ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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エリカが人を殺してしまうお話です。
※このSSには過激な描写が含まれています。R-18ほどではありませんが過激な描写が苦手な方はご注意ください。


黒き森が血で染まる日

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 逸見エリカは息を荒くしながら立ち尽くしていた。

 場所は黒森峰戦車格納庫。時は月も昇ったばかりの夜。

 その眼は瞳孔が大きく見開き、焦点が定まっていない。

 呼吸も大きく息を吸ったかと思えば、小さく吐き続けるなど不安定だ。

 エリカはわなわなと震える自分の両手を見る。その手には、大きなレンチが握られていた。戦車の整備に使われるレンチだ。

 だが、そのレンチは普通とは異なる部分があった。それは、レンチの先端。その先端には、どっぷりと、赤い液体が――血がこびりついていたのだ。

 エリカは次に自分の足元を見る。

 そこには、人が転がっていた。頭から真っ赤な血の池を作っている、人の体が転がっていた。

 エリカはレンチと人を交互に見る。

 真っ赤に染まったレンチ。動かない人。血を滴らせる先端。変形した後頭部。

 それは、動かしようのない現実。どうしようもない事実。

 

 逸見エリカは、人を殺してしまった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 始まりは些細なことだった。

 エリカは、先代の隊長西住まほから黒森峰の戦車隊隊長を受け継いだ。

 そして副隊長には、漆原祭子という隊員が選ばれた。エリカと同じ学年で、優秀な生徒だった。

 まほは卒業に際し、エリカと漆原に黒森峰の未来を託した。

 だが、そこに一つの問題があった。

 エリカと漆原は、非常に不仲だったのだ。

 まほは性格が違う二人を隊長と副隊長に据えることで、それがうまく回って黒森峰を良い方向に導くと考えていた。

 だが二人の仲の悪さは、まほが思っていた以上に致命的なものであった。

 二人はことあるごとに喧嘩した。

 元より気性の荒いエリカだったが、漆原に対しては特にきつく当たった。

 一方の漆原も、他の隊員には見せない陰湿さをエリカに見せ、二人の仲はどんどん拗れていった。

 二人の不和はやがて戦車道にも影響するようになった。最初のうちは作戦に影響はしなかった。だが、エリカは天才西住まほに比べると凡人である。そのため、まほの時代と比べ苦戦や敗戦が目立つようになった。すると、だんだんエリカに不満を持つ隊員が現れ始めた。

 そして、エリカへの不満はエリカが失態を見せるごとにどんどんと大きくなっていき、ついにはエリカよりも漆原を支持する生徒が現れ始めた。

 そうした結果、黒森峰内で派閥ができたのである。

 逸見派と漆原派。

 それは、女性社会ではよくあるグループの形成だった。だがそれは、戦車道という団体競技においては、致命的な亀裂であった。

 二つの派閥の形成は、戦車道の試合にそのまま影響を及ぼした。

 お互いに戦功を上げようと競い合う程度ならまだよかった。だが、二つの派閥はそれぞれがそれぞれに妨害工作を行うようになったのだ。

 結果、黒森峰の指揮伝達および作戦遂行能力は非常に下がり、勝てる試合も勝てなくなってしまった。

 そしてとうとう、練習試合において黒森峰はあの知波単学園にまで敗北してしまうという結果を見せてしまった。

 練習試合とは言え、その結果は黒森峰女学園に衝撃をもたらした。

 知波単の隊長である西絹代の指揮がはるかに成長していたのもある。だが、それを持ってしても埋めがたいはずの戦車の性能差と数量を誇っていたはずの黒森峰が敗北したことは、黒森峰内の分裂をこれほどかと表していた。

 その日、黒森峰の戦車隊は荒れに荒れた。

 逸見派と漆原派は、互いに互いを罵り合い、乱闘寸前にまで至った。

 そのギリギリの緊迫状態のまま、エリカと漆原は二人で作戦会議という名目の反省会をするために夜、学校に残った。

 

「…………」

「…………」

 

 しかしその反省会は、お互いが一言も喋らないために一歩も進まない。

 何かを口にすれば、すぐに喧嘩になるのは目に見えていたからだ。

 

「……はぁ」

 

 エリカは大きくため息をつく。それに反応しない漆原ではなかった。

 

「……なんですか、逸見隊長。そのため息は」

「別に」

「別にじゃないでしょう。こんな無駄な時間を過ごしておいて、そのため息に意味がないわけないでしょう」

「……だったら聞かなきゃいいでしょう、面倒ね」

「……はぁ。こっちがため息をつきたい気分ですよまったく。……少し、外に出ませんか。このまま部屋に篭ってても良くなさそうです。少し気分転換しましょう」

「……そうね」

 

 そうしてエリカと漆原は二人で狭い作戦会議室から屋外へと出た。

 二人は無言で歩く。漆原を先頭にして歩く二人は、いつしか格納庫へとたどり着いていた。

 

「……ひどい有様ですね」

 

 漆原は格納庫に入ると、そこに収納された、まだ修理されていない戦車を見て言う。

 

「そうね、あなたの信者がもっとちゃんと私の言うこと聞いてくれればこうはならなかったんだけど」

 

 エリカが言う。

 その言葉に、漆原は鼻で笑った。

 

「……何よ」

「……いえ。自分のカリスマのなさをそうやって正当化するあたり姑息だなと思って」

「……はぁ?」

 

 エリカは表情を歪めた。漆原はエリカに背を向け、戦車を見ながら話す。

 

「西住隊長のカリスマは見事でしたね。みんながあの人の言うことならなんでも聞いた。でも逸見隊長、あなたはどうです? あなたにはカリスマというものが足りない。隊をまとめきる手腕がない」

「……それは、あなたにならあるって言うの?」

「いえ、別に。ただ、私はあなたよりもふさわしい人がいたな、と思っているだけで」

「……誰よ」

 

 そこで漆原は、ニヤリと笑ってエリカのほうに首だけ振り向いた。

 

「みほさんですよ。西住みほさん」

「みほ、ですって……!?」

 

 エリカはぎゅっと拳を握る。

 漆原はそのまま話し続ける。

 

「ええ、私はみほさんの下でならなんの不満もなく戦えたと思うんですよみんな。でも、あなただからみんな不満が出る。あなたに隊を指揮する才能がないことの証拠です」

「……私が、みほより劣っているって言いたいわけ……!?」

「はい」

 

 漆原は嫌味たっぷりに言った。

 エリカはわなわなと全身を震わせた。

 ――確かに今の自分はみほより劣っていると思う。そこは認めよう。だが、いつかは越えるつもりだし、それをよりにもよってこいつに言われるのだけは我慢ならない……!

 そんな怒りが、エリカの頭の中を支配し始めていた。

 漆原はそんなエリカの怒りを知ってか知らずか、再びエリカに背を向けて話し始める。

 

「みほさんは黒森峰を出ていって……本当に出ていくべき人は今もこうして図々しく残っていると言うのに」

「なっ!?」

 

 エリカは西住みほが転校する原因となった戦車水没事件において、その水没した戦車に乗っていた。

 そのことは今でも後悔しているし、みほに対する複雑な感情の一因にもなっていた。

 戦車に乗っていた隊員の殆どは転科するか学校を辞めた。エリカは、その恥を耐え忍んで、今でも頑張ってきたつもりだった。

 だがそれを、今でもこうして掘り返され、あまつさえみほのことを言われることに、エリカは耐えられなかった。

 今までの溜まり溜まった怒りもあった。

 そして次の一言が、決定的だった。

 

「私はあなたより、みほさんが隊長のほうがよかった……」

 

 そのとき、エリカの今までせき止めてきた何かが、崩れた。

 

「っ!!」

 

 次の瞬間、エリカは床に落ちていたレンチを両手で拾い、漆原目掛けて振り上げていた。

 

「え?」

 

 漆原が気づいて最後に見た光景は、迫り来る鉄の塊と、理性を失ったエリカの顔だった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「わ……私……人を殺して……」

 

 正気に戻ったエリカは、自らの行いに恐怖した。

 殺人。

 そんな行為を、自分がするとは思ってもいなかったし、今でも信じられなかった。

 だが、目の前に広がる真っ赤な血の池と、その源である漆原のへこんだ頭部、そして血に染まった凶器を手にする自分自身が、何よりの証拠だった。

 

「あ……ああああ……あああ……」

 

 エリカはレンチを落とす。

 レンチは床にぶつかり、甲高い金属音を鳴らす。

 

「違うの……違うのよ……私……そんなつもりじゃ……」

 

 エリカは誰もいないのに必死に弁明する。エリカの声は、虚しく格納庫内に響き渡る。

 

「……隠さなきゃ。死体、隠さなきゃ……!」

 

 エリカは急に我に帰ったかのように言うと、慌てふためきながらも左右を確認し、親指を噛みながら呟き始めた。

 

「隠さないと。でもどこに隠すの? 学園艦は広いようで狭いわ。生半可な場所ではすぐに見つかってしまう。いっそ捨てる? でもどこに? 海は無理。学園艦の縁は海に落ちないよう一般の生徒は立ち入りできないように柵が設けてある。あれを、死体を担いで乗り越えるのは難しい……。ならば家に運ぶ? しかしいつまでも家に死体を放置しておくのは現実的じゃない。でも、今考えつくのはそこしかない……」

 

 エリカは目を大きく見開き、瞬きすることなく呟いた。

 その後、エリカは素早く格納庫への奥へと走った。

 そのエリカが走った奥から何か物音が聞こえたかと思うと、ぱっと奥から明かりが灯り、その明かりはそのまま漆原の死体へと接近してきた。

 それは、黒森峰で使われている小型車、キューベルワーゲンであった。

 エリカはその荷台から青いビニールシートを出すと、死体をシートで厳重に――特に頭部から血がこぼれないようにゴミ袋を被せ――包みそのままレンチと一緒に荷台に押し込む。

 その後、エリカは格納庫に備え付けられていた掃除用具を持ち出し、ホースによる放水とモップによって床に広がった血を洗い流した。

 そうして痕跡を洗浄すると、エリカは死体を積んだ車を動かし始める。

 エリカは車でそのまま学校の外へと出た。

 車を運転するエリカの姿はあまり目立たなかった。

 黒森峰学園艦は戦車が普通に往来する学園艦である。女生徒が自動車を操っているぐらい普通に見えるようだった。

 しかし、車を運転しているエリカは内心非常に緊張していた。

 バレたらどうしよう。そんな考えがずっと頭の中で巡っていた。

 

「あっ、逸見隊長!」

 

 そんなことを考えながら信号で止まったときだった。

 エリカは口から心臓が出そうになった。

 話しかけてきたのは、自分の派閥に所属する生徒達だった。

 

「あ、あらどうしたの?」

 

 エリカはその内心を必死に隠して普段通りに対応する。

 その生徒は、何の不信感もなく接してきた。

 

「いえ、私達今友達の家から帰ってる途中なんですけど、隊長が珍しく車に載ってるのを見かけて。どうしたんです今日は?」

「なんてことないわ。今日は少し遅くなったから、車で帰ろうと思ったのよ」

 

 咄嗟の嘘だった。

 だが、咄嗟にしてはうまく嘘をついたとエリカは思った。

 

「へーそうなんですか。ずるいんだー隊長」

「隊長特権てやつよ。ほら、早くあなた達信号渡りなさい」

「はーい。いこっ」

「うん」

 

 エリカの言葉を何も疑うことなく、その生徒達は帰路についていった。エリカは一安心すると、信号に合わせアクセルを踏んだ。

 

 

 家につくと、エリカは逐一周囲を確認しながら、死体を家の中へと運んだ。

 エリカの家は幸運にも寮の一階にあったため、目撃者を作らずに死体を家に運び込むことができた。

 そして死体を一旦自室の浴室に置くと、すぐさま車に戻り、血がこぼれていないか確認する。

 血はどうやらゴミ袋から漏れていないようで、エリカはほっと胸を撫で下ろす。

 そして再び死体と対峙し、思案を始める。

 

「どうしよう……このまま家に置いておくわけにもいかないし……でも、他に隠し場所なんて……」

 

 エリカは一旦浴室から離れ、自室のリビングで歩き回りながら考えた。

 だが、なかなか答えを出せずに、時計の針は進んでいく。

 

「はぁ……本当に……どうすれば……」

 

 そこでエリカは、一旦浴室に戻って考えてみることにした。死体と対峙すれば、また何か考えが浮かぶかもしれないと思ったからだ。

 

「…………」

 

 エリカは死体を見る。

 つま先から頭部まで、全身をゆっくり見る。

 ――ああ、私は本当に人を殺してしまったのね……。

 今一度、エリカは自らが人を殺した自覚に襲われる。その自らの振る舞いに、エリカが身を震わせていたときだった。

 

「……あ」

 

 エリカは、死体の頭部――ゴミ袋を被せた頭部を見て、一つのことを思いついた。

 

「いや……そんな恐ろしいこと……」

 

 エリカはその発想を否定するように必死に頭を振る。

 だが、エリカは他の考えを考えようとしても、その発想が頭から離れない。他に手はないと誰かから言われているようだった。

 

「そんな……死体をバラバラにして捨てるだなんて……そんなこと……」

 

 だが、エリカの頭の中では着実に計画が組み立てられていった。

 ――今日は月頭。そして、黒森峰の可燃ゴミの日は一週間に二回。体を十六のパーツに分け二つずつ廃棄すれば、一ヶ月で死体をすべて捨てることができる。さらに、黒森峰学園艦のゴミ処理は粗雑で、中身を特に確認せずにそのまま燃やしてしまうと昔聞いたことがある。本当がどうかは分からない。だが、本当なら気づかれるリスクは低いはずだ。それに、バラバラならもし発覚しても誰の死体か判明するのに時間がかかって他の計画を考える時間も増えるはず……。

 エリカは親指を噛みながら思案する。

 どんどんと、エリカの中で死体をバラバラにするという計画が現実味を帯びていく。

 エリカは時計を見る。まだ時間は十時前。黒森峰にあるホームセンターはまだ開いている時間帯だった。

 

「……よし」

 

 エリカは意を決すると、外に出て車に乗り、ホームセンターへと向かった。

 そして帰ってきたときには、エリカの手にはビニール袋にたくさんのゴミ袋と、偽装用に買った釘や木材、そして本命のノコギリが入っていた。

 部屋に戻ると、邪魔なものを部屋の片隅に置き、ノコギリを持って浴室に向かうエリカ。

 

「……やるわよ、やってやるわよ!」

 

 そう言いながらエリカは死体の衣服を脱がし、裸にすると、浴室で片足にノコギリの歯を立てた。

 ギコリ、とノコギリを引く。

 血がにじみ出る。

 

「うっ……!」

 

 エリカはその感触と光景に、思わず吐きそうになる。だが、その嘔吐感を必死に押さえ、エリカはノコギリを引いた。

 肉を裂く感覚。骨を断つ感覚。それがエリカに襲いかかる。そのたびに、エリカは吐き出しそうになる。

 それをなんとか我慢し、エリカは死体の片足を切り落とした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ゴロリと転がる死体の片足。

 それを見て、とうとうエリカが我慢しきれなくなった。

 

「うっ……!」

 

 エリカはトイレへ駆け込む。そして、そのまま胃の中の物を一気に吐き出した。

 

「うおおおおおおおおおおおおえっ!」

 

 吐き出した後、エリカはトイレと浴室からトイレへ続く経路を確認する。そこは、血で濡れていた。

 ――ああ、後でこれも綺麗にしないと……。

 そんなことを思いつつ、エリカは浴室に戻った。

 浴室には、片足を切り落とされた死体が一つ。

 

「あと……十五……!」

 

 エリカは落ちていたノコギリを拾い、そう自らを鼓舞する。

 こうして、エリカの死体をバラバラにする行為は、夜を徹して行われた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 ――翌朝。戦車隊の早朝訓練にて。

 

「それでは、今日の点呼を行うわよ」

 

 エリカは整列する生徒達の前で、クリップボード片手に点呼を始めていた。

 その表情は、いつもと変わらず厳しいものである。

 エリカは一人ずつ点呼を取っていく。そのエリカの点呼に、生徒達は大きな声で応える。

 その途中で、エリカは何かに気づいたように眉を上げる。

 

「……ん? 漆原、漆原はいないの?」

 

 エリカがそう言うと、生徒達の間でどよめきが起きる。

 

「静かに!」

 

 そのどよめきを、エリカが止める。

 

「誰か、漆原から何か聞いたものはいない?」

 

 生徒達からは反応が帰ってこない。エリカはしんと静まり返った格納庫前で、「はぁ……」とため息を漏らした。

 

「無断で休むなんて、副隊長の自覚があるのかしらあの子は」

 

 その言葉に、漆原派の生徒達が不機嫌そうな表情を見せる。エリカはそれを無視した。

「まあしょうがないわ。それでは本日の訓練を始めるわ。今日はいつも通り基礎訓練から。全員、搭乗!」

 エリカの言葉に、生徒達は威勢よく「了解!」と応えそれぞれの戦車に乗っていく。エリカもまた、自らの戦車に向かって歩を進めた。

 

 

「おおおおおえええっ!」

 

 訓練が終わると、エリカはトイレへ駆け込み、一人嘔吐した。

 

「はぁ……はぁ……なんとか……ごまかせた……」

 

 エリカは吐き出したものが滴る口を手の甲で拭きながら言った。エリカは夜通し解体作業と血抜きを行った後、そのまま学校に登校した。

 死体は浴槽に袋に分け放置してある。

 学校で疑われないことがエリカにとっての第一の関門だった。

 それを果たした今、普段通りに学校生活を送ることが次の関門となっている。

 ――気づかれていはいけない。少しも表に出さないようにしないといけない。

 そのことだけを考え、エリカは学校での生活を送った。

 結果として、学校での振る舞いは完璧に近いものだった。

 漆原のことなどまったく気にもしていないように生活を送ったのだ。

 そして、学校が終わり、放課後の訓練を終えると、エリカはとある場所へ向かった。それは、近所の古着店である。

 バラバラにした死体を偽装して捨てるには、死体を隠すゴミが必要である。エリカはそれに古着を使うことを考えた。バラバラにした死体を、古着にくるむのだ。

 エリカはなるべく大量の、しかし怪しまれない程度の古着を買った。そしてそれを一旦家に持ち帰ると、今度は別の店で古着を買った。

 こうして古着店を回った結果、エリカの部屋には大量の古着が山積みになった。

 

「よし……あとはこれを……」

 

 エリカは最初に捨てることにした死体のパーツ――右足と胸を、買った古着で包み、さらに他の古着と一緒にゴミ袋に入れた。

 結果、外から見ると完全にただの古着を詰めたゴミ袋が完成した。

 

「うん、いい出来……あとは他のやつもこの要領で……」

 

 そうしてエリカは、次々に死体を古着で包んでいった。そのことにより、古着に来るんだ死体の入ったゴミ袋が八つ完成した。

 

「ふぅ……ひとまずは、これでいいわね……。さて、次の可燃ゴミの日は……明日ね。さっそくゴミ捨て場に捨ててきましょう」

 

 エリカは死体の入ったゴミ袋をゴミ捨て場へと持っていった。

 なお、エリカは当初の考え通り死体を十六のパーツに分けていた。

 左右の足、脛、太もも、股間部、腹部、胸部、二の腕、腕、両手、そして頭である。

 エリカはそれを体の下から順に処理していくことにした。そのため、最初は足とパーツの大きい胸からである。

 そして、捨てない死体は袋に詰めたまま、腐敗の進行を遅らせるために風呂場に古着と同じ手段で買ってきた氷を敷き詰めそこに保管することにした。

 そんなことで腐敗が防げるとは思っていなかったが、少しでもの気休めのためである。

 エリカは最初の死体のパーツをゴミ捨て場に捨て家に戻ると、一安心したのか玄関に座り込んだ。

 

「ふぅ……」

 

 そのままエリカは、両手に顔を埋める。

 

「どうして、こんなことに……」

 

 落ち着いたエリカを襲ったのは、猛烈な後悔だった。

 なぜ自分はあんなことをしてしまったのだ。どうして今こんなことをしているのか。

 そんな後悔が、エリカを襲った。

 

「絶対に……絶対にバレないようにしないと……」

 

 エリカはしばらくの後悔の後、両手を顔から話して、呟くように言った。

 浴室へとエリカは進む。そこには、氷の中で死体の入ったゴミ袋がはみ出ていた。

 

「…………」

 

 その中でも特に、頭の入ったゴミ袋が気になり、エリカは嫌な気分になって浴室の戸を閉めた。

 

 

 それからしばらくの間、エリカは表ではまったく事情を知らないように振る舞った。

 連日学校に来ない漆原に対し、不満を口にしつつも心配しているような素振りを取った。

 周囲の生徒達からは本当に漆原を心配している人間が多く出始めていた。

 一人の生徒が何の連絡も無しに何日も休む。学園艦ではあまりないことだった。

 ついに学校からも漆原の家に連絡がいくも、当然ながら反応は帰ってこず、学校側も困惑した。連絡は漆原の実家にまで行き、漆原の両親もその事実を知り驚いた。

 十日ほど経った後、ついに警察がその重い腰を上げ始めた。

 しかし、警察は家出の方向で捜査を始めた。これはエリカにとっては幸運なことだった。家出ということならば、あまり捜索に人員が割かれず、自分が疑われる可能性は低くなると考えたからだ。

 当然エリカにも警察が漆原のことを聞きに来た。当然である。エリカは漆原に会った最後の人間とされているのだから。エリカは完全に素知らぬ顔で警察に応対した。

 以前から仲が悪かったとは言え、一応心配しているような受け答えをした。

 エリカはその対応を、我ながら完璧だ、と思った。警察はエリカの言葉を信じ、すぐに見当違いのところの捜査に戻ったからだ。

 そのことで、エリカは内心ほくそ笑んだ。

 これであと数週間後には、完全に死体を捨て去ることができる。そして、死体が発見されずに燃やされればエリカの勝利である。

 そこに油断があったのかもしれない。

 エリカの計画は、思わぬところでほころびを見せることとなる。

 それは、残る死体が三分の一ほどになった頃合いであった。

 エリカの敬愛する前隊長であるまほが学園艦を訪れたのだ。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「まほさん! お久しぶりです!」

「ああ、久しぶりだな、エリカ」

 

 エリカはまほとの再会を笑顔で喜んだ。

 連休にあたるこの日に、まほは彼女が所属する大学からわざわざ古巣である黒森峰に様子を観にやってきたのだ。

 

「今日は久々の黒森峰、堪能していってください」

「ああ、そうするよ」

 

 エリカとまほは二人で黒森峰学園艦を回った。

 まるで昔に戻ったかのようだと、エリカは思った。

 まほが黒森峰を去る前は、時折こうして二人で遊んだものだとエリカは思い返していた。

 その時間は、エリカにとって自らの罪を忘れさせるほどに楽しい時間であった。

 

「あっ、西住隊長!」

 

 そんななか、エリカ達は戦車隊の隊員に出会った。

 エリカは、二人の時間が邪魔されたように感じて、すこしムッとした。

 

「ああ久しぶり、お前達も元気でやっていたか?」

「はい! 逸見隊長と二人でお出かけですか? いいですねー」

「そっちも友達同士で楽しそうじゃないの」

「ええまあ……そういえば逸見隊長、漆原副隊長のことですけど……」

 

 エリカは隊員から突然その話を振られ、思わず焦る。

 

「ちょ、こんなときにそんな話しないでよ!」

「す、すいません……!」

 

 隊員はしまったという顔をし、必死に謝る。その動揺を、まほは見逃さなかった。

 

「エリカ、漆原がどうかしたのか?」

「い、いえ。まほさんのお耳に聞かせるほどのことではないかと……」

「いいから、教えてくれ」

 

 まほに詰め寄られ、エリカは答えざるをえなくなってしまう。

 

「その……しばらく前から、副隊長の漆原が失踪していまして……」

「失踪?」

「はい。突然学校に来なくなったと思ったら、それっきりで、一体どうしたのかと見当もつかず、今警察も探している状況で……」

「そうだったのか……早く見つかるといいな」

「はい……」

「最後に会ったのが逸見隊長ですものね……いくら仲が悪かったとはいえ、心配になりますよね」

「……そうなのか?」

 

 その一言で、まほの眉がピクリと動いた。エリカは再び慌てる。

 

「ちょ、だからあなたは余計なことを……!」

「エリカ。漆原と最後に会ったのはお前なのか? それに、仲が悪かったのか?」

「え? ああ、はい……」

 

 エリカは歯切れ悪く答えた。

 

「確かに最後に会ったのは私ですし、漆原とは仲が悪かったことも認めます。で、でもそれがなんだって言うんですか!」

 

 エリカは珍しく狼狽してしまっていた。それは、まほと一緒で気が緩んだからか、それとももう安心だと思っていたからか。とにかく、今まで態度を取り繕ってきたエリカにしては珍しいミスだった。

 

「エリカ……?」

「あ、すいません……私もまだ、心の整理がついてなくて……」

 

 当然、そのエリカの様子をまほは訝しんだ。

 エリカはすぐさま偽りの仮面を被り直す。

 

「……そうか。すまなかったな、妙なことを聞いて」

「私もすいません……お二人の時間を邪魔して」

「いえ、いいんです……」

 

 お互いに誤り合うエリカとまほ。

 だが結局その後、偶然会った生徒が帰った後も、二人はどこかぎこちない空気のまま過ごした。

 そうしているうちに、日も沈んできた。

 

「それじゃあ、もうそろそろ時間ですね」

「そうだな」

「それでは、また明日、学校で……」

 

 と、そこでエリカが帰ろうとした瞬間だった。

 

「なあ、エリカ」

「はい、なんでしょう」

「今日は、お前の家に泊まってもいいか?」

「えっ……!?」

 

 エリカは再び動揺する。今まほを、他人を家に上げるわけにはいかなかった。

 家は当然のごとくまだ捨てていない死体がある。それがある浴室を、まほに見せるわけにはいかなかった。

 

「あ……すいません。今、家凄く散らかってて。それに、お風呂も壊れてて使い物にならなくて。とても人を泊められるような状況じゃないんですよ」

 

 エリカはすぐさま取り繕い、家にあげられない理由をでっち上げた。

 それを聞くと、まほは「ふむ……」と考えるように顎に手を置いたが、その後、

 

「……分かった」

 

 と頷いた。

 

「すまないな。急に無理を言って。思えば事前にちゃんと言っておかずに急に上がろうとした私が失礼だった。しかし、風呂が壊れているということは銭湯を利用しているのか?」

「はい、そうなんですよ。意外といいものですよ、銭湯」

 

 それは本当だった。エリカは死体を浴室に隠してからというもの、ずっと銭湯を利用していた。

 

「そうか。それじゃあな。また明日、エリカ」

 

 そう言って、まほはエリカに笑顔を見せた。

 

「はい! まほさん!」

 

 エリカも笑顔になり、まほに背を向けた。

 その笑顔は、他でもない安堵の笑顔だった。

 

 

「……ふむ」

 

 まほはエリカの背中を見送ると、再び思案するように顎に手を置く。

 そして、ぽつりとこぼした。

 

「まさかとは思うが……一応、調べてみるか」

 

 

 それから数日間、まほはエリカ達黒森峰の戦車隊を指導した。

 まほの指導は厳しかったが、実に実りあるものだとエリカは思った。

 やはり黒森峰の隊長はこの人だ、私などまだ足元にも及ばない、とも思った。

 その間にも、エリカはゴミ袋につめた死体を捨てていった。残すは、手と頭だけとなった。

 そうしてあっという間に時間は流れていく。

 いつの間にか、まほが大学に帰る前日になっていた。

 その日も、エリカはまほと一日過ごした。そしてその日も、まほと別れる予定だった。いつもと違ったのは、まほがエリカの家の前までついてきたことだった。

 

「……それじゃあ、名残惜しいですが私はこれで……」

 

 エリカは扉を開き、中へと入っていく。そして、扉を閉めようとしたそのときだった。

 

「待て」

 

 まほが、扉に手をかけ、閉まる扉を途中で止めた。

 

「……あの、まほさん?」

「……エリカ、お前、私に何か隠しているだろう」

「……そ、そんなこと」

 

 エリカの目が一瞬泳ぐ。それを、まほは見逃さなかった。

 

「始めは小さな違和感だった。漆原に関するお前の対応が、どこかおかしいと思っていた。それに私が家に泊まるのを諦めたときに見せた笑顔。あれは実にお前らしくない笑顔だった」

「は、はあ……」

 

 エリカは分けが分からないと言ったような様子で応える。だが、内心は非常に動揺していた。

 そんなエリカの内心を知ってか知らずか、まほは続ける。

 

「だから少し調べてみた。エリカ、お前は漆原のいなくなった夜に車で帰ったそうだな。隊長特権と言って」

「は、はい……いいじゃないですかそれぐらい……」

「いや、それもまたお前らしくない行為だ。お前は決してそんな私用で学校の私物を使うような奴じゃないはずだ。私の疑念はますます大きくなった」

「そ、そういう日だってあります……もういいですか……!」

 

 エリカは無理矢理扉を閉めようと力を入れる。

 だがまほは、更に力を入れ、なおかつ足を挟み込んで扉を維持した。

 

「よくない。私は自分が間違ってると信じたかった。だからさらに調べた。……エリカ、お前が銭湯を使い始めたのは、漆原がいなくなった翌日かららしいな」

「そ、そんなの偶然です……!」

「いいや、偶然じゃない。なぜなら、目撃証言があるからな。その日に、ホームセンターや古着店を回るお前の姿が」

「っ……!」

 

 エリカは唇を噛む。

 まほは、鋭い視線で、エリカを射抜く。

 

「なあエリカ……部屋の中を調べさせてくれないか? すべては、私の考え過ぎだと証明させてくれ。部屋の中を……風呂場を見せてくれれば、それでいいんだ……」

「……嫌です!」

 

 エリカは勢いをつけて扉を閉めようとする。

 だがそれに生じた隙を、まほは見逃さなかった。

 まほは一瞬扉への力が緩んだところを見計らって、逆に扉を勢い良く開けた。

 

「あっ……!?」

 

 その拍子に、エリカが転ぶ。

 そんなエリカをお構いなしに、まほはエリカの部屋に土足で上がり、浴室へと向かう。

 

「まほさん、待って……!」

 

 エリカが止める。だがすでにまほは浴室に入っていた。

 

「このゴミ袋は……」

 

 それは異様な光景だった。氷に浸されているゴミ袋。そしてそこから放たれる、嗅いだことのない異臭。

 

「駄目ーっ!」

 

 エリカは叫ぶ。その叫び虚しく、まほはゴミ袋を、開けた。そして――

 

「ひっ……!?」

 

 まほは、浴室で腰を抜かした。

 

「あ、頭……!? う、漆原の……! そ、それに……手……!? エ、エリカ……こ、これ、お前……あなた……一体……!?」

「あ……ああ……見つけて……しまったんですね……」

 

 エリカは失意にうなだれる。

 

「もう少しだったのに……あと一歩だったのに……!」

「あなた……漆原を……バラバラに……したのね……!?」

 

 浴室からほうほうの体で出てきたまほは動揺するあまり、口調が他人と接するときのものでなく、彼女自らの女性らしい口調に戻っていた。

 だが、そんなことまほにとってもエリカにとっても、あまり関係のないことだった。

 

「……そうですよ。私が漆原を……殺したんです……」

「どうして……どうしてそんなことを!」

「私だってこんなことするつもりはなかったんですよ!」

 

 エリカが叫ぶ。まほはビクリと体を震わせる。

 

「あいつが……あいつが悪いんです! 普段から私をバカにして……! その上、私が一番気にしていることを……! それで私、カっとなって……!」

「だからって、あなた……」

「分かってますよ! 悪い事だって言うのは! でも、でもどうしようもないじゃないですかやってしまったことは! だから必死に隠してきたのに……のに……!」

 

 そこで両者沈黙する。その沈黙は僅かな間だったが、二人には永久の如く長く感じられた。

 

「……エリカ、自首しましょう。今ならまだ……」

「自首? 自首ですって? フフフ、ハハハハハ……」

 

 エリカは突然狂ったように笑い出す。そのエリカの様子に、まほはビクリと体を震わせた。

 

「自首なんて、ここまでやってできるわけないじゃないですか! もうこうなったら……こうなったら……!」

 

 そこまで言うとエリカはうなだれていた状態から立ち上がり、台所に向かった。

 そして、台所から突如包丁を取り出し、まほと対峙した。

 

「エ、エリカ……?」

「う、うわああああああああああああああっ!」

 

 エリカは包丁を持った状態でまほに襲いかかった。

 

「きゃあああああああああああああっ!」

 

 まほはそれを、すんでのところでかわす。

 

「はぁ……はぁ……!」

「エ、エリカ……落ち着いて! 分かったから! 誰にも喋らない! もちろん警察にも! だから!」

「そんなの……信じられるわけないじゃないですか! もう……こうするしかないんです!」

 

 エリカは包丁を持ったまま突進する。まほはそれを必死に避ける。

 

「ひっ!?」

「はぁ……はぁ……!」

 

 エリカの目は血走っていた。もはや常軌を逸しているのは、誰の目にも明らかだった。

 襲うエリカ。逃げるまほ。

 そうしているうちに、まほは部屋の隅に追い詰められていた。

 

「エリカ……やめて……元のあなたに戻って……」

「う……うわああああああああああああああっ!」

 

 エリカはまほの言葉を聞かずにまほに突進する。そして――

 

「うっ!?」

 

 包丁の刃は、まほの横腹に突き刺さった。

 

「かはっ……!?」

 

 まほは包丁の刺さった腹部を押さえながら倒れる。

 その光景を見下ろしたエリカの表情は、絶望だった。

 

「……はぁ……はぁ……」

「……かっは……!」

「……私、何やって……」

 

 そこでようやくエリカは冷静になったようだった。血を流すまほの姿を見て、頭が冷えたのだ。だが、もう後の祭りだった。

 

「私……また……うわああああああああああああああああああああっ!」

 

 エリカは声を上げながら家を飛び出した。

 その後ろ姿を朦朧とした視界で見ながらまほは、切れそうな意識をなんとかつなぎとめ、懐から携帯電話を取り出した。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 エリカは走った。とにかく走った。周りの目などお構いなしだった。夜の街を、とにかく走った。

 背後からサイレンの音が聞こえた。

 赤い光が近づいてくるのを感じた。

 そして、スピーカーからエリカの名を呼ぶ声がした。

 警察が追ってきている。そのことをエリカは知った。だからエリカは走った。もうぐちゃぐちゃになっている思考の中でただひとつ「逃げなきゃ」という言葉を連呼して。

 しかし、そんなエリカの退路もあっという間に塞がれる。

 パトカーが、エリカの目の前で止まったのだ。

 

「あ……あああ……」

 

 エリカは振り返って逃げようとする。だがその退路も、他のパトカーで封じられてしまった。

 

「あああああ……」

 

 エリカはパトカーから出てきた警官に取り押さえられる。

 そして、手錠をかけられパトカーへと連行される。その間、エリカはずっとわめき続けていた。

 

「私は悪くない! 私は悪くないのぉ! 全部あいつが! あいつがぁ……!」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『凄惨! 学園艦バラバラ事件!』

 昨日二十時頃、黒森峰学園艦において殺人事件が発覚した。容疑者は学園艦に所属する生徒(十八)である。容疑者は被害者である漆原祭子さん(十八)を今月頭に鈍器のようなもので殺害した後、遺体をバラバラに分解し、遺棄。さらに第一発見者を殺害しようとした疑いがある。警察は容疑者と第一発見者に事情を聞くと共に、バラバラにされた遺体の捜索を行っているが、容疑者の精神が錯乱している上、バラバラにされた死体の殆どは焼失し、ゴミと一緒に廃棄されたため捜索が難航している模様。なお、第一発見者は命に別状はない。

 

   ――ネットニュース記事○○より抜粋

 

 

「……大丈夫、お姉ちゃん?」

「ええ……」

 

 まほは病院の病室のベッドで、妹のみほから看病を受けていた。

 まほに刺さった包丁は急所を外れており、なんとかまほは助かった。

 だが、体は大丈夫でも心はそうとは言えなかった。

 

「……お姉ちゃん、ちゃんと食べよう? ここ最近、全然食べてないって看護師さんが言ってたよ……」

「うん……」

 

 そう言いながらも、まほはみほを見ず、窓の外を眺めているばかりだ。

 そして、うっすらと涙を流し、こう言った。

 

「私が、ちゃんとエリカ達後輩のことを分かっていれば、こんなことにならずに済んだのかしら……」

「……それを言ったらお姉ちゃん、まず、私が転校しなければこんなことにはならなかったんだよ……私が、転校しなければ……」

 

 気づけばみほもまた涙を流していた。

 二人の姉妹は、自らの選択を後悔し続けていた。

 その後悔が癒される日は、果たして来るのだろうか。

 

 

 エリカは、一人独房に入れられていた。

 警察はエリカから話を聞こうとしたが、エリカの状態が芳しくなく、話を聞けずに困っていた。

 エリカは、ずっと部屋の隅で壊れたラジオのように同じことを延々と繰り返していた。

 

「私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない……」

 

 それは単なる逃避か。

 それとも本当に壊れてしまったのか。

 知るのは、エリカ本人のみである。

 何にせよ、エリカに審判が下る日は、そう遠くはない。

 エリカはその日を、ずっと同じ言葉を呟き続けながら待つのだ。

 

「私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない……」

 


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