sunny place 〜彼女の隣が私の居場所〜   作:律乃

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引き続き、本編をどうぞ(リンク・スタート)



詩章006 芽生える恋心

 

「陽菜荼ちゃん。はい、昨日頼まれた新聞紙ね」

 

「あんがと、お姉さん!」

 

「どういたしまして。こらこら。読む前に血圧と体温を測らせて」

 

「はーい」

 

血圧や体温を計りに来てくれた看護師さんから今日付の新聞紙を受け取ったあたしはベッドの上でおじさん座りをする。

そんなあたしの周りをテキパキと自身の職務に全うする看護婦さんに血圧、体温を測ってもらったあたしは去っていく白衣の天使にパタパタと手を振ってから見送る。

そして、一人になったあたしは利き手で顎をもにゅもにゅと摘みながら、ふむふむとあの事件の顛末が書かれている新聞紙の記事を両手で広げてから、病院のベッドの上にテーブルを持ってきて、眺めみていた。

 

"なるほど、なるほど"

 

堅苦しい文字の羅列を紐解いていくと、どうやらあの犯人は無事警察に保護されたようだ。

あの事件を起こすにあたっての経緯やら、犯人の動機やら、長々と書かれていたが、あたしにとってはそんな事はどうでもいいのだ。

あの犯人はあたしのたった一人の大切な家族を、親友を、傷つけたのだ。万死に値する。だが、あたしにそんな権利はない。故に、犯人が自分の罪を認め、猛省してくれる事を心から祈るしかない。

 

コンコンと控えめなノック音が響き、ひょっこり顔を出す焦げ茶のショートヘアーに思わず口元が緩んでしまう。

 

「陽菜荼、居る?」

 

「居るよー」

 

軽く答えるあたしはしずしずと入ってくる詩乃へとチラッと見てから軽く手を振る。

詩乃は一歩病室に入り、キョロキョロと周りを見渡してから病室の隅のベッドにいるあたしに気づき、ハッとした表情をし、硬かった笑顔が柔らかくなる。

ベッドの上に座ってから新聞紙を広げてから読んでいるあたしに気づき、隣に来てから手元を盗み見る。

 

「何見てるの?」

 

コンコンと人差し指で記事を突くあたしに詩乃の表情が少し曇る。

恐らく、自分のせいで怪我をしてしまったあたしや父さんの思っているのだろう。

 

「……別に気にする事ないじゃん?」

 

チラッと彼女の顔色を見てから気にしてない風に呟き、違うページに掲載されてある四コマ漫画へと視線を向ける。

看護婦のお姉さんに頼んだのはあの犯人の事を調べる事とは別にこの四コマ漫画を見ることも目的だったりする。

最初は暇で暇で仕方ないので新聞紙を読んでいたのだが、この四コマと出会ってからあたしの新聞紙人生は輝き始めた。四コマというちょっとしたスペースでしっかり起承転結をつけた上であたしに笑いという最高のプレゼントをくれる。

この病院を退院した後もこの四コマは見ていこうと心に決めながら、詩乃と会話していく。

 

「陽菜荼?」

 

「詩乃んとこの叔母さんもあたしの父さんもあたしも詩乃も無事だったんだからさ。そこまで気に病まなくていいと思うよ」

 

「陽菜荼は物事を短楽的に見過ぎ」

 

「そうかなー?あたしはみんな無事、あのやばい人は捕まってお縄。はい、ハッピー」

 

四コマを見終えたので新聞紙をたたんでから、詩乃へと視線を向ける。

 

「でいいと思うけど」

 

「はぁ……私も見習いたいわ。あなたのその短楽な性格」

 

「褒めても何も出ませんぜ、お嬢さん」

 

「褒めてないわよ!」

 

そう言って、またため息をつく詩乃だが、口元には笑みが浮かんでいる。

 

うんうん。詩乃には深刻な顔よりも笑顔の方が似合うからね。折角可愛い顔してるのに、いっつもおっかない顔してるから。みんな誤解して近づこうとしないんだから。だから、いつもじゃなくてもいいから。笑顔を浮かべてくれたらいいな。

 

「……陽菜荼」

 

「んー?」

 

「私を励まそうとしてくれてありがとう」

 

そう言って、にっこりと笑う詩乃に一瞬惚ける。

 

後ろにあるカーテンから差し込む日光に照らさせている詩乃の表情がいつもよりも輝いていて、浮かべている笑顔も可愛くて綺麗で、あたしは胸がキュンと締め付けられるのを感じる。

 

急な運動をしてないのに息苦しく、目の前がチカチカし、頭が回らなくなる。

 

「そうやってバカ言ったりするのって、私を笑わそうしてくれてるんでしょう。それが勇気づけようとしてくれてるんでしょう。不器用なやり方だけど、私、いつも陽菜荼に助けてもらってるから。だから、言わせて。いつもありがとう」

 

詩乃が何かを言ってる。

 

言っているのだが、何も聞こえてこない。

 

でも、詩乃の顔をマジマジと見れなくて、そっぽを向いてからボソリと呟く。

 

「……べ、別に。詩乃を助けたくてしてるわけじゃないから。あたしが恩を着せたいからしてるだけだから。勘違いしないでよねっ」

 

「なんで急にキャラ変わってツンデレになってるのよ。ふふ……本当に馬鹿なんだから」

 

クスクス笑う詩乃の笑顔をあたしはしばらく黙って見て、あたしは胸の高鳴りが早まっていくのを感じる。

 

"嗚呼、あたしはこの人に恋心を抱いているんだ"

 

そう自覚したからといっても、今の関係を壊すことなんてあたしには出来ない。

 

あくまでも、あたしと彼女は家が近いだけの赤の他人なのだから。

 

扉からひょっこり顔を出し「また来るね」と言って、病室を後にする詩乃へと左手をひらひらと振る。

振り返してくれた事に胸がドクンとなるのを無理矢理抑え込み、あたしは彼女が置いていったオススメの本を引き寄せる。

肩肘をつけて、パラパラとページを捲るが肝心な内容は全然入ってこない。

 

「……あたし、詩乃の事好きすぎるだろ……」

 

へたりそうになるのを無理矢理耐え、あたしは全体重をベッドへと預け、これから詩乃とどう接していくか、自覚してしまった恋心をどう隠していこうかと頭を悩ませながらもあたしは暫く続いた入院生活を満喫したのだった。




 007へと続く・・・・




今日、この話を持ちまして、今作は総話数200話となり、5周年となりました。

1話目から応援してくださっている方、途中から本作を知って読んでくださっている方、他にも様々な方々がいらっしゃると思いますが、多くの方に本作を読んでいただいてありがとうございます。

1話に比べると少しは表現力も上がってきたかな?と思う今日この頃、本作はまだ続いていきますが、変わらずに応援していただけると嬉しいです。

これからもよろしくお願いいたします(深々とお辞儀)

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