sunny place 〜彼女の隣が私の居場所〜   作:律乃

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今日はクリスマスイブですね。
にんやり出来るかは分かりませんが、百合・イチャイチャ要素は頑張っていれましたので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

それでは、本編をどうぞ(リンク・スタート)




007 カナタイフ・チャント

四十層の転移門広場でアスナと血盟騎士団のギルドメンバーと別れたあたしは身を翻す。

その一瞬、アスナに連れられている朽葉色のプレイヤーの沈んだ顔が視界に入る。

 

(今日の事を報告しにいくんだろうな)

 

栗色の友人が副団長として所属している血盟騎士団の本部は一層下に本部を移転したばかりとアスナから聞いたばかりだ。

なので、アスナがうっかり前にホームがあった二十五層を押そうとしていたのは見てみぬフリをしてあげよう。それが優しさというもの。しかし、しっかり者でパーフェクトに思えるアスナにもうっかりしてしまう可愛い瞬間があるのだな、と。そう思い、振り返った。

 

その瞬間ーーーー

 

「ヒナタ……?」

 

「……シ、ノ…」

 

ーーーー背後から聞こえた幼馴染の声にピクッと肩を震わせ、ギコギコと錆びついたロボットのようにぎこちない動作で振り返ったあたし。

 

蒼の双眸には、想像していた通りに幼馴染(シノン)が居た。

 

赤・黄緑・黒の三色で仕立てられた戦闘着が彼女が息を整えようとするたびに上下に僅かに動く。

剥き出しになった小さな肩を上下に揺らし、荒くなっている息を白い胸当て越しに利き手を添えてから整えている。

短く切り添えているショートヘアがそよ風に揺れ、両側で白いリボンで結んでいる房が波を立てている。

あたしを見つめる焦げ茶色の瞳は俯いているせいか、どんな感情が浮かんでいるのか、想像出来なくて……あたしの頬を一筋の汗が垂れる。

 

(こんなに早く見つかるとは……あーあ、なんの制裁が待っているのだろうか……)

 

ダンジョンの帰り道に一番最初に思いついた弓矢で串刺しだろうか。それとも、ありとあらゆる状態異常の矢を打ち込まれるのだろうか。それとも、弓矢で串刺しにされた後に短剣でめった刺しだろうか。どちらにしてみても、あたしの命はいくらあっても足りないだろう。

 

だが、そんなしょーもない事を考えるあたしに駆け寄ってきたシノンは予想外の行動に出る。

パッとあげた焦げ茶色の瞳を涙の層でうるっとさせてから小走りで近づくとドン!と両腕を広げて体当たりしてくる。

 

「ぉ……ぉ」

 

突然の事によろけそうになったあたしがグッと両脚の裏に力を込め、なんとか耐える。

そこから、状況を理解出来ないあたしは「ふぅ……」と息を吐いてからパニック状態になっている心を落ち着かせてから、腕の中にいる幼馴染の焦げ茶色の髪をなんとなく撫でる。

 

撫でた瞬間、ピクッと華奢な肩を振るわせたシノンがギュッと橙の着物を握りしめて、潤み小刻みに震えている声で攻め立てられる。

 

「……いきなり、居なくなるなんて……何考えているのよ……馬鹿ヒナタ……。私……怖かったんだから……心配……したんだからね……馬鹿……馬鹿ヒナタ……勝手に居なくならないでよ……馬鹿ぁ……」

 

涙で震えた声が耳朶に流れ込んだ瞬間、あたしは氷の手で心の臓を鷲掴みにされているような気持ちになった。

 

心配させてしまった……大切で愛おしいこの人を。

 

思い返せば、今日のこの日以外は安全圏でも戦闘フィールドでも行動を共にしていた。

あの日、紅いフードを根深く被ったゲームマスターである茅場昌彦によって《ソードアート・オンライン》はデスゲームと化した。

最初は『HPが全損すれば、現実世界の自分も命を落とす』なんて説明は現実味がなく、どこか御伽噺を読んでいるかのような他人事のように捉えていたように思える。

だが、真実はどこまで冷たく残酷にあたしへと現実を突きつけた。

 

そんなあたしを支えてくれて、いつでも傍に居てくれたのがーーーーシノだった。

 

『大丈夫よ。貴女の事は私が助ける。だから、貴女は私の事を助けて。2人で一緒に現実に帰りましょう』

 

彼女はそう言ってくれた。

赤フードが映し出した映像に偶然映っていた父の泣き顔を思い出し、1層の宿屋のベッドの上で体育館座りして、重ねた腕の上に頭を乗せてから両手をギュッと抱きしめるあたしを後ろから優しく抱きしめてくれた彼女のぬくもりは今でも忘れない。

 

そこからは助け合いながら、1層、2層、3層・・・・と2人で力を合わせながら、強くなっていた。

 

その間に色々あって、助けるが守るに変わっていって……より一層"2人で一緒"という約束があたしの中で大切なものになっていた。

 

なっていたはずだった……。

 

それなのに……あたしは……あたしという大馬鹿者は……一番守らねばならぬ約束を破ってしまった……。

 

(ごめん……ごめんね……シノ……)

 

顔は胸部によって隠されているが、小刻みに震える背中から彼女が泣いている事は安易に想像できた。

 

「シノ……」

 

優しく呼びかけると顔をあげる彼女の頬を撫でる。ピクッと小さな肩を震わせるシノン。頬を撫でている人差し指をおとがいへと添え、親指を頬へと当てる。潤んだ焦げ茶色の瞳が蒼の双眸を貫く。その瞬間、名前がつけられない不思議な気持ちに突き動かされる。グイッと力を込め、ぷるんとした小ぶりな唇を見つめた後に首の角度を変えてから、そっと重ねる。

 

「………ん」

 

ピクッと小さな肩が震え、胸部に添えてあっただけの両手のひらがムギュッと力がこもってから、スゥーーと力んでいた拳から力が抜けていく。

左手を彼女の腰へと回し、そっと引き寄せてから、重ねていた唇を少しだけ外してからもう一度くっつける。

くっつけた瞬間にぷるんとした感触が唇越しに伝わってきて、あたしはよりその感触を味わう為に唇をクネクネと動かす。

その度にシノンの瞑っている瞼が小刻みに揺れるのを可愛いと思いながら、最後にもう一度、唇の感触を感じてからそっと唇を外す。

 

近くには大きめな焦げ茶色の瞳があり、その双眸は何処となく不機嫌な雰囲気を纏っていた。

 

あれ?

 

と思っていると、硬く閉じていた小ぶりの唇が開いてから、ボソッと何かの文字列を発音する。

 

「……この街で一番高いケーキ」

 

ハイ?

 

「ケ・ー・キ。この街で一番の!!私が食べたいの!!」

 

はぁ…………

 

「それはあたしのキスよりも君が欲しいものなのかな?」

 

「ええ」

 

嗚呼……即答っすか。……そうすっか。……悲しい。……あたし、悲しいよ、シノ……。……シノにとってのあたしってケーキ以下なのね。嗚呼……でも、この街で一番高いんだから。安価よりかは高価だから。そこだけが救いかな。

 

「わ、私は悪くないでしょ。悪いのはヒナタの方!キスで誤魔化そうとしたんだもの!!私、勝手に行った事をまだ許してなんだからね!!」

 

両サイドの髪を猫の耳のように逆立て、真っ赤な顔でまくし立ててくるシノンにあたしはカリカリと人差し指で頬をかきながら、苦笑いを浮かべる。

 

「……そうだね。あたしはキスで誤魔化そうとした。それは認める。認める。けれども、それと同時にシノにキスしたかった事実も本当だよ。涙目のシノがとっても可愛かったから。こんなに冷たくなるまで探し回ってくれたんだね……心配してくれてあんがと、シノ。ずっと愛してる」

 

頬をそっと撫でるあたしをマジマジと見上げたシノンの頬が桃色から真っ赤へと染まっていく。

 

「……な」

 

開いていた唇がパクパクと音にならない言葉を発し、元々真っ赤だった顔は更に赤くなり、耳まで真っ赤になったシノン。

 

「…………私もヒナタの事、好きよ」

 

ボソッと呟くシノンの晒そうとする大きな瞳を見つめながら問いかける。

 

「好きだけ?」

 

「…………好きも愛してるも同じ意味でしょ」

 

そう言ってそっぽを向くシノンの耳は熟したリンゴよりも赤い。

本音を言うともっと恥じらうシノンの姿を間近で目に焼き付けていたのだが、これ以上揶揄うと本当に矢で刺されかねないので、彼女から身を離したあたしはシノンの小さな手を取り、主街に向けて歩いていく。

 

「さぁ、ケーキ食べに行こう。その前に刀のメンテをしてもいいかな?」

 

「……ええ、構わないわ」

 

柔らかい笑みを浮かべるシノンにあたしも柔らかい笑みを送った。




 008へと続く・・・・

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