4月2日(水) 22:45 炫畏古社跡
「ネギ!ネギ!しっかりしなさいよ!!」
「うぅ…」
鮮血が飛び散り、横たわるネギを必死に呼びかける明日菜だが、小太郎の爪により全身を切り刻まれ、息も絶え絶えだ。
「やめときや姉ちゃん。無理に動かしたら傷が広がって危険になるさかい。まぁほっといても死ぬんやけどな」
千草からもらった護符の蜘蛛の上に乗り、明日菜の無駄な努力を止めている小太郎。もっとも小太郎自身はあまりの呆気なさに意気消沈気味であり、ネギに対しての興味がなくなってしまっている。
「アンタ、こんなことしてよくそんなこと言ってられるわね!!」
「はぁ?何言ってんねん姉ちゃんは。さっきも言ったやろ。これが裏世界の現状なんやから。何も知らんで生きとる姉ちゃんたちとは違うんや。弱いやつが死んでいく。現実はこれなんやで」
「くっ…」
なんとか言い返した明日菜だが、言っていることが最もなのだろうと頭の中で理解してしまい、悔しそうに涙ろ堪える。何の力もない自分では何もできない。それが堪らなく悔しかった。
「うっ、明日菜…さん」
「ネギ!大丈夫なの!!」
「ま、魔力で、切れた血管を塞いでいます。致命傷ではありません」
薄っすらと目を開けるネギ。そのまま文字通りナギの杖を支えにゆっくりと立ち上がる。先程まで出血していた傷口はネギの魔力で塞くという荒業でなんとか凌いでいた。そして再び
「大した生命力やないか。正直アレで終わっとたらホンマに拍子抜けやったからな」
再度立ち上がったネギに素直に賛辞を送る小太郎。そのまま護符の蜘蛛から飛び降り地面に着地するなり、構える。再び
「最もこれで終いや西洋魔術師。次は傷が塞ぎきれんぐらい、体を真っ二つにしたるさかい!!」
「ネギ!!」
「くっ」
-来る!-
ネギの直感がそう告げた。あの獣化の上に鬼人化までしている小太郎の力ならば、自分だけではなく明日菜まで"殺される”。ヒビキとの約束のためにも、絶対に明日菜を、そして木乃香を守らなければいけない。
「
「な、何や!?」
「きゃあああ!!」
瞬間、突如ネギたちのいる場所から遠くはない場所で大爆発が起きる。地面が揺れ、なぜか空から雨が降り出している。何が起きたのかわからないが爆風が発生し、一瞬ではあるが小太郎の動きが止まった。
「(今なら!)ラス・テル マ・スキル マギステル!!」
小太郎の攻撃を防ぐため、防御の魔法障壁を発動させようとしたネギだが、即座に攻撃用呪文の詠唱を唱える。
「
「何!?コンのおおおおおおおおおおおお!!」
駆け出し捕縛用の魔法の射手を小太郎にお見舞いするネギ。咄嗟のことに反応できず、何本の風の矢が小太郎を拘束していく。だが、獣化に加え鬼人化までしている小太郎に通じるのは精々数秒程度。必死にもがく小太郎に、間髪入れずネギは次なる呪文を完成させていく。
「ラス・テル マ・スキル マギステル!!
右手を小太郎の掲げ、放たれた白き雷が小太郎を撃ち抜く。
「ぎっ!?がぁっ!?」
直撃をモロに受け、全身に雷が駆け巡っていく感覚が小太郎を襲う。そのまま吹き飛ぶように後方にいる護符の蜘蛛目掛けて飛ばされる。
「はぁ…はぁ……うっ」
「ネギ!!大丈夫!?」
「は、はい……なんとか」
力を一気に使い、跪くネギ。魔力を消費し塞いでいた傷口から血が滲み出る。なんとか気合を入れて、再度魔力で傷口を抑えていく。だが、ヒビキのように傷を完全に完治できるほどの力はまだネギにはない。早めに治療しなければ命の危険がある。
「早く、チシキさんたちのところに行きましょう。木乃香さんたちが心配です」
(ネギ…)
それでもネギは自分のことよりも、木乃香たちの方を心配する。何か言いかけようとするも、明日菜はそれをグッと抑える。
(何やってのよ。私は…!)
何もできない自分が悔しかったのかもしれない。
「明日菜さん?」
「う、うん。ほら私に掴まって」
ネギを支えるように明日菜が寄り添う。
「待たんかい。今のは効いたで…西洋魔術師!!」
砂煙舞う中から声が聞こえる。瞬間、目に見える気の波動が砂煙を消し飛ばしていく。少しばかり焼け焦げた小太郎が青筋立てて、睨みつけていた。
「ア、アンタ!あれだけ食らってまだ動けるの!」
「用意しとった守護の護符がなかったら、今頃黒焦げやったで。やってくれるやないか!!」
ネギの攻撃の直撃を受けてもまだ動ける様子を見せた小太郎に驚く明日菜。それに答えるかのように、学ランのポケットから焼け焦げた護符を見せる小太郎。どうやら念の為に準備していた護符が咄嗟に発動し、小太郎を守ったようだ。
「くっ」
ほぼ無傷の小太郎の姿に歯を噛みしめるネギ。一方小太郎は両手をポキポキと音を立てながら、ゆっくりと近づいてくる。
「一瞬の隙をついて攻撃をやったんは褒めたるで。弱っちいからちっとばかしお前のことを舐め取ったわ。でも、二度目はあらへん。ありがたく思い、この礼は倍返しで返したるわ」
爪を構え、再度構え直す小太郎。恐らくさきほどのようなことは
「明日菜さん下がっててください!」
「いやよ!私だってアンタを護ることくらいできるわ!!」
「明日菜さん……」
「はっ!!下手な三文芝居眼の前で起こされても、うざいだけやで!!」
(は、速い!?)
足に力を込め、一瞬で間合いを詰めてきた。さきほどの速さの比ではない。ネギの思考はわかっていても、傷だらけの体では満足に動くことはできない。再び鮮血が舞い、悲痛な叫びだけが聞こえるだけ。
「ぐぇ!?ぐはあああああああああああ!?」
だが、次に聞こえてきたのは小太郎の情けない声だけだった。とんでもない威力のパンチが小太郎の顔面に突き刺さり、衝撃で真横に滑るように飛ばされる。
「悪いネギ、明日菜。遅くなった」
「お兄ちゃん!!」
「誠先生!!」
紫色の二本角の鬼。そしてあの大きな背中は二人のよく知る響鬼の姿だ。すぐにネギの方へ振り向き、手を肩へと持っていく。淡い光がネギに注がれていき、小太郎の攻撃で受けた傷がみるみる内に治癒していく。
「傷が…」
「俺の生命力を分け与える術だ。それよりも、早くチシキや木乃香たちは?」
「多分、あっちの方に。さっき爆発が起きて」
「早く行こ」
「待たんかい!!!!!」
響鬼の言葉を掻き消すように小太郎の怒号が木霊する。赤く頬が腫れ上がり、口元からは口内を切ったのか血がこびり付いていた。だが、その表情はやられた怒りと同時に歓喜に打ちひしがれている。
「あははははは!!まさかこないに早くに会えるとはな!!響鬼ぃ!!その称号、大人しく
響鬼ではない。師である"龍鬼"と呼ばれる音撃戦士こそが、《鬼神》の名に持つに相応しいと。興奮状態の小太郎は複数の狗神を発動させ、漆黒の狼たちは響鬼を噛み砕こうと向かってくる。
(鬼火!!)
すでに常時戦闘モードなだけに、すでに開口している口からノーモーションで放たれる響鬼の鬼法術《鬼火》が向かってくる狗神を一瞬でかき消していく。
「もろたで!!がっ!?」
狗神に気を取られていた響鬼に追撃しようと両腕に気を張らせた小太郎が炎の中から現れる。だが次の瞬間、腹部の激痛と共に小太郎の世界が暗転し、気づけば響鬼から彼方に衝撃と共に先ほどと同じように飛ばされていた。何か特殊な攻撃でもされたのか。よく見れば響鬼の右足が前に突き出している。
(たかが蹴りで!?)
小太郎に対して前蹴りをしただけだった。ネギに続き再三に渡り吹き飛ばされる小太郎。なんとか態勢を立て直し、滑るように地面に膝をつく。
「狗族のハーフか。それに鬼人化まで会得。お前が龍鬼の弟子か何かか?」
「へっ、そうや!!俺は龍鬼さんがただ一人認めてくれた最初で最後の弟子、犬上小太郎や!!そして響鬼!!お前が名乗ってる"鬼神"の称号は最強の鬼の龍鬼さんが名乗るに相応しいんや!」
「それは決闘で勝ったお兄ちゃんが名乗ることに決まったのを知らないのか君は!」
小太郎の言葉に反論するようにネギが口を出す。かつて響鬼自身から語られた話。誠の師であり、先代の響鬼であると同時に先代鬼神である日高仁志の遺言により、後継者として指名された誠。だがそれを異に唱える一部の上層部たちの意向により、候補に音撃戦士・龍鬼が推薦され、鬼神の名をかけて決闘が行われた。無論、それに勝利したのは現鬼神である誠であることは明白。
「その決闘は何かの間違いなんや。あの人が、負けるわけないんや!!」
「結局は師匠自慢か。お前が知ってるどうかは知らないが、アイツはただ力だけに固執し、自分の都合だけで戦っているやつだ。そのためならこの京都に封印された"スクナ"を利用してもな。悪いがこれ以上はお前の長話に付き合うつもりはない。さっきは手加減したが、まだ向かってくるなら今度は体が動かないように拘束させてもらうぞ」
両手を組み、音撃戦士・木鬼秘伝の鬼忍術《木遁》を発動させようとする響鬼。ネギも続くように及ばずながらも、杖を構える。
「悪いな響鬼。俺はそこの西洋魔術師共々、お姫様を奪取するまで適当に相手しとけって言われてるんや」
「木乃香をどうするつもりよクソガキ!!」
「姉ちゃんまだおったんか。忘れとったわ。ん?どうやらその作業もひとまず終わりみたいやな」
「何?」
先程までの興奮状態が嘘かのように、落ち着いた小太郎が突然、獣化と鬼人化を解除する。そして先程爆発が起きた方へと顔を向ける。
「ようやったで犬上小太郎。一足遅かったな鬼神?木乃香お嬢様はたった今、ウチらが手に入れましたからな~」
煙から出てきたのは、したり顔で現れた天ヶ崎千草と雇われたフェイト、月詠。
「刹那さん」
明日菜に呼ばれても反応を示さない、桜咲刹那の姿。
「チシキたちは……」
「中々手こずってくれたけど、ウチらの敵やなかったってことですな~」
千草が後ろに顔を向けた先には、かつて麻帆良学園にて刹那によって響鬼も苦しめられた"鬼封じ"と呼ばれた勾玉により苦しんでいる知鬼たち鬼たちの姿が映っていた。
◆
同時間 吉野ノ里《猛士総本部》
「動き出したか」
「はっ。すでに関西呪術協会は魔化魍を始め、複数の抜鬼たちが襲撃を開始したとのことです」
猛士副本部長室にて、専用の鬼密班の一人から報告を受けていた段木團蔵。言うまでもなく内容は関西呪術協会が魔化魍を含む勢力から襲撃を受けているということ。日本東洋呪術の最大拠点が襲撃を受けているならば、猛士として可及的速やかに行動を起こす必要があるはずだが、副本部長である團蔵は動こうとしなかった。いや、動く必要がなかった。
「ヒビキたちの動きは?」
「交戦状態です。特に鬼神はドウメキ、そしてロウキによって動きを封じられていますがそれ以上は接近できず詳細は不明です。」
「ドウメキめ。ロウキを連れ出してくるとはな。一体何を吹き込んだのか……それで、この情報は関東魔法協会にも入っているのだな」
「はい。ですが、情報が錯綜しており行動を起こすのは時間がかかると思われます」
「ふん。意地の張り合いが最悪の結果を招いているわけだ。義理の息子に傀儡政治をさせるから、こうした事態が起きるのだろう。あの近右衛門にはいい薬になったはずだ」
関西呪術協会がすでに長である《近衛詠春》は形だけの長であることを察していた團蔵。下の連中が近々クーデターを起こることも把握していただけに、皮肉るように切り捨てる。
「時間が経てば何も知らん封眼寺派の小娘がアレを復活させるであろう。そうなれば多少なりに京都が火の海になる可能性がある。事態調査のために、すでに鬼密班が動いているのだろう」
「はっ。すでに組頭である《隼人》が本部長の命を受け、数名を派遣しています。表でも威吹鬼を始め数名の鬼も現場に急行しているとのことです」
「想定通りだな。
「了解しました。團蔵さま」
その言葉と共に
「平安から始まる長き因縁もようやく終わる。一つの歴史が終わり、新たな歴史が始まるのだ。この猛士がな」