ビートの言葉に私だけではない、ディアルガさえも呆気にとられている。対して、ビートは自らの意志が本物だと言わんばかりに、口から炎を漏らし、姿勢を低く構えて今にも飛びかからんとしている。
「び、ビート……私達の目的は完了したんですよ?」
「止めないで、そして手伝ってほしいな、リフル。この行動は、僕にとっては昔の訣別でもある」
ビートの真剣な表情。私は、ビートが先程言っていた言葉を思い出した。昔の訣別と言ったが、ビートはあの敗北でどれほどの慚愧に堪えぬ気持ちを、忸怩たる思いを、後悔の念をしたのか。私は、負けて悔しい思いはしたものの、ディアルガに対して再戦を望むような事はしなかっただろう。
だけども、ビートはその敗北の清算をずっと望んでいたのだろう。だからこそ、私にあんな質問をしたのだろうし、道中の沈んだ様子も、汚名返上が成せるかどうか、悩んでいたのだろう。
つまるところ、ビートは引く気は一歩も無い。その想いは、ディアルガにも伝わったのだろう。
「……いいだろう、全力で相手をしてやろう。……お前も、それでいいか?」
「……まぁ、確かに私も悔しかったですしね」
ビートの隣に立ち、歯車を投げ捨てて構えを取る。ディアルガは大きく息を吸い込み、咆哮を上げる。空気が揺れ、場に一気に緊張感が走る。
「見せてみろ、お前達の全力を」
▼▽▼
「…………あいつら、大丈夫だろうか」
「あいつら?それってブイゼルグループ?団長グループ?それとも、リフルちゃんとビート君グループ?」
「最後だ」
ガショエタワーの作成の為に、お留守番となったジラーチとクチートの学者コンビは、作業の手を止めず、雑談をしていた。
「時限の塔には、時を統べるディアルガがいると聞く。もし、何かの拍子で勝負とでもなったら、いくらリフル達とはいえ太刀打ち出来ないだろう」
「うーん……正直、僕にも彼らの実力ってよくわからないんだよね」
「そもそも、何故あいつらはあんな能力を持っているんだ?瞬間移動の類はあいつらの種族は覚えないはずだ」
「それは僕の力だね。話せば長くなるけど、彼らが世界救いたいって言うからお手伝いしただけだよ。まあ、結局彼らは世界を救うのには失敗しちゃった訳だけどね」
「…………色々気になる事が増えたが、まあいい。何かの拍子でとは言ったが……まさかあのディアルガに勝負を挑むような大馬鹿ものじゃないだろう、あいつらは」
「……どうだろうね、存外馬鹿かもしれないよ」
▼▽▼
あの時は理性を失っていたディアルガだが、今は違う。力のままに動くわけではなく、その時その時の状況に応じて、攻撃を繰り出してくるから、あの時よりも手強いと思える。
ディアルガの必殺技、ときのほうこうは威力は絶大な分、非常に隙が多い。ここぞという時にしか放ってこないだろう。
「火炎放射!!」
「甘い!!」
飛び上がったビートの放つ火炎放射を、その巨体には似つかわしくない素早さで避け、一気に間合いを詰めてくるディアルガ。そのメタルクローは着地しようと体勢を変えられないビートに襲いかかる。
「……させるか」
エナジーボールを繰り出し、メタルクローを放とうとするディアルガの前足に当てる。ダメージは殆ど無いものの、若干軌道をずらす事に成功し、ビートの隣の地面を抉る形となる。
ビートはディアルガから大きく距離を取って、一息をつく。
「……まぁ、そうは簡単に問屋が卸さないよね」
「正気を失ってたとはいえ、伝説とされてるポケモンですからね。楽に倒されてくれる筈が、ありません!」
グラスミキサーをディアルガの顔に向けて放つ。ディアルガは平然と受け止める。流石の実力、と言わざる得ないが……その為にグラスミキサーを放った訳ではない。
まるで事前に示し合わせたかのように、ビートはディアルガの背後を取った。私のグラスミキサーはただの目眩しだ、これなら例えディアルガであろうとも効果があるはずだ。
ディアルガの死角から火炎放射を放つビート。先程とは違う、不可避の攻撃……のはずだった。
「グオオオオォォォッッッ!!!!」
ディアルガが大きな雄叫びを上げる。技でもなんでもなく、ただの雄叫び。しかし、それだけでビートの火炎放射を打ち払い、そしてビートを吹き飛ばした。
そんなビートを追撃する事なく、ディアルガはゆっくりと首を回し、私に向かって余裕の表れなのか、ニヤリと笑った。
「まだ、やるのか?」
「ええ、やりますよ。やりきります、負けるつもりはありません」
私は自分の分身を出現させる。所謂、かげぶんしんという技だが、この瞬間まで使った事は1度たりとも無かった。そして、私は分身と共にエナジーボールを一斉に放つ。無論、実体を持つのは私が放ったエナジーボールだけなのだが。
「………………!!」
見事ディアルガの首元にエナジーボールが直撃した。流石に効いたようで、ディアルガはよろけた。しかし、すぐさま前足を踏み込み、メタルクローを放った、ディアルガの後ろにいたビートに。
「何をしてるかはわからないが、何かしようとしていただろう」
「ビート!!」
身体に炎を纏って突撃しようとしていたビートに、ディアルガのメタルクローが当たる。クリーンヒット、本来ならばビートの心配をすべきなんだろうけど、私の心中はただ平常だった。メタルクローを食らったビートの姿が突然変なドラゴンポケモンの見た目に変わる。
「何かしてるかわかっても、何をしてるかわからなきゃ意味ないんだよね」
そう、身代わり。私のかげぶんしんからのエナジーボールという陽動に、ビートの身代わり。2重のフェイントにディアルガは対処出来るはずもなく、ビートはディアルガの頭の上に着地する。
「燃え上がれ、フレアドライブ!」
「ぐ、グオオオオォォォ……!!」
ディアルガが苦しそうに声を上げる。そりゃそうだ、ディアルガは先程から、私の攻撃は受け止めていた癖に、ビートの攻撃は避けようとしていた。それはタイプ相性の問題だ、鋼タイプを有するディアルガに炎技は効果抜群だ。
悲鳴に似た声を上げながら、ディアルガはビートを振り落とす。私の隣に着地したビートは、私を見てコクリと頷いた。
「ぐ……なかなか、やるな……ならば、これは耐えきれるか!?」
ディアルガが脚を大きく踏み込み、息を吸った。間違いない、時の咆哮だ。あの時の状況が脳裏に浮かぶ。衝撃が伴うディアルガの最大級の攻撃。攻撃を喰らいたくないのは、私達だってそうだ。ならば、どうすればいいか。
「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
ディアルガが時の咆哮を放つ。瞬間、全てがスローモーションに見える。まるで走馬灯が過るかの様だが、あの時とは違う。私も、ビートも、ゆっくりと手(ビートは前足)を差し出し、不思議な壁を作り出した。
「完全無敵の防御技」
「またの名を“まもる”ってね」
どうしてあの時は律儀に迎え撃とうとしていたのか理解に苦しむが、単純に強力な攻撃は守れば問題無い。そして、時の咆哮を放ったディアルガには、まさにチャンスと呼べる隙が生まれる。
相手の隙を突いて強烈な一撃を放つ、それで敗北したのならそれを改めるだけだ。大きな根を出現させ、それをビートが燃え上がらせる。そして、そのままディアルガの身体にぶち当てる。
「グオッ……!!」
強烈な一撃が入った、しかし、これでは倒せない。それならば、何度だって放ちまくる。必殺の一撃が無理なら、強烈な連撃を放つだけだ。
「もう貴方に攻撃のチャンスは与えません!」
2発、3発、4発と、ディアルガの身体に攻撃が入っていく。そして、5発目を放つ直前、ついにディアルガは膝をついて、そのまま崩れ落ちた。
「………………」
「………………」
緊張の糸を切らせない様に、倒れたディアルガの顔を覗き込む。その瞬間に、ディアルガは目を開き、悔しそうに、しかしながら嬉しそうに笑った。
「わたしの敗けだ、身体が動かない」
ディアルガの言葉に、緊張の糸は一気に解けて、私は思わずビートに抱きついてしまった。すぐさま冷静になって、私はディアルガの治療を始めた。
「本気のわたしを打ち破ったのは、お前達が初めてだ。まさか、この時代に私を打ち破るパワフルな奴らがいるとはな……」
「探検隊レガリア!現在調査団の僕達だからね!」
「……まぁ、1度敗けたからこそ、貴方がしてくる事がなんとなくわかってたって所もありますけどね」
「でも勝利は勝利だからね、僕は非常に満足だよ」
「……ふふっ、元気だな。所で……」
私達を温かい目で見ていたディアルガはふと思い出したかの様に話し出した。
「……お前達にやった時の歯車は?」
「………………え?」
「…………リフルが受け取らなかった?」
確かに、時の歯車は私が受け取った。しかし、戦うとなって何処に置いたかは……
足元を見ると、何かの残骸があった。私達は冷や汗を流す。
「……リフル、これって」
「……十中八九時の歯車です、役目を終えた」
「……役目を終えたっていうか、もう役目を全う出来ないよね」
ディアルガとの勝利を果たし、雪辱を晴らした私達だが、こんな所で詰めの甘さが出るとは思わなかった。結局、ディアルガにもう1つ新しい時の歯車を貰った為、事無きを得たが……それでも勝利に喜べなくなってしまったのはなんとも間抜けな話である。