ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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エリカがメイドになるお話です。


偉大なるカチューシャ様のために

「……あれ?」

 

 私は、たった今突然置かれた自分の状況がまったく把握することができなかった。

 何の前触れも無く、急に目の前に知らない光景が広がったのだ。

 長く続く赤い絨毯の廊下。

 狭い空間を包み込む柔らかな照明。

 薄肌色の壁紙が貼られた壁。

 いったいここは何処なのだろうか? そもそも、私は今まで何をしていたのだろうか?

 私は情報を集めるために視界を動かす。どうやら私は長い廊下の真ん中にいるようだった。

 次に、私は自分の体に視線を移す。

 すると、私の服装は、非常に特殊な姿をしていることを自覚した。

 私が纏っているのは所謂、エプロンドレスというものだ。漆黒のワンピースに、純白のエプロンの組み合わせ。ワンピースのスカート部分は足首まで伸びており、俗に言うメイド喫茶などのコスプレ目的のものではなく、古式ゆかしい衣装であることが分かった。

 もしやと思い頭のほうに手をかけると、やはり、私の頭にはフリル付きのヘッドドレスがあった。

 つまり、今の私の見た目は完全にメイドだったのだ。

 何故だ、どうしてこういうことになっている。

 落ち着こう。落ち着いて一つずつ思い出していこう。

 まず、私が誰なのか。

 私の名前は逸見エリカ。黒森峰女学園機甲科二年生。黒森峰戦車隊副隊長。

 よし、自分の素性な難なく思い出せる。

 では、私は直前まで何をしていた?

 確か、いつもどおりに訓練をしていたはずだ。隊長の代わりに部下たちの指揮を取り、叱咤して……。ああそうだ、確か練習試合があったはずだ。相手校は……駄目だ、思い出せない。だが、確かに私は戦車戦の指揮をしていた。そして、試合を終えて、そのまま自陣に戻って休憩していると……。

 そこで、私の記憶は完全に途切れていた。

 まるで、番組の途中で途切れた録画のようにぷっつりと、だ。

 そして今、再びテレビの電源を付けたかのように意識が戻ってきた。

 戻ってきた? では、戻る前の私は何をしていた? こんな格好をして、こんな知らない場所に来て、一体何をしていたというのだ?

 分からない……思い出せない……。

 私は右手で頭を抱えた。

 思い出そうとすれば思い出そうとするほど、思考がぐちゃぐちゃになっていく。まるで何かが私の記憶を閉じ込めているような、そんな感覚――

 

「おや、どうしたのですか? 同志エリーシャ」

 

 突如私の背後から声がし、私は体を後方へと向ける。

 そこにいたのは、プラウダ高校三年、ブリザードの異名を持つ女、ノンナだった。

 

「あなたは……」

「もうそろそろカチューシャが目を覚ます時間ですよ。さあ一緒に行きましょう」

 

 ノンナはそう言って私の先を歩き始める。

 そうだ思い出した。確か、練習試合の相手はプラウダだった。私の最後の記憶では、プラウダと黒森峰での練習試合を行っていたのだ。

 しかし、今はそれ以上に気になることがある。

 今この女は、私のことを『同志エリーシャ』と呼んだ。

 旧ソビエト連邦のロールプレイを行っているプラウダにおいては、彼女らは仲間のことを“同志”となんて呼ぶことがあるとは聞いていた。

 しかし、それをまさか私に、しかも“エリーシャ”などという呼び方で私を呼んだのだ。

 これは一体どういうことなのか?

 

「……? 来ないのですか? 同志エリーシャ」

「あ、いえ……今すぐ向かいます」

 

 私は反射的に敬語で答え、ノンナの後を追うことにした。

 一体何がどうなっているのか今の私にはさっぱり分からない。だがただひとつ分かるのは、今彼女に逆らって何か行動を起こすのはまずい、ということだ。

 私の第六感が、そう告げていた。

 だから私は、ひとまず彼女についていくことにした。

 ノンナはこれからカチューシャ――プラウダの戦車隊隊長のところへ行くのだと言う。そこに行けば、何かが分かるかもしれない。そんな気がした。

 私とノンナは長い廊下を歩いている。

 ノンナがいてカチューシャがいるなら、ここは間違いなくプラウダなのだろう。

 プラウダ高校に、黒森峰の副隊長である私が、メイドの格好をしてノンナと歩いている。

 考えてみれば考えてみるほどに異常な状況だ。

 だがノンナは、私がいることにまったく違和感がないどころか、まるで当然のように振舞っている。

 廊下を歩いていると何人かのプラウダの生徒とすれ違った。彼女らも、私がメイドの姿でノンナの後ろを歩いていることに誰一人疑問を口にしようとしない。それどころか、私達に頭を下げてくる生徒だっているほどだ。

 私がノンナと一緒にしばらく歩いていると、廊下でいつくか横切っていた片開きの扉とは明らかに大きさが違う、両開きの装飾がされた扉の前で止まった。

 どうやらその先にカチューシャがいるらしい。

 ノンナは静かにその扉を開け、中に入っていく。私もまた、その後を追った。部屋の中は薄暗かったが、その広さ、豪華絢爛さはとても一生徒のための部屋とは思えなかった。

 私とノンナは部屋の中央にあるこれまた大きなベッドの側へと寄る。

 その大きなベッドの上で、不釣り合いな小さな体が眠っていた。カチューシャだ。

 ノンナはゆっくりとカチューシャの体を揺する。

 

「カチューシャ。朝ですよ。起きてください、カチューシャ」

 

 すると、カチューシャは眠たそうに顔を歪めながらも、ゆっくりとベッドから状態を起こし、ふわぁと大きな欠伸をした。

 

「おはようノンナ……おはようエリーシャ」

「おはようございます、カチューシャ」

「おはようございます、カチューシャ様」

 

 私はノンナに続いてカチューシャに頭を下げた。そのとき、私の口からは自然と『カチューシャ様』という言葉が出ていた。

 私は今まで彼女を様付けでなんて呼んだことはない。呼ぶ理由がない。私は彼女の周りにいる信奉者とは違う。

 だが私の口からはとても自然なことのように、カチューシャの名を様付けで呼ぶ言葉が出てきたのだ。

 

「おはようノンナ、エリーシャ」

 

 エリーシャというのは私のことだろう。

 カチューシャもノンナも、私がメイドの姿でいることに何の疑問も持っていない様子だった。

 現状に対する解答は、少なくとも彼女らから得られることはなさそうだ。

 ノンナがベッドから降りるカチューシャのパジャマを脱がす。私は一方で、これまた不思議なことに、カチューシャの部屋にあるクローゼットから、彼女の服を取り出し始めていた。

 私はそんなことをしようなどとは思ってもいなかった。だが、体はそれが当然のことのように動いているのだ。まるで、ずっとカチューシャの元で働いて行動が刷り込まれているような、そんな感覚だった。

 私がカチューシャの服を持って行くと、ノンナがそれを受け取り、カチューシャに渡す。この一連の動作から、カチューシャの身の回りの世話をするのはノンナであり、私はあくまでその補佐という構図が見えてきた。

 

「ありがとう二人共。エリーシャ、今日の朝食はどうなっているのかしら?」

「はい。今日の朝食はピロシキにスクランブルエッグ、コンソメスープになっております」

 

 私の口からスラスラと朝食のメニューが出てくる。

 そう、私は知っている。カチューシャのために作られた朝食の内容を、いや『私が作った朝食の内容を』知っているのだ。

 

「エリーシャが来てから料理が美味しくなったから楽しみだわ」

「ええ、それでは早く食堂に行きましょうか、カチューシャ」

 

 カチューシャはノンナを連れて部屋から出て行く。私は、その後ろ姿に二人が出て行くまでずっと頭を下げ続けていた。

 そして、二人が出て行ってからやっと、私の体は自由になった。

 

「……はっ……!」

 

 私は今にも倒れそうになるほどの不快感に襲われながらも、必死にその場に踏み止まる。

 おかしい。明らかに、この状況は異常だ。

 先程までの私の体は、完全に私のものではなかった。まるで見えない糸で体を操られているマリオネットのようだった。心ははっきりしているのに、それ以外が私のモノではなかった。

 なんという不快感であろう。これほどの気持ち悪さを、私は今まで味わったことがない。

 

「うっ……!」

 

 胃の中身が逆流しそうになり、私は必死に口を押さえる。

 こんなところで吐くわけにはいかないと思ったのも確かだが、『カチューシャの部屋を汚してはいけない』という指令にも似た謎の意識が私の体を支配し、それを押しとどめた。

 前言撤回だ。私の心ですら、私のものではなくなっている気がする。

 心にすら、見えない人形師の手がかかっている。

 まずい。このままではまずい。

 私の本能が警鐘を鳴らしていた。

 このままでは、私は今までの私では無くなってしまう。

 私は行動を起こすことに決めた。

 まずは、私に何が起こったのかを解明しなくてはならない。プラウダに隠された秘密を探り出さなければならない。

 私の中にある私のものではない記憶が告げる。この後の予定は、カチューシャに朝食を出し、その後はカチューシャの行動圏内であるこの寮の掃除をすることであると。つまり、掃除の間私はある程度自由になることができる。何かを探るには、そのときがちょうどいい。

 私は自分自身を取り戻す決意をすると、まずは怪しまれないためにカチューシャの朝食が用意してある食堂へと向かった。

 

 

 カチューシャに朝食を出し終えた後、私は寮内の掃除をしている。どうやら今日は休日らしく、カチューシャ達は自室に籠もり歓談に耽っているようだった。

 私はというと掃除道具を手にし、長い廊下の掃除をしている。他にも、同じメイド服を着たプラウダの生徒が掃除を手伝っている。

 掃除をする前にメイドの詰所にあたる場所へと顔を出したが、なかなかの数のメイドをカチューシャは抱えていたようだった。

 そして、メイド達は私が現れると一様に頭を下げた。どうやら私は彼女たちの『メイド長』であるらしい。外から来た私がそのような立場にいるのは不思議だったが、私はその立場をうまく利用することにした。

 私は私の中にある記憶を利用し、テキパキと掃除を割り振った。そして、その割り振り方によって、なるべく私の近くには他のメイドがいないように設置した。

 今は目の前に何人かのメイドがいるが、すぐさま別の場所へ行くだろうから、その問題もすぐさま消える。

 そして私は期を待った。真面目に掃除をしている振りをして、私がとある場所で一人になれる時間を待ち続けた。

 

「メイド長、それでは私達は三階の掃除に行ってまいりますね」

 

 一緒に掃除していた数名のメイドが私に移動する旨を告げてきた。

 ――来た!

 私は内心を必死に隠し、彼女達に笑顔を向ける。

 

「ええ、行ってらっしゃい」

「しかし本当にメイド長一人で大丈夫なのですか? やはり少しでも人を残したほうが……」

「いいえ問題ないわ。私はカチューシャ様に選ばれたメイド長、これぐらいの仕事どうってことないわ」

 

 よくこんな台詞がペラペラと出るものだ。私は自分の口の上手さに笑ながら心の中で苦笑した。

 

「さすがですメイド長! まさしくカチューシャ様が直々にメイド長に任命するに値する立派なメイドの鏡です!」

 

 そんなことには毛ほども気づかず、メイド達は私に尊敬の眼差しを向けているようだった。

 メイド達は私とカチューシャへの賛美の言葉を贈ると、掃除用具を持って三階へと移動していった。

 

「……よし」

 

 人がいなくなったことを確認すると、私は手に持っていた掃除用具を廊下に置き、近くにあるとある部屋の扉を開ける。

 そこは、おそらくこの寮で二番目に秘密が隠されているであろう部屋――カチューシャの腹心、ノンナの部屋だ。

 ノンナの部屋は昼だというのに暗い。カーテンが締め切られているのと、意外なことにあまり整頓されていない……というか明らかに汚部屋といった様相の部屋であることがその印象をより強くした。

 私は電気をつけようかとも思ったが、下手に部屋全体に電気を付けて勘ぐられるのも嫌なので、ゴミの山をかき分けながら進み、勉強机の上にあるスタンドの電気だけを付けた。

 

「さて……」

 

 この荒れようだと、どこから手を付けていいか分からない。そう思いながらも、私はまず彼女の勉強机から調べてみることにした。

 当然、机の上にはそれらしい文章はなかった。あるのは学校の教科書や戦車道関連の資料ばかり。続いて私は机の引き出しを総当りで調べることにした。一つずつ引き出しの中を調べていく。机の中もだいぶ雑多であり、それをかき分けて調べるのには苦労した。

 だが、その労力に見合うものはなかなか出てこない。もしや失敗だったかと思いつつも、私は机の一番下にある最後の一番大きな引き出しを開けた。そこには、ぎっしりと様々な資料が詰め込まれていた。

 そのすべてに私は手に通す。だがやはり、それも戦車道関連のものばかり。とうとうすべてが徒労に終わるのか。そう思っていたとき、その引き出しの一番奥に、隠すように汚れた一冊の本があるのを私は見つけた。

 私はそれを手に取る。どうやらそれは日記帳のようだった。何かの手がかりになるかもしれないと私はそれを開く。すると、その最初のページには、信じられないことが書いてあった。

 

『四月八日。とうとう憧れのプラウダに入学することができた! ソ連の文化は前々から好きだったし、戦車道も強くずっと憧れていた。そのプラウダに入ることができた今、私はとても嬉しい。……だが、一つだけ不満なことがある。それは、あいつがいることだ。昔からいけ好かなくて大嫌いだったあいつが。どうしてあいつもプラウダに入学しているのか。確かに同郷だし戦車にも興味があるようだったが、地元で悪名が高いあいつは多分別の高校に行くものだと思っていた。さらに同じクラス。本当に最悪だ。さっそくちやほやされて調子に乗っているらしい。できるだけ関わらないで高校生活を送りたいものだ。あの傲慢なチビのカチューシャとは、絶対に』

 

 それはとてもノンナの日記には思えなかった。あのノンナが、カチューシャを毛嫌いしているのだ。今の忠臣ぶりを見ていると、想像することも出来ない内容だ。

 もしや別人の日記なのではと思い表紙を確かめるも、確かに表紙にはノンナの名がしっかりと記されていた。字も彼女のものだ。散乱するプリントや資料と比較しても、同じ人物が書いたと分かる文字だった。

 私は困惑しながらもページを捲る。今の私に繋がる何かがある、そんな気がしたからだ。

 

『四月一二日。最悪だ。カチューシャも戦車道を選んだ。いや、確かにカチューシャも戦車道は前々からやっていたし、恐らく取るだろうなとは思っていた。だが、同じ隊になったのは誤算だった。プラウダは強豪校ゆえ同学年といえど隊が幾つかに別れる。だから、別の隊になりたいとずっと願っていたのに、結局同じ隊になってしまった。これからあの暴君と同じ隊で戦うのかと思うと、私は溜息をつくことをやめられない』

 

『四月一九日。さらに最悪なことが起きた。なんと、カチューシャが私達の隊の司令官に収まることになったのだ。模擬戦や練習、座学などの結果、先輩方が決めたらしい。私だって優秀な結果を残したというのに、選ばれたのはあいつだった。不愉快だ。これからあいつの指示で動くことになるなんて。しかも、どうやら隊長に気に入られているらしい。どうしてあんな奴が隊長に目をかけてもらえるのか、私にはまったくもって理解不能だ』

 

 それから一ヶ月ほどの間、日記は学校生活とカチューシャへの不満がずっと綴られていた。

 やはり、ノンナの日記とは思えない。これほど嫌っているような人間が、あそこまでの信奉者になることがあるというのだろうか?

 そんな疑問を持ちつつも読み進めると、とあるページで私の目は止まった。

 

『五月二〇日。おかしい。明らかにおかしい。隊の空気が、クラスの雰囲気がおかしなことになっている。隊にもクラスにもカチューシャのことを私のように嫌っている生徒は沢山いた。それが、ここ最近何故か急にその連中がカチューシャに靡き始めたのだ。しかも、隊長のカチューシャ贔屓もここ最近度が過ぎている。確かにカチューシャは優秀とは言え、急に副隊長に据えるなんて私情があるにもほどがある。おかしくなった子に事情を聞いてみても、カチューシャへの賛美の言葉ばかり並べられて会話にならない。一体何がどうなっているのか。何だか、とても恐ろしいことが起きている、そんな気がしてならないのだ』

 

 私がその次のページを開くと、白紙だった。それから数ページの間、ずっと白紙が続いている。私はなんだかとても恐ろしくなってきたのだが、それでもページを捲る手は止まらない。

 そして、それまで白紙だった日記のページに、また再び文字が記され始めた。

 その内容は、私を混乱させるには十分だった。

 

『五月二八日。カチューシャは偉大なお方です。すべての人民の上に立つべきカリスマ性と、卓越した指揮能力、そして、我ら下々のものにまであまねく愛を振りまいてくれる慈愛の心。私はなんと幸せなのでしょう。彼女と同じ時代に生まれ、彼女の下で働くことができるなんて。ああ、偉大なるカチューシャ。愛しのカチューシャ。私は永遠にあなたに忠誠を誓います。万歳、カチューシャ様、万歳!』

 

「な、何よこれ……」

 

 私は震える手で恐る恐るページを捲っていった。それからの内容は、すべてがひたすらにカチューシャを賛美し、日毎の行動を逐一記録する、まさに『カチューシャ日記』と言えるような内容になっていた。

 ただごとじゃない。尋常ならざることが起きている。秘密を探るなんてことを言っている場合じゃない。逃げないと。今すぐここから逃げないと!

 

「見ましたね」

 

 だが、私がそのことに気づいたときにはもう遅かった。

 私の口元に、湿った布が押し当てられる。

 すると私の意識は途端に朦朧としてきた。私の意識が闇に落ちる瞬間に見たのは、氷のような表情のノンナの顔だった……。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「んん……」

 

 私は異様な睡魔に包まれながらも、ゆっくりと目を覚ます。あたりは暗く、ぼんやりとしか周囲にあるものを確認できない。

 どうやらどこかの地下室のような場所だった。壁も床も冷たい印象を受けるコンクリートで、何やら妙な配線がいくつも伸びている。私の正面には鉄製の扉がある。そして、その配線の集約する先は、私の足元のようだった。

 私は自分の体にも視線を移す。どうやら、私は椅子に拘束されているようだった。手足は鉄の拘束具でしっかりと椅子に括りつけられ、体を自由に動かすことはできない。しかし、何よりも一番違和感があったのは、私の頭部であった。鏡がないためどんな形をしているのかは分からないが、私の頭部には何か被り物がさせられているようだった。それは、私の頭部をギチギチと締め付けており、若干痛い。配線の幾つかはこの頭部の何かに繋がっているようだった。しかも、何か尖ったものが食い込んでいる感覚すらある。

 私は必死に体を動かすも、まったくもって拘束が緩む気配はない。

 私がそんなことをしていると、ギィィ……という音と共に、鉄の扉が開かれた。そこから漏れる光に包まれて現れたのは――

 

「はぁいエリーシャ。気分はどう?」

「カ、カチューシャ……!」

 

 そこにいたのは憎たらしい笑みを浮かべるカチューシャと、無表情で側に立つノンナだった。

 

「これはどういうことよ! 私を開放しなさい!」

「あらあらすっかり悪いエリーシャになっちゃって。たまにいるのよね、抵抗の強い子って。でも大丈夫、すぐ元の素直なエリーシャに戻れるわ」

 

 カチューシャの言っていることはわけが分からなかった。だが、彼女が移動し、突如ライトアップされた、壁に設置されているレバーに向かって歩き始めたとき、私は言いようのない恐怖に襲われた。

 

「い、一体何を……」

「そうね。どうせすぐどうでもよくなることだけど教えてあげる。プラウダにはね、旧ソビエトが研究してきた技術を今でも研究し続けるような部門があるの。まぁ、とても公にはできないような部門なんだけどね。その一つに、反乱分子を同志にするという技術があって、それはつい最近形になったのだけれど、私はそれを利用させてもらっているのよ。最初は前の隊長に教えてもらったんだけれど、その隊長に試したら凄く効果抜群でね。だから私は、これを使って私のための世界を作ることにしたのよ。そして、私はそれを実現した。あの私を毛嫌っていたノンナだって……ノンナ!」

「はい、カチューシャ」

 

 ノンナはカチューシャが呼ぶと、すぐさま跪き、その靴にキスをした。そのときのノンナの顔は、とても幸せそうだった。

 

「ほらね。この通り。そしてエリーシャ。今度は私、エリーシャが欲しいの。あの大学選抜戦からずっと、私はあなたのことが気になっていた。あなたのことが欲しくて欲しくて堪らなかった。この子ならきっと私のいい同志になってくれる。そう思ってね」

「嫌……やめて……」

「だからあなたを攫って、『調整』した。でもあなたの意志は思ったよりも強かったようね。気に入ったわ。今度は二度と変わらないよう、脳細胞を一つ残らず、心の器の最後の一滴まで『調整』してあげる」

「いや……助けて……隊長……みほ……」

 

 嫌だ、嫌だ、変わりたくない。洗脳なんてされたくない。私は私だ。私なんだ。助けて、誰か助けて、お願いなんでもするから私を助けて!

 

「やぁねぇエリーシャ、あなたの隊長は、私、よ?」

 

 そして、レバーに手をかけていたカチューシャが、無慈悲にもそのレバーを勢い良く降ろした。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!?!?!?!?」

 

 私が……ワタシがカエラレテイク……記憶ガ……想イがスベテネジマゲラレテイク……!!

 

「アッ、アアアアッッ!! アアアア……カ、カチューシャ……カチューシャ……サマ……カチューシャサマ……カチューシャサマ、カチューシャサマ、カチューシャサマ、カチューシャサマ、カチューシャサマ……」

 

 そこで、私の意識は闇へと堕ちた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 私の一日は誰よりも早く起きることから始まります。

 カチューシャ様に使えるメイド長として、それは当然のことです。誰よりも早く起き、カチューシャ様の起床に備え準備をしなくてはなりません。

 まずは朝食作りから。メイド服に着替えた私は、真っ先に厨房に向かいます。他ならぬカチューシャ様が一日に最初に口にするもの。そこに妥協は許されません。

 私が厨房で準備をしていると、他の料理当番のメイド達がやって来ます。私は彼女達と協力し、その日の朝食を作り上げます。栄養バランスを考えながらも、カチューシャ様の口にあうことを第一に考えた朝食を。

 私は逐一味見をし、料理当番の子達に指示を出します。カチューシャ様のお口にあう最高の料理を作らねばならないのですから。

 朝食を作り終えると、今度は食堂へと行きます。テーブルクロスを一つの皺なく敷き、食堂の各所に汚れがないか細かく調べます。もし汚れがあるなら急いで掃除をし、カチューシャ様が気持よく朝食を取れるように整えます。

 食堂での準備を終えると、今度はメイド達への朝礼の時間です。料理当番や掃除当番、お世話当番など様々な子達がいますが、それを統括し仕事をこなすのがメイド長たる私の仕事です。

 私は詰所に整列したメイド達の前に出ると、いつものように朝礼を始めます。

 

「おはようございますみなさん」

「「おはようございます、メイド長!」」」

「今日もカチューシャ様が心地よく生活できるように心を込めて働きましょう。各当番の子はそれぞれの責任者に指示を仰ぎつつ、抜かりのない仕事をするように。それではみなさん、偉大なるカチューシャ様のために」

『はい! 偉大なるカチューシャ様のために!』

 

 メイド達が声を揃えて言います。カチューシャ様への敬愛を忘れないための大切な儀式です。口にすることで、カチューシャ様の偉大さを忘れず働くことのできる幸せを噛みしめるのです。

 朝礼を終え各メイドに仕事を割り振ると、私はカチューシャ様を起こしに行きます。その途中で、必ず合流する人がいます。

 

「おはようございます、同志エリーシャ」

「おはようございます、同志ノンナ」

 

 同志ノンナ。カチューシャ様の側近であり、彼女に最も近い存在。カチューシャ様の生活を直接サポートするのは彼女の役目でもあります。私達メイドは、そのサポートに過ぎません。まあ、メイド長たる私はカチューシャ様に同志ノンナほどではないですが、近づくことはできるのですが……。

 私は同志ノンナの後に続いてカチューシャ様の部屋に向かいます。同志ノンナがカチューシャ様のための特別な部屋の戸を開け、部屋に入ると二人でカチューシャ様のベッドの側に立ちます。

 私は側に控えるだけ。起こすのは同志ノンナの役目です。

 

「おはようございますカチューシャ、朝ですよ」

「ん……」

 

 カチューシャ様がその可愛げなお顔にまだ眠たげな色を浮かべつつも、ベッドから起き上がります。

 私と同志ノンナは、そんなカチューシャ様に頭を下げます。

 

「おはようございます、カチューシャ」

「おはようございます、カチューシャ様」

「おはようノンナ、エリーシャ」

 

 カチューシャ様がベッドから降ります。同志ノンナがカチューシャ様のパジャマを脱がすのを手伝っている間、私はカチューシャ様の今日の服を取り出し、運びます。

 ああ、服からカチューシャ様の匂いがします。本当なら顔を埋めてしまいたいほどの香りですが、そこはメイド長として我慢しなくてはなりません。

 私がカチューシャ様の服を持って行くと、カチューシャ様は同志ノンナの手を借りながら着替えていきます。

 私もカチューシャ様のお着替えを手伝いたい。

 二人を見ているとそんな気になってきます。ですが、私はあくまでメイド長。お二人の絆に介入するほどの立場ではありません。

 

「ありがとうノンナ、エリーシャ。そうだ、二人にはご褒美をあげないとね」

 

 着替え終わったカチューシャ様はそう言うと、ベッドに腰掛けます。そして、靴と履いたばかりの靴下を脱ぐと、私達にそのおみ足を突き出してくださいました。

 

「さあ、好きなだけ舐めていいわよ、二人共」

 

 なんと慈悲深いお方なのでしょうカチューシャ様は! 私は同志ノンナと共にカチューシャ様の足元に跪きます。私は左足、同志ノンナは右足に顔を近づけます。

 顔を近づけただけでカチューシャ様のおみ足の香りが私の鼻孔を刺激します。なんと素晴らしい香りなのでしょう……。私は我慢できずに、カチューシャ様のおみ足に舌を這わせました。我慢できなかったのは同志ノンナもらしく、私とほぼ同じタイミングでカチューシャ様のおみ足をしゃぶり始めました。

 ああ、なんと美味な……! 私の口の中にカチューシャ様のお味が広がっていきます。それだけで、私は天上に昇るほどの多幸感に包まれます。

 

「んっ……ああっ……んはっ……」

「あむっ……ああ……んんん……」

 

 私と同志ノンナは一心不乱にカチューシャ様のお足を堪能します。指と指の間に舌を潜り込ませ、丁寧に舐めとっていきます。

 カチューシャ様のおみ足を舐めていると、なんだか体が火照って来ました。どうやら発情してしまったようです。私は今すぐにでも私の大事なところを弄りたい衝動に駆られましたが、ここは必死に我慢です。カチューシャ様の許可無しにカチューシャ様の目の前で自分を慰めるなど、従僕たる私には許されることではありません。

 

「あっ……あっ……!」

 

 同志ノンナから艶めかしい声が聞こえてきます。同志ノンナの方を見ると、その片手が股間部に伸びているのが見えます。どうやら同志ノンナは我慢できなかったようです。

「ノンナ! 何やっているの!」

「あっ!」

 

 同志ノンナがカチューシャ様に蹴り飛ばされます。

 

「許可も出していないのに私の目の前でアソコを弄ろうとするなんて、いい度胸じゃない?」

「す、すみませんカチューシャ……」

「まったく。エリーシャを見習いなさい。エリーシャはひたすらに私の足を舐めるだけで我慢していたというのに。いい子ねエリーシャは。ご褒美をあげましょう」

 

 そう言うと、カチューシャ様は私の額に口付けをしてくださいました。

 なんたる幸せ!

 私はあまりの嬉しさに顔を綻ばせ、深々と額を床に付けます。

 

「ありがとうございます、カチューシャ様!」

「いいのよ。ふふふ、可愛いわね、エリーシャは」

 

 カチューシャ様が私の頭を撫でて下さいます。ああ、今晩はこのことを思い出しきっと何度も達してしまうでしょう……。

 

「さあ食堂に行きましょう。そうねぇ……エリーシャ。今日はお願い」

「はい。カチューシャ様」

 

 私はカチューシャ様を肩に載せます。

 カチューシャ様を肩車していいのは、私と同志ノンナだけであり、どちらが肩車するかはカチューシャ様のその日の気分によります。

 

「今日のメニュー、道中でゆっくり聞かせてね?」

「はい、カチューシャ様」

 

 私はカチューシャ様と同志ノンナと共に、食堂に向かいます。こうして私の朝は始まるのです……。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 カチューシャ様に付き従うのは寮や学校だけではありません。もちろん、戦車道についてもそうです。

 今日は黒森峰との練習試合です。

 

「エ、エリカ……? お前一体……?」

 

 黒森峰の隊長が何やら私を見て驚いていますが、私には関係のないことです。

 黒森峰にはちゃんと転校届けを出しましたし、もう関係はありません。今の私はプラウダに所属する……いや、カチューシャ様に仕える逸見エリカ。それ以上でもそれ以下でもないというのに。

 私は先程からずっと私に叫び続ける黒森峰の隊長を無視し、自分の乗る戦車、及び自分に指揮を任された戦車部隊のところに戻ります。

 そこに並んでいるのはカチューシャ様のお世話をするメイド達の中から選ばれた優秀な戦車乗り達。

 私達はプラウダメイド部隊。カチューシャ様のために全身全霊を掛けて戦う、忠義の部隊です。

 

「総員、傾注!」

 

 私の号令で私の隊の隊員たちが一斉に私の方を向きます。

 

「今日は因縁の深い黒森峰との練習試合である! 我らは誇り高きカチューシャ様の配下として、カチューシャ様に勝利を捧げなければならない! それが、我々プラウダメイド部隊の使命である!」

『はい! メイド長!』

 

 一糸乱れぬ声が飛んで来ます。それでこそカチューシャ様に仕えるメイド部隊です。

 私は彼女たちに向かって敬礼をします。

 それに続いて、彼女達も敬礼します。

 そして口にするのです。誇り高く、偉大で、慈悲深い我らが主の名を。

 

「偉大なるカチューシャ様のために!」

『偉大なるカチューシャ様のために!』

 

 私の名は逸見エリカ。

 偉大なるカチューシャ様に仕える、メイド長である。

 


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