ハピメアーone's light mindー   作:zero beyond
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one's light mind…本心、本性という意味です。


第一話

ねぇ、『ーー』…いつになったら会いに来てくれるの?」

 

 

 

 

「ずっと、あれからずっと待っているのに…」

 

 

 

 

「なら、私が会いに行ってあげる。私がいないとダメな子なんだから」

 

 

 

 

「待っててね、『ーー』」

 

 

 

 

 

そんな言葉を聞いて、俺は目を覚ました。

体を起こして、寝ぼけた状態で辺りを見回す。いつもと変わらない自分の部屋を見て、安心か不安がよくわからない感覚に陥る。

「……夢、か」

俺はそう言ってベッドから出て、朝食の準備を始める。冷蔵庫から昨日の晩御飯の残り物を出してレンジに入れて温めなおす。ついでに、冷蔵庫から卵を取り出して台所に置く。

フライパンを火にかけて、油を少し引く。フライパンを軽く動かして油を全体に行き渡らせる。しばらくして、卵を割ってフライパンに落とす。

響きのいい音を出して、白身が小さく揺れる。俺はフライパンにフタをしてその間にレンジで温めておいた残り物を出して机に置く。因みに、これは昨日に作りすぎた野菜炒めだ。

ーーーーそれにしても…あれはなんだったんだ?

夢の中で聞こえた短い言葉が気になってしょうがない。

予知夢…?いや、そんなアニメやドラマみたいなことがあるわけないか。俺も夢を見過ぎているのかもな。

「夢」だけに…ウソ、なんかごめん。

でも、どこかで聞いたような声だった。まさか……いや、そんな事はない。あってたまるか。

だってあれは、『もう十年も前のことなんだぞ…?』

ふと、リビングに立てかけてある写真を手にとった。そこに写っている四人の家族、父親と母親であろう二人の大人とその下で笑っている少年と控えめだが笑みを浮かべている少女。

それはもうこの世にいない俺の両親、そしてーー。

「……うん?あ、ヤバッ…!」

急に焦げた匂いが立ち込めて、目玉焼きのことを思い出した。今朝の朝食は少し失敗した。

ただ、それ以上にあの声が頭から離れなかったー。

 

 

 

 

 

焦げた目玉焼きを口に入れた瞬間に広がる特有の苦味に顔をしかめる。仕方なく残り物の野菜炒めに手を出す。塩胡椒を少なめにしてみたがこれはこれで良い。だが、人によっては味気ないと感じるだろう。

すると扉の方からガチャガチャという音が聞こえる。

やれやれ、朝から騒がしいな…。

「和真!起きてる…って、なにこの匂い」

「目玉焼き、焦がした」

遠慮なしに部屋に入って来た幼馴染が部屋に立ち込める匂いに鼻を鳴らす。

彼女は幼馴染の高原 香織、元々は俺の実家のお隣さんで小さい頃からよく遊んでいた。香織の両親も俺の両親とも仲が良くて、向こうも俺のことを家族のように扱ってくれた。

俺は無惨な姿になった目玉焼きを口に放り込んで空になった食器を片付ける。

「珍しいわね、和真が焦がすなんて」

「ああ…」

幼馴染の意外そうな表情で放たれた言葉に俺は口ごもってなにも言わなかった。下手に口にしたらこいつはまた口うるさく色々と言ってくるだろう。

ーーそれに、またこいつに要らぬ心配や迷惑はかけたくないんだよな。

「先に出てろ、着替えるから」

「今更、何言ってるの?昔はよく一緒に…」

「お前さ、男の生着替えなんて見て嬉しいか?」

「和真の着替えなら喜んで見るけど、他の人はちょっと……」

真顔でそんな言葉を返されて俺は頭を抱えた。全くこっちの事情も知らないからこんなことが言えるんだろうな。

「いいから、外に出ろ」

「なによ、そんな怖い顔しちゃって……イケズ」

少しキツメめに言うと香織は渋々と外に出て行った。ていうか、イケズの使い方が違うだろ…。

ハンガーにかけた制服をベッドの上に放り投げて、着ているパーカーを脱いでソファに乱雑に投げた。

ワイシャツに袖を通して、ボタンを留めてネクタイを少し緩めに結ぶ。スラックスを履いてベルトのバックルを止めると灰色のセーターを着て、ブレザーを手にかける。

「……あれ?」

手に取ったブレザーが軽過ぎて首を傾げる。若干の不安に駆られて、部屋を見回す。

「あ、あった…」

勉強机の上に目的の物を見つけて、一安心した。それは十穴と言われる穴が十個ある小さなハーモニカだった。

まだ小学校に上がる前に『ーー』から誕生日プレゼントにもらった物だった。それを手に取って眺めていると過去のことを思い出してしまう。

「あれ以来」、これは長く閉まっておいた。けれど、俺を支えてくれた香織や香織たちの家族のおかげで俺はその封印を解いたー。

「まぁ、今はいいか。あ、そろそろ出ないとマズイな」

ふと、時計を見るといい時間になっていた。俺はハーモニカをブレザーの内ポケットにしまうとブレザーを羽織り、カバンを掴んで部屋を出たー。

 

 

 

 

 

部屋の鍵をかけて、俺は香織と一緒に学校へ向かう。「あれ以来」、俺が今を生きていることが出来るのは香織とその家族のおかげだった。

それと、『あの子』のおかげでもあったんだが…。

俺は無意識に首に下げているペンダントに触れていた。

「和真、昨日の夜に何かあった?」

「また急な話だな、なんでそんなことを?」

「だって和真、今日は怖い顔してる」

「はぁ?別にいつも通りだっての…」

そんな言葉を言われて俺は急いで平静を装う。夢の事が頭から離れなかったからだ、どうせ夢の事だし言ってもどうって事はないから大丈夫だとは思うが…。

「ていうか、毎日来なくてもいいぞ?わざわざそんな事しなくても」

「何よ?まるで迷惑みたいな言い方して」

「そうじゃないけどさ?俺の事は心配しなくてもいいって事だよ」

「そう言ってまた一人で何とかしようとして」

香織の言葉に俺は足を止めてしまった。

ーーーー『また一人で』、その言葉に体が反応してしまった。

「いつもは周りを頼ってるくせに、なんで大事なところになると一人でなんとかしようとするの?」

「香織……」

「わたし、ヤダよ。和真がまた壊れそうになるところなんて……見たくないよ」

普段は強気な香織が消えてしまいそうな声を出すときは、決まって泣きそうになる時だ。顔を見ると目が潤んで放っておくと今にも泣きだしてしまいそうになっている。

「わかってるよ、わかってる」

そう言って俺は香織の手を取った。昔から泣きそうになるこいつを見ると決まって俺がこうして手を繋いでいた。

「お前が心配してくれているのはよくわかってる、でも心配しすぎるなってことを言いたかったんだ。俺、これでも感謝してるんだぜ?お前がいなかったら、俺はここにいないから」

俺は導かれるように香織の頭を撫でていた。実際に、香織がいなかったら途中で折れていたかもしれない。そう思うと香織は俺の恩人になるのかもしれない。

「うん、うん」

「じゃあ、行くか」

香織は俺の手をぎゅっと握ったまま頷く。俺は香織の手を引いて、再び歩き出したー。

「翠京市立 翠京高校」ーここが俺と香織の通う学校で俺たちは今年で二年だ。

学校に着くと、周りの視線が突き刺さった。香織はこれでも結構、可愛い部類に入る。ラブレターとか告白とかもたくさん受けているらしいが、本人はすべて断っているらしい。

チラリ、と香織の方へ視線を移すがまだ放す様子がないからそのまま教室に向かうことにした。

「うぃーす」

香織を引き連れながら教室に入った俺に、教室内から一気に視線が向けられる。前から冷やかしみたいなものは受けていたから今更なんだけど…。

「そんじゃ、また後でな」

「うん……」

香織を席に向かわせて手を離す。少し残念そうな、寂しそうな声を聞いて俺は香織の頭をポンポンと優しく叩いてから俺も窓際の自分の席に着く。

「よう、和真!」

そう言って席に座った俺に声をかけてきたのはクラスメートの根津 哲也、愛称は哲ちゃん。一年のころから同じクラスになったこいつとは親友と言えるほどの仲だと俺は思っている。

ーー向こうはどうかわからないけど。

そう思ってたらなぜか苦笑いを浮かべてしまった。

「おはよう。朝から元気だな、哲ちゃん」

「お前も朝から香織ちゃんとラブラブだったくせに!」

「哲ちゃんも朝日って恋人がいるんだから、もっと構ってやんなよ」

「朝日とはお前の知らないところで愛を育んでるぜ」

そんな事を真顔で言い放つ哲ちゃんに舌打ちが教室内を飛び交う。

「もう!哲也くんたら、そんな恥ずかしいこと言わなくても…」

そう言って満更でもない表情で哲ちゃんの隣に来た恋人の朝日・D・ルートウィッジ、名前を見てわかると思うが彼女は日本とイギリスのハーフだ。金の髪に蒼い目が特徴的で、しかも分け隔てなく接してくれることから男女問わずに人気だ。

「わかったわかった、お前らがラブラブなのはよーくわかったから」

「なんだ、元気なさそうだな」

心配そうに声をかけてくる哲ちゃん、こいつもこいつで善人だから俺は助かっている。授業のノートを貸したり、借りたり昼は大体の確立で一緒にいる。

「いや、特になにもないけど…元気なさそうに見えるか?」

「うーん、いつもに比べると」

そう言って哲ちゃんは俺の顔を覗き込んでくる。

「哲ちゃん、近い。近いって」

「お、おお。悪い」

俺の言葉に哲ちゃんは俺から離れる。意外と哲ちゃんはそういうところに疎かったりする。変な噂をされそうになったことが過去にあって色々と大変だった。

「朝日に後で呼び出しくらうことになっちまうよ」

「もう!私はそんなことしないよ!」

俺の言葉に朝日は必死に否定すると、教室がドッと沸いた。これが俺のいつもの日常、朝は幼馴染と学校に来て親友とバカな会話をして他愛のない事で笑ってしまう。こんな日が卒業まで続けば良いな。

だが、俺はそんななんてことのない日常がすぐに終わってしまうなんて少しも思っていなかったーー。

「あ、琴浦くんおはよー」

一人の生徒の声に哲ちゃんの表情が苦いものに変わる。同時に一人の生徒が入ってきた。

肩まで届きそうな銀髪に珍しい赤い目をしたクラスでも目立つ存在。

彼は琴浦 光、今年から同じクラスになったがまだ話したことはない。あれだけ目立つ容姿にクールで人を寄せないような雰囲気をもっているし、なにせ今は四月の半ばだ。クラスが替わって間もない時期なのだから誰もが互いを測りかねるような期間だ。

「あいつってなんか見てて腹立つよな」

「え、なんで…?」

「だってそうだろ?勉強もスポーツも出来て、あんなに人気で女の子に囲まれているにも関わらずどうでもいいって言うようなすかした態度とか」

哲ちゃんの若干、僻みや羨みがこもった言葉に俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。琴浦は昔からあんな人間だったんだろう、あまり人と話したり笑っているところは見たことがないからとっつきにくいとか絡みにくいと思ってしまうんだろう。

「でも、意外と普通に話せるやつだったりしてな」

「ああ、そういうの見た目によらないって言うしね」

朝日が納得した様子で頷くと哲ちゃんは唸りながら認めたくないと言った表情をしていた。そんなことを思っていると予鈴が鳴り響く。

「んじゃ」

「またね」

「ああ、またね」

そう言って俺の席から離れる哲ちゃんと朝日を見送って俺はカバンから教科書やノートを机の中にしまいこんで行く。

その途中で思い出したことがあったー。

「ヤバい、数学の課題…」

数学のノートを見て思い出した、しかも今日の一限は数学というバッドタイミング極まりない時だった。

(どうしよう、哲ちゃんは頼りにならないし朝日に借りるべきか…)

万事休すという状態に陥ってしまう、そんな時だった。

「使うか?ノート」

そして俺の前に出されたノート、それを差し出して来たのは意外にもさっき哲ちゃんが僻みをこぼしていた琴浦だった。

「え…いいのか?」

「別に当てられて、怒られてもいいなら貸さなくても良いんだが?」

「ああ、借ります!今日は当たる日なんですよ!だから貸してください琴浦さん!」

わざとらしくノートをヒョイと引き戻す琴浦が意地悪く笑うと、俺は勢い良く琴浦のノートを掴んだ。

「写すだけなら時間もかからないだろうし、授業の前には返せよ?」

「おお、ありがとうな」

「気にするな、何かあったらお互いさまだろ?貸しにしておいてやるからちゃんと返してくれ」

そんなことを言われて俺はポカンとして言葉を失った。そんな俺を見て琴浦は訝しげな表情で俺を見た。

「なんだ…?」

「いや、お前って良いやつなんだな……」

「お前は俺をなんだと思ってたんだよ」

ため息を吐きながら琴浦が前に向き直る。俺は急いでノートを開いて、写し始める。琴浦のノートは予想以上に綺麗にまとめられて重要なところはマーカーなどで記されていた。

さっき朝日が言っていた人は見かけによらない、まさしく琴浦がその典型とまではいかないがいい例だろうなー。

 

 

 

 

 

一限までに数学の課題を写し終えた俺は琴浦にノートを返した。今度はなにかおごってやった方が良いかな。

だが、授業の内容は全く頭に入って来なかった。今朝の夢が原因だったのは言うまでもない。

言うまでもないんだが…どうしてこんなにも気になってしまうんだ?

どうせ夢のことだからって済ませてしまえばいいはずなのに、なぜか頭の中から振り払うことができずにいた。

まぁ結局のところ、当てられても答えられなくて怒られた。

そんな時間が続いて昼休みの時間になる。教室中が安堵したかのようにザワザワと騒ぎ始める。

「さて、と。和真、飯にしようぜ」

自分の席を立って哲ちゃんが弁当箱を引っ提げて俺の席にやってきた。しかもそれは朝日がいつも作っているもの、愛妻とは言えないが相応に愛のこもった弁当なのだろう。

その瞬間、教室内に舌打ちが響きわたる。そうだよな、そんなものを見せられたら舌打ちをしたくもなるよな……。

「んじゃあ、パンとか買ってくるから先に食べててよ」

「あれ?お前今日は弁当じゃないのか?」

「ああ、まぁ今日は起きるのが遅くてね」

適当に言い訳のように言葉を濁して席を立つ。今朝は朝食こそなんとかできたが弁当にまでは手が回らなかった。明日からは作り置きしておくのも悪くないかもな。

「あ、じゃあ私も行くよ」

「いや、お前は普通に弁当あるだろう?どうせだからついでに買ってきてやるよ」

俺に合わせるかのように香織が立ち上がったが俺はそれを止めた。朝のことを引きずっているのかもしれないから俺はやや強引に説き伏せた。

「…ミルクティー」

「あいよ、行ってくる」

「おう!」

「行ってらっしゃい」

背を向けながら軽く手を振って俺は教室を出て購買に向かったーー。

数分後、俺は購買でパンを買ってきて自動販売機の前に来ていた。自分の分の飲み物と香織に頼まれたミルクティーを買うためだった。

先に香織に頼まれたミルクティーを買っておこう。俺は財布から必要な分だけ入れて、ミルクティーのボタンを押した。

俺は特に買うものが決まっているわけではなかった、少し悩んでしまう。

「まぁ、コーヒーでいいか」

俺は適当に決めて必要な分の小銭を入れた。

「………奇遇だな」

「おお、琴浦」

「よう」

偶然にもそこに琴浦が現れた。俺はガシャン、と下に出てきたコーヒーを取り出してそれを琴浦に投げて渡すと琴浦はそれをうまく両手でキャッチした。

「突然どうした?」

「朝に言ってただろ?ノートの借りだよ、コーヒー飲めるか?」

「そういうこと、普通は渡す前に聞くことじゃないか?」

「それもそうか」

言われて気が付いた俺は苦笑いを浮かべると、琴浦も仕方なしといった顔で笑った。

(なんだ、普通に喋るし笑うじゃん)

こんななんてことのない短いやり取りで俺は少しだけ、琴浦 光という人間のことを知ったかもしれない。

「お前はすごいよな…」

「また立て続けに突然だな、今度はなんだ?」

俺の唐突な質問に琴浦は首を傾げて缶コーヒーの栓を開けて口を付けた。

「だってお前、勉強も運動もできるだろ?俺はどっちも普通だから、お前が羨ましいと思ってな」

普段の授業風景を見ている限り、琴浦 光という人間は文武両道という言葉が当てはまる。授業は真面目に受けているし、先生からの指名にもキチンと正しい解答をする。

体育なんかでは積極的に行動している、周りからの反応も悪くないし普通にすごいやつなんだろう。

こうやって考えただけでなぜか劣等感を抱いてしまう……。

「そうか?勉強も運動も、誰だって努力すればできるようになる。俺は逆にお前が羨ましいよ」

小さく笑った琴浦の声に俺は視線を琴浦に返した。琴浦は手に持った缶コーヒーを煽って飲み干すとそれをゴミ箱に入れた。

「俺にはお前や根津みたいに声を大にして言えるような趣味とか、熱中できるようなものがないんだ。だからこそ、俺にはお前が輝いて見える」

そう言い放った琴浦の顔は少し寂し気なものだった。普段のクールで寡黙な雰囲気とは一変したものに激しいギャップを感じる。

…いや、ときめいたりしないよ?

「そうか?やりたいものなんてすぐに見つかるぞ。こう、ビビッと直感的に思えるものとか」

「直感、か…」

俺のアドバイスとしては稚拙で抽象的な言葉を真に受けて琴浦は考え込んでいる。変なところで、真面目だったりするんだな……。

「俺たちって似た者同士かもな」

「ーーかもしれないな」

ーーーー俺たちは互いに苦笑いを浮かべる。

「そろそろ戻るか?」

「そうだな」

そして、俺たちは肩を並べて教室に戻った。

この時、俺はより深く琴浦 光という人間を知ったのだったーー。

 

 

 

 

 

琴浦と肩を並べて教室に向かっていた。角を曲がって教室の廊下を歩いていた時だった。

「あら、藤宮くんじゃない」

済んだ声が俺を呼び止める、聞き覚えのある声に俺は後ろを振り返る。

「あ、ルーティー先輩」

俺を呼び留めて後ろにいたのは科学部の部長、弥生・B・ルートウィッジ先輩だった。名前でわかる通り、朝日の姉にあたる人であった。俺は部活の先輩経由でこの人と知り合った。

名前が長いから俺は親しみを込めてルーティー先輩と呼んでいる。

「…大丈夫?」

「え、急に何ですか?」

先輩にそんなことを言われて俺は首を傾げる。なんだか今日は唐突なことを言ったり言われたりする日みたいだ。

「なんだか、いつもより怖い顔をしているわ」

「それ、香織にも言われたんですけど」

なんだろう、今日はみんなに心配される。そんな大したこと……ではないと思いたいが、なんだか心当たりがありすぎてモヤモヤする。

そう考えていると、ルーティー先輩は俺の額に優しく手を当ててきた…と、思ったら自分のおでこをくっつけてきた。

それを近くで見ていた女子が黄色い声を上げると男子が通り際に舌打ちをして去っていく。

「ちょ、先輩…?」

ルーティー先輩の行動に俺は焦って声が出せなかった。そんな事されたら意識しちゃうんだよ、俺だって健全な男子高校生なんだから……。

すると、ワイシャツを軽く引っ張られる。これは先輩からの合図だった。何かしらの用事があるときはさりげなく俺の服を引っ張ってくるのだ。

「ふむ、熱はないみたいね」

この人はそんな俺の感情を理解しているのか、そうでないのか…。勘弁してもらえないものか、勘違いしちゃうじゃんか。

「琴浦…俺は今日この人と昼にするからこれ、香織に渡しておいてくれるか?」

適当に言い訳をして俺は香織に渡すミルクティーを琴浦に預けた。

「そういうことにしておいてやる、後で刺されないようにな」

溜息を吐きながら琴浦は俺が差し出したミルクティーを受け取る。最後に怖い一言があって俺にはそれが冗談に聞こえなかった。

琴浦はそのまま教室に向かって歩き出していった。あまり話していないけどあいつが空気の読める人間で助かった、またこれで一つ借りができてしまった。

「よかったわ、彼が物分かりの良い人間で」

琴浦がこの場から去った瞬間に先輩の口調が一変する。そう、この人は大の猫かぶりで中身はとんだ大悪女だ。それのせいでこっちが余計な気を回さないといけないことに気づいているのだろうか・・・?ーーー甚だ疑問だ。

「あら、今何考えてたのかしら?」

「それを俺の口から言わせたいんですか?ルーティー先輩」

そうやり返そうと皮肉みたいな言葉を返すと先輩は俺に、いやこの人の性格を知っている人にしかわからない程度で口の端を歪めて見せたのだったーーー。

そのまま先輩に連れられて俺は科学準備室に足を踏み入れた。科学部と言っても団体行動や協調性をあまり必要としないためか、個人が好きでまったりやっているらしくこの科学準備室は部長のベストプレイスになっている。

「いつも気になってたんスけど、勝手にここを使ってもいいんですか?薬品とか普通に置いてあるのに」

「いいんじゃない?薬品棚の鍵はさすがに生徒に持たせないでしょ」

「まぁ、俺が怒られなければどうでもいいんですけど」

先輩の口調は完全に外では見られないようなものに豹変していた。この人に憧れを抱いている人間がそれを見たらどうなるだろうか……。

俺も最初は憧れを持っていた側の人間だった。初めてこの人の素を見た時、俺は膝から崩れ落ちた。あの時の絶望感は忘れもしない。

そんな俺を他所にルーティー先輩は弁当箱の包みを解いて、弁当箱の蓋を開ける。色鮮やかに彩られたそれは哲ちゃんのものと同じだった。これも朝日が作ったものだ、あの娘は本当によくできた子だ。

「んで、何あったんスか?」

俺はそう言って先輩の向かいに座って昼食にありつくと同時に俺をここに呼んだ内容を聞き出す。俺はこう見えても科学の成績は良い方でその力をルーティー先輩に買われて時々、協力を頼まれることがある。

「ああ、実はね…勘違いしちゃった後輩ちゃんがアタックしてきて、面倒だったから和真をダシにして逃げてきちゃった!」

「サラッとなに言っちゃってるんスか、それとあざと過ぎるんでやめてください」

そうやって勘違いさせられて絶望する男子が並々と存在している、かわいそうに……早めに気づいていれば傷は浅かっただろうに…。

「言っておくけど、その後輩ちゃんは女の子よ?」

「何となくわかってたから突っ込まなかったのにー……」

ルーティー先輩は男なら君付けで呼ぶし、女ならちゃん付けで呼ぶからな。これって慣れかな?怖いな、慣れって…。

何とも言えない沈黙が舞い降りるとしばらくの間、俺も先輩も何も言葉を発さない。すると、先輩が席を立つ。

「コーヒーでも飲む?」

そう言って先輩は近くのコーヒーメーカー……ではなく、その奥にある火の着いたアルコールランプによって加熱されているビーカーに近づいていく。コーヒーメーカーがあるのに使わないってどういうことだよ、しかもビーカーやらフラスコとか使ってお湯を沸かすとか何なの?科学部風のユーモアだったりすんの?

「傍からみたらおかしいですよね、これ」

「気にしたら負けよ」

そう軽く返されると、もうどうでも良くなってきてしまった。俺が悪いんじゃない、周囲の環境が悪いんだよ。

「なにさっきから独り言をぶつぶつ言っているの?はい、どうぞ」

そう言って先輩はコーヒーの入ったビーカーを俺の前に置いた。俺はそのビーカーを両手に持って温もりをじんわりと感じていた。

「全くなによ、ハーフだからって変な目で見て。こっちだって好きでハーフに生まれたんじゃないわよ!」

先輩は日頃の鬱憤を晴らすかのように文句を口にする。よくまぁ、見事に猫を被るものだ。ていうか……もうやめて、そんなに口調を荒げたら男の理想が崩れちゃうよ。

しばらくしてから互いに食事を終えて、一息ついている時に先輩が声をかけてきた。

「ねぇ、和真。甘いものとか食べたくない?」

突拍子もない先輩の言葉に俺は無意識に警戒した。この人が料理をするなんて話は一度も聞いたことがないし、明らかに悪い予感しかしなかった。

ルーティー先輩は部屋の奥に隠れた。数秒してから手に可愛らしいラッピングがされた小さな包みを持って帰ってきて、それを俺の前に置いた。

「……なんですこれ?」

俺は警戒を緩めることなく前に置かれた包みとルーティー先輩を交互に見ていく。その瞬間、先輩が悪魔のような笑みを浮かべる。

あ、これ絶対マズいやつだよ…。おれは昼食を終えてここで一息ついたことを後悔した。

「これ、さっき言ってた後輩ちゃんに無理やり渡されたものなの。中身は多分、クッキーね」

「なんでもらったものを普通に俺に出してんスか」

「あら、こういう時は当事者が処理するものでしょ?」

「アンタが勝手に俺を当事者にしたんだろうが!」

なに自然に自分だけ回避しようとしてるんだよ、この人は……。本当に中身は魔女だな。

「だって、媚薬とか惚れ薬とか入ってたらイヤじゃない」

「それ、完全に毒見じゃんか!怖くてそんなの食べれないから!」

こうして互いに責任をかぶせ合っていく。アタックしてきた女子が見たらなんていうだろうか……。

先輩が適当なこと言って、俺を悪者に仕立て上げるだろうな。

琴浦、お前の言葉はフラグになったかもしれない……。

「……口移しなら?」

「え、してくれるんスか……?」

俺もやられっぱなしじゃ終わらない。目の前の包みに手を伸ばし、中身を確認していくと先輩の予想した通り、数枚のクッキーが入っていた。普通に美味しそうだな。

先輩は黙り込んでいる、俺は包みの中からクッキーを一枚取った右手をひらひらとさせる。

「やれるもんならやってみなさいよ、『バカチビ』」

「黙れよ、『ビッチ』が」

「誰がビッチですって!」

「先に悪口を言ってきたのはそっちですー!」

下らない言い争いが始まってしまった。敢えて言っておくが俺の身長は165センチ、クラスや学年の中では低い方になる。ある意味でコンプレックスなんだ。それをこの人は悪びれもなく言い放った、俺も言い返さなきゃ気がすまない。

「コーヒーばっかり飲んでないで、牛乳でも飲んだらどうかしら?」

「猫被りの魔女に言われたくないですよ」

「「ム〜〜〜〜〜!!」」

机を挟んで文句を飛ばし合う。この人がこんなに口調を荒げるなんて普段の様子からじゃ絶対に想像できないだろう、そう思えば俺はこの人に信頼されているのかもしれない。

「……はい」

「はい……?」

そう思っていたところでクッキーが俺の前に差し出された。プイ、と視線を逸らした先輩が俺にクッキーを差し出していたのだ。

あーんか?はい、あーんの流れなのか?

よく朝日と哲ちゃんがやってる恋人同士の定番なのか⁉︎

「これくらいならしてあげるわよ」

「…本当に可愛くない」

俺は差し出されたそのクッキーを食べて、代わりに持っていたクッキーを先輩に差し出す。

「……なによ?」

差し出されたクッキーに対して先輩は訝しげな表情を見せると俺は笑って答えた。

「さっきのお礼、されっぱなしは好きじゃないんで」

そう言って更にクッキーを先輩に近づけた。眉間に皺を寄せた苦い表情のままで先輩はクッキーをかじった。

「あら、美味しいわね」

「ですね、サクサクしてて好きです」

お互いにクッキーを一枚ずつ口にして感想を述べる。そして、お互いにコーヒーを飲んで一言ーー。

「「朝日が作ったやつの方がおいしい」」

一語一句違わず、俺たちは呟いていた。言葉が重なってお互いに視線を交わすと自然と笑いがこみ上げてきた。

「朝日のクッキーの方はもっと、こう…思いやりがあるんですよね」

「そうね、あの子は優しいからね」

「どっかの誰かとは大違い」

「なんですって?」

「別に先輩の事とは言ってないですよ?それとも、自覚がお有りで?」

揚げ足を取ってニヤニヤと笑ってみせると先輩の目が鋭くなる。これ以上はマズイな、俺は肩をすくめてコーヒーを飲む。

「それで?用事って…」

俺の言葉に先輩は部屋のパソコンを指差した。その隣にはプリンターも置いてあり、周辺には白紙や印字された紙が散らばっている。

「いつものですか…」

携帯端末の画面を見て、時間を確認する。次の授業まで30分ほどある、予鈴が鳴るくらいまでならやれるな。

俺は椅子から立ち上がって散らばった紙を整理していく。これは全て英語で書いてある、正確に英語だったりフランス語などのイギリスの公用語だ。

先輩はアルバイトか何かで翻訳の仕事もしているらしい、翻訳するだけならいい…。

「なんで整理整頓ができないかな…」

「仕方ないじゃない、苦手なんだもの!」

先輩の口から弱音が飛び出す、これで何度目だろう…。この人は壊滅的に掃除が苦手で、この部屋の整理は全て俺がやっている。

一度、部活の先輩と一緒にこの部屋に来たことがきっかけでこの人と知り合った。部屋の中はお世辞にも綺麗とは言えなかった。我慢できなくなった俺は最初に部屋の掃除から始めた。それ以来、先輩の翻訳のお手伝いと掃除を兼ねてここに来ている。

「朝日が見たら嘆くだろうな」

「これからは頑張ります…」

「それ、前にも聞きました」

半ば呆れながら、俺は書類の整理を始める。プリンターの周辺に散らばる紙は白紙、日本語、英語とそれぞれ分けてファイリングしていく。

分かるのはいいが、その順番はバラバラになってしまうため翻訳した内容と照らし合せて後で整理していく。

そんな時に予鈴が鳴る。ちくしょう、いいところだったのに….…。

仕方ない、今日はここまでだ。

「それじゃ、今日はこれで」

「ええ、また頼むわね」

「掃除くらいできるようになれよ」

何度も聞いた決まり文句に俺はため息をつき、残ったコーヒーを飲み干して科学準備室を後にしていたーーー。




『水曜日と木曜日は部活だろ?お前の声は耳に残りやすいからな』



『そうだね、会えたらうれしいよね』



『父さん、母さん……姉ちゃん』



『やっと、やっと会えた…』







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