『8番 バッター 神威君』
「ようやくか…」
自分の番が回ってきたことを聞くと、近くに立ててあるバットを持ち打席へと歩いて行った。
『さぁ〜てお次は〜?おっと〜!誰かと思えば転校してきた貧乏少年だ〜!!!!』
神威を見た瞬間に放送部は相当の悪口を吐いた。
「はははっ!マジかよ!?あんなちっこいのが打つのか!?」 「あんな背丈で打てんのかよ〜!!!!」 「お子様は帰って寝てろよ〜!!」
「そうだそうだ〜!!」
放送部につられ、周りの生徒も一斉に神威を貶し始めた。
その姿を渚達はただ見守ることしか出来なかった。
「何よこれ、集会の時も思ったけど陰湿ね…」
イリーナは気分を害していた。そこから見ていた女子やベンチの渚達も同じ気持ちだろう。
(けど…何で神威君…あんな平然としてられるんだろ…)
神威の辺りの貶しに目も貸さない姿勢に矢田は不思議に思っていた。
ーーーーーーーー
『では!2回表 三本目!これでストライクを決めれば野球部の勝利は間違いなしだ!!』
神威は姿勢を正し、バットを構えた。周りから見てみれば渚達とはあまり変わらない素人のような構えだ。
投手はもちろん進藤である。
すると進藤は神威を睨んだ。いつぞやの事を根に持っているようだ。だが、それより他に、進藤の目からは常人とは思えない程の凶暴な感情が吹き上がっていた。
(あいつ…常人とは思えん程に感情が高ぶってる…いや、洗脳されてると言った方がいいか。他の奴らには良い方法だが、俺にとっちゃ………
「ゔぁぁああ!!!!!!!!!!!」
神威が思考していると進藤は御構い無しに打ってきた。
バンッ!
「ストライク!」
そのボールは神威の横を瞬時に通過し、キャッチャーのグローブに入った。
(ドーピング……いや、それ以下か?……今の球…見る限り本気じゃねぇな…)
神威の考察は的を射ていた。
そして続け様に二球目も投げられる。
バンッ!
『おおーーーーーっと!!!??ストライク2本目だ〜!!!バッター、バットを振るわない!どうしたバッター?余りの速さにビビったか〜?』
実況は神威をまた貶し始めた。それに連られ、辺りの本校舎の生徒達も神威を貶し始めた。
「あははは!ダッセ〜!!」 「やっぱエンドはエンドだよな〜!!」 「そんなに怖いんだったら帰れ帰れ〜!!」
周りからの多くの雑言、誰も注意しない。注意するや否やあざ笑うかの如くの目を向けてくる者もいた。普通の人ならば怒りが溢れ発狂しかねない。そんな状況下であっても神威の静かさは消えなかった。
烏間やイリーナ、殺せんせーももちろん、E組の皆も神威の静かさに理解出来なかった。
すると、神威の口が開いた。
「おい。野球部キャプテン、俺が打ちたいのはこんな球じゃねぇ、
『本気の豪速球』投げてこいよ
突然の一言、その一言で会場は一瞬で沈黙に包まれた。本校舎の生徒、教師、野球部の面々、E組の皆が目を大きく開けながら驚愕していた。
すると、我に返ったのか一人の本校舎の生徒が
「調子こいてんじゃねぇぞ!!!E組!!!!」
それに連られ、周りの生徒も神威に向かって罵声を浴びせた。
「そうだそうだ!!!」 「二回連続のストライクの奴がなにカッコつけよーとしてんだよ!!!!」 「でかい口叩きやがって!!!」
「殺すぞ!!」 「野球部!!殺っちまぇ!!!!」
その状況下の中でも神威はブレずに普通に立っていた。
すると、進藤は侮辱されたのかと思い顔から青筋を大量に浮かべた。
「だったら見せてやるよ……」
その言葉と同時に進藤はゆっくりとフォームを描いた。
「俺の本気を…!」
そして
ビュンッ!!!!
必殺の豪速球が放たれた。さっきよりも断然速い…。
(これで、お前はクラスで大恥をかいて表を歩けなくなる……ザマァ見やがれ…!)
進藤は内心そう思い、絶対に打たれない自信があった。何故ならば、自分の力、そして、理事長のあの言葉
"君の球を外野に運べるのは杉野君以外いない”
アイツには俺の球は打てない。彼はそう思っていた。
だが、次の瞬間
「ふぅ…」
「何…!?」
軽い呼吸とともに、神威の構えが一気に変化した。バッドを短く持ち、ただでさえ小さいストライクゾーンに突っ込んでくる豪速球に向けて構えた。
その瞬間
カキィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
そのボールが 遥か上空まで飛ばされた。
「…な…!!」
進藤が驚き、呆然としていると実況者が震えながら答えた。
『ち…………ちょ…………超場外ホームラン……!?』
その実況と共に、辺りは再び沈黙に包まれた。
渚達も声が出せず、口を開けてただ驚くだけであった。
「じょ……場外ホームラン…!」
すると、横にいる杉野さえも驚いていた。
「ま…マジかよ……俺でさえ出来るか出来ないか五分五分の進藤の本気のボールをあんな簡単に…!」
「…ほんとアイツには驚かされるよ…」
あのカルマでさえも冷や汗を流していた。
そして、ホームランを打った本人は一塁 二塁と進み帰ってくると、辺りの目も気にしなず、近くのベンチへと腰を下ろした。
「何ぼーっとつったんてんだ?次の奴早く行った方がいいんじゃねぇか?」
そう言うと皆は我に返り、次のバッターが打席へと向かって行った。
ーーーーーー
一方、野球部のベンチでは理事長が険しい表情を浮かべていた。
(まさか…私の予想を覆すなど………少し見ないうちに随分と穢れた姿で舞い戻ってきたね…君は…)
その目線の先には先程ホームランを打った神威が映っていた。