FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ   作:キャラメル太郎

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痛い…苦しい…吐き気が止まらない。


一体何が起きている?何故膝を付いている?この我が何故見下ろされている?


(純黒)の世界では異能は使えぬ筈…彼奴等は一体何を我にした?


解らない…解らない…解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない。


だが、此だけは解るぞ。


これは示す戦いであるということを。


来るが良い。此程まで我を追い詰めたのは父上と母上を除いて存在せん。


来いッ!! 我は……我はここに居るぞ。





第九二刀  最後の解除

 

 

脚が生まれたての子鹿と評せる程に震えている。立ち上がっているのもやっとだ。気を抜けば膝から崩れ落ちる。視界も悪く、少し先のものが霞んで見える。体調は頗る絶不調。今までに無い、感じたことが無い程に体が怠い。しかし待ってはくれない。倒しに来たのに、このチャンスを見逃すオリヴィエではないのだ。だからこそ、迫り来るオリヴィエの魔の手から逃れるべく、避けねばならない。

 

体が思うように動かない、動いてくれない。麻痺しているようだ。いや、手脚の代わりに鉛でも付いているかのようだ。まるで己の体ではないと思ってしまう程、今の体には異常しか見受けられない。如何すればいい?振り下ろしの攻撃だ。双剣二振りによる揃いの振り下ろしだ。受け止めるか?否。その瞬間己の体は確実に耐えきれない。では避けるか?それも否。避けられる程の力が入らないし手遅れだ。

 

黑神世斬黎の柄を握り込む。骨がぎしりと軋むだけ握り込み、待つ…待つ…待つ。振り下ろされる純白の双剣が届き得る瞬間、黑神世斬黎を上へと抜き放った。いくら身体能力が一般人のそれに劣る程弱体化しようと、何千、何万と繰り返した動作で負けるつもりは毛頭無い。

かち合う純黒と純白の刃。後は膂力勝負となるため、今のリュウマが勝てる道理などない。当然のように競り負け、蹴っ飛ばされたボールと同じく転がる。手の平には刃を打ち付けた時の衝撃が走り、鈍い痛みを届ける。そんな痛みに口の端を僅かに上げた。

 

 

 

「アイス・メイク──────『氷撃の鎚(アイスインパクト)』ッ!!」

 

「アイス・メイク──────『大鷹(イーグル)』ッ!!」

 

「──────『天神の北風(ボレアス)』ッ!!」

 

 

 

顔に影が掛かり、見上げる必要もなく攻撃であると判断した。氷で造られた巨大な大鎚を横へ転がる事で回避。続く氷の大鷹の大群を体を捻りながら隙間を縫って避けていく。しかし、その先に居たシェリアが黒い風を起こしてリュウマを弾き飛ばした。歌を歌っていた筈…そう考えたリュウマだったが、あれは何も全員でやらなければならないという訳では無いらしい。現に歌う者達から離れてシェリアは攻撃してきた。つまり、一人でも残っていればこの弱体化も継続されるといことだ。

 

宙を舞いながら翼を使って瞬時に体勢を立て直し、地に足を付ける。空は飛べない。飛ぼうとしたが色が褪せてしまっているこの翼では飛ぶことすらままならなくなってしまっていた。飛ぶことの出来ない翼人は地をのたうち回り苦しみ、息絶える。アイデンティティを失うということはそういうことだ。絶対的アドバンテージを剥奪されるとはそういうことだ。

 

しかし諦めない。諦めてなるものか。我を誰と心得る?我は我の為に…為に……我は…──────()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「『火竜の咆哮』オォォォォォッ!!!!」

 

「───ッ!ぐぶッ…!ごぼ…っ…しまっ…!」

 

 

 

大熱量を誇る炎が地に墜ちた翼人を呑み込む。歌の所為で運悪くも黒い魔力の塊を吐き出している最中に、ナツによる咆哮が炸裂する。受け止めようと魔法を使おうとして、リュウマは今の己が魔法を満足に使えないことにハッとした。しかし、気が付くには既に遅すぎた。気付いたときには避ける事すら出来ない距離にまで迫っていたのだ。

 

離れていても服だけで無くコンクリートすらも溶かす超温度が全身を包み込み離れない。皮膚が焼け爛れていく感覚を味わいながら、それでも前に進んでいく。ナツが咆哮を止める。その時には、リュウマは全身から煙を出して、皮膚の下の筋繊維が丸見えの状態だった。何もここまでするつもりは無かった。ナツは狼狽えて謝ろうとした瞬間…リュウマは駆け抜けた。

 

 

 

「ぐぶゥ…ッ……ぁ゙あ゙ッ!!絶剣技ィ…ッ!──────『死極星(しきょくせい)』ッ!!」

 

 

 

『────ッ!ダメ!オリヴィエちゃん受け止めて!』

 

「────ッ!?ハァ…ッ!!」

 

 

 

黑神世斬黎を鞘へと戻し、刃を向けるのではなく、柄の頭を直接叩き込もうとした。咄嗟の事で動けなかったナツの前にオリヴィエが入り、純白の双剣をクロスさせて受け止めた。そして受け止めて解る異常な程の重き一撃。今のリュウマの身体能力など、オリヴィエにとって何てことはない程衰えている筈なのに、少しでも力を抜けば吹き飛ばされそうな程の衝撃がきた。受け止める事が出来たものの、受け止めた後、一点集中の衝撃がオリヴィエの体を突き抜けて、間が空いて離れているはずのナツにも届いた。

 

柄の頭を使った打ち込みは、体に触れさせると一撃で絶命するほどの危険な技だった。腹に打ち込まれた柄の頭から衝撃が胴体全体に等分で広がるように衝撃を与えられ、内臓を傷付けるどころか、背中の肉を突き破って内臓を引き摺り出させる技だ。純粋な絶技の上に成り立っている絶剣技である。故に魔法が使えない事は関係しない。そしてその威力は離れているナツに届くことで物語っているだろう。マリアから技の説明を受けたナツは顔を青くさせていた。

 

仲間の筈の者のことを簡単に殺そうとしたリュウマに、暗い表情を見せる者達。代表してギルダーツが、何故リュウマはこうも仲間を平気で殺せるような技を打ってきたのかと問うた。それに関してはアルヴァが答えた。確かにリュウマは何度も仲間達を殺そうとした。殺そうとしたが殺すつもりは毛頭無かったのだ。

 

 

 

『リュウマは瞬時に肉体を再構築させる事も出来れば、魂を物質として固定化させてあの世へいこうとする事を止める事が出来る。恐らく本来は一度殺してから凍結させ、記憶を消してから元に戻す心算だったんだろう』

 

「でもよ、アイツは今もやってるぞ。アイツの嫁候補達が歌ってるってこたァ魔法が使えないんだろう?じゃあ殺したら死んじまうじゃねぇか」

 

『今のリュウマに正常な判断が出来ると思うか?』

 

 

 

そう言われたギルダーツは改めて、オリヴィエの蹴りを受けて距離を取らされたリュウマを見た。魔力が完全に消え失せ、己の肉体と黑神世斬黎しかないリュウマ。そんな彼は今、黑神世斬黎を地面に突き刺して支えとし、頭を押さえて苦しんでいた。

 

 

 

「ゔぅ゙…っ!頭が…割れ…る…ッ!!ぐゔッ…!?頭が…!あ゙だま゙があ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

頭に降り掛かる想像を絶する痛みにどうにか耐えようとしているのに、それに反して痛みは全く消えずに襲い掛かってくる。そんな彼は…いや、そんな状況に陥ってしまっている者は必ず考える筈だ。そうなっている原因を一刻も早く解決しよう…と。リュウマとて人間だ。苦しむ原因を見付けたならば速やかに排除しようとする。そのため、今のように冷静な判断が下せていないのだ。

 

なりふり構わずとでも言えば良いのか、まず最初に歌を止めるためにリュウマを慕う少女達を狙いに行くが、それを許すわけにはいかない。歌は最大の砦だ。これを一瞬でも途切れさせてしまえば、リュウマは確実に自由になったその一瞬を使って歌を歌わせないようにしてくる。そうなってしまえば敗北は濃厚だ。

 

駆け出して距離を詰めるリュウマに向かって、オリヴィエも同じく駆け出して距離を詰める。振り下ろされる黑神世斬黎を無視し、踏み込んだ右脚の膝にローキックを放った。ボキリという音と感触から膝の関節を粉砕した。折れ曲がった脚の所為で体勢が大きく崩れ、傾いた体の胴に純白の双剣の切っ先を突き付けた。その後に放たれる大魔力の砲撃。肋骨は残らず粉砕され、肺に突き刺さり過呼吸を起こす。余りの威力と痛みに転がっていったリュウマだが、直ぐに立ち上がった。

 

まるでゾンビでも相手しているように、どれだけの攻撃を繰り出して真面にぶつけようと、リュウマは直ぐに立ち上がってしまう。魔法は確実に使えない筈だ。現に歌も途切れさせず継続中。では原因はなんだというのか。このままではどれだけダメージを与えようとリュウマを倒しきる事が出来ない。与えたダメージも傷も修復されてしまうのだ。そしてオリヴィエが気が付く。先程の砲撃で露見した肌に幾つもの幾何学模様があったのだ。

 

 

 

「何故…自己修復魔法陣が消えない…?最初の方でまだ機能していたとしても、それはまだ解るが…何故未だに機能しているのだ…?」

 

『今あの子の体に刻まれているのは、オリヴィエ嬢の知る自己修復魔法陣ではない。あれは『常時発動型自己修復魔法陣』というものでな…魔法として機能し、刻まれた術者の魔力量に比例して修復速度を上げるものとは違い、あれは体と同化して刻まれている。つまり、あの自己修復魔法陣は魔法を封じても消すことが出来ない』

 

「いつ如何なる時も発動し続ける魔法…?」

 

『それだけではなく、もう一つ混合されて『常時発動型肉体創生魔法陣』も刻まれている。魔力が殆ど無いというのにあの修復速度ということは、歌を歌われる直前で媒介のものを何かと交換したのだろう。魔力量ではなく…そう、例えば()()()()()()()とか』

 

「魂への接続…?」

 

『あの子は魂という不確かなモノ…在ると分かりながら触れることが出来ないモノを固定化させて物質として手に取る事が出来ると言っただろう?それを応用して魔法を魂へと無理矢理接続したのだ。要するに、あの子が生きている限り自己修復魔法陣も肉体創生魔法陣も消えない』

 

「では、消すには如何すれば良いのですか?」

 

『…………すまん。私にあの魔法の構造は解らない』

 

「…………はい?」

 

 

 

目を伏せて謝罪するアルヴァに、オリヴィエはつい振り返って顔を見てしまう。何かしらの打開策が有るのかと思いきやこの様である。しかしこればかりはアルヴァを責められない。元々リュウマの使用する自己修復魔法陣というのは、己の力の無さと身勝手さにより、翼人の命とも言える翼をマリアから奪ってしまった事が原因で確立させた修復魔法だ。その時のリュウマの歳が10に満たない幼さであろうと、彼はリュウマ・ルイン・アルマデュラだ。

 

小さな…それも魔法の立証なんてものに全く携わってこなかった幼き頃のリュウマが、人間には本来不可能であろう3ヶ月の不眠不休の研究の果てに創り出すことに成功した希少な魔法だ。フォルタシア王国の城の図書館に置いてある魔道書を片っ端から漁り、一語一句に至るまで全て憶えてから実践したものだ。この魔法陣を構築しているのは、リュウマの執念とも言えるもの。いくらアルヴァであろうともこれを理解することは終ぞ適わなかった。

 

自己修復魔法陣について聞かなかった訳では無い。興味本位でどうやって成り立っているのか問うてみた事がある。そして後悔した。リュウマの口から出て来たのは全く解らない文字の羅列であった。頭の上が疑問符だらけになってしまうほど解らない。聞いておいて悪いが、全く解らないと言って根を上げたのはアルヴァだった。

 

 

 

『あのな?そんな「何故解らないんだ」みたいな顔をしているがな?あの魔法を成り立たせているのが何なのかすら解らないんだぞ?全く解らないものを編み込まれて出来ているのがあの自己修復魔法陣なんだからな?』

 

「……10に満たないリュウマが創りましたがね」

 

『やめてオリヴィエ嬢。幼い子供に負けたって事が無い胸に突き刺さるから』

 

 

 

「歌をぉ゙…止め゙ろ゙ォ゙…!!!!」

 

 

 

『───ッ!来るぞ!構えておけ!』

 

 

 

 

『────♪────♪♪…じゃあシェリアちゃんと誰か交代しましょっか♪』

 

「────♪────♪♪…じゃあ、次あたし行きます!」

 

『分かったわ。頑張ってね♪』

 

「はい!」

 

 

 

痛くて痛くて仕方ない。早く歌を止めさせたいという考えの基動き出したリュウマに警戒を促す。歌を歌っているメンバーからはシェリアと交代でルーシィが入り、気合いを入れると同時に喉休めをしている。

冷静な判断を下せないリュウマには最大限に警戒をしなくてはならない。殺したところで魔法で復活させようとしていたリュウマとは違い、今魔法を使うことは出来ない。だというのに軽く殺しを目的とした技術を活用してくるのだ。

 

膨れ上がる殺気。黑神世斬黎を片手に真っ直ぐ駆けるリュウマに身構えると、彼の体が増えた。魔法は使えない。その筈なのにリュウマが分身をしたのだ。困惑するナツ達だが、正体を見破っているアルヴァの指示が飛ぶ。魔法ではなく、相手に強烈な殺気をぶつける事により己の幻影。どれか一つが本物であるという。見分けが付かないナツ達とは違い、オリヴィエが迷い無く剣を揮う。

 

オリヴィエの剣を受け止めたリュウマは苦虫を噛み潰したような顔をした。見破られることは分かっていた。しかし、こうも早く見破られるとは思っていなかったようだ。魔法で創った分身ならば、質量もあれば匂いもあり、意思もあるという厄介極まりないものだ。しかし、流石にその身一つで魔法を軽々しく行うことは出来ない。故にオリヴィエのように容易に看破されるのだ。

 

 

 

「何で分かったんだ?」

 

「殺気のみで見せた幻影に影は無い」

 

「めちゃくちゃ初歩的なところだった……」

 

 

 

つまるところ、よくあるような影があるものが本物だということだ。ならば簡単に分かるではないかと思ってはいけない。相手からぶつけられるのはリュウマの殺気だ。影があるかどうかを確認する前に、叩き付けられる強烈な殺気の所為で目が向かないだろう。その前にどうしても警戒してしまう。

 

先程から動いているオリヴィエに任せてばかりではいかないと、ナツ達も動き出した。オリヴィエに後ろへ下がるようにとアルヴァから指令が入り従う。入れ替わって前に出てきたジュラとジェラールが直ぐさまに魔法で攻撃を開始した。

 

地面を鉄以上の硬度にされた土が円柱の形を作り隆起する。顔を少し擦りながら避けたリュウマは、痛みを誤魔化す為なのか拳を打ち付けて粉砕した。魔力の補助無しで破壊したリュウマに瞠目したジュラだが、元の戦闘狂が災いして獰猛な笑みを浮かべた。そして数瞬後にたった一人を狙う数多くの岩鉄の柱。背後から突き出された柱をバク転で避けて上に乗る。そんな彼を狙って次々と柱が差し迫る。

 

向かってくる柱を全て避けていき、隆起して迫る柱を足場にして駆ける。接近は許さないと、ジュラはリュウマの周囲一帯を岩鉄のドームで覆った。そこから範囲を狭めて圧迫させようと思ったところ、厚さ一メートルの壁を蹴りで粉砕して出て来たのだ。よもやその身一つでこれ程…と驚くジュラに、リュウマはその場から姿を掻き消した。そして…次に現れたのはジュラの背後だった。

 

瞠目すると共に、速度が上がっている事を確かに確認し確信した。既にリュウマはジュラの背中…それも脊髄を狙って刺突の構えを取っていた。このままでは串刺しになると、足元の土を壁にするため隆起させようとした瞬間、リュウマは横からの衝撃に弾き飛ばされた。

 

 

 

「──────『流星(ミーティア)』ッ!!」

 

「──────『タウロス』ッ!!」

 

MO()ooooooooooooooooooッ!!」

 

「ぐッ…!?」

 

 

 

流星と化したジェラールがリュウマを殴り飛ばし、両の腕で防ぎながら飛んで行く彼にラリアットをかますルーシィの星霊のタウロス。真面に入ったリュウマは嘔吐きながらも立ち上がり、二人を睨み付けた。

 

ミーティアで速度を上げているジェラールがリュウマを肉薄にし、隙を見たタウロスが斧を使って攻撃。更に出来た隙にはタウロスの星霊衣(スタードレス)を着たルーシィの鞭が捕まえる。滅多に会う事が無い二人の物珍しいコンビネーションにリズムを崩されるリュウマは、ジェラールの動きを予測して、突っ込んできたところで腕を掴み背負い投げをした。一般人以下の力とは到底思えない力で腕を掴まれているジェラールは容易に押し倒された。

 

倒れたジェラールの上に乗ってマウントを取り、両脚で両腕を押さえ込んだ。何も出来ない状況になったジェラールに黑神世斬黎が振り下ろされる。確実に首を狙った一撃は…届かなかった。

先が鋭利に尖った岩鉄が正確にリュウマの右腕の肘を穿った。血飛沫と共に黑神世斬黎を手にした腕が宙を舞う。急遽その場を後にしたところで、今リュウマが居たところに更に鋭利な岩鉄が突き出た。回避をしていなかった場合、彼は確実に串刺しになっていたであろう。

 

舌打ちをしながら回避したリュウマは、跳躍しながら飛んだ腕を掴んで乱雑に切り口へと腕を押し付けた。すると直ぐに傷の修復を始めて腕が元通りに付いた。黑神世斬黎を下へ向けるように脱力し、上に振り上げて斬撃を放った。弧を描く斬撃が縦一列に並んでいるジェラールとジュラに迫るが、間一髪のところを避けることに成功した。ジェラールはミーティアで避けたが、ジュラは岩鉄で防ごうとした。だが、嫌な予感を感じて横へと転がって避けると、壁として出した岩鉄が真っ二つに斬り裂かれた。

 

冷や汗を掻いているジュラへ、もう一度斬撃を放とうとしている腕を誰かに掴まれた。反射的に掴んでいる手の手首を掴んで引き剥がそうとするも、固くて振り解く事が出来ないのだ。万力の力で握られた腕からみしりという音が鳴って顔を顰めたリュウマの膝裏に蹴りを入れられた。体勢を崩して膝を付くリュウマの腕を捻り上げる。肩から鋭い痛みが奔りながら、首を動かして犯人の顔を見た。

 

 

 

「ごめんねリュウマ…!痛くても…我慢してね…!」

 

「…っ…!星霊衣…タウロスのもので腕力を…!」

 

「そういうこ……え?…そういうことねっ…『ルーシィパンチ』っ!」

 

「────ッ!!」

 

 

 

何かを見て瞠目しながら驚いた表情を見せるルーシィは、納得したという表情をしてから、がら空きとなっているリュウマの右脇腹に渾身の拳を入れた。オリヴィエの強化に加えてタウロスの腕力とリュウマ本人の弱体化に伴う防御力の低下が重なり、体の大きなリュウマがくの字に曲がって吹き飛ばされていった。追撃してくるのかと思っていたリュウマだが、ルーシィはジェラールとジュラに後を任せて後ろへと下がっていった。

 

ルーシィからのバトンタッチを受けたジェラールとジュラに続き、他の者も邪魔をしない程度の攻撃を加えて着実にリュウマの体力を奪っていく。件のルーシィと言えば、彼女の魅惑的な肉体に釘付けのタウロスを強制送還させてから、オリヴィエの隣で宙に浮いて戦場を見渡しているアルヴァの元へと走り寄っていった。

 

急いで走ってきた事を見ていたオリヴィエがどうしたのかと問えば、ルーシィは少し興奮したように用件を伝えていくのだった。

 

 

 

「リュウマの体に描かれてる自己修復魔法陣…あたしに見せて欲しいの!」

 

「…?あれを見て如何するというのだ?」

 

「もしかしたら…あたし──────()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

『なに…!?それは本当か!?』

 

「絶対…とは言えない。けど…!あたしに任せてほしいの!」

 

 

 

アルヴァですら匙を投げる超高高度な構造である魔法陣を、この少女は破れるかも知れないと答えた。現状あの魔法陣を破る術は存在しない。発動する前ならばオリヴィエの魔法で阻害し、発動自体を止める事が出来るが、一度発動されてしまえば純黒の魔力で刻まれた魔法陣は抵抗されて打ち消す事が出来ない。つまり、必然的に正規のルートであの魔法陣を破壊しなくてはならない。そしてその正規のルートは、開発者であるリュウマにしか解らない。

 

賭ける賭けない以前に、それ以外に頼みの綱は無い。アルヴァはルーシィの案を飲むことにした。それを聞いていたオリヴィエも、それならば私が全面的に援護するとまで言った。とても心強いと思いながらお願いするルーシィに、アルヴァは後ろから魔法陣が刻まれている場所は指示すると言った。解析は断念したが、体のどこに刻まれているのかは把握しているのだ。

 

アルヴァの号令により、今から全メンバーはルーシィの為に攻めると共に援護をするという形になった。成功するかはルーシィにかかっているので、プレッシャーが掛かるが、オリヴィエが薄く微笑みながら大丈夫だと言ってくれた事により大分軽減した。

 

 

 

「いいな。私から片時も離れるな。私があの人の着ている鎧や服を剥ぐ。他の者達はその後に動きを止める故、貴公はその時にあの人の体に刻まれた魔法陣を観察しろ」

 

「分かった!ありがとうオリヴィエ!」

 

「まぁ、大船に乗ったつもりでいろ」

 

「うん!」

 

『さて…ルーシィ君が行くぞ!全員サポートに回れ!』

 

 

 

掴まっていろというオリヴィエの言葉に、体に抱き付いて掴まったルーシィをそのままに、オリヴィエは双剣から魔力を放出して推進力を得ると、真っ直ぐリュウマへと突貫していった。周囲がスローに見える程の速度で移動して目前にまで迫った後、オリヴィエは速度そのままにリュウマへ蹴りを放った。目で捕らえていたリュウマは、対抗するように回し蹴りを放ち打ち付け合った。

 

衝撃波が空気を通じて生じ、オリヴィエに掴まっているルーシィが飛ばされそうになるが、腰に付けた鞭を取り出してリュウマの足首に巻き、思い切り引っ張り放り投げた。放物線を描きながら投げられたリュウマに、炎を拳に灯したナツと、白い光を拳に宿すスティングが向かってきていた。

 

突き出されるスティングの腕を不安定な空中で逸らし、逸らされて勢い余ったところで脚を掴んでナツへと放り投げる。自身に向かって飛んで来たスティングに悪いと言いながら避けて踏み台とし、リュウマに炎の拳を振り抜いた。両の腕で受けようとした刹那、ナツは殴るのではなく炎を放射してリュウマを呑み込む。顔などではなく、服と鎧を狙った一撃は黒い必要最低限の鎧を溶かした。

 

黑神世斬黎を一振りして炎を弾き飛ばし、足首に巻き付いている鞭も同じように斬り裂いて外した。自由になったリュウマの体に纏う鎧は無理矢理剥がすことは出来たものの、後は黒い王の装束のみ。

 

オリヴィエが走り出し、その後をルーシィが追う。思い切りやってもいいが、そうすると余波がルーシィを襲ってしまう為、それ程派手な魔法を使うことは出来ない。てあればと、オリヴィエは単純な斬り合いで服を剥いでいこうとした。しかし、リュウマの戦闘技術は並外れたものではない。いくらオリヴィエであろうと、真っ正面から行けば長時間は保たない。

 

如何するかと悩んでいたところで、岩鉄の柱と氷柱が地面から伸びてリュウマを襲う。ジュラとグレイのサポートである。

鬱陶しいと、黑神世斬黎の一振りで破壊したリュウマに、オリヴィエは双剣を速さに重きを置いて揮った。必然的に始まるリュウマとの斬り合いの応酬。傍に居るルーシィが目で捉えられない速度で斬り合っているが、オリヴィエの体に少しずつ切り傷が生まれてくる。

 

心配そうに見守るルーシィだが、少しずつ…少しずつであるがリュウマの服に斬り込みが入っていくのだ。オリヴィエの傷が増える速度の方が早いが、着実に装甲を剥がしていく。

 

 

 

「ぐぶッ…ごほっ!?」

 

「──────『舞い散る崇の華(シェリアス・ロードレス)』ッ!!」

 

「ぁ゙あ゙あ゙…!?」

 

 

 

体全体をその場で錐揉み回転させながら無差別のように思える斬撃の壁がリュウマを斬り刻んだ。幾つかの斬撃は受け止めたようではあるが、その体に纏う装束は見るも無惨な姿となり、その奥にある鍛え抜かれた肉体が曝け出された。

 

黄金律もとやかく言う肉体美に涎を垂らしそうになるオリヴィエだが、我慢に我慢を重ねて指笛を吹いた。すると四方八方からナツやグレイ、ラクサスにギルダーツ等、腕力に自信がある者達が駆け寄って来てはリュウマの腕や脚をとって地面に押し倒して縫い付けた。当然暴れて振り解こうとする。しかし、そこは全力で押し付ける男達。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ルーシィが見えるように残りの張り付いている服の残骸を手で毟り取って、リュウマの上半身を完全に露出させた。

 

 

 

『今から自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣が刻まれている所を教える…と言っても、実は上半身にしか刻まれてないんだが』

 

「───ッ!?離せ…!貴様等ァ…!!!!」

 

 

 

少し顔を赤くしながら近付いてリュウマの体に刻まれた幾何学模様の線を間近で見ていく。赤い頬はなりを潜め、真剣な表情を作るルーシィは、描かれている全ての部分を見終わった後、納得したような…それでいて世紀の大発見をした探索者にも劣らない達成感に浸っていた。しかし、悠長な事は言っていられない。確りと押さえている筈なのに、少しずつではあるが手を付けられなくなってきた。

 

ルーシィのもう大丈夫という声と、オリヴィエの直ぐにそこを離れろという言葉に従い、リュウマから手を離したナツ達。リュウマが起き上がる前に、オリヴィエの膨大な魔力で作られた球体が手から放たれ、キノコ雲を作るほどの大爆発が起こった。

何度見ても唖然とするしかない程の威力の魔法を見てから、そう言えばルーシィが居ない事に気が付いたナツ達は、巻き添えを食らったかと肝を冷やしたが、オリヴィエに抱えられながら戻ってきたところを見てホッと一安心した。

 

ルーシィは急いで後方へと下がり、地面に伏せると、腰に付いている小さなポーチからメモ帳とペンを取り出して何かを書き始めた。アルヴァは何をしているのか確認するためにルーシィの元へと降りてきて手帳の中を覗き込む。ルーシィは文字の羅列を書き記していっていた。アルヴァが見ても解らないものをルーシィが何の迷いも無く書いているのを見て、如何しても気になったので質問した。

 

 

 

『あー…ルーシィ君。一体何を書いているんだ?』

 

「あたし見たんです。リュウマの体に刻まれてる魔法陣は黒い線なんかじゃない。アレは膨大な数の文字によって出来た()()()()()()()()()()()()

 

『文字の集合体…?』

 

「それにあの文字は刻まれてるだけじゃなくて()()()()()()。文字の羅列が列毎に違う速度と違う方向に移動してるんです」

 

『この短期間でそんなことに…しかし、それだけでリュウマの自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣は消せるのか?』

 

「残念だけど、魔法陣を構築している文字があたしには読めません。けど、これだけは言える…()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『この世界のものじゃない…?…まさか…!』

 

「これはあたしの臆測でしかないけど…リュウマは異世界から武器防具を召喚出来るんですよね?じゃあ…若しかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?って」

 

 

 

リュウマは確かに異世界から武器防具を召喚することが出来る。しかし、何もそれだけでは留まらない。リュウマは異世界の武器防具だけに限らず…その世界の知識を喚び出す事も出来る。つまり、黑神世斬黎を使って能力そのものを使用することが出来るのだ。この世界に無い文字を異世界から喚び出して憶えては学習し、他の世界の誰かが使用した能力も黑神世斬黎によって喚び出されて使用する。

 

例を挙げるならば写輪眼だ。アクノロギアの咆哮を凌ぐために7年の時の呪縛に縛られた後、リュウマは万華鏡写輪眼を使って自身を自身の精神世界へと入っていった。大魔闘演武でもルーシィへの過剰攻撃に堪忍袋の緒が切れたリュウマがミネルバを精神世界に引き摺り込んだ。元々この世界の力では無く、況してやリュウマの持つ能力でもない。そんな力をリュウマが使えたのは単に、黑神世斬黎の力が有ったから。

 

但し、リュウマは異世界の全てを見ることは出来ない。リュウマはあくまで異世界の知識をピンポイントで見ることが出来るのだ。例えば言葉に関しては、言語の全てを見ることが出来る訳では無く、その言語の中の一つの言葉にだけしか注目出来ない。要は言語の中の日本語のみ…だとか、英語のみ…といった具合にしか見れないのだ。だが、見れると言うことは事実。彼は自己修復魔法陣を創るに当たって、この世界の文字だけでは足りないからと()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『ではどうやって破壊するんだ?』

 

「あの文字の羅列の中にある一つ一つの文字には、それぞれが意味を持ってる。多分、肉体ごと消し飛ばされても他の文字が補い合って、それだけじゃあ魔法陣は消えない。けど…魔法陣を構成している以上、必ず核となる部分が存在する筈なの。リュウマはあたしに魔法を教えてくれる時に言ってた…『魔法陣には必ず核と呼ばれる全てを補う部分がある』って。だから、あたしはその文字を探し出して書き換えちゃえばいい…!あんな凄い高度な魔法陣だもの…その一つさえ書き換えられれば絶対に効力を維持できずに壊れる…!」

 

『だが、文字はこの世界のものでは無いのだろう?残念だが私にも解らないし、オリヴィエ嬢にも解らない…』

 

「あたしなら大丈夫です!リュウマに魔道書は魔導士にとって必須アイテムって言われてから何百冊も読み漁ったし、あたしって本が好きだから年間三百冊は読んでるんです」

 

『それが何の関係が…?』

 

「あたし文字自体が解らなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです!」

 

『………………………はいぃ?』

 

 

 

アルヴァが目を白黒にしている間にも、ルーシィはメモ帳に齧り付いている。年間三百冊を読破するという、本好きでも早々見られない本好きが辿り着いたのは、例え文字が解らなくとも、文章の長さから大体何が言いたいのかを読み取ることが出来るという予測であった。そしてルーシィが読み取った場合の正解率は驚異の96%。常人には出来ない事を、ルーシィは軽々とやってしまう。

 

 

 

『だ、だが…!リュウマの体に刻まれている文字は目を凝らしてもよく見えない程の文字が、あの幾何学模様を創っているんだろう?ならば文字の数も膨大でもあるはず…ルーシィ君は先程見て憶えただけのもので推測出来るのか…?』

 

「大丈夫です!もう()()()()()()()()()()()()!」

 

『お、憶えた…?たった一度見ただけで…?』

 

 

 

そしてルーシィが身に付けた特技は、文字の瞬間永久記憶力。物事の記憶は普通よりかは高いものの、文字という部分に関してはリュウマをも越える才能を持つ。確かにリュウマは絶対記憶能力とまではいかないが、それに追随する記憶能力は所持している。しかし、目も痛くなるような膨大な数の数字を一度見ただけで全てを憶えることは出来ても、忘れないようにするということは出来ない。100年は忘れないだろうが、300年も経てば忘れてしまう。しかし、ルーシィは文字だけならば絶対に忘れない。

 

同じ本好きであるレビィを以てしても、ルーシィには最初から文字に関する才能があると言っていた。ルーシィはそれを褒め言葉として軽く捉えていたが、レビィはその才能に嫉妬すら憶えた程だ。一度見たものを瞬間的に記憶して忘れない等、本好きな自分からしてみれば喉から手が出るほど欲しい才能だった。

 

 

 

──────こ、この少女の持つ才能は100年に一人居るか居ないかという程のものだ…!よもや、こんな極めて高い記憶能力を所持している者に会えるとは…!

 

 

「ここの文字はこうなってたから…これを違う速度で進んでいることをさっき見た時から今の時間までを比例させて進ませて重なり合った所を抽出…それを繰り返して…もう一つの魔法陣のと組み合わせて…多分…この文字は…こんな感じだろうから…じゃあ……う~ん………っ!出来た!!」

 

『な…!?もう解析し終わったのか!?し…信じられん…!あのリュウマが…幼少期とはいえ3ヶ月費やして完成させた魔法を…!!』

 

「後はこれをきっかり180秒後に決まった場所を書き換えられれば、あの二つの魔法陣を消せます!」

 

『よし!!ルーシィ君、君に最大の敬意と感謝を。君が持っている才能は人類の宝と言っても過言ではない。…リュウマの事も支えてやってくれ』

 

「…っ!はい!!」

 

『うむ。……よし、皆の者!今から先程と同じように全力でルーシィ君を援護だ!兎にも角にも、ルーシィ君をリュウマの元へと送り届けるんだ!制限時間は180秒!全力で行け!!』

 

 

 

神妙な顔つきで一様に頷いた者達を確認したアルヴァ。捕まえられて上の服を破かれながら、意味不明なことをされたリュウマは吐き気を堪えながら警戒に当たっていた。体の方は自己修復魔法陣が修復させている為、筋力が雀の涙以下に、そして叩き付けられる果てしない頭痛以外は問題はないと言ってもいい。しかし、それとこれとは別だ。相手は何故か己の動きを読んでくるのだ。

 

最初に動いたのは、やはりオリヴィエだった。同時に駆け出したものの、素の身体能力が掛け離れている為、全くの同時スタートでも、他が一歩踏み出している時には既にリュウマの元へと迫っている。目を離さず、只管に真っ直ぐ突き進んで来るオリヴィエに、かち割れそうにな痛みを与えられる頭で精一杯思考する。そして何とか導き出したのは、攻撃を紙一重で避けた後のカウンターだった。

 

オリヴィエが双剣を揮うフリをして手放し、掴み掛かってくる。どうにかそれを狙い通りの紙一重で避けたリュウマは、オリヴィエの腕を掴んで背後へと捻切るつもりで捻り上げた。しかし、そんなことは分かっていたとでも言うように跳躍し、捻られた方へと体ごと回転させて捻りを殺した。

 

上下が反転している途中で、オリヴィエは足を開いてリュウマの頭を太腿で挟んだ。顔の骨格からミシリと音を立て、顎の骨の関節に罅が入ったことを痛覚を通して感じ取ったリュウマは、直ぐさま引き剥がしに掛かるが全く外れる様子も無い。そもそも、脚というのは腕の筋力に比べて4倍近い力を持っているのだ。今のリュウマにオリヴィエの脚を使った拘束を外せる道理等存在しない。

 

後ろへ重心を掛けてリュウマの体幹をずらす。一度傾いてしまったが為に、オリヴィエの体重と力の向きによって地面に倒れ込んだ。倒れ込む瞬間に拘束を一旦緩め、無理矢理リュウマの正面に回り込んでもう一度脚を掛けた。

 

 

 

「こッ…!?はッ…ぁ゙ッ…!!!!」

 

「完っ…璧に…!決めてやったぞ…!!」

 

「ふ…ぅ゙…!!ぐゔぅ゙…!!!!!」

 

 

 

格闘技の寝技で使用される絞め技の一種で、呼ばれている名の通り、三角形に組んだ両足の中に相手の首と腕を捕らえ足の力で締め付けることにより、内腿で相手の片側の頚動脈を相手自身の肩で反対の頚動脈を絞める技である三角締めという絞め技をリュウマへと掛けた。片腕は既に巻き込まれてしまい、もう片手は空いてはいるものの一度決まってしまったこの絞め技を、弱体化しているリュウマの腕では剥がせない。

 

息が出来ず、頚動脈をこれでもかと締め付けている為頭に血が行き渡らず、意識が朦朧としてきた。無意識に近い意識のまま、オリヴィエの染み一つ無い美しい太腿に手を掛けて指を力ませる。太腿の皮を突き破って指が筋繊維に到達し、血の雫を垂らしながら奔る痛みに、オリヴィエは顔を顰めながらも絞め技を一向に緩めない。やがて追い付いた他のメンバー達がリュウマの自由である脚を凍らせた後にその上からのし掛かり、更に動けないように拘束した。

 

遅れてやって来たルーシィの指示に従い、リュウマの胴を見えるようにした後、ジッと自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣が入り組んでいる幾何学模様を見つめ…魔法のアイテムであるペンをその手に取った。

 

間近で目を凝らしても見えない程の文字の集合体。それが何列にもなって上側に下側にと、一貫性の無い向きで流れていく。流れていく速度も全く違い、文字はどれも同じように見えて全てが違う。そんな複雑極まりない魔法陣を見つめ、その時を待っていたルーシィは、意を決してペンを二本の線が重なっている胸部中央に走らせ…描き換えた。

 

 

 

「────────────ッ!!!!!」

 

「─────ッ!?痛ッ…!?」

 

「何だ…!?」

 

「やべぇ…!一旦離れろ…!!」

 

 

 

充血した眼を大きく見開いたリュウマは、血の気の引いた顔を強張らせた後に、オリヴィエの太腿に大きく口を開けて噛み付き…肉を食い千切った。

想像以上の鋭い痛みに襲われたオリヴィエは、隙間が無い完璧な絞め技を緩ませてしまい、リュウマはその隙を突いて脚の氷を無理矢理砕いた後、全身を使って闇雲に暴れて拘束から脱出した。視界が揺れる中でその場から地面を蹴って縮地を行って数十メートルの距離を取った。

 

足りない酸素を思い切り吸い込む。脳全体へと酸素を送り込んで行けば視界は元へと戻ってクリアとなる。口の中にあるオリヴィエの太腿の肉を咀嚼して嚥下した。次いで見たのは己の上半身。

 

 

 

「………は?」

 

 

 

頭の痛みを忘れ、呆然とした表情のまま、気の抜けた声が口から漏れた。しかしそれもその筈。創り出してこの方、自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣が()()()()()()()()()()()()見たことが無かったからだ。

 

構成していた膨大な数の文字が蜘蛛の子を散らすように砕けていっては幾何学模様を作り出していた線を消していく。何が起きているんだと、思考もままならないまま、リュウマは崩壊していく魔法陣を見ていくことしか出来なかった。

 

 

 

「我…の…自己修復魔法陣を……解除した…?我の魔法が……小娘なんぞに…?我の…魔法…が…?」

 

 

 

最後の仕事と言わんばかりに、最後の修復を終えた自己修復魔法陣は、同じく刻まれていた肉体創生魔法陣と共に、完全にその姿を消したのだった。

 

破られたことの無い。それこそ、これから先に於いても解読も解析も不可能であろうと自負していた、最高傑作と謂える魔法を、こうもあっさりと解除されてしまったことに頭の中を白一色に染め上げ、動揺で脂汗を掻いている時、目の端で迫り来る純白の刃を見た。そして、リュウマは()()()()()()

 

鬼気迫る表情で後退し、黑神世斬黎に手を掛けてオリヴィエの一挙一動を見逃さないとばかりに睨み付けながら注意深く観察している。そんな姿を見たオリヴィエは、これで完全にリュウマの回復手段を断った事を確信した。

 

 

 

「終わりだよ…貴方。自己修復魔法陣を失った貴方に傷を治す術は無く、歌により体は極限に弱体化。魔力も無ければ魔法も使えない。空を飛ぶことすらままならない。対して私達には魔力があり()があり、魔力もあれば私の強化魔法もある。そして貴方(純黒)の天敵である(純白)が居る。…もう諦めないか?」

 

「…………………。」

 

 

 

オリヴィエは客観的事実を混ぜながら、これ以上の争いは無駄だと優しく言い聞かせた。俯いて顔が見えないリュウマは、既に唯の人だ。魔力も無い。魔法も使えない。頭の激痛の所為で思考も碌に行えない。無い無い尽くしのこれ以上無き絶望的状況。誰がどう見ても聞いても感じても、勝つことは不可能。

 

回復手段が無い以上、今死ねば不死のみが発動して、その場に在り続ける亡霊以下の存在に成り果ててしまい、永久に動くことも話すことも出来ずに在り続ける地獄を味わい続ける。対してオリヴィエは不老不死。ありとあらゆる死を寄せ付けない故に傷は瞬く間に回復し、無かったことにされてしまう。魔力もまだまだ尽きること無い。

 

 

 

 

 

 

 

無理、終わり、ここまで。何をしようが無駄だ。しかしそんな中…(リュウマ)は──────()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 






もうそろそろ…この戦いも終わり…かな?


それにしてもどうしようか…最近何かで嗅ぎ付けたのか()()()()がボクの所に来るようになったし…チッ…鬱陶しいし気持ち悪い視線向けてきやがって…!


ボクはお前等みたいな奴等が大っ嫌いなんだよ!あーー気持ち悪い…!まるで「お前はオレのモノだ」みたいな視線…!性欲しか頭に無いような奴等め…!犯したいならそこら辺の()()()()犯してろよ…!ボクの領域に入って来るな…!彼が来たときの為に()()()()()のに!!気色悪いんだよ!!!!


はぁ…っ……もぉやだ……やだよぉ…!


こんなめんどくさい事したくない…!自由になりたい…!彼とお話ししたい…!彼と触れ合いたい…!頭を撫でて欲しい…!頑張ったんだなって…今までよく我慢したなって…!ボクをいっぱい褒めてほしい…!


うぅ…ぐすっ…お願いだよぉ……助けてよぉ…!



()()()()()()()()()()()()()()……



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