FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ 作:キャラメル太郎
彼の者に必要なのは…純粋なもの。
混ざり合った想いは不要なり。
公開処刑と言って差し支えない儀式のようなマリアによる問答が終わり次の日のことである。
ギルドの者達は入って邪魔をしないようにと、地下にある一室でエルザ以外の合格を言い渡された者達は、マリアの指導の元…何かの特訓をしていた。
これが無ければリュウマと戦おう等以ての外とまで言わしめたそれは、実に大変な訓練であった。
恋する乙女の気概は十二分であり、エルザが居ない事もあったが、リュウマともう一度会い、引き留める為ならばと努力を惜しまなかった。
訓練という名の練習は数時間にも及び、マリアからのここまでという言葉が降りるまでは只管練習である。
不合格を言い渡されてしまったエルザは、一年前のある時以来、決着を付けていたと思っていた想いが、実のところ決着しきれていないことを看破され、自分がリュウマのことを愛していると同時にもう一人好きな人が居たこと、他の者達は合格…つまりはリュウマに対する純粋な好意を示したというのに、自分は二人の人間に揺らいでいる。
多くの目がある大衆の面前で、なまじ生真面目であるエルザが見せた優柔不断さは悲観的に取られてはいないものの、何と声を掛けたら良いのか迷い倦ねていた。
ギルドにやって来てから、エルザ自身が表情に影を落としており、端から見て何を思っているのかは明らかであった。
引き戻すための戦いの相手は、嘗て世界の頂点に至った紛う事無き世界最強たる翼人の王…リュウマ・ルイン・アルマデュラである。
そんな者と一線を交えようとしているのに、記憶を取り戻したからといって直ぐに挑んでは、前回と前々回に合わせて同じ身の舞となってしまう。
それに今度敗北を喫すれば、彼の王は決別の為にと確実且つ完璧に記憶を消し去るだろう。
そうならぬ為には、今練習をしている乙女達の準備を終える必要もありながら、戦いに赴く者達の更なる強さの向上が必要となっている。
いくら戦争を勝ち抜いたといっても、リュウマを前にしてしまえば吹けば飛ぶ塵に同じ。
だからこそのレベルアップであり、戦う予定の者達は必至に鍛練を繰り返して実力を少しでも向上させようと励んでいた。
──────私は…二人に想いを寄せていたのか…。
鍛練に身を投じようにもやる気が起きず、かと言って不合格を言い渡されたエルザはオリヴィエ達の行っている練習に参加する資格すら持っていない。
テーブルについて好物のケーキを食べているエルザではあるが、何時も美味しく食べていた筈のケーキ…この時ばかりは特に美味しいとは思いもしなかった。
自覚していなかった恋心…誰もがしたことはあるであろう二人が気になってしまうという強欲。
持て余してしまったエルザからしてみれば、不器用なだけあって直ぐに割り切れるものではない。
給仕をしているエルザの母のアイリーンも、昨夜眠れそうに無く起きていたエルザを心配して声を掛けようとしたが、離れていた期間が邪魔をして声を掛けられなかった。
どうすれば良い、何をするのが正解なんだ。
想いを伝えれば良いのか?但しその場合…気になっている人のどちらを選べば良いのだ。
つい先日言われたばかりだ、覚悟を決めて想い人はどちらか一方にしろと突然に言われても、では此方でと決められるほど簡単なものではない。
どれだけ考えても分からないしか頭には出て来ず、溜め息を吐いて気分転換をする事にした。
「少し出て来る。何かあれば通信用ラクリマに連絡をしてくれ」
「おう。…行って来い」
「…うむ」
近くに居たギルドの男に言っておいたエルザは、気分的に開けた場所に行きたいと思い、ギルドの近く建てられている公共公園に行ってみることにした。
性格上行くことは滅多に無い公園であったが、歳ゆかぬ子供達を連れた母親と父親を見ていると、私も普通に生きていたらあのような光景があったのかも知れないと思った。
悲観的な思考が脳内を過ぎ去り、リュウマの手によって記憶を弄くられて本当の記憶を持っていないにしても、それでも良き母であろうとしてくれているアイリーンに失礼であると頭を振って雑念を消す。
暫くの間は公園で何をするでもなく、唯そこにいてぼうっとしているだけ。
何の生産性も無ければ達成感なんてものは皆無で、しかし何もしたくないが為に過ぎ去る時間。
今頃オリヴィエという強い女性やルーシィ達は、リュウマの実の母であるというマリアから、裏の攻略の要の練習をしているのだろうと、まるで他人事のように推測していた。
「うえぇぇぇぇぇん!風船とんでったぁ…!」
「もう…ちゃんと掴んで離さないようにって言ったでしょ?」
「はなしてないもん!風船がとんでいったんだもん!」
「はぁ…この子ったら。もう諦めなさい、あんな高い所に引っかかっちゃったのよ?」
「あの風船がいい!あの風船じゃないとやだぁ!」
「どうしましょう…」
何となく首を動かして周りを見渡した時、エルザの目に留まったのは、母親に買って貰ったのだろう風船から手を離してしまい、不幸中の幸いではあるが、大きく育った木に引っかかってしまった風船を指差して叫んでいる小さな女の子と、そんな女の子の我が儘に困った顔をしている母親の姿だった。
子供特有の子供らしい姿に、つい薄い笑みを浮かべたエルザは、座っていたベンチから軽くも無く重くも無い腰を上げて立ち上がった。
近くまで行ってみると、別に跳んで届かない高さでは無い。
膝を折って勢いを付けたエルザは、脚に力を籠めて一気に跳躍し、普通では行けないような高さのところまで行くと風船に括り付けられている紐を握り降り立った。
一連の事を見ていた少女は最初こそポカンとした表情をしていたが、エルザが手に取った風船を差し出してくるのを見てぱぁっと表情で喜びを表した。
「お姉ちゃんすごい!ありがとう!」
「ふふっ、うむ。今度は離さんように気をつけるんだぞ」
「うん!」
頭を縦に勢い良く振って元気に約束をした少女は、もう一度エルザに礼を言うと後ろを向いて走っていき、手に持つ風船が走って出来る風に乗って揺れる様を見て楽しんでいた。
子供は元気だなと、割かし同じチームにいるナツも大して変わらない奴であると思い返すと、あんなに小さな子供と同列の男となると笑いが出てしまう。
クスリと笑っているエルザの元に、少女の母親が急いで駆け寄ってきては頭を下げて礼を述べてきた。
少女を呼んできてもう一度お礼を言わせようとしていた母親を手で制し、お礼ならば既に貰ったからと言う必要がないことを示した。
それでも尚頭を下げて礼を述べる母親に苦笑いしながら、目の前の母親も誰かと恋をして寄り添い合い、
「あの…どうかしましたか?」
「…っ!何か表情に出ていただろうか?」
「いえ、私の思い違いでなければ…とても暗くて悲しそうな表情をしていたように見えたので…」
「そうか…気を悪くさせたならばすまない」
「あ、いいえ!そういう意味ではなくて…!」
慌てて手を振りながら否定した母親は、前に居るエルザが表情を戻しても雰囲気から分かる悲しげなものを感じ取っていた。
伊達に母親をやってはおらず、子供が言わんとしていることを何となく察してあげられるもののように、エルザが悲しみながら悩んでいることに気が付いた。
「……恋の…悩み?」
「ぶふッ!?」
「まぁ!やっぱりそうなのね!」
「い、いや。私は別に…!」
「あの子の風船を取って貰ったお礼…というわけではないけれど、話を聞かせてもらえないかしら。ここに一人で居るってことは悩んでいたのでしょ?」
「それは……」
「深いところまでは聞かないわ。ただ少しだけお話をしてくれればいいのっ」
「……では…」
出稼ぎに出る
ぶっちゃけ言ってしまえば、母親は恋バナに飢えていた。
余り乗り気になっていないエルザに笑みを浮かべながら、母親は直ぐ近くにあるベンチに座って雑談しようと提案した。
了承して大きな木の木陰に造られていたベンチに腰を下ろし、さて何をどう言おうかと葛藤した。
人が良さそうだとしても、今抱えている想いをいきなり全てぶちまけるのは違う気がする。
しかし、言えないからとその部分を端折っても内容がてんてこ舞いになるだろう。
「じゃあ…先に私のお話を聞いて下さらない?」
「え?」
「言いだし辛いのは分かるから、先ずは言い出しっぺの私から!」
うんうんと悩んでいるエルザに助け船を出したのは、他でも聴きに回る筈であった母親である。
考え倦ねているということは、何か深い事情があるのか、若しくは言えない部分が多いのかと思った次第。
ならば言いやすいようにと、先ずは前菜として己の身の上話をしていこうと提案した。
戸惑いながらも、内心助かっていたエルザはその事を了承し、恋愛の話は先ず母親からということになった。
「私の夫はね、自分で言うのも何だけど…スッゴいモテモテだったの」
「はぁ…」
「そんなモテモテの夫とは10年くらい前に出会ったの。最初は女の子に囲まれるような人だから人を惹きつけるような人なんだろうなぁって、その光景を遠くで眺めてたのが私」
「……。」
「その時は全く好きでもなかったのよ?時々話し掛けられたり、会ったら挨拶するぐらいの関係。それだけでも周りの女の子達は羨んだみたい。でも…私は特に何も思わなかった」
「…何故?」
「だって……私には好きな人が居たんだもの」
「…っ!?」
今の旦那とは違う人が好きであった…では何故今の旦那とは結婚して子ももうけているのか、何時の間にかエルザは、隣に座る母親の恋愛経験の話に釘付けであった。
変な緊張は取り除くことが出来たようだと、母親は微笑みを浮かべながら、続きが気になると顔に書いてあるエルザのため、苦くも幸せな青春の話を聞かせた。
「好きな人は私の幼馴染み。昔から一緒に居たんだけど、引っ越しとかの理由で隣町に行っちゃった人」
「そ、それから後はどうなったんだ…?」
「会いに行きたいけど、私もやってる仕事が忙しくて中々会いに行けなかったの。あの人は今何してるのかな…あの人はちゃんとご飯食べてるのかな…そんなことばかり考えてた」
「…………。」
「片想いの幼馴染みに会えないからこそ、会えた時に何の話をしようか、何をしようか、デートに誘うのもいいなって思いながら日々を過ごして…今の旦那との交流が増えていったの」
「…っ!」
会いたい人が居るのに…会えない。
エルザの意中の相手の片割れは、世間一般的に言うと凶悪犯罪者であり、もう一人は大昔に世界の四分の一を手中に収めていた王様。
犯罪者故に一カ所への止まりは厳禁とし、目的を果たした王は人との繋がりを絶とうとしている。
規模が違くとも同じ様な状況に、エルザは知らず知らずの内に生唾を呑み込んだ。
「今思えばアプローチだったのよね。暇な日はあるか、荷物が重そうだから持とう、仕事は何をしているのか…会ったら挨拶だけでなく世間話をするようになっていった」
「……。」
「私は軽い女なのかも知れないわ。好きな人がいるのに、話し掛けて笑い合っている、その当時の旦那との時間がとっても心地良かった。好きとまではいかないけれど気になる存在にはなっていたの」
「それは…」
「うん。私の幼馴染みへの恋は少しずつ薄れていって、旦那への気持ちが大きくなっていった。でも、幼馴染みへの想いは消えず…旦那への想いは大きくなる。何時しか幼馴染みと旦那への想いは同じくらいになってた」
「二人が…同じくらいに…?」
「はっきり言ってしまえば…二人に同時に恋をしてしまったの」
「───────ッ!!」
過程が別種で規模が異なり形が違えど…結果は同じである二人への恋心。
他の人にも同じ境遇だった者も居るのだと、よく分からない仲間意識を持つが、相手は確と相手を定めた。
悩んで答えを出せず、何時までも引き摺っている己とは違うと、目の前に居る母親がとても大きい存在に見えた。
「二人への恋は成就しない。だから選ばなきゃいけないのに……私は旦那と幼馴染みから告白されたの」
「告白…!」
「私の片想いだと思ってたらそうじゃなかったみたいなの。幼馴染みも私が好きだったようで…旦那と知り合う前だったならば直ぐに返事を返せたでしょうね」
「だが、その時は二人を…」
「えぇ。だから悩んでしまったわ。好きな人二人から告白されてしまったんだもの。私は仕事に手が付けられなくなって…上司に怒られながら悩んだわ。悩んで…悩んで悩んで悩んで…答えを出そうと必至になって…どちらかを選んだ時の、選べなかった人の悲しそうな表情を見たくないと思いながら、ひたすら出さなくてはならない答えを求めた」
「…………。」
「悩み抜いた末が……今の私なの。ふふっ」
「……あなたは…強い」
つまり、片想いをしていた幼馴染みのことは諦め、今の旦那との先を選び取った。
悩みに悩もうと、どれだけ悲しませたくない選択をしようと、結局はどちらかを選ばなくてはならない。
今まさに選ぶ苦しさを味わっているエルザからしてみれば、決着の付け方が分からないの一言だった。
だからこそこの母親は強い。
悩みこそすれど、確と自分の意思で…想いで…心の中で鬩ぎ合う二人への恋に決着をつけたのだから。
「私は…その時のあなたと同じ状況にいる」
「あら…じゃああなたも好きな方が二人…?」
「…うん」
両手を合わせて少し驚いたように目を見開いている母親は、だからあんなに悲しそうな表情をしていたのだと、ならば納得せざるを得ない話だったと思う。
しかし、それを聞いてあげられるのは同じ道を歩んだ自分だろうと、娘の風船の件や恋バナに飢えていたことを抜きにして、今はこの内なる心を鎧で閉じ込め隠そうとしている女の子の話を聞きたいと思った。
膝の上で手を握り締めているエルザの手の上に、母親は優しく手を置いて落ち着かせるように摩り撫でた。
幾分か余裕が出来たエルザは、折角身の上話までしてもらったのだからと、語らせたのに語らないのは対等では無いと意を決した。
「私の場合は…二人は小さい頃にすごく世話になった奴らなのだ。臆病で…人を導く事が出来る二人とは違って笑みを浮かべるしか取り柄の無かった私を救ってくれたのも…またその二人だ」
「…とっても良い人達なのね」
「あぁ。だからこそ…私は二人を好きになってしまったんだろうな…。一人は都合上滅多に会うことが出来ない。もう一人はとある事情によって会えない。どちらにも会えない状況で…私はこの想いを持て余している。実に滑稽だ…本来の私ならば臆せず道を開いて進めるというのに…私は……失うのが恐い」
「一人を選べば、もう一人は諦めなくてはならない…辛い選択よね…」
「情け無い限りだ。実に私らしくない。今までの他の恋愛というものをしてこなかった私だからこそ…こうして悩んでいる…私はどうすればいいのか……分からない」
「……じゃあ…経験者である私から一つ!アドバイスねっ」
「アドバイス…?」
「ママぁ───────っ!」
「はいはい」
一通り遊んできて満足したのか、走り回っていた少女は母親の腰に勢い良く抱き付いた。
後ろからの衝撃に蹌踉めきながら、母親は少女を抱き上げてエルザへアドバイスを残した。
「想い人のお二人さんと、将来を思い浮かべるの。それで自分が幸せだと思える方にするのよ?簡単で単純なように思えるけれど…それが一番大切なの」
「ママぁ…おなかへった!」
「はいはい。じゃあお話を聞かせてくれてありがとう!頑張ってねエルザさん」
「…っ!私のことを…?」
「エルザさんはマグノリアで有名よ?じゃっ、またね?」
「…話を聞いてくれてありがとう。とても参考になった」
「ふふっ、いえいえ」
少女を下ろした母親は、仲良く手を繋ぎながら公園を去って行った。
エルザはそんな親子二人の後ろ姿を眺めながら、もう一度ありがとうと呟くとその場を後にした。
「あぁ、ここに居たのか」
「あら、ごめんなさい。探させちゃったかしら」
「いや、オレは問題ない。…何かいいことでもあったのか」
「ふふっ…ちょっとしたお悩み相談をしていたの」
「ママぁ……」
「はいはい、帰ってご飯にしましょうね」
「ふむ…まぁいいか。では帰ろう」
「ごっはん!ごっはん!♪」
「態々すまないな…
「いや、呼び出されるだろうことは分かっていた」
マグノリアから少々離れたところでは、呼び出したと思われるエルザと、呼び出されたのであろうジェラールが対面するように立っていた。
話の内容が内容なだけあって、話を聞かれないようにという配慮でギルドからある程度離れた所に居るのだ。
「話の内容は…お前のことだ。もう分かっているだろう?」
「あぁ。それを踏まえて言わせて欲しい。オレはお前が幸せになってくれればいいんだ」
「……。」
ジェラールはエルザが言わんとすることが分かっていた。
これでも一年前の
「オレは犯罪者だ。己の贖罪の為に戦うと決めた。光ある者と好き合ってはならない。オレが
「…うん」
己が住んでいるのは闇の世界。
操られていたとはいえ嘗ての友…仲間を殺し、その妹を絶望の淵へ堕とした。
小さい時に同じ穴の狢である仲間達に嘘偽りをつきながら、自分達を捕らえていた犯罪者と同じ事をしていた。
最早償いきれない程の過ちを起こしてしまい、今はその罪を償うべく闇ギルドを一掃している。
闇ギルド限定として壊滅させる非公認のギルド。
ジェラールはそのギルドのマスターとして、光の者達の為に闇に生きていくことを決めているのだ。
「以前…アイツはエルザを任せられるのはオレだと…罪を犯したがそれらを許される日がこないことはないと…オレ達の行動は正しいと言った。況してやエルザを幸せに出来るのはオレなんて…そんなことを言っていた」
「…………。」
「エルザ。お前の気持ちを教えてくれ。お前自身が選んだ…その道を」
「私は……──────」
偶然居合わせた小さな少女の母親にヒントを貰って、自分なりの答えというものを得た。
小さい頃から奴隷として生きてきて、愛のあの字すら知らずに死んでいくのだと思っていた。
しかし…自分は二人に出会い恋をした。
一人には許されない恋を…。
一人には悲哀溢れる恋を…。
だがそれもここまで…
「私は─────リュウマを愛している」
夕日を背にしてそう告げたエルザは…とても凛々しく美しい…緋色の華であった。
「……そうか。正しい判断だ」
そんなエルザを見るジェラールの瞳は…とても優しいものであった。
エルザが心に決めたのは…ジェラールと共に奴隷として働かされていた監獄塔を生き抜いたリュウマ。
確かに二人には返せないほどの恩がある。
ただ…公園で出会った母親の言葉に則り、寄り添い合う未来を夢見てみた時…エルザはリュウマと共に在る時に確かな幸せの感情を抱いた。
ジェラールとの未来も夢見てみたものの、確かに幸せもあるだろうが…それは本当の愛では無い。
彼女はそれが……友愛であることに気が付いた。
だから……だから……その想いもここまで。
「ありがとう、ジェラール。お前の事は…本当に好きだった」
「あぁ。オレも…お前が好きだった」
二人は向き合いながら…笑顔でその感情と別れた。
「だからこそ……お前とは寄り添いあえない」
「だからこそ……お前は幸せになってほしい」
頬を撫でる優しいそよ風が吹き抜ける。
両者の眼に涙など無く、だがそれ以上に笑顔がそこにはあった。
「今帰った」
「おう!どこまで行ってたん…だ……?」
「お早い帰りだな!エル…ザ……?」
「ん?なんだお前達。そんな私の顔をジロジロと」
「んあ…?いや…」
ギルドの扉が開いて目を向ければ、つい1時間やそこら前に出て行ったエルザが帰ってきていた。
意外にも早い帰路だと思いながら声を掛けると…エルザの纏う雰囲気が変わっていることに気が付いた。
容姿の何かが変わった訳ではない。
髪型を変えたわけでも、化粧をしてみたわけでもない。
だが一つ言えるのは──────
「マリア殿は下か?」
「え、お…おう!練習とやらをしてるぜ…?」
「そうか。分かった」
「あれ、エルザも行くのか?」
「あぁ。私もその練習に参加するためにな」
「いや、こう言っちゃなんだけどよ…お前不合格を…」
「問題ない──────決着はつけた」
─────彼女はとても…美しくなっていた。
吹っ切れたエルザは纏う雰囲気が変わり、元から美しかった容姿に合わさり、仲間内でもつい唾を飲み込んでしまうほどの美しさを感じさせた。
「エルザ。教えてもらわなくても分かるわ。…決めたのね」
「うむ。……心配してくれてありがとう。お母さん」
「────っ!…っ……いいえ、いいえっ。エルザが元気になって良かったわっ」
心配していたアイリーンのことを吃らずに言えたのは今回が初めてだ。
一段と綺麗になっていながら向けられた笑みは、愛する娘に元気が無いからと落ち込んでいたアイリーンの憑きものを払った。
女の…母の勘で想い人を決めたのだと分かったアイリーンは、下へ続く階段を降りていくエルザの後ろ姿を、涙を浮かべる瞳で見送った。
「はぁ…ッ…はぁ…ッ…!」
「うぅ…喉が……」
「つ、疲れた……」
「酒…酒飲みたい……!」
「なるほど…やはり私の考えは間違っていなかったか」
『ほらほら!休んでいる時間は無いわよ?…あら?』
合格を言い渡された少女達は、肩で息をしながら疲れ果てたように休憩をしていた。
幽霊体であるマリアはそんな疲労を感じる筈も無く、時間が残されていないと言って続きを促す。
昨日今日に続いて練習とやらをしてばかりいるのに、既に体力は限界を迎えている。
それもまあ仕方ないかと思いながら、30分位の休憩を挟むかと考えていたマリアの耳に、練習中は誰も入ってきてはダメだと言っておいたにも拘わらず、この部屋に入るための扉が開く音が聞こえた。
覗くのもダメだと事前に言っておいたのに誰だと思いつつ、そちらに目を向ければ立っていたのは一人の女。
意外な来客であるエルザを目に捉えたマリアは、雰囲気からして何かがあったのだと悟る。
中に入ってきた人が居ることに気が付いた休憩中の少女達も、来るとは思っていなかったエルザの来訪に目を見開いた。
『あら。エルザちゃんね?どうかしたのかしら』
「マリア殿。私も練習に加えてくれ」
『へぇ…?私はあなたに不合格を言い渡したのよ?残念だけれど、あなたに参加資格は無いの』
「それは想い人が二人居た場合の筈。私は覚悟を…愛する覚悟を決めたんだ。頼む…もう一度のチャンスを欲しい」
『……いいわ。最後のチャンスをあげる。ただし、次でも不合格ならばもう終わりよ?』
「……感謝する」
次で駄目ならばやるだけ無駄だということを暗に示し、マリアはエルザの前に降り立った。
他の八人がエルザに視線を送っていることを肌で感じ取りつつも、顔は微笑んでいても眼は真剣そのものであるマリアの瞳に緊張を走らせながら、エルザは己を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。
不安はある。
自分では決別したつもりでも、心の中ではまだ想いきっていないかも知れないという考えが過ぎていく。
しかし、エルザはそんな考えなど知ったことかと追い払う。
愛するのは一人だけと決めた、寄り添うのは他に居ないと確信した。
故にエルザは誓うように宣言するのだ。
「私は……私はリュウマを愛している。地獄とも思えた苦難から救ってくれたリュウマを、私をここまで導いてくれたリュウマを、何時も私の背中を押してくれるリュウマを…!!私は…深く愛している」
「エルザ……」
「エルザさん…!」
「……ふん」
二人の男を愛してしまったがばかりに不合格を言い渡されてしまったエルザのことが、練習中も頭から抜けきらないでいたルーシィやウェンディ達は、最後まで言い切ったエルザの姿に感動を憶えた。
しかしそれではまだ終わることは出来ない。
最後の問題であるマリアの判定があるのだから。
ジッとエルザの瞳を覗き込むように見ているマリアと、緊張で一条の汗粒を流しながら判定を待っているエルザ。
その緊張感は部屋の中に居る者達にも届き、固唾を呑みながら見届けている。
そしてとうとう…マリアが口を開いた。
『うんっ────────合格よ♡』
マリアの答えは……合格。
エルザは見事…リュウマのみを愛することが出来、不器用故に大変だった二人への恋に終止符を打ったのだ。
「やったねエルザ!」
「エルザさん!一緒に頑張りましょうねっ」
「一時はどうなるかと思ったぞエルザ」
「いやぁ、こりゃ酒飲みたくなるねぇ!」
「エルザ様。とても立派で美しい程の宣言でした!」
「やっぱり“愛”だねっ」
「エルザも参戦かぁ…でも私も負けないぞー!」
「ふん。また要らぬ女が増えたか」
オリヴィエ以外の少女達がエルザを取り囲み、口々に良かったと言葉を送ってくれる。
自分でもどうなるかと思っただけあって苦笑いになってしまうが、それ以上にリュウマを純粋に好きになれたということが嬉しかった。
『30分の休憩を設けようと思ったのだけれど、エルザちゃんに練習メニューを教えなくちゃいけないから再開するわね♪』
「はい!」
「お前達は疲れているんだろう?私のためにすまない」
「違うよエルザ!あたし達はエルザと一緒にやりたいの。だから…ね?」
「フッ…謝るのは間違いだな。ありがとう。これからよろしく頼む」
「「「うん!/はい!/任せろ!」」」
斯くして、リュウマに対抗するための練習に、エルザも加わることとなった。
女子特有の賑わいを見せる恋する乙女達を、オリヴィエは少し離れたところから見ていた。
これで中々に難関な伏線を回収できました…。
※すみません。
最初に読んだ方がこれを読んだならば分かると思います。
最後の長大な余白につきましては、何かのバグなのか発生してしまい、感想に於いて言われてから気が付きました。
対処が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
直っていると嬉しいです。
何分初めてのバグなので戸惑いが大きいです笑