FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ   作:キャラメル太郎

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明けましておめでとうございます!

最近感想があまり無く、ひもじい思いをしているので分かりませんが、皆様は風邪等大丈夫ですか?

私?……バカな子は風邪引かない…つまりはそういう事です。




第 ৯০ 刀  真実を教えましょう

 

 

 

「あの男のサンプルは手に入れたか?」

 

「はい。それも髪や爪等、媒介が難しい代物ではありません。正真正銘、あの男の血液を入手しました。今魔法培養を施しながら解析を急いでいます」

 

「良し、引き続き解析を継続。後に計画を実行に移す」

 

「はい」

 

 

 

白衣を靡かせた研究者らしき女は、椅子に座って魔法を使ったモニターを監視している男と、そんな会話をしていた。そして、この空間…研究所には、女と同じ白衣を着た存在が数多く居る。そう、此処は大陸に居る選りすぐりの優秀な生物学者達が集い、ある事を研究する超極秘研究所である。広さは大凡15万平方メートル。東京ドーム約三つ分という破格の大きさであるこの研究所は、一つの国が管理しており、所在地はその管理下にある国の()()。つまるところ、国の地下に配置された研究所である。

 

全ては長年の野望を果たすため、無念を果たす為だけに設置された研究所。全てはある存在を殺すためだけに創設された。表は何の不審も無い善良な国。しかしその裏では、目的のために日夜研究を進めている、生物学に関しては最先端を征く国である。

 

男の研究者に指示を飛ばしていたのは、そんな研究所のリーダーである所長である。国のトップである国王から直々に指名され、周囲の者達の後押しもあって三十代という若さで広大な研究所のリーダーを任せられている、非常に優秀な人物である。そんな彼女は天体と魔法学に秀でており、同時に生物学をもものにしている。

 

彼女は目を細めながら、数多くのコードに繋がれた容器の中に入っている少量の液体を見詰め、これから忙しくなるだろう事に思いを馳せた。目的のものが手に入った。やっとの思いで手に入れ、今手中にある。残るはこれを隅々まで解析し、改良していくだけ。だが、この時の彼女は知らなかった。手に入れた血液の内包する、現実離れした可能性の高さに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………。」

 

「所長…!この数値は本当なのでしょうか!?私にはラクリマの故障にしか思えません…!」

 

「……ここに置いてあるのはどれを取っても一級品。間違えは無い」

 

「ですが……ですがこれは余りに可笑しいと言わざるを得ませんッ!一体どこに成人男性の8()0()()()()()()を持つ人間が居ますかっ!?骨密度に関しても明らかに可笑しいッ!!こっちに至っては確実に1()0()0()()()()()()を持っています!理論上は筋肉に堪えうるだけの骨密度なのでしょうが、元が余りにも現実離れしていますッ!!」

 

「し、所長……あの男の全開時であろう魔力量を測るラクリマに埒外の数値が……一般的な魔導士の魔力量の2700億倍……私は一体何を見ているのでしょうか…?」

 

「り、理解出来ない…!こんな筋肉密度と骨密度ならば、体重は数千トンに及んでも可笑しくは無い…!なのに何故体重は4トンで止まる…?あの男の体の中はどうなっているんだ!?」

 

「“未知”だ…あの男は人間ではない…“未知の生命体”だ」

 

 

 

研究所内に居る研究者達は阿鼻叫喚となっていた。敵が攻め込んで来た訳ではない。ただ、表示された事実に自身の全てを覆されただけだ。調べ上げた事柄はそう…1人の人間を基盤にされている。そこから身長体重筋肉量魔力量、その全てを血液から逆算していくのだ。途方も無い作業である。根気が射る。精力が要る。とても強い忍耐力が必要とされる。それ程までに難しい代物であるのだ。しかし遣り遂げた、()()()()()()()()()

 

誰も知ってはならなかった“人間の可能性そのもの”を覗き込んでしまった。深淵を覗いている時、深淵もまた覗いている。有名な言葉であるが、この状況にもある意味言えるというだろう。人間が人間の可能性を目にした時、見ていた人間は自分自身の目で自身のことを覗いてしまうのだ。そして気付くのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

研究者達の心は折れそうだった。いや、中には既に折れている者も居るのだろう。根っからの研究者であるこの者達は、研究のために、それ以外の全てを犠牲にここまでやって来た、悪く言えば研究の為ならば手段を選ばない者達の集まりである。そんな研究者の心をへし折るのが、人間の可能性による無限進化の第一歩を数値化したものである。

 

 

 

「何をしている?私達は誰と敵対しようとしているのか忘れたか?()()()()()()()()()()()()()()。元よりそんな生易しい存在では無いだろう。思い出せ、私達は“何と”戦おうとしている?何と戦うためにお前達は集まったッ!!こんな初歩的段階で項垂れる為かッ!?違うだろう!私達は、あの男──────“殲滅王”リュウマ・ルイン・アルマデュラを抹殺するため、志一つにして集ったのだろう!ならばやることは一つっ!調べ、調べ調べ調べ調べて、あの男を殺せる()()()()()()()()()()ッ!」

 

 

 

女は吼える。まるで天界に居る神に向かって宣言するように咆哮した。例え、その内容が1人の男を殺さんが為だとしても、女は全身全霊で吼えるのだ。全ては1人の男…一国の王の力の所為で虐げられ、飢え、一つの食料を巡って同士討ちをする程の状況にまで追い遣られた仲間が居る。家族が居た。そんな彼等彼女等の為にも、必ずや、必ずや彼の王をこの世から消さねばならないのだ。

 

時は領土争奪時代。またの名も戦争時代。国の領土を巡り、他国との戦争が絶えない大戦争時代。右を向けば戦争が発生し、左を見れば戦争で息絶えた兵士が転がっている。中には平和な場所も在ろうが、何時しかはそこも争奪戦の戦場へと変わるのだ。そんな戦争時代に於いて、他の国の追随を許さず、向かってくる国は返り討ちしながら、その勢力を更に更にと拡大していく国は、紛れもなく最強の国と言えるだろう。しかし、その裏には必ず犠牲となる人々が居るということを忘れてはならない。

 

例えばそう、研究所に居る皆が憎悪を抱いている相手が治める国等、敵対した者達の生存を()()赦さない。つまりは皆殺しだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…………化け物め」

 

 

 

数多く居る研究者達に檄を飛ばし、作業を再開させた女は、小さい声で呟いた。何も思わない訳が無い。所長であろうとある程度の予想以上の報告が来れば困惑の一つや二つはしよう。何せ彼女も人間だ。しかし、これは話が違う。違いすぎる。まだ調査段階にも拘わらず、先ず人間には到底出せないような数値を軽く叩き出す。そして改めて思う。“殲滅王”リュウマ・・ルイン・アルマデュラは間違いなく化け物である…と。

 

これからは忙しくなりそうだと、眉間を指で押さえながら溜め息を一つ付くと、早速と言わんばかりに焦った表情でやって来た研究者の持つ報告書を受け取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……筋肉量は常人の約80万倍。骨密度100万倍。しかし推測される体重は4トン。翼人は普通の人間と違い、生まれたその瞬間から成人男性の数十倍の筋力を持って生まれる。それを加味したとしても、この数値は常軌を逸していると言わざるを得ない。魔力量に関して言えば一般的な魔導士の2700億倍の魔力と来た。それ程の莫大な魔力をどうやって抑え込んでいる?あの男は常に普通の立ち振る舞いだ。まるで何も無いかのような振る舞いだからこそ不気味に映る。これが常人ならば暴走を起こしても可笑しくはない。ということは、元から耐えうる構造で生まれてきた?翼人は必ず魔力を持って生まれてくる事と関連性があるのか?……現時点ではまだ何も分かりはしない…か」

 

 

 

家に帰り、自身の研究を纏めたりする作業部屋で、女は持ち帰った資料と睨めっこしていた。どれもこれも1人の人間から抽出された情報というだけで頭痛が絶えない。声を大にしてこんな事は不可能だと叫びたい気持ちが心の中を燻っている。しかし出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここで事実を認めなければ前進は無く。後進も無いため停滞することとなる。そうなればこの研究は此処まで。全てが水の泡。

 

朝から晩まで研究を続け、ものは試しだと培養して増やした血液から生体サンプルを採取し、実際にリュウマ・ルイン・アルマデュラのクローンを造り出そうとした。しかし結果は失敗だった。手にするであろう筋力に耐えきれず、実験No.001は単なる肉塊と成れ果て、蓄積された魔力量にも耐えることが出来ず爆散。第1回目の実検は予想の範疇を出ること無く失敗に終わった。

 

 

 

「はぁ…全く。前途多難だな」

 

 

 

「──────ママ?」

 

 

 

「…!まだ起きていたの?()()

 

「……うん」

 

 

 

背後にあるドアがガチャリと音を立てて開かれた。女の夫はあの男に殺されてしまった。数ある中の1人として、見せしめのように殺されてしまったのだ。となれば、己の腹を痛めながら産んだ唯一の家族、一人娘のリアとなる。

 

不安そうにドアを開けた小さな女の子のリア。そのドアを開けた手とは反対の手には、お気に入りであろう小さいクマのぬいぐるみを持っていた。

女は朝から晩まで研究所に居たのだ。自身が居ない間のリアの面倒は雇った家政婦に任せている。だからというべきか、自身の愛する娘との時間は中々取れていない。仕事が忙しいというのは子供はある程度分かっている。だが納得できるかと聞かれれば、それは否だ。

 

リアは母親が毎日毎日忙しく、夜遅くまで起きて仕事をしていることを知っている。しかし、知っているが、少しは遊んで欲しいという欲望もある。健気である娘のリアは、遊んで欲しいと言うのは簡単だが、その一言が母親の邪魔になってしまうという事も分かっていた。だから言わない。言わないが、一緒に寝ること位は許して欲しいと願った。

 

 

 

「ママ…いっしょにねても…いい?」

 

「えっと…ママはまだ少し仕事が……」

 

「…っ……わかった。ごめんなさい」

 

「……っ!」

 

 

 

眼と顔を伏せ、力無く言う娘に、女は胸の奥にチクリとした痛みを感じた。最近は構ってあげる事が出来ていない。だというのに、娘の一緒に寝たいというお願いも聞き届けられないのか。それでも己は一人娘の母親と言えるのだろうか。何度も自問自答し、今まさに自分の部屋で寝る為に扉を閉めようとしている娘に待ったの声を掛けた。

 

悲しそうな瞳を隠し着れていない娘に、疲れを抑え込んで微笑みを浮かべながら、今日の仕事は一段落したから一緒に寝ようかと提案した。すると娘のリアは、ぱあっと表情を明るくさせながら、元気よく返事をした。滅多に遊ぶことも出来ず、一日の大半を仕事に費やしてしまっている母親と一緒に居られない事から、一緒に寝れるというだけでも、子供が新しい玩具を与えられた時以上の喜びがあるのだ。

 

今にも小躍りしそうな程喜びを、表情から漏れ出ているリアを見ながら、必ずや彼の殲滅王を殺せる神を創り出すことを心に誓う。こんなに愛しい我が娘の笑顔を奪わせる訳にはいかない。無論己の子供だけに限らない。この国に住む老若男女に子供達。それら全ての民の自由と命を奪わせる訳にはいかないのだ。時は戦争時代。今はまだ戦争開始の狼煙の予兆も無いのだが、此処は()()()()に位置する独立の王国。いつ何時戦争を仕掛けられても可笑しくは無い。

 

 

 

「ママ?こんど、ママのお仕事見にいったら…ダメ?」

 

「そうね…今はまだリアには見せたらダメなものがいっぱいあるからダメだけど、今創っているのが完成したら良いわよ。記念に一緒に見ましょうか」

 

「やったぁ…ママと…いっしょ……に……すぅ…すぅ…」

 

「……おやすみなさい、リア。あなたは…あなたはだけは絶対に奪わせない。絶対に私が守ってあげる」

 

 

 

決意した女はとても強い。それが子のための母親ともなると、それは一層引き立てられるだろう。しかし、しかしだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界はそう、甘くは無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「細胞の暴走断裂を確認。自壊させます」

 

「実験No.335、失敗です」

 

「そう…次はエーテル結合を少し遅らせ、反応を見てから行いましょう。次よ。時間はまだあるわ。焦りは禁物よ」

 

 

 

肉の塊が入った透明な円柱状のカプセルを前に、女は腕を組み、力強く握り締めた手を見られないようにしながら、冷静に指示を飛ばす。実験No.335。つまりはこの前に334回の失敗をしているということだ。この数字は尋常な数字ではない。この場に居るのは選りすぐりの研究者。扱う機構は最高級にし最先端。しかし成功はおろか、成功の兆候すらもない。

 

そも、生命体の創造は禁忌とされている。やってはならない、行えば必ずや天より罰を与えられる程の大罪である。しかし、罪を憚っている暇など無い。時間はまだあるとは言ったが、本当は余り残されてはいないのだ。今この時も、女が居るこの国と同じように独立している国が戦争を仕掛けられ、滅び去っているのだ。何時この国が標的にされても可笑しくは無い。つまり、猶予はそれ程残されていない。

 

そして、それから数ヶ月の月日が流れた。実験は常に続けられ、失敗しては原因を調べて見詰め直し、再度実験の繰り返し。失敗しては実験。それを繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して、最近になって漸く前進したのだ。何も無いところから創造を行おうとするから、創り出されようとしている細胞が形を整え切れず、肉塊と成り果てるのだ。つまり、形有るものに乗っ取らせればいい。

 

しかし、それは禁忌の上に更に禁忌を重ね掛けるようなもの。何せ、新たな生命を創造をするどころか、その為に()()()()()()()()()()()()()()。無論、何も関係が無い国に住む民を生贄にする事は出来ない。故に、生贄となるのは須く罪を犯した罪人であった。男も女も関係なく、生贄として実験材料の一つとしてその全てを犠牲にさせられるのだ。

 

ある程度の予想は付くだろう。罪を犯したからと牢屋に繋がれた罪人が、突然出ろと言われて連れてこられたのが、今まで知る由も無かった地下の広大な実験施設。況してや手脚はおろか、身動ぎすらも出来ないように厳重に動きを制限されている状況だ。もう確実に実験に使われるだろう事が解ってしまう。

 

泣き叫ぶ。止めてくれ。もうしない。心改める。子供が居る。待っている人が居る。此処から出してくれ。連れて行くな。何をするつもりだ。厭だ。泣き叫ぼうが絶望しようが、全てを諦めて精神を壊して嗤い狂おうが、実験は続けられた。にべも無く失敗していた実験は、生贄という材料を得ることによって形にはなるようになった。課題はまだあるも、完成も近くなってきていた。

 

そして明くる日。実験No.775。通算775回目の実験の時、それは起こった。膨大な魔力を与えられ、尋常ならざる筋力に骨密度を付けられようと、自壊しない初めてとも言える人型が完成した。生贄となったのは、歳は二桁行くかとも言える子供だった。罪を犯した訳では無かった。不慮の事故。荷車が通ろうとしている所に、偶然飛び出てしまった子供が即死してしまい、その死体を使った実験だった。するとどうだろうか。形を為したのだ。肉塊か、辛うじて人型だと解る程度だった塊が、人の形をしたのだ。

 

 

 

「お…おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

「形が…人の形を取ったぞっ!!」

 

「やった…!やったぞ…!はははははは!!!!」

 

「成る程、成長しきった成体を使うのではなく、成長の余地が大いにある幼体だからこそのコレかっ!!」

 

「何をしている!若しかしたらに備えて子供の実験材料を取ってこいっ!!」

 

 

 

「……ふぅ……長かった。後少しだ。後少しで我々の牙を奴の喉元に突き立てる事が出来るぞ」

 

 

 

結果から言えば、実験No.775はやはりというべきか、形を為したがそれは少しの間に過ぎず、最後は弾けるように機能を停止した。そして気づく。最初からあの男のような化け物のような膂力や骨密度を与える必要は無い。要は殺せればいいのだ。死んでも死なず、常に自己強化を続け、最後に殺せれば良い。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

気付いてからの実験は正しく順調の一つだった。これまでの失敗が嘘のように上手くいき、改めての実検だというのに実験No.776は死ぬことが無かった。精神が上手く出来上がっていないからか、動き出す事は無かったが、次だ。次で完全に至る。人が神を創り出すその瞬間が生まれるのだ。

 

成功の兆しが生まれてから、研究所内は歓喜の嵐だった。やっと完成する。神に至る。造り出す事によって世界は変革される。弱肉強食の現代に則り、強い者だと玉座にふんぞり返っている存在を蹴落とし、その首に牙を突き立てる事が出来るのだ。残念ながら実験を行う為に必要な研究所内の魔力が空になってしまった為に、その日の実験は終了し、次の日にと持ち越しとなったが、それはそれで構わなかったのだ。何せ、次で全てが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

研究所のリーダーである女は上機嫌で家へと帰り、最近は更に構ってあげられなかった娘のリアと遊び、仲良く一緒に寝て、起きて、身仕度を整えた。記念すべき日だ。この日のために全てを費やしてきた。よし、行こう。そう思って玄関の扉を開けようとしたその時、女の裾を強く引かれた。誰なのかは解っているので、困ったような笑みを浮かべながら下を見た。そこには泣きそうな表情をした娘のリアが居た。

 

何故泣きそうになっているのか分からない。如何したのかと聞こうとする女の声に被せるように、リアは今日は一緒に行きたいと、手をぎゅっと握りながらそう口にした。最初は何のことだと思ったが、直ぐに思い至る。リアは女が働いている研究所に行きたいと言うのだ。リアが行きたいと言う研究所は、そもそも国家レベルの最重要施設()()()。おいそれとは見せられないのだ。しかし、リアは聞く耳持たない。

 

今日は何か可笑しい、嫌な予感がする。1人では嫌だ。家政婦の人でも嫌だ。ママの近くに居たい。そう言って聞かないのだ。如何したものかと悩んでいると、もう行かなくてはならない時間になった。故に早く引き離そうとするのだが、リアは一歩も譲らない。仕方ない。そう口にしながら溜め息を吐いた女は、良いよというまで絶対に目を開けないという事を条件に連れて行く事にした。

 

数ヶ月前に約束したように、本当に連れて行く事になるとは思っても見なかった女は、何故こんな所に子供が?という訝しんだ研究者達の視線を受けながら苦笑いした。この後確実にお叱りがあるだろうが、歴史的瞬間にリーダーである女が遅刻する訳にもいかないのだ。

 

 

 

「リア。もう良いわよ、目を開けて」

 

「……うん」

 

 

 

子供ならば、未知のものに興味を惹かれて走り回ろうとするだろうと思っていた女の思いとは裏腹に、リアはとても大人しく、しかし女の裾を離そうとしなかった。不安そうな表情を隠そうとせず、周囲のものを見ることもせず、唯前を向いて女の後をピッタリとくっついていた。どうしたのだろうかという思いはあるけれど、それ以上に遂にこの日が来たという思いの方が強く、女はリアの何時もとは違う反応に反応しきらなかった。

 

時間だ。実験を開始する。そう口にし、生贄となる年端もいかない少女の死体を持ってくる時、リアに目を瞑らせ、実験を開始しようとしたその時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。折角始めようとしているのに。そう思いつつ気分を少し下げられながら、如何したのかと問うた。そして、事態は急展開する。

 

 

 

「────所長ッ!!今すぐ此処から──────」

 

 

 

その瞬間──────研究所が大きく揺れた。

 

 

 

「きゃっ…!」

 

「リアっ!大丈夫よ、私に掴まっててね。……一体何の騒ぎだ!何があった!!速やかに私に報告せよっ!」

 

「は、はっ!奴が……あの()()()()我が国に攻め込んで来ましたッ!!」

 

「なん……ですって………?」

 

「“上”の被害は既に甚大っ!何時この場所がバレるか分かりませんっ!!直ぐに退去してください!!」

 

「くっ……後少しだというのに…何故今になって…!」

 

 

 

大人達が大慌てで叫び、指示を出し合っている今の現場は、年端もいかない少女であるリアには怖く感じたのだろう。母親である女の脚に抱き付いて小さく震えている。何故今日に限って攻め込んできたのかと、血が出るほど強く唇を噛んだ女は、直ぐにこの場を立て直そうと口を開いたその時……突き抜けるような波動のようなものが体を奔った。一瞬何だったのかと思った女だったが、まさに天才とも言える明晰な頭脳が直ぐさま、この場で最も最悪な答を導いた。

 

有名な話である。世界にその名を轟かせる4名の最強の王達。その中で、こと殲滅という観点に於いては徹底され、確実な死を届ける殲滅王たるリュウマ・ルイン・アルマデュラは、その莫大な魔力にものを言わせて魔力の波動で戦場を奔らせ、総てを視ていると言われている。その為、脱走逃走なんてものは通用せず、逃げた先々で必ずや殲滅されるのだ。そしてそれは今放たれた。体を突き抜けるような先程の感触はそう…スキャンされたのだ。見付からないようにと地下に設置された研究所丸ごと一つに限らず、この場に居る人一人に限らず総てを……。

 

薄ら寒いものが背筋を駆け上る。これが恐怖か。これが畏怖か。これが絶望というものなのか。最強の王の一人である殲滅王。その存在にたった今存在を知られ、確実に居場所がバレてしまっているという状況が、これ程までに恐いのか。

 

 

 

「……閉めろ」

 

「えっ…」

 

「今すぐ“上”と此処を繋ぐ扉を全て閉めろッ!!第一防衛扉から第四防衛扉を今すぐに閉じろッ!!通路のバリケードも全て閉じろッ!!今すぐに動けッ!!私達は今ッ!()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 

 

女の怒号が飛ぶ。推測した通り、居場所が知られてしまった以上、もう残された猶予は幾何かも無い。もう全く無いのだ。バリケードも全て閉じさせたが、それは時間稼ぎになるかも分からない。材質はエーテルナノを分解する特殊合金で造られているものの、相手はあの翼人の王である。本当にそれが有効なのかも怪しいのだ。

 

女はほんの少しだけでいいから手を離してくれるようにリアに頼み込んだ。既に場に飲まれてしまって怖がっているリアを1人にするのは心が痛むというものだが、一国は既に争う事態だ。少し強引にもなるが裾から手を離して貰い、懸命に名を呼ぶ娘から背を向けて研究所に設けられている自身の個人室に駆け込んだ。

 

 

 

「どこ…!どこにあるの…!?ここじゃない……!あった!!」

 

 

 

なりふり構わず、引き出しを取り出してひっくり返しながら、一冊の本と銀色で装飾され、真ん中に宝石の埋め込まれたネックレスを見つけ出した。それを手にした女は、来た道を真っ直ぐ戻ってリアの元へと戻る。残されていたリアは、慌ただしい研究者の邪魔にならないように、中央にある大きい装置に背中を預けるように座り込んでいた。女が名を叫ぶと、リアは涙を浮かべた瞳を女へと向け、立ち上がって駆け出した。

 

全力で駆けてきたリアを抱き締めながら受け止めた女は、怖がって震えているリアの頭を優しく撫で、同じ目線になるようにしゃがんだ。そして、手に持った一冊の本とネックレスをリアに手渡す。こんな事もあろうかと、念には念をと用意しておいた、道導だ。

 

 

 

「いいリア。よぉく聞いて。この本とネックレスをリアにあげる。絶対に無くさないで。これには()()()()()()()()()()()()()()()。ネックレスは本と合わせて絶対に必要になる“鍵”なの。あなたがこの本を理解しようとしたならば、あなただけは簡単に読める魔法を掛けておいたの。必要になったら、この本を使いなさい」

 

「ママ……?なにを言ってるの…?みんな変だよ…?リア達も帰ろう?」

 

「…っ……。そうね。帰りましょうね。けど、今は出来ないの。けど、これは覚えておいて…?私は──────」

 

 

 

「ダメだっ──────破られるッ!!!!」

 

 

 

女が言葉を発しようとした瞬間、一際大きな爆発音が扉の向こうから聞こえてきた。それに瞠目し、立ち上がって振り返り、この研究所をモニター出来る映像ラクリマに目を向けると、地上から研究所までに辿り着くであろう防衛用の扉が既に破壊され、エラー表示になっていた。残すは研究所の大扉を塞いでいる一番頑丈な扉のみ。そして女がその大扉に目を向けた時、大扉の中央が純黒に少しずつ染まり、後ろから押された粘土のように拉げ始めたのだ。

 

近くに居た研究者が大声でこの場から退避するように叫ぶ。すると、大扉が一瞬で純黒に染め上げられ、爆発するように吹き飛んだ。阿鼻叫喚。逃げ遅れた研究者は少なくは無く、拉げた大扉に押し潰されてしまい、血潮が床に流れ、爆発の威力で飛んできた破片が体中に突き刺さり、泣き叫びながら悶え苦しむ者。一瞬で地獄のようになった研究所内。しかし、苦しむ者達以外の研究者達は、一様に大扉が在った場所に釘付けとなっていた。

 

かたり…かたり…。靴底が研究所の床を叩く音がする。爆発によって発生した黒煙が朦々と立ち上り、視界を奪う。しかし、その煙は地下であるというのに突如発生した突風によって弾き飛ばされる。そして見えてきたその全容。

 

普通の人間には持ち得ない筈の大きく雄大な翼。二枚一対が常識の中で唯一、三対六枚もの黒白に彩られた翼を持つ存在。世に畏れられ、敵対する者その総てを殺し、殲滅することから謳われるようになった、世界4強が1人。フォルタシア王国第17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラが、その姿を現した。

全身を軽度の黒い鎧に包み、大きく強大な力の波長を感じさせる翼。頭頂部には代々受け継がれてきた朱い宝石が埋め込まれたサークレットを付け、腰には代名詞とも言える純黒の刀を差したその姿。

 

威風堂々。王としての覇気を撒き散らし、常人には到底堪えきる事の出来ない圧を放ちながら、全身に薄く純黒の魔力を纏っている。強大なオーラと覇気に当てられ、全身から嫌な汗が噴き出、奥歯がカチカチと鳴り始める。そしてそんな本能的恐怖を感じている者達を、捕食動物のように縦長に切れた黄金の瞳で見る。まるで一目で存在そのものを見透かしてしまっているかのような目で見られ、魂を持って行かれそうだ。

 

襲撃されているにも拘わらず、動きの一切も出来ない状況で、神が造ったとしか言いようのない程に整った顔に、刀の刃のような鋭さを持つ切れ目。そして、鮮やかでありながら形の良い唇が動いて、言葉を発した。

 

 

 

「──────何の研究をしているのか…其れは問うまい。しかし、人体創造でも犯そうとしていたのか。我は貴様等のような塵芥が何をしようが興味は無いが、此処は虫唾が走る」

 

 

 

周囲の設備を見回し、不快そうに眉間へと皺を寄せた。そして…殲滅王に一番近い位置に居た研究者が突然燃えだした。轟々と音を出しながら、断末魔を上げて苦しむ研究者の全身を包み、純黒の禍々しい黒炎は肉を、骨をこの世に残さず焼失させた。次いで、絶叫が響いた。仲間を1人、唐突に殺されたのだ。目の前で、さも当然とでも言うように、燃やされ殺された。

 

誰であっても死ぬのは厭だ、殺されるのは厭だ。況してや家族が居る者は尚更だ。しかし殲滅王に憐憫の心は無い。そも、翼人一族にそういった感情は元から備わっていない。必ず、敵となった者を殺す為だけの、無感情さと殺意が体を突き動かし、王に対する崇拝とも言える忠誠心が精神に滑車を掛ける。命乞いしても無駄だ。逃げても無意味だ。交渉等話にならない。それは行動を決められた機械に向かって叫んでいる事と同義であるからだ。

 

 

 

「何故…こんなにも早く此処へ来れたッ!?我が国の王は魔法にも精通しているっ!並みの魔導士では手も足も出ない程にっ!!そんな王が居るというのにこんなに早く侵入を許すはずが無いっ!貴様一体何をしたッ!!」

 

「何をした?この程度の弱小国を攻め滅ぼすのに策が要るとでも?我を前にして逃げ惑わぬその精神力に対し、答えてやる。答えは──────()()。真っ正面から攻め込み、城壁を破壊し、真っ直ぐ進んで貴様等塵の王を我が殺した。魔法に精通している?フハハハハハハハッ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

すらり。殲滅王が右手を横凪にゆっくり動かした途端、問答をしていた研究者の首が刎ね飛んだ。放物線を描きながら、刎ねられた首は女の足元へと着地し、転がった。ひっ…っと、まだ少女であるリアに残虐なものを見せてしまったことよりも、此処に居ればリアの命もこのように儚く散らされてしまうと瞬時に悟る。このままではダメだ。最後の悪足掻きをしなければ。

 

女は冷たく、目の前で人が死のうと何とも思わず、何も感じていない、恐ろしいほど冷淡な眼をした殲滅王から背を向けて、リアと離れないよう固く手を繋いで走った。

 

 

 

「リアっ。此処に居たら私は勿論、リアまで殺されてしまう!そうなっては今までやって来た私の行動は全てが無駄に帰す。だから、あなただけでも逃げてっ」

 

「わかんない…わかんないよぉ…ママぁ…お家かえろう?」

 

「……元気でね……私のかわいいリア」

 

「……ママ?きゃっ…!」

 

 

 

中央の装置まで走ってきた女は、早々に別れを告げ、リアを実験の時に使用していたカプセルの中へと押し遣った。その時には既に、渡しそびれたネックレスをリアの首に掛け、本を渡していた。拒否権も許さず中に閉じ込められたリアは、必死な形相でカプセルを叩くが、びくともするはずも無く、声すらも中からは届かない。泣きながら自身のことを呼ぶ娘の姿に涙を流す女は…懺悔した。

 

今から行うのは決して許されるものではない。生きて再会すれば恨まれていたとしても当然のこと。故に、女はリアへ謝罪しか出来なかった。ラクリマから映し出される画面とキーボードを素早く叩き、内容を少し弄る。すると、今まで行ってきた実験と同じようにシステムが動き出した。

 

 

 

「そして…ごめんなさい。私の行いを総てあなたに背負わせる事になってしまう。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……あの男を……“殲滅王”をこの世から消して。ごめんなさい…ごめん……なさいっ……──────愛してるわ…リア」

 

『──────っ──────っ!!』

 

 

 

成長段階を残した肉体をそのまま使うのでは無く、全く同じ肉体をコピーしながら生成し、精神の無い肉塊とならぬよう生体リンク魔法を繋ぐことにより、リアの肉体と全く同じ者を造り出す。リアであってリアではない、同じであって別の者を造り出した。そしてそこに、世界4強が1人であり抹殺対象の劣化型細胞を混ぜ合わせ、更に世界4強の内の誰かによって殺され、放置されていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これにより、限りなく“殲滅王”に近付き、不死身の肉体を持つ存在を造り出すのだ。

 

悪く言えば実験材料となったリアの肉体は消えること無く、そのまま残る。しかし、今実験を中止するにはいかない。人格を初期化し、上書きする為の時間や、造り終わっていない肉体の創生の時間稼ぎもしなければならない。もう死ぬことは確定している。だが時間稼ぎが出来ないとは言っていない。

 

実験の過程によって意識を飛ばしたリアの顔を最後に、脳裏に焼き付けた女は、防衛用の魔法銃を手に取り、来た道を引き返した。今終わっている工程は全体の21%。残り79%を終えるまで、どうにか時間稼ぎをしなければならない。

国に雇われた実力の有る傭兵が、“殲滅王”率いる戦士達に無惨にも殺されている。実力が飛び抜けすぎて霞んで見えるが、フォルタシア王国の戦士達は一人で並みの兵士千人は相手取る化け物。況してや、それは一番下級の戦士の実力ときたものだ。戦いのたの字も知らない研究者達ではまず、相手にならない。

 

傭兵でも相手になるわけが無い。だがやるしか無い。例え一人で総てを相手にしようとも、遣り遂げなければならない。魔法銃のトリガーを引いて魔法陣が付与された薬莢を装填する。何時でも撃てるように準備を整え、戦い、死ぬ覚悟を決める。そして立つ。目標である怨敵…“殲滅王”の御前へと。

 

 

 

「貴様は……っ…貴様は私の夫を殺した…!母を…父を……幼い弟すらも殺したっ!!絶対に許さない…!この命に代えても…!貴様をこの手で殺すッ!!」

 

「……く……ははッ……フハハハハハハハハハハハハッ!!我を前にして何を宣うかと思えば…殺す?誰を?我をかァ?ハハハハハハッ!傑作よなァ?脚が震えておるぞ?そんな子鹿のような貴様が…塵芥の中の塵でしかない貴様が、この我を殺すと…ククッ。良い良い。赦す。その心意気、()()()()()()()()(まなこ)に免じて、貴様は我が手ずから殺してやる。故に──────決死の覚悟で臨めよ。貴様の死は揺るがぬ」

 

「…っ……愛してるわ、リア…元気でね。………すぅっ……私の…私達の怨敵である“殲滅王”ッ!!今ここで死ねッ!!はぁああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

「──────阿呆な女よ。では悔いを残しながら逝くが良い……──────『殲滅王の至宝(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

 

 

 

 

 

──────私はあなたに、過酷な運命を背負わせる。だからこそ私には地獄がお似合いなのだろう。どうか、どうかお願い。理不尽に暴力を、不条理な天災を振り撒かない善良なる神が居るならば願う……私の娘…リア・フェレノーラに普通の幸せを…あげて…下さ……い…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉体の創生過程100%…肉体と精神の固定…安定…生体リンク魔法…接続を確認…脱出ポットに接続…成功…成長遅延魔法…起動…座標が入力されていません…入力された設定を基に座標を自動入力します…脱出ポット射出まで残り時間246秒です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実験No.777…アストラデウス(王殺しの人造神)…創生完了…転移魔法陣起動…アストラデウスを()()()()()()()()()()転移させます…魔法陣起動まで残り時間183秒…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下、報告します」

 

「うむ。何だ?」

 

「この地区に居る研究者は()()排除しました。残るはこの実験の残骸ですが、如何致しますか?我々が破壊してもよろしいですが…」

 

「良い。後に我が国ごと消滅させる。お前達は使えるものを運び出しておけ。間違っても避難を遅れるな、誤って我の戦士や兵士を消した等目も当てられん」

 

「ハッ!……“上”で生き残った女子供は如何致しますか?奴隷にしてもよろしいかと」

 

「要らぬ。奴隷を我の国に運び入れる等、我が不快に為るだけだ。喧しく命乞いする、又は反抗的にも戦う意思を見せるならば殺せ。時間が余ったならば性欲処理にでも使うと良い。()()()()()()()()()()

 

「陛下もお人が悪い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。精々いっても喧しい者を殺す程度です」

 

「うむ。……戻るぞッ!魔法は1時間後に放つ。お前は“上”に居る者達に通達せよ」

 

「ハッ!陛下の御心のままに」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“殲滅王”はその場から踵を返して去って行った。続くように兵士達も引き上げていき、上では城に貯蔵されている財宝を根刮ぎ奪っていた。殺されずその場に捕らえられた捕虜達が、その場で次々と殺されていった。反抗も赦さない。希望を見出せさせない。慈悲は掛けない。温情など在りはしない。そこに在るのは弱肉強食な世界故に訪れた理不尽な死だけである。

 

そして、その遙か上空にて、緊急避難用にと、長年の年月を掛けて作成された巨大な空飛ぶ大陸には、人間の叡智の結晶であり、禁忌の塊であるアストラデウスが転移して保管され、解放されるその時まで眠りについた。一方脱出ポットに移されたリアは、自動で設定された座標に向かって飛行していた。しかし、その途中で、不幸にも脱出ポットが隆起した岩に当たって一部が破損し、女に渡されていた本が外へと飛び出して落ちた。

 

ネックレスは幸いリアの首に掛かっており、成長を限りなく遅延させる魔法は脱出ポットが少し傷付いた程度では問題無い。斯くして、リアは深く、人が余り寄りつかない森の最深部の洞穴の中で眠り続け、女の魔法で少しずつではあるが、世の常識等を直接脳に年齢に合わせてインストールされていく。もし仮に長い年月が経ち、体だけが成長したまま、子供の精神と頭脳であることを避けるために。

 

そして、ここから数年後、貧しい村のために出稼ぎに出て成功し、身に纏っている服の色にちなんで『赤の英雄』『青の英雄』と言われた二人の青年が、何の運命か空中大陸へと至り、眠りについていた筈のアストラデウスと邂逅を果たし、その命と引き換えに、アストラデウスの封印に成功するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────そして、長い年月を掛けた眠りから覚め、先程記憶を取り戻した存在が私…リア・フェレノーラです」

 

「………………………………嘘だ」

 

「事実です。数奇な運命を重ね、母より委ねられた本が、嘗ての英雄の手に渡り、最後には私の元に帰ってきた。それだけです」

 

「……………何で」

 

「私が総てを知っているのか…ですか?それは母の設定した魔法で眠っている間に学習を──────」

 

「違ェッ!!何で…!何で……よりにもよって……リュウマをあれ程追い詰めてる化け物とお前が……ッ!!()()()()()()()()()()()()()()ッ!!!!」

 

「…………………………。」

 

 

 

悔しそうに手を握り締めるクレア。その哀しくも怒気の伝わる姿に、シルヴィア…否、リアが目を伏せる。化け物であるアストラデウスとリアは一心同体と言っても過言ではない。そして、その両者は生体リンク魔法というもので常に繋がっている。それが意味することは──────

 

 

 

「……はい。アストラデウス(あの子)が死ねば、私も死にます。あの子は私で、私はあの子…同じ王殺しの人造神(そんざい)なんです」

 

「方法…お前が死なねェ方法は…!生体リンクさえ無理矢理切っちまえば、お前とアイツは独立した個体に切り替わるンだろ!?だったら……!!」

 

「不可能です。それはクレア様が一番良く解っているのでは無いですか?あの子はリュウマ様の純黒なる魔力を奪い、使用することが出来ます。つまり、生体リンク魔法はあのリュウマ様にも解除が出来ないのです」

 

「…ッ……く…クソッ!……クソッ!クソッ!…クソがァ──────ッ!」

 

 

 

クレアは握り締めた拳を床に叩きつけた。見た目とは裏腹の力によって床前面に亀裂が入り、底が抜けようとする。それでも何度も何度も繰り返し叩き付け、床を破壊していく。そして、もう一度叩き付けようとしたところで、その腕を掴まれ、不発に終わった。腕を掴んだのはバルガスだ。物に当たり散らしたところで現状は何も変わらない。

 

説明をリアからされずとも、クレアは生体リンク魔法を切ることが出来ないことは知っていた。先程からリュウマが戦っているアストラデウスが、リュウマのみが扱う純黒なる魔力を奪い取り、さも我が物のように使用しているのを、その目で見ていたからだ。だから、リュウマにすら生体リンク魔法を切ることは出来ない。そしてクレアやバルガスの魔力では、リュウマの純黒なる魔力に対抗することが出来ない。唯一、あの純黒に対抗出来るのは対極の力であるオリヴィエの純白なる魔力のみ。しかし、そんな彼女はここには居ない。

 

彼は知っていた。理解していた。状況を正しく把握出来ていた。そして把握しているからこそ、納得すること等出来なかった。何故このタイミングで、何故他でも無いリアが、適当に請け負ったこのクエストで、何故、何で、如何して。世界は残酷だ。どれだけ嘆こうが叫こうが、世界は万人に等しく絶望を突き付ける。

 

 

 

「それに、リュウマ様は既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なん…だって?」

 

「リュウマ様が私を同行させなかった理由の最もたるものは、()()()()()()()()()()です」

 

「じゃあ、リュウマの奴は最初から、お前とあの化け物が生体リンク魔法で繋がってたり、過去に滅ぼした国が実験で生み出された化け物だって知ってたってのか…!」

 

「いいえ、その逆です。()()()()()()()()()()()()()()()()、私を不審に思い、不確定要素の塊である私を、他でも無いクレア様に近付けさせない為に同行を頑なに拒否したんです」

 

「過去が…覗けない…?」

 

「はい。私の全ては、一度失い、あの子と繋がった事で初めてスタートしました。つまり、リュウマ様は他者の記憶はおろか、記録を見るというのに、森の中で目を覚まして義理の父に拾われた所から始まっている筈。如何にも怪しいでしょう。記憶が無いなら未だしも、()()()()()()()()()()()()()()()のですから」

 

 

 

記憶しているものとは別に、一つの人間が歩み、選択し、育んできた記録を覗き見る事が出来るリュウマの記憶透過魔法。それを以てしても、リアの過去の始めは拾われる所から始まった。つまり、18前後の少女が突然この世に降って湧いたかのような現象になっていたのだ。明らかな不審。そんな不確定要素を同じチームの、盟友(しんゆう)に近付けさせたくなかった。また失うのは恐いから。目の前でまた、自身の大切な人を無くしたくないから。だから近付けさせないように、絶対の姿勢で同行を拒否した。

 

しかし、クレアの言葉を否定しきる事が出来なかった。しようと思えば出来た。しかし出来なかった。他でも無い大切な盟友(しんゆう)の言葉であり、信頼の証だったから。だから、リュウマは何が起きても対処出来るように、常にクレアやバルガスの傍から離れず、誰にも気付かれないように監視をしていた。目を光らせていた。だが、事態は急変し、今に至ってしまった。()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

「他にも、リュウマ様は気付かれていた筈です。記憶が無く、記録も無い私がリュウマ様の顔を見て拒否反応を起こした事です。確実に会ったことも無いのに拒否反応を起こした。余りに不自然です」

 

「そ…れは……」

 

「そしてこのネックレス。これをリュウマ様に見せたあの日の夜、リュウマ様はこのネックレスを見た時、ほんの少しだけ驚いていました。当然です。日蝕があったあの時、柱が立っていたあの中央に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………は?じゃあそれが無けりゃあの現象は起きなかったってか?だがあん時は確かに……」

 

「えぇ。だから、リュウマ様はクレア様に気付かれないように、()()()()()()()これと全く同じものを造り、嵌め込んだのでしょう。何せ、このネックレスが無いと絶対に起動しませんから」

 

「ンなことアイツが……っ!……そうか…『創造』を使ったのかッ!!」

 

 

 

一度見たものならば、どんな複雑な機構をしていたとしても創造することも出来、模倣が可能となる災能を存分に使い、リアの身に付けているネックレスを使うこと無く、あの魔法を起動してみせた。他でも無い、クレアに心配させない為に、リアを不審に思わせない為に、一緒に居て楽しそうにしている、クレアの笑顔を曇らせない為に、リュウマは一人、思考し、抱え込み、一人で実行していた。

 

クレアに自身の思いが通じなく、嫌な予感を感じさせる旅になっていた。リアを密かにこの世から消す…そんな選択も出来た筈である。しかししなかった。依頼人の義理の娘という事もあるが、やはりクレアを哀しませたくなかったから。

 

 

 

「リュウマ様は、あの子が自身のクローンであるという事実は知り得ないでしょうが、私と生体リンク魔法が掛かっている事は、既に視えている筈です。繋がりは確かに有り、リュウマ様ならばもう視ている筈ですから」

 

「じゃあ何で…何でオレに何も言わねェッ!!オレ等で叩けば、最適解を出す時間稼ぎくれェ…………ぁ」

 

 

 

『我しかクエストをしておらぬではないか』

 

『ったりめーだろうが!そりゃ()()()()()()()()()()()()だからだろうがッ!!』

 

 

 

「ち、違ェ……リュウマ…オレは…オレはそんなつもりで言ったんじゃ……それにこんな事になるなんて……!」

 

 

 

クレアはハッとした様子で思い出した。約一ヶ月前に自身が何気なく言った台詞を。別にここまで見越していった訳でも無い。結果的にそういう風に思えてしまうだけで、誰もこんな事態になるだなんて予想出来なかった。だが、クレアが何気なくであろうが言ってしまった事実は変わらない。故にこそ、リュウマは自身が確りと拒否していれば、例えクレアとの仲に小さくも、確かな溝を作ってしまったとしても、否とその場で言っていれば、この様な事にはならなかったんだという思いで、アストラデウスと一人で戦っているのだった。

 

誰にも落ち度は無い。偶然が重なり合って今が有り、少し順序が良く行き過ぎていただけだ。だから、この場にリュウマが居たとしても、クレアを責めたりはしない。憤ったりもしない。だが責められる覚悟は有るだろう。何故、400年前にちゃんと全てを確認しなかったのか。何故、疑問を最初に言って相談してくれなかったのか。何故──────お前が元凶なんだ。

 

 

 

「オレは…オレはアイツに全部擦り付けて…のうのうと…っ!しかも、オレじゃあ何も……リアを助けてやることも…!!」

 

「それならば…恐らくは大丈夫なのではないでしょうか…?散々リュウマ様では勝てないと言っていた私が言うのも何ですが、リュウマ様ならばあの子を倒せる…かと。何と言っても…()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私が消えるのは時間の問題でしょう」

 

「……あ?本気…?──────まさかッ!?」

 

 

 

クレアは急いでリュウマが突っ込んだ塔の方へと視線を向けた。そしてそこには、何時の間にか召喚され、アストラデウスとぶつかり合っているアルディスの姿と、魔力に当てられ、純黒に変色した塔と、そこから言葉では表しきれない魔力を放出している光景であった。

 

文字通り、リュウマは本気となった。滅多なことでは解放せず、リュウマの妻達にもそう無闇に使ってはならないと言い付けられている、正真正銘の本気を。アストラデウスにはそうしなければ勝てないと、リュウマが判断した結果がそこには映っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

『──────原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────黑神世斬黎(くろかみよぎり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ…やめろリュウマぁっ!!ソイツを殺しちまったら…リアが……リアが死んじまう…っ!頼む……たのむ……やめてくれ…リュウマぁあああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。リアが死ぬのは嫌だ。心からそう思った。異性でここまで死んで欲しくない、離れたくないと思ったは初めてだった。自身でもこの感情は持て余してる。しかしそれでも、これだけははっきりと声を大にして言えた……殺さないでくれ…と。

 

何度聞いた言葉だろう。何度言われた言葉だろう。何度懇願される時に聞かされた言葉だろう。そして己は何度…其れを無視してきたのだろう。それが今自身に返ってきた。絶望は等しく与えられる。

 

クレアは足場を粉微塵に変えながら、アストラデウスを殺さんと純黒の刀に手を掛けているリュウマを、涙が溢れる眼で…見ているしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

然れど──────戦いは…()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 






必要な部分を書いていたら長くなってしまいました。


では、今年も是非よろしくお願いします!


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!


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