sunny place 〜彼女の隣が私の居場所〜   作:律乃

101 / 205
今回は第三者視点です。


【★】カランコエを添えて003 ※ネタバレ喚起(かんき)



ネタバレ喚起(かんき)※ネタバレ喚起(かんき)※ネタバレ喚起(かんき)※ネタバレ喚起(かんき)


 

【公理協会 100層】

 

カナタの全身が薄い水の膜で包まれたその瞬間、真っ赤に燃え盛る巨大なピエロの右脚が振り下ろされるのを見たアリスは内心焦っていた。

巨大な炎道化を作り出した元老長・チュゲルキンがこのような術を使える事自体も驚きだったが、それよりもカナタが使っている完全支配術は整合騎士として帰ってきた彼女の側に常に居たアリスも見た事がない。

だが、アリスの目から見ても力の差は歴然としていた……火と水。ならば、水が勝つのが必然であろう。

だがしかし、この世界での勝負はそれで力がついてしまうほど単純でないのだ。

その証拠に全身を泉の膜に包まれたカナタは自分の両手にのしかかるピエロの脚を支えるのに苦渋の表情を浮かべ、唇を噛み締めている。

 

「く……っ」

 

だが、その表情を浮かべたのもほんの一瞬でジュゥゥ……と音が聞こえ、両掌から蒸気を発生させながらも受け止めたカナタは両脚を曲げると思いっきり上へと突き出す事で火炎のピエロを自分から引き剥がすことができ、ピエロが体制を直す前にその場から離れる。

 

「……あ、危なっ。でも、それくらいであたしを止められると思うなよ」

 

強がりにも見える笑みを浮かべ、そう言いながら自分に向かって迫ってくるピエロの手や脚をひょいひょいと身軽に交わしたカナタは壁へと片脚を付ける。

 

「飛………べぇええええ!!!!」

 

片脚から放たれる莫大なエネルギーはカナタの身体を宙へと羽ばたかせ、両脚をバタつかせたカナタはこっちをポカーンと見てくる炎ピエロの頭へと鋭い蹴りを加えたカナタはそのままヒョイと飛来して、壁へと飛び乗ったカナタはもう一度ピエロに向かって飛び、今度はその大きな鼻を蹴飛ばす。

その攻撃だけでもピエロ……チュゲルキンを苛立たせるには効果があったようだ。

 

「ーー」

 

壁に向かっている最中に殴られそうになり、寸前で交わして地面に着手したカナタをアリスは不安げな表情で見つめる。

"無茶はしない"と言ってたが、彼女の中の無茶の次元はアリスの次元をとうに越えている。

"いつもその無茶でハラハラしているこっちの身にもなって欲しい"とアリスは思うが「ふぅ……」と息を吐く。

 

(しかし、カナタが折角時間を作ってくれたのです。私は私のするべきことをせれば)

 

今にもカナタのところに駆け出そうとしている自身を戒め、そう結論づけたアリスは今だ衝撃から立ち直れてないキリトとユージオへと振り返る。

 

「キリト、ユージオ。カナタが時間を稼いでくれている間に私たちは私たちのするべきことをしましょう」

「するべきことって……今の間にチュゲルキン本人へと攻撃を仕掛けるってことか?」

「そういうことです。ですが、剣の間合いにまで接近してはならない。きっと最高司祭様はそれを待っているのですから」

「待っているって……?」

 

ユージオの質問に対しての答えとばかりにアリスはこっちを気だるそうに見下ろしているアドミニストレータを一瞥し、聞き手に持った金木犀の剣をギュッと握りしめる。

 

「ーー吹き荒れろ、花たち!」

 

そう叫んだ途端、剣の表面が黄金に輝く花へと形を変え、ブンッと横に振るうアリスの剣筋通りに動く花たちはチュゲルキンを捉えたかと思えたが、カチンッと音が聞こえ、見てみるとチュゲルキンの周りを透明なシールドのようなものが出しており、アリスはギリッと歯を噛みしめる。

 

「…く」

 

もう一度ブンと横に振ったアリスの周りへと帰ってきた花たちが彼女の周りを回るのを見ていたキリトはアリスが言っていた意味が分かった。

黄金の花が当たる前、後方で寝そべっていたアドミニストレータが片手を気怠げに振った瞬間、シールドが現れたのだ。その瞬間はユージオを見ていたようで眉をひそめている。

 

「チュゲルキンだけを狙えばアドミニストレータが援護してくる……」

 

つまりアリスが言いたいことはこういうことだろう。

チュゲルキンを仕留めようと間合いに入れば忽ちアドミニストレータの術式が発動し、天命を全損しかねないと。

 

「なら、どうすれば……」

「くっ……ハァァァッ!!」

 

悩むキリトの耳に聞こえるのは一人炎ピエロに立ち向かうカナタの喉が壊れんばかりの悲痛な叫びだった。

そちらを見れば、彼女の水の塗装は所々剥がれており、剥がれた場所に攻撃を食らったのか、中には火傷の痕と橙の着物が塵になっているところもあった。

肩で息をしているところを見るとどうやら彼女自身、体力と共に武器完全支配術も限界に近いらしい。

 

「……」

 

だが、彼女は実に楽しそうに口元へと笑みを浮かばせるとこっちを見て、キリトの視線に気付くとニカッと笑い、"キリなら出来る! "と言わんばりに勢いよく親指を立てる。

こういう時でも笑みを崩さず、おちゃらける彼女の姿がかつてのSAOで彼女が身を投じていたアバターと重なり、キリトは苦笑いを浮かべつつも深くうなづく。

 

(分かったよ、カナタ)

 

カナタから激励をもらったのだ、ここで立ち上がらなければ……男が(すた)るというものだろう。

 

「すぅ……」

 

キリトの中には、旧SAO時代の自分ーー《黒の剣士》や《二刀流》などの二つ名を与えられたキリトという分身(アバター)を遠ざけたい、忘れたいという気持ちが根深く存在する。

その感情の源は自分自身でもよく分からない、英雄扱いされることへの忌避感、助けられなかった人や殺してしまった人たちへの罪悪感、どちらも当たっているような気がするし、まるで違う気がする。

しかし、これだけは言える。いかに嫌おうが《黒の剣士キリト》は確かにキリトの一部であり、今の自分を形づくり、力を与えてくれている。

 

それは恐らく、遠くで戦っているカナタも同じだろうーーあの世界で戦った《彼》《彼女》は今この場所にいる。

 

「……」

 

右手の黒い剣を肩の高さまで持ち上げ、完全な水平に構えると大きく後ろへと引く。左手は剣先に、掌をあてがう。

 

「トゥ!!」

 

キリトのモーションに気づいた様子のカナタはハッとした表情を浮かべると三人に近づけさせないようにより一層攻撃の幅を、テンポを早めていく。

 

この世界・アンダーワールドでのソードスキルは時にカナタやキリトの想像を超える力を発揮することがあった。

それは恐らく、この世界は行動が導く結果のかなりの部分をシステムによる演算でなく行う者の意志の力、イマジネーションが決定するからだ。

 

それをこの世界で暮らす人々は《心意(しんい)》といった。

 

すなわち、この世界でならば、旧アインクラッドではシステムによって厳密に規定されているソードスキルの威力や射程を、心意の力で拡張できるかもしれないーーーー。

だがしかし、逆を言えば、恐れや怯え、躊躇いなどのネガティブなイメージが技を弱体化させてしまうこともあるということだ。

 

しかし、その面はもう心配はいらない。

 

十五メートル先に大きな頭を床へと擦り付けたままのチュゲルキンから上を向けば、闘志に満ちた蒼い瞳と死闘を楽しんでいる相棒(カナタ)がいる。

彼女が背中を守ってくれているというだけで安心して戦える気がした。

 

「……ユージオ、アリス。ほんの少しでいい、あいつの視線を俺から晒して欲しい」

「分かりました」

「分かったよ」

 

そう答えたユージオとアリスは其々構える、ユージオはいつの間にか作っていた青く光る氷の矢を右手に。アリスは自分の周りを回っている黄金に光る花達を。

 

最初に動いたのはユージオだった。

カナタとチュゲルキンの攻防によって作り出された冷気リソースを素因(エレメント)に変えて作り出した氷の矢は青い閃光を放った。

 

「ディスチャージ!!」

 

短いコマンドと共に放たれた矢はまず轟々と燃え盛るピエロを迂回し、上昇する矢をぎょろりと焔の眼が追うとしようとするのを邪魔するかのように鼻先をカナタの右脚が蹴飛ばす。

 

「咲き誇れ、花たち!!」

 

だが、その威力によって瞳が見たのは自分を迂回した氷の矢が後方で寝そべっている最高司祭アドミニストレータへと飛んでいき、その矢に合わせるように黄金に光る花達が挟み撃ちをしようとしているところだった。

 

「猊下っ、御気をつけてくださぁぁぁいッ!」

 

チュゲルキン本体が驚愕で両目を見開き、頭ごとぐるりと全身を後ろに回しながら主人へと危機を知らせようと叫ぶ後ろ姿へとキリトの行動は早く、黒い刀身から伸びる血のような光が浴び、ゆっくりチュゲルキンへと伸びていく。

システムアシストがキリトの身体を動かし始める。同時に、前後に大きく開いた両足で、思い切り床を蹴り、その加速を回転力に変え、背中を経由させて右肩へと伝える。回転を再び直前運動に変換し、右腕と一体化した黒い剣を無防備な背中へと叩き込む。

 

ゴオッと耳元でなる轟音と、炎よりも濃い紅色の閃光がまっすぐに伸びていく……

 

片手直前《ヴォーパル・ストライク》はキリトが旧SAO時代に愛用していた技だ。

愛用していた理由は一撃が決まる威力、そして何よりも深紅のエフェクトが宙を貫くその距離にある、おおよそ刀身の二倍。

 

だが、キリトが撃つべき相手である元老長チュゲルキンは十五メートル先にある通常のヴォーパル・ストライクではまず届かない。

だからこそ、キリトはこの技の射程をイマジネーション……心意の力で五倍以上にも拡張させなくてはならない。

安易ではない。

だが、成し遂げなくてはならない。

キリトを信じ、火炎のピエロと激しい攻防を繰り広げ、所々劫火に身を焼いたカナタを、キリトを信じてチュゲルキンの注意を知恵を絞り咄嗟に作りだした連携技で払ってくれたユージオ、アリスの三人が寄せてくれている信頼に応えられずし……誰が剣士と名乗れようか。

 

「う……おおおおーーッ!!!」

 

故にキリトは咆える。

剣先から伸びる紅色の輝きに全身の力を込め、前へと突き出す。

だんだんと伸びていく剣先がただただ焦れったい。

 

(まだだ。まだ力を込めないと)

 

「オオオオオッ!!」

 

メキメキとこめかみが軋み、喉から出る声も熱を帯びていき……

 

 

 

 

 

そしてーーーーー。

 

 

 

 

 

 

「オオオオオッ!!!!!」

 

一人の少年が放つ雄叫び、そして渾身の技が聞こえてくる轟音に少年の近くにいた二人は目を丸くしながら見つめる。

 

少年だけでない、彼が持っている黒い剣自体が太く、重く、硬く、鋭い、怒りの声を響かせているようだった……。

 

アドミニストレータに氷の矢を息を吹きかけるだけで振り払われ、花の形をした刀身たちを気怠げに右手を振るうだけであしらわれた二人は轟音をホールに響かせながら、少年の全身を包み込んでいく眩ゆい光に目を細め、次の瞬間に目を丸くする。

 

少年の出で立ちが変化していたからだ。

 

さっきまで彼が身につけていたのは幾度の激戦によって傷んだ黒いシャツに同色の騎士服、ズボンだった筈だ。なのにそれがどういうことだろうか、光が身体を通りたびにそこから高い襟と長い袖を持つ黒革の外套がどことなく出現し、ズボンもまた細身の革素材に変わっていく……。

 

不思議な出来事はそれだけでは終わらないチュゲルキンをまっすぐ見つめるキリトの黒い髪がわずかに伸び、俯いている横顔を隠すと長い前髪から見える髪と同色の瞳が鋭利なものへと変わっていく。

ユージオ曰く、それは北の洞窟でゴブリンたちと戦った時よりも、ライオス・アンティノスの腕を斬り飛ばした時よりも、デュソルバートやファナティオ達と剣を交えた時よりも、鋭い眼光は……まるで彼自身が剣のようになってしまったようだった。

 

ユージオとアリスは彼が放つ紅い剣先を追う視線と共に主人の身の安全を確認し終えたチュゲルキンが頭を使い、身体を共の場所に戻した瞬間、チュゲルキンに浮かんだ感情はなんだったのだろうか?

自分の体を抉る血色の閃光を細い目で見て、貫いていく様子を見ていくその瞳に浮かぶのは恐らく恐怖ーー。

 

「おほおおおぉぉぉぉ………」

 

空気の抜けるような声がホールに虚しく響き、続けて本物の血飛沫が大量にチュゲルキンの胸から吹き、近くの床を汚していくのを見ていた細い目は力無く色を失っていき……直立していた身体はゆっくりと傾き、自らが作り出した鮮血の池へとぽちゃっと沈んでいく。

 

「……?」

 

壁へと張り付いているカナタへと右拳を埋めようとしていた巨大な火炎の道化師はでっぷり膨らんだ小さな胴体は大量の白煙へと変わり、眉を潜める蒼い瞳に映るニヤニヤした道化師の顔はやがて宙へと溶けるように姿を消すのを見送ったカナタの瞳に映るのは右手をだらーんと床に向かって伸ばし、さっきまで変わっていた革素材のジャンバー、ズボンが元の騎士服とズボンに戻っていく相棒(キリト)の姿で……カナタは口元へと敬愛を含む笑みを添えると「よっ」と床へと舞い降りる。

 

「カナタ!」

 

舞い降りた瞬間、今の戦闘中心配そうにこっちを見つめていたアリスが"もう我慢ならない"と言いたげに駆け寄ってこようとするのを右手を向けることで停止させ、ブンと左手を横に振ったカナタへと泉の水が雨のように降り注ぐ。

途端、淡い水色のエフェクトがカナタの身体を包み込み、火傷をして赤く腫れていた白い肌が忽ちに普段の彼女の肌へと変わっていく。

その様子を見ていたカナタは自分の身なりを見て、苦笑いを浮かべる。

 

「ありゃー、流石に着物までは無理だったか…」

 

所々焼けて黒いチリチリになっている橙の着物を見つめながら、苦笑いを浮かべながらも濡れた栗色の前髪を上へと持ち上げながら、アリスとユージオ、そしてキリトに合流したカナタ達四人をただただアドミニストレータは空中にて見下ろしていた……

 


ネタバレ喚起(かんき)※ネタバレ喚起(かんき)※ネタバレ喚起(かんき)※ネタバレ喚起(かんき)






原作主人公(ヒーロー)を支える、これぞ真の本作主人公(ヒロイン)

…………なの、かな?(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。