双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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第四十二話 ほんとうは得意じゃない

「切嗣さん、どうしてシロに魔術…教えてあげないの?」

 

 

シロは遊び疲れて、ぼくの肩に寄りかかりながらスヤスヤ眠ってる。とある日に今なら答えてくれるかなと、隣の切嗣さんに聞いてみた。切嗣さんは、気まずそうな視線をぼくに向けてくる。

 

 

 

「魔術を教えること位なら、まだ出来るだろうに。半身、傭兵はわざと息子に魔術を教えたくないのさ。」

 

「君は君で、余計なことを言わないでくれるかな?キャスター。」

 

 

切嗣さんを向かいに挟んで、キャスターが口元を吊り上げて訳知り顔。キャスターは何でも知ってるから、切嗣さんがどうしてシロに魔術を教えたくないのか分かってるんだ。

 

 

 

「リヒト、僕は意地悪で士郎に魔術を教えない訳じゃないんだよ。」

 

「……シロを、切嗣さんみたいにさせたくないから?」

 

 

一瞬、切嗣さんは弾かれたような表情をした後に複雑そうな面持ちで軒下から空を見上げた。丁度その日は、よく晴れた日だったと憶えてる。

 

 

 

「貴殿の義理息子は魔術と縁遠い育ちの割に、魔術回路とやらは幾分か多いようだ。あとは、育て方次第だと思うがな?」

 

 

キャスターはそう言って、切嗣さんが灰皿の傍らに置いていた煙草の箱からヒョイと一本くすねるなり姿を消す。シロが寝てる手前、切嗣さんもキャスターを大きな声で叱る訳にもいかないので渋々煙草の一本は諦めた様子だ。

 

 

 

「あーあ…キャスターが、ごめんなさい。」

 

「煙草の一本位なら、洒落にならない悪さをされるよりはマシだよ。君が謝ることじゃない。」

 

 

本当は、ぼくがもっとキャスターを厳しく躾けないといけないのかもしれないけど。あれはある程度、自由にさせておいた方が却って大きな悪さはしない。

 

 

 

「魔術師なんて、ロクな奴がなるもんじゃない。僕は士郎に、人らしい生き方をして欲しいな。出来れば、君にも…ね。」

 

 

元魔術師にそぐわぬ、なんとも一人の平凡な父親らしい理由だった。それは、遠い場所に残して来ざる得なかった誰かに対する心残りもあったからなのか。切嗣さんがいない今となっては、ぼくにも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

らしくないことを、している。初めてのお出かけにご機嫌なミレイと、少しだけ戸惑い気味ながら楽しそうなイリヤ姉さんを見ていると余計にそう感じた。

 

 

そもそも、小さな子供はあまり得意じゃないんだ。義務的に、小さな子供の相手をする機会が単に多かったってだけで。

 

 

 

小さな子はあまり目を離せないし、何かあれば僕の責任にもなり得るから本当に気が抜けない。キレイの前ではいい子でいなきゃと、そういう強迫観念から自発的にそうしてただけだ。

 

 

ぼくは中途半端に事情を知っているから、こんならしくもないことをしている。イリヤ姉さんに対する、同情半分。家族でお出かけするという普通のことを、もう一人の我が子にとうとうしてやることの出来なかった切嗣さんの代わりが半分。

 

 

 

これは、ぼくが切嗣さんにせめて出来る最後の恩返しでもある。今だから言おう、切嗣さんの元は居心地がよかった。キレイ、父さんの前みたいに自分を取り繕わなくていいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ…本当はあんまり、面倒見がいい方じゃないのよ。」

 

 

連れて来られた初めての動物園に、すっかりテンションが上がっているイリヤとミレイに翻弄されながらもきっちりと保護者をしているリヒトを見て、遠坂が言った。

 

 

 

「え?そうか?」

 

「私にも、そうは見えませんが。」

 

 

セイバーと俺はそう、口を揃えた。今までのリヒトを見ていれば、すっかり面倒見のいい性格が板についている。

 

 

 

「あいつのあれ、全部“フリ”。自分を取り繕うのがやたら病的に上手いのよ。本当はあいつ、内向的な性格で自分のことについてはどこまでも自堕落なんだから。」

 

 

同居人が言うのだ、間違い無いだろう。リヒトが内向的と聞いて、あれで?とにわかには信じ難い。自堕落なのは、まぁ分かってはいたけど。

 

 

 

「あいつと初対面のとき、私から声をかけるまでリヒトったら綺礼の背中に隠れっぱなしでね。それと教会って、休日は小さい子もよく来るからあいつの面倒見の良さは、飽くまで義務的に身に付いたものよ。」

 

「それでも…自然的に、そつなくこなせるのはすごいと思うけどな。」

 

「この二週間近く、一人で背負わなくていいものまであいつが背負い込んでる気がしてならないの。あいつが、何に対してそんなに責任感じてるのかは私もわからないけど。」

 

 

何処か心配げに、遠坂はリヒトを見やる。遠坂の話を聞いて、何処かの誰かさんが似たようなことを言っていたような?

 

 

 

『自分が頑張れば全部、丸く収まると思ってたんだ。実際、生前のキャスターは絵に描いたような聖人君子であり、有能な宰相として一国の王だったお兄さんの良き右腕でもあった。全部、フリだったんだけどさ。』

 

 

生まれと育ちは違えど、リヒトとキャスターは根っこは同じなのかもしれない。元が同じだからと思えば、自然と納得がいった。

 

 

 

「あいつ、或る時からあんまりわがままも言わなくなったから。すっかり自分を取り繕うことがクセになったのも、それ以来かも。」

 

「或る時って…?」

 

「綺礼が、リヒトに手をあげたのを初めて見た時以来。」

 

 

聞けば、リヒトも多少子供らしいわがままを言うことはあれど、殆ど手のかからない子供だったらしい。しかしある時、あの神父に初めて強い反抗を示したことがあったとか。

 

 

 

「珍しく、綺礼も感情を露わにしてリヒトに手をあげたのよ。」

 

「…一体、何があったんですか?」

 

「小さな子供には、どうしようも出来ないようなことかしら。それがリヒトにとって、初めて実感した不条理かもね。」

 

 

遠坂もそれ以上は詳しく語らなかったが、不条理な何かを経てリヒトは変わってしまったらしい。

 

 

 

「リヒトの奴、親父には案外子供らしいわがままも言ってたしそうは見えなかったけどな。」

 

「士郎のお父さんの前では、自分を取り繕う必要が無かったんでしょう?あいつ、綺礼の前ではそういうところが不器用だったっていうか…にしても、あの二人何処にいるのよ!?」

 

 

そういえば、動物園の敷地内に入ったはいいがキャスターとアーチャーの姿が見当たらない。二人とも目立つから、すぐ見つけられると思っていたんだが。遠坂はぷりぷり怒りながら案内板を見、今はいない二人に対して文句を言っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れて来られた先は、冬木市内のとある動物園だった。

 

 

せめて入り口で待とうとしたオレを置いて、先輩は慣れた様子で券売機にて大人二枚の切符を買う始末。男二人で動物園に入るのは、いささか抵抗がある。慌てて、オレも先輩の後を追いかけた。

 

 

 

「君も昔、小さい頃など傭兵に連れられて何度か来たことがあるだろう?本官も、ここの花鳥園は幾分か気に入っている。」

 

 

ここの動物園は花鳥園が併設されている。案内板を見ることも無く、先輩は花鳥園までの道をどんどん一人で歩いて行ってしまうから追いかけるのに一苦労ではないかたわけめ。

 

 

 

そして、肩に頭に群がる花鳥園の鳥たちのお喋りに付き合わされている先輩に付き合わされて今に至る。

 

 

「……私は体のいい、止まり木ではないのだが?」

 

「貴殿位の体躯は実に、止まり心地がいいらしいぞ?こちらのご婦鳥は番いの浮気癖には苦労しているらしい。いやぁ、鳥も人間もまるで悩みは然程大差無いな。」

 

 

 

耳元でやかましい位な鳥たちのさえずりという名のお喋りを、先輩は一句一句聞き取りながらうんうん頷いている。

 

 

花鳥園にて別売りの餌を与えた訳でもないのに、自然と先輩の元へ鳥たちが我先にと集まりだしたから不思議なことこの上無い。

 

 

 

「よもや先輩、まさか本当に鳥たちの言葉の意味が分かるなどとは言うまいな…?」

 

「侮るな、アーチャー。本官の動物会話スキルはA+だぞ?我が起源が雌雄一体ずつの動物たちを一隻の船へ集めるのも、意思疎通が出来なかったら無理だっただろうに。いささか、これは少し賑やか過ぎるが。」

 

 

本当に理解しているらしい、先輩の口ぶりには反応に困ってしまう。こちらとしては通行人から注がれる奇異の視線に対して、そろそろ限界が近い。間も無く、凛たちが来るまでこの状態が続くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、お疲れ。」

 

「あ、ありがとう…シロ。」

 

 

動物園のフードコートにて、一通りイリヤとミレイに付き合わされ珍しく若干ぐったりしているリヒトに買ってきたコーヒーを差し入れる。

 

 

ひとまず二人の子守はアーチャーとキャスターに任せ、遠坂は好奇心旺盛なセイバーに付き合って近くのお土産売り場に行った。

 

 

 

「子供の体力って、無尽蔵なんじゃ無いかってレベルで有り余ってるよね…こっちも中々骨が折れるよ。」

 

「でもあの二人、楽しそうだし来て良かったな。」

 

 

リヒトはいつも通りオレに対してそうだねと柔らかく微笑み、渡したコーヒーを受け取る。

 

 

 

「なぁ、リヒト。」

 

「…ん?」

 

「あんまり、無理するなよ。」

 

「それ…お互い様じゃない?」

 

 

うっ、言葉に詰まる。俺はリヒトや遠坂みたく、器用な人間じゃない。人より多少、無理をしてやっと丁度いい位だと自分でも自覚はある。

 

 

 

「遠坂が、リヒトのこと…無理してるって。」

 

「らしくないことしてる、自覚はあるかなぁ。シロ、ぼくあんまり子供って得意じゃないんだ。」

 

 

どうにも矛盾してる。正直、リヒトがあの二人の面倒見てくれて俺も非常に助かってるし。そうは見えないんだがな?

 

 

 

「神父の息子って、結構プレッシャー強いんだよ?周りから色々とさ。父さんの前では、せめていい子でいなくちゃって強迫観念が昔はもっと強かった。」

 

「…今はどうなんだ?」

 

「昔よりは幾分か、肩の荷も降りたけどさ。切嗣さんに、せめて自分の前ではいい子を演じなくていいよって言ってもらえたのが大きいかもしれない。」

 

 

リヒトの口から、親父のことを聞けるなんて滅多に無いんじゃないか?

 

 

 

「その時の恩もあるから、今ぼくがこうやってしていることはあの人への最後の恩返しみたいなものさ。過去のぼくは、何をするにも小さかったし…せめて、いい子でいるしかなかったんだよ。多分、ぼくは当時の清算がしたいのかもね。」

 

 

リヒトもまた、俺があの地獄のような場所から一人だけ救け出されてしまったことに囚われているのと同じくして、何かをひどく気に病んでいるように感じた。

 

 

 

その何かは恐らく、当時のリヒトにはどうすることも出来なかった不条理な何かそのものだったんだと思う。

 

 

「小さい子は得意じゃないって割に…お前、傍から見てもイリヤとミレイに対して親身だし、そんな風に見えない。」

 

「ミレイのことはまぁ、キャスターから託されたって意味合いもあるし。イリヤ姉さんは、何というか……」

 

 

 

そこで一瞬、リヒトは言葉を噤む。リヒトはイリヤに対し、何らかの強い思い入れがあることはこの数日間で薄々分かっていた。

 

 

「昔、お世話になった人の娘さんなんだっけ?」

 

「シロ、憶えてたんだ。そうだよ、ぼくにとっては憶えちゃいない母親のイメージそのものみたいな優しい人だった。イリヤ姉さん、その人によく似てるから。」

 

 

 

リヒトには、本当の両親に関する記憶が無いという。

 

 

「……まったく、憶えてないのか?ほんとの親のこと。」

 

「物心ついた頃にはあそこにいたし、ぼくに親がいたのかも実は怪しいんだよ。もしかしたら、ホムンクルスみたく培養されて生まれた可能性もある。この通り、人らしいナリはしているけどね。」

 

 

 

リヒトは自分を、もしかしたら人ですらないやもしれないと語る。人だろうが、なかろうが、リヒトはリヒトだろうに。

 

 

「ねぇ、シロ。もしぼくがいい子をやめたら、共犯になってくれる?」

 

 

 

それは、唐突な問いかけだった。リヒトがいい子をやめたら?思うにリヒトは今、何かに対して相当な無理をしている。

 

 

恐らく、イリヤの母親は既にこの世の人ではないんだろう。俺が無理を言って連れてきたイリヤを、リヒトは嫌な顔せず迎え入れた。

 

 

 

その辺り、リヒトなりに母と慕った人の娘であるイリヤは思うところもあったに違いない。イリヤに万が一何かあれば、リヒトは必ずイリヤを守るだろう。リヒトはそういう奴だから。

 

 

「親父の前ですら悪戯一つ、ろくにしたこともない奴が何言ってんだよ。けど、おまえが誰かを全力で守るなら俺もその誰かを全力で守ってやる。」

 

 

 

我ながら、くッさい台詞を言ってしまった自覚はある。見る見る、勝手に頰が赤くなった。リヒトもぼさっと俺を見てばっかいないで、いつも通り軽口の一つでも言ってくれ…!

 

 

「やっぱり、シロは優しいなぁ。グラーツィエ」

 

 

 

ほんの一瞬の出来事であった。不意にリヒトの顔が近くなったかと思えば、耳元でお礼らしき一言。

 

 

「姉さんとセイバーのとこ行ってくる。シロも、顔の赤みが引いたら来てよ?」

 

 

 

あっという間に、リヒトは二人のいるお土産売り場へ。しばらく、顔の赤みが引いてくれなさそうな俺はほったらかしだ。

 




HFニ章見てきました。濃い2時間で息つく暇を忘れ、fgo 3章は虚淵シナリオに戦々恐々しながらプレイしたのが最近の近況です。

以下、切嗣とキャスターとの小ネタ










「……懲りない男だなぁ、貴殿は。」


そのサーヴァントは聖杯戦争が終わっても尚、何食わぬ顔をして度々僕の前に現れる。それは、出発間際の屋敷でのこと。



「貴殿の義理息子は実に出来過ぎて、感心すら覚える。いじらしく、君のいつになるとも分からない帰りを待ち続けるのだから。」

「……士郎には、ひどく寂しい思いをさせてる自覚はあるさ。あぁ、どちらにせよ僕は父親失格だ。」

「傍にいてやればよいものを。最早、二度と戻らぬ娘の元へそんな体を引きずり、向かったところで…何になるのやら。」


その、普段はわざととぼけた表情だが今は哀れみかそれとも嘲りの表情を浮かべているのか分からない。背後のキャスターに、振り返って目線をやる気は起きなかった。



「あの子も、貴殿が度々いなくなる理由は知っている。」

「……リヒトは察しが良過ぎる。それとも、君が余計なことを教えたのかい?」

「まさか!あの神父さえいなければ、あの子は君について行くとも言いかねない。アインツベルンの城は、あの子にとっても決して無関係という訳では…しかしなにぶん、あの子はまだ幼過ぎる。」


あの聖杯戦争が終わり、再度このキャスターが僕の前に現れて最初に告げたのは何故か言峰綺礼が生きていること。いっそ心臓ではなく、眉間を狙うべきだった。



「これは僕の問題だ。あの子を巻き込む気は無い。」

「遠くない未来、何れにせよあの子は貴殿の娘と会うことになる。」


その遠くない未来、恐らく既に僕はこの世にいないだろう。しかし、僕はあの子に自分の代わりを果たして欲しいと余りにも無責任なことを言うつもりは無い。

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