FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ   作:キャラメル太郎

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今回は少し長いので、よろしくお願いします。




第 ৯১ 刀  無限の進化

 

 

 

リアの告白が行われ、事実がクレアやバルガス達に明かされる少し前、リュウマが進化したアストラデウスの攻撃によって塔の最上階へと突っ込んだところまで、時間は少し遡る。

 

勢いが止まらず、吹き飛ばされた速度そのままに塔へ激突したリュウマを見ていたアストラデウスは、追い打ちを仕掛けようとした時であった。塔からリュウマとは違う膨大な魔力を感知した。荒々しく野性的でありながら、崇高的で神々しい銀色の魔力である。新手かと、言葉を知らないが故に直感的なものが頭をかすめたところで、それは現れた。

 

全身銀色一色の毛並み。体長10メートルを越える見上げる壁のような躯体。生命力に漲り、普通ならば平伏し、崇めていても可笑しくは無い神話的生物。世界に一匹しか確認されていない超稀少な存在、神狼と謂われる種族でありながら、リュウマに遣える伝説の狼。その力は未知数で、世界を支配していたと古文書にも書いてあるドラゴンを、一方的に狩る事が出来る力を持つ。

 

そして、大きな躯体に見合うような大剣を口に咥えて、空間を縦横無尽に駆け回る。名前がなく、無銘と呼んでいる大剣は、神狼である神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス)のアルディスにのみ召喚する事が出来、神を殺す神狼として、初めて神を殺した時に異空間より召喚出来るようになったという代物である。万物を斬り裂くその切れ味は正しく神剣。これで主から与えられた命令に忠実に従い、何者も葬り去ってきた。

 

そして、先より命令(オーダー)が下った。敬愛し、何者も勝ることの無い唯一絶対の主より、あの化け物から我を護れと。アルディスは歓喜した。やっと、やっと主の力になることが出来る…と。

 

一年前に起こった主とその他大勢との戦い。普段の主ならばこの程度の相手を負かすのは容易いと思っていた。しかし、その時の相手が歌を歌いだしてから情勢が一気に逆転した。もう終わりだと思ったところから一転してしまったのだ。殴り蹴られ、小石のように転がり、吹き飛ばされる主を見て我慢が出来なかった。故に訴えた。主であるリュウマへ、私を出してくれと、召喚してくれと、叫ぶように懇願した。しかし、その言葉に対する答えは…否。それは単に、相手側にオリヴィエが居たからだ。

 

最強の神殺しの力を持つオリヴィエを前にすれば、いくらドラゴンをも弄ぶ力を持つ神狼のアルディスと謂えども、精々良い(まと)にしかならず、良くても肉盾にしかならない。故にリュウマはアルディスを召喚しなかった。どれだけアルディスが訴えても、リュウマは良しとしなかった。そして、戦いは直ぐに終結してしまった。あの、殲滅王と畏れられた…あの主がだ。その時のアルディスの心情は殺意と憎悪の二つだった。

 

必ずや、必ずや主をここまで甚振った者達をこの手で殺してやると。だが、それよりも主の回復が先だと、その感情を見事押し殺し、療養中であったリュウマを連れ去って洞窟へと隠れた。紆余曲折があり、リュウマを殺そうと挑んできた訳では無いと判明したが、アルディスが納得することは無かった。何せ、勝てないからと、主に()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、次に召喚され、戦闘を任されることを期待した。そして叶った。況してや、主自身が護れと、そう言ってくれたのだ。ならば──────

 

 

 

「我が主に仇為す不埒者がッ!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

──────全力で敵を滅ぼす。

 

 

 

「──────シッ!!」

 

「■■■■■■…っ!?」

 

 

 

神狼形態を取ったアルディスの驚異的脚力による跳躍により、虚空で空気が瞬間的に圧縮されたことで形成された足場を使って飛び跳ねる。目まぐるしく、アストラデウスの周囲を囲うように飛び跳ねていたアルディスに、アストラデウスが先に攻撃を仕掛けた。フェイントも混ぜつつ付かず離れずの距離を取っていたアルディスが、自身に最も近付いたタイミングを見計らい、進化して黒くなった腕を突き出した。

 

アストラデウスの魔の手がアルディスに伸び、刺し貫く為に抜き手を構えていた手が、銀の毛並みを貫いた…かに思えた。振り抜いたその手に感触は無く、アストラデウスの手はアルディスの残像を貫いたのだ。そして数瞬後、消えた残像の奥から本物のアルディスが迫り、口に咥えた大剣を大いに揮った。

 

神をも斬り殺す無銘の大剣がアストラデウスの腹部に叩き込まれた。耳を塞ぎたくなるような不自然な金属音を響き渡る。衝撃波が突き抜け、アストラデウスの体がくの字に曲がるが、アルディスはアストラデウスの体の硬さに唸り声を上げた。斬れなかったのだ。神をも斬り殺す大剣を全力で叩き込んだというのに、歯から伝わる感触は全く刃が通っていないものだった。

 

ぎちりと軋む音が鳴り、火花が散った。腹に叩き込まれた大剣を掴もうとアストラデウスが腕を動かした時には既に、アルディスはその場から離脱した。掻き消えるような速度で離れたアルディスは、口に咥えた大剣に銀色の魔力を流し込む。そして、その場で体の撓りも使った渾身の斬撃が飛来した。

 

弧を描く斬撃は、リュウマが行うような単純な斬撃ではなく、魔力を載せた破壊力に重きを置かれた斬撃だ。受け止めようと、籠められた魔力は膨大、弾き飛ばされる事は必須だろう。しかし、アストラデウスは動くこと無く、右腕を持ち上げて向ける。そしてリュウマから奪った純黒の魔力を目前に広げるように展開した。それを見てアルディスの怒りのボルテージが上昇する。純黒とはリュウマを表す色。それを奪い、剰え使用しているのだ。主に忠実なアルディスには赦されざる行為そのものである。

 

泳ぐ魚を捕らえるように放たれた純黒の魔力による網は、アルディスが放った斬撃を易々と包み込み、消し去った。次いで、アストラデウスの横面に脳が揺れる程の絶大な一撃が叩き込まれる。大気が震える衝撃波が生まれ、体勢を大きく崩しながら、先程まで頭があった位置に目を向けると、そこには人間形態になったアルディスが右拳を振り抜いた姿でそこに居た。

 

腰まで届く銀色の髪。非常に整った顔立ちに鋭い目付き。狼のように縦長に切れた金色の瞳孔。豊満な胸部に、それに見合うだけの均等の取れた完璧なプロポーション。しなやかでありながら確り付いた筋肉。彼女が本物の人間ならば、世の男はこぞって彼女の事を欲しがるだろう。彼女の美貌に何れだけの富を積まれていただろうか。しかし残念にも、彼女には心に決めた主人が居る。そして、見た目は絶世であろうと、彼女が神殺しの神狼である事に変わりは無い。

 

 

 

「──────()ッ!!」

 

「──────■■■■■■■■………ッ!!」

 

 

 

人よりも鋭く伸びた犬歯が覗く口を開け、魔力を籠めた衝撃波を口内から発した。体勢を崩されたアストラデウスは真面に当たるが、ダメージは無いに等しい。だがアルディスの狙いはアストラデウスを弾き飛ばす事に有った。

 

アストラデウスが弾かれた先に驚異的脚力にものを言わせた跳躍をして先回りし、両手で構えた大剣を、さながら野球のバッターのように全力で振った。斬り飛ばして真っ二つにする腹積もりで揮った大剣は、アストラデウスの皮膚を斬ることも叶わず、しかし来た方向へとは別の方向へと弾き飛ばされていった。そしてもう一度先回りし大剣を揮う。体勢を直して迎撃するよりも先に姿を現し、追撃を行う。この繰り返しによってアルディスの猛攻は途切れなかった。

 

 

 

「──────『畏れよ、その刹那(ブレンディ・ボルガ)』ッ!!」

 

 

 

アルディスの猛攻は行うごとに速度を増し、大剣を叩き付けた時には擦れた金属音が鳴るのだが、次第に三度、四度と叩き付けているにも拘わらず()()()()()()聞こえない。それもその速度は増していく一方ときた。更に言うならば、アルディスは一撃一撃は全力以上の力で行い、神殺しの力を全て注ぎ込んでいる。

 

元々アストラデウスにはリュウマの遺伝子だけではなく、不死となるように神の細胞も少しだけ含まれている。本来ならば神殺しの力が存分に発揮される筈なのだが、使われているリュウマの遺伝子と、奪った純黒の魔力が邪魔をして十分に力を発揮できないのだ。だがそれでも、効果がゼロであるという訳では無い。その証拠に、リュウマの持つ天之熾慧國でも、これまでアルディスが無銘を叩き付けても傷一つ無かった体に、罅が刻まれた。

 

神狼としての異常な体力と、爆発的な膂力とアストラデウスに載せられた推進力の合わせられた猛攻は、進化してから一度も傷を負わなかったアストラデウスに傷を付けた。そしてアルディスはそれを確かに見破り、ダメ押しと言わんばかりに罅へ向かって大剣を叩き付けた。そして、大剣の刃がアストラデウスの体に半ばまで捻じ込まれた。苦しげな声を上げるアストラデウス。更に奥へと差し込み、両断しようとするアルディス。両者の攻防が出来上がる。しかし直ぐにその好転した状況を崩された。

 

 

 

「ぐ……く…ぅッ……ッ!!──────ハッ!?」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

研ぎ澄まされた野性の勘で危険を察知したアルディスが、その場から離脱しようとしたその時、アルディスが離脱するよりも早くアストラデウスがアルディスの抱き付いて抱擁した。並みの力では無く、見た目に反して巨大な膂力を持ち合わせているアルディスが少しも身動きが出来ず、抱き締められた体は節々からギチギチとした軋む音が鳴る。息も満足に出来ない締め付けを受けながら、アルディスはアストラデウスが膨大な魔力を溜め込んでいることに直ぐさま気が付いた。

 

拙い。それは、これは、喰らったら拙い。直感したアルディスは動く脚をアストラデウスの腹部に何度も叩き付ける。しかし一向に拘束が振り解けない。寧ろ拘束は強くなり、アルディスはその締め付けに堪らずごぽりと血を吐き出した。そして、魔力を溜め終えたアストラデウスは、体の全方向へ向かって魔力を暴発させた。

 

大爆発が捲き起こる。単なる爆発ならばアルディスの防御力を越えることは出来ない。だが、その魔力は純黒。一切の拮抗を赦さない無差別の魔力。アストラデウスの持てる魔力を全て使った渾身の大爆発は、天空大陸の上空に巨大な黒い太陽を顕現させた。離れていても肌がちりつく程の大魔力。その中心に居たアルディスはどうなったのだろうか。だが、幸いアルディスが消し飛ぶようなことは無かった。

 

爆発が黒煙を撒き散らす傍ら、その黒煙から二つの物体が飛び出てきた。アルディスと無銘の大剣である。吹き飛ばされたアルディスは受け身を取る事も無く、天空大陸へと墜ちていった。どさりと音を立てながら不時着したアルディスは全身傷だらけで、とても戦える状況に無かった。あれだけ美しい毛並みと同じ銀色の髪は土と血に塗れて輝きを失い、瑞々しい肌には傷がないところを探す方が難しいと言わざるを得ない程の傷が有る。

 

ぴくりとも動かないアルディスの傍に、大爆発を起こした張本人であるアストラデウスが降り立つ。あれ程の大爆発を撒き散らして起きながら、使用した魔力は既に十全に回復し終わっていた。無銘によって付けられた傷も、驚異の回復力で既にもう傷など無い。戦う前と何ら変わらない。絶望的な状況と姿で、アストラデウスはそこに居た。

 

少しの間アルディスのことを見ていたアストラデウスだったが、敵という認識から外したのか、アルディスの傍を通ってリュウマが突っ込んだ塔に向かって足を進める。しかし、その足は直ぐに止まることとなった。

 

 

 

「──────待…て……」

 

「■■■■■■■■■■……………」

 

「あ……るじ……の…元へは……行かせ…ない……」

 

 

 

全身傷だらけで、動くのも億劫であろうに、アルディスは這いずってアストラデウスの足首を万力が如くの力で掴み、動きを阻害した。もうこの生き物は戦うことが出来ない。そう判断したアストラデウスは足の拘束を無理矢理解いて歩みを進めようとした。しかし出来ない。アルディスは何が何でも離さないという確固たる意思の元、アストラデウスの足を掴んでいるのだ。そう簡単には引き剥がせるものではない。

 

赤い目を細めたアストラデウスは、掴まれている足とは別の足を持ち上げてアルディスの頭を踏みつけた。びきりと地面が音を立てながら陥没したが、それでもアルディスは掴む手を一向に弛める事はしない。寧ろ頭に掛かる重圧と痛みで朦朧とした意識を取り戻したアルディスは、更に手の力を強めた。全ては主の命を全うする為に。

 

だが、そんなアルディスの覚悟とは裏腹に、アストラデウスはアルディスの頭を踏みつける力を強めた。地面がびしびしと陥没していくにも拘わらず、未だアルディスは手を離さない。焦れったくなったアストラデウスは足を一度持ち上げ……全力でアルディスの頭を踏み込んだ。

砂塵が舞う。爆発音と間違える程の衝撃と音が響き渡り、地が円を描いて陥没した。底が抜けるのではと心配になる力が加えられている。これでもう終わっただろうと、アストラデウスがその場を後にしようとしたその時、足が引っ張られた。アルディスは、未だ手を離はしていない。

 

 

 

「──────が…ぁ……ぁ…るじ……の元…に…は…」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

苛つきを感じたのだろう。アストラデウスは更にアルディスの頭を踏みつける。何度も、何度も何度も何度も何度も思い切り踏みつけた。その度に地は陥没して抉れ、砂塵は広範囲に撒き散らされる。普通ならば最初の一撃で頭が石榴のように撒き散らされても可笑しくないというのに、何度足を叩き付けられようと、アルディスは決して足を離すことは無かった。そして、何れだけのアルディスは踏みつけられた事だろう。その数は優に20は越え、周囲は叩き付けられる足の威力によって見るも無惨な光景となっている。

 

だがそれでも、アルディスは離さなかった。何故離さないのか、それだけの力が一体どこに有るのか、訳も分からないアストラデウスは、アルディスの頭を踏みつけたまま掴まれている足を引っ張った。すると、アルディスは不覚にも手を離してしまった。仕方も無い。度重なる踏みつけの所為で血塗れとなり、掴んでいた手が血で滑ったのだ。薄れ征く意識の中でもう一度掴もうとした手は虚空を切り、アストラデウスは遙か上空へと飛んだ。

 

拙い、離してしまった。そう思ったその瞬間、アルディスの体は背中に訪れた衝撃で拉げた。上に飛んだアストラデウスが勢いを付けてアルディスの背中を思い切り踏みつけたのだ。ごぼりと口から大量の血を吐いた。無防備な背を一直線に踏み込まれたのだ。全身の力を使いながら魔力を推進力として使用して得た力も加えて。そして…アストラデウスはそれだけで終わらせず、そこから更に何度も何度も踏み付けた。

 

 

 

「──────ごッ……ぐッ……がァッ……ぐぶッ……ぁ゙あ゙ッ……はぁ゙ッ……ぎ…ィ゙ッ……ぁ゙がッ…………こぽ」

 

 

 

地が陥没ではなく亀裂を刻み込む。全開の時でも受ければ相当のダメージを負ったであろう攻撃を、アルディスは無防備の、それも全身傷だらけで何度も頭を踏み付けられて意識が殆ど無い状態で何度も繰り返された。最早拷問とでも言える行為に、アルディスはとうとう完全に意識を飛ばした。口から大量の血を吐き、辺り一面をアルディスの血によって赤く染めながら、アルディスの戦いは終わってしまった。

 

意識を手放す瞬間、思ったのは悔しさだった。やっと、やっと主の役に立てる時が来たというのに、アストラデウスに多少のダメージを与えただけで終わってしまった。それも既に完治し、使用させた魔力ももう元通りである。起きたら、なんて謝罪しよう。どうな罰を課してもらおう、そんなことを考えながら、アルディスは意識を手放した。

 

私には何も出来なかった。折角命令を請け負ったというのに、遂行することが出来なかった。主の一番の眷族としてなんという体たらく。不甲斐ないと思っているアルディスであるが、それは全く違う。アルディスは遣り遂げたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アストラデウスはゾクリとしたものを感じた。体の芯に直接叩き込まれるような漠然としたものが駆け抜ける。意思も無く、当然とでも言うように、何時の間にかアストラデウスは城に連なる塔の元へと飛んでいた。そして、その感じた()()()が何だったのかが直ぐに解った。

 

 

 

 

 

 

『──────原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)

 

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────黑神世斬黎(くろかみよぎり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感じたものを確信するよりも早く、そして速く……アストラデウスの体は縦から真っ二つになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱきんッ

 

 

 

「………………。」

 

「わッ…!?カップの取っ手が壊れた!オリヴィエ大丈夫!?」

 

「あぁ。私は大丈夫だ。それよりも…ルーシィ。衝撃に備えろ」

 

「え?」

 

 

 

「どうやら──────本気を出したらしい」

 

 

 

「それって……」

 

 

 

ルーシィが全てを言い終わる前に、椅子がかたりと小刻みに震え始めた。そしてその規模は大きくなり、テーブル、タンス、果てには家全体が大きく揺れ始めた。異常に気が付いたのだろう。帰っていたウェンディやエルザが慌てたようにオリヴィエが居るリビングへと慌ただしく入ってきた。そして、オリヴィエを護るように取り囲み、ルーシィがオリヴィエを抱擁する。

 

揺れは一向に止まない。それどこらかその力を増し、家だけではない、地も…大気も揺れ始めた。そして何よりも…莫大な魔力の波動が止め処なく叩き付けられる。その量たるや、気を抜けば意識を軽く持っていかれるほどの凄まじさ。どうしようと対抗出来ないその力。立っているのも辛いと、座り込む者まで続出する。これ以上は拙いと思ったルーシィだったが、それは杞憂に終わった。

 

中心に居たオリヴィエが、右手で指を鳴らすと、純白の波動が広がっていき、家を包んでもその勢力を拡大していき、何時しかマグノリア全域を容易に包み込んだ。すると、大気まで震えていた揺れが瞬く間に止み、いつも通りの日常へと変わった。揺れが収まってから、ルーシィ達はホッと一安心している時、オリヴィエは愛おしそうに微笑みを浮かべ、窓から見える快晴の空を見た。

 

 

 

「はぁ……びっくりしたぁ…」

 

「オリヴィエ!お腹の子供は大丈夫か!?」

 

「何かあったら直ぐに言って下さいね!?」

 

「解った解った。全く…お前達ときたら一向にその過保護が抜けん。そんなに心配せずとも私は問題ない。それに、エルザ。お前も妊娠中であろう。人の心配をしている場合か?」

 

「い、いや…私はまだ妊娠して間もないからな、それなりに少しは動くことが出来る。しかしオリヴィエの場合そうはいかないだろう?何せ()()()()生まれるのだから」

 

「妊娠している事には変わらんだろう。お前も大人しくしておけ」

 

 

 

窘められたエルザは気恥ずかしそうに頷いた。どうもジッとしているのが性に合わないらしく、何かあると護る立場に付こうとする。オリヴィエを護ろうとしたのもまた然り。しかし、実際にはそのお腹に新たな生命を宿す立派な妊婦なのだ。少しは自重しろと思うオリヴィエだった。

 

 

 

「それにしても…大きな揺れだったな」

 

「私もびっくりしちゃいました…」

 

「そうだ…!オリヴィエ!さっきのってやっぱり……」

 

「うむ。十中八九私達の夫…リュウマが全力を出した。それだけだ」

 

「リュウマが全力を……本気を出させる程の存在が居たということか…?オリヴィエやバルガスにクレアなら未だしも、私には到底想像出来ないな……」

 

「だが、出した事実は変わらん。……良し、ならば私達も念には念を入れて用意しておくとしようか」

 

「え…?何の用意…?」

 

()()()()夫を優しく迎え入れ、癒して慰めるのは妻の仕事だぞ、ルーシィ?」

 

 

 

未だ困惑しているルーシィやウェンディ、エルザを尻目にオリヴィエは意味ありげな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わり、リュウマの方では、進化を遂げてから物理攻撃も魔法も効かなくなっていたアストラデウスが、全ての封印を解いたリュウマの一刀によって真っ二つに斬り裂かれていた。縦に唐竹割り。その一刀で、超防御を獲得したアストラデウスの体を斬ったのだ。何の抵抗も無く、当然のように。

 

アストラデウスは大いに困惑した。速すぎた。踏み込もうとしたのは解った。だがどうやってここまで来たのかが解らなかった。目を離さなかった。封印を外れてから、リュウマの魔力は天井知らずに増えて(もどって)いくので、尋常ならざる迫力と雰囲気に一切の油断は無かった。にも拘わらず、瞬きもしていないのに懐へ潜り込まれ、斬られていた。

 

訳も分からずとはこの事。しかしアストラデウスも斬られて終わりでは無い。進化してから更に上がった治癒力を全力稼働させて真っ二つになった体を直ぐさまくっ付けて再生した。しかし、再生し終えた途端に横っ面を殴られた。そして塵も残さず消し飛ぶ。そこに有った頭部は、リュウマに殴られたことにより、完全に消し飛んだのだ。

 

だがアストラデウスは頭がなくとも動くことが可能。考えることが出来無い代わりに感覚に任せる。本能とでも言うべき感覚でアストラデウスはリュウマへ抜き手を放った。必ず貫く。貫く事が出来る。そう確信できる全力の抜き手は、アストラデウスの立てられた指が全て出鱈目方向へ拉げる形で終わった。

 

常人の約80万倍近くの筋力は4()0()0()()()()持っていた。つまり、それから幾度となく戦い、身に付いていった筋力は、その数値をとっくに超えているということ。そしてそんな途方も無い筋力は封印という形で押し留めておかなければ日常を過ごすことすら不可能故に、リュウマは封印していた。魔力もまた然り。ならば、それが解き放たれたならばどうなるだろうか。筋肉を固めて鎧としたならば、何れだけ堅牢な鎧が出来上がっただろうか。

 

アストラデウスの手はリュウマの体を貫く事が出来無い。固められた常人の100万倍を超える筋肉は、この地球上にあるどの刃でも傷一つ付けることが出来無い。不可能だ。筋肉が人の形を取るために押し込まれて凝縮されているのだ。密度が途轍もないのだ。そんな筋肉の鎧を貫くなんて芸当が出来る筈も無く。更には魔法と魔力によってブーストされているのだ。尚のこと傷付けるなんて芸当が出来ようはずも無い。

 

 

 

「──────『殲滅王の孥号』ッ!!」

 

「────────────。」

 

 

 

頭を再生したアストラデウスの顎に蹴りを打ち込む。すると軽く打たれたことにより頤を上げ、上空へと吹き飛ばされていく。そこへ追い打ちを掛けた。口内に溜められた純黒の魔力が牙を剥く。放たれたのは大空を覆い尽くすほどの大質量の咆哮。その太さは驚異の()()1()2()0()0()()()。今のリュウマに出来る最大にして全力の咆哮である。

 

超極太な純黒の光線はアストラデウスの全身を消滅させた。そして直ぐさま再生されるが継続される咆哮に消される。再生して消滅させられてという構図を繰り返しながら、アストラデウスは大気圏を抜けて宇宙にまで吹き飛ばされていった。

 

時間・空間内に秩序をもって存在する『こと』や『もの』の総体であり、何らかの観点から見て秩序を持つ完結した世界体系。全ての時間と空間、およびそこに含まれるエネルギーと物質。あらゆる物質や放射を包容する空間。あらゆる森羅万象を含む全ての存在。そう称される無限の空間へ投げ出されたアストラデウスは、重力の無い無重力空間で乱回転しながら吹き飛ばされ続ける。その間、アストラデウスは更に進化した。

 

リュウマの全力の攻撃を受け続けるという最大の負荷を掛けられる事により、アストラデウスはそれに耐えうる体躯(よろい)を自己進化の果てに獲得する。だが、耐えうる体を造ったからといって()()()()()()()()()()()()()()()()

 

引っ張られる力である重力も無ければ酸素も無い宇宙空間で、放り出されたアストラデウスにリュウマが迫る。翼を広げて音を置き去りにしながら飛翔したリュウマは、アストラデウスと同じく大気圏を突き抜けて吹き飛んだアストラデウスを追ってきた。何よりも、宇宙空間での方がリュウマにとって非常に都合が良いのだから。戻ってきた筋力と魔力では、どう頑張っても周囲に影響を及ぼす。ならばどうすればいいか、答えは単純、影響を及ぼしても問題が無いところへ移れば良いのだ。

 

音速を超えた速度で飛んできたリュウマは、アストラデウスの腹部に蹴りを打ち込んだ。衝撃透しも合わせた蹴りが打ち込まれた瞬間、アストラデウスの背後にあった宇宙の塵が扇状に向こう100キロ消し飛んだ。打ち込まれたアストラデウスの体内はスクランブルエッグのような状態が優しい程で、内臓と背骨や肋骨が粉々に砕けて体内でスープのようになっていた。そしてそこに蹴りの威力が合わさり、くの字になりながら吹き飛ばされていった。

 

リュウマの全てを解放した身体能力は既に人間のものではない。そんな蹴りを真面に受ければどうなるのか等火を見るより明らかである。吹き飛ばされていくアストラデウスは、隕石や小さめの小惑星に当たり、その全てを破壊しながら進む。何時しかアストラデウスとリュウマは太陽系から太陽系外の宇宙にまで移動していた。これだけ離れていれば、最早被害など一切考えなくて良い、リュウマにとって全力を心置きなく出せる最高の舞台が整ったのだ。

 

 

 

「──────神器召喚・『地獄鎖の篭手』、禁忌…『廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』」

 

 

 

左手に純黒の篭手が装着され、そこから純黒の鎖が伸びて囲うように回る。更にその外側に純黒の不揃いな球体がリュウマの周囲を公転する。リュウマ(たいよう)を中心に公転をしながら絶対の守護を齎す純黒の球体(わくせい)である。リュウマが本気を出した際に使われる万能の魔法と神器である。地獄鎖は破壊不可能の神器であり、リュウマの意思によって無限に伸び、動く。そして惑星の名を付けられた純黒の球体は、それぞれが()()()()()()()()()()()()()()。何れだけの質量を打つけようが、巨大な恒星を相手にしているのと同義故に攻撃を無効化する。

 

吹き飛ばされたアストラデウスは破壊され尽くした体内を再生し、動きが止まったリュウマにこれ幸いと突貫を開始した。先程進化を更に遂げた為か、地球から此処まで飛ばされてくるまでのどの速度よりも速く鋭い。それも、空気が無いため摩擦係数が下がり、速度上昇に背中を押していた。

 

目にも留まらぬ速度で接近したアストラデウスは、凶器と何ら変わらないその腕を振り上げ、技術も何も無い腕力という名の暴力を振り下ろして叩き付けようとした。だが、彼の周囲は鎖と球体で完全に護られている。仕掛けたアストラデウスは、リュウマの『天王星(ウーラヌス)』によって受け止められ、横面に『木星(ユーピテル)』が飛来して吹き飛ばされていった。頭を振り、歪む視界を戻そうとしている間に『火星(マールス)』がアストラデウスが向かってくる速度よりも速い速度で突き進み、腹部を貫通して突き抜けていった。腹に風穴を開けられたアストラデウスは、苦しそうな呻き声を上げながら、傷など知らぬとでも吼えるように雄叫びを上げながら再度突貫した。

 

向かってくるアストラデウス。そんなアストラデウスに向けてリュウマは迎撃として『金星(ウェヌス)』を真っ正面から頭部を穿つつもりで差し向けた。しかし、アストラデウスは今度は読んでいたのか、『金星(ウェヌス)』を紙一重で躱した。今この時でもう一度進化した。驚くべき進化速度。そして進化する度に少しずつではあるが全力のリュウマの動きに付いていけるようになっていた。

 

金星(ウェヌス)』を躱されてから、次いで『冥王星(プルート)』と『水星(メルクリウス)』を飛ばした。無論今度は着弾したが、アストラデウスは当たり所を最小限に、そして動きに支障が無い左脇腹と右顔面半分に着弾させた。傷はリュウマへと辿り着く前には再生されており、アストラデウスはリュウマの周囲で廻る球体の間を縫って進んできた。だが、リュウマはそんなアストラデウスを嗤う。

 

 

 

「──────地獄鎖よ、此奴を捕らえて鎖縛せよ」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

瞬時に危険を察知し、アストラデウスは折角球体達の間を縫って目と鼻の先まで接近できた距離を棄て、リュウマから全力で距離を取った。しかし、そんなアストラデウスへ純黒の鎖の魔の手が伸びた。捕まらないように立体的な動きで逃げ惑うアストラデウス。だが一向に純黒の鎖から距離が取れない。何処までも追い掛けてくるのだ。それどころか次第に近付いてくる純黒の鎖に、アストラデウスは純黒の兎の形をした爆裂魔法を叩き付けた。

 

全力の魔法を打ち込んだ。故に純黒の鎖は粉々に消し飛んだと思ったのだろう、アストラデウスが動きを止めた。それがどれ程の愚行か知る由も無く。

空気が無いため鼓膜を揺らす空気が振動しない為、爆発音は聞こえないが爆煙は上がる。朦々と立ち上る黒煙。しかしその中から粉々に破壊したと思っていた純黒の鎖が伸びてきた。数瞬反応が遅れたアストラデウスは純黒の鎖によって雁字搦めにされた。抜け出そうにも固く、魔法で吹き飛ばそうとしてもビクともしない。

 

それもその筈。この地獄鎖とは元より()()()()()()()特殊な神器だ。壊れるという破壊に関する概念が無いため、何れだけの圧力が掛かろうが熱しようが冷やそうが、壊れることがないのだ。そしてそんな地獄鎖は、この様な使い方も出来る。

 

リュウマは地獄鎖を左右へと伸ばしていき、適当な恒星を縛り付け、その更に奥に有る恒星へと縛り付けていく。それを何度も繰り返し、左右にそれぞれの4つの恒星、合計8つの恒星を縛り付けた。そして、その中間に居るリュウマは……()()()()()()()()

 

全力も全力で引っ張っているため、リュウマの顔には幾つもの血管が剥き出しとなって鬼の形相へと変わり、両腕から服と軽度の鎧に隠れている胴にも血管が剥き出しとなっている。思い切り歯を噛み締め、割れるのではと思えるほど強く強く噛んで力む。目的はたった一つ。

 

 

 

「ぐ……ッ……っ゛……お…お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙──────ッ!!!!」

 

 

 

地球上でこんな力業の極致が出来るのはリュウマ位のものだろう。何せ、()()()()()()()()()()()()()なんて所業は、思っても出来ることは無いし、やろうとも思わないだろう。そんな語れば夢物語の事を、リュウマは実際にやってのけた。流石のリュウマの筋力でも厳しいものがあるため、筋繊維が悲鳴を上げてブチブチと嫌な音を鳴る。だがリュウマはその耐えられない圧力に耐えられる筋力を進化によって直ぐさま獲得した。リュウマの恐ろしさは、無差別な魔力でも、母譲りの剛の剣でも無ければ天才的な頭脳でも無い、その進化速度である。

 

最後の壁を破った人間達はリュウマを含めて4人。言わずとも知れたリュウマとバルガス、クレアにオリヴィエである。この4人は人間の限界を無限に進化によって突破し続けるという永遠の進化論に至った。しかし、その進化速度が4人全員同じ…という事は無い。向き不向きがあるように、進化速度も4人全員違うのだ。そして4人中でも進化を異常な速度で行うのがリュウマである。故に、リュウマの細胞から創られたアストラデウスはあれ程の速度で進化する事が出来たのだ。

 

耐えられないならば耐えられるまで進化してしまえば良い。言うのは簡単だが、やることは滅茶苦茶である。だがそれを実現出来てしまうのが彼等だ。そして、8つの恒星を引き付けていたリュウマは、最後に全身全霊で鎖を引っ張った。

アストラデウスは純黒の鎖によって動けない。故に見ていることしか出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、アストラデウスは見ているしか出来なかった。

 

 

 

「──────『惑星直列、超新星爆発と為す(ランフェゴォル・プラネラ・カリエンテ)』」

 

 

 

超新星爆発。それは簡単に言ってしまえば歳を取った惑星が、その生涯を華々しく終えるときのものの名である。本来、超新星爆発というのは自ら光を発しているガス体の天体である恒星がその命を終える時、何らかの原因で大爆発を起こし、まるで新しい星が突然誕生したかのように見える現象を超新星爆発という。

 

物理的な腕力という外的要因によって、無理矢理引き寄せられた恒星は直列に衝突し、あたかも今此処に新たな惑星が生まれ、誕生したかのような光が真っ暗な宇宙空間に灯された。しかし、その光の後に訪れる爆発は途轍もない破壊力を発揮した。宇宙空間に漂う隕石の元となる周囲何光年内にある石が、残らず塵も残さず掻き消えた。そして恐るべき事に、大爆発が起きてから直ぐに空間が歪み、その場に特異点を創り出す最強の重力力場、ブラックホールが誕生した。

 

全てを吸い込み、無へと還すブラックホール。それは惑星をもあっという間に呑み込んでしまう恐るべき存在。そして一度呑み込まれれば脱出は不可能とされている。しかしそのブラックホールに亀裂が入った。硝子に入るような亀裂は大きさを増し、いつしか発生したブラックホールは()()()()粉々に破壊された。大きさは地球の衛星である月ほどの大きさであるが、その実太陽すらも呑み込める力を持つブラックホールが瞬く間に破壊された。そしてブラックホールが在った所に悠然とアストラデウスが佇んでいた。

 

全身から純黒の魔力を垂れ流すアストラデウス。そして恐るべき事に、発せられる魔力は一向にその量を増幅させていく。既に宇宙空間に来てから魔力は初期の数万倍へと跳ね上がっていた。有り得ない進化速度でありながら、いくら攻撃されても死なない不死性。戦いづらい相手と言っても申し分ない相手であった。

 

王を殺す者と殲滅王の間に沈黙が訪れる。両者どちらとも動かず相手の事を見つめ、何処かで宇宙に漂う石同士がぶつかり合った瞬間、両者は全く同時にその場から消えた。訪れる衝撃と無差別な魔力。それは丁度両者の中間位置から発生した。片や手にした魔力を纏わせただけの拳を、片や長年の研鑽と災能によって会得した魔力操作によって洗練された強化を施された純黒の刀。

 

拮抗したように見えたが、乱雑に魔力を纏わせただけの拳で洗練された強化を貫く事など出来ず、純黒の刀はアストラデウスの拳をたたっ斬り、腕へと駆け抜けて上半身を真っ二つに斬り裂いた。だが驚異的な不死性と再生速度にものを言わせたアストラデウスは、真っ二つに斬り裂かれた体を元に戻して再度拳を振り上げるが、その拳がリュウマの元まで届くことは無かった。

 

純黒の球体の一つである『地球(テラ)』によって拳は受け止められ、止まった時を見計らって手首に純黒の鎖が伸びて拘束した。外そうとするもそんな容易に外せるわけも無く、リュウマが鎖を操るとその通りにアストラデウスは宇宙を縦横無尽に振り回される。振り回されている事で遠心力が発生し、外そうと伸ばされた残る腕も力無く下ろすしかなく、直立不動の体勢で振り回され続けた。

 

振り回し続けて速度を上昇させていった後、進行方向に『天王星(ウーラヌス)』を設置しておいた事により、アストラデウスは速度そのままに大きさを巨大なものに変えられている純黒の球体に全身を叩き付けられ、破裂した風船のような音を立てながら弾け飛んだ。肉片が飛び散ったものの、やはりと言うべきか、アストラデウスの肉体は直ぐに再生されてしまった。

 

その後、何度も何度もアストラデウスはリュウマへと突き進み、何度も何度もリュウマの傍に辿り着くこと無く殺されていく。リュウマの実の母であるマリア曰く、本気となったリュウマに近付くのは不可能と称されていた。それもこの光景を見ていれば頷かざるを得ない。あれ程の苦戦していたアストラデウスを一方的に嬲り殺しているのだから。だがそれでも、結局は殺しきる事が出来ていない。アストラデウスは何度も死から蘇り、向かってくるのだ。

 

戦闘は続き、アストラデウスの死亡回数は三桁を超えようとしていた。しかし此処で驚くべき出来事が発生する。魔力を全て推進力に変えた突撃を掛けたアストラデウスの動きが、今までに無いほど速くなったのだ。その身も真っ黒な皮膚に幾何学的な赤い線が入っていたものから、黒は黒でも純黒の黒へと変わり、幾何学的な赤い線も消えて、灰色の線へと変わった。

 

突き進んでくる速度は全盛期の眼をも取り戻し、光速すらも眼で追うことが可能となる動体視力を持つリュウマからしても見えず、一瞬ではあるがアストラデウスの姿を見失った。拙いと思うよりも早く、来ると直感したリュウマは瞬時に前方へ全ての球体を砕いて一枚ずつの防御用の壁へと再構築した。そして…アストラデウスはその全ての壁を突き破った。突き破ったのだ、これまでの一度たりとも罅すら入れること叶わなかった絶対防御力を持つ球体に。

 

見た目は薄い膜のような壁とは言え、実際はリュウマの周囲を公転していた球体そのままの防御力である。唯形が変わっただけである。しかしその全てを突進のみで叩き割る。球体はそれぞれが()()()()()()()()()()()()()()()()。それが意味することはつまるところ、突進一つで太陽系に在る太陽を除いた恒星を砕き割った事に他ならない。

 

壁は砕かれ、急接近を赦してしまったリュウマだが、予めアストラデウスが突っ込んでくる方向へ蜘蛛の巣のように純黒の鎖を張り巡らしておいてあった。直感そのままに張り巡らせた鎖で捕らえようとしたが、アストラデウスの突進はそこで終わらなかった。破壊不可能の鎖を引き摺りながら、速度を殆ど落とすこと無くリュウマの目前までやって来たのだ。

 

そして、瞠目して吃驚しているリュウマの横面を殴り付けたのだ。これまで受けたことのない衝撃と痛み。その両方が同時に来たリュウマは、殴られた方向へと吹き飛ばされていった。常人の数千万倍の筋力は伊達では無く、たったの一撃で意識を朦朧とさせる程の一撃を受けても頭が消し飛んだり、頭だけ飛んで行く等という事にはならなかった。しかし頭蓋骨の中で跳ね回る脳は別である。意識を混濁とさせている間も吹き飛ばされ続け、爆発で数光年程消し飛ばした何も無い空間から離脱し、地球の半分程の大きさしか無い惑星に叩き付けられた。

 

ダイヤモンドよりも硬く、熱も電気も通さないのに透き通るように透明な謎の結晶で全て構成された惑星へ、そんな硬い謎の物質を粉々に砕きながら不時着した。背中から墜ちても突き刺さることすら無い超密度の筋肉。しかしそんな超密度の筋肉を持ってもアストラデウスの攻撃は効いたの一言だ。リュウマは本気となると、一般的な魔導士の数千兆倍という魔力が全身から溢れ出て身を覆う。それは意図せずともある程度の壁の役割を発揮する。無論この『ある程度』というのはリュウマからしてみればという意味であり、他者からしてみればその溢れ出た魔力で覆っただけの魔力の壁を破ることすら困難を極める。

 

だというのにアストラデウスはこうも易々と魔力の壁を突き破り、それ以前に壁の筈の球体を一つ残らず粉々に砕き、純黒の鎖を引き摺りながら己の顔に一撃見舞ってきた。本気でやっているからこそ、その一度の被弾が到底許せるものではなく、他でも無いアストラデウスから受けたことでリュウマの怒りのボルテージが上がる。

倒れ込みながら手元にあったダイヤモンドよりも硬い謎の結晶を握り込んだだけで破壊し、更には握力だけで地球の半分程の大きさをした惑星自体を破壊した。

 

宇宙に結晶よ破片が飛び散る。そして追い掛けてきたアストラデウスがリュウマへと迫ってきた。速度も先程よりも更に上がり、これ以上速度が上がると捕らえることは困難になり、あの殲滅王の手にも負えない正真正銘の化け物となる。これ以上戦いを続けていれば敗色濃厚となるのは自分だ。リュウマは一撃真面に喰らっただけで1()0()0()()()()()持っていかれた魔力総量を感じ取りながら思った。

 

早く決着をつけなくてはならない。そう決意した瞬間、リュウマは又もアストラデウスに殴打されて吹き飛ばされた。しかし今度はまた何光年も吹き飛ばされる前に体勢を整えて止まり、手刀を振り下ろすアストラデウスの手を受け流し、無防備の顎に拳を下から上へアッパーカットの要領で打ち貫いた。殴打されたアストラデウスは頤を上げるが、その間にリュウマはアストラデウスの防御力の上昇幅に驚いた。

 

顎を打ち貫いたリュウマの手が痺れたのである。本気で殴った為、頭を消し飛ばすつもりでやったにも拘わらず、結果はアストラデウスが衝撃によって上を向いただけであり、頭は依然として無疵である。何度も何度もリュウマに殺されることによって度重なる進化を行い、既に全力のリュウマに追随するほどの力を手にしている。リュウマとてこの戦いで進化をしている。唯でさえ最強の力を持っているのに、無限の進化故に強さの上昇に限界は無い。だが、やられている以上アストラデウスの方に進化速度は分があるのだ。

 

顎への一撃で上を向いて再び無防備を曝しているアストラデウスに、リュウマは純黒の刀である黑神世斬黎を引き抜いて胴体を斬り裂いた。しかしアストラデウスの斬られた胴体からは血潮が出て来ない。いや、()()()()()()()()()()()()()。斬られると同時に再生することで傷はあたかも最初から無かったように見える。攻撃力や防御力だけでなく再生速度さえも上昇していた。

 

リュウマの額には汗が一条流れ、背中には嫌な汗が流れていた。これは本当に拙いのでは無いかと思ったその矢先、推進力を存分に載せた蹴りがリュウマの腹部を直撃し、訪れる嘔吐感に見舞われながら何光年も吹き飛ばされていった。その先には本当の太陽系があり、地球に向かって飛んで行っている事にも気が付かず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマがアストラデウスと宇宙へ行った暫く事、大空を悠然と浮遊して進む大陸に残っているバルガスやイングラム、クレアとリアは、リアの口から放たれたアストラデウスとリアの正体について、頭の中で噛み砕いて必死に呑み込む時間であった。そして、納得はしておらずとも理解はしたクレアは、重い気を引き摺りながら口を開いた。

 

 

 

「本当に…本当にあのバケモン…アストラデウスが死んだらお前も死ぬのか…?」

 

「……はい。私とあの子は同じ存在。片方が死ぬならば、それはその存在への死へと同義、例え健康体だろうともう片方も死にます。ですが、私を殺したところであの子は死にません。あの子が不死身なように、私自身も不死身な肉体になってしまっているからです…私が不死身でなければ、是非クレア様の手で──────」

 

「──────ざけんな。巫山戯んなよテメェッ!!お前が不死身じゃなかったらオレに殺されたかっただァッ!?オレがお前を殺すわけねェだろ!!()()()()()()()()()ッ!!オレはお前を殺さねェし死なせねェ…オレは諦めてねェッ!!例えお前が諦めたとしてもオレは諦めねェッ!!」

 

「クレア様……」

 

「シルヴィ…リア、ボクもリアが死んじゃうのはやだよ…もっといっぱい遊びたいよぉ……」

 

「イングラム……」

 

「……必ず死ぬというのは…早計な考えだ…何か手があるかも…知れん…勝手に諦めることは…赦さん」

 

「バルガス様……」

 

 

 

リアは既に死ぬ未来が必ず訪れると思っているのだが、クレア達はそれを否定する。確かにリュウマがあれ程苦戦し、リュウマを殺すためだけに創られた存在であり、それとリンクしているためアストラデウスを完全に殺せばリアも死ぬのだとしても、そんな結末は認められるものではなかった。

 

他に何か手があるはず、例えリュウマが既に全力で戦いに集中してしまったのだとしても、何かしらの手があるはずなのだ。それさえを見付けてしまえば、後は残るアストラデウスを斃すだけで済む。それを目指すからこそ、クレアはリアに施されている魔法をどうにか出来ないか、頭の中で魔法陣に使う術式を組み立てていく。しかし一向に最良の方法が思い浮かばない。如何すればいいのかと考え倦ねていると、大きな風を切る音が聞こえてきた。

 

気が付いたクレア達が顔を上げて大空を見ると、空から赤い隕石のようなものが墜ちてきていた。それも進行方向は真っ直ぐに浮遊するこの大陸へと向かってきていたのだ。何でこのタイミングでと思った矢先、クレアは弾き返してやろうと扇子を構えたが、墜ちてきている正体に気が付いて驚いた表情となった。墜ちてきていたのは、リュウマであったのだ。

 

速度は地面に叩き付けられる瞬間に緩和されたが、地を大きく抉りながらの不時着となった。一本の獣道を強引に作りながら引き摺られるようにクレア達が居る城の近くまでやって来たリュウマを見て、クレアは頭が真っ白になった。何故ならば、飛んできたリュウマは全身が血塗れで、満身創痍であったのだ。彼から放たれる熱気と雰囲気、そして魔力から封印を全て外していることは一目で解る。しかしそんな彼は今、全身が傷だらけであったのだ。

 

 

 

「──────はぁッ……はぁッ……はぁッ……ぐッ…ち、塵芥……はぁッ…風情が……っ…図に乗り…おって……」

 

 

 

「おい…あのリュウマをあんなにしやがったのか…?リアがまだ生きてるっつーことは、まだアイツは死んでねェ…どうなってやがる…!?」

 

「……リュウマの…魔力が…余りに少ない」

 

「……確かに…!?この魔力はまさか……!?」

 

 

 

今にも倒れそうなリュウマの前に突如現れたのは、アストラデウスだ。しかし地球から離れるときよりも放たれる雰囲気も姿も変わり、何と言っても魔力が尋常ではない。まるでリュウマがそこに居るかのような絶望的な量の魔力が感じられるのだ。まさかとは思ったが、感じ取る以上は否定のしようが無い。アストラデウスはリュウマとの戦いを経て、彼の魔力の殆どを奪い去ることに成功してしまったのだ。

 

考え得る中で最も最悪の状況である。全力のリュウマをこれ程まで痛め付ける戦闘能力に合わせて、更にはリュウマの魔力の殆どを奪っているのだから。リアとアストラデウスの存在のリンクをどうにかしようとしていた矢先にコレである。加勢に行きたい。しかし行けば必ず足手纏いとなるのは明白だ。全力のリュウマの周囲はこの世で最も危険区域である。全力である以上加減など有っても無いようなものであるし、何と言っても純黒の魔力が己の魔力も無効化してしまうのである。故に、クレア達は見ていることしか出来なかった。

 

 

 

「ふぅッ……ふぅ…ッ……くッ!?」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

クレア達はアストラデウスの動きが見えなかった。眼で捕らえられない速度でアストラデウスがリュウマに向かってきていき、首を両断しようと両手で挟み込むように手刀を放ち、リュウマは黑神世斬黎と天之熾慧國を使って防いだ。そこからは両者の姿が残像を残す異常な速度で猛攻を繰り広げていくが、ばきりという音が鳴ると同時に片脚を上げた状態のアストラデウスが現れた。

 

起きたことは至って単純なことで、猛攻の中でリュウマがアストラデウスによって蹴り上げられたのである。大気圏ギリギリの位置まで打ち上げられたリュウマは、口から大量の血潮を吐き出した。我慢できるような威力の蹴りでは最早無い。気を確り持っていなければ、封印を全て外したリュウマですら意識を完全に刈り取られるほどのものである。

 

頭がチカチカとしているリュウマに、驚異的な跳躍一つで跳び上がり、リュウマよりも高い位置を陣取ったアストラデウスは、体を縦回転させて全力よ踵落としをリュウマの腹部に落とした。ごぱりと血潮を更に吐き出しながら、リュウマは大陸に建てられている城に連なる建物に突っ込んだ。威力を殺すことも無く衝突したが為に、建物は完全に砕け散り、余りの威力に浮遊する大陸自体が大きく傾いた。

 

城の中に居るクレア達は、突然の大きな傾きに身を寄り添い合って耐えたが、建物に突っ込んだリュウマはそれどころではなかった。一撃で体内の内臓が破裂したのである。これ以上今のままの体では戦闘の続行は無理だと判断したリュウマは、直ぐさま自己修復魔法陣を掛ける。体はあっという間に修復されるも、速度は以前よりも遅い。何しろ魔力が多ければ多い程修復速度が速い特殊な魔法である。況してや今のリュウマはアストラデウスに魔力の大半を奪われてしまっている状態である。修復速度に支障が出ても致し方無いのだ。

 

 

 

「修復が遅い……アストラデウスに魔力の大半を奪われた所為だ。拙いぞ…念の為に模倣される可能性のある魔法を使用しなかったのが幸を為したか……。しかし…あの不死性は実に厄介『ぱりん』だな──────ぱりん?」

 

 

 

むくりと上半身だけを上げて傷が無い事を確認していたリュウマは、何処からともなく聞こえてきた音に疑問符を浮かべた。いや、語弊がある。何処からともなくではなく、主に座っているところから聞こえてきたのだ。

 

リュウマは最近の中で最も嫌な予感がした。実に、実に見たくは無かったが、気付いてしまった以上は見ないという選択肢は無い。はぁ…と一つ小さな溜め息を溢し、冷や汗を流しながら下に目を落とした。そこに映っていたのは──────

 

 

 

「うむ──────大規模型飛行魔法を構成する魔法陣が()()()な、うむ」

 

 

 

リュウマは何処か清々しい微笑みを浮かべながら、右手の人差し指と中指を立てて額に当てた。離れた相手とも会話が出来るテレパシーである。

 

 

 

「聞こえるか?クレア、バルガス、イングラム、シルヴィア」

 

 

 

『──────あ?何だ?』

 

『……どうした』

 

『……はい、聞こえています』

 

『お父さん大丈夫!?痛いところ有る!?』

 

 

 

「我は今のところは魔力を奪われたこと以外は健全だ。それよりもお前達──────何処かに確りと掴まれ」

 

 

 

『……どういうことだ?』

 

 

 

 

 

「この大陸を浮かべている魔法陣を誤って粉々に割ってしまったが故──────この大陸は今すぐに墜ちるぞ」

 

 

 

 

 

微かに笑いながら言うリュウマであるが、内容はマジで笑えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

突如告げられた内容に、クレア達はごくりと喉が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 







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