遊戯王GX ―ウィンは俺の嫁!―   作:隕石メテオ

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お久しぶりです。

今更何しに戻ってきたんだよとか言わないでください許してください。

リハビリでもあるので拙いですがよければどうぞ。
この話は3話ほどで終わります。


すこし昔のお噺 1

 ある日、俺――天風遊斗は日課とは言えないまでも、気が向いた時に時折向かう林道を散歩していた。

 なぜだが不思議な感覚に襲われて、少しでも体を動かしておきたいという気分になっていたからだ。

 それなりに歩き馴染んだ、人の殆ど来ない林道でただボーっと歩き続ける。目的地があるわけではない。ただこうして歩いて、気分をリフレッシュできればいいなといった程度。

 年度も変わり桜も咲き始めた四月とはいえ、夕暮れ時の風は肌寒い。それに加え平日の夕方というのもあるのか、この道を歩いているのは俺独りだった。世界に自分ひとりしか居ないような寂しさと――とある事情もあり雑多な社会からの開放感を感じる。

 砂利道を一歩一歩歩き進めながら、取り留めもないことを考える。

 デュエルのこと、学校のこと、来週の週刊誌……etc

 考え事をまとめようとか、そんなことは全く考えていない。ただアレコレ考えてそれを取捨選択して情報の整理を大雑把にしてるだけ。

 

 ――そんなふうにボーっと歩いていたからなのだろうか、普段は気にも留めないであろう道の外れからガサガサという林を分け入るような音が聞こえたのは。

 

 ちょうど思考の合間、空白地帯に割り込んできたその雑音の方向に目を向ける。ここは林道だ。なにか小動物がいてもおかしくない。それに何より、俺の感覚がなにか居ると“教えてくれている”。

 一瞬身構えた体から力を抜き、好奇心からその林の奥を覗き込んだ。

 犬猫の類かそれとも――と、鬼が出るか蛇が出るかといった心境で視線を巡らせる。

 好奇心猫をも殺すというが、やはり好奇心には逆らえない。

 再びガサガサと聞こえ、今度はその場所の特定に成功した。

 道の脇からひとつ奥の周囲よりも太い木、その根元に生い茂る背の低い草木が音を立てて揺れた。

 ひと目見て気性の荒い野良犬とかヤバそうな感じだったらすぐに逃げればいいといった算段で、足音を殺してその木の裏が見える場所まで分け入り覗き込む。

 

「――――え?」

 

 つい、気の抜けたような声が、自分の口から漏れ出した。その声が自分のものだということにも一瞬理解が遅れてしまうほどに。

 その位には、目の前の光景が信じられなかった。

 

 ――オレンジがかった木漏れ日の中で、背を木に預けこちらを見つめる翡翠色の少女。

 

 彼女と確りと目を合わせてしまった俺は、金縛りにでもあったように体が動かなかった。

 体へ伝わる全ての命令をその場で一時停止してしまったような、そんな感覚。

 ポニーテールに結われた翡翠色の髪、エメラルドのような光を湛える瞳、あどけなさの残る顔立ちは俺と同じくらいの年頃だろうか。

 頭の中ではそんな風にいろいろと考えが巡りに巡っているが、体はまだ思うように動いてくれない。

 そんな俺に対して、翡翠の少女が動きを止めていたのは一瞬だった。

 座っていた体勢から即座に立ち上がり、手にしていた彼女の身の丈ほどもある棒状の物――杖だろうか――をこちらに向けてくる。

 

「――風霊術『縛風』」

 

 凛とした鈴のような声で彼女が呟くと、なにか見えない力が俺の体を押さえつけようと働いてくる。

 そして俺は、その見えないものが風だと感じ取ることができた。

 ここまできてやっと、意識が我を取り戻したらしく体の感覚が戻ってくる。

 咄嗟にこの見えない力――風に抗おうと身をよじると、思っていたより簡単に風から抜け出すことができた。

 おかげで体に込めた力が余ってしまい、その場でたたらを踏んでしまう。

 どうにか転ばないように体をコントロールし体勢を整え、再び少女に視線を向けると彼女は信じられないものをみたような目で俺のことを見つめていた。

 

「嘘、霊術が効いていない……?」

 

「あー、えっと……君はこんなところで何を?」

 

 咄嗟に出た言葉が問い詰めるような言葉というのは我ながらどうかと思うが、一度言葉にしてしまったものは取り消せない。

 やらかしたなと思いつつ、少女の反応を待つ。

 しかし彼女、さっきの様子だと風を操っていた……? そんな超能力じみたことが可能なのか……?

 

「…………」

 

 無言。

 ただこちらを睨みつけて来ているだけ。

 美少女と呼んで差し支えない少女に睨みつけられるというのは、なにかイケナイ意味で防御力が下がりそうだ。

 それにたじろいでしまったわけではないが、足が動いてしまいそうになった瞬間、改めてその杖を突きつけられた。

 

「動かないでください。あなたは何者ですか、なぜ私の霊術を破れたんですか、あなたは――私の敵ですか」

 

 突然矢継ぎ早に紡がれた言葉に驚きながら、俺はそのエメラルドのような瞳を見つめていた。

 揺れる瞳。そこには不安や恐怖、不信感などのマイナス感情がありありと浮かんでいる。

 下手に刺激しないほうが良さそうだと判断して、とりあえず答えられる範囲で答えることにした。

 

「俺は天風遊斗、14歳で中学3年。レイジュツってのがなんなのかはわからないけど、少なくとも君のことはなにも知らないから、君のことを敵視する理由はない」

 

 再びの沈黙。

 俺はただ、嘘ではないというせめてもの誠意で彼女の目から視線を逸らさずにじっとみつめる。

 数十秒か数分か、体感的にはかなりの時間が経ったような時が過ぎて、彼女がなにか呟いて突きつけられていた杖が下ろされた。

 とりあえず俺が危害を加える気がないってことはわかってくれたみたいでなにより。

 緊張の糸の張り詰めていた体から力を抜いて――あれ?

 

「う、ぉっと……」

 

 力を抜きすぎたのか、自分で思っていたよりも気を張っていたのか、気を緩めた瞬間足から力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 

「は、はは。えっと、とりあえず信じてくれてありがとう……?」

 

 身長差の問題からさっきは少し見下ろすようにして見ていた彼女を、今度は見上げるようにして見る。

 力を抜くように大きく息を吐いた彼女は俺が彼女を見つけた時のように、木を背もたれにして座り込んだ。座り方の差もあって、今度は視線が同じくらいの高さになる。

 

「そう、ですよね。来ているとしたらあまりにも早すぎる。まだ見つかってもいないはず……」

 

 納得したようにひとしきり頷いた彼女の視線が俺に向く。

 

「すみません。少し、事情がありまして気が立っていました。失礼をお詫びします」

 

「いや、いいって。気にしてにないから。ここまで入ってきた自己責任でもあるし」

 

 頭を下げた彼女にそう言い、ついでにふと思いついたことを口にすることにする。

 

「もしよければ、だけど……その事情っていうの、聞かせてもらえない?」

 

 ジトっとした視線が俺に向けられた。

 失言だったかと一瞬思ったが、正直気になってしまって彼女を放っておけなかったのでそのまま通す。

 

「別に深い意味はないしどうしてもってわけじゃない。君が今すぐここから離れろって言うならそうする。でもほら、抱え込んでるより誰かに話したりした方が気が楽になるって言うだろ? 自分の中での整理にもなるし。それに親しくない関係のほうが話しやすい内容ってのもあるし、さ」

 

 少しというかかなり無理やりな気もしたが、とにかく思ったことを口にした。

 対する彼女はなにか考えるように数秒目を閉じて、それから視線を何処か遠くへ向けて何か思い出すようにして口を開いた。

 

「いいですよ、お話します――」

 

 ぽつりぽつりと彼女が語ったことをまとめると、彼女はデュエルモンスターズの精霊世界からこちらの世界に来た。彼女の一族の中で風霊術――先ほど使っていた魔法のようなもの――に稀代の才能を持っているということで、父親からそれに関する修行を申し付けられた。幼い頃からの修行でその才能を存分に発揮していた彼女だったがそれゆえに期待を寄せられ、巫女という立場へと収まる。が、巫女としての働きの中で彼女は自分自身の存在意義に疑問を抱くようになる。皆巫女としての自分しか見てくれない。巫女という役職の前にひとりの存在だというのに。次第に一族・家系に縛られることを嫌になり、外の世界へと飛び出してきた。そして連れ戻すために追われている――ということらしい。

 

「なるほど、ね」

 

 予想していたより少し……いやかなり複雑というか重い事情だった。

 いきなり敵ですかなんて問い詰めてくるような事情から只事じゃないとは思ってたがこれは。それににわかには信じ難いようなおとぎ話のような話でもある。デュエルモンスターズの精霊という存在がいるということを噂で耳にしてはいたがどうせ都市伝説だと思っていたから。

 そしてその話を聞いた俺は、もし自分だったらどうするだろうかと考えていた。

 使命やしきたりに縛られ続ける人生……そんなものは嫌だと素直に思う。だがその状況に陥ったと考えたら。

 

「――君は、強いんだな」

 

 つい、そんな言葉が出ていた。

 

「おかしな人ですね、あなたは」

 

 まぁ、突然こんなことを言い出したんだからおかしい人認定されても仕方がないといえば仕方がない。

 とはいえこれは本心だ。

 

「俺なら、そんな風に動こうとは思えないからさ。縛られたまま自分を殺して、周りの流れに流されるままに生きていく。俺のこれまでの生き方なんてそんなものだから。変わらないといけないとは思ってるんだけどさ」

 

 大きな目標も夢もないただ過ごすだけの人生を今の俺は辿っているし、変われなければずっとこのままなんだろう。

 目の前の少女のようには動けない。

 

「だから君は強いなって。羨ましい……って何言ってんだろな俺。いまは俺の話なんてどうでもいいのに」

 

「いいんじゃないですか? さっきあなた自身が言っていました。親しくない方が話しやすいものもあると。――実際その通りだと思います」

 

「……そう言ってもらえると俺も気が楽だ」

 

 この場限りの刹那的な関係。

 お互い何を語っても今後関わることはない、白昼夢のようなもの。

 本気でそう考えていた――最初は。

 でも今はなぜかこのまま彼女と離れてしまうことを、二度と関わりのない人生に戻ってしまうことを拒否したくなる自分がいた。

 この思いがどこから来るのか何が原因なのかいまの俺には思い当たる節が無いが、どうしてか強くそう思っていた。

 

「それに強くありません。私なんかが、強い訳がありません。私はただ逃げ出しただけです。嫌になったことから逃げ出すのは弱さ……私には、いえ私にも、立ち向かえるだけの強さは無かった」

 

 膝を抱え込むように座り、そう言う彼女に改めて視線を向ける。確かにそこには逃避行を続けているとは思えないほど華奢な独りの女の子しかいなかった。

 触れてしまえば壊れてしまいそうで、つい伸ばしそうになった手を押さえ込む。

 

「そうだな。そんな強さが、欲しかった」

 

 そういう強さがあれば彼女の守れるのだろうか――一瞬そう考えて、その思考を頭を振って捨てた。

 それはダメだと頭の中で警告が出る。それは考えれば考えるほど自分に傷を与えるものだと。

 

「……強さってなんなんでしょうね」

 

「それは俺も知りたいよ」

 

 お互い無言になって、木々の間を通る風が起こす葉擦れの音が聞こえる。

 不思議と気まずさは感じなかった。お互いの事を少しずつとはいえ話したあとだからだろうか。

 しばらくお互いそうしていると、不意に強い風が木々の間を通り抜けた。土埃から顔を庇うように伏せると隣から焦ったような空気を感じる。

 

「どうかしたか?」

 

 彼女の方を振り向けば、焦った様子で立ち上がった彼女が周囲を見回していた。

 その様子からはただ事じゃない雰囲気を感じる。

 

「……今の風から、魔力を感じました」

 

「魔力? 最初に君が使ったみたいなものか?」

 

「そうです」

 

 それが意味するところはつまり……。

 

「追っ手か」

 

「まだ場所は特定されていないでしょうが、間違いないかと」

 

 ふと感じた感覚に上を見上げれば、木々の上を少し大きな鳥が通っていったのが葉の隙間から見えた。

 同じように隣で上を見上げていた彼女が呟く。

 

「ガルド……」

 

「知っているのか?」

 

「一族の使い魔のようなものです。近くに来ていることは確定しました」

 

 空からも探してくるとは厄介な。

 どうすればここから抜け出せるかという算段を考え始める。

 

「転移か何かないのか? こっちの世界に来たってことはそういうのもあるんだろ?」

 

「恐らく魔力サーチは広げているでしょうから、術を展開している間に見つかってしまう可能性が高いです」

 

 そのサーチとやらがどんなものなのか、転移の術にどのくらい時間が必要なのかは把握できないがそういう特別なもので離脱できないことは把握した。そうなると足だけでここを抜け出す必要がある。

 幸い、すぐそこには俺の歩いていたルートがあるから、それを頼りにすれば迷う心配はない。

 さてどうするか。さっきの様子だと彼女は術みたいなものはほぼ全て使えないんだろう。

 

「……すまない、俺が話しかけなければ時間は取らせなかった」

 

「いえ、私自身の落ち度です。転移先の痕跡は消したはずだったのですが……不手際があったようです」

 

「それでも……いややめておく。今は来てるヤツをなんとかしないと」

 

 俺の拙い頭では上手い案がなかなか出てこない。見つかるのも時間の問題といったところだろう。

 

「あなたが離れる分には何の問題もありません。もしも荒事になれば身を守る術のないあなたは危険です、離れたほうがいい」

 

「初対面でも少しくらい力にならせてくれ。そこまで薄情じゃない。それに危なかったらすぐ逃げる」

 

 彼女の言うことは正しいんだろう。俺にできることなんて少ない。それでもこのまま彼女だけ置いて離れることができるほど俺は薄情ではないつもりだ。

 とはいうものの俺にも彼女のように特別な力があれば……いや有るには有るんだが、通用するだろうか。

 

「ちょっと聞いて欲しいことがある」

 

「なんでしょうか」

 

「俺さ、小さい頃から変な感覚があるんだ。周りが見えすぎるっていうか周囲の様子を感じられるような感覚が。だから多分、上手くいけば君をこの場所から連れ出せる」

 

 昔から生き物の気配というものに敏感だった。明確な感覚ではないし、小さい頃にやったかくれんぼで鬼になったときに確実に全員を見つけ出せたとかそういう程度のもの。さっきもあのガルドとかいう鳥の気配を感じ取れた。

 ただ他人より少し感覚が鋭いだけかもしれないし、人が多い場所だと疲れてしまう。他人に話すことは憚られるが能力と言っていいのか怪しいもの。だがいまは俺の力になってくれる気がした。

 

「――気づいていなかったのですか?」

 

「え?」

 

 気づいていない? 俺が? 何に?

 どういうことか聞き返す前に、彼女が再び口を開く。

 

「どうもあなたは風の精霊に好かれているようです。そういう体質といっても良いかもしれません。だからさっき、私の霊術があっさりと破られた。それになにより――私を視認できている」

 

 突然与えられた自分の情報に、少し混乱してしまった。

 じゃあ気のせいとか、偶然とかそんな風に思っていたこの感覚は必然のものだったってことになる……のか?

 

「話の時に言いましたが、私はデュエルモンスターズの精霊。実体化していない今、私の存在はただの人間には見ることも聞くことも触れることもできない筈です。それなのにあなたは私を見つけることができた。それは単にあなたが風の精に好かれ、感じることができているからだと私は予測しています」

 

 詳しいことはもう少し調べてみなければわかりませんが。そう締めくくった彼女は何事もなかったかのように周囲への警戒を再開していた。

 一方いろいろと一時停止を掛けられてしまった俺は固まったまま、いま与えられた情報を整理する。

 まず俺は風の精霊とかいうものに好かれているらしい。体質だとか言っていたがそこはどうでもいい。そして好かれているのが理由で他人の気配を感じることができたり、彼女のようなデュエルモンスターズの精霊を見ることができている。……そういえばさっきの鳥も精霊ということになるのか。

 霊術というものの原理は分からないが文字通り精霊を使った術なのだろうと考えれば、その精霊に好かれている俺には効き目が薄いということになる。

 なんとか情報を飲み干した俺は、改めて脱出の手段を考えることにした。といっても。

 

「なぁ、とりあえず俺が先導するから一緒に来い。君があちらに気付かれないで周囲の探査ができるなら必要ないだろうけど」

 

「……いいでしょう。目的地はどこまで?」

 

 苦々しい表情で俺の提案を飲む彼女――なんかこの表現だと卑猥に思える不思議。

 自分の思考ながら緊迫感ないなと思いつつ、行き先を提案する。

 

「俺の家。隠れるにはもってこいだろ。普通の人間には精霊は見えないみたいだしな」

 

「家に連れ込んで、なにか企んでいないですか?」

 

 ねーよ! と叫びそうになって慌てて口をつぐむ。

 

「ないから安心しろ。つかそんなこと言ってる場合か」

 

 改めてボリュームを落としてそう言うと、今度は素直に頷いてくれた。最初からそうしてくれ……。

 とりあえず現状、周囲に気配は感じない。原理というか力のことを知ることができたからなのか、今までよりも感覚がクリアだ。

 

「よし行こう」

 

 俺は彼女の杖を持っていない方の手をとって、林道を駆け出した。


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