猫・ケットシー好きとして、この日、この時間に更新しないのは許せなかった…
ネタバレ
【公理協会 100層】
「何故って……さっきも言ったでしょう? くだらないって」
そこで言葉を切ったアドミニストレータは腰まで伸びた銀髪をふわっと揺らす。
そして、挑発するように鼻で笑うとこちらを見上げているアリスとカナタを流し目で見ると口元を冷ややかな笑みで彩った。
「アリスちゃんもカナタも知らないようだから教えてあげるわね。一号…ベルクーリがその手の下らない話でうじうじ悩むのは、初めてじゃないのよ。実はね、百年くらい前にも、あの子は同じようなことを言い出したの。だからね、私は直してあげたのよ」
真珠色の唇からくすくすと鳥が囀るような声が漏れ出る。
“……笑っているの、か?”
漏れ出る声は楽しそうな色を含んでいた。滑稽で仕方ない、と。そう嘲笑っているのだ、最高司祭は。
やはり、彼女にとって"悩み・苦しみ・怒り"という感情は下らないものに片付けられるようだ。
カナタの想いも訴えも彼女の前ではそよぐ小風くらいにしか感じないようだ。煩わしいとすら思われない。それ程までにベルクーリの苦悩は、この公理協会に暮らす整合騎士・人達の苦悩は、この世界に暮らす人達の苦悩は彼女の言う通り"下らないもの"なのだろうか?
“そんな……わけないだろっ。なんで分かってくれないんだ…”
カナタは奥歯をガリッと音がするまで噛みしめる。
アドミニストレータ。この人界の、この公理協会の最高司祭。
彼女は確かに許されない事をした。彼女がした事は彼女の命をもってしても許されない罪なのかもしれない。
だが、そんな彼女だって人間だ。自分が今でも"下らない"と切り捨てている苦悩をポロリとベルクーリや他の整合騎士に漏らしていた事を知っている。
「ベルクーリの記憶を覗いて、そこに詰まってる悩みだの苦しみだのを、ぜーんぶ消してあげたわ。あの子だけじゃない……百年以上経ってる騎士は、みんなそう。辛いことは、何もかも忘れさせてあげたのよ」
“なのに、何でこの人はそんな事すらも忘れてしまっているのだろう……”
手を取り合いたい。わかり合いたいとさえ昔は思っていた。
だが、目の前のこの人に何を訴えようとも最早無理なのかもしれない。もう彼女は
ここに生きている人々を只のデータが集結したものだとそう割り切ってしまうほどになってしまった。そんな事はないのに……ここに暮らす人々は紛れもなく
ただこの世界のことを知りすぎてしまった。人の醜いところを育ててしまっただけに違いない。世界で一番悲しい人だ、彼女は。
“……優しすぎるだろうか。やはり、あたしは自分の気持ちを押し込んでもこの人をーー”
『らしくないわよ、陽菜荼』
カナタの脳内でいつの日か恋人に言われた台詞が流れた。
黒縁メガネの向こう側で此方を見つめる焦げ茶色の瞳が意地悪に挟まり、白い紐で括られた瞳と同色のショートヘアがふわりと揺れ、ちょんと鼻先を突かれたのは一体いつの頃だっただろうか。そういえば、その頃から下を向いているとちょんと鼻を彼女に突かれたっけ……。
カナタの口元に笑みが溢れる、それはいつも彼女が浮かべている余裕に満ち満ちた飄々としたものだった。
“ふふ。そうだよね、あたしらしくないよね。こんなに迷うなんてね。あたしはあたしのしたいようにする。それが今までもこれからもあたしがしてきた、していく事なんだから……”
あんがと、詩乃。君はやっぱり凄いね。
さっきまで不安だった気持ちが、君を想うだけで一瞬で消えちゃった……。
“もう迷わないよ、この世界に暮らす人達を救って。必ず君のいる世界に戻る”
カナタは再度ギュッと橙の着物を握りしめる。すると、其処には今まで感じてこなかった感触を感じる。
素肌に触れる無機質な光を放つソレはチュゲルキンの攻撃によって黒いチリチリになった着物の隙間から周りにいるアドミニストレータやキリト達の目にも映るーーーーーーー銀色の文字で刀と弓が描かれている蒼の宝石がはめ込まれたが中央にあり、小さな花が掘れた小さな銀色の輪っか。
それはいつかカナタが恋人に渡した結婚指輪。カナタとシノンを結ぶ絆の結晶だ。
「……やはり、あんたとは一生分かり合えないようだな、クィネラ」
分かり合えないのならば、伝わってくれないのならば、最早剣と刀を重ね合わせるしかない。
そうすれば自ずと伝わってくるだろう、カナタの気持ちが。
「……貴女も物好きね。ま、いいわ。貴女もアリスちゃんも壊れない程度に痛めつけてあげる」
ネタバレ
前半のアドミニストレータさんは許せない存在だったけど、後半でベルクーリさんと話している時に"彼女が一番悲しい人"なのではないのかと思った。