FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ   作:キャラメル太郎

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第 ৮ 刀  記憶

 

 

 

 

 

 

あ た た か い

 

 

 

 

 

 

 

そこはまるで何か温かく、柔らかなものに包まれているような夢心地であった。何もしたくない。何もしなくて良い。何かをしなくても許される。そんな確信めいたモノがあった。

 

身体を丸める。まるで何かに耐えるように。体を弛緩させる。まるで何かを諦めてしまったかのように。目を閉じる。まるで見たくないモノを見ないようにするように。耳を塞ぐ。まるで何も聴きたくないとでもいうように。

 

もう何もかもを捨て去り、この場に留まりたい。そんな意識が確実に己の心を侵蝕していく中で、頭と頬を慈しみられながら撫でられた感触を知覚した瞬間、大きな6枚の翼をはためかせ、感じた全ての幸福な感覚を消し飛ばした。

 

 

 

彼……リュウマ・ルイン・アルマデュラはそんなモノを今は求めて等いなかった。

 

 

 

──────……何があった?今、我は一体どうなっている……思い出せ。我が認識しておらずとも、見聞きした情報は総て我の脳が記憶している。我は唯それを引き出せば良いだけだ。………そうだ。我は返されたのだ。放った魔法を放った()()()()()()。そして回避も防御も間に合わずそのまま…………。

 

 

 

『──────リュウマ』

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

事の顛末を思い返したリュウマは、歯を強く噛み締めてぎりりと音を奏でた。しかしその瞬間、忘れる事の無い…いや、忘れる事など出来ない敬愛する声が聞こえた。

 

声がした方向に向かって振り返る。するとそこには、リュウマの実の父であるアルヴァ・ルイン・アルマデュラが微笑みを携えながら立って見つめていた。懐かしい光景だ。思い返すことはあれど、今のように視覚で認識したのは400年振りとなる。その事実に眼を涙で潤わせながら、自然と口角を上げた。

 

 

 

「父う──────」

 

 

 

『──────父上っ』

 

 

 

涙を溢れさせそうになりながら、アルヴァに手を伸ばして声を掛けようとした途端、そんなリュウマの腹部を摺り抜けるように小さな少年がアルヴァの元へと駆けていった。突然のことにリュウマは、求めるように伸ばした腕をそのままに固まり、走り寄った子供と、そんな子供を満面の笑みで迎えながら抱き上げるアルヴァの二人のことを見た。

 

心がずきりとした。まるで杭を胸に打ち込まれたように痛みを感じながら、何かを捉えることも無かった腕を下げ、仲睦まじい光景を醸し出す()()()()()アルヴァを、悲しげな瞳で見つめていた。

 

一体何時の頃の己だろうか。まだ今のように立派で大きな翼に成長していない翼人の誇り。子供特有の短めの髪。武器を持ったことすら無いのだろう柔そうな掌。身長に合わせられた小さくも短い純黒の刀。それらを考えて、恐らくは5歳やその程度の頃のリュウマだろう。そんな子供の頃のリュウマは、純粋無垢に屈託の無い眩しい笑みをこれでもかと振り撒き、周囲の人を明るくしている。今とは比べられない程明るい己だ。

 

 

 

『おおっふ。リュウマ、また重くなったなぁ。いやホントに』

 

『えへへ。昨日計ったら84キロでした!』

 

『……筋肉密度どうなってんの?』

 

 

 

「っく……ふふ。父上、冷や汗が出ていますよ?ふふ。父上は普通の翼人とは違い、筋力が乏しいのですから見栄を張らずに下ろせば良いものを……しかし、この頃には80㎏を越えていたか。まだまだ軽いな」

 

 

 

アルヴァの額に流れる一条の冷や汗を見なかったことにして、微笑ましい光景に、リュウマは胸の痛みを一旦忘れて笑みを浮かべる。アルヴァのように絶対記憶能力を持っているわけでは無いリュウマでも、流石に400年前の何気ない日常は記憶から擦り切れてしまう事も珍しくは無い。だからこそ、今の状態は懐かしい頃の写真が載っているアルバムを見ているかのような気分だった。

 

これ以上子供のリュウマを持っていれば、日夜王の債務で机と睨めっこしてばかりである運動不足のアルヴァでは、5歳程度にして成人男性並みの体重があるリュウマを支えてはいられない。それを承知の上で少しでもカッコイイ父親を見せようと痩せ我慢を続けるアルヴァにクスリと笑った。

 

しかし、何時までもそんな光景は続きはしなかった。頃合いを見て子供のリュウマを降ろしたアルヴァは、子供のリュウマと目線を合わせるようにしゃがみ込み、何用であったのかを問うた。そしてそんな問いに、子供のリュウマは母上が何処に居るのか知らないかと問うたのだ。リュウマの母、マリア・ルイン・アルマデュラを探していたのかと納得したアルヴァは、少し考えるような仕草をした後、首を傾げるリュウマに薄い笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

 

『そろそろリュウマも見て、知っておく必要があるか。では行こうか──────マリア(戦女神)の居る所へ』

 

『……??』

 

 

 

「……これは…この記憶は……」

 

 

 

此処まできて、リュウマは何故こんな記憶を忘れていたのだろうと、頭の上に疑問符を浮かべた。自身の記憶が確かならばこの後に来る光景は少なからず、しかし確実に自身の何かを呼び起こしたであろう大切な分岐点の筈である。

 

景色が変わる。薄らぼんやりとした、景色に薄い白を落とし込んだような記憶の光景はブラックアウトし、次の景色はリュウマの背後に現れた。それを振り向き様に確認したリュウマは、やはりと目を細めたのだった。

 

翼が成長しきっておらず、アルヴァと比べれば速度も飛距離も心許ない故か、父であるアルヴァと手を繋ぎながら従者の者達とフォルタシア王国を後にする子供のリュウマ。小さい頃のリュウマは、マリアが何処かへ出掛けているのかと思っていた。しかし、実際は違う。お出掛け…なんてかわいい言葉では表すことが出来ない場所に、彼女は居た。

 

子供のリュウマと、記憶を見ているリュウマの目に映ったのは、地平線の彼方までの総てを埋め尽くす敵兵の群れ。大凡地面と呼べるものすら捉えられない程密集した敵軍を前にして、リュウマの実の母であるマリアは居た。

背後には二人の従者しか連れていない。一人は真っ黒な布が巻かれた棒のようなモノを持ち、一人は白銀の胸当てや左用の肘当てに膝当て等、必要最低限の箇所を護るための軽い鎧を持っていた。

 

マリアの表情は何時もと同じだ。万人を魅了する美しい微笑みを浮かべながら従者の女性2人と何かを話している。しかし、この時ばかりはその微笑みが不気味であった。何せ地平線の彼方まで埋め尽くす、数万の敵軍を前に()()()()()()()()()微笑みを携え、剰え会話を楽しんでいるのだから。

 

アルヴァと手を繋ぎながら、所謂戦争場所に辿り着いた子供のリュウマは、その敵軍の数に圧倒された。無理も無い。戦闘一族とはいえ、戦いのたの字も知らない子供がこの光景を見て圧倒されない筈もないのだ。そして、地面に足を付けた瞬間、その時に間合いに入ったからか、1キロ近い距離が有るにも拘わらずマリアが振り向いてアルヴァと子供のリュウマを捉えた。

 

2人が来た事に最初こそ少し瞠目していたが、また何時ものような美しい微笑みを浮かべ、子供のリュウマに大きく手を振った後投げキッスを寄越した。何時ものマリアだ。何時ものマリアなのに、その筈なのに、何故だろうか。今のマリアが()()()()()()()()()

 

 

 

『──────リュウマ』

 

『……っ!父上……』

 

『お前に今のマリアはどう見える?』

 

『えっと…なんか、いつもの母上じゃないみたい…です』

 

『ふふ……確かにな。今日は久々の()()だし、お前が見ているからと気分が高揚しているのかもな』

 

『……父上。母上は1人で戦うのですか?』

 

『うーむ。1人()戦うというのは語弊があるな。1人で戦うのではなく、()()()()()()()()んだ。そら見ろ、もう我慢ならないみたいだ』

 

『……?』

 

 

 

その場に変化が起きた。敵軍の最前列に居た兵士が突如雄叫びを上げながらマリアに向かって突き進んだ。するとどうだ、背後に居た他の兵士達も我先にと突撃をしてきたのだ。それを確認するや否や、マリアは従者の1人から軽い鎧を受け取り装着を済ませる。そして、もう一人の従者から黒い布にくるまれた棒状の何かを受け取り…一閃。

 

巻かれていた黒い布が解け、中から白銀に煌めく鞘が姿を現した。それはマリアが肌身離さず腰にしている国宝・熾慧國(しえくに)であった。

布から解放された熾慧國を左腰に差し、具合を確かめると一度頷き、従者達に下がっているように指示を出した。従者達がマリアの指示に従って後方へ離れていくのを見届けると、右脚を一方踏み出し……消えた。

 

一瞬だった。瞬きもしていないのに、マリアは子供のリュウマの視界から完全に消えた。何処に行ったのだろうと視線を彷徨わせながらも探していたリュウマは、大きな叫び声にハッとしながらそこに視線を向けた。するとそこには、人間の頭を4つ斬り飛ばしたばかりのマリアが居た。

 

敵軍の中に入り込み、適当な敵軍の兵士の首を斬り飛ばしたのだ。それに驚き叫び声を上げた所でリュウマが気付いたということだ。

仲間をやられたからか、激昂しながら手に持つ武器を振りかぶり、マリアへと差し向ける兵士だったが、もう既に…振りかぶった時にはマリアによって首が落とされていた。

 

動脈も静脈も、総ての神経が通る首を飛ばされたからこそ、頭を失った胴体から噴水のように赤黒い血潮が噴き出、そこらに真っ赤な雨を降り注がせた。あっという間に数人から数十人を斬り殺したマリアに動揺し、道を空けるように後退る。敵軍の中にぽっかり空いた円形の場に、血潮を噴き出し続ける死体と、そんな死体の傍で降ってくる真っ赤な雨に打たれ、体中を赤黒く変色させたマリアが居る。

 

立ち止まったマリアに如何したのだろうと、若しかしたら傷を負ってしまったのだろうかと、母親を心配する子供のリュウマに、アルヴァは薄い笑みを浮かべながら大丈夫とだけ言った。何故大丈夫だと解るのだろうと考えた瞬間、聞こえてきたのは笑い声だった。

 

 

 

『うふふ──────あっはははははははははははははッ!!あーッははははははははははッ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!楽しいわっ。とぉっても()()()わっ!やっぱりこの感覚が辞められないッ!止められないッ!我慢が効かないッ!!偶には体を動かさないとねぇ!?これだから王妃はストレスが溜まって仕方ないわッ!最近はあなた達みたいな良い子(莫迦)が居なくて退屈だったのっ。さあ()しませて頂戴ッ!!この戦場に綺麗で真っ赤なお華を咲かせて頂戴ッ!!うふふ…うふふふふふふふふ……あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!!』

 

 

 

『母上…?』

 

『あー…マリアはな、私の妃となる前は貴族でありながら兵士に志願していたのだ。理由は至って単純明快──────誰でも良いから()()()()()()。それだけが志望動機らしく、私の妃になっていなければ、マリア兵士としてこの場に嬉々として居ただろう』

 

『……母上、ボクと遊ぶ時より楽しそうに笑ってる』

 

『それは無いな。それだけは無い。有り得ない』

 

『え?』

 

 

 

人を斬り刻み、放たれる魔法をも意に返さず斬り捨て、周囲に居る何もかもを問答無用で斬り続け、高らかに笑いながら、そして同時に戦いの最中に何時もの微笑みを浮かべながら戦うマリアに、楽しそうだという常人では考えられない考えを口にした子供のリュウマに、翼人らしい思考回路をしていて満足げにしながら、アルヴァはそれだけは無いと断固として否定した。

 

 

 

『うふふ。その程度なの?その程度の力しか無いのに戦場に来たの?それともその程度の力しか無いから戦場に来たのかしら?可哀想ね。とっても可哀想だから私に斬られる栄誉をあげるわね?至高天──────『籭鳳(しほう)』』

 

 

 

『確かに楽しそうではあるが、リュウマ。お前が生まれてから、マリアの総てはお前にだけ注がれているのだ。戦いこそ至上だったマリアも、お前と遊ぶとなればお前を優先する。全てを擲ってでもお前を優先する。そしてそれは私にも言える事だ。そうだな、その内何よりもお前が大切なのだと()()()()()()かも知れないな』

 

『……ありがとうございます。ボクも、母上と父上が大切で大好きですっ』

 

『ふふ。その言葉を帰ってきたマリアに言ってあげなさい。きっと大はしゃぎしながら喜んでくれるだろう』

 

『はいっ』

 

 

 

目前にたった一人で、それもたった横凪一閃で一万近くの敵軍を惨殺した存在が居るというのに、呑気な会話を続けるこの二人はやはり普通とはズレて狂っているのだろう。況してや片方に関しては10にも満たない子供である。だが、それこそが翼人の戦闘一族でありながら、温和に見えて残忍で、優しそうで慈悲が無く、数が少ないのに戦力が最も大きいのだ。

 

そして、翼人が戦争になったら必ず敵を最も多く葬り去り、何時しか神をも殺す兵器と謳われるようになった所以は、相手が誰であろうと躊躇いも無く殺すからである。そしてそれは何故か。答えは単純。心が無いから…ではない。可哀想だとか、見逃してあげようだとかの情けの心が()()()()備わっていないからである。

 

見ている光景が変わる。映像にノイズが走り、映像は完全に消えてしまった。そしてまたも背後で光が現れた。リュウマはそれに伴って振り向き、今度は何の記憶だろうかと目を向ける。目の前には先程の幼き頃のリュウマよりも少し成長し、背が伸びていたり程よく筋肉が付き始めた7つか8つの頃だろう。一方でそんな多少成長した子供のリュウマと対峙しているのは、何年歳を重ねようとその美貌が変わることの無いマリアである。

 

しかし、今回は戦争時のものではない。対峙するのは子供のリュウマとマリア。手には木で造られた刀の木刀がある。己が持つ木刀を構えながら、少しずつ間合いを詰めていく子供のリュウマに対し、手に持っただけで鋒は地面を向き、何時もの微笑みを携えるマリア。いつも通り過ぎてどう斬り掛かれば良いのか解らないリュウマはしかし、全力で一歩を踏み出して地を爆散させた。

 

次に現れたのはマリアの目と鼻の先。しかし狙うは足元。右から左へと横凪の一撃をマリアの足に向けて揮った。防御にしても回避にしても、何かしらのアクションを起こさせて隙を作らせる為である。リュウマは最速の一撃を確信させ、今回こそは一撃を入れられる事に思いを馳せた。しかし現実はそう上手くはいかない。

 

右手に持っていた木刀が何時の間にか左手に持ち替えられ、地面に刺すことでリュウマの一撃を軽く防いだ。そして体の向きを反対側に持っていきながら流麗な動きで、踵を使った後ろ向きの繰り上げをリュウマの顎に打ち込んだ。横凪の一撃を放ってから、次の動きに入るまでの間に攻撃を打ち込まれた事により防ぐ事も出来ず、回避することも儘ならない。

 

かち上げられて一瞬だが空を舞い、どうにか着地を成功させた時には、目前に見えるのはマリアの足元。気配からして普通の斬り下ろしだ。何てことは無い。手に持つ木刀を全力で斬り上げれば良いだけの話だ。そして間髪入れずに木刀を有るであろうマリアの頭目掛けて振り上げた。それに伴い、リュウマの予想通り斬り下ろしの動作に入っていたマリアは、木刀を振り下ろした。

 

地力がそもそも違い、技量が違い、踏んだ場数が違い、強くなるために行った鍛錬の量が違う。これ程の違いが生まれてしまえば、さしものリュウマもマリアの前では何もかもが足りなかった。

マリアの振り下ろした木刀が音を、認識を、時をも置いて進み、何時しかマリアの斬り下ろしの一撃は、誰の目にも捉えられぬ程の速度を得て、当然のように同じ木刀である筈のリュウマが手にする木刀を、半ばの辺りで斬り飛ばしたのだ。

 

マリアの木刀はリュウマの木刀を斬り飛ばしてからも進み、リュウマの脳天に到達する寸前に止められた。有り余った衝撃が奔る事も無く、動きに耐えられず地が削れる事も無い。唯の斬り下ろしにしか見えない至高天の一撃であった。

 

 

 

『……またボクの敗けですか。通算318戦0勝318敗…その間一撃も入れられていない。……先はまだまだ長そうです……』

 

『うふふっ。でも、戦う度にリュウちゃんは必ず一回りも二回りも強くなってくる。使う技術も増えて扱う武器も増える。知らない剣術を会得して知らない体術もものにする。持ちうる力も才能も、歴代の王達よりも隔絶としたものを持っているわ。私はそれが一番近くでとっっても嬉しいわっ♪でも──────その程度じゃ私には届かない』

 

『…………………。』

 

 

 

マリアは優しい。まるで聖母のような微笑みを浮かべながら優しい手つきで撫でてくれるのだ。しかし、だからこそというべきか、厳しいときは誰よりも厳しかった。優しいから、傲慢にならないよう手合わせでは全力でリュウマを叩き潰す。優しいから無知で終わらないよう世間の広さを実感させる。優しいから歴代の王達よりも素晴らしい王になって貰うために、リュウマの総てを悉く打ち壊す。

 

しかし、そんな想いをリュウマ自身が知っている。知っているからこそ、それに応えようと必死で日夜█████を使って異世界の知識や技術を模倣して己のものとし、マリアを打倒するために鍛錬を欠かさず行っているのだ。結果は無論全敗。新しい剣術を使えば、初見で見破られる。これ程の理不尽な存在は居ないと何度嘆いたことか。

 

何時もの何時も通りの敗北。なまじ頭が良く、周囲の人間と自身の持つ才能や力の差を理解しているからこその、通常よりも大きく押し寄せて苛ませる敗北感。それらを子供の身でありながら受け止め、相手をしてくれたマリアに頭を下げてその場を後にしようとした。しかし、今日はそれで終わりではなかった。

 

トボトボと翼も元気を無くさせながら、鍛錬を行いに行こうと歩くリュウマの背に、マリアが声を掛けた。それは、常に頑張っているリュウマへの、愛息子へのちょっとしたご褒美であった。

 

 

 

『リュウちゃんは何で一撃も入れられないと思うのかしら?』

 

『……?ボクが母上より弱いから…ですか?』

 

『確かにそれも有るわね。けどね、リュウちゃん。この世は弱いから負ける何て道理は存在しないのよ?要は持ちうるものの使い方のお話しなの』

 

『けど、ボクは持ちうるものを全て使って……』

 

『リュウちゃんの力は確かに模倣だけど、リュウマ・ルイン・アルマデュラの力は()()()()()()()()()()()()?』

 

『──────ッ!!』

 

 

 

マリアに告げられた言葉は、リュウマにとっては衝撃の一言だった。自身の力だけでは勝てないからと、他の世界の力を模倣して取り込み、我が物顔で使っていた。さも()()()()()()()()()()使っていたのだ。実際は模倣しただけでリュウマが編み出したものではない。違う世界で誰かが長年の経験や閃きで生み出したものを、唯使っていただけだ。

 

しかし、そこに気が付いたからこそ、リュウマは疑問に思った。自身の揮う剣とは()()()()()()()()()()()()

 

嘗ての記憶を思い返して見ているリュウマは、その目を細め、記憶の中である子供のリュウマは、手にしている木刀をことり…と地面へと落とした。今の今まで誇りを持って揮っていたリュウマの全てが否定され、賢いからこそ反論をするための材料を構築することも出来なかった。つまりは認めてしまったのだ。現段階にて、リュウマには他人が考え編み出し、生み出した技術しか無く、リュウマの力が無いのだ。

 

十に至る前という子供真っ盛りにして既に、リュウマは自身の現状をこれでもかと理解した。そして初めて、自信というものを消失させてしまった。何故ならば、余りに膨大な技術を模倣し、更には昇華させ続けてきた所為で、何を如何しても、模倣した技術が横槍を入れてくるのだ。人はそれを“癖”と呼んだ。

 

使用するから、敵を殺す技であるからこそ、持ちうる中から最適最高のものを選び取って使用する。聞こえは良いが結局()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 

 

『ぼ、ボクは……模倣(まね)することしか…出来ない……?』

 

『違うわよ、リュウちゃん。確かにリュウちゃんは他者の…それも生涯掛けて会得した技術も一目視れば完璧以上に扱う“眼”と“技術”、そして“災能”があるわ。けど圧倒的に経験が足りないの』

 

『……それは…そうですが……』

 

『だから、私が教えてあげる。とっておきのことを…ね?』

 

『それは一体…?』

 

『それはね──────────』

 

 

 

「……っ…ッ!!ッぐ……!?頭が…!」

 

 

 

記憶の空間が崩れ去っていく。叩き割られた鏡のように景色に罅が入り、どうしようも無く崩壊が進められていく。その中でリュウマは一人、頭痛を繰り返す頭を抱えていた。そんなリュウマのことを、記憶の中という記録の中の存在である筈のマリアが、割れた鏡の破片のような残骸の向こうで、確かに優しく微笑んだのだ。

 

足元が崩れる。未だ続く頭痛に頭を抱えているリュウマは、その場で自由落下を開始した。真っ暗なだけの空間に、崩れた空間の欠片と共に落ちていく。そして、眩い光が奔ったかと思えば、リュウマの体を優しく包み込んで救い出した。

 

あたたかい。そして気持ちが良く、心地良い。頭と頬を優しく撫でられている感触がする。だが誰も居ない。しかし確かに居る。そういう確信があった。そしてその感じる気配にとても覚えがある。

頭痛は既に消えている。有るのは心地良さだけ。でも何時までも此処に居るわけにはいかない。心地良さに対して口惜しい気持ちになりながら、頭を振って優しく温もりを手放した。解っている。頑張るから、心配しないでくれと、心の中で祈りを捧げた。

 

 

 

「さあ──────覚悟するが良い、塵芥め」

 

 

 

リュウマは6枚の黒白の翼を大きく広げ、自身を包み込む光の空間を飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■──────ッ!!」

 

「右薙からの続く魔力砲撃、回避成功率98.5%。そして──────お帰りなさいませ、マスター」

 

『うむ。時間を取らせたなアルファ。交代だ』

 

「畏まりました」

 

 

 

リュウマが意識を飛ばしている間、アルファが代わりに化け物の相手をしていた。と言っても、リュウマの純黒の魔力を以てしても倒す術を計算することが出来なかったアルファは、戦うよりもリュウマの意識が覚醒するその時まで逃げ一徹の行動を取っていた。それは、不用意に近付けば魔力を奪われてしまいながら、魔法を使用しようものならば確実に魔法を模倣されてしまうという考えの基であった。

 

アルファの行動は幸を為し、リュウマの意識が覚醒するまで一度として触れられて魔力を奪われることも無く、魔法を摸倣されることも無かった。だが、それは逆をいえば攻撃をしていないのだから、化け物相手にダメージを与えることも出来ていないということになる。

 

左腕を横合いから殴り付けるように揮う化け物。それをアルファと意識の交替を終えたリュウマは、鞘に収めたままの天之熾慧國を抜き去り、鞘を滑らせるように腕を受け流し、口を開けて魔力砲撃を行おうとしている化け物の下顎を思い切り蹴り上げ、口内で暴発させた。

 

籠められた魔力が膨大だった事で、化け物の口内が内部から大爆発を起こした。爆発による黒い煙から見えたのは、頭部を完全に無くした化け物。しかし、指令を送るであろう頭部が無い状態でも稼動を可能としているようで、頭が無い状況でもリュウマに向かって掴み掛かった。そして、その一連の動きを冷静に見て見切り、リュウマは天之熾慧國を腰に差し直し、柄に手を置いた。

 

 

 

「戦女神の諸相──────『(きょう)水面(みなも)』続く『繊雹(せんひょう)氷柱(つらら)』」

 

 

 

一撃目に来る方向、来た威力の攻撃に、来た方向に対して全く同じ威力の打ち込みをするだけの技であり、この技の真髄は来た攻撃を打ち返して怯ませ、体勢を大きく崩させる崩しの技であるということ。そして第二撃目は、体勢を大きく崩して無防備にも曝されている化け物の体前面に絶死の猛攻を叩き込む。

 

大きく呼吸を行って周囲に漂う空気中の熱を吸い込み、体温を炎のように熱くさせることで次の一撃の為の爆発的な威力向上を謀り、同時に熱を奪われた周囲の空気は凍結を開始して霜を降らして氷のように冷たい空間を創り出す。そして、抜刀されている天之熾慧國を地と平行になるように構えながら腕を引き、刺突の構えを取る。

構えを取る体内は炎のように熱く。しかし構える武器は氷のように冷たく。相反する2つの現象を巧みに操り、目にも留まらぬ神速の24連突きを化け物に叩き込んだ。

 

刺し貫かれた24の傷口から大量の血を流す化け物だが、その傷口が急速に固まり、やがて噴き出る血潮すらも固まり、赤黒い氷柱が完成した。噴き出た血潮が固まった事で身動きが取れず、そして体に突き刺さっているように見える血潮の氷柱が身体そのものの動きを阻害する。更に、氷柱の血潮すら瞬く間に氷結させる温度と、事前に呼吸1つで氷点下以下まで下げられた気温により、化け物の体は芯まで完全に凍り付く。

 

 

 

「絶剣技──────『死極星(しきょくせい)』」

 

 

 

鞘に納まっている天之熾慧國を腰に差し、柄に手を置いたまま大きく翼をはためかせて飛翔し、凍り付いた化け物の懐に入り込むと体を力ませながら体勢を低く取り、天之熾慧國の柄の頭を化け物の腹部へと打ち込んだ。

 

24本の氷柱が生えている腹部に天之熾慧國が叩き付けられた瞬間、大した音も無く、ことり…という不自然なほど静かな音を奏でてリュウマは離れた。すると如何だろうか、リュウマがその場から離れ、そして時間が経つにつれて小さな罅が入っていった。ぴしり…ぴしりと嫌な音を鳴らして数瞬後、天之熾慧國を叩き付けられた腹部を穿ち抜いたかのような大穴が開けられ、後に爆発音もとやかく言う程の衝撃と音が鳴り響いた。

 

衝撃を流し込んで、凍り付いていない相手にやれば、背骨と背中の皮膚を突き破って内臓を弾き出させる技なのだが、凍り付いて大組織そのものが脆くなっているため、体内に打ち込まれた衝撃の力により大穴が開いたのであった。

 

 

 

「疾く再生をしろ。この程度で今更死ぬとは思っておらぬ。貴様は我が直々に、完全にこの世から消してやる。死なぬというのならば死ぬまで殺し続けてやろう。消えぬならば消えるまで消し続けてやる。決死の覚悟で臨むが良い。貴様には死ぬこと以外の未来は存在しない」

 

「■■■■■■■■■■■………………ッ!!」

 

 

 

凍り付いた体を無理矢理動かして皮膚ごと毟り取り、瞬きする間に傷を完全に癒す化け物。その生命力の高さはやはり不死身と言っても過言では無く、全身から純黒の魔力を放出しながら唸るように吼える化け物を前に、リュウマは何時も通りのように嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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