引き続き、
三通のラブレターをスクールバッグに押し込んだ後、あたしは学業に勤しむことにした。学業は自分でいうのもなんだが、苦手に分類していると思う。
教科書を読み、教師が黒板に書く文章や方式などをノートに模写する。このことになんの意味があるのだろうか、とふと思ってしまうのだ。教師も重要だからこそ黒板に書いているのだろうが、それは元々教科書に書いていたものだし、あたしにとってはマーカー引いて赤ペンで書き足すくらいでいいじゃないかと思ってしまうのだ。
"まー、そんな捻じ曲がったことばかり考えているから成績が上がらなくて、父さんが涙を滲めることになるんだろうな…"
自分でいうのもなんだが、あたし自身頭の出来はいい方なんだと思う。
一度理解さえしちゃえば、後はすんなり入ってくるし、覚えたことは基本忘れることはない。
ないのだが……一度、疑問に思ってしまうとそこから先に進めなくなる。それがあたしの悪い点だったりする。
なんで二度手間をしなくてはいけないのか、めんどいなーと思ってしまったら最後。
黒板を取ること自体も億劫に思えてしまう。こんなことしなくても教科書さえ読んどけばいいんだろ?と反抗的な態度になってしまう。
"あー、まだ書ききれてないのに消されちゃった……。まーいっか、詩乃に見せてもらお"
そんな事を考えながら、見返した後に読み取れるか読み取れないか中間の文字を大学ノートにシャーペンを滑られているとキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。
"さーて、昼休みになったな…"
一枚目のラブレターで指定された時間が昼休み、場所が中庭と書いてあった。
鞄から巾着袋を取り出し、近づいてきた詩乃に"後で合流する"伝え、早足で中庭へと向かう。
そこにはそわそわした様子の女子生徒がおり、あたしは一回立ち止まってから深呼吸してから彼女に近づく。
近づいてくるあたしに気づいた彼女が嬉しそうにはにかむのを見て、罪悪感が胸に満ちる。
その後、続く。彼女のたどたどしい告白を聞き、不安そうに揺れる瞳を見つめながら、深々と頭をさげる。
「ごめん。好きな人が居るんだ。だから、君とは付き合えない」
一体、何回、何十回も同じことを言って、断ったことだろう。
啜り泣きを聞きながら、淡々と上記の言葉を言うたびに胃がキリキリとする。
"もういいじゃないか…"
下げていた頭を上げ、涙を拭う女子生徒を見ているとそんな事を思ってしまう。
頑なに好きな人が居ると言い続けているけど、その人とはこの先どうこうなろうとは思ってない。ただ彼女の側で、彼女の力になれさえすればいい。そう考えているのならば、頑なに誰かを拒むのではなく、もう受け入れちゃってもいいんじゃなかろうか。
「わたし、もう行きますね」
「ああ……うん、ごめんね」
「いえ」
もう一度頭を下げてから立ち去る女子生徒の背中を見送ったあたしは深いため息を吐きながら、空を見る。
ゆったりと流れていく雲、どこまでも澄んでいる青い空を見ているとさっきまで感じていた痛みが引いていく気がして、しばらくボーォとしてみる。
「陽菜荼ってほんとモテるわね」
すると、トンと胸に何かが押しつけられ、あたしは声の主と共にびっくりした声をあげる。
「うわっ!?居たの!?」
「何よ。私が居ちゃいけないの?」
むくれた顔をする声の主・朝田詩乃にあたしは彼女に預けてあった巾着袋を受け取りながら、ひたすら謝る。
「いや違うって。あたし、詩乃にどこ行くか。伝えてなかったよね?なのに、ここに居るからそれにびっくりしちゃっただけで」
「確かに伝えてはなかったけど、陽菜荼が見ている時に手紙の呼び出しのところ流し読みしたから」
あんさん、人のプライバシー勝手に見たんかい。そりゃあかんやろ。
「何よその目。言っとくけど、私が見たのはそこだけだから。他のところは読んでないから」
いや、聞いてないけど……だとしても、流し読みしちゃああかんやろ。
頭の中で壮大にツッコミながらも彼女がこうして持ってくれたからこそ。お昼ご飯を余裕持って食べるのだ。そこは感謝しなければ。
「確か、ベンチあったよね。そこで食べる?」
「ええ、そうしましょうか」
彼女を伴い、一つのベンチに腰掛けてから弁当を食す。
ミニトマトに茹でたブロッコリー。卵焼きにタコさんウインナー。今日はメインにハンバーグを入れてある。日々によって、メインが魚になったりすることもある。
弁当当番は父が担当することもあるが、父が調理すると基本茶色になってしまうし、ただでさえ長い時間運転して職場に向かっているのであたしは父に少しでも長い時間寝てほしいので、基本あたしが早起きしてから弁当や朝ごはんを作り、起きる時間になるまでもう一眠りするのが日々のルーティンだったりするので、弁当を開けた時の感動というものはない。
やはり、弁当は誰かに作ってもらい、蓋を開けた時に入っているおかずに一喜一憂するというのが一つの醍醐味でもあるのではなかろうか。まー、あたしの勝手な考えだけど。
そんな事を考えながら、ハンバーグを食べやすいサイズに箸で切ってから口に含みながら、ちらりと詩乃が開けた弁当の中を見てみる。
"ふむふむ。ほうれん草のおひたしにごろごろ野菜の煮物。焼き魚にチーズ巻きささみ。素朴ながらも食べる人のことを考えてある鮮やかな盛り付け。そして、食欲をそそる香り。食後のデザートとしてか、そっと添えてある輪切りにしたバナナも憎らしい"
ごくりとハンバーグを飲み込み、続けて卵焼きを大口を開けて口内に迎え入れる。
「詩乃のはおばあちゃんが作ってくれてるんだっけ?」
卵焼きをもぐもぐしながら聞いてみると顔全面に"食べ終わってから聞きなさいよ"というセリフが書いてあり、あたしはごくりと飲み込んでから尋ねる。
「で?おばあちゃん?」
「そうね。おばあちゃんが作ってくれてるけど、お母さんも手伝って入れてくれるみたい」
自分の弁当を見下ろしながら、嬉しそうに微笑む詩乃にあたしも"そうか"と嬉しくなる。
あの郵便局事件にて、詩乃のお母さんは目立った怪我こそないが、見えない傷……心の傷の方は深かったようだった。
詩乃のお母さんの事は彼女から深くは聞いてない。触れてはいけないように思えたし、たまに詩乃の部屋に遊びに行った時に挨拶をした時にピクリと身体を震わせたことがあった。"ああ、この人は繊細な人なのかもしれない"と幼心に思った。あたし自身、触れてほしくない過去があるし、その頃のあたしはあまり人と関わりたくなかった。多数の人々と関わり、あれこれ詮索されるのを嫌っていた。ので、詩乃のお母さんはあたしにとっては繊細だけど優しい人という印象だった。あたしが通いなれた頃には少しだけど話をしてくれたし、ジュースやお菓子を持ってきてくれたりもした。
だが、あの事件後からお母さんは自室に篭りがちだと詩乃から聞かれた時は心配した。元々塞ぎがちだったと聞かされた時は更に心配したのだが、詩乃の弁当をおばあちゃんと共に入れてくれるまでに回復したのならば良かった。
「そういう陽菜荼は毎回自分で詰めてるのよね?」
「そーそー。自分だからさ。楽しみがなくて、まー、味に変わりはないんだけどね」
苦笑いしながら、そういうあたしをしばらく見ていた詩乃の口がゆっくりとひらく。
「ねぇ、陽菜荼。良かったらだけど、今度からわたーー」
詩乃が何かを言い終わる前にお昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響き、彼女の声を遮ってしまう。
あたしはチャイムが鳴り終わった後に尋ねてみる。
「ーーさっきはなんて?」
「……なんでもないわ。早く食べて、教室に戻りましょう」
尋ねたあたしを一瞥し、少し怒ったように弁当を次々と胃におさめていく詩乃にあたしは"なんで、あたし怒られてんだ。理不尽だー"とへこみながら、弁当を食べ終わるために箸を動かし続けた。
009へと続く・・・・