【ダイシー・カフェ】
窓際にある四人がけのテーブル。
背後から響くしとしとと雨露の音、瞼に浮かぶ細い路地裏の向こうを行き交う色とりどりの傘は何度見ても見飽きたらない。
「って、こらっ。寝ないのっ」
うつらうつら……と瞼の裏に浮かぶ風景に想いを馳せるあたしを小突くのは左隣に腰掛ける恋人殿だったりする。
あたしを固くたびに顔の横に束ねられている房が左右に揺れる度に催眠術にかかったように眠気が降ってきて、その眠気を追い払うためにこっちを見つめてくる髪の毛と同色の瞳を机に腕を組んだ上から見上げてみる。
アオリから不躾にジロジロと恋人殿を見ていると彼女と色んな世界で旅をし、その度に色んなトラブルに巻き込まれたことを思い出す。
死者数千人を出したデスゲーム、ソードアート・オンライン。略してSAOでは赤と黄緑、黒を基調とし、高すぎる露出度と"どんな風になってるの? "と純粋に思える戦闘服に身を包む
多種類の妖精達が暮らす世界、アルヴヘイム・オンライン。略してALOでは黄緑と黒を基調とした戦闘服に身を包み、扱い勝手が難しいロウボウを扱う山猫系
銃と火薬の香りが充満する世紀末の世界、ガンゲイル・オンライン。略してGGOでは黄緑と黒を基調とした戦闘服を身に纏う
こうして思い返してみると詩乃ことシノンとは様々な世界を回り、その度に色んな問題に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思うし、こんなあたしを支えてくれる彼女にはもっと感謝の言葉や態度を取った方がいいのかもしれない。
だが、今日ばかりは無理だ……朝に受けた右頬ビンタによる精神疲労が半端ない。もう少し寝かせてもらわないと回復できない……って事でお休みなさい。
「って、また寝てるし……陽菜荼、起きて」
「むー」
「頬を膨らませてもダメなものはダメだから」
「いいじゃんか。まだ朝誰かさんに右頬ぶっ叩かれた古傷が痛むんだから」
「なっ!」
わざとらしく右頬を摩ってみれば、みるみるうちに頬を赤く染めた詩乃はガタッと大きな音を立てながら、勢いよく立ち上がるとビシッとあたしを右人差し指を向けてくる。
チラッと右人差し指を見てみるとプルプルと小刻みに震えているところを見るとよっぽどあたしの愚痴りが効いたようだ。
「あ、あんたねぇ! それを言ったら、変な事言って私をけしかけたのは陽菜荼でしょ!!」
「あーあーきーこーえーまーせーんー」
愚痴愚痴と小言を言う詩乃の言葉を両手で覆い、顔を背けようとするあたしの顔をバシッと両手で鷲掴みにした恋人殿はグイッと無理矢理自分の方に向けさせると耳を塞いでいる両手をひっぺがそうと力む。
「耳を両手で塞ぐってことは聞こえてるんでしょう。いいから、聞きなさいッ」
「だから聞こえないってッ」
「聞こえないなら両手で耳を塞ぐ意味なんてないでしょう」
「日常で両手で耳を塞いではいけませんって法律はないでしょ」
「法律って……もうっ、あんたって人は……。
思えば、昔からそうよね……頑固っていうか、意固地っていうか……グレると自分の殻に閉じ籠って、こうやって子供じみた事をする。
いつも思うけど……貴女は私を困らせて、何がしたいのよ……」
壮大なため息と共に力んでいた両手を離した詩乃は疲れたようにテーブルの上で腕を組み、右腕を立てる。外に出るときは愛用している黒縁メガネをテーブルに置いて、目と目の間を親指と人差し指で摘んでいる詩乃の横顔はあたしとの言い合い、そして詩乃曰く"子供じみた事"の対応でドッと精神疲労を受けてしまったようだ。眉間をモミモミした後にアイスコーヒーを口に含む動作すら優雅さが欠けている。
その仕草に流石のあたしもやりすぎたと思い、謝ろうと思うが……心の中央部に居座っているあたしがこういうのだ。
“子供じみたって……そんな事をさせる詩乃が悪い”
と、どうやら詩乃の言う通りで……あたしはあたしが思うほどに面倒な奴らしい。だが、あたしはこういうやつだ。直す気もさらさらないし、今更直せるものでも無いだろう。
“だけど”
そんな面倒くさいあたしを
小学生の頃から頬を膨らませて何も言わずにいじけるあたしを見つけ出した君はいつも困ったような顔をした後にため息をつきながら、隣に腰を落として『私はこの本をここで見たいだけだから』って素っ気なく言ってから……何も聞かずにずっと隣に居てくれたよね。
無表情でどこか不機嫌そうにページをめくる君から伝わってくる体温はみんなが言うように"冷たく"なんかなかった。暖かくてホッとするけど……少しの風で消えてしまうくらいに小さなぬくもり……。
そのぬくもりにあの時のあたしはどれだけ救われていたんだろう……。
「………………詩乃。あたしは君のそういう所に惹かれたのかもしれないね……」
お節介焼きで、世話焼きで、素直じゃないけど優しくて、一人でいいって強がっているけど本当は寂しがり屋さんで、君が隠れて色んな事を頑張っている事をあたしはちゃんと知ってるから。
いつも愚痴愚痴と小言を言うけど……その全部があたしを思ってってちゃんと分かってるから……。
あの時もらったぬくもりに比べると全然少ないかもだけど……今度はあたしが君に返す番だ。どんだけ時間がかかってもゆっくりでも君に返していけるようにあたし自身努力していく。
だから、この面倒くさい奴をこれからもよろしくね。
そんな想いを込めて、はにかんでみせると怪訝そうな視線が返ってくる。
「?」
眉をひそめる黒縁眼鏡にははにかむあたしが映り、ガラスの向こうでは困惑と不機嫌が入り混じった焦げ茶色の瞳があたしを捉えている。
と思ったら、後部の方へと視線が向くのを見て、あたしもそっちの方を向くとレトロなドアを開けて、待ち合わせをしていた友人の一人、桐ヶ谷 和人がこっちに片手を上げながら入ってくる。
「カナタとシノンが喧嘩って珍しいな。外まで声が聞こえていたぞ」
カランと音を立てながら、入ってきた和人の一言に詩乃が青ざめ、あたしは無邪気に聞き手を振る。
「っす」
「よーす」
あたしの右横、詩乃の向かい側に腰をかけた和人に青ざめていた詩乃が抗議の声を上げる。
「キリト、遅いわよ」
「悪い悪い。久しぶりに電車に乗ってさ」
そう言って、カウンターであたし達のやりとりを黙って言いながら何故かニヤニヤしていた強面マスターへと「俺、カフェ・シェケラート」と注文してから、あたしと詩乃の机の上に置いてあるコーヒーカップやコップを見て、怪訝そうな顔をし、何度も詩乃の顔をチラ見するので……詩乃が不機嫌な顔つきになり、声を荒げる。
「キリト、あんた変な事考えているでしょ」
「いや……歩いてきたにしてはすごい喉が乾いたんだな……って」
和人の黒い瞳に映っているのは詩乃の前に並べてあるコーヒーカップとコップの二つ。
コップにはシュワシュワと水泡が小麦色の液体を泳いでは空中へと飛んでいき、コーヒーカップの中ではカランカランと氷が音を立てている。
そこまで見てから隣に座る恋人殿を見てみるとみるみるうちに顔を赤くし、あたしを指差す。
「ち、違うわよっ。このジンジャーエールは元はこの子」
紹介されて飛び出てジャジャーン。そうです、噂のあの子こと香水陽菜荼ちゃんです。
「辛いのとか苦いのとか嫌いなくせに。カッコつけて……『マスター。ジンジャーエール、辛口で!』って注文しちゃって、一口飲んで要らないからって私の方に押し付けてきたってわけ」
押し付けたとは酷い言いがかりだ。陽菜荼ちゃん、ぷんぷんしちゃうんだからね。
頬を膨らませてみるとかえってくるのは計4つの哀れんだ瞳、悲しいのなんのって……。
「………」
「……だ、だって……あんなに辛いって思わなかったんだもん」
あたしが出せるキャパ☆とした声で言ってみると詩乃はもう相手してられないとコーヒーで喉を潤していく。
「だもんじゃないわよ……」
嗚〜呼、また詩乃が不機嫌になった。キリトのせいだからねッ!!
「俺のせいかよ……」
和人へと抗議の視線を向けると詩乃に指を差される。
「言っとくけどキリトが4だとすれば6は陽菜荼だからね」
「あたしが6ッ!? 可笑しいだろぉ!! なんで、キリトに4もあげなければならない。10点で満点なら、10点をあたしに付けるべきだ!」
「それシノンにスッゴイ迷惑って思われているって事だからな!」
ふふふ、このあたし様はそんな瑣末なことに興味はないわ。重要なのはどれだけ詩乃に必要とされているか、ただそれだけなのだ!
故に、和人。済まないが、君には一点もあげられないのだよ……。
悔やむならばあたしの万能さを悔やむといい。
「ドヤ顔したり顔している場合じゃないと思うけどな……」
和人のそのツッコミも続けて、ドアを開けて現れた人物が立てるドアベルの音によって掻き消される。
シノンちゃんに感謝したりからかったり……日常回でも忙しない人ですね、陽菜荼は(失笑)
こんなめんどくさい奴ですけど、これからもよろしくお願いします、シノンちゃん。
15話は最初、シノンちゃんとアリスちゃんの会話で始まりましたね!
私はすごく興奮しながら観てました。
理由は二人とも推しキャラなんですけど……原作や他のイラストでも二人が隣になっているものってあまりないんですよね……。
なので、そういう面では嬉しい回だったんですけど………その後から怒涛でしたね……。
すごく気になるところで終わってしまったので、16話が楽しみであり……憎しみにとらわれないか、不安になってみたり……(笑)
リコリスの進行具合ですが、やっとこさラストバトル直前(6ー1)までいきました!
後はやり残した事をしつつ、レベ上げして、セントラル・カセドラルの最上階まで行くだけ。
ハァシリアン、てめぇだけはぜってぇ許さんッ!!!!