「……はっ!?」
逸見エリカは体中から汗をびっしょりと流しながらベッドから飛び起きた。
「また、あの夢……」
エリカは自分の頭を抱えながらぜいぜいと息をする。
「もう、なんなのよ一体……」
エリカは頭を何度も振る。そして言った。
「私が戦車に乗ってる、だなんて……」
逸見エリカは昔から体が弱い少女だった。幼いころより何度も病気を患い、生死の淵に立たされてきた。
そんなエリカがスポーツなどできるわけもなく、ずっと病院で入退院を繰り返してきた。
そんなエリカにも憧れがあった。
戦車道である。
幼い頃、親の目を盗んで外に出たことがあった。
そのとき、エリカはとある姉妹と出会い、戦車に乗せてもらった経験があった。
「子供だけで戦車に乗ったらいけないのよ!」
最初はそんなことを言ったのにもかかわらず、その姉妹はエリカの手を導いて戦車に乗せてくれた。
戦車に乗った経験は、エリカの人生において最初で最後のスポーツの経験だった。
そのときの興奮を今でもエリカは忘れられなかった。
しかし、エリカはその帰りに高熱を出してしまったのもあって、二度と自由に外には出してもらえなくなったのだが。
そのときからずっと、エリカは戦車道に憧れを抱いていた。
それゆえなのだろうか。
エリカは最近ずっと同じ夢を見ていた。
成長したあのときの姉妹と一緒に、高校で戦車道をやる夢を。
いろんな苦楽を戦車とともにする夢を。
だが、エリカはその夢を見るたびに苦しんでいた。
確かに夢を見ている間は楽しい。辛いことも苦しいことも味わうが、それも健康な体で戦車を乗っているという証だから。
しかし夢はいつか覚めてしまう。
夢から覚めた後に待っているのは、病院の無機質なベッド。
その度にエリカは、現実の苦しみを思い出し涙するのだ。
そんな夢を何度見続けただろうか。
エリカは様々なことを夢で体験した。憧れの姉妹と一緒に名門、黒森峰へ入学したこと。
黒森峰での生活。
全国大会で逃した優勝と、憧れの姉妹の片方との別離。
その片方との再びの出会い。そして再度の、しかし満足のいく敗北。
大学生との戦い。
そのすべてが、エリカにとってかけがえのない経験だった。
だが、その経験も所詮はすべて夢。
起きる度に、自分の体の病弱さを思い知らされることとなる。
エリカは、すでに限界だった。
「もう無理、こんな現実耐えられない……」
そうしていくうちに、エリカは思ったのだ。
「本当にこれが現実なの……? もしかしたら、向こうが現実なんじゃ……」
それは苦し紛れの現実逃避だったのかもしれない。
だが、エリカはそう思って以降、さらに夢にのめり込んでいった。
そんなある日のことだった。
その日、エリカは珍しく体調が良く、院内を散歩していた。
「あら……?」
その散歩中、エリカはとあるものを見つけた。
それは、銀色に輝く鍵だった。
エリカはその鍵をふと拾う。
すると、その直後エリカの近くに看護師が地面を伺いながらやって来た。そしてその看護師は、エリカの近くにやってくると、こう話しかけてきた。
「ああ逸見さん。銀色の鍵を見ませんでしたか? 実は病院の屋上への鍵を落としてしまって……」
エリカはそれにこう答えた。
「いいえ、知りません」
エリカは、その鍵を隠し持つことに決めた。なぜそうしたのかはわからない。ただ、そうしたかったというのが彼女の気持ちだった。
そして、その日からだった。エリカの眠りの時間が増え、夢の世界にさらに没頭していく時間が増えたのは。
エリカはどんどんと夢の世界にのめり込んでいった。
夢の中ではエリカはちょっと嫌味だが、友人の多い、健康な副隊長でいられた。
その夢が、本当にエリカは好きだった。
そして夢から覚めたときの辛さは、より一層増していった。
どうして自分は夢のようではないのか。どうして自分の体はこんなふうになってしまったのか。
エリカのフラストレーションはどんどんと溜まっていく。
エリカはすでに限界だった。
そして、その日は急に訪れた。
「エリカさん……私、エリカさんのことが好き」
あの憧れの姉妹の片割れ、妹の方からエリカは告白をされた。
それに対し、エリカはこう応える。
「ええ……私もあなたのこと……愛してるわ」
それはエリカの心からの気持ちだった。エリカは同性でありながら、姉妹に、妹に恋していた。
「よかった! 嬉しい……!」
妹は嬉し涙を流す。そして、二人は見つめ合い、そのまま唇を近づけ――
「……っ!?」
エリカは目を覚ます。
「……また、夢なの……?」
エリカは涙を流した。
またしても夢だった。今いるのは、誰とも肌を通わせられない弱い自分だけ。
「もう……無理……!」
そして、エリカの溜まりに溜まっていた感情が、とうとう爆発した。
「はぁ……はぁ……!」
エリカは深夜、重い体を引っ張りながら病院の階段を上がっていった。
目指す場所は一つ。閉じられているはずの、屋上の扉。
「この鍵さえあれば……!」
エリカは銀の鍵を握りしめる。
そして、とうとう目的の扉の前にたどり着いた。
扉は当然閉まっている。だが、エリカが扉に銀の鍵を挿すと、するりと鍵は回った。
そして、ゆっくりと扉が開かれる。
「はははっ……!」
エリカは笑う。
「そうよ……これは夢……夢なのよ……」
病院の屋上は普段閉じられているせいか、こうして病人が来ることを想定していないのか、自殺防止用のフェンスはなぜかなかった。
「私はこれから夢から醒める……! 私は、現実の世界に戻るのよ……!」
ゆっくりと体を引きずりながら屋上の手すりに向かうエリカ。
「待ってて……今あなた達の元に戻るわ……!」
そしてとうとうエリカは屋上の手すりに辿り着き、その手すりをかなりの時間をかけて乗り越え、そして――
「ああ、今行くわよ……隊長、みほ……!」
エリカの体は、宙空へと舞った。
「……カさん。エリカさん!」
「んん……」
エリカはゆっくりと目を覚ます。エリカがまぶたを開けると、そこにいたのは西住みほと、西住まほだった。
「もうエリカさん。こんなところで居眠りして」
「うむ。こんなところで寝てるなんて珍しいな、エリカ」
エリカは周りを見渡す。
どうやら演習場近くの草原で寝てしまっていたようだった。
エリカはまだ眠たげな瞳をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。
「すいません隊長……ごめんなさい、みほ」
「ううん、いいんだよエリカさん。エリカさんの可愛らしい寝顔が見れたし」
「ふふっそうだな。いいものを見せてもらった」
「うう……恥ずかしい……」
エリカは顔を赤くする。そんなエリカを見て、西住姉妹は笑った。
「ま、今日はいい天気だからしかたないね」
「そうだな。でもそろそろ試合だぞ? ほらしゃきっとしろ」
「は、はい」
エリカはまほにそう言われ、ぴしゃりと立ち上がる。
そして、ふと笑った。
――ああ、私は幸せものだ。こんな素敵な隊長と、恋人に巡り会えたんだから。
「エリカさんどうしたの? 急に笑顔になって」
「いいえ、なんでもないわ。それより行きましょうみほ、隊長」
「うん、そうだね」
「ああ」
そうしてエリカは西住姉妹と一緒に戦車のある場所へと向かった。
みほとは、ぎゅっと手を握り合いながら。
「あれ? エリカさん何か落としたよ?」
「え? 何かしら」
「えっと、ほら! これ!」
みほは笑顔でエリカにそれを手渡す。
それは、眩く輝く、銀の鍵だった。