ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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ガールズ&クトゥルーなお話です。


学園艦を染める色

 私が彼女の元を訪れたのは、聖グロリアーナ学園艦の廃艦作業に際してだった。

 彼女は聖グロリアーナにおいて、ローズヒップと呼ばれていた。彼女の本名を明かすつもりはないし、明かさない約束だ。

 聖グロリアーナの学園艦は、謎の奇病と老朽化減少により、廃艦されることが決定した。

 ローズヒップは、その奇病から生き残った数少ない生き残りなのだ。

 私はそんな彼女から聖グロリアーナ学園艦で何があったのかを聞くため、大変な努力をした。

 彼女の口はとても硬かった。彼女は学園艦が奇病に見舞われるまでは非常に明るい性格だったと聞くが、今の彼女にその面影はなかった。

 常に何かに怯え、口を重たく閉ざし、他人との関わりをできるだけ避けようとしていた。私は彼女に何があったのか非常に気になった。そのため彼女に根気強く接触をし続け、そしてついに彼女から話を聞くことができた。

 その話はあまりにも荒唐無稽で、常人ならば鼻で笑ってしまうかもしれないような内容だった。だが、奇病に感染し亡くなった少女達の遺体と、あの学園艦の有様を実際に目にした私には、どうしてもそれが嘘だとは思えなかった。

 話はまず、学園艦にとあるものが運び込まれたところから始まる。

 それは、隕石だった。

 聖グロリアーナは戦車道で時折賭け試合を行い、他の学校などから珍しいものを勝ち取ることがよくあった。その隕石も、戦車道の試合によって手に入れたものだった。

 相手は陸の上にあるタンカスロンのチーム。そのタンカスロンのチームがよく練習に使用していた敷地に落ちた隕石らしく、チームは観賞用として保管していたらしい。

 それを、聖グロリアーナは同じくタンカスロンで勝負し手に入れたのであった。

 だがまず、最初にその隕石を譲り受ける段階からおかしな出来事があった。タンカスロンのチームの人間が皆口を揃えて、隕石が小さくなったと言ったのだ。聖グロリアーナの人間に手渡されたときの隕石の大きさは五十センチほどだったのだが、タンカスロンのチームが言うには七十センチほどだったはずだと言う。

 もちろん、聖グロリアーナの少女達は隕石が縮むはずがないとそれを一笑し、自分達の学園艦に隕石を持ち帰った。そして、隕石は聖グロリアーナにある巨大な博物館に展示されることとなった。

 博物館は緑生い茂る敷地に囲まれ、聖グロリアーナに多額の寄付などをして貢献してきた生徒が住める寮が側にあり、また戦車道の演習場にも近かった。

 ローズヒップはその寮には住んでいなかった。ローズヒップは貧しい家の生まれのために、学園艦においても郊外に住んでいたからだ。

 隕石は博物館に運ばれるとすぐさま人気の展示物となった。特に、博物館近くの寮に住んでいた、聖グロリアーナの戦車隊隊長であったダージリンや、アッサム、オレンジペコと言った面々はその隕石に強く興味を示したらしく、よく隕石を博物館に見に来ていた。

 そしてそのせいか、ダージリンが最初に異変に気づいた。タンカスロンのチームが言っていた通り、隕石の大きさが小さくなっていたのだ。ダージリンがそのことを指摘したときには、隕石の大きさは三十センチほどにまで縮んでいた。誰もがその事態を不思議がり、隕石を詳しく調べてみようという話があがった。だが学園艦は海の上にあるため、気軽に専門家を呼ぶこともできない。そのため、まずは聖グロリアーナの生徒で軽く調べてみて、その後今度学園艦が寄稿するときに聖グロリアーナにゆかりのある大学の人間に来てもらおうという話になった。

 翌日、さらに小さくなってしまっていた隕石を聖グロリアーナの生徒が調べ始めた。

 隕石は可塑性があるのではないかというほどに柔らかく、簡単に削り取ることができた。隕石を調べるために削り取ると、中央に球体のようなものが埋め込まれているのが分かった。その球体は色と呼ぶこと自体が例えに過ぎないような極めて特殊な色をしていた。

 ローズヒップはそれを面白半分で眺めていた。だが、ローズヒップが眺めていると、聖グロリアーナの生徒達が調べを進めていく最中に、その球体は突如破裂し、消えてなくなってしまったのだ。その後、同じ球体が出てこないか調べても結局出てこず、聖グロリアーナの生徒は完全にお手上げ状態となった。

 そして、専門家を待とうという話になったのだが、翌日隕石は展示していたガラスケースと共に完全に消失してしまった。

 これは聖グロリアーナ全体に一大ニュースとして広がったのだが、真相がまったく究明されず他になんの情報も出てこないとなると、だんだんと噂は沈静化していった。

 だが一ヶ月後、事態は思わぬ事態へと動いていった。

 博物館の敷地を染め上げている植物が、異常な発達をし始めたのだ。木々はこれまで見たこともない色の花々を咲かせ、芝生は芝生と思えないほどに過剰に伸び、またやせ細った。特に、その花の色が注目を集めた。その花の色を、一部の人間は知っていた。それは、あの隕石が見せた異様な色と同じ色だったからだ。おかしくなったのは植物だけでなく、博物館の周りに異様な昆虫まで沸くようになった。その昆虫の奇怪な事と言ったら、女子生徒が中心の学園艦において卒倒してしまいそうになる生徒が多発したほどだった。

 聖グロリアーナの生徒達はその事態に怯え、様々な噂をし始めた。その中でもっとも有力だったのが、隕石によって博物館近くの土壌が汚染されたというものだった。

 展示していただけの隕石が土壌を汚染するはずがないと理性ある者達は言ったが、実際に隕石を目の当たりにしてきた生徒達は、何かしら隕石が関係しているはずだと信じて疑わなかった。

 それからさらに時間が過ぎると、新たな問題が起こり始めた。博物館の管理をしていた生徒と、その近くの寮に住んでいた生徒達が、次々に体調不良を訴え始めたのだ。その体調不良の内容はそれぞれ別々で、まとまりがない。だが、皆一様に体調を崩していることは確かだった。だが、もっと本格的な問題として、体調よりも精神を病んでいることが問題だった。

 博物館の周囲にいる生徒はどんどんとふさぎ込んでいき、ぶつぶつとおかしな言葉を呟くようになるようになっていった。もちろん学校などに行けるはずもなく、寮にいる生徒は殆どが部屋に閉じこもってしまった。

 ローズヒップは郊外に住んでいたため、その噂を聞きダージリンやアッサム、オレンジペコの見舞いに行ったのだが、その変わり様にローズヒップは言葉を失った。

 優雅を体現していたはずのダージリンはゲッソリとやつれ、聡明だったアッサムはぶつぶつと意味不明な言葉の羅列を口走り、温和な雰囲気だったオレンジペコは追い詰められているかのように息を荒くし暗い面持ちになっていた。しかしローズヒップを恐ろしい気持ちにさせたのは、彼女らが皆同じことをローズヒップに言ってきたことだった。

 風のない日だと言うのに木が勝手に動いている。夜になると草木が光り始める、と。

 ローズヒップは皆があまりにも同じことを言うものだから怖くなり、落ち着くために慣れない手付きでそれぞれの部屋に据え置かれている紅茶を作ろうとした。最初に作ろうとしたのはダージリンの部屋だった。だが、その作った紅茶はとても飲めたものではない味がした。ローズヒップは水道水を温めお湯を作ったのだが、まずその水道水がとてつもない苦味がしたのだ。それは、どの部屋で紅茶を作ろうとしても同じことだった。

 他の部屋の生徒もそんな風らしく、郊外に住む生徒は恐れ博物館と寮に近寄らなくなった。それでもローズヒップは定期的にダージリン達のお見舞いに来ていた。ときには同じく郊外に住むルクリリなどを一緒に連れて、何度も顔を見ては彼女達を励ました。

 ルクリリと一緒に訪れたとき、ルクリリはダージリンにこう言ったことがあった。

 

「ダージリン様、いっそのこと郊外に住処を変えませんか? 場所を変えれば、少しは気分が優れるかもしれませんよ?」

 

 しかし、ダージリンはこう返した。

 

「それは無理なのよルクリリ……私達は……もうここを離れられないの……私達の体は根付いてしまったの……縛られてしまったの……おそらく、ずっとここから離れられないんだわ……」

 

 ルクリリもローズヒップも、その言葉の意味をまったく理解することができなかった。それでも彼女らは献身的に見舞いにダージリン達の顔を見るために寮を訪れた。

 そんなある日だった。アッサムが、突然叫びながら暴れ始めた日があったのだ。彼女はこんなことを口走っていた。

 

「吸い取られていく――とり去られていく――壁も、天井も、窓も、床も動いている――誰か、誰か取って」

 

 そのあまりの変貌に、ローズヒップは耐えきれず彼女の部屋から逃げ出した。さらにアッサムだけではない。オレンジペコが、うなりながら四つん這いでしか行動できなくなっていたのだ。その姿を見とき、ローズヒップは瞳から涙をこぼした。本来なら精神病院に入れるべきなのだろうとローズヒップは思った。ローズヒップは病気以上の何かを彼女らから感じ、その措置に移ることができなかった。

 ダージリンは比較的平常を保っていた。だが、彼女も相当精神がやられていることは間違いなかった。彼女はローズヒップに言うのだ。

 

「ああ、ローズヒップ……わたくし、怖いの……何かが、何かが夜に輝きながら蠢いているの……あの恐ろしい色を発しながら……わたくし、恐ろしくて眠れないでずっと見張っているのよ……」

 

 そう言ってダージリンは窓の外を指し示した。窓の外には、博物館の敷地や、寮の庭があった。そのどちらもが、元あった緑の植物から色が抜け、灰色になり、力なく萎れているのであった。

 その日から、ローズヒップの足取りは重たくなった。少なくとも、見舞いに来ることはあってもアッサムやオレンジペコの部屋には行かず、ダージリンの部屋だけを訪れるようになった。

 さらに時間が過ぎると、博物館や寮の敷地にある緑はすべて灰色の粉になってしまい、消え失せた。そうなってくると、狂気に陥っている生徒達は寮だけでは済まなくなっていた。

 博物館を中心に、円状にどんどんと心体を病んでいく生徒が増えてきたのだ。それだけではなく、街の機能にも異常が現れ始めていた。信号は正常に作動せず、デタラメに明滅するようになり、水道水はあのおぞましい苦味を伴うようになった。そのため、ミネラルウォーターが売れるようになったのだが、被害は水だけでなく、学園艦の中層部で栽培している野菜や養殖している魚にまで及んでいた。野菜はどれも博物館の周辺と同じように色をなくし、味はとても食べられたものではない苦味を発するようになり、魚達は次々と奇形化していった。

 一体何が起こっているのかと学園艦の水道水を管理している貯水タンクを調べに行った生徒がいたのだが、いつまで経っても帰ってこず、複数人で見に行ったところ、貯水タンクの近くで倒れて発狂しているのが見つかった。

 その生徒いわく「貯水タンクの中に何かがいる。何かが光輝いている」のだそうだった。もちろんその後生徒達がタンクを調べたが、何かを発見することはできなかった。

 こうなってくると学園艦で何か尋常ならざる事態が起きているのは明白だった。そのため、早く寄港地に寄って調べてもらおうという話になったのだが、学園艦が最寄りの寄港地に寄るまで最低でも一週間はかかる計算だった。

 そして、その間についに行方不明者が出た。オレンジペコが部屋から消えたのだ。オレンジペコだけではない。複数の寮生が、部屋から消えているのが確認されたのだ。そこから人が消えている部屋はすぐに分かった。なぜなら、姿を消した人間の部屋は、どれもドアノブが半分溶けてしまっていたからだ。それについてダージリンは語った。

「彼女達は連れていかれたのよ……あの色に……あの、唾棄すべき色に……」

 ダージリンの言葉も大分おぼつかなくなっていたため、ちゃんとした証言と取られることはなかった。だが、ローズヒップだけは違った。郊外に住んでいたためまだ被害にあっていなかったローズヒップは、ダージリンの言葉を信じた。この学園艦に何かがいる。そう確信したのだ。

 だから、ローズヒップはダージリンを守ろうと思いたち、ダージリンと共に過ごそうと決めた。それにダージリンだけでなく、アッサムも一緒に同じ部屋で過ごそうと考え、ローズヒップはアッサムの部屋へと向かった。アッサムの部屋のドアノブは溶けていない。ローズヒップは安心して扉を開けた。

 だが、そのローズヒップの希望はすぐさま打ち砕かれた。アッサムは、部屋の隅で、非常に縮こまった、まるで肉塊のようになった姿で死んでいたからだ。息はしておらず、目は大きく開き、腐臭が漂っていた。素人が見ても、それは死体だと分かった。

 だが、ローズヒップを驚かせたのはその後のことだった。そのアッサムの死体が、かすかに動いているのだ。最初はまだ生きているのだと思った。だがそんなことはなかった。息もせず、筋肉を硬直させ、腐敗した肉が動くことなどありえるはずがなかった。だが、確実にその肉は動いていた。そして、日が落ち差し込んでいた光が消えると、その死体が、あの名状しがたい色で光り始めたのだ。

 ローズヒップはそれを見た瞬間、大声で悲鳴を上げてダージリンの部屋に逃げ込んだ。

 だが、そこでローズヒップが見たのは、床に倒れているダージリンの姿だった。ローズヒップはすぐさまダージリンの安否を確認する。

 

「ダージリン様!? 大丈夫ですの!?」

「ああ、ローズヒップ……あれが……あの色が来たのよ……名状しがたいあの色が……あれはずっと潜んでた……水に、命に、建物に……あれは命あるものから命を吸い取っていたのよ……あらゆるものに潜みながら……そして、どんどんと大きくなっていって、やがてこの学園艦すべてにはびこって……種よ……種だったのよ……あの隕石に潜んでいたのは……ローズヒップ……逃げなさい……今すぐここから、逃げなさい……あれがこの学園艦すべての命を吸い取る前に……すべてを狂わせ……燃え上がらせる前に……一刻も早く……」

 

 そうしてダージリンは事切れた。ローズヒップはそのあまりの事態に混乱し、恐怖し、言葉を失い、動けなくなった。だが、次の瞬間、ローズヒップは何が何でも逃げなければという使命ににた直感にかられた。

 なぜなら、動き始めたからだ。壁が、天井が、窓が、床が。あの名状しがたい色で輝きながら、ゆっくりと、しかし確実に。寮全体が、光り、動いていたのだ。

 ローズヒップはそれを知った瞬間、すぐさま寮から逃げ出した。光っていたのは寮だけではなかった。博物館も、灰になっていない木々も、今や目に見えるほどに激しく揺れ動いていた。木々は枝先を空に向けていた。

 周囲を照らす街灯も、本来とは違うあの色とは呼べない色で輝き、信号機はひしゃげ木々のようにそのランプの部分を天に向けている。

 ローズヒップは走った。とにかく走った。泣きながら、息を切らしながらも走った。途中差し掛かった戦車道の演習場でも、それは見られた。放置された戦車の砲塔が、ぐにゃりと曲がり空に向かっていたのだ。ローズヒップの愛用していたクルセイダーも、ダージリンが愛用していたチャーチルも、すべてそうなっていた。

 ローズヒップはとにかく走り続け、学園艦の上にある小高い高台の上まで来た。

 そして、そこから博物館や寮を見下ろした。そこで、ローズヒップはこの世のものとは思えない光景を見た。博物館を中心に、街が光り輝いていたのだ。あの名状しがたい、おぞましい宇宙的色彩で。そしてその光はどんどんと輝きを増していき、沸き返り、波打ち、伸び広がり、明滅し、歪み、泡立ち、ついには爆発するように光ったかと思うと、その色は空へと向かって戦車の砲弾のように飛び去っていった。空に広がる雲に大きな円形の穴を開けて。

 そのあまりの光景に、ローズヒップは言葉を失い、名状しがたき恐怖を覚え、その場に崩れ落ちた。

 それがローズヒップの見たすべてだった。その出来事を、私は最初信じることができなかった。だが、その後に見た学園艦を見て、思いが変わった。学園艦は完全に灰色になり、色を失っていたのだ。そして、そこに取り残された死体も、色がなく、まるで泥人形のようにくたりと倒れているものばかりであった。

 そして貯水タンクを調べると、そこには泥のようなものが詰まっており、その中に、聖グロリアーナの生徒の制服と、白骨化した骨があった。身につけているものから、それらはアッサムやオレンジペコなどの、いなくなった寮生だということが分かった。

 聖グロリアーナの学園艦はすぐさま処分されるであろう。あのおぞましい何かが潜んでいた学園艦は、深く暗い海の底に沈められるのだ。私はそれでよかったと思っているし、私と同じく学園艦を見てローズヒップの話を聞いたものは皆そう思ったであろう。

 だが、ローズヒップは安心していなかった。なぜなら、ローズヒップは崩れ落ちる直前に、見たというのだ。色彩が空に向かって消えた後、学園艦の闇の中で何かが海に、学園艦の外に向かって蠢いたのを。

 更に我々は知っている。学園艦から、救命用の船がいくつか消えているのを。

 そして、私もまた不安で仕方なかったからだ。なぜなら、ローズヒップは、彼女が今住んでいる実家で、最後に私にこう語ったからだ。

 

「もう私、動けないんですの……新しい学園艦が出来ても、そこに行くことはできないでしょうね……だって、私の体は吸い寄せられて、張り付けられているんですもの……」

 

 私は忘れたい。そして、見間違いだと思いたい。

 彼女の部屋を最後に去るとき、彼女の体がほんのりと見たこともない色に輝いていたことなど。

 


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