助走をつけて、普通じゃ登り辛いだろう少し背の高い近場の塀によじ登った。これで3メートル。
そしてその塀の上から次は、笹に沿うように立っている――実際、支えにしているんだろう――電柱の整備用の取っ手に飛びつく。後はこれを登っていくだけだ。
下からざわめきが聞こえてくるが、気にしたら手を滑らせかねないのでいまは手元だけに集中する。
よじ登ってなんとか到達した笹の頂に最後の作業として、邪魔にならないよう口に咥えていた2枚の短冊を上手く片手で括り付けた。
よし、我ながらいい仕事をした気がする。
が、それで気を抜いたのがいけなかったのか。
「――!」
取っ手に引っ掛けていた足が滑って、俺の身体が傾く。そのせいで完全にバランスを崩した。
一度崩れたバランスをこんな不安定な場所で取り戻すのは正直無理だ。
下からの悲鳴を聞いて、クソッと内心で毒づきながら、駄目元で届かないだろう取っ手に手を伸ばす。
後数センチ、たったそれだけで支えを逃した俺の指先が虚空を掻いた。
ウィン、ごめん。そう思った瞬間――
――不意に、風が吹いた。
突風のように巻き起こった風は俺の背を押して、足りなかった数センチを届かせる。
起死回生のチャンスを逃すまいと生存本能に突き動かされた俺の身体が、確りと鉄製の棒を握る。
「――っは」
腕だけでぶら下がる格好になったが、先の状況よりは確実にマシだ。
大きく息を吐くと、ようやく生きた心地がした。
初夏の気温は高く暑いはずなのに、背筋は冷や汗で冷たい。
まずは安全確保だとその片腕を支えに体勢を整えて、なるべく早くに地上に降りる。
登るときよりは楽な行程で降り終えた俺は、まだ注目の残る中、ウィンを連れて急いで抜け出した。
◆
「助かったよ」
落ち着ける場所まで移動して、ようやく一息。
公園のベンチに座って、ウィンに礼を言う。
最後の風、あれはウィンの術だ。風霊使いであるウィンにとって、あの程度の事は造作も無いだろう。
ここまでウィンの手を引いてきたが、その間会話は交わしていない。
というのも、ウィンからはなにやら……怒りの雰囲気が伝わってくるわけで。
俺としてはどうしようか悩んでいるところでもある。
「……ユート」
「はい、何でしょうか」
俯いたままで呟くように呼ばれて、つい敬語で返してしまった。
「自分が何をしたのか、わかっていますよね」
「はい」
「なら、私の言いたいこともわかりますよね」
「はい」
わかるだろうか、静かな怒りというものの怖さは。
場合によっては感情を思い切りだしてくるよりも怖い。
「今後、ああいう行動は慎んでください。ユートだってまだ死にたくはありませんよね。怪我をしても一番困るのは自分なんですから――」
……不意に、早口で捲くし立てていたウィンの声が途切れた。
不思議に思った俺が下から覗き込むようにしてウィンの顔を見てみると、ウィンは――泣いていた。
そして今度は弱弱しい声で、呟きだす。
「ユートが、居なくなってしまうんじゃないかと思いました。またひとりぼっちになっちゃうんじゃないかと思って……とても、怖かったです」
俺はその姿を見て、これ以上無いほどに後悔していた。
ウィンを泣かせたかったんじゃない。むしろ喜んで欲しかったがためにあんな事をして、結果的に助けられた上に泣かせてしまった。それじゃあ、俺の行動の意味が無い。俺の求めていた結果とは違う。
「ごめん。ごめんな……」
そっと、壊れ物を扱うように、線の細いウィンの体を横から抱き締める。
いま俺ができるのは、自分の浅はかさを後悔しながら、ウィンを安心させてやることくらいだ。
俺の胸元に身を寄せてきたウィンの頭を、髪を梳くようにしてそっと撫でる。
「……今回だけは、許します。次は許しません」
腕のなかで、胸元から顔を離したウィンが囁く。
「ありがとう」
俺はそうとだけ返して、もう一度ウィンを抱き込んだ。
――それからどのくらいそうしていたのか。
少なくとも、ウィンの瞳から零れた涙が消えるまではそうしていたと思う。
◆
家に着いた頃にはもう陽は落ちて、空の黒が夜の訪れを告げていた。
家を出たのも早い時間とは言えなかったが、かなりの時間抱き合っていたのが主な原因だろう。別に問題は無いが。
普段も星という名の光源は空を埋め尽くすほどに展開されているが、今日はそのど真ん中に1本、大河のように連なった星が瞬いている。
「――天の川」
まずウィンがつい、という風で口に出した。
星を見ようと屋根の上まで出てきた俺たちを出迎えたのは、正に圧倒されるような光景だった。
運よく雲ひとつ無い夜空は星々が彩り、その中でなお圧倒的な存在感を放つ天の川。
俺もここまで綺麗なものは記憶の中では見たことが無い。
「織姫と彦星は、出会えているのでしょうか」
「これならきっと、今頃俺たちみたいに寄り添ってるんじゃないかな」
腰を下ろし、隣同士で肩を触れ合わせながら、地球を見下ろしているかもしれない。
そんな幻想を抱きながら、夜空の大河を見つめる。
真上を見上げて圧倒的なそれに魅入っていると、袖をクイと引かれた。
「ユート、私の短冊は憶えていますか?」
「もちろん」
ただ一言だけなのに、俺をあそこまで突き動かすものはそう無い。
思い出すだけで、つい顔に笑みが浮かぶ。
「神様に叶えてもらえる。という話でしたが、そんな必要は無いですね」
真意を測りかねた俺がどういうことか、と口にする前にウィンは言葉を繋げた。
「私の願いを叶えられるのは、ユート、貴方だけです。だから、私の願いは貴方が叶えてください。貴方の願いは私が叶えますから」
笑顔で、祈るように願うように、告げられる。
当たり前のように、俺も笑顔で答えた。
そのときにウィンが見せてくれた表情は、これまでで最高の笑顔だったと思う。
「――任せろ」
あの商店街にあった笹の天辺では、その特等席で2枚の短冊がこれと同じ夜空を見上げていることだろう。
片方は言うまでもなくウィンの
“ユートとずっと一緒に居られますように”
という願いの籠められた短冊。
もう1枚。俺の短冊には
“ウィンと幸せになれますように”
と書いてある。
ウィンの腰元に手を回して抱き寄せながら思う。
――ウィン、いま君が幸せだと感じていてくれるのなら――ありがとう。今回俺の願いは叶ったよ。
眩いばかりの星空の下で、俺たちの影はいつまでも寄り添っていた。
では、最近ガンダムブレイカーとか、vitaのGRAVITYDAZEとかに手をつけてて、執筆ががが……orzな作者でした。
閲覧、ありがとうございました。