ひらひらと右手を振りながら、歩み寄ってくるあたしを長く伸びた前髪越しに見た黒衣の親友・キリトは口元へと柔らかい笑みを浮かべる。
「おつかれ、キリ」
「ああ、お疲れ、カナタ」
同じように笑みを返してから、歩み寄ってくるもう一人の栗色の親友へと右手をひらひらと振るう。
「アッスーもおつかれ」
「カナちゃん、お疲れ様。援護ありがとう」
「お礼なんていいよ。当然のことしたまでだし」
ふんわりと微笑んだアスナは次にキリトへと視線を向けると固い表情となり、あたしは二人の間に流れる微妙な空気感を感じ取り、珍しく気まずくなってから口ごもる。
"二人に何があったのか知らないけど……なんだがギスギスしてるんだよな…"
あたしにとって二人は大切な親友で二人が困っているのならは力になりたいと思うが、今回のこの出来事だけは当事者たちで折り合いを付けるしかないと考えているし……部外者が首を突っ込むことではないように思える。
「援護、感謝します」
「いや……どうせ俺もここを通る必要があったから。それにーーーー」
チラッとこっちを見てる漆黒の瞳越しに〈カナタが苦戦しているように見えたから〉といった色が浮かび、あたしは少し頬を膨らませる。
"あたしならキリが居なくても大丈夫だったし"
と見栄を張ってみても、本音をいうと彼が援護に来てくれないとかなり厳しいところが所々あったし……最終的に獄史の攻撃を的確に弾き返してくれて、こちらに風を呼び込んだのはキリトだ。ここは感謝するべきであろう。
「ーーーーキリ、ありがとう。正直危ないところもあったから、キリが来てくれて良かったよ」
「そうか?カナタなら大丈夫だったと俺は思うけどな」
「キリはあたしを持ち上げすぎだよ。あたしはそんな器用じゃない」
肩をすくめながら答えながら、この迷宮に潜ってからかなりの数を消費してしまったポーションを思い出す。
"やはり、あたしにはこの迷宮はまだ早かったって事かな"
疲れが滲んできて、攻撃を食らってしまい、ポーションが使っていたら手持ちのものをほとんど使い切ってしまった。
二桁くらいあったのに……もう一桁になってしまった。これは帰ったら確実にシノのお仕置きorお説教コース設定であろう。
"なら、キリと共に奥に進んだ方がいいかな…?"
あたしがこの先に進むべきか、それとも帰るべきか、を手持ちの回復薬の数を思い浮かべながら、脳内で計算している中、アスナとキリトの二人は会話を続けていく。
「……君は、まだこの先に?」
「ああ、そろそろボス部屋を見つけたいからな」
「そう……気をつけて」
「ありがとう、そっちもな」
どうやら、キリトはアスナとの会話を終えたようで身を翻してからチラリとあたしの方を見てくる。
長い前髪に向けられる視線は〈俺はこの先に行くけど、カナタはどうする?〉と聞いているようであたしはもう暫く考えた後でかんぶりを横に振る。
「キリ、ありがとう。あたしは一旦帰るよ。そろそろ帰らないとうちのお姫様が怒ってそうだから」
「シノンなら俺が出るときに"ヒナタ、どこ行ったのかしら?"とカンカンに怒ってから街の中を走り回っていたけど」
キリトの余計な一言で安易にシノがあたしを探し回っている様子が想像出来しまう。
きっと茶色いショートヘヤの2箇所が鬼のツノのように逆立ち、いつもは穏やかな色を浮かべている瞳が憤怒一色に染まっている事だろう。そして、利き手にはキリトに連れられて、偶然立ち寄った掘り出し物店にて見つけた弓をお持ちなのだろう…………。
"これ、帰った瞬間にあたし……矢に射抜かれて、ジ・エンドじゃね?"
「……やばい。一瞬で帰る気失せたわ」
一種で青ざめるあたしを見て、ニヤニヤと笑うキリトが黒いロングコートを翻して、迷宮区の奥へと消えていくのを見送って、取り残されたあたしはアスナから非難めいた視線と言葉を頂戴するのだった。
006 へと続く・・・