FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ   作:キャラメル太郎

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第 ১ 刀  同行者

 

 

紙の端程度しか残っていなかった手掛かりを、リュウマの魔法によって瞬く間に元に戻した。それをその目で見ていたチャッチは、目が飛び出るほど驚愕し、部屋の中に居る使用人の二人も、手を口元に持っていって驚きを露わにしていた。

 

実はこの100年クエスト、リュウマ達がやって来る迄に、チーム数で2チームがこのクエストに挑んだ。しかし、出だしがこの紙の端だったが為に、この程度の情報ではどうしようも無いということで、来て早々諦めて帰っていったのである。成る程確かに、何も書かれていない紙切れを渡されて、これが手掛かりだと言われたところで、はいそうですかと受け止められるものではない。

 

瞠目しているチャッチは、この100年クエストはもう達成不可能なのだろうと、諦めの気持ちが強く出て来ていた。しかし如何だろうか。次に訪れたのは、聖十大魔道のみで構成された大陸最強のチームが来たではないか。それにその御力は想像以上であった。

これならばきっと大丈夫。代々受け継がれて依頼している100年クエストが、とうとう達成される瞬間が来たのだと、半ば確信に近い感情を抱いた。

 

しかし、そんな歓喜の喜びに浸っているチャッチとは別に、本を手にしているリュウマは、その手の中にある本を見ながら訝しげな表情をしていた。それにいち早く気が付いたバルガスが、何かあったかと問い掛けた。

 

 

 

「む…?うむ……これは唯の本では無いな」

 

「仰るとおりです。それは唯の本では無く、何らかの魔法を付与された魔道書なのです」

 

「へー。ンじゃ早速、中身見てみようぜ」

 

「何書いてあるんだろー?」

 

 

 

興味津々にクレアが、リュウマの持っている魔道書を奪い去るように取ると、テーブルの上に置いて早速と言わんばかりに開いた。どんな魔道書なのだろうかと、楽しみにしていたクレアはその後、片眉を上げて疑惑の目を向けた。クレアの脇から覗き込んでいたイングラムも、クレアと同じように、変なものを見るような目付きをしていた。

 

クレアとイングラムがそんな目と表情をしていたのは、魔道書には変なものが描かれていた訳では無い。二人は何かを見たのでは無く、()()()()()()()()()()()疑惑の目を向けていたのである。

ぱらぱらとページを捲っていこうとも、見えてくるのは白、白、白の連続性。最初から最後まで、魔道書には何も書かれていなかったのだ。

 

 

 

「代々受け継がれてきた魔道書なのですが、魔法が掛かっているのか何も書かれていないのです。曰く、読むためならば魔法を解き明かせ。故に解き明かせない者には見る資格無し…と」

 

「あー…じゃあオレァ無理だわ。そういうチマチマしたもん苦手なんだわ」

 

「……破壊するならば…出来るが…解除は…難しい」

 

「っつーことは……」

 

「……ウム……」

 

「……はぁ…これだから昔から解除(ディスペル)を出来るようにしておけと言うているであろうに。何故憶えようとせんのだ」

 

「いやぁ、ンじゃ!パッパと頼むぜ天才さん?」

 

「……頼んだ」

 

 

 

早速リュウマ頼みとなっている事に、リュウマは溜め息を溢した。魔道書の時を戻しながら修復し終わった時、リュウマは手に持っている本が、非常に強い魔力を帯びていることに気が付いたのだ。それも唯帯びているだけではなく、歴とした何らかの魔法が施され、その余韻で魔力が流れ出ているのである。

 

本来ならば、解除(ディスペル)にはそれ相応とした時間が掛かってしまう。当然だ。他人が掛けた魔法というのは、簡単に破れる訳が無い。そんな代物を使っていては、他の魔導士に魔法を乗っ取られるか、容易に解除されてしまうからだ。だからこそ、大掛かりな魔法には、発動までに多大なプロセスを必要とし、逆に解除はその掛けられたプロセスを逆に読み取って解除まで有り付かなければ為らない。

 

つまりは、理解不可能な言語を使っているだけでも、その魔法は知らぬ者からしてみれば、解除することすらままならない強固な魔法となる。しかし、リュウマは200を越える頭脳指数を有しており、それと共に類い稀なる眼を持っていた。純黒なる魔力の前には、魔法等の超常現象から始まり、竜巻や津波等といった厄災と謂われる自然現象、動物人間等の生物迄に至り、総てのものを無へと至らせる。

 

そんな純黒なる魔力を使えば、掛けられた魔法等有っても無いものも同義。覆うだけで無効化させることが出来る。しかし、リュウマは魔法を解く時、大抵純黒なる魔力は使用していないのだ。ならばどうやっているのか。それは簡単だ。眼で視て…思考し…読み解き…解除する。それをほんの刹那の内に行ってしまう。それこそがリュウマの非常に高い頭脳指数と眼のお陰である。

 

一度目を瞑り、もう一度開くと、黄金色である縦長に切れた瞳は、一瞬だけだが虹彩を淡く光らせた。その一瞬は目視では確認出来ず、そんな一瞬の事で、リュウマは施された魔法の魔法陣を読み取った。リュウマの視点ともなると、一瞬で魔法陣が浮かび上がっては記憶し、頭の中で構成理念を抽出して算出。魔法陣の核となる部分を読み取って解除方法を割り出した。そしてなんと、その間解除方法を看破するまでに掛かった時間…実に0.015秒である。

 

クレアが一度閉じた魔道書の上に手を翳し、左から右へとスキャンするように手を動かしていく。そして魔道書の上を通過すると同時に、テーブルの上に置いてある魔道書から、がちゃんと、何かが外れる時に鳴るような音が響いた。まさかと思っているチャッチを余所に、既に解いたのだと解っているクレアは、魔道書に手を伸ばして開けた。すると中は、真っ白であった紙に、最初から最後まで所狭しと文字が刻まれていたのだった。しかし……

 

 

 

「……わぁお……全っ然読めねぇ…」

 

「……何処の…言語…だ?」

 

「何……ふむ、我も見たことが無いな」

 

 

 

浮き出た文字は全て、400年前から生きているリュウマ達であっても、初めて見たとしか言えない文字であったのだ。そんな筈は無いと、リュウマはクレアが持っている魔道書を取って数ページ適当に捲って見ていった。途中で何かの魔法陣の描き図が載っていたものの、それ以外は全て文字であり、その全てが読むこと叶わない文字であったのだ。

 

一体何時の時代に使われていた言語なのだろうと、リュウマは同じものを使っている世界の知識を呼び込もうとした時、部屋の扉が独りでに動いた。使用人が開けたのかと思ったが、急いで扉の方へと向かっていったので違うだろう。ならば許可無く入ってきた何者かと思った矢先、その人物が姿を現した。

 

 

 

「──────お父様。お客人ですか?」

 

「おぉ…!シルヴィア!帰ってきたのか。御紹介します。義理ですが家の娘で、シルヴィアといいます。シルヴィア、この方達はあの100年クエストを達成して下さる、『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』の方々だ」

 

「お初にお目に掛かります。シルヴィアです……ぇ、お父様…今『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』…と?」

 

「あぁそうだとも!あの聖十大魔道序列一位、三位、四位の方々だ!」

 

「と、ということは……ぁ…リュウマ・ルイン……アルマデュラ……ッ……ぅっ…!!」

 

 

 

腰を曲げてお辞儀をし、お淑やかな挨拶をしたシルヴィアと呼ばれた少女は、父であるチャッチと対面しているリュウマ達を見て、その後にリュウマの顔を視界に納めると、その端正な顔立ちに似合わない蒼白さで以て口元を抑え、気分が悪そうに急いでその場を後にし、部屋から急いで出て行った。

 

紹介されて自己紹介されたと思ったら、顔を見られただけで吐きそうになって何処かへと行ってしまった事に、他でも無いリュウマは額にびきり…と、青筋を浮かべた。

 

 

 

「ほ、ほう…?他人様の顔を見るなり吐きに掛かるとは…失礼にも程がある小娘よなァ」

 

「も、申し訳ありません…!娘が大変失礼な事を…!どうか…どうかお怒りをお納め下さい…!い、家全体が震えて…!!」

 

「だーーーーはっはっはっはっ!!ひーー!!やべぇ!顔見られて吐かれるとか!クッソウケるんですけどーー!!!!あーーはっはっはっはっはっ!!腹!腹捩れる!!天下の殲滅王殿もそこまで畏れられるようになりましたってか!?爆笑もんだろコレ!!ひーーひっひっひっ!!」

 

「……っ……ぷっ」

 

「貴様等ァ……ッ!!」

 

「お、お父さん落ち着いて!家壊れちゃうよ!?魔力おさえておさえて!」

 

 

 

チャッチは、目前に座るリュウマから、肌をちりちりと焼くような痛みと存在感を醸し出す魔力の薄い放出に気が付き、気を納めさせようとするも、リュウマの体から放出される魔力は出力を上げていき、何時しか大きな屋敷全体が大きく震えさせる程にまでなってしまっていた。更にそこに、クレアとバルガスのバカにしたような笑い声が重なり、結果放出される魔力が非常に危険な域にまで高められた。

 

このままいけば、家が完全に破壊される。封印一つ外した訳でも無く、一番最低ランクの魔力で、それも唯の少しの感情の高ぶりで反応しただけの魔力ではあるが、それだけでもそれは純黒の魔力。凶悪極まりなく、これ以上はいけないと判断したのか、元凶のリュウマの肩に乗ったイングラムは、リュウマの頬を小さな手でぺちぺちと叩いて、正気に戻させた。

 

 

 

「──────ふぅ…もう良い。あの小娘がこの100年クエストに関係するものでは無し。故に咎めはせん。……本来ならば極刑ものだがな。……む?」

 

「……どうか…したか」

 

「いや、今気がついたのだが、この魔道書の最初の見開きのページに、言語表が描かれている。……成る程。見たことが無い言語な訳だ。これは書いた者が独自に創った創作文字だ。この言語表が母音から始まる言葉の表列となっているのだ」

 

「はぁーっ…はぁーっ…ふぅ…笑い疲れた。っつーことはあれか、読むにはまず解読しろってか。じゃあオレ、パ~ス。そんなのやってらんねぇ」

 

「……余には…向いていない…適材適所」

 

「……はぁ。また我がやらねばならんのか。おい、この邸には図書室あるであろう。暫しの間拝借するぞ」

 

「そんな滅相も無い!いくらでも使って下さいませ!娘が失礼な事をしたお詫びという訳ではありませんが、空いている部屋にもお泊まり下さい。私の使用人が腕によりを掛けてお食事をお出ししますので!」

 

「うむ。ならばそうするか。図書室には大事無い限りは立ち入るな。気が散る」

 

「承りました」

 

 

 

リュウマは魔道書を手に持って立ち上がると、イングラムに声を掛けて肩に乗せた。そのまま使用人を読んで図書室へと案内させた。残ったクレアとバルガスも、使用人によって案内してもらい、宛がわれた部屋へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良くもまぁこれ程面倒な事をするものだ。よもや描かれている魔法陣すらも(フェイク)であり、分解すれば文字の羅列とは…はぁ…何故我はこうも解読を率先しているのやら」

 

「ふ~ん♪ふふ~ん♪ふふ~ん♪」

 

「楽しそうだな?イングラム」

 

「ん~…お父さんから良い匂いするし、安心するからかな~?だから楽しく感じるんだぁ」

 

「ふふ…仕方の無い奴め」

 

 

 

大きめの図書室には、4メートル程の棚が陳列されており、その中には所狭しと本がアルファベット順に並べられていた。その図書室の中央に、数人が腰掛けられる長方形のテーブルと椅子が置かれていた。そしてリュウマはそこで、魔道書を広げている。

使用人に持ってこさせた白紙の紙へと、解読した文字の羅列を書き留めていた。その数は既に、解読を始めてから3時間しか経っていないというのに、裏表含めて10枚以上にもなっていた。

 

基本、本を読んだりする場合に限って掛けている、黒縁の眼鏡を掛けて魔道書に視線を落としていたリュウマは、背もたれにもたれ掛かりながら、うんと背伸びをして肩を回した。そんな彼の膝の上には、イングラムがうつ伏せで寝転んでリラックスしていた。

 

少し休憩を挟む事にしたリュウマは、膝の上に居るイングラムの頭から尻尾に掛けて、手で優しく撫でていく。するとイングラムはうっとりした表情をしながら息を吐き、一緒に紅蓮の火を口からぼっと吐き出されて虚空に消えた。

 

 

 

「退屈ではないか?イングラム」

 

「ボクはお父さんと一緒に居るだけで楽しいから大丈夫!」

 

「ふふ…愛い奴めっ!」

 

「あははっ、お父さんくすぐらないでっ!あははははははははっ」

 

「ふふ……──────何時まで其処に居るつもりだ。用があるならば疾く入り用件を言え」

 

「…………………。」

 

 

 

膝の上に居るイングラムを仰向けにし、擽って遊んでいたリュウマは、顔を向けることも無く…扉の向こうに居る人物に向かって声を掛けた。扉越しに居た人物は、待機していた事が知られていたことに観念したのか、遠慮がちに図書室の扉を開いて入室した。そしてリュウマはそこでやっと、顔を扉の方へと向け、入ってきた人物を視界に収めた。

 

顔を見た瞬間、リュウマは特に驚いたというような顔の変化はさせなかった。彼は、その人物が此処へ来るだろう事は解っていたからである。そしてその入って来た人物というのが、チャッチの義理の娘であり、リュウマの顔を見るなり直ぐさま退出した、シルヴィアであった。

 

 

 

「何用だ小娘。我は貴様に構っていられる程、余暇を持て余している訳では無いのだが」

 

「……先程は大変失礼な態度をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 

「今度は吐かぬのか。いや、()()()()()距離を離しておけば、吐くことも無いという事か」

 

「…………………。」

 

 

 

見れば解る端正な顔立ちに、水色の肩に掛かる程度の長さを待つ髪。全体的に女らしい体の線を持ち、華奢な印象を持たせる。通り過ぎれば見直すであろう程の整った顔立ちに、小動物のような印象を放ったその少女は、部屋に入るなりリュウマへと深く頭を下げた。しかし、下げたのは扉を開けて入って直ぐの立ち位置。椅子に座るリュウマまで軽く5メートルの差があった。

 

それでも、シルヴィアは懸命にその場で頭を下げていた。何故見ただけで体調不良を来すのかという疑問はあれど、何時までも頭を下げているシルヴィアは、リュウマからしてみれば鬱陶しい以外の何物でも無かった。

 

 

 

「良い。貴様はクエストに何ら関係の無い者。謝罪は貴様の父より受けた。過ぎた事は最早どうだって良い。我は残り少ない魔道書の解析を始める。邪魔だ。疾く退出せよ」

 

「…っ…既にそこまで……。……私から…お願いしたい事があります」

 

「はぁ……何だ」

 

「──────100年クエストを辞退して下さい」

 

 

 

頭を上げたシルヴィアは、リュウマの横顔を見ながら、真剣な表情ではっきりと、そう口にした。膝の上にイングラムを乗せて、早速魔道書の解析に取り掛かっていたリュウマは、シルヴィアのその一言を耳の鼓膜で確かに拾い上げ、言葉の意味を確と理解すると、動かしていた羽ペンを止め、椅子の背もたれに体を預けた。高く設計された図書室の天井を見ていたリュウマは、掛けている黒縁の眼鏡を外した。

 

瞬間…先程までチャッチが同席していた時以上の魔力が、リュウマの体から放出された。目先の光景を黒一色に染め上げ呑み込む純黒なる魔力が、図書室という限られた場所で膨大な量を解き放たれたのだ。図書室の高い本棚が、大きく揺すられることによって本を捻り出して落下させ、天井に設けられたシャンデリアが、心許ない軋みの音を鳴らしながら前後左右に揺すられる。

 

落下して床に散らばった本が、リュウマの魔力に当てられて独りでに浮遊を開始した。発生源であるリュウマの膝の上に寝転んでいたイングラムは、尊敬する父から()()()怒りを感じ取り、大丈夫だろうかと心配そうな顔で、リュウマの事を見上げていた。

 

シルヴィアは、上を向いていたリュウマがゆっくりとした緩やかな動きで首を動かし、自身の事をその瞳で見、そして見られた瞬間、言ったことを一瞬で後悔する程の途轍も無い寒気が全身を襲った。絶対零度の極寒地帯に裸で放り出された方が余程暖かいと感じてしまう程、今のリュウマから感じられる寒気は尋常ではない。しかし、これでもリュウマは、怒り狂っている訳では無い。ほんの少し…苛つきを見せただけであった。

 

 

 

「見るなり早々と不敬な行動を取っただけに止まらず、挙げ句に謝罪したかと思えば辞退しろだと…?この我に…この殲滅王に100年程度放置されただけのクエスト如きを、辞退しろと申すか?……疾く失せよ。次は無い。その言動は本来ならば万死に値する言動であると知れ」

 

 

 

大気すらも揺する魔力に当てられ、体中を震わせながら、シルヴィアは本当に最後の警告であるということを直感する。そして彼は、例え女子供であろうと、一切区別すること無く平等に慈悲が無いことを()()()()()。だからこそ、彼女は寒気が酷くて奥歯がカチカチと鳴る程震えていようと、体に鞭を打って急いで退室した。

 

リュウマはシルヴィアが部屋から出て行った事を確認し、気配が離れていくのを感じ取りながら、気を落ち着かせて魔力の無差別放出を止めた。そこで一つ溜め息を吐き、心配そうな目で見上げているイングラムの頭を優しげな表情で一撫ですると、何事かといった必死の形相でやって来た何人もの使用人に、何でも無いと告げたのだった。

 

因みに、感情の起伏で魔力の放出を行った事で、部屋中のものが見るに堪えない状態へと変貌していることに、使用人が困ったような表情をしていたが、リュウマが己の不始末だからということで、魔法を使って乱れる前の状態へと戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ……はぁッ……はぁッ……!」

 

 

 

部屋を出来るだけ急いで退室し、奥へ長く広がる通路を駆け足で移動した後、横へと繋がる通路の影に背中を押し付け、荒い息を吐きながらずるずると腰を落としていった。そして座り込んだシルヴィアは、三角座りをして腕の中に顔を埋め、震える体を必死に落ち着けようとしていた。しかし、見てしまったリュウマの瞳が脳裏から離れず、落ち着こうにも体の震えが止まらない。

 

気が付いてはいないが、シルヴィアは体の震えとは別に、少しの過呼吸を引き起こしていた。本能を直接刺激される濃密な恐怖が彼女を襲い、顔中には少なくない脂汗を掻いて顔色も蒼白い。誰がどう見たとしても、腕の中に埋めている彼女の表情は、恐怖を必死に堪えようとして失敗し、歪な顔をしていると言えるだろう。

 

大丈夫…大丈夫…もう大丈夫。そう必死に自身の心へ語り掛けるも、無駄となり、自身を鼓舞する言葉とは別に、彼女の体は感じ取って読み取った恐怖に正直であった。このままでは家に仕える使用人に発見され、要らぬ心配を掛けさせてしまう。自身の招いた愚行の結果だというのに、他の人を不安にはさせたくなかった。

 

そんな時、彼女の全身を温かいものが優しく包み込んだ。腕と埋めた顔の間から、澄み渡るように蒼くさらさらな髪が垂れ下がっている。そして同時に、彼女の全身を覆って落ち着かせるアロマのように、優しくふんわりとした良い匂いが鼻腔を擽った。こんな髪の人居ただろうかと、案外的外れな事を考えられる位には回復した頃、頭の上から声を掛けられた。

 

 

 

「大丈夫だ。安心して心を落ち着かせろ」

 

「は……ぁ…ぁ…なた……は……っ」

 

「そんな事今はどうでもいい。先ずはゆっくりと深呼吸をして…それを繰り返せ。実力者だったら多少耐えられっかもしんねーけど、お前みたいな奴じゃあ、アイツの魔力には耐えられねぇ」

 

「ふ……ふぅ……すぅっ…ふぅ……」

 

「そうだ。その調子だ。悪いな、アイツは根っからの男女平等主義で、強すぎるから最低限加減しても御覧の有様なんだわ。別にお前を殺そうとか、痛め付けようとか思っちゃいねぇよ」

 

 

 

そう言ってシルヴィアを抱き締めていたクレアは、腕を回してシルヴィアの背中を撫でていた。シルヴィアは背中を撫でられる手の動きに合わせて、深い深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻していた。そしてそれと同時に、落ち着かせてくれたクレアの体に腕を回し、シルヴィアはクレアに強く抱き付いたのだ。思った以上に強く抱き締められ、胸元に顔を押し付けてくるシルヴィアに、クレアは最初こそ少し驚いた表情をしたが、その後は少し笑って頭を撫でていた。

 

クレアがシルヴィアを見付けたのは、単にリュウマの魔力の急上昇を感知した為、何が起きたのかと見に行った道中、座り込んで震えるシルヴィアを見付けたのだ。普通ならば如何したのかと疑問に思うだろう。しかし、クレアとて元は一国の王である。当然のように高い教養を受けていた為、察しの良さについては一般と比べものにはならない。だからこそ、震えるシルヴィアを見て、リュウマと何かあったのだろうと感付いた。

 

そしてそれが、リュウマの突然の魔力の急上昇を合わせれば、必然的に何かの発言をして怒らせたのだろうということも察しが付く。

シルヴィアは依頼人の娘である。いくらクエスト期間だけの短い付き合いだったとしても、悪印象を持たせるのは避けようとの判断だったのだ。故にクレアは、唯の善意によってシルヴィアを介抱しているのでは無い。偶々偶然、目的の場所へ向かう途中で出会ったが為である。

 

 

 

「……おし、落ち着いたな?コレに懲りたらもう、アイツを怒らせるような発言はやめとけよな」

 

「は、はい…ありがとうございました…あ……」

 

「あ?如何したよ?」

 

「その…こ、腰が抜けてしまいまして……」

 

「は?あー……仕方ねぇな」

 

 

 

震えが治まったのを見計らって、クレアはシルヴィアから離れて踵を返し、案内されて待機していた部屋へと戻ろうとした。しかし、シルヴィアが何かに気が付いたような声を上げて振り向き、何だと訝しげな表情をすると、シルヴィアは頬をほんのり赤くしながら、腰が抜けてしまっている事を告白した。だが無理も無いだろう。いくら最低限の力しか使っていないといっても、元凶はあのリュウマの魔力である。耐えろというのが無理な話だ。

 

クレアは腰が抜けたというシルヴィアに、納得したというような表情をすると、シルヴィアの前で背中を向けたまましゃがみ込んだ。言葉をかけられずとも自然と解る。クレアはシルヴィアに背に乗れと言っているのだ。だがシルヴィアは中々乗ろうとせず、あと一歩が踏み出せないような状況だ。恐らく背負われて誰かに見られるのが恥ずかしいのだろう。

 

しゃがみ込んで待っているクレアは、埒が明かないということで、首を後ろに向けて視線を送り、このまま待っていれば自ずと誰か使用人が通るし、今ならばリュウマの元へ使用人が駆け込んでいる筈、だから今を逃せば使用人を不安にさせることになるぞ、そう言って前を向いた。使用人に迷惑を掛けたくない事を看破されており、シルヴィアはやむなくクレアの背に乗った。

 

華奢な見た目とは裏腹に、クレアは何の苦しげも無くシルヴィアを軽々と背負い、シルヴィアに案内されるがままに通路を進んで行った。クレアが人一人を背負えるのは当たり前だ。見た目に似合わず、リュウマとて踏み込みだけで大陸一つかち割る程の膂力を持っているのだ。クレアが見た目と裏腹にある程度の力を持っていても可笑しい道理は無い。

 

 

 

「んで、お前の部屋は此処だよな?ならオレはもう此処まででいいだろ?」

 

「あの…差し支えなければ、私のベッドまで運んで頂けると嬉しいです…」

 

「あー……はいはい、解りやしたよ~…」

 

 

 

仕方ない。相手は完全に腰が抜けているのだ。部屋の前で下ろしたところで、満足に動けるとは思っていない。だからこそ部屋の中に入ろうとしたのだが、何を隠そうクレアは、コレが女子の部屋に入るのが初めての経験である。クレアは肩越しに渡されたシルヴィアの部屋の鍵を受け取り、右手で鍵穴に鍵を通し、左腕でシルヴィアを一度抱え直した。

 

その時に手の平にシルヴィアの女子特有の柔い臀部の感触が伝わるのは不可抗力であり、目を伏せて少し赤くなりながら恥ずかしそうにしているシルヴィアの顔は、背後のため見えないのは幸いだろう。きっと見えていたら、二人しか居ない事が災いして妙に気恥ずかしくなっていただろうから。

 

かちゃり…という音を聞いて開いた事を確認し、部屋の扉を開けて中に入る。初めて入る女子の部屋は、特に変わったところは見付からず、白と黒のゴシップ造りのモダンテイストの部屋だった。結構趣味が大人だなと思いながら、壁に付けるように設けられているベッドの傍にまで行って、シルヴィアを下ろした。

 

ぎしりというスプリングの音が、二人だけの空間に響き、何とも言えない空気を感じてしまう。そしてそれに加え、女子ならではともいうべき甘く良い匂いが鼻腔を擽って妙に心臓が落ち着かない。一度気を追い付かせようと、少し深めの深呼吸をしたところ、客観的に見て女子の部屋の匂いを堪能しているようにも見えることに気が付いては吹きそうになった。

 

はぁ…と溜め息を吐くように一旦落ち着きを取り戻したクレアは、もう大丈夫だろうかとシルヴィアの方へと視線を戻した時、シルヴィアはベッドの中に入って毛布を被っていた。それに何故か、毛布を鼻が隠れる程被っており、少しだけ濡れた瞳で恥ずかしそうにしていた。何でそんな表情をしているのだと、めっちゃ可愛いじゃねぇか違うそうじゃ無いと、割と落ち着いていないクレアに、シルヴィアはくぐもった声で話し掛けた。

 

 

 

「すみません…そんなに匂いを嗅がれると…は、恥ずかしいです……っ」

 

「違っ…!?匂いなんか嗅いでねーよ!?ただちょっと落ち着こうとして息を吸ってただけだわ!」

 

「何故落ち着こうと…?」

 

「お前の尻が柔らかいわ甘くて良い匂いするわ、マジでムラムラす……ハッ!?」

 

「う…うぅ……恥ずかしいです…」

 

「お、オレの方が恥ずいわ……」

 

 

 

何とも甘酸っぱい雰囲気になってしまい、互いに視線が合わさって眼が合うと、ばっと顔を赤くしながら顔を逸らし合うという、実に見ていて面倒くさい光景が広がっていた。そしてそんな雰囲気に感じ取り、居たたまれなくなったクレアは、一刻も早くこの甘い香りの空間からおさらばしようと、部屋の扉に向かって歩き出し、お大事にとだけ行って出て行こうとした。

 

しかしそこで待ったを掛けたのが、他でも無いシルヴィアであった。出て行こうとしたクレアの着物の裾を掴み、出て行こうとしていたクレアに待ったを掛けたのだ。何で止めるんだと思いながら振り向いたクレアに、シルヴィアは言い辛そうにしながら告げるのだった。

 

 

 

「お願いです…少しの間で良いので、私の傍に居ては下さいませんか?」

 

「何でだよ。寝りゃいいだろうが」

 

「目を閉じると…その、リュウマ様の冷たい眼を思い出してしまいまして…クレア様に抱き締めてもらった時には思い出さなかったのです。お願いします…!」

 

「抱…!あー……あいよ。お前が落ち着くまでは居てやるよ。どうせやる事なんてねーし」

 

「ありがとうございますっ」

 

 

 

了承したクレアは、シルヴィアの部屋に置かれている机と椅子のセットから、椅子だけを持ってきてベッドの脇に置き、座って腕を組んでシルヴィアの事を見下ろしていた。居てくれる事にホッとしたのか、シルヴィアは嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 

少しの間、一緒に居てやると言っただけで、何故こうも嬉しそうな顔が出来るのか。そう思いつつも、クレアの胸の奥には無意識の内に温かいものが流れていた。それを自覚しないまま、クレアも柔らかい笑みを浮かべた。

相手は依頼人の娘であり、胸は特別大きいという訳では無いが、程よく実った美しいお椀型。臀部も触れてしまった事を鑑みれば柔らかさは一級品、そして何よりも形が安産型で女性らしい。

 

ゆったりとした服を着ている為、確認のしようが無いが、背負った時の背中に感じた感触により、腹はすっとしていて括れていることだろう。焼けない体質なのか肌は白く、きめ細かい肌なだけあって綺麗で、染みの一つだってありはしない。顔立ちも東の国というよりか、昔に治めていた西の大陸の人々の顔立ちに似ている。

 

目鼻立ちが確りとしていて、睫毛も長くぱっちりとした二重。髪の色はクレアの澄み渡るような蒼とは違い、爽やかさを感じさせる水色。男性でありながら、絶世という言葉が付いてしまう程の美貌を持つクレア程では無いにしろ、人が通り過ぎれば確実に振り向く整った顔立ち。性格は把握しきれていないが、恐らく悪くは無く、寧ろ良い方だろう。

 

そんな20にもなっていないような少女が、己一人の言動一つで、そうも嬉しそうな表情をすると、変に意識してしまうというもの。だが、それだけでクレアは勘違い等を起こさない。何せクレアは元々大陸を支配する国の王。対人に於けるスキルは自然と身に付き、相手の表情から感情を読み取るなどお手の物なのだ。まあだからこそ、己に対して悪感情どころか好意的な感情を向けられていることに戸惑っているのだが。

 

決して恋愛的な意味での好意的な感情ではない事は解っている。当然だ。一部を除いて、会った瞬間に恋に落ちるというのか。シルヴィアが向けるのは、あくまで困っていたところを助けて貰った事による好意的な感情だ。謂わば親しくなった間柄というものだろう。

 

 

 

「クレア様、少しだけ私の話を聴いてはもらえませんか?」

 

「あ?あぁ、良いぜ」

 

「ありがとうございます。では…私の父であるチャッチから、私が父の義理の娘である事は聴きましたか?」

 

「おう。そういえばそれはかと無く、お前のことは義理の娘だって言ってたな」

 

「はい。実は私…3年前にこの街に隣接する森の中で、倒れているのを発見されて養子として迎え入れて貰った娘なんです」

 

「へー。っつーことは倒れていた時以前の記憶は無くて、当時これからについてで悩んでいたところを、依頼人に面倒見て貰う事になって、それからは此処で暮らしてるって事か」

 

「…っ!?何故記憶喪失の事を?」

 

「別に。此処に3年も居るって事は、十中八九他に行く当てが無かったって事だろ。だったら選択肢は二つ。親が居ねぇか記憶そのものが無くて右も左も解らねぇか、唯それだけだ」

 

「……はい。クレア様の仰る通り、私は記憶喪失でした。目が覚めた時には既に保護されていて、私は所々破けている布切れのような服と、この首飾りをしているだけだったようです」

 

「ふーん。あんまり見ねぇ装飾だな」

 

 

 

毛布の中から見せてくれたシルヴィアのしているという首飾りは、銀色に輝く光沢を見せ、全体的には円形の形。中央にはルビーのような宝石が一つだけ嵌め込まれており、その周りは一番外側の形を為している円と宝石の間に、幾何学的な模様を創っていた。余り見掛けない造形の為、しげしげと見詰めていたが、形以外は特に変わったものではなかった。

 

シルヴィアが義理の娘と訊いた時点で、クレアが先程言った選択肢が思い浮かんではいたものの、それだけでは腑に落ちない事があった。それは、シルヴィアがリュウマと邂逅した時の反応である。記憶を無くしているのならば、リュウマの話を聞くようになったのは最近の筈。少なくとも大きく名を上げた一年前が妥当だろう。だというのに、接点が無い筈のリュウマを、何故ああも畏れていたのか。はっきり言ってあの反応はシルヴィアに限っては異常であった。

 

その事を疑問に感じ、クレアはシルヴィアに問い掛けたのだ。何故あの時、リュウマが居ることに不安がり、顔を見ただけであの反応をしたのか。それを聞いたシルヴィアの反応は、それは自分でも解らないという事だった。何故か解らないが、リュウマの事を聞いたりすると急に動悸が激しくなり、言い知れぬ恐怖を感じるのだとか。

 

何故そんな事になるのだろうかと疑問に思ったのだが、残念ながらクレアは人の失った過去を取り戻させる魔法も、覗き込む事も出来ないので、結果としては記憶を失う前にリュウマが何かしらやらかしたのだろうということで納得した。それからもぽつりぽつりと話をしていき、何時しかシルヴィアは瞼を閉じて眠りについていたので、クレアは椅子を元に戻した後、音を立てないように部屋を出ていったのであった。

 

そしてこの2時間後、リュウマが魔道書の解読を総て終えたという連絡があり、この日はチャッチの家に泊まり、次の日に此処を出発する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────翌日

 

 

 

リュウマ達は依頼人である、チャッチの邸で働く使用人の朝食を御馳走になり、街の入り口まで送って行き、笑顔でリュウマ達の事を送り出していった。気前の良い男性であった事で、幸先の良い出発となった。

 

魔道書については、確かに貴重なものではあるが、自分が持っていたとしても読むことが出来ず、宝の持ち腐れだろうということで、金庫の中に仕舞うのではなく、リュウマに持たせていた。そもそも、盗まれた自身が悪いのであり、修復して貰った挙げ句読めもしないのに返して貰うのは気が引けるとのことだった。

 

それならばと、有効的に活用してくれるリュウマ達に持たせていた方が、実に魔道書として使い道に合っているだろうという談である。そして今リュウマ達は、観光都市ナハトラから500メートル程離れたところまで徒で移動しており、隣接する森の中を進んでいた。

 

 

 

「して、何時まで付いてくるつもりだ小娘」

 

「…っ……!」

 

 

 

しかし、そんな時…リュウマが歩みを止めて振り向き、一本の木に向かってそう口にしたのであった。道中の世間話に夢中になっていたクレアとバルガスは気付いていなかったようで、振り向いて訝しげな表情をしていた。

 

リュウマが小娘と言った事で、クレアは嫌な予感を感じざるを得なかったが、事態は進んでいた。既に尾行が露見してしまっている以上、隠れているだけ無駄というものだが、何時までも出て来ないことに業を煮やしたのか、リュウマは肩に乗るイングラムに、あと5秒経っても出て来ないようならば炎を放ってやれと言った。

 

その会話を聴いたのか、尾行していた者が、観念したのか木の陰から姿を現した。そしてその人物は、チャッチの義理の娘であるシルヴィアであったのだった。それも、ローブのようなものを被り、その手には背丈ほどの杖を持っており、如何にも旅に出ますとでもいうような服装と装備だったのだ。

 

 

 

「図々しいかと思われますが…お願いします。私も連れて行って下さい」

 

「却下だ愚か者めが。我々は遊びに行くのでは無い。これは仕事だ。況してやこれは最高難易度である100年クエストだ。貴様のような小娘を連れて行く訳が無かろうが。寝言は寝てから申せ」

 

「お願いしますっ!絶対に邪魔にはなりません…!どうしてもと仰るのであれば、私のことは気にせず行ってもらって構いません。見捨てて貰っても構わないです!でも、どうか…どうかお願いします!私を同行させて下さい!」

 

「それで是と答えるとでも思ったかァ?巫山戯るのも大概にせよ。貴様は依頼人の娘だ。それを許可も無しに100年クエストに同行させ、剰え何かがあれば、それは我々のみにならずギルドの信用にも関わる。これは貴様の脳天気な何も詰まっておらぬような小娘の頭では考えられるような、容易な話などでは無い。更に言うのであれば、我々は100年クエストを受けるに相応しい力に知識、経験を持っているからこそ、クエストを受けられるのだ。だというのに、唯同行したいというだけの小娘が軽々しく行っても良い道では無い」

 

「…っ……それでも…それでも私は行きたいのです!」

 

「では訊くが、何故(なにゆえ)か?貴様がこのクエストに同行する動機は何か、何故そうも頑ななのか、我を納得させてみよ」

 

「わ、私は──────」

 

「無論、()()()()()()()()()()()()()()等という下らぬ事は申すなよ?そうなれば我は貴様に何の魔法を施すか解らぬぞ」

 

「……っ………」

 

 

 

にべもなく断られ、それに加えて言わんとすることを先に釘で刺されてしまった。他に何かを言おうにも、同行したい理由を挙げることが出来ない。そも、100年クエストは一般人や、少し魔法が使える程度の魔導士が行けるような容易な難易度ではない。死の危険がある。つまり、100年クエストを受けられる最高ランクの魔導士()、死ぬ危険と隣り合わせというのが、この100年クエストである。

 

そして魔道書を解読したリュウマだからこそ解る。このクエストには、唯英雄の生きた証を探し当てるだけに止まらず、必ず何かが起きるということを、感じさせていたのだ。それを知らずに、この少女はその探索に同行したいと言っているのだ。リュウマからしてみれば、100年クエストも、その100年クエストを受けている魔導士である己等を愚弄しているに等しい発言だったのだ。

 

気は余り長くは無いリュウマは、一切の容赦等無く、お前では連れて行くに値しないどころか、連れて行く訳にはいかない存在だと言っているのだが、シルヴィアは一向に頷かず、絶対について行くとでも言うように、杖を両手で握り締めて真っ直ぐリュウマの瞳を見ていた。だが、シルヴィアはリュウマが余りにも説得出来ない事に焦ったのか、膝を折ってしゃがみ込み、杖を地面に置いてから三つ指を突いて土下座した。

 

 

 

「お願いです。私を連れて行って下さい」

 

「どれだけ、貴様のその軽い頭を下げた所で我の判断が曲がる事は無い。失せろ」

 

「お願いします。私を連れて行って下さい。魔法も使えるので、御迷惑は掛けません」

 

「今現在迷惑を掛けられているわ愚か者。貴様の内包する魔力が其処らの魔導士よりかは高いとしても、このクエストに連れて行く程逸脱したものでは無し。連れて行けば貴様は確実に野垂れ死ぬ」

 

「それでも構いません。覚悟の上です。その旨も父には置き手紙を残すという形で示し、御世話になったせめてものお返しにと、貯めていたお金も全て置いてきました。雑用でも何でもします。私を連れて行って下さい」

 

「ふぅ……もう良い。口先だけでは時間の無駄か。アルファ、この愚か者の小娘に催眠の魔法を掛け、依頼人の邸へと自身の脚で征くようにして送り返せ」

 

 

 

完全にシルヴィアの事など連れて行く気など皆無なリュウマは、体としての説得を辞め、実力行使による強制送還の処置を取ることにした。そも、リュウマが言っている事は正論であり、シルヴィアの事は連れて行くこと自体が、100年クエストの暗黙の了解的な契約に違反する。全く関係の無い者を同行させ、万が一にも負傷させたり、況してや死亡させてしまったとなれば、全責任は連れて行った者にのし掛かると同時に、ギルドの信用にも関わってしまうのだ。

 

そしてその他にも、依頼達成したとしても、大切な友人や家族をあずかり知らぬ場所で殺してしまったということで、依頼の報酬を貰う事が出来なくなってしまう。それとギルドの信用と言ったが、同時に評判を悪くさせてしまう事だってあるのだ。

 

そういうこともあり、リュウマは唯連れて行かないのではなく、確りとした理由があるからこそ、連れて行かないと言っているのだ。

リュウマはα(アルファ)へと命令を下し、アルファはマスターであるリュウマの命令を遂行しようと、目的地をチャッチの邸へと設定し、今も尚土下座で頭を下げ続けるシルヴィアに、催眠の魔法を掛けようとした。

 

 

 

「──────待てリュウマ」

 

「……何のつもりだ?クレア」

 

 

 

しかし、アルファが魔法を掛けようとしたその瞬間、クレアがリュウマとシルヴィアの間に入り、魔法の発動を阻止したのだ。アルファはリュウマの意を正確に汲み取り、魔法の発動を止めて次の指示を待っていた。リュウマと言えば、まるでシルヴィアを庇うかのような立ち振る舞いに、その瞳を細めてクレアを見た。

 

クレアがシルヴィアを庇ってからというもの、リュウマから発せられる雰囲気が一変した。シルヴィアの事など、端から興味が無かった為、引き下がらなくとも特に何とも思う事は無かった。如何しても聞き分けないならば、強制的に送り返してしまえば良いだけの話なのだから。

 

だが他でも無い、リュウマの盟友であるクレアが立ち塞がった事によって、リュウマからは明らかな怒気が立ち上っており、それは魔力でも現れていた。地面に転がる石礫が小さく揺れて反応する。バルガスは勿論のこと、幼いイングラムも理解しており、クレアとて承知していると思っていたからだ。

 

 

 

「そこまで同行を否定しなくてもいいんじゃねぇか?見ろよコレ、土下座までしてるんだぜ?」

 

「だから何だというのだ。その小娘一人が、重くも無ければ足りもしない頭を地に擦り付けて嘆願すれば、我の真っ当な言い分を覆す理由(わけ)になると?本気でそう思っている訳ではあるまいな?なァ…クレア」

 

「確かに今のは冗談だ。頭を下げただけじゃあ、事の重大さは覆らない。けどよ、こいつ…シルヴィアは無くしちまった自分自身の過去を、見付けられるかも知れないから、お前に頼んでんじゃねぇのか?それを無下にするのか?」

 

()()()。その小娘が()()()()()()()()()何であろうが、この100年クエストに同行させる必要性を感じぬ。冷静になれクレア。その小娘如きに一体何が出来ると?何を為し遂げられると?何を為し遂げてきたと?何も無い、何も無いではないか。魔力とて精々多く見積もって中の上。S級に辿り着くか否かの瀬戸際という程度だ。そんな小娘は我等には要らぬ。当然足枷以前にお荷物であり、精々使い処と言えば肉の壁が関の山だ」

 

「解ってる。そんな事ァ、オレだって解ってんだ。だけどよ、何でか知らねぇけど放っておけねぇんだよ。オレからも頼む。責任だってオレが全て取るし、シルヴィアの事はオレが全力で護ってやる」

 

「クレア様……」

 

 

 

頭を下げ続けていたシルヴィアを倣うように、クレアも直角に成る程深々と、リュウマに向かって頭を下げた。まだ会って一日も経っていないというのに、頭を下げてまで頼み込んでくれているクレア。そしてそんな姿を見たシルヴィアは、胸の奥が温かいような締め付けられるようなモノが巣くっていた。

 

シルヴィアは再度、地面に額を擦り付けながらリュウマに頼み込んだ。連れて行って下さいと。二人が頭を下げる光景を見ていたリュウマは、観念するでもなく、了承するでもなく、否定と言えるように…こめかみに青筋を浮かべたのだった。

 

 

 

「巫山戯るのも…ッ巫山戯るのも大概にせよッ!!クレアッ!!貴様、何故そうまでして肩入れをするッ!?何の接点があったッ!!無いであろうッ!況してや貴様が頭を下げる程の価値が有るとでも宣うつもりかッ!?一体何を考えておるというのだッ!!況してや貴様自身が…ッ!!この価値の無い小娘一人を護るだのと…ッ!!」

 

「──────お前はオレを信用してくれねぇのか?」

 

「……何?」

 

 

 

頭を下げるクレアの頭上から、リュウマの怒声が放たれる。びくりと肩を揺らすシルヴィアを余所に、クレアはその姿勢を崩そうとしない。そしてぽつりと、しかしリュウマに聞こえるようにはっきりと、そう口にした。

 

それを訊いたリュウマは、先程までの怒りの形相を潜めさせ、何と形容すれば良いのか解らない、敢えて言うならば虚を突かれたような表情をし、クレアを見た。

 

 

 

「オレが必ずシルヴィアを護る。必ずだ。お前はオレを…お前の盟友であるこのオレの言葉を信じられねぇのか?信じてくれねぇのか?()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──────────。」

 

 

 

正直に言えば、リュウマは何があろうとシルヴィアを連れて行く気等無かった。全くと断言するほど無かった。なのに…クレアは狡かった。ここで連れて行かないと言うのは非常に簡単だ。唯そう口にすれば良いだけの話なのだから。だが、クレアのリュウマに対する問いが投げ掛けられた以上、リュウマはもう連れて行かない…とは言えなくなってしまう。

 

リュウマは大昔に、()()()()()()()()両親を亡くしてからというもの、親しい者を無くすという事を嫌った。そしてそれは、親しければ親しい程顕著に現れ、それが掛け替えの無い盟友(親友)の事ともなると、それは一層強固となり、意思を尊重しようとする。

 

だからこそ、此処で連れて行かないと言えば、盟友のクレアへの絶対の信用を真っ向から否定する事になり、魔法で眠らせ、その間にシルヴィアを送還させたとしても、それは否定である事に一切変わりない。いや、後者の場合は前者よりも更に酷い否定となるだろう。故に、もうリュウマは否定出来なくなってしまったのだった。

 

リュウマは顔を俯かせ、小刻みに体を震わせる。それと同時に魔力の上昇も跳ね上がり、大気が震えて地震が起こったかのように揺さ振られる。それでもクレアとシルヴィアは頭を下げるのを止めなかった。

イングラムはリュウマの肩から心配そうに見上げ、バルガスは賛否を出さず、静かに傍観に徹していた。

 

 

 

「──────もう良い。好きにするが良い。お前がそこまで言って決めた事だ。……我は…もう何も言わぬ」

 

 

 

「……ありがとよ」

 

「ありがとうございます…!」

 

 

 

天変地異の前触れのような揺れは収まり、リュウマはその場で踵を返すと、ゆっくりと歩みを進めて行ってしまった。その際に、肩からずり落ちたイングラムは、父の心情を読み取り、今はそっとしておこうとバルガスの肩へと降り立った。バルガスはクレア達の事を一瞥すると、一人で歩くリュウマの後を追うように、歩き出した。

 

了承を得たシルヴィアは、もう一度深々とリュウマに向かって頭を下げ、立ち上がってから一緒に頭を下げてくれたクレアに、感謝の言葉を贈った。それを受け取り、照れ臭そうな顔をしていたクレアは、申し訳なさそうな表情で、歩みを進めるリュウマの後ろ姿を見るのだった。

 

こうして、『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』に、新たな同行者が加えられ、4人と一匹のチームへと切り替わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クレア…お前には我の言葉(おもい)が……伝わらなかったのだな……ふはは」

 

 

 

 

 

リュウマは一人…哀しげな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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