ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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押安マリの三角関係なお話


解き放たれた想い

 私、押田ルカは、安藤レナのことが好きだ。

 友人としてではなく、同性でありながらも、恋愛対象として。

 いつから私がそんな感情を抱くようになったのかははっきりとしない。最初は、気に入らない外部生だと思い、いつも喧嘩ばかりしていた。

 しかし、そんな彼女をいつしか目で追うようになり、普段の何気ない行動も気になるようになって、そしていつしか、私の気持ちは憎しみから愛おしみへと変わっていった。

 そして気がつくと、私は彼女に恋をしていた。

 今でも彼女と喧嘩はする。だが、私は本気ではない。我がBC自由学園に存在する内部組と外部生組との対立構造が存在し、私が内部組においてリーダー的なポジションにいるからこそ、喧嘩は絶えないのだが、私としてはそんな対立を越えて、彼女と付き合いたかった。

 しかし、現実はそう上手くはいかない。

 それぞれの派閥の旗頭である私達は常に反目しあってなければ周囲に示しがつかないし、何より安藤が私のことを嫌っているだろうからだ。

 安藤本人に確認したわけではない。確認なんて、怖くてできたものではない。

 だがしかし、安藤の私を見る目は、とても私に好意を持っているようには見えない。

 なので私は、夜な夜な安藤のことを思いつつ、火照る体を自らの手で慰めることしかできないのだ。

 

「はぁ……安藤……」

 

 その日も私は、手帳に挟んだ安藤の写真を見ながら下着姿で自分の体を慰めた後、彼女の写真をただぼんやりと見つめた。

 

「安藤……どうしたら君は私に振り向いてくれるんだ……」

 

 安藤に私のために笑顔を見せてほしい。安藤に愛を囁いて欲しい。安藤と、一つになりたい。

 そんな想いが、彼女の写真を見ているだけでどんどんと胸の奥からせり上がってくる。

 

「安藤……」

 

 私は体温が上がっていくのを感じた。

 先程自分を慰めたばかりだと言うのに。

 安藤への気持ちを自覚して以降、私はとんだ淫らな女になってしまったようだった。

 

「これが、恋煩いというやつなのだろうか……」

 

 私は自嘲する。

 今の私の姿を見たら、他の内部組の生徒は失望するだろう。

 私を慕ってくれている彼女達の気持ちを裏切りたくはない。しかし、もし安藤と結ばれるなら……。

 

「……駄目だな、今日は。こういう日はとっとと寝てしまうのに限る」

 

 私は思考が堂々巡りになりそうなのを感じて、もう今日は寝てしまうことにした。

 私は手帳を閉じ、机の上に置くと、下着姿のまま自分のベッドに潜り込んだのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「マリー様、どこにいられるのですかマリー様ー!」

 

 その日、私は同じ内部組であり戦車隊の隊長であるマリー様を探していた。次の試合についての話をしたかったからだ。

 校舎にはいなかったため、今は戦車道に使われる作戦会議室あたりをうろついて探している。

 しかし、マリー様の影も形もない。いつもなら大抵戦車の側などでお菓子を食べているのだが……。

 と、そこに同じ内部組の戦車道履修生が歩いてくるのが見えた。

 私は駄目元で彼女らに話を聞いてみることにした。

 

「おい、君達」

「はい? あ、押田様。なんでしょうか?」

「マリー様を見なかったか? 少し用があって探しているんだが……」

「マリー様ですか? うーん……あ、そういえば外部組の安藤と一緒に今は使われていない倉庫の方へと歩いていくのを見ましたが……」

「安藤と? 分かった、ありがとう」

 

 私は彼女に礼を言い旧倉庫へと向かうことにした。

 しかしなぜマリー様はそんなところに向かったのだろうか? しかも安藤と一緒に。

 安藤は外部生だから、あまりマリー様と話すようなことはないはずなのだが。

 とは言え、安藤も私も一応副隊長である。もしかしたら彼女も次の試合についてマリー様と話があるのかもしれない。

 だが、なぜ二人で? しかも旧倉庫でとは。

 考えれば考えるほど謎だった。

 まあ、会って見つければ分かることだろう。

 私はそんな風に考えながら今はほとんど使われていない旧倉庫へと向かった。

 旧倉庫は、老朽化や資材の増加などを理由に使われなくなった倉庫だ。

 倉庫に入っているものはだいたいがボロボロで使い物にならず、新たにその倉庫に物を運ぶこともない。学校から距離があるからだ。

 無論、立ち寄る人も少ない。

 私はその旧倉庫のある敷地へと足を踏み入れ、マリー様を探すことにした。

 

「本当にこんなところにいるのか……?」

 

 話を聞いた彼女が嘘を言っているとは思えないが、それでも私は半信半疑なところがあった。

 なぜなら、こんなところ、何か隠し事をしたいときでもない限り来ないだろうからだ。

 とても汚れているし、マリー様のような上品な方が来るような場所ではない。

 

「……さて、どこから探したものか」

 

 私は旧倉庫を見上げながら呟く。まがりなりにもかつては倉庫として使われていた場所だ。

 それなりに敷地としては広い。

 私はとりあえず目の前の一番倉庫から調べることにした。

 倉庫の扉は開いており、中は誰でも侵入できるようになっていた。

 

「不用心なものだ。泥棒でも入ったらどうするのだ」

 

 まあ、このBC自由学園にそんな輩はいないだろうし、そもそもこの倉庫に盗むようなものなどないのだが。

 私は倉庫をうろつく。と、そのときだった。

 

「……ん?」

 

 私は何かガタっという物音を聞いた。それは、倉庫にある窓のある小部屋から聞こえてきたようだった。

 私はその汚れた窓から中を覗く。

 そして、そこで私は驚くべきものを見てしまった。

 

「……んっ、あっ、んん……」

「んん……はぁ……あむっ……」

 

 安藤とマリー様が、部屋の中で口づけを交わしていたのだ。

 しかもただの口づけではない。舌と舌を絡め合わせた、濃厚なものだ。

 

「……え?」

 

 どういうことだ……? どうして、安藤とマリー様がこんなところでキスを……!?

 私には訳が分からなかった。一体何が起こっているのか、理解することができなかった。

 ただ、目の前で安藤とマリー様が密接し絡み合っている。その現実だけが、私の脳に直接映像として入り込んできた。

 

「……はぁ……はぁ……マリー……」

「ああ……レナ……レナ……」

 

 安藤とマリー様は、お互いの名前を呼び合いながら熱く口づけをしている。

 その様子から、二人がただならぬ関係なのは分かった。

 

「ふぅ……こんなところ、誰かに見られたら大騒ぎされるだろうな……」

 

 安藤が口を離すと、マリー様に言う。

 

「そうね、だからこんな埃っぽいところまで来たんじゃない。内部組と外部組、それぞれ立場が違う私達が愛し合える場所として……」

 

 愛し合う? 安藤とマリー様が? それは、一体、何の冗談だ。

 私は体からどんどんと血の気が引いていくのを感じた。

 嘘だ。こんなの嘘だ。現実じゃない。私は悪い夢を見ているんだ。

 私は自分にそう言い聞かせ、夢であることを確かめるために自分の手の甲を強くつねってみた。

 だが、痛い。それは、夢ではなく現実であることの証明だった。

 

「ああ、愛しているわレナ。早く私達の関係を公にできればいいのに」

「だからそれは卒業後だと言っているだろ。高校の間は色々としがらみが多すぎる」

「それは分かっているけど……」

 

 ああ……ああ……どうか嘘だと言ってくれ。私を騙すための芝居だと言ってくれ。

 私は目の前の現実を否定したかった。すべてはただの白昼夢だと思いたかった。

 だが、先程も確認したように、これは現実だ。変えようもない現実なのだ。

 私は絶望感に囚われ、その場を後ずさる。そしてついには、私はその場から駆け出していた。

 

「嘘だ……嘘だ……!」

 

 私は自分に言い聞かせるように呟きながら走る。

 こんなことがあっていいはずがない。こんなことが……!

 私はとにかく走った。そして、気がついたら自室にいた。

 

「…………」

 

 私は自室の机の上に置かれている手帳を開く。そこにしまわれている、安藤の写真。

 それを私は見る。

 

「……クソっ!」

 

 私は、それを思い切り壁に投げつけた。

 

「どうして……どうして……うわああああっ……!」

 

 そして私は、机に崩れ落ちるようにもたれかかり、泣いた。

 泣くことしか、今はできなかった。

 

「ああああああああああああっ……!」

 

 結局、私はその日一日中部屋で泣き続けた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 次の日、私は学校を休んだ。

 失恋がこんな辛いものだとは思わなかった。ずっと抱いていた想いが否定されることが、ここまで体に影響を及ぼすとは考えもしなかった。

 その翌日から一応学校と戦車道の訓練には顔を出し始めたが、やはり私は以前のように活力ある生活を送ることができなかった。

 授業はあまり耳に入ってこないし、戦車道でも前のように指示を飛ばすことができなくなった。

 周囲の内部組は私を気遣ってくれたが、外部組は私の活力のない戦車道を批判し、ことあるごとに意見を言ってきた。

 その代表として、安藤が私に物申してくることが多かった。

 普段の私なら彼女の売り言葉に買い言葉で喧嘩をしただろう。それが彼女と話せて、楽しい一面もあったから。

 だが、今の私にはそんな気持ちも湧かず、彼女に言われるがままにされた。

 その姿勢が他の内部組からも批判され、私の周りからは少しずつではあるが、人が去っていくのを感じた。

 だが、それでも私は何かをしようという気持ちにはなれなかった。

 特に、安藤が話しかけてくたときなどはイラつきすら覚えるほどだ。君は私ではなくマリー様を選んだと言うのに。なぜ私に関わるのか。当然か。私は別に彼女にアプローチをしたわけでもない。ただ想いを秘めていただけの、哀れな小娘だ。それに対し、安藤とマリー様は、どういうきっかけかは分からないが、どちらかが勇気を出して声をかけ、そして結ばれたのだろう。勝手に傷ついている私とは大違いだ。

 勝手に恋し、勝手に失恋し、それを引きずっている。それが今の私だ。ああ、なんと愚かなのだろうか。だが、理屈では分かっていても心を制御できないのも現実だ。

 私はいつまで後悔し、引きずり続けるのだろう。

 終わりのない地獄のように、私には思えた。

 

 

「おい、押田、その、最近お前変だぞ……何かあったのか?」

 

 そんな鬱屈とした日々を送っていたときだった。安藤が私の部屋を訪ねてそんな風に私に声をかけてきたのは。

 

「……え?」

 

 私は驚いた。安藤が、私を心配して声をかけてきてくれている。私の部屋をわざわざ訪れてきてくれている、と。

 それがとてもではないが信じられなかった。

 

「どうして……」

「どうしてって、お前が最近なんだか落ち込んでいるようだから気になるんだよ。戦車の指揮にも精彩を欠いているし、お前らしくないなって……」

「安藤……」

 

 ああ、安藤が私のことを心配してくれている。

 すでに恋破れた身だが、そのことだけでとても嬉しかった。私は彼女の眼中になかった存在などではなかったのだ。こうして気にかけてもらえる程度には、彼女に気にしてもらえていたのだ。

 

「なんというか、喧嘩相手がこんなに元気がないと私も張り合いがないからな……まあ、何があったか分からないが元気を出せ。悩み事があるなら聞くぞ」

「ああ、ありがとう……ありがとう……!」

「そんなに感謝されることじゃないぞ。本当にらしくないな。まったく……」

 

 安藤はやれやれと言った表情を見せた。それでもよかった。私の事で心を動かしてくれているなら、それでよかった。

 

「とにかく、何かあるなら話してくれ。一応心配なんだ。それに――」

 

 よかったのに――

 

「マリー……様も、心配してる」

「……え?」

 

 その一言が、私の舞い上がっていた心を撃ち落とした。

 

「だから、マリー様も心配していると言っているんだ。私がお前のところに来たのもマリー様の相談があったからなんだ。押田が最近おかしい。様子を見てきてほしい、と」

「…………」

 

 そうか。君は結局、マリー様のものなのか。本当に私のことを心配してくれたのではなく、マリー様に言われたからやって来ただけなのか。そうか、そうか……。

 

「…………」

「おい、どうした。急に黙ったりして。とにかく、同じエスカレーター組だからかマリー様がすごく心配している。お前だって、マリー様に心配はかけたくないだろう? だから……」

「……はは」

「ん?」

「あっははははははははははははははは!」

 

 おかしくてたまらなかった。もう、笑うしかなかった。

 

「お、おい、どうした急に……」

「ああ、おかしい! こんなおかしいことがあるなんてな! 道化だよ! 私は所詮道化なんだな押田! あっはははははははは!」

 

 安藤は困惑しているようだった。それはそうだとう。突然目の前で私が狂ったように笑い始めたのだ。それも当然だろう。

 実際、私は狂ってしまったのかもしれない。だって――

 

「っ!? うわっ!?」

 

 こうして私は、安藤をベッドの上に押し倒したのだから。

 

「な、何すんだお前っ!?」

「ふふふ、安藤……」

 

 私は無理矢理彼女の来ている制服の閉じている部分を開き、彼女の褐色の肌を露わにする。

 

「きゃっ!? な、何を……!?」

「ふっ、そんな可愛い声も出せるんだな君は。初めて聞いたよ。今まで誰にも聞かせてこなかったんじゃないか? いや、マリー様の前ではよく喘いでいるのかもしれないがな」

「なっ!? お前、どうして私とマリーのことを……!?」

 

 安藤が驚愕する。

 その表情の変化が、とてもかわいらしく私には見えた。

 

「ふん、マリー、か。どうやら隠す気はないらしいな」

「あっ!? い、今のは……」

「いいんだ安藤。私は見てしまったんだよ。君とマリー様が熱く口づけを交わすところを……」

「な、何っ!?」

 

 再び驚きの色を見せる安藤。ああ、いちいち態度を表に出すところがまた愛おしい。

 

「君とマリー様は付き合っているのだろう? 一体いつからだ?」

「……去年の、冬からだ」

「ほう? 随分と前から付き合っていたのだな。その間、私はずっと騙され続けていたというのか。本当に私はいい道化だよ。ハハハハハっ!」

 

 笑いが出る。本当におかしくてたまらない。私はずっと負けていたということが、今は笑えてしょうがなかった。

 

「……お、お前、もしかして……」

「ああそうだよ安藤。私は君のことが好きだ。好きで好きでしょうがないんだ! もう、この気持ちを抑えることなどできはしない!」

 

 そう言って、私は安藤の唇を無理矢理奪った。

 

「んっ……!?」

「んっ……んん……んはっ……」

 

 安藤の口の中を舌で蹂躙し、存分に味わってから口を離す。私の口と安藤の口から、よだれで橋ができる。

 それに、私はたまらなく興奮した。

 

「はぁ……はぁ……ま、満足か……」

「満足? まさか。なあ安藤、ところで聞くが、君はマリー様とは体を重ね合わせたことはあるのか?」

「なっ……!?」

 

 私の突然な下品な質問に、安藤は固まる。そして、しばらく私から視線を外したかと思うと、小声で囁き始めた。

 

「……ない」

「ん? よく聞こえなかったな」

「だから、まだしてない! 私とマリーはまだ清い関係のままだ! 少なくとも、高校を卒業するまではそのままでいようと決めたんだ!」

 

 安藤が大声で言う。赤面しながら言う彼女もまた美しい。

 

「ほう……それは随分と健全なお付き合いだなぁ……くっくくくくくく」

「な、何がおかしい!」

「おかしいに決まっているさ。だって、それはつまり君の初めての相手はマリー様ではなく、この私ということになるのだからな」

「……え?」

 

 安藤が絶望したような表情になる。ああ、その顔だ。その顔が見たかった!

 

「や、やめろ! 女性同士とは言え無理矢理他人を犯すなんて、強姦だぞ!」

「ああ、そうだな。それがどうした?」

 

 私はそう言いながら安藤のスカートを脱がし、また下着にも手をかける。

 

「安心しろ。私も初めてだ。お互い、初めての体験を楽しもうじゃないか」

「やめろ……やめろぉーーーっ!」

 

 安藤の悲鳴が部屋に虚しく轟いた。だが、誰もその悲鳴を聞くものは居なかった。彼女を犯そうとしている、私以外には。

 

 

「……ううっ……うあっ……」

 

 事の後。安藤はベッドの上で、裸で泣きじゃくっていた。

 普段は男勝りな部分がある彼女にもこんな可愛い一面があるとは。私は思わず笑顔になる。

 

「ふふっ、安藤。良かったよ……」

 

 私は静かに笑いながら彼女の横で立ち上がる。

 そして、すっとスマートフォンを取り出して、彼女の裸体を写真に収めた。

 

「っ!? な、何を……」

「なあ安藤。初めてを無理矢理奪われたなんて周りに知られたらどうなるだろうな? 特に、それをマリー様に知られたら」

「わ、私を脅す気か!? それに、そんなことしたらお前もただじゃ……!」

 

 安藤はなんとか上半身を起こし私に反抗する。だが、それも愚かなことにしか今の私には見えない。

 

「ああそうだろうな。私は警察に厄介になるだろう。でも、それがどうした。好きな人の初めてを奪ったんだ。悔いはないさ。それよりも、今後の人生ずっと後ろ指を刺されて生きるのは私だけには限らなくなるぞ? ネットは広大だ。あっという間に君の初めての姿は広まるだろう。そして、数多くの好事家達が君の裸体を貪るんだ。そんな人生に、君は耐えられるだろうか?」

「うっ……!? そ、それは……」

 

 安藤は言葉に詰まっているようだった。私は駄目押しをすることにする。

 

「それに、マリー様がこの事を知ったら一体どんな事になるか……」

「なっ!? マ、マリーは関係ないだろう!?」

 

 やはり慌ててきた。それが憎らしくもあり、また可愛らしくもある。

 

「そんなわけないだろう。私が情報を広めれば、当然マリー様の耳にも入る。そのとき、君達は以前のような関係でいられるかな……?」

「くっ……な、何が望みだ……!」

「なあに簡単さ。私が呼び出したときはすぐに来て、私の慰みものになってくれればいい。私の欲求を満たすための肉人形になって欲しいんだよ」

「……拒否権は、ないんだろうな……」

 

 安藤は諦めたようにうなだれる。

 そんな安藤を見て、私はたまらなくおかしくなり、腹から笑えてしまった。

 

「ふふふ……あっははははははははははははははははははははははははは!」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 その日から、私は安藤を自分の都合のいいように使い倒した。

 安藤の都合など考えず、自分の欲望を満たしたいときに彼女を呼んだ。

 安藤は、最初は反抗した目つきでいたが、すぐに彼女の目からは光が消えていった。諦めていったのだ。私には逆らえないと。

 それでも彼女の体を味わっているときはいい声で鳴いてくれるものだから、私は飽きなかった。むしろ、どんどんと私の中の欲求を駆り立てられるようだった。

 そして、その日も――

 

「ああ、レナ……」

「マリー……」

 

 その日、私は逢瀬を楽しむ安藤とマリー様をつけ、その様子をひっそりと見ていた。

 以前は嫉妬と悲しみしか湧かなかったその光景も、今ではマリー様が逆に哀れに思えるほどだ。

 

「レナ、レナ……」

「マリー、マリー……」

 

 口づけを交わす二人。その口づけは確かに濃厚なものだ。だが、私が安藤を犯すときのほうがもっと貪っている。

 

「んはっ……ねぇ、レナ」

「ん……なんだマリー」

「最近、私に何か隠していることない?」

「えっ?」

 

 と、そこでマリー様が安藤から口を離し安藤に聞いた。安藤は虚をつかれたかのように驚いていた。

 

「そ、そんなことないけど……」

「本当……?」

「あ、ああ。本当だ……」

 

 マリー様はとても心細そうな目で安藤を見ている。そして、安藤はそんなマリー様の視線から逃げるように目を逸しながら言う。相変わらず嘘が下手な女だ。

 そんな安藤を見て、マリー様はとても寂しそうな表情をした。

 

「そう……あなたがそう言うなら、今は何も追求しないわ。でも、今のあなた何か変よ。なんだか、以前のように私に真剣に向き合ってくれていないというか……」

 

 それはそうだろう。だって、安藤には後ろめたい私という存在があるんだから。

 

「そ、そんなこと……」

 

 安藤は答えに窮しているようだった。そんな安藤を見て、マリー様は安藤から離れる。

 

「マリー……?」

「ごめんなさい、なんだか今日は気分が削がれちゃった。今日はこれくらいにしましょう?」

「あ、ああ……」

 

 そう言ってマリー様はその場から去っていく。安藤は、ずっとその場に一人残っていた。

 私は、そんな安藤の肩を後ろから叩く。

 

「安藤、この後いいかな?」

「っ!? 押田……ああ、分かった……」

 

 安藤は力なく頷く。完全に諦観の様子だった。

 私はそんな安藤に微笑み、その場から去った。

 そのとき――

 

「ごめん……ごめん、マリー……」

 

 という彼女の呟きが聞こえた。

 

「ふふふ……あっははははははは!」

 

 私は一人になったときに笑った。笑って、笑い倒した。

 

「あはははは……うっ……うううっ……」

 

 そして、泣いた。

 分かっているんだ、本当は。いくら安藤の体を貪ったって、彼女は私のものにはならないって。安藤の心は今でもマリー様のところにあって、むしろどんどんと彼女を遠ざけているんだって。

 でも、今の私にはこうするしかない。せめて、肉体は繋がり合っていないと、私はこわれてしまうだろうから。

 いや、もうとっくに壊れてしまっているのかもしれない。

 

「どうして……どうしてこんなことに……」

 

 私は自問した。

 本当に、どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 こんなことなら、恋心なんて抱くんじゃなかった。安藤のことを、好きだなんて思うんじゃなかった。ただの喧嘩相手のままでいられれば、それでよかった。そうしたら、こんな状況にはならなかったのに。

 

「うっ……うあっ……」

 

 私はその場にしゃがみ込み、一人泣いた。

 今の私には、そんなことしかできなかった。

 ただ一人、私は泣き続ける。

 私は孤独だ。きっと、これからずっとそうなのだろう。

 私は、永遠にひとりぼっちなんだ。

 

「ごめん安藤……ごめんなさいマリー様……ごめん……ごめん……」

 

 私は謝る。それしかできないから。本人達の前では決してできない、懺悔の言葉を、口にすることしかできない。

 それが今の、惨めな私の姿だった。惨めな私の、心だった。

 


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