ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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逸見エリカが自分の家と戦うお話


逸見vs逸見

「うーん今日の訓練も疲れたわねぇ!」

 

 黒森峰女学園戦車隊隊長、逸見エリカは大きく背伸びをしながら言った。

 周りは訓練を終えた他の黒森峰生が戦車を降りたり談笑をしたりしている。

 エリカもまた、訓練を終え疲れた体を伸ばしているのだ。

 

「お疲れ様です、エリカさん」

 

 そのエリカに声をかけるものがいた。

 副隊長である赤星小梅だ。小梅の手には、ペットボトルが二本握られている。

 

「はい、どうぞエリカさん」

 

「ありがとう小梅、あとでお金払うわ」

「そんなのいいですって」

 

 小梅が笑いながら言う。その小梅にエリカもまた笑う。

 

「ありがと、じゃお言葉に甘えさせてもらうわ」

「はい、そうしてください。それにしてもエリカさんの隊長もすっかり板についてきましたね」

「そうかしら」

「ええ、そうですよ。だってエリカさんはあの無限軌道杯で大洗を倒して優勝に導いたんですから」

 

 無限軌道杯。冬季に行われた戦車道の大会。その大会において、エリカは黒森峰を勝利させたのだ。

 

「わたしだけの力じゃないわ。みんなが頑張ってくれたおかげよ」

「またまた謙遜して。エリカさんの指揮がなしえた勝利ですよ」

「……そ、そんなこと……」

 

 その言葉にエリカは嬉しそうに鼻をこする。

 無限軌道杯での優勝はエリカの悲願だった。前隊長のまほから託された黒森峰を強いチームにする。それが自分に託された役目だと思っていたからだ。

 その悲願を、エリカは達成した。そうしたエリカは、敵味方共に称賛を受けた。今、エリカは戦車道をしてきたいままでの人生でも絶頂のときにいると言えた。

 

「あ、ありがとう。でも、それで満足する気はないわ。次は夏の全国大会。そこでも黒森峰を勝利に導いて王者黒森峰の栄冠を取り戻してみせるわ!」

「はい! エリカさん!」

 

 そう笑みで言い合うエリカと小梅。

 そんなときだった。

 

「逸見隊長ー! お電話が入っていますがー!」

 

 エリカの部下がエリカに伝言を伝えに来た。

 

「え? 電話? 誰かしら?」

「ご家族の方らしいですけど……」

「……え?」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「…………」

 

 エリカは無言で車の後部座席に乗っていた。車は黒塗りで、運転している男もまた黒ずくめだ。

 エリカの顔は険しい。その表情から、今車に乗っているのが不本意なことが分かる。

 

「つきました」

 

 黒ずくめの男が言う。車は大きな洋風の屋敷の前で止まっていた。

 

「……ありがとう」

 

 エリカは気持ちのこもっていない声で言う。

 彼女は重い足取りで車から降りて屋敷に入る。

 

『おかえりなさいませ。エリカお嬢様』

 

 そして彼女が屋敷に入ると、広いエントランスで黒服を来た大勢の男や女が並んで彼女に頭を下げてきた。

 

「…………」

 

 それに対しエリカは不機嫌な顔をする。

 そのままエリカはその頭を下げている人間に目もくれず歩く。そして、二階に上がりあとある部屋に入った。

 

「おかえり、よく帰ってきたわね、エリカ」

 

 そこには、大きな椅子に座る一人の貴婦人がいた。髪はエリカと同じ銀髪で、赤いドレスを着ており、長い切れ目でエリカを見ている。

 その婦人を見た瞬間、エリカの不愉快そうな表情はさらに険しくなった。

 

「……好きで帰ってきたのではありません。お母様」

 

 そう、その人物はエリカの母親だった。

 だが、エリカの態度は自分の母親に対する態度とはとても思えなかった。

 エリカは相変わらず不機嫌そうに母親の正面にある椅子に座る。

 

「改めて、よく帰ってきてくれたわね」

「本当は帰ってきたくなどありませんでした。……姉様が突然倒れたなどと言われなければ」

「あら、冷たいことを言うのね」

「自分が自分の娘達にしてきたことを振り返っても同じことを言えるんですか?」

「ええ、言えるわ」

「……ちっ」

 

 エリカは舌打ちをする。

 そのエリカを見ても、エリカの母は微笑みを湛えたままだった。

 

「それで、いったい姉様はどうしたと言うんですか。それと、私に何のようなんですか」

「まあ、いきなり質問ばかりね。そうね、でも答えてあげましょう。まずあの子のことだけれど、体に限界が来たみたい。次期当主としての仕事に耐えられなかったみたい。あの子、昔から体が弱かったけど、ここまでとわね」

「まるで他人事のように……! そんな娘を酷使したのは誰か……!」

 

 エリカは憎しみを込めた視線で母親を見る。だが、エリカの母はそんな視線を気にもとめていないようだった。

 

「それで本題なんだけど、あの子に次期当主は無理そうなの。だからエリカ、あなたが次期当主になりなさい」

「はぁ!?」

 

 エリカは大声を上げて立ち上がった。

 

「みっともないわ、座りなさい」

「これが冷静でいられるものですか!? あなたはこう言っているのよ!? 姉様が使い物にならなくなったから、次は私! そんな子供を道具と思っているような発言、人の親ができるものなの!?」

「あら、ずいぶんな言いようねぇ。でもねエリカ、これはあの子のためでもあるのよ? あなたも知っての通り、我が家ははるか昔から代々財閥として、この国を影から支えてきた。その我が家にはどうしても次代を担う人間が必要。その責務は重大で、並の人間にはできない。それなのにあの子は虚弱に生まれてしまって、我が家を担うには繊細すぎた。結果が、今回の事件。それで、このまま任せればあの子は死んでしまう。それは我が家としてもさすがに困るわ。人死なんてスキャンダル、少しばかり嫌だもの」

「人を人とも思ってもいないくせに……!」

 

 エリカは歯を食いしばり母親を再度にらみつける。

 

「ふふ、確かにね。でもエリカ、あなたは見捨てられるのかしら? あなたの代わりにすべての責務を背負ってきたあの子のことを」

「ぐっ……!? それは……!」

「あなたが自由に戦車道を好きな学校でできたのも、あの子のおかげ。あの子は自分で自分の学校を選べなかったと言うのに。あなたは、辛いことをぜーんぶあの子に押し付けてきた。だから、そろそろあなたも責任を負うときじゃないかしら」

「うっ……」

 

 エリカは痛いところをつかれ少しひるむ。

 その隙を、エリカの母は見逃さなかった。

 

「あの子も可哀想よねぇ。身勝手な妹のせいで、命を散らすだなんて。あの子の性格からして、あの子はそれを本望と思うでしょうけど、あなたはどうなのかしら?」

「そ、それは……!」

「……それに、私もあなたをこれ以上自由にさせるとは言っていないわよ?」

「っ!? まさか!?」

 

 エリカは何かに感づいたように目を見開く。そこで、エリカの母はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

「ええ、黒森峰女学園。西住流なんて小さな流派が幅を利かせているけど、はたしてその流派は文科省にどれほどの権力を持っているのかしら? はたして、うちと張り合えるほどの力があるのかしら? それに、大洗女子学園、だったかしら? 一度は廃校になりかけた学校ぐらい、簡単なのよ?」

「ひ、卑怯な……!」

「それは我が家にとっては褒め言葉よ。我が家は、代々そういうことをしてこの国を支えてきたのだから」

「ううっ……!?」

「それで、どうするのかしらエリカ? あなたはあなたの抱えている大事なものをすべて捨ててまで、我を通すの? それとも、我が家の礎となり大なものを守るの?」

「そ、それは……! それは……」

 

 エリカの声はだんだん小さくなる。そして、やがて崩れるように椅子に座った。

 

「……わかり、ました」

「……ふふふ。それでいいのよ。大丈夫よ、エリカ。あなたもいずれ分かる。この家を継ぐということの大切さと、そのためにいくらでも狡猾になれるということを。そう、この私のようにね」

 

 そこまで言うと、エリカの母は扇子で顔を隠し、それでも隠しきれないおぞましい笑みでエリカを見た。

 彼女の視線の先には、力なく椅子でうなだれているエリカの姿があった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「どうしてですか……どうしてですか! エリカさん!」

 

 黒森峰の作戦会議室。そこで小梅はエリカに詰め寄っていた。

 

「どうして戦車道を止めて転校するなんて……そんなこと!」

「どうしても何も、家の都合よ。仕方ないじゃない」

 

 エリカは無表情で小梅に言う。だが、小梅は納得しきれなかった。

 

「学園艦にいる間は生徒は自由に学園生活を送れるはずなんじゃないですか!? 干渉なんでできないはずじゃないんですか!? エリカさんも分かってますよね!? 今、黒森峰にとって一番大切な時期だって!」

「……分かってるわよ」

「ならどうして――」

「それが、私の意思だからよ」

 

 エリカは、ぴしゃりと言い放った。その目は、冷たく小梅を見下していた。

 

「……エ、エリカさん……?」

「正直、無限軌道杯を勝ったあの日から、私の情熱は消えていたのよ。もう優勝校の隊長っていうステータスは手に入れたしね。そんな私が隊長をするなんて、ありえないでしょ?」

「そ、そんな……エリカさんの……エリカさんの西住隊長の後を継ぎたいという気持ちは嘘だったんですか……」

「ええ、嘘よ。私はもう戦車道に興味はない。この学校にも未練はない。私はさっさと次のキャリアを手に入れる。私のためにね」

「……エリカさんの、エリカさんのバカっ!」

 

 小梅は泣きながらエリカに怒号を浴びせ、その場を去っていった。

 一人残されたエリカは、しばらく立ち尽くした後、ぽつりと言った。

 

「……そんなの、私が一番分かってるわよ……」

 

 エリカの目から、ぽつりぽつりと涙のしずくがこぼれ落ち始める。

 それが、床に少しずつ跡を作っていた。

 それが最後のエリカの人間らしい感情の発露だった。それからのエリカの心は、その日から氷のように冷たくなることとなる。それは奇しくも、彼女を立派な逸見の当主としていくこととなるのであった……。

 


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