ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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うさぎさんチームがいたずらをするお話です。


うさぎの穴

「西住隊長ともっと仲良くなろう大作戦?」

 

 大洗女子学園一年、澤梓が彼女の部屋で、友人の大野あや達からその話を聞いたのは、夏休みも明けてすぐのことだった。

 

「うん! 優季や桂利奈と話し合ったんだけどさ! 西住隊長と仲良くなるためにひとつ大きないたずらを仕掛けようと思うんだよ!」

 

 あやは両手を広げ、楽しげに話す。

 

「なにそれ! 楽しそう! どんなことするの?」

 

 それについて食いついたのは、同じく友人の山郷あゆみであった。

 あゆみが聞くと、ふふんと宇津来優季が得意げに鼻を鳴らす。

 

「それはねー、落とし穴を作るの!」

「落とし穴?」

「そう! 落とし穴!」

 

 楽しげに答えたのは阪口桂利奈だ。

 

「西住隊長をー! びっくりさせちゃってー! それでみんなでわいわいしようと思うの!」

「なるほど……楽しそうだね確かに! 紗希もそう思う?」

「…………」

 

 梓もその話に乗り気になり、丸山紗希に話しかける。

 しかし、紗希はいつものように何も答えず、ぼうっと天上を見上げているだけだった。

 

「それで、いつどこでするの?」

「ああ、それはね……」

 

 一年生達、別名うさぎさんチームはそうして楽しげに話を進めていく。

 外は夜も更け、明るい月が六人のいるアパートを見下ろしていた。

 

 

 ――一週間後。

 

 場所は大洗学園艦にある、戦車道の訓練に使っている草原。

 梓達は西住みほと一緒にその草原を七人で歩いていた。

 

「それにしても珍しいね。演習場をみんなで歩きたいだなんて」

「はい! 慣れている場とはいえ、たまにはこうして自分の足で歩いてみると新たな発見があると思いまして!」

 

 梓がみほの隣で言う。

 みほは一年生六人の真ん中を歩いていた。

 

「そうですよね! やっぱりこういう日は散歩に限りますよね!」

 

 梓の反対側にいるあゆみが言う。

 そうやって何気ない話をしながらも、梓とあゆみは目配せをした。

 六人は、みほと一緒に歩きながらみほの進行ルートを誘導していた。

 六人が目指しているのは、先日に掘った落とし穴。六人で協力し、一晩で掘った穴だ。偽装工作も戦車道の知識を活かし周囲と殆ど変わりがないように施してある。

 遠くから見れば、まったくもって変わらないほどだ。

 

「それにしても本当にいい天気ですねー!」

「そうだね、本当にいい天気で山郷さんの言う通り本当に散歩日和だね」

 

 あやの言葉に応えるみほ。その顔からは、梓達がこれからみほに仕掛けようとしていることを察している様子は見受けられなかった。

 梓達も見事に自分達の内心を隠していた。表情にはおくびにも出さず、ただ笑ってみほと一緒に歩いているだけ。

 

「あ、あそこがいいと思いますよ。今日のために作ってきた昼食を食べる場所」

 

 優季は指を指し示して言う。そこは小高い丘だった。そして、そこから今の場所をまっすぐ行けば、穴へと至る。

 

「うん、確かに良さそう。私、今日のために朝早起きしたんだ!」

 

 みほが手に持った弁当の入ったかばんを掲げて楽しそうに言う。

 

「あ、それ持ちますよ」

 

 それを梓が手を出してみほから受け取ろうとした。

 

「え? 大丈夫だよこれぐらい?」

「いえいえ、今日の主賓は西住隊長ですから。これぐらいさせてください」

 

 梓の考えとしては、落とし穴で弁当がぐちゃぐちゃになるのを防ぎたかったのだ。落とし穴を笑って済ませても、弁当がぐちゃぐちゃになってしまっては悲しい気分になると思ったからだ。

 

「そうかな。それじゃあお言葉に甘えて……」

「はい!」

 

 梓はみほからかばんを受け取る。

 そして七人はだんだんと落とし穴へと近づいていった。

 

「……あれ?」

 

 そして落とし穴を直前にしたとき、みほが立ち止まった。

 

「ど、どうしたんですか西住隊長?」

「いや、あそこの地面なんかちょっと違和感があるなって……」

 

 焦る梓達。

 さすが大洗を一から鍛え上げ優勝に導いたみほだけあって、小さな変化をも逃さず見抜いていた。

 

「そ、そんなことないですよー!」

「そ、そうですよ! ほら行きましょう西住隊長!」

 

 あやと優季が慌てながら言う。

 

「……う、うん?」

 

 みほもその様子を不審に思ったのか、首をかしげる。

 

「ほら! 紗希もそう思うよね!」

 

 あやが紗希に同意を求める。

 

「……うん」

 

 紗希はそれに一言、頷くだけであった。

 

「ほらほら! 先に進みましょう西住隊長!」

 

 そう言って、桂利奈がみほの背中を押す。

 

「わ!? ちょっと!?」

 

 そのことで、みほがやや駆け足になりながら歩みを進める。

 わたわたと足をもつれさせそうになりながらも歩くみほ。

 そして、梓達よりも数歩分進んだところだった。

 

「きゃっ!?」

 

 みほの体が、地面の下に消えた。みほが、落とし穴に落ちたのだ。

 

「やりぃ!」

 

 あやがパチリと指を鳴らしながら言う。

 

「大成功ー!」

「やったねー!」

 

 桂利奈と優季が手をあわせながら喜ぶ。

 

「うわー凄い綺麗に落ちたね……」

「うん……ムービーこっそり撮っておけばよかった」

 

 梓とあゆみが言う。

 そんな中、紗希はただ静かに落とし穴を見つめ、静かに指を指した。

 

「うん? どしたの紗希?」

「……隊長……反応ない……」

「え?」

 

 そう言われて五人が穴のほうを見る。確かに、穴に落ちてからというもの、みほの声がまったく聞こえて来ないのだ。

 

「ちょ、ちょっと梓……?」

「う、うん……あの、西住隊長?」

 

 もしかして怒らせてしまったか。

 そんな不安を抱きながらも、六人は穴の中を見る。すると、そこには――

 

「う、ううう……」

 

 うめき声をあげる、頭から血を流した、手と足を異常な方向に曲げたみほの姿があったのだ。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「……右手と左足の重度の複雑骨折と、粉砕骨折……」

 

 それが、病院のベッドの上でみほに言い渡された症状だった。

 一年生達うさぎさんチームが掘った穴は、かなりの深さがあった。

 その結果、みほは右腕と左足、大怪我を負ってしまった。

 

「しばらくは病院で絶対安静にしてもらいます」

「絶対安静って……一体どれくらい……っつ!」

 

 少し体を起こそうとしたみほの体に激痛が走る。

 そのみほの姿を見て、みほに症状を伝えた医者は眉をひそめた。

 

「動かないでください! ……そうですね、最低でも半年と言ったところでしょうか」

「半年……」

 

 みほは言葉を失う。せっかく仲間達と過ごす学校を取り戻したと言うのに、半年以上も病院のベッドの上で過ごさなければいけないことに。

 そして、自分がそんな大怪我をしてしまったことに、である。

 

「これでもまだ運が良かったんですよ。下手したら死んでいてもおかしくなかったんですから」

「そう、なんですか……」

 

 みほにはそのことの現実感がなかった。

 あるのは、怪我に対する大きな悲しみ。

 

「とにかく、これからはこのベッドの上で安静にしてもらい、私達の処置を受けてもらいます。いいですね?」

「はい……」

 

 みほは首をゆっくりと動かし、その医者の言葉に従った。

 その他色々な説明をした後、看護婦と共にみほの病室から出ていった。

 

「……うう、どうしてこんなことに……」

 

 みほは一人取り残された病室で、泣き声をあげながら病室で涙を流した。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「う……どうしよう……」

 

 梓は病院の廊下で、友人達と一緒に情けない声を上げていた。

 六人がたむろしているのは、みほの病室の前。

 彼女らは、みほに謝罪とお見舞をするために病院にやってきていた。

 だが、そのみほの病室の前で、六人は固まっていた。

 

「どうしようって……私達謝りに来たんじゃん……」

 

 あゆみが梓に言う。だが、そういうあゆみもどこか不安げな表情をしている。

 

「だって……いざ会うとなると……怖くて……」

「まあ、その気持ちは分かるよ……」

 

 あやが梓に同意するように頷く。他の面子も、程度に差はあれどそれに同意しているようだった。

 

「だって、完全に私達のせいだもんね……」

「うん……でも、まさかあんなことになるだなんて思ってもいなくて……」

「仕方ないよ。あんなの、誰にも予想できるはずないよ……」

 

 優季、桂利奈、あゆみがそれぞれ言う。

 そのせいか、一同は余計に入りづらい空気になっていた。

 そうして数分ほど躊躇っていた一年生達であったが、そこでようやく、ぐっと梓が病室の扉に手をかけた。

 

「梓!」

「このままじゃいけない! ちゃんと入って西住隊長に謝ろう!」

「……うんそうだね! みんないこう!」

 

 梓に続いてあゆみが言う。その言葉に、他の面子も頷く。

 

「失礼します……!」

 

 梓が緊張した口調で言いながら病室に入る。

 

「はい……」

 

 梓達が病室に入ると、窓の外を眺めていたみほがゆっくりと梓達の方を向いた。

 そして、梓達のほうを見ると、一瞬驚いたような顔をするも、すぐさま梓達に笑顔を向けた。

 

「……こんにちは、みんな」

「こ、こんにちは! あ、あの、西住隊長……その……」

 

 梓はいざみほを前にすると再びしどろもどろになってしまう。

 指を体の下で組み合わせ、みほを直視できずに床ばかり見ている。

 他の一年生も、視線をみほに向けることができず病室のあちこちを向いていた。

 

「……どうしたのかな、今日は」

 

 その気まずい沈黙を破ったのはみほの方からであった。

 みほは笑顔のまま、梓達に問いかける。

 

「あっ! は、はい! そ、その……今日は……西住隊長に……謝りたくて……」

 

 梓はみほに促されて、やっとその言葉をひねり出した。

 

「そ、そうなんです! 本当にすいませんでした! 西住隊長!」

「わ、私達のせいでごめんなさい……」

「本当にすいません……」

「西住隊長にこんな大怪我させて……」

 

 あゆみ、桂利奈、優季、あやがつられてそれぞれ謝り始める。

 

「……すいません」

 

 普段無口でどこかを見ている紗希ですら、しっかりとみほに頭を下げた。

 

「……うん、もう過ぎたことだもの。仕方ないよ」

 

 みほはそんな梓達に対し、苦笑いで応える。

 

「いいえ! 本当にすいませんでした! でも、こんなことになるとは思わなくて……!」

 

 梓が言う。

 すると、一瞬みほの眉がピクリと動いた。

 

「こんなことに……そうだよね。誰だってこんなことになるなんて思うわけないよ……」

 

 顔は笑顔だったが、その声色は先程までとは少し違って、重みのあるものになっていた。

 だが、そのことに梓達は気づけなかった。

 

「本当に、本当にすいません……!」

「すいませんでした……!」

「ごめんなさい……!」

「うん、いいよ、もう……」

 

 次々と謝る一年生達に、顔を見せずに首を振るみほ。

 その口元は笑っていたが、目は髪に隠れて見えなかった。

 

「いいえ! 謝らせてください! あ、それとみんなで話し合ったんですが……」

 

 そう言うと、梓は肩から懐から分厚い茶封筒を取り出した。

 

「……それは?」

 

 みほの顔から、笑顔が消える。

 

「これはみんなで集めたお金です。今回のことのお詫びの気持ちということで……」

「…………」

 

 みほはただ黙って、その封筒を見つめていた。

 その視線は、とても冷たい。

 だがやはり、梓達はそのことに気づかない。

 

「もちろん、入院費とかもできるだけ私達がお支払します。今回は本当に……」

「……それで、許して欲しいって?」

 

 みほはうつむきながら言った。その顔は髪に隠れてよく見えない。

 

「えっ!? そ、そういうわけじゃ……」

「いや、そういうことでしょ……? お金を払って、済ませようとしてるんでしょ……?」

「ち、違います! ただこれは西住隊長も大変だろうと思って……!」

「冗談言わないで!」

 

 みほは髪を激しく揺らしながら叫んだ。

 病室の空気が一気に張りつめたものになる。

 

「に、西住隊長……?」

「私、そんなこと望んでないよ……そんなこと、私はこれっぽっちも……私、澤さん達がそんな人達だとは思わなかった……」

「そ、そんな……」

 

 みほは静かに涙を流し始めた。

 それにうろたえることしかできない梓達。

 

「…………」

「…………」

 

 双方の間に再び沈黙が訪れる。しかしその沈黙は、最初の沈黙と違ってとても痛々しい沈黙だった。

 

「……帰って」

「……え?」

「帰ってっていってるの。お願い、今は一人にして欲しいな……」

 

 みほは再び窓の外を向いて、小さな声で言った。

 

「で、でも……」

「いいから。帰ってお願い」

 

 その声は弱々しくも、確かに否定の意思が篭っていた。

 そのことを察せないほど、梓達は鈍感ではなかった。

 

「わ、わかりました……それじゃあ行こう、みんな」

 

 梓は困惑しながらも頷くと、みほのベッドの近くにある棚の上に茶封筒を置いて、全員で病室を出ていった。

 

「…………ううう」

 

 みほは梓達が出ていくと、病室で声を上げて泣いた。

 そして、茶封筒に気づくと、それを握り、自由なほうの手で壁に思い切り投げつけた。

 

 

「……西住隊長、怒ってた、よね?」

「うん……」

「そうだね……」

 

 病室から出た後、あゆみと桂利奈と優季がひそひそと話し合う。

 梓は暗い面持ちで先頭に立ち、最後尾では紗希は黙って後ろに立っていた。

 

「私達、西住隊長に悪いことしちゃったのかな……」

 

 あやが言う。

 

「そんなことも分からないの?」

 

 ふと、梓達に聞き慣れた、しかし今まで耳にしたことのない冷たさの声が飛んできた。

 その声のほうを向くと、そこにいたのは、みほのチームメイトであり梓達にとっては先輩にあたる、武部沙織がいた。沙織の後ろには同じく冷泉麻子、五十鈴華、秋山優花里がいる。

 

「た、武部先輩……?」

「外で話聞こえたから聞いてたけどさ。はっきり言ってあなた達、最低だと思う」

「え……」

 

 普段はとても温厚な沙織が、軽蔑を隠さずに言った。

 そのことが、とても梓達にはショックであった。

 沙織はさらに言う。

 

「謝るのはいいよ? でもさ、みほの気持ちを何も考えてない謝罪だよね? 自分達が許されることしか考えてない謝罪。しかも、お金で解決しようとして……」

「わ、私達はそんなつもりじゃ……」

「そういうつもりだったからあの場でお金出したんでしょ? それを自分に言い訳してさ……」

「う、あ……」

 

 梓達は言葉を失う。

 皆申し訳なさそうに床を見つめるのみ。

 その様子に、沙織は大きくため息をついた。

 

「……本当に、みんながそんな子だったなんて、思ってもいなかったよ。……どいて、私達が今度はみほにお見舞する番だから」

「は、はい……」

 

 梓達はおずおずと下がり、沙織達の通る道を開ける。

 そして、沙織達が梓の横を通り過ぎたときだった。

 

「……あなた達、最低です」

 

 ぽつりと、華がこぼした。

 

「っ!?」

 

 その言葉に、梓達は体を震わせる。さらにそれだけではない。

 

「…………」

 

 麻子が、鋭い視線を梓達に向けてきたのだ。

 何かを喋ったわけではないが、その視線は言葉以上にものを語った。

 優花里は、少し困惑しながらも沙織達についていった。

 そして、病院の廊下に梓達が残される。

 六人は、ただ黙ってその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「……帰ろうか」

 

 梓が言う。

 

「……うん」

 

 それにあゆみが頷き、皆が続く。

 そうして、梓達は病院から帰った。

 その際、何度も病院を振り返ったが、戻ることはなかった。

 

「…………」

 

 病院からの帰宅後、一同は梓の家に集まった。

 普段は集まったらすぐにでもかしましい笑い声が飛び交うはずの部屋は、沈黙に包まれている。

 皆が皆、何か言いたげにしながらも、結局何も言い出せずにいるようだった。

 

「…………」

「…………」

 

 嫌な静寂が部屋を支配する。鳴り響くのは、時計のカチリ、カチリという音のみ。

 

「……どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

 

 ぽつりと、梓が言う。

 その一言で、それまでの静けさが打ち破られた。

 

「どうしてって……もともと、落とし穴なんか掘らなきゃよかったんだよ。落とし穴なんか掘ったから、こんなことに……」

 

 そう言うのはあゆみだ。

 あゆみが後悔するように言うと、それにぴくりと反応したものがいた。優季だった。

 

「でも、最初は梓ちゃんもあゆみちゃんも楽しそうって言ったじゃない……」

「それは、そうだけど……」

「でもやっぱり、落とし穴なんて提案、間違ってたんだよ。もっと穏やかな方法で西住隊長をびっくりさせればよかったんだよ……」

「……なにそれ」

 

 あゆみの言葉に反応したのはあやだった。

 その声には、僅かながらに、怒気が含まれていた。

 

「……それって、考えた私達が悪いってこと?」

「べ、別にそう言ってるわけじゃ……」

「いや、そう言いたいんでしょあゆみはさ!」

 

 あやが怒鳴る。それに対し、あゆみもむっとした顔になった。

 

「何よ……私はただ思ったこと言っただけじゃない……」

「思った事って何!? 話に乗った時点で皆同罪でしょ!? いいや、そもそも今更そんなこと言うんならそのときに止めればよかったじゃん! それができなかったってことはこんなことになるって考えられなかったってことで一緒じゃん!」

「何!? そんな言い方しなくてもいいじゃない!」

「それはこっちの台詞だよ!」

「ふ、二人共落ち着いて……」

 

 喧嘩するあゆみとあやを梓が仲裁しようとする。しかし――

 

「というかさぁ! 西住隊長が怒ったのは梓も悪いんじゃない!?」

「え……?」

「そうだよね、梓の謝り方が悪かったから、西住隊長怒らせちゃったんじゃないの? というか梓車長なんだから、もっと先の事考えて動いてもよかったんだよ!」

「何それ……何それ!」

 

 あゆみとあやの言葉に、梓は眉間に皺を寄せ立ち上がった。

 

「何言ってんのさ! あの謝罪はみんなで考えた謝罪でしょ!? それを代表して私が喋っただけじゃん! それに車長だからってなんでも私に頼らないでよね! みんないつもそう!」

「何それ!? 責任転嫁!? 梓がそんな子だとは思わなかったよ!」

「私もだよあや! あやがそんなこと言うなんで思わなかった! というかさ、さっきも話に出てきたように考えたのはあや達なんでしょ!? 責任の所在を求めるならまずそっちじゃないの!? ねぇ聞いてるの優季! 桂利奈!」

 

 話を振られた優季と桂利奈はビクリとする。

 そして、顔を歪ませながら口を開いた。

 

「そんな……私達はただ、楽しそうだから提案しただけで……」

「あ、あいー……それに、あそこまで深く掘るつもりはなかったし……掘るのを止めなかったみんなの責任だし……」

「確かにみんな責任はあるよ? でもさあ、その言い方だと責任から逃げようとしてない二人共?」

 

 あゆみが二人にいい放つ。

 その言葉に、優季が眉をひそめた。

 

「何それ……それはそっちのことでしょ!?」

「はぁ!?」

「はぁじゃないよ! 責任から逃げようとしてんのはそっちだって言ってるの! そこまで言うならなんで一緒にノリノリで穴掘ったの!? こっちから言わせてもらえば、逃げようとしてるのはそっちだよ!」

「お、落ち着いて……」

「……桂利奈がそれ言える立場だと思ってるの?」

 

 梓が桂利奈を睨みながら言う。その視線と言葉に、桂利奈はビクリと体を震わせた。

 

「え……?」

「あのときさぁ、桂利奈が西住隊長を押し出さなければ、こんなことにはならなかったんじゃないの? 普通に落ちて終わりだったんじゃないの?」

「そんな……全部私が悪いって言いたいわけ!?」

 

 桂利奈が激高する。それにつられ、梓の語気も強くなる。

 

「そこまでは言ってないけど、桂利奈は明確に悪い部分があるって言いたいの! 桂利奈は発案側だし、西住隊長の背中を押したのも桂利奈だし! 責任は明確にあるよね!」

「ふ、ふざけないで! 私がやらなければ他の誰かがやってたって! それを私が悪いみたいにさ! そんなこと言うなら誰か止めればよかったのに誰もそうしてないし! 悪いのは梓も一緒だよ!」

「逃げないでよ!」

「逃げてるのはそっちだよ!」

「…………」

 

 ぐちゃぐちゃに口論を続ける五人。それを、紗希は暗い面持ちで見つめていた。

 と、そんな紗希をあやが見る。そして、口を開く。

 

「ねぇ!? 紗希も黙ってないで何か言ったらどうなの!?」

「…………」

「ああもうイライラする! 紗希っていっつもそうだよね! いっつも黙って我関せずみたいに振る舞ってさ! どうせ今回も自分は悪くないとか思ってるんでしょ!?」

 

 その言葉に、紗希はふるふると頭を振る。

 だが、鋭い視線を向けるのはあやだけではなかった。

 

「どうだか……本当は自分一人みんなとは違うって思ってるんじゃないの? なんか、そういうところ紗希にはあるよね」

 

 そう言ったのはあゆみだった。

 その言葉に、紗希は明確にショックを受けたようで、さらに暗い表情になり俯く。

 

「何!? 態度だけじゃなくて言葉にして言ってよ!」

「…………」

 

 紗希がボソボソと口を動かす。だが、その言葉は誰の耳にも入らない。

 

「もっと大きな声で言って! 聞こえないよ!」

 

 優季が怒りながら紗希に言う。

 すると紗希はゆっくりと顔を上げ、皆に聞こえるような声で言った。

 

「……責任、擦り付けないで……」

 

 それははっきりとした拒絶の意思だった。

 紗希は、普段はまったくしゃべらないが、周りと同じ一人の女子高生である。周りからの言葉に怒りを感じていないわけがなかった。

 だがその言葉が、場の空気をさらに悪くする。

 

「……ふーん、紗希もそういう態度なんだ。みんな自分勝手なことばっかり言って、本当になんなの……!」

「梓にだけは言われたくないよ。こういうときは梓が一番しっかりするべきなのに、一人逃げようとしないでよ」

「……あゆみってそんな嫌なこと言う子だったんだね。初めて知ったよ」

「う、うう……悪いのは私だけじゃない。悪いのは私だけじゃない……」

「絶対梓ちゃんやあゆみちゃんだって悪いのに、なんで認めようとしないの……」

「考えたのは確かに私達だけど、だからって……!」

「……この空気、嫌い……」

 

 それからも、六人はずっと口論を続けた。

 暴力沙汰に発展しないのが奇跡と言えるほど、醜くお互いを罵りあった。

 もはや泥沼だった。

 お互いに責任を擦り付け合い、自分だけはと逃れようとしている。

 しかし実際逃げ道などなく、出口のない迷路をお互い争いながら走り回っているようなものだった。

 

『…………』

 

 もはや言う言葉すらなく、険悪な雰囲気で互いを睨み合う六人。

 その時間はいつまでも続くかと思われた。

 だが、それを不意に壊すものがいた。

 

「……帰る」

 

 それは、紗希だった。

 

「ちょ、紗希!?」

「帰るって、紗希!? 逃げるの!?」

「…………」

 

 紗希は一人荷物をまとめ始める。

 それに続くように、今度はあやが立ち上がって荷物をまとめ始めた。

 

「あ、あや!」

「うるさい! 私も帰る! というかもう……梓達とはやってける気がしないよ!」

「あや……」

 

 そして、さらに優季や桂利奈、あゆみも帰り支度を始める。

 その光景を、梓は唖然として見続けることしかできなかった。

 しかし、みなが帰ろうと玄関に手をかけそうになったとき、梓は言った。

 

「……そう! そういう態度取るんだ! だったらいいよ! もうみんなとはお別れだね! 好きにするといいよ! でも、お金だけは払ってよね! 西住隊長の入院費! それ以外はもう、お互い関わるのやめよう……!」

「……いいよ、別にそれで」

「もう私達、終わりだね」

「私も梓達と別れられて、せいせいする」

「それはこっちの台詞だよ。もうこんな最低な子達と、一緒にいたくないね!」

「……さよなら」

 

 あゆみも桂利奈も優季もあやも紗希も、皆異論はないようだった。

 そうして、梓の元から五人が去っていった。

 五人は梓の部屋から出ると、すぐさまバラバラに帰っていった。

 部屋には、梓一人が取り残された。

 

「…………」

 

 取り残された梓は、ぼうっとその場にずっと立ち尽くしてた。

 だが、しばらくすると――

 

「うっ、うううううう……!」

 

 一人、その場に崩れて泣き始めた。

 

「どうして、どうしてこんなことに……」

 

 後悔の涙だった。

 いくら後悔しても止まらない、苦い涙だった。

 梓の小さな泣き声は、夜の空に静かに響き渡っていった……。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 ――八ヶ月後。

 

「……みんな、久しぶり」

 

 みほは、久々に大洗学園艦に足をつけていた。その片手には、松葉杖が。

 不完全ながら回復するまで、みほの想像以上に時間がかかってしまい、八ヶ月もかかってしまっていた。

 リハビリの生活も過酷だった。

 何度も心が折れそうになった。

 だが、それを必死でこらえて、なんとかリハビリをし続けた。

 そしてみほはようやく、学校に戻ってくることができたのだ。

 みほの前には、大洗の戦車道の仲間達が整列している。皆一様に顔が暗かった。

 それもそのはずである。みほがいない間、大洗の戦車道チームは殆ど活動が止まっていたのだから。

 誰かが代わりに動かしてもよかった。だが、今まで精神の支えでもあったみほがいたずらという形でいなくなったことは、大洗の生徒に想像以上に大きな打撃を与えていた。

 その結果、大洗女子学園の士気が非常に下がり、満足に活動を行えないまでになっていた。

 冬に大きな大会があったが、それにも参加することができなかった。

 結果、大洗女子はあっという間に夏大会前の状態に戻ってしまっていた。

 みほが一同を見渡すと、みなみほの復帰を喜んでいるようではあったが、その面持ちはどこか暗かった。

 現状の大洗の姿を見せることが心苦しいのかもしれない。

 さらに、三年生は既に去ってしまっている。みほは、つながりのあった三年生と最後まで戦車に乗ることができなかったことを悔やんだ。

 そんな後悔を抱きつつもみほが残った面子を見ていると、とあることに気づいた。

 一年生が、梓しかいないのだ。

 かつてうさぎさんチームと呼ばれた一年生達は殆どおらず、梓のみがそこに立っているだけ。

 みほは気になり、松葉杖をつきながらゆっくりと近づいて、梓に話しかけた。

 

「……澤さん」

「……はい」

 

 梓はうつむきながら応える。

 その様子に、少しみほは苛ついた。

 

「……他のみんなは、どうしたの?」

「……みんな、辞めました」

 

 その一言で、みほは十分だった。

 皆、逃げた。

 そのことが分かったから。

 

「……そうですか。分かりました。ありがとうございます」

 

 みほは冷たく言い放つと、梓に背中を見せる。

 そしてそこで一言、

 

「……卑怯者」

 

 と言い放った。

 

「っ!?」

 

 その言葉にびくりと体を震わせる梓。周囲の視線も痛々しいものだった。

 空気は張り詰めたまま、みほは一同の前に戻る。

 そして、語った。

 

「……私は、あの怪我以降、ずっとやきもきしてきました。戦車に乗りたいのに乗れない。そんな気持ちで。そして……それは今もです。私の体には大きな後遺症が残ってしまいました。まだしばらくは……戦車に乗れません」

 

 一同の面持ちがさらに暗くなる。

 みほはそれを見て悲しい顔をしながらも、さらに続ける。

 

「そんな状態で、戦車に乗る皆さんを見るのは、あまりにも辛いです。なので、私はしばらく戦車道から離れようと思います。みなさんは、どうか思い思いのまま戦車に乗ってください。……それでは」

 

 みほはそこまで言うと、一同に背中を見せ去っていった。

 その後姿についていくのは、沙織達同じチームの面々だけであった。その場に取り残された一同は、やがて自然とバラバラになっていく。

 やがて、その場にぽつりと梓が残された。

 梓は帰ることなくずっとその場に立ち尽くしている。

 ずっと黙って立ち続けている梓。

 しかし、突然――

 

「うあああああああああああああああああああ……!」

 

 うめき声を上げて、その場にしゃがみこんだ。

 梓は悔恨の波に襲われているのだ。

 どうしようもない、もう覆すことの出来ない過去に襲われ、悲鳴を上げているのだ。

 そんな梓を、誰も助けようとしない。誰も救おうとしない。

 皆、梓に愛想をつかしているからである。

 だが、それでも梓は戦車道に残った。残るしかなかった。他の逃げた面子よりはマシだと、自分にいい聞かせることでしか、自分を保つことができなかったから。

 あゆみはクラスでいじめられるようになった。そのせいで心を壊しかけ、毎日保健室登校だ。

 紗希もいじめの対象になった。紗希は心ではなく体に大きな傷を残すようになり、定期的に病院に通っている。

 桂利奈は家に引きこもっている。ひきこもって、元々好きだったアニメやゲームの世界に逃げ込んで、インターネットに毒を吐いているらしかった。

 優季は男遊びが目立つようになった。そのせいで、何度も補導されることが増えてきた。それは、自分の嫌な過去から逃げるための行いであることは誰の目からも明らかだった。

 あやは完全に非行に走るようになった。喫煙、飲酒を平然と行うようになり、学校から退学させられた。今は学園艦の地下に潜伏しているらしい。

 そんな彼女達と比べれば、自分はマシだと、梓は自分にいい続けてきたのだ。

 

「ああああああああ……」

 

 梓は呻く。一人呻く。逃れることのできない苦しみに喘ぎ苦しみ呻く。

 それしか、彼女にはできなかった。

 


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