夢みる二人の小さな世界   作:雨森天子
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十月号?
最近あった生まれつき茶髪の少女の訴訟とは無関係です。
珍しく長い。


黒羽

生徒数の少ない学校ですから、わたしと美衣は違うクラスといえど、放課後までに一度は顔を合わせます。会わないときは、どちらかが遅刻してきているか欠席しているときくらいなもので。といっても、美衣は家のことがあると遅刻してきますし、わたしは未だに欠席癖が治りません。会えない日も少なくはないのでした。美衣に会えればきっと元気になるから、なんて思いながら重い腰を一生懸命引きずって学校に来たのに会えない日のガッカリとした気持ちは放課後まで引きずります。今日もそんな日でした。美衣は大抵遅刻してきますが、放課後も彼女は忙しく、必ずしも図書館に残ってくれるとは限りません。ああ、今日は会えないかななんて思いながらも、淡い期待を抱いて図書館に向かいました。

あの夕方の陽に照らされれば目立つはずの髪色が見当たりません。本格的にため息をつきそうになりましたが、いつもの席に黒髪の少女がうつ伏せに寝ているのを見つけました。髪色こそ違えど、その背中を覆う髪の量は美衣そっくりでした。

本人かもしれない。そんな考えが浮かんでは消え、近くによってみては離れ、ウロウロしておりました。今のままでは私が不審者のようだと思い直し、本を数冊手に取り、彼女の前に座りました。彼女の黒い髪は、雅先輩のように真っ直ぐとはいいがたく、ボサボサした具合で、ますます美衣を思い出すのでした。

美衣のことを考えて、うんうん唸っていると、わたしの肩に誰かの柔らかな手が触れました。その手は、肩より上で切り揃えられたわたしの髪の毛先をすっと撫でました。

「おはよう、沙織さん。」

「おはよう、結実さん。」

学校での挨拶は、放課後だろうと、おはようがしっくりきます。

わたしたちはいつでも図書室の同じ席に座りますが、目がよく見えない沙織さんはこうして髪の長さでわたしであるかを確認する癖があります。

沙織さんは三歩進み、わたしの向かいに座って寝ているはずの美衣の頭を撫でようとしました。

「あ、まって、沙織さん。その子……。」

「おはよう、美衣ちゃん。」

美衣じゃないよと止めようとした時にはもう遅く、沙織さんは美衣だと確信し、声をかけました。

「うーん、おはよう、沙織さん。」

なんとなく期待していたとはいえ、わたしはその声に椅子から落ちそうになりました。

「結実さん、何か言いかけた?」

「え、えっと……。」

わたしは、沙織さんの言葉をうまく飲み込むこともできず、思っていることをそのまま口にしました。

「美衣、どうしたの、その髪。」

色を認識できない沙織さんは、首を傾げ、美衣の髪をあちこち触りました。

「あら、美衣さん。前髪を切ったのね。」

そうその通りでした。美衣の髪の変化は色だけでなく、あんなに長く鬱陶しかった前髪もぱっつんに揃えられていたのでした。

美衣はわたしの反応に不満げな様子を隠すことなく、

「別にいいじゃん。結実ちゃんの好みでしょ。」

そういって、また伏せてしまいました。

美衣がこんな無愛想にするなんて考えられませんでした。近寄りがたい雰囲気があるのは否定できないけれど、話し始めてみたら誰よりも自然に笑って受け入れるのが常でした。

「わたしの好みって、なんのこと。」

わからないことがあると、人間怒りっぽくなってしまうのでしょうか。平静を努め、優しい声音を出したつもりですが、少し声に怒りが入りそうになりました。

「結実ちゃんが本当に好きなのって、真っ直ぐな黒髪でしょ。だから、いいじゃん。」

関わらないでくれとでも言いたげな声音に、カチンときてしまいました。

「よくないよ。わたし、美衣の髪色に惹かれて話すようになったんだって話、何回もしたじゃん。」

「じゃあ、結実ちゃんは私の髪にしか興味ないんだ。」

「そんなこといってないじゃない。」

強い口調になってしまいました。昔、生意気な口をきいて母に怒られたのを、なぜかふっと思い出しました。

「まあまあ、お互いそんな喧嘩腰になるほどのことじゃないわ。ゆっくりお話して見たら?」

沙織さんはなぜか愉快そうに少し笑いながら、間に入ってくれました。

「……結実ちゃんは雅先輩のこと好きでしょ。」

す、好きっていうか憧れているというか。

「確かに雅先輩の髪は綺麗だし、好きだよ。」

少し頬に熱が集まるのを感じながら、そう返しました。

「ほら、やっぱり。」

美衣はそれだけいうと、頰を膨らませ、机にべたりと倒れこみました。

「なによー。」

美衣がわざわざ染めるなんて面倒なこと、嫉妬くらいじゃしないでしょ。そう聞こうとした時、バタバタと図書館に入ってくる山口先生の姿が見えまし

「待たせたな、森川。」

美衣は、担任の山口先生の言葉を聞いて、ゆっくり立ち上がりました。わたしがよくわからないままそれを眺めていると、

「すまんな、相川。今から森川と面談なんだ。」

山口先生はそれだけいって、美衣と図書館併設の個別自習室の方へと歩いて行きました。

「……生活指導かしら。」

足音が聞こえなくなったあたりで、沙織さんがぽつりと呟きました。

 

 

 

部活動という名の学校貢献として図書館の本の整理を手伝い、お掃除し、花奈ちゃんに迎えにきてもらった沙織さんさよならし、神出鬼没な雅先輩が今日はいないことを確認し。一緒に帰る約束をしたわけでもないのに、なんとなく美衣を置いて帰れず、そんなことで時間を潰しながら、美衣が出てくるのを待っていました。図書室の入り口からは自習室よく見えないので、なんども図書室から出て、廊下を歩き、美衣がいそうな部屋を探したのでした。待ってる間に気付かれずに帰られたらどうしようか心配になっていましたが、いいタイミングで、いかにもわたしが帰ろうとしているようにみえるところに彼女が通りかかりました。

「怒られた?」

「ぜーんぜん。むしろ、何か辛いことでもあるのかって聞かれちゃった。いつもの遅刻指導でも怒られたことないけど、校則違反でもこうだとちょっとびっくりするというか。」

「拍子抜けって感じ?」

「そう、それ。そんな感じ。」

よかった、いつものように話せている、そう感じました。でも、わたしはこの時おそらく焦っていました。美衣と本当に分かり合うには、それだけじゃきっと足りない、と。

「染め直しても髪痛むだろうし、無理に戻さなくていいからって言われちゃったよー。校則違反には違いないから、次からはしないようにってさ。」

二人で自転車置場に向かいながら、美衣の目を見ないように、突っ込んだ発言をしました。

「実際どうなの?グレたくなるようなことがあった?」

美衣は何も文句は言いませんでしたが、明らかに一拍おきました。

「全然。結実ちゃんの好みが黒髪だからだよ。」

「うそだー。」

「うそじゃないよー。」

美衣が肝心なことは言わないこと、わかってるんだから。

「ねえ、今日美衣の家に行ってもいい?」

「え、もう5時だよ?結実ちゃん、早く帰って寝たほうがいいんじゃないの?」

「大丈夫。」

「大丈夫じゃないでしょー。今日まだ月曜日だよ。調子悪くなったら困るから、早く帰ろ、ね?」

美衣の言うことは正しいのは、よくわかりました。ちゃんと寝ないと次の日に響きますし、わたしは寝つきがとても悪いのでした。

わたしは黙ってうつむきました。美衣が心配になってわたしの顔を覗こうとしたその時に、悲しみを湛えた目でちらりと見ます。美衣は、ウッと唸り、目をそらしました。キョロキョロと空に目を泳がせ、ため息をつきました。

「はあ……。わかったよ、夕ご飯を一緒に食べよう。」

美衣は、甘えられるのに弱い。わたしがニコッとしたのを見て、美衣は苦々しい顔をしました。

 

 

 

歩いて美衣の家へと向かう途中、美衣は悩んでいたことを白状してくれました。おばあさまが母親譲りの髪を持つ美衣や恭平くん、珠希ちゃんに辛く当たることが、一番大きかったようです。

「つい、むしゃくしゃしちゃって。」

美衣はそういって、照れたように笑いました。

「それだけならもう慣れっこだしよかったんだけどね。やっぱり、考えちゃうんだよ。」

美衣は、ゾフィーさんがどうして美衣たちの世話をしてくれるのかがわからなくて不安のようでした。

「どうしてそんなことが不安になるの?」

「ゾフィーはね、美衣の髪を撫でて、時々悲しそうな顔をするんだよ。何か悩んでいるのかもしれない。」

「美衣のお母さんを思い出しているんじゃないの?」

「そうかもしれない。ブロンドのゾフィーもおばあさまにいじめられるでしょう?だから同情しているのかもしれない。でも、ゾフィーがいじめられているならなおさら、日本に残らなくてもいいんだよね。」

美衣は、先の言葉は言いにくいようで、難しい顔をして一分ほど黙りこくってしまいました。

「ママもいないし、わたしを見たら悲しい思いをするのに日本に残る理由って、もうパパくらいしか思いつかないよ。」

「不倫を疑ってるってこと?」

「うーん、そうだったらなんか嫌だなぁってだけ。ゾフィーがママになるのは嫌じゃないと思うんだけど……。なんだろうね。」

もうほぼ日が暮れ、西の空だけがかすかにオレンジに染まっていました。オレンジの中、カラスが二羽、わたしたちが向かう山と同じ山へと飛んで帰っていました。

「黒いカラスが羨ましかったんだよね。黒かったら、美衣の家は誰も辛くなかったかもしれないと思って。そんなにうまくいかないってすぐにわかったけれど。」

最後の言葉は、おばあさまのことなのだろう。美衣の声は始終いつものからっとした声で、それがかえってわたしには辛さを感じさせました。

 

 

 

帰ってきて、美衣は大慌てで夕ご飯を作ろうとしました。が、すでにゾフィーさんが、チーズフォンデュを作って待っていました。

「よかった、美衣お嬢様……。お帰りになられたんですね……。」

ゾフィーさんは、美衣を抱きしめました。クールに見える美人が涙ぐむ様子は、わたしの胸にも突き刺さりました。

「昨日、髪を黒く染めて、今日も昼頃に飛び出して行かれたので、心配で……。夕方になってもなかなか帰っていらっしゃらないし……。」

ゾフィーさんは美衣の頭を撫で、そう続けました。

「さあ、お夕飯にしましょう。美衣さんの好きな、チーズフォンデュですよ。結実さんも、お腹いっぱい食べていってください。」

おばあさまと海外に行ったきりの美衣のお父さん以外の屋敷のみんなが食堂に集まりました。あまり大人数で食卓を囲んで食べる機会がないわたしには、それはとっても新鮮で楽しい時間でした。

おばあさまの夕食は、私がお部屋に届けました。以前会った時よりご機嫌ななめな様子で、美衣が家を飛び出した理由も察しがつきました。

ついでに、おばあさまのお話をこくこくと聞き、満足されたところで、わたしは食堂奥のキッチンへと戻りました。

美衣とゾフィーさんが黙って食後の片付けをしていました。わたしが戻って来たことに気づいた美衣がかけよってきて、わたしの腕を掴んで、ここにいて、と囁きました。

「あ、あのね、ゾフィー。」

美衣の声は、掠れていました。

「心配かけてごめんね。」

「気にすることありませんよ。」

美衣はわたしがいることをチラリと確認すると、言葉を続けました。

「あの、聞きたいんだけど……。どうして、ゾフィーはわたしたちといてくれるの?スイスに帰りたいと思わない?」

「今更何を。奥様の忘れ形見を置いて国に帰っては、後悔ばかり残りますよ。」

美衣はまた二拍ほど置いて、

「でも、敬助と鈴香は……、ママの子でもないでしょう?パパの子でもないし。」

「マルタが鈴香ちゃんが屋敷の外で捨てられているのを見つけ、親として育てることを決めなさったのですから。マルタの意思を尊重しているに過ぎませんよ。」

ゾフィーさんのアイスブルーの瞳が少し陰りました。

「次の年には敬助くんもきて少し驚きましたけど……。本当にいい子ばかりなのに、まだ小さい子どもを残して逝くなんて……。」

ゾフィーさんはキュッと目を閉じました。

一方、美衣は欲しい回答が得られず、そわそわしていました。

「えっと……。聞きにくいんだけどね、パパに関してはどう思ってるの?」

「旦那様ですか?そういえば、お手紙が届いていましたよ。」

「えっと、そうじゃなくて……。」

美衣はすっかり困ってしまって、わたしのほうに助けを求める視線を寄こしました。

「美衣はゾフィーさんと総一郎さんが恋仲じゃないかって、心配してるんですよ。」

「コイナカ……?」

「恋人のことです。」

ちょっと違うけどまあいいや。そう伝えると、ゾフィーさんはクスクスと笑いだしました。

「そんなことを心配して、非行に走ったんですか?」

非行に走る理由としては十分だし、非行というには髪が真っ黒だけれども……。

答えがノーだと理解した美衣は、ちょっとムキになって付け足しました。

「じゃあ、どうしてゾフィーはわたしを見て悲しそうな顔をするの?」

こちらはクリーンヒットだったようで、ゾフィーさんの笑いがぴたりと止みました。

「わたし、そんな顔してますか?」

美衣が大きく頷くと、ゾフィーさんは息をついて肩を落としました。もう一度息を吸い直すと、静かな声で、美衣の問いに答えました。

「お母様に日に日に似ておられるからですよ。」

ゾフィーさんは、美衣のぱっつんになった前髪をあげ、その額にキスをしました。

「正直に告白しますが、わたしは総一郎さんに負けないくらい、マルタのことを愛していたのですよ。」

ゾフィーさんのアイスブルーの目は、悲しみの色ではなく熱に浮かされたようにキラキラしていました。 美衣は、その瞳に吸い込まれたように固まってしまいました。

「美衣さんはもちろんマルタではありませんけど、マルタの愛したあなたを、わたしも愛しています。そんなあなたをきちんと学校に行かせてやれない、家のことで負担をかけてしまって、その小さな肩にいっぱいのものを背負いこんでいるのを感じて、悲しいのです。」

「幼児の世話と老人介護と猫7匹の世話と7人分の家事は一人ではできないよ……。」

美衣がいつもの数倍小さな声でぼそぼそと話しましたが、ゾフィーさんは首を横に振りました。

「それでも、悲しいのですよ。」

ゾフィーさんの長くて白い指が、黒に染まった美衣の髪を梳きます。

「あなたのその髪がお嬢様を苦しめるのでしたら、わたしは黒く染めることに何も言いませんし、それで良いと思います。でも、お嬢様がお嬢様自身を愛せなくて否定するのは、とても悲しいです。わたしは、ありのままの美衣さんを愛していますから。」

美衣は、うつむき、肩をふるふると震わせました。ゾフィーさんは美衣を抱き寄せ、背中をさすりました。

「学校の先生にも同じこと言われた……。そんな歳でそのままの自分が嫌になるのは悲しいことだからって。」

「美衣さんがありのままのあなたを好きでいてくれたらそれに越したことはありませんけれど、それが辛いなら、辛いと感じているそのままあなたをわたしは受け止めますよ。」

美衣は、ゾフィーさんの胸に顔を埋め、肩をひくりひくりとさせました。

「やっと泣いてくださいましたね。」

ゾフィーさんの言葉に、わたしは四月当初に「泣いたことがない」といった美衣の言葉を思い出しました。あの時、美衣はよく泣くわたしのことを「繊細だ」と言ったけれども、家のことに関しては美衣はわたし以上に繊細だったんだ。

きっと、お母さんが亡くなってからは、本当に泣いていなかったんでしょう。ずっと我慢して、長女として、しっかりしないとって。

でも、ゾフィーさんはそのことに気づいてくれていたんですね。

こっそり帰ろうと思い、玄関ホールへ向かいました。ドアを抜けて門へとたどり着いた時、美衣が追いかけてきました。

「なんで黙って帰ろうとするのー。」

「いやあ、つい……。」

頬を膨らませて、抗議の意をあらわす美衣。

「そんなに膨れないで、嘘つきカラスさん。」

「なによー、それ。」

昔白かったカラスは嘘つきすぎて黒くされてしまったーなんて、そんな話美衣はきっと聞いたことがないだろう。

「また明日、聞かせてあげる。」

「じゃあ、また明日。」

「絶対学校来てね。」

「結実ちゃんもね。」

「美衣。」

「んー?」

「好きよ。」

「美衣も、結実ちゃんのこと好きだよ。」

きてくれてありがとう、そう言った美衣の赤い頰の笑顔を見て、やっぱり美衣は嘘のない笑顔が一番だとそう確信しました。

 







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