ネタバレ
【公理協会 100層】
“あっち? 向こう側……?”
最高司祭がそう言った瞬間、ユージオとアリスは自分達の一歩前に出て、空中椅子をして自分達を見下ろしている銀髪の少女を見上げ、睨みつけている黒髪の少年と癖っ毛が多い栗色の髪の少女の背中を不安げに見つめる。
ユージオが二年半前、初めて黒髪の少年・キリトと癖っ毛の多い栗色の髪の少女・カナタと最初に出たのはルーリット村の近くに広がっている森……厳密にいうと森の中に立つギガスシダーの近くだった。
その日、ユージオのルーリット村での天職"午前と
ベクタの迷子ーーそれは村の古老たちから伝え聞いてはいたが、闇の神ベクタが果ての山脈の向こうから長い腕を伸ばして、悪戯で人の記憶を消すのだと本気で信じていたのは、ほんの子供の頃だった。
人はあまりにも辛いこと、悲しいことが起きると自らその記憶を失い、時には命すら落としてしまうことがあるとユージオに教えてくれたのは前の刻み手であったガリッタ老人だった。
彼はずっと昔、水の事故で奥さんを亡くしてしまい、その時あまりにも深く嘆き悲しんだせいで奥さんの思い出を半分以上失ってしまったらしかった。それは命の神ステイシアの慈悲であり罰でもある、老人は寂しそうに笑った。
そういう出来事からユージオは、キリトとカナタにも同じ事が起きたのだろうと推測していた。
キリトは短く揃えられた髪の毛、瞳は漆黒で東域か南域の生まれだと思い、カナタは癖っ毛の多い栗色の髪、瞳は
その二人がどういう経緯で出会い、共に旅をし、ルーリット村まで記憶を失い、彷徨い続けていたのか……ユージオはそこまでの経緯は分からなかった。
だが、央都までの旅路や学院での日々の中でキリトとカナタに昔のことをほとんど訪ねかったのはキリトもカナタも故郷で何かとても辛く悲しい出来事が二人の記憶を奪った正体だと思っていたからだ。もちろん、ユージオの質問で彼と彼女が記憶を取り戻し、故郷に帰ってしまうのを恐れた、という理由も全くないとは言えないが。
だが、あまねく人界を見通す力を持つ最高司祭は、キリトとカナタの生まれた場所を、不思議な言葉で表した。
“向こう、側……”
それは果ての山脈を越えた先にある闇の国ダークテリトリーを指す言葉なのだろうか? 二人の誕生に携わっているであろう《アインクラッド流》なる剣技はそのダークテリトリーで作られた流派とでも言うのか?
“いや、待って”
アドミニストレータ、彼女はダークテリトリーの事も知っているはずだ。
何故なら、彼女の配下である整合騎士たちは自由に果ての山脈を越え、暗黒騎士たちと剣を交えているのだ。ならば、彼女がダークテリトリーの事を知らないわけがない、きっとどんな町が、どんな人々が暮らしているかさえも繊細に把握しているのではないか?
“なら、アドミニストレータが言う"向こう側"とは彼女の眼すら届かない”
この世界そのものの外側………闇の国を越えた、ずっとずっと向こう側にも世界が広がっているというのか? いいや、もしかするとその先に広がっている世界の事を……言っているの、か………?
途端、ユージオはギリッと頭が痺れるのを感じる。
もしかしたら、自分は世界の秘密に手が届くところまで知らぬ間に来てしまったのかもしれない。
ユージオは隣で同じように驚いているであろうアリス・シンセシス・サーティの横顔を見る。
彼女は蒼い瞳を極限まで広げられ、凛々しい横顔は驚愕に染め上げれていた。
“カナタ、最高司祭様が仰っていることは本当なんですか?”
アリスはただただカナタを見つめる。
その瞳には懇願の色すら浮かんでいる、出来れば否定してほしかった。
アドミニストレータによって記憶を奪われたアリスにとってカナタだけが自身の幼少期、故郷に繋がる架け橋のような存在だった。
どの村で彼女と出会い、どこで彼女と遊んでいたかは鮮明には思い出せない……だが、彼女と幼い頃から仲良くしていた、彼女が自分の辛いに側にいてくれた事は鮮明に思い出せる。
キリトによって語られた自分の過去にも薄っすらと身に覚えはあった……恐らく、近くに彼女が居たからだろう。
“あの時も、あの約束だって……私は貴女だから……”
そこでアリスはハッとした表情を浮かべる。
思えば、ここ最近のカナタはアリスが知っているような彼女では無かった。
この
“もしかして、キリトもカナタも最初から……?”
“カナタ、貴女は……”
そんなユージオとアリスの不安を掻き消すかのようにあっけらかんとした声がホールへと響く。
顔を前へと向けるとそこにはいつものように両手を後頭部にそえ、真っ直ぐアドミニストレータを見上げているカナタの姿があった。
「そうだよ、キリトとあたしは向こう側の人間だ。だけど、それがどうした?」
形良い片眉を上げ、自虐気味な笑みを浮かべながら再度アドミニストレータに近づくカナタへと鈴のような声が投げかけれる。
「あら、あっさり認めちゃうのね? 意外だわ」
両肩を窄め、歩みを止める事なく、今だ地面へと視線を向けているキリトの隣へと歩み出たカナタは吐き捨てるように言う。
「あんた、あたしの頭の中をアリス達と同じでほじくり回してんだろ? すぐバレる嘘をついて、あたしに、そしてあんたになんの利益がある?」
挑戦的なカナタの視線に臆する事なく、アドミニストレータは不敵に笑う。
「あなたのそういう賢明なところ好きよ」
「そりゃどーも」
ひらひらとどうでも良さげに左手を振るったカナタはズイッとキリトへと顔を寄せる。
キリトはその様子に気付いたようでカナタの顔がある方へと向くとそこには蒼い瞳へと慈愛の色を含ませた優しい表情を浮かべているカナタが居り、キリトはその優しさに甘えるように掠れ声を漏らす。
「……
「……おいおい。ここでリアルネームは厳禁だぞ、
ニカッと笑ったカナタはぐしゃぐしゃとキリトの黒髪を撫でた後に背中をポンポンと労わるように叩くとチラッと後ろを振り向き、ユージオとアリスを見る。
彼女の横顔には自分達を信じてくれという懇願のみが浮かんでおり、ユージオとアリスはコクンとうなづくと彼女は小さく"あんがと"と呟く。
「先に言っとくけど」
そう言いながら、前を向いた彼女の隣には同じようにまっすぐアドミニストレータだけを睨むキリトが居り、カナタは自分とキリトを親指でさすと苦笑する。
「あたしとキリトはあんたみたいな権限は持ってない。与えられているのはこの世界の人たちとまったく同じで同格だ。まー、その事もあんたなら知ってるんだろうけどね、アドミニストレータ……いいや、クィネラさんだったかな?」
不思議な響きを持つ名前で呼ばれた最高司祭の美貌からは微笑みがすっと薄れるがそれも一瞬でさっきよりも大きな笑みを真珠色の唇に浮かべる。
「カナタ……貴女、図書館のちびっこに会っていたのね?」
「はてはて、何のことやら…」
「ふふふ。私としたことが最大の汚点だわ。貴女のようなイレギュラーを興味本位で側に置いていたのも……私よりもあのおちびさんの事をいとも簡単に信じてしまう貴女、もね」
“ほうほう、最大の汚点とまで言うかね、人の事を”
カナタは形良い眉を最大限まで近づけて、アドミニストレータとの口論を再開しようとした瞬間、隣にいるキリトが声を張り上げる。
「カナタの判断は正しいだろう。俺だってカナタと同じ立場ならば迷う事なくあんたではなくカーディナルを信じる」
「坊や、私は今カナタと喋っているの。黙っててくれる?」
「俺だって向こう側の人間だ。話に混ぜてくれたっていいだろう? クィネラさん」
「……」
キリトの口から再度不思議な響きを持つ名前が流れ出た瞬間、アドミニストレータの笑みは少し翳るがそれもほんの一瞬だった。
「ならばあなたたち二人に聞くとするわ。あなたたちはいったい何をしに私の世界へと転げ落ちてきたのかしら? 管理者権限ひとつ持たずに? まさか、あのおちびさんのつまらない話を聞くだけではないのでしょう?」
「権限はなくとも、知っている事なら少しばかりある」
「へぇ。たとえば? 下らない昔話には興味ないわよ」
「ふーん、なら未来の話ならどうかな? 少しは興味沸くんじゃない?」
キリトは床に突き立てた黒い剣に両手を乗せた姿勢で、カナタは相変わらず緊張感が感じられない姿勢で、最高支配者と相対した。
二人の頬あたりに張り詰めたような厳しさが戻り、黒い瞳と蒼い瞳が鋭く光る。
「クィネラさん、あなたは、そう遠くない未来にあなたの世界を滅ぼす」
「クィネラさん、あんたは、そう遠くない未来にあんたの世界を滅ぼす」
同時にそう言ってのけた二人にアドミニストレータは口元に浮かぶ笑みを崩す事なく、より一層深めるのだった。
「……へぇ。私が? 私のかわいい人形たちを散々痛めつけてくれたのは坊や、それにカナタじゃない。坊やとカナタじゃなくて、この私が滅ぼすというの?」
「そうだ。なぜならあなたの過ちは、ダークテリトリーからの総侵攻に対抗するために整合騎士団を作り上げた……いや作ってしまったこと、それ自体だからだ」
恐らく過ちを指摘させることなど、支配者となって以来これが初めてであろう最高司祭は笑いを堪えるように唇に指先を触れさせ、肩を揺らす。
「ふふふ。いかにも、あのちびっこが言いそうなことね。あんな
細い喉が震え、"くっ、くっ"と笑い声を出すアドミニストレータへと更に言葉を重ねようとしたキリトの声を遮るのは凛とした声だった……。
ネタバレ
カナタがキリトくんのおかん化してる…(驚愕)
ここでちょっとした裏話〜
もしかすると私の他に投稿している作品を読んでくださっている方は『2月が私の誕生月』ということはもしかすると存じ上げているかもですが……その誕生日にまつわる裏話をここから披露しようと思います!
本作の主人公、香水陽菜荼の誕生日は【10月10日】なのですが……この誕生日を決めるにあたったのは、第一が"私が春夏秋冬では秋が好きなので、秋の季節"にしたかった。
第二は、私が誕生した時間が"10時10分"だったんです……ここまで読まれた方ならば『もしや…?』と思うかもですが、そのもしやなんです。
そう、陽菜荼の誕生日の10月10日は私の生まれた時間10時10分から来ているんです。
が。
この生まれた時間で最近衝撃的なことがあったのです……。
それはお母さんに『私の生まれた時間って10時10分だよね?』と聞いた時でした……。
お母さんは私の問いかけにキョトンとした後に『あなたが生まれた時間は10時10分じゃなくて、"10時12分"よ』と言いました。
そして私は目を見開き、『へ?』と。
今年一の驚きでした…。
そして焦りました…『マジかよ〜ッ。だったら、陽菜荼の誕生日、10月10日じゃなくて10月12日じゃんッ!?』と。
ということで、本当は陽菜荼の誕生日は10月10日じゃなくて10月12日だったんだよ〜
っていう裏話でした〜
木曜日に予定している更新ですが……もしかすると『妖狐の水浴び』をお休みして、此方を更新させていただくかもしれません(*´ー`*)