遊戯王GX ―ウィンは俺の嫁!―   作:隕石メテオ

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Valentine day kiss

 突然ながら、男子には誰にでもこんな経験があるだろう。

 

 

 例えば――登校して下駄箱を開けるときに一瞬期待する。

 

 例えば――教室で自分の席に着いてまず、さりげなく机の中を探る。

 

 

 ――そしてその結果、所謂勝ち組と負け組に別れる。

 

 斯く言う俺、天風遊斗もそんな健全な学生生活を送っているワケだが。

 とはいえ最初から諦めの入った期待など、リターンが無いに決まっている。

 普通に登校、下駄箱には何も無し。教室に入り、机の中を漁っても何も無い。

 だよなぁ、と予想通りだったことにある意味安堵しつつ、人気のあるヤツの自慢が耳に入ってきて鬱陶しさを感じる。

 

 

 そんな――――バレンタインデー。

 

 

 元は聖なる日だったはずが、我が母国日本では菓子会社の儲けイベントだ。

 どうしてこうなったと嘆かわしいことではあるんだろうが、なんというかこの国らしいと言ってしまえばそれまでな気がする。

 ……べ、別に義理すらも手に入らなかったことに現実逃避しているわけじゃないしっ。

 それに本命はただ一つ、“彼女”からさえ貰えればそれで俺は満足だ。

 

「つっても、このイベント自体知ってるか怪しいんだよなぁ」

 

 多分、知らない。

 バレンタインデーというイベント自体、日本、そして人間のイベントだ。

 その外にいた存在である彼女が知っているかと考えれば、それは期待できない。七夕を知らなかったという前例もあるし。

 ハァ、とため息ひとつ。

 わかっている。だがわかっていても、この虚しさはどうしようも無かった。

 

 

 ◆

 

 

 ワイワイと俺たち生徒が盛り上がっていたとしても、学校の予定に変更は出ない。

 いつものように作業的な授業を終え、放課後に普段とは違う行動をしだすヤツらを横目にさっさと帰ることにする。

 俺と同じ境遇のクラスメイトと挨拶を交わして、別に今日はただの平日だろうがと現実逃避する連中の横をすり抜け、帰路につく。

 その途中で、なんとなく商店街へと足が向いていた。

 帰るのに使う道から大きくは逸れていないから、特に問題はない。気まぐれだ。

 いざ辿り着いて覗いてみると、やはり食品系の店前には様々な種類のチョコレートが山のように置かれ、色とりどりのポップに飾られていた。

 正直、本命チョコ用として今更買っていくようなヤツは手遅れな気もするが、義理だったりなんだったりでまだ需要はあるんだろう。

 店側からすれば、残ってしまうと大量の在庫を抱えてしまうから売りさばいてしまいたいといったところか。

 いまなら交渉次第で安く手に入れることが出来るかもしれない――が、よりによって今日、そんな風に自分でチョコを買うようなマネをしても虚しいだけだ。こうして考えただけでも結構凹むっていうのに。

 ただいま、と玄関から声を家の中に投げると、リビングに通じるドアが開け放たれた。

 

「お帰りなさい、ユート」

 

 そこから顔を見せたのは魔法使い然とした服装ではなく、年頃の女の子が着ているような私服を纏ったウィンだ。

 

「今日は少し、遅かったですね?」

 

「ああ、ちょっと寄り道してきたからな」

 

 壁に掛けてある時計に目を向けてみると、普段家に着くより30分は遅い。

 

「なぁウィン、母さんは? またどっか行った?」

 

「おばさまなら、昼過ぎにご友人に用があるということで行ってしまいました。日付が変わる前には帰ってくると言っていましたが」

 

 相変わらず、自由人だなぁあの人も。俺も人のことは言えないが。

 といってもやることは全部やってくれるから、感謝こそすれ文句を言う筋合いもないけどな。

 それに……あの人が外出してるうちはウィンと二人きりになれるってワケだし。

 

「了解。じゃ、とりあえず着替えてくるよ」

 

 学生服は着てるだけで堅苦しくて好きじゃない。

 

「わかりました。紅茶を用意しておきます」

 

「お、マジか。ウィンのは美味しいから楽しみだ」

 

 別にバレンタインのチョコが誰からも貰えずとも、こうしてウィンと一緒に居られるだけで幸せだし。とか考えながら着替えた俺がリビングに戻ると、ウィンが既に用意を終えて待っていた。

 こちらには背を向ける位置にいるが、どこかそわそわしているような感じがする。

 

「別に待ってなくても良かったのに」

 

「いえ、その、お茶の前にユートに用があって」

 

 声を掛けたことで俺が来たことに気づいたらしく振り返ったウィン。

 普段なら空気の流れですぐに気づかれるのに。

 どうしたんだろうと疑問に思っていたが、目の前まで来たウィンの顔がほんのり赤らんでいるのに気づいた。

 

「どうした、何かあったか?」

 

「そ、その……おばさまから聞いたのですが……今日はバレンタインという行事なのですよね?」

 

 そう言われ、俺はドキッとした。主に期待で。

 だが同時に、ウィンの顔の赤みが体調不良によるものではないということに安堵した。

 

 

「そ、そうだな」

 

「女性が男性にチョコレートを送って告白したり、そういう、恋愛ごとのイベントだと聞きました」

 

 最近は逆チョコとか友チョコとか、色々幅が増えて特別性が薄れている気もするが、基本的には女性から男性へのイベントということで合っている。

 

「ゆ、ユート、少し、目を瞑ってもらえますか」

 

「あ、ああ。わかった」

 

 俺は言われた通りに目を瞑る。

 ウィンと同じように風を感知することで周囲の状況を知るということは俺もできるのでウィンがどう動くか知ろうと思えば知れるが、流石に無粋だと思ったためその知覚はカットした。

 何秒かはなにも動きが無くて、少しして俺の手が細くて華奢な指に包まれた。

 若干とはいえ手を引かれて上体が前に傾いたが、そこは倒れ込まない程度に身を任せる。

 

 ――直後、そっと俺の唇に柔らかいものが触れた。

 

 少し驚いた俺が目を開けるより早く、触れている唇から甘いものが流れ込んでくる。

 取り戻した視界はウィンで埋まっていて……ああ、キスされてるんだと再確認した。

 俺は目を開けてしまったが、ウィンは閉じていて、俺が目を開いてしまったことには気づいていない。

 耳の方まで赤く染め、時折熱い吐息を漏らしながらチョコを俺に全て渡そうと唇を重ねてくるウィンにゾクゾクとする。

 

「ん……ふぁ……」

 

 やがて唇が離れ、俺とウィンの間にチョコ交じりな銀の糸が繋がった。

 開いた翡翠色の瞳と視線が合う。

 

「ユート……どう、でしたか……?」

 

 そんなことを聞いてくるウィンが愛おしすぎて、その背に腕を回して抱き寄せた。

 

「もう一回」

 

「っ、ユートっ――!?」

 

 そのまま、今度は俺の方から、唇を重ねる。

 

「や、んっ……お茶、冷めちゃ……んんっ――!」

 

 確かにウィンの淹れてくれた紅茶が冷めてしまうのは勿体無いとは思う。

 だが、今の俺はウィンのことしか頭に無い。

 彼女を俺で埋め尽くしたい。そんな支配欲。

 俺の持てる全てでウィンの口内を蹂躙していく。口の中に残るチョコの甘さの残滓を、上書きして消してしまう程に。

 どの位の時間、そうして唇を重ねていたかわからない。

 俺がある程度満足してウィンを開放した頃には、彼女は若干涙目で非難がましい目線を向けてきていた。

 

「はぁ、はぁ…………最低です、ユート」

 

 だがその少しトゲのある言葉と視線とは裏腹に、ウィンの腕も俺の首にまわされたままだ。

 

「こんな酷いことするなんて最低です。私以外だったら、こんなことをしたらその場で絶縁ものです」

 

「ウィンにならいいんだ」

 

 俺がそう返すと、ウィンは真っ赤な顔を一度横に逸らして、そうしてもう一度向き直った。

 そして僅かに目線をズラしながら囁くような声で言う。

 

「……今日がそういう日だって聞いて、ユートも他の女の人から……その、告白とかされているんじゃないかと想像したら、モヤモヤしてどうしようもなかったんです。だから私も、何かしないとって思って……ユートに必要とされなくなったら私は……」

 

 あー、ヤバイ。ウィンが可愛くて辛い。

 こう恥らいながら首にまわしている腕にギュッと力を込めていたりするのが。

 そんなウィンにだから、俺はこう言う。

 

「――ばーか」

 

「え?」

 

 どうしてそんなことを言われるのかわからない、とわかりやすく顔に書いてあるウィンが首をかしげる。可愛い。

 でも少し考えればわかるだろ。

 

「俺が、お前以外に目移りするワケないだろ。それこそありえない。どのくらいありえないかといえば俺がお前を嫌いになるくらいありえない」

 

 俺はウィンを胸に抱いて、その耳元で告げる。

 

「だからさ――お前はずっと俺のそばにいてくれ」

 

 額にひとつキスを落として、俺はウィンの背にまわした腕を解く。

 だがウィンの腕は俺の首にまわされたまま、彼女に動くそぶりはない。

 

「――ちど」

 

「え?」

 

「もう一度、ギュッてしてください」

 

 俺の視点からだと表情が隠れてしまっているウィンからのリクエストに、是非もなく応える。

 再びウィンの背に腕をまわして、華奢なその体をそっと抱きしめた。

 

「もう少し、このままで……今の顔、見られたくないです」

 

「どうして」

 

「嬉しくて、情けない顔してます。だから、見ないで……」

 

 いや、それは……凄く見てみたい。

 

「嬉しいならいいだろ、見せてくれよ。ウィンの顔、見たい」

 

「恥ずかしいです……」

 

「どうしても?」

 

「……ユートが……どうしてもって言うなら」

 

「ああ、どうしても見たい」

 

 抱きしめる腕の力を抜いて身動ぎ出来る程度のスペースを開けてやると、ウィンがゆっくり顔をあげる。

 

「――――」

 

 ――瞬間、見惚れた。

 

 顔は真っ赤なままで、目元と口元が緩んで見たことのない笑顔を浮かべている。

 潤んだ目がエメラルドのようで、目尻に浮かんだ涙さえその一つひとつが宝石のようで。

 少なくともこの瞬間を永遠に記憶に刻みつけようと思う程度には、綺麗すぎた。

 つい惚けてしまった俺の目の前で、ウィンが口を開く。

 

「今日は、特別です――

 

 

  大好きです、ユート」

 

 

 ――今日三度目のキスは、嬉し涙の味がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 蛇足

 

 淹れ直した紅茶を飲みながら。

 

「なぁ、なんでチョコを口移しだったんだ?」

 

「おばさまから、そういうものだと聞きました」

 

(なにデタラメを教えてるんだあの人はぁぁぁぁぁぁぁッ!! GJ!!)





本当だったらクリスマスとか書きたかったです(血涙)

これも一日遅れだしね!

そして外の雪が本気でやばいレベル。
その中、作者は徒歩でバイトに行く←

では、次はホワイトデーかなと予想しながらまた今度。

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