ハピメアーone's light mindー   作:zero beyond
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前回までのあらすじ


不思議な声を聞いて目を覚ました少年ー藤宮 和真。いつも通り幼馴染の高原 香織と登校しいつも通りの日常を過ごす。
クラスメートである琴浦 光との短い会話の中で彼が自分の想像よりも普通の男子高校生であることを知り、二人は友人となる。
そして、科学部の部長を務める弥生・B・ルートウィッチに捕まり二人で昼食を取ることに。普段は特別な用がなければ声をかけない弥生を不思議に思い理由を尋ねる和真、自身を思う後輩から逃れるために弥生は和真をダシにしたのだ。
その後輩から手渡されたクッキーの毒味を要求される和真は否定するが弥生の口移しの提案に悪乗りすると、くだらない言い合いが始まって最後には朝日の話題で幕を下ろしたのだった。


第二話

ーーーーそれから、放課後。

全ての授業を終えた俺は哲ちゃんや朝日と別れを告げて、教室を出る。向かう足を速めて目指すのは校門………ではない。

今日は部活の日だから活動場所へ向かっていた。

「和真」

「よう、陽」

その途中で後ろから声をかけられて振り返る。そこにいたのは同じ部活仲間の四宮 陽だった。

右肩に鞄を下げて、左肩には大きなベースケースを背負っていた。

「一緒に行こうよ」

「ああ…コーヒー買っていくからさ、先に行ってくれるか?」

「そっか、わかったよ。また後でね」

「おう」

そう言って俺は昼休みに行った自販機へ向けて階段を駆け下りた。たどり着いた自販機で缶コーヒーを一つ買って俺は改めて、部活に赴く。

「…ん?」

その途中で俺は見知った後姿を見かけて、声をかけた。

「琴浦」

「おお、藤宮」

俺が見つけたのは琴浦だった。

「今、帰りか?」

「ああ、お前は部活だったな?」

「おお…なんで知ってるんだ?」

琴浦の言葉に俺はつい聞き返してしまう。琴浦と話したのは今日が初めてのことで俺は部活の事とかは話していない。聞き返すと琴浦は少し得意げに小さく笑った。

「水曜日と木曜日は部活だろ?お前の声は耳に残りやすいからな」

そんなことを言われて恥ずかしくなってしまう。褒められているのか、悪い意味で耳に残りやすいのかよくわからないから何も言えなくなってしまう。

「まぁ、がんばれよ。また明日」

「お、おう。またな」

そう言って琴浦は階段を下りて行った。一人になって何とも言えない変な気持ちになった俺は溜息をこぼしながら、部活に向かったーーー。

階段を速足で上って一番上の三階へたどり着くと、廊下の突き当りにある音楽室の大きな扉を開ける。

「ちわっす」

「フジ、遅い」

「す、すんません……ユキ先輩」

挨拶をした瞬間に注意を受けてつい謝ってしまう。低めでボーイッシュな声の女の先輩、天川 美雪さんは椅子に座り、二本のスティックを使って左右のシンバルや膝の高さにあるフロアタムやスネアドラムなどを軽く叩いていた。

俺は親しみを込めてユキ先輩と呼んでいる。

「あ、フジくん」

「ちわっす、美穂先輩」

その隣、ドラムセットの陰から顔を覗かせる柔らかい声の持ち主である柏木 美穂先輩に俺はあいさつをする。

美穂先輩はそのまま優しい手つきでキーボードを叩いて、柔らかい音を出していく。

「フジ、急げ。すぐ始めるぞ」

「了解です、イッさん」

音楽室の中に入るとギターをいじってチューニングをしている部長の伊勢野 裕次郎先輩が俺を急がせる。

名前が少し長い事と、同性な点も含めて俺は親しみを込めてイッさんと呼んでいる。

そのイッさんの横で俺より先に来ていた陽がベースのチューニングを終えて、軽く音を出していた。

俺は鞄を部屋の隅に投げて、ブレザーの中からハーモニカを取り出してポケットに入れると鞄にかぶせるようにしてブレザーを投げ捨てる。

「ふっ、うーん…」

準備体操、とは言えないが軽く腕を伸ばして肩をグルグルと回す。

「そんじゃ、『いつものやつ』から行くぞ」

俺の準備を見計らってイッさんが号令をかけるように声を上げる。それに応えるかのようにアマ先輩と美穂先輩、陽がそれぞれの楽器から軽く音を出す。

「行きます…『RAGING THE WORLD』」

言霊を紡ぐようにタイトルを口にする。その曲はこのメンバーで初めて演奏したもの、もちろん人気のあるロックバンドの曲なのだが……。

ギターのイントロから始まり、その後を追うようにしてベースとドラムが産声を上げるようにして音を出していく。

数秒のイントロの後、「Aメロ」ー曲の出だしが幕を上げるーー。

 

 

 

 

 

 

 

『RAGING THE WORLD』から始まって俺たちは数曲、演奏を終えて休憩に入る。

「ふぅ…」

少し開いた窓の手すりに寄りかかって買ってきた缶コーヒーを開けると、開け口から広がる香りが鼻腔をくすぐると同時に風に流れて部屋に満ちていく。

「どうかしたの?」

「え…?」

一口、含んで窓の外を眺めていると美穂先輩が俺の隣に来て小さなドーナッツが入った菓子袋を開けた。

「なんか元気なさそうだったから」

「顔に出てんスかね?」

周りに心配されているせいか、自分の顔をペチペチと軽く叩いてみる。もちろん、そんなことをしても変化は起きない。自分の変化はそこまで表に出ないという自負を持ってさえいたが、ここまで言われると考えさせられるものがある。

「ドーナッツ食べる?」

「……いただきます」

まるで当たり前のような手つきで先輩は俺の口元にドーナッツを差し出してくる。俺もそこまで気にする人間ではないからそれを受け入れて、口に咥える。

てか、食べるか聞く前に差し出すのは卑怯じゃないだろうか…?

昼休みの琴浦もきっとこういう気持ちだったんだろう。決して美穂先輩の行いを否定するわけじゃない、今は少し甘いものを口にしたい気分だった。

「何か悩みごと?」

「まぁ、そんなとこッスかね」

溜息を吐いてコーヒーを持った左手を窓の手すりに置いてドーナッツを嚙みちぎって右手で持つ。

「先輩、もしもなんスけど…」

「うん」

「亡くなった家族に会えるとしたら……先輩ならどう思います?」

つい俺は美穂先輩に今朝のことを話した。先輩は朝日のように優しい人だ、この先輩になら話しても大丈夫だって思えたのかもしれない。

ただ、今朝の声が俺の知っているものかどうかはまだわからない。その声をただ聞いただけで、実際に目にしてはない。

確証がないまま、これを誰かに相談するっていうのは……俺の甘えなのかな。

「そうだねー…モグモグ」

「…モグモグ」

美穂先輩がドーナッツを口に入れながら考え込む。俺は右手のドーナッツを口に放り込んでモグモグと口を動かしていく。

「「ゴックン」」

しばらくして俺たちは同時にドーナッツを飲み込んで一息つく。

「そうだね、会えたらうれしいよね」

「そうッスよね」

「うん、会えたら色々と報告したい事とかお話したいことあるし」

先輩の意見は尤もなものだと思う。家族など、別れを告げた相手と会えるのならうれしいはずだから。

「あざまッス、美穂先輩」

「力になれたのかな……?」

先輩は自分の言葉に実感がないのか首を傾げる。そのごく当たり前な反応とその仕草に俺は苦笑いを浮かべた。

「美穂にフジ、再開するよ」

「「はーい」」

ユキ先輩の声に俺たちは返事をして会話を終える。

「…よっと」

「あ、フジくん」

手すりから離れて缶コーヒーを飲み干して練習を再開しようとした時に美穂先輩に声をかけられた。

「どうかしたんですか?」

「弥生ちゃんと何かあった?昼休みが終わって機嫌が良かったから、フジくんなら何か知ってるかもと思って」

「あー、えっと……」

決して疚しいことはしていないが、言葉に詰まって歯切れの悪い返事をする。先輩が後輩からクッキーをもらって食べさせあったくらい…特に問題はないはず。

「大したことはしてないですけど、意気投合ってところですかね」

「何それ?でも喧嘩してるなら早めに仲直りしなよ?」

「喧嘩したわけじゃないですよ」

そんなことを言われて苦笑いを浮かべる。でも先輩がもらったクッキーは普通に美味しかった。すると、連想するかのように朝日の作るクッキーの味を思い出す。

「久々に食べたいな、朝日のクッキー…」

朝日とはある意味で、ギブアンドテイクの関係だ。朝日からとある依頼を受けたのがきっかけで見返りとして、料理を教えてもらったりもしている。

「…ホントに大丈夫?」

「大丈夫ッスよ」

美穂先輩に心配されてボーッとしていた俺の意識が我に返らと、窓から離れて、ポケットにしまっていたハーモニカを取り出したーー。

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、お疲れ様でーす」

「お疲れ様でした」

部活が終わって陽と一緒に音楽室を出た。

「和真、今日はいいの?」

「は?何がだよ?」

陽の言葉に問い返しながら首を傾げた。すると、陽はクスクスと笑い始めた。

「ほら、『彼女さん』のところだよ。小さい頃からの知り合いなんでしょ?」

陽の言葉に俺はああ、と生返事をするだけだった。

「明日行く予定、それに何回も行ってたら向こうも迷惑だろうし。ていうか、彼女じゃないっての…お前、からかってるだろ?」

「うん!」

陽は満面の笑みで頷いた。眩しいくらいに爽やかな笑顔に文句も言えず俺はため息をつくしかなかった。

そして、自然に首に下げたペンダントに触れていた。今思えば、あの出会いが俺を生きようと考えさせてくれたんだろう。

「あ、そうだ。陽、『Your Heart』のサビ前のところなんだけど…」

若干、無理やりながらも話を変えた。陽もそれが分かったのか仕方なさそうに笑った。

陽とは高校に入ってから知り合った。基本的に優しくて人からの相談には丁寧かつ真剣に答えるくらいにマジめな人間だ。

同じ部活に入ってからはこうして曲について意見交換をしているくらいの仲で、哲ちゃんみたいに信用できるヤツだ。

でも、実は腹黒かったり人を嘲るような一面も持っていたりもする。

「君の隣が〜ってとこはもっとこう…なんていうか」

「いや、ここは変えなくてもいいと思うよ?その方が感情も伝わると思うから」

「そう、かな?」

階段を降りて、下駄箱で靴を変えて外に出て校門に向かって行く。すると校門の前で見知った顔を見て俺たちは足を止めた。

「あれ、朝日ちゃん?」

「あ、陽くん部活お疲れ様」

「香織も一緒なんて、どうしたんだ?」

「……別に」

校門の前にいたのは意外にも朝日と香織だった。朝日と香織は料理部に所属している。だが、俺と陽が所属している軽音楽部よりも部活の終了時刻は早いはずだ。

「香織ちゃんが、和真くんが心配だからって」

「ちょ、朝日ちゃん!」

ああ、そういうことか。香織がニコニコと笑みを浮かべている朝日の肩を揺さぶっているところを見ながら俺は肩を竦めた。

「まったくどれくらい待ってたんだか…」

「とりあえず帰ろうか」

俺と陽が歩き始めると香織が朝日を引っ張りながら早足で俺たちの後を追いかけてくる。そのまま俺たちはクラスのことや明日の授業のことなど、他愛のない会話をしながら帰り道を歩いた。

「それじゃ私はこっちだから」

「うん、また明日ね」

「一人で大丈夫か?今日は哲ちゃんいないし」

「もう、私は哲也くんがいないとダメってわけじゃないよ」

心配しすぎたのか、朝日は頬を膨らませる。ルーティー先輩の妹ということもあってか、その少し怒った顔も可愛いと思ってしまう。

可愛いからいいのさ、異論は認めないから。

「僕も途中まで一緒だから大丈夫だよ」

「陽くんが一緒なら安心だね」

そんな陽と香織のやり取りに俺は苦笑いを浮かべる。この流れを見るに、哲ちゃんが彼女である朝日を放置して別の男に送らせるようなダメな彼氏というレッテルが定着してしまっているからだ。

「なぁ、朝日」

「どうしたの和真くん?」

「先輩、なにか言ってたか?」

先輩本人ではなく妹の朝日に聞くところが卑怯だよな、自分でそんな事を思ってしまう。

「ううん、何も言ってなかったよ?」

「そっか……ありがとな、また明日」

「うん、また明日…?」

首を傾げながら朝日は手を振って、陽と肩を並べて別の道を歩いて行った。しばらくその二人の背中を見て、俺は再び歩き出した。

「ルートウィッジ先輩となにしてたの?」

「別に、なんにもねぇよ」

核心を突かれて適当に誤魔化すように答えると香織はわかりやすいくらいにため息をついていた。

「まぁ、いいけど……和真は私がいないとダメなんだから」

「なぁ、香織……そんなに無理して『姉ちゃん』みたいに振舞わなくても良いんだぞ?」

すると香織の言葉と足がピタリと止まった。その様子に隣を歩いていた俺は数歩先のところで立ち止まる。

「………」

「………」

しばらく立ち止まったままでお互いに言葉は出てこなかった。これは俺の過去も関係していることだったから俺も香織も言葉を選びかねていた。

「あの時もそうだったよな……現実を受け入れられなくて、現実を夢だって言ってた俺にビンタ喰らわせて」

「……なんで」

「『自分が姉ちゃんになるから』って言って俺を抱きしめたよな」

「………なんでよ」

俺はしっかり覚えてる現実を受け入れる事が出来なくて、全部夢だった。起きたら家族がすぐそばで笑って俺におはようなんて言ってくれると思ってた。

だが、過ぎたことをどう言っても取り戻しなんて聞かない。覆水盆に返らずとはよく言ったものだと思う。香織は顔を伏せたまま震えていた、きっと俺の言葉が気に食わなかったんだろう。

だからこそ、俺は折り合いをつけたいんだーー。

同時に俺の中からドス黒い感情がこみ上げるーー。

「でも、俺はお前にそんなことを求めてなんてないんだよ」

「どうして!わたし、ずっと和真の隣にいるために必死になってたのに…どうしてそんなこと言うのよ!」

気づけば声を荒げて香織は涙をポロポロとこぼしていた。香織のことを否定するわけじゃない、だけど……!

「そんなことしたってお前がお前じゃなくなるだけだろ!」

「そんなこと関係ない!わたしは、わたしは……『和真のためなら』自分なんて捨てる!」

ーーーーー俺のため……?

今、香織はなんて言った………?

その瞬間、俺の中からこみ上げるドス黒い感情が拍車をかけたように激しさを増した。

俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のため俺のためー。

香織の言葉がリピートをかけたように俺の脳内を駆け回る。同時に俺の全身が震え始めた。

「ああ……ああ…!」

体の震えに合わせたかのように寒気がした、声もまともに出ない状況だった。目の前がグニャリと曲がるような錯覚に陥った俺は覚束ない足取りでヨタヨタと歩き始めた。

「か、和真…」

「うわぁぁぁぁぁ!!」

香織の声が俺の中のドス黒い感情を溢れさせた。俺は恐怖のあまりにそこから全速力で走り出した。

朝に通った道を走ってマンションの階段を駆け上がる。覚束ない足のせいで階段を踏み外したり、勢いのあまり手摺に体をぶつける。

自分の部屋までどうにか辿りつくが手が震えて部屋の鍵を上手く取り出せなかった。どうにか取り出せたものの鍵穴に鍵が入らなくて手間取った。

ガチャリと苦労した鍵を開けて扉を勢いよく開けて部屋に飛び込んだ。

「ハァ、ハァ……ウッ、ゴホゴホ!」

ここまでノンストップだったから息が苦しくなって咳き込んだ。だが、体の震えと動悸が治ることはなかったー。

俺の中からこみ上げたドス黒い感情、『恐怖』が俺の体を支配していたーーー。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…」

ようやく治りそうな兆候を見せた動悸にほんの少し安堵する。ブレザーとセーターを脱ぎ捨ててワイシャツのボタンを全開にして、台所へ向かって水道の蛇口を捻ってコップ一杯に水を注ぐ。

コップ一杯になった水をがぶ飲みして強引に動悸を抑えようとする。

「ゲホッゲホッ!ハァ…ハァ…」

結果的に咽せただけで大した変わらなかった。空になったコップをシンクに置いて隣の冷蔵庫に寄りかかってズルズルと下に落ちて、ドンと座り込んで震える体を抱きしめた。

いつぶりだろう、こんなにも怖くて仕方がなかったのはーー。

それは十年前、俺がまだ七歳のことだったーーーー。

俺には父親の藤宮 真司と母親の藤宮 葉月、そして三つ歳の離れた姉の藤宮 梨花の三人の家族がいた。

とても仲が良い家族だった、それも自慢できるくらいに……。

十年前の六月、俺はキャンプに行きたいとわがままを言った。優しかった父さんも母さんも仕方ないという表情でそれを了承してくれてはしゃいだのはよく覚えてる。姉ちゃんも俺には甘かったところもあって俺のわがままはなんでも聞いてくれた。

それから数週間、キャンプ前夜になって俺は姉ちゃんと一緒に寝てた。その時に俺は姉ちゃんからとあるものをもらった。

『はい、和真』

『お姉ちゃん、これなに?』

姉ちゃんは部屋に入って綺麗にラッピングされた包みを渡してきて、俺はそれを見て聞き返した。

『開けてみて』

そう言われて俺は包みをバリバリと破って開けた。

すると、そこにあったものを見て俺は興奮したことを覚えている。

ーーーーその包みの仲にあったのは十穴のハーモニカだった。

『わぁー、ハーモニカ!お姉ちゃんとお揃いだね!』

俺はそれを掲げて喜んではしゃいでいたっけ。

何より嬉しかったのは大好きな姉ちゃんと同じものだったからだ、姉ちゃんもハーモニカを母さんからもらっていたらしくよく吹いてくれた。そんな俺を見て姉ちゃんは優しく笑っていた。

『じゃあ和真、キャンプから帰ってきたら一緒に練習してパパとママの前で演奏しようね』

『できるかな?僕もお姉ちゃんみたいに』

『和真ならできるよ、わたしの弟だもん』

優しく柔らかい口調に心底、安心を覚えた。自信とやる気が自然に湧き上がって嬉しくてそして何よりも楽しみだった。

『梨花ー!和真ー!そろそろ寝なさーい』

『『はーい』』

部屋の外から母さんの声が聞こえると二人そろって返事をして布団に入り込む。でも、ハーモニカをもらった嬉しさが消えなくて全く眠くならなかったっけ。

あんなことになるまではーーー。

「はぁー…」

溜息を吐いて過去に浸っていた意識を現実に呼び戻す。前髪を乱雑に搔き上げて、ゆっくりと立ち上がって椅子にでも座ろうとしたときだったー。

「和真!いるよね、入るよ!」

外からそんな声がすると、俺の許可なく遠慮なしに部屋へと足を踏み入れる。入ってきたのは長い黒髪と凛々しい雰囲気をもった女性だった。

「香織になにをした?ことと次第によっては痛い目を見るよ」

まぁ、香織とあんなことになればこうなることはわかっていた。その人は俺の前に来ると胸倉を乱暴につかんできた。

この人は高原 みあさん。香織の三つ年の離れた実の姉で、俺の姉ちゃんの同級生だった人だ。

「別にどうもしてないッス」

「じゃあなんで香織が泣いて帰ってきた?」

みあさんの声に明らかな怒気が籠っていた。何を隠そう、この人は重度のシスコンで香織に何かあると最初に俺のところに問いただしに来るくらいだ。しかも口調も雰囲気も男勝りでそこらの不良なんか相手にならないくらいの力を持っていたりする。

だが、俺と香織との間に起ったことを話してもきっと何も解決はしないだろう。俺がしたことは香織のこれまで積み上げてきたものを壊すようなことだったからだ。

「…お姉さんには関係ないッスよ」

「あくまで白を切るつもりね…」

そう言ってみあさんは右手を強く握りしめた。俺がこの人をみあさんと呼ばないのは、この人が名前を呼ばれることを嫌っているからだ。

本人曰く、可愛すぎるからだとかーー。

「殴りたいなら殴ればいいじゃないですか、なんならここで殴り殺すのも一興ですが?」

正直な話、過ぎたことはなるべく掘り返したくないし他人に掘り返されるのは持っての他だ。

少し自暴自棄になって殴られることを煽るように言葉を返した。

「全く……アンタも相変わらずね」

そう言ってみあさんは俺の胸倉をバッと放して溜息を吐いた。俺は何もなかったことに安堵して椅子を引いて腰を下ろす。

「まぁ、アンタがそう言うなら深くは聞かないけど…」

背を向けて玄関に向かって、靴を履くみあさんはクルッと振り返った。

「香織を傷付けたら許さないからな」

最後に怒気の籠った声に寒気が走る。俺は小さく頭を下げ、みあさんから視線を逸らしてやり過ごすことにした。

その俺の様子を見てか、みあさんは最後に溜息を一つこぼして俺の部屋を後にした。それを見送って俺は気が抜けて椅子に思い切りもたれて大きく息を吐いた。

姉ちゃんか……もし姉ちゃんが生きていたとして、俺に何かあったらみあさんみたいに心配してくれるだろうか…。

つい、そんなことを考えてしまう。そう思うと香織は幸せなんだと思う、心配している家族がいるのだからーー。

その時、俺は…香織が心の底から羨ましいと思ってしまったーー。

その後、俺は夕食を軽く済ませて風呂に入って椅子に座って一息ついていた。

「はぁー」

我ながら気の抜けた声だと思った。そこでふと棚に飾られた家族との最後の思い出である写真が目についた。

椅子から立ち上がってそれを手にした。そこに映る幸せそうな俺と三人の亡くなった家族、十年経ったはずなのにまだ慣れてない…引きずっているのだろうか。

『待っててね、ーー』

そんなことを考えていると頭の中に浮かんだ夢の中で聞いた声、聞き覚えのあるそれはまさか……考えたくないがもし、そうだとしたら俺はまだ過去を引きずっているってことになるんだろう。

自分の割り切れない中途半端な覚悟に舌打ちをしたい気分だった。

おれはそんな気分を振り払うためにハンガーにかけたブレザーの内ポケットからハーモニカを取り出してベッドに腰を下ろしてハーモニカを吹く。

姉ちゃんがよく聞かせてくれたこの曲だ。生きると決意してからハーモニカの封を開けた時に楽譜が一緒にしまってあった。もしかしたら、帰って来た時にすぐ練習できるようにと姉ちゃんが気を利かせてくれたのかもしれない。

昔はこれを聞いているだけで落ち着いた。それこそ泣いている時は涙が自然に止まり、怒っている時は冷静にさせてくれるとても不思議なメロディーだった。

確か、姉ちゃんに曲名を聞いた。姉ちゃんはその時、こう言った。

『慕情』とーー。

儚く柔らかい、そんなメロディーを奏でる。演奏するリズムは同じだ、つまり音の高さを変えながら同じところを繰り返しているだけだ。

なのに、心から感じる優しさに自然と涙を流していた。

気分が収まると俺はハーモニカを口から離して、ブレザーの内ポケットにしまうと布団に潜り込んだ。

(父さん、母さん……姉ちゃん)

最後に家族のことを考えながら、目を閉じる。

もう一度、あの時に戻れたら……。そんなことを思いながらーーー。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん?」

生温い強い風がビューと吹くとそれを肌に感じて、意識が戻る。窓でも閉め忘れたかな?最後に確認した覚えがなかった。

気がつくとそこはいつもの部屋のベッドの上じゃなかった。首を横に向ければ目の前には草木が生い茂っていて上を向けば空には白い雲がかかって風に流れていた。

「……は?」

意味がわからなかった、いつも通り寝て朝に目覚めるはずが気づけば自然の中で横になっていた。あまりにも不可解すぎて頭をガリガリと掻き毟る。

「まぁ、考えても仕方ないか」

俺は体を起こして立ち上がるとそこに広がるのはやはり草と木などばかりで人工的なものが見当たらなかった。

途端に追い風が吹く、まるで進めと催促されているようだった。まぁ立ち止まっているよりも進んでここがどこかを理解する方が先決かもしれない。

仕方なく俺は歩き始めた。まるで普通に林道を歩いているみたいだ、それほどに現実味を帯びた感覚だった。

吹く風によって木々がざわめくように揺れて、どこからか鳥のさえずりも聞こえてくる。

『父さーん!』

「ん?」

俺の進む方向から子供の声が聞こえる。もしかしたら、俺以外にもここに来ている人がいるかもしれない。とりあえず合流して話でも聞いてみるとしよう。

そして、俺は道を小走りで進み始める。進んでいくと広い場所に出るのか明るくなってくる。

もう少し、もう少し……。そんな気持ちを抱いて俺は走る速度を上げた。

そして、その場所にたどり着いた瞬間だった。サラサラと川のせせらぎの音がして、陽射しが強くなった気がした。

「ここは……」

気がつけば俺は河原に立っていた。足元は大小様々な石が散らばっていて目の前には川が流れている。

「ここは、まさか…」

俺はこの場所に見覚えがあった。忘れたくても忘れられない、そして俺が忘れちゃいけない場所。

「…そうだ、人が」

子供の声を聞きつけてここまで来た俺は近くに人がいないかキョロキョロと辺りを見渡しながら河原を進んでいく。どっちが上流でどっちが下流かわからないが、とりあえず進んでいく。

時々、大きな石につまずきそうになりながらさっきよりも涼しく感じる風を受けながら河原を進み続ける。

『父さん、これでいい?』

『ああ、これだけあれば大丈夫だ。それじゃあ、戻るよ和真』

『うん!』

「……え?」

近くに親子であろう会話を耳にして俺はそこを目指していた、目指していたのだが耳を疑うような言葉に足が自然に止まってしまった。

『あなたー!和真ー!薪は集まったかしら?』

『うん!バッチリだよ!』

『和真が頑張ってくれました』

そこに新たな声が聞こえてきた、優しい母親のような声だった。

もしかしたら…いや、同じ名前の子供なんてたくさんいるんだ。これがあの時とは限らない、そう信じながら俺は足を進めるとそこに広がる景色に言葉を失った。

『母さん、材料はもう洗ってよかった?』

『あら、ありがとう梨花。助かるわ』

そこに広がったもの、それは十年前のあの日そのものだったーー。

「これは、あの日の夢…?てことは、これから……!」

俺はこの先の未来を知っている。だからこそ、焦った。

そう思って振り返ったその瞬間、さっきよりも強い風が吹き抜ける。すると、途端に辺りが雨雲がかかったように暗くなっていた。

『和真!梨花!急いで支度して!』

『あなた!どうしよう!』

『必要なものだけ持って行こう!死んだら何もかも終わりだ!』

家族の幸せな光景から一変して、父さんと母さんは姉ちゃんと俺を起こして荷物をまとめ始める。

そうだ、確かこの日…急に天気が悪くなって川が増水したんだ。この光景を近くで見ていた俺の頬に雨粒が当たり、次第に降りは強くなってくる。

川の水は濁り始め、水が増え始めて河原を飲み込んでいく。

『さぁ、行くよ!』

父さんは他の三人の準備を確認して移動を始める。雨はさらに激しさを増して雷も鳴り始めて時折、暗い雲を刹那の光が照らす。

『ああっ!』

『梨花!』

河原を出ようとした時、大きな石につまずいて姉ちゃんが転んだ。雨によって増えた水が姉ちゃんのすぐ後ろに迫っていた。

『お姉ちゃん!』

姉ちゃんの前を歩いていた俺は手を伸ばすと姉ちゃんも俺に思い切り手を伸ばした。

これなら届く、そう思っていたー。

だが、それよりも早く氾濫した川の水が姉ちゃんを飲み込んでいった。

『きゃあぁぁぁ!!』

『梨花ーー!!』

『あなたーー!』

『和真を連れて行ってくれ!!』

川に流されていく姉ちゃんを助けようと父さんが川に飛び込んだ。俺はこの時姉ちゃんを助けられなかったという絶望感で呆然としていた。

『和真、行こう!』

母さんは俺の手を引いて河原を後にする。きっと悔しかったんだろう、母さんは泣いていた。俺はあの時、姉ちゃんのことしか頭に無くて何も見ていなかったんだ。

「そう、この後は……」

『ママが和真を庇って死んじゃうの』

「え……?」

ふと、声が俺の耳に入ってきた。まるで囁くようなくらいの近い距離だった。

振り返った瞬間、まるでガラスが割れるかのように目の前の景色が崩れ去る。同時に俺の足場が消えて、俺はジェットコースターのような浮遊感に包まれて落下していく。

「うおぉぉぉぉ!?」

崩れゆく目の前の景色に俺は何もできず、手を伸ばすしかできなかった。

そして、俺の意識はゆっくりと暗転していったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

「………ハッ!」

まるで夢を見ていたかのように目が覚めた。気づけば椅子に深く座っていた。現実味を帯びていた光景を目にしていた俺の額に汗が滲んでいて息も絶え絶えになっていた。

「さっきのはなんだ…ていうか、今度はなんだ?」

さっきまで見ていたものがなんだったのか考えようとしたが、目の前の光景に思考が変わる。豪華、華美なんてイメージだ。目の前には大きなテーブルがあり、その上には湯気を立てるティーポットとクッキーやカップケーキなどのお菓子が置かれていてその机の周りには椅子が配置されている。

まるでどこかの洋館で開かれるお茶会のような部屋に俺は理解が追いつかなくなる。

「…ん?」

必死に理解しようと思考を巡らす中、俺の頬を冷たい風が撫でる。風の吹いてくる方向を見ると備え付けられた窓が少し開いていて、そこから外の風が舞い込んできているようだ。

その先はバルコニーがあり外にも出られそうな気もする。窓の外は暗くて見にくいが、先ほどと同じような森があって風のせいで木々のざわめきが聞こえてくる。

椅子から立ち上がってその窓の近くに立って外に目を向けた。

「どうなってんだよ……」

壁にもたれて困惑していると視界に入った大きな木の扉に意識が向く。その扉も不思議で周りにツタが生い茂っていてところどころに真っ赤なバラが咲いている。

「あそこから入ってきたのか?でも扉を開けた記憶はないんだけど……」

「でも、あの夢を望んだのはあなたでしょ?」

「--ッ」

これはあの時の声だ、間違いない。まだ耳には残っている。

すると、この部屋に向かってかコツコツと足音が近づいてくる。

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るかってね」

俺はその足音の主の到着を待つ。ここでジタバタしてもどうにもならない気がしていた。

「スーハー、スーハー」

扉の向こうから何が来ても良いように深呼吸をする。

その瞬間、扉が軋むような不気味な音を立ててゆっくりと開いていく。

開いた先には何もない、あるのは先の見えない暗闇だった。

「……出オチか?」

予想外のものに俺は呑気にそんなことを口にする。ていうか、これって出オチか?

すると、辺り一面にハチミツを焦がしたような甘い匂いが立ち込める。最初は嗅いでて心地のいいものだった。

だが、その匂いは次第に強くなり甘過ぎてつい腕で口と鼻を庇うように塞ぐ。

「残念だけど、鬼でもなければ蛇でもないわ」

「え……」

その暗闇の向こうからあの時の声が聞こえた。ゆっくり、そして確実な足取りで近づくそれはついにこの部屋に足を踏み入れた。

ーーーその姿に言葉を無くした。

長い茶髪に両側には赤のリボンが結ばれていて、黒のドレスを着たその人は俺に向かって優しい笑みを浮かべた。

「やっと、やっと会えた…」

「そんな、まさか……」

ありえない、そう言いたかった。でも、目の前にいるそれがあまりにも衝撃的で口がうまく動かない。

「久しぶり『和真』」

俺の名前を呼んだその人は右手を差し出してくる。その人について回るように扉に巻き付いていたツタが生きているかのようにうごめく。

「『姉ちゃん』、なのか……」

どうにか俺の口から出た言葉に、目の前に立つ実姉『藤宮 梨花』は妖しく笑みを浮かべたーーーー。

 




『愛してるわ、和真ーーー「殺したいほどに」』



『幼馴染なんだろ?あいつのことを一番知っているのはお前じゃないのか?』



『ああ、ちくしょう……!』



『今は、私が側にいてあげられるから』





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