ハピメアーone's light mindー   作:zero beyond
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前回のあらすじ





和真の中から出てきた青い光、それは和真の「本心」が形になったものだった。自分の心の内が表に出てきた事で、和真の嘘は通用しない。本心の目的は自身の体を手に入れること、その目的は和真から離れたことで成された。どうやら敵意はないようで警戒をする有栖を押し切って、和真は自分の本心を受け入れる。
現実に戻ってきた和真、今まで味わった事のない頭痛に襲われながら朝食や洗濯などの家事をこなしていく。
香織を待つ事なく和真は登校、再び一番乗りで学校に来た。遅れて日直の哲也が登校、昨日の事を光から聞いて心配されるも不思議なことに不安は無かった。
昼休み、和真は弥生のもとを訪れる。昨日の礼を述べ、和真は昼食を摂った。帰りの間際に弥生から『とある薬』を受け取り、化学室を後にしたのだったーー。


第六話

和真が教室を飛び出してすぐだった。

「なぁ、藤宮って一人暮らしなんだよな?」

「ん?ああ、そうだぞ」

和真の後ろ姿を見ていた琴浦 光が和真の親友である哲也に尋ねると哲也はそれに首を縦に振ってこたえた。

「なら、あの弁当は…」

「あいつが自分で作ってるよ」

「和真くんのお弁当、美味しいんだよね。前に少しもらったけど」

和真の手に提げた弁当箱を見ていた光がそれについて再び哲也に尋ねる。それに対して答える哲也、その二人に哲也の恋人である朝日が解説するかのように声をかけた。

「そうなのか…」

「なんでそんな事聞くんだ?」

あまり言葉を交わさない光に和真のことを聞かれて哲也は光のことを疑った。交わしたとしても昨日の昼と早朝くらいだ、そんな人間がこうも急に変わるとなにかあるんじゃないかと考えてしまう。

「…ハッ!」

そこで哲也はとある結論にたどり着いた。哲也が急に立ち上がると近くの朝日と光が驚いて肩をビクッと震わせた。

「お前、そっちの趣味か!」

哲也の突飛な発言に光は呆れかえって言葉を失った、教室の中にいる生徒たちがそれを聞いてざわざわと騒ぎ始める。

「お前、どうしてそうなるんだ…」

「だってお前、女に興味なさそうだし…まさかと思って」

「そんなバカなことがあるか。第一、付き合っている女がいるのに別の女と仲良くする意味はないだろ」

光のその発言に教室はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。急に空気が変わって光は訳が分からず首を傾げていた。

「え、お前って付き合ってる子いたのか?」

「いるぞ?聞かれないもしないことをわざわざ言う必要もないしな」

さも当然のように光はどこ吹く風と言った様子だ、光の新たな一面に哲也は驚きながらも話が逸れていることに気づいて咳払いを一つした。

「それで、なんでそんな事を聞くんだ?」

「ん?ああ実は俺も一人暮らしだからな、いつもどうしているか気になってな」

「ほぉ~」

またここで光のことを知った哲也、そこで知恵が働いたのかニヤリと笑って携帯を取り出してとある人間に連絡を付ける。

『もしもし?』

「おお、陽か?いま大丈夫か?」

哲也が電話をかけたのは意外にも陽だった。和真と同じ部活の陽、和真と同じクラスの哲也は一年の時から必然的に昼は一緒になることがあった。

そこで二人もまた親友のようになったのだった。

『どうしたの、何かあった?』

「和真って今日はバイトだったか?」

『うん、そうだよ?それがどうかした?』

哲也は電話越しに陽も笑っているんだろうと思いながら自分の考えを話した。すると、それは見事に的中して陽はケラケラと笑っていた。

『いいね、おもしろそう』

「だろ?それじゃあ、そっちは任せたぞ?」

『了解、哲也の方こそ気づかれるなよ?」

「任せろ任せろ、じゃあな」

そう言って哲也は電話を切ると携帯をポケットにしまった。

「と、いうわけだ琴浦。放課後、付き合えよ」

 

 

 

 

 

無事に授業を終えて、俺は学校を飛び出してとある場所に向かった。最近は夢見が悪いせいで、全く顔を出せていなかったからな。今日は張り切っていかないとーー。

「しかし…」

昼休みからなぜか教室の空気が張り詰めていて、哲ちゃんとか朝日の態度がおかしかった。どこか誤魔化しているような、隠しているような雰囲気だった。

でも、こうして学校を出ているんだから考えすぎなんだろうな。

「まぁ、いいか。それよりもバイトだ」

学校を飛び出して十数分、俺はとある喫茶店にたどり着く。久々に来るからか、どこか緊張している。扉を開ける前に立ち止まって深呼吸をする。

「いよっし!」

気持ちを落ち着けて俺は扉を開けて中に入った。

店内はどこか和の雰囲気を醸し出していて、明晰夢で見る部屋とは大違いだ。しかも、この場所の方が行き慣れているから凄く安心する。

「あ、和真さん。こんにちわ」

「お疲れ様、こころちゃん」

店内に入ると一人の少女が俺に声をかけてきた。彼女はこころちゃん、今年で高校生に上がった子で、確か翠京でもレベルの高い女子校に通っていた筈だ。制服の上にそのまま身の丈に合ったピンクのエプロンをかけて、空いたコーヒーカップや食器を運んでいた。

「すぐに入るね、もうちょっとだけ頼むよ」

「ゆっくりでいいですよ、まだ本調子じゃないんじゃないですか?」

見透かされていたのか、こころちゃんは俺に気を使って心配そうに俺の顔をチラッと見た。朝日と同じで周りに気を使うことが出来るしっかりとした優しい子だ。

「大丈夫さ、休んだ分だけ頑張らないと」

昨日に比べればどうという事はない、ほぼ快調に近いため俺は腕を回してこころちゃんに訴えかける。それなら、と最後まで俺を気遣いながら引き下がるこころちゃん。俺は店の奥に入って更衣室に足を運んだ。

自分のロッカーを開けてカバンを放り込むと、一緒にブレザーとセーターも脱ぐ。ロッカーの中にかけてあるソムリエエプロンという腰に巻くタイプのエプロンを身に着けて、ネクタイを緩めた後にシャツの袖を肘の辺りまでまくる。

「っしゃあ!」

自分に喝を入れるように叫んで、両頬をパシンと叩いて更衣室を後にする。

ホールを出ると先ほどよりも客が少し増えていた。それを見て気持ちが少し急かされて、水道で手を洗う。

「あら、和真くん。体を大丈夫なの?」

「ええ、もう大丈夫です。迷惑かけてすいません、『あずきさん』」

声をかけられて振り返るとそこにいたのは一人の女性だ。この人はあずきさん、この店のオーナーでもある。

「私は大丈夫よ、こころが和真くんがいなくて泣きそうになっててね?」

「お母さん!そんなことないよ!」

どこか困った顔をしたあずきさんを止めるようにホールにいたこころちゃんが声を上げた。そう、実はこの二人は親子だ。蛙の子は蛙、遺伝子は恐ろしいな…本当に。

「和真さんも、今のはお母さんの嘘ですからね!」

「わかってるさ、俺がいなくてもここは問題ないでしょ?」

先ほどのやり取りにこころちゃんが釘をさすように言ってきて、俺はそれに軽口で答えた。実際にここで働いていれるのは親友のおかげだが、店員がみんなハイスペックなのだ。俺がやめたり、いなくなったとしても問題はないだろう。

「いや、その…和真さんがいないと寂しいというか…」

何故か俺に背を向けて消え入りそうな小さな声で何か言っているこころちゃん、何かまずいことを言っただろうか?

(まぁ、いいか…うん?)

俺のここでの役目は調理と接客だ、キッチンに目を向けるとカウンターのところに黄色のエプロンが乱雑に投げられていた。

「ああ、またか…」

「また”愛”が置いていったのね」

それを見ていたあずきさん、俺たちは同時に溜息を吐いた。いつも終わりになるとここに放置しているので、もう慣れてしまったが…。

「戻しておきます」

「いつも悪いわね」

そう言って俺はそのエプロンを手に取った。その瞬間、店の扉が開かれる。今日は客が多いな、急いで仕事に取り掛からないとーー。

「あら、人のエプロンでなにしてるのかしら?」

柔らかくて妖艶さを含んだ声に俺は、扉の方を見た。そこにいたのは一人の女性、長くて柔らかそうな白い髪にカジュアルな服装をしているその人はジッと俺を見ていた。

「片付けようとしてたんですよ、『愛さん』」

「そう?私のエプロンで興奮してたのかと思ったわ」

「しませんよ!」

「ま、別にいいけど」

「え、いいの?」

この人が件の愛さん、今は大学に通っているらしいけど詳しくは聞いてない。

そんなやり取りをしているとホールの方から刺さるような冷たい視線が刺さる。チラリと見るとまるで汚物を見るような目でこころちゃんが俺を見ていた。

「……和真さんのエッチ」

「誤解だってば!愛さんも変なこと言わないでください!」

「ふふ、和真が面白い反応するからよ?」

理不尽極まりない二人の猛攻に俺は肩を落とした。愛さんが歩いて来たので、とりあえず持っていたエプロンを渡して俺は愛さんが来るまでキッチンに入ると、空いた食器を持ったこころちゃんがキッチンに入ってくる。

「ごめんね、こころちゃん。任せちゃって」

「いいです、和真さんは病み上がりですから」

すっかりヘソを曲げてしまったのか、目も合わせることもなく食器をシンクに置くこころちゃん。まるで俺がすべて悪いという形で終わっているが、全くなにもしていないつもりだ。

「いいのよ、和真くん。妬いてるだけよ」

「ちょっと、お母さん!」

キッチンの方からあずきさんが声を上げると、こころちゃんが持っていたトレーを落としそうになって咄嗟に彼女を支えると同時にトレーを掴む。

「危なかった…こころちゃん、大丈夫?」

「え、あ、えっと、その」

心配になってこころちゃんを見ると、りんごのように真っ赤になっていた。そして、俺も彼女の肩を抱くような体勢になっていたので急いで離れた。

「怪我、してない?」

「だ、大丈夫…です」

気まずくなってお互い目も合わせられない状態だった。

「あらあら、私だけじゃなく『妹』にまで手を出すなんて。本当に和真はわがままなんだから」

「愛さん!」

「姉さん!」

今度は支度を終えた愛さんからの急襲、どうしようもねぇなこの状況。言い忘れていたが、愛さんとこころちゃんは姉妹で家族だ。

そう思って俺はあずきさんを見る。

「フンフンフーン、フフンフンフーン♪」

鼻歌まじりでキッチンに向かうその姿は主婦そのもの、見ているだけで惹かれるような魅力的な雰囲気を醸し出す。それが、あまりにも綺麗で…俺はしばらくあずきさんに目を奪われていた。

あの人から、こころちゃんと愛さんが生まれたんだよな。DNAっていうのは恐ろしい…。

「和真くん?」

「え、あ、なんです?」

「どうかしたの?まだ体調が良くないの?」

「あ、いえ、大丈夫ですよ?」

ずっと見ていたことを誤魔化すように俺はお茶を濁すように視線を逸らすと、あずきさんがクスリと笑った。俺の心のうちが読まれたのだろうか、あずきさんにはかなわないなーー。

そう思っていると、店の扉が開かれる。

「ただいまー」

「遅ぇぞ、『陽』」

「ごめん、委員会があったんだ」

「嘘つけ、どうせ響子ちゃんのとこ行ってたんだろ」

「あ、バレた?」

「店長!『お宅の息子さん』が堂々とサボり発言しました」

「あら、それは困ったわね。今月のお小遣いは無しね」

キッチンを振り返ってあずきさんに報告すると、がっかりしたように肩を落とすアクションをした。

「あとで覚えておけよ、和真」

「こっちのセリフだ、馬鹿野郎」

そんな事を笑いながら言い合って、俺は別のテーブルの空いている食器を片付ける。

「お帰りなさい、『兄さん』」

「お帰りなさい、『陽』」

「ただいま、『こころ』『姉さん』」

遅れてきた陽が二人と言葉を交わして奥に消えていく。

因みに二人、あずきさんも合わせて三人か。苗字は四宮、ここは喫茶店『クローバー』。

ーー親友の陽の自宅にして俺のバイト先だ。

 

 

 

 

 

陽が加わって一時間半ほど経過したところで夕方の五時を告げる鐘が鳴る。それを耳にして俺はふとクローバーの店内から窓の外を見つめた。

「和真、今日はもう上がっていいよ」

「え、なんで?」

「今日でクビだから」

「え、うそん…」

「うん、ウソ」

そう言ってキッチンに立っている陽がニッと笑う。あの野郎、いつか痛い目に合わせてやる。俺は心の中で誓った。

「ほら、そんな意地悪しないの。今日は客入りも少ないし、かえって暇ができるから今日は上がってもいいわ。和真くん、病み上がりでもあるし」

そういう事か、あずきさんの言葉に納得して頷く。陽のやつ、遠回しにいらない子

発言しやがって…。しかも、悪びれる様子もなくニコニコとしていやがる。

「わかりました、今日はこれでーー」

「たーだいまー!」

空いた食器を下げようとしたとき、元気すぎる声が通る。それを聞いて苦笑いを浮かべるあずきさんとこころちゃんに、とてもイヤそうな顔をする愛さんと陽。

ああ、いつものやつか。俺はそう思って、黙々と食器を下げ始める。

「おぉ…会いたかったよ、マイファミリー!」

扉を開けて勢いよく入ってくる一人の男、偶然にも扉の近くにいたこころちゃんに向かっていく。

「……」

苦い表情をして、それを黙って避けるこころちゃん。相手にしてくれないとわかるや否や、今度は更に奥にいた愛さんに向かっていく。

「……フン」

向かってくる人に愛さんは呆れながらスッと半身になるように体を動かし、細くて長い脚を出した。それを避ける間もなくその人は足を引っかけてカウンターの淵に頭から突っ込んでいった。

鈍い音が鳴る、大きく響くその音に俺と陽は思わず目をとじた。余程の痛みにその人は蹲りながら、小さくうめき声を上げている。傍から見たら軽くホラーで全員が引いた顔をしていたが、ただ一人あずきさんは仕方なさそうにクスリと笑ってその人の隣にしゃがみ込む。

「ひどい、誰も相手にしてくれない…」

「あまりベタベタされたくないのよ、もうこころだって高校生なのよ?」

「あずき~…」

「ああ、もう…仕方のない人なんだから」

誰にも相手にされなくて、その人は隣のあずきさんにしがみつくように抱きしめる。その人のそんな行動も仕方ないと言いながらも、愛おしそうに抱き返すあずきさん。

「相変わらずだな、『マコさん』」

「あれが『父親』とは思いたくないよ…」

陽の隣に立つと、陽はこの世の終わりを目の当たりにしたかのような顔で溜息を吐いた。

この人は『四宮 誠さん』、この四宮家の大黒柱…だと思う。あずきさんの旦那さんで陽たちの父親でもある、ついでに家族が大好きすぎる人でもある。

俺はマコさんと愛称で呼んでる。

「なんだ和真、まだいたのか」

「……いつも思いますけど、俺の扱いがひどくないですかね?」

「話しかけてあげるだけマシだと思うが?」

「何様だよ…」

「俺様ですがなにか?」

「親も親なら、子も子だな!」

二人そろって俺をイジメる、四宮家の男はそんなにも俺に恨みがあるのだろうか。全く持って解せぬ。

「だって、ねぇ?」

「そりゃあ、ねぇ?」

何故かそろって顔をも合わせるマコさんと陽、もうこの二人が組んだら絶対に悪いことが起きるんだよな…。

「娘たちに手を出そうとしてる馬の骨に優しくする意味なんてないし?」

「姉さんとこころに近寄る虫は駆除しないとね?」

「待て待て、勘違いしすぎてないか!?落ち着けって」

親バカとシスコンを拗らせた二人が俺に殺気を放ち始める。

一瞬、口ごもって間が空くが出そうになった言葉を飲み込む。

確かに愛さんもこころちゃんも綺麗でかわいいけどーー。

「俺が…隣に立てるような人じゃないって」

「「分かってるならいい」」

この二人を相手にする時ほど、疲れる事はない。今日はもう上がりだし、帰ってもう寝よう。

「あなた!もういいですから、着替えてください。ずっとここにいられても困ります」

「はーい、わかったよ」

あずきさんに叱られてもあっけらかんとしているマコさん、あずきさんもあんな人と一緒だと疲れないだろうか?

でも、もしそうなら結婚なんてしないよな。父さんと母さんのそういう話って聞いたことないし、今更ながら聞くこともできないしなーー。

「そうだ、和真!」

「今度はなんですか…」

そう思って振り返ると、奥に向かう途中のマコさんが鞄の中から小さな箱を取り出して放り投げてくる。

落とさないようにそれを両手でキャッチする。ああ、いつものやつかーー。

俺の手の中に納まったものを見て、思い出した。

「いつものヤツだ、取っておきたまえ」

「あざーす」

感謝を告げるとマコさんはどこか誇らしげ…なのだがーー。

「あーなーたー!」

後ろにいたあずきさんの背中から般若が顔を出す。なぜかわからないが見えた気がして俺はあまりの恐ろしさに身震いした。

「また駄菓子なんか買って!いつも無駄遣いしないように言ってるじゃないですか!」

まるで子供に叱るようにあずきさんがマコさんを怒鳴りつけた。サッと頭を抱えるマコさん、まんま親に叱られる子供のような絵面だ。

マコさんが俺に投げてきたのは駄菓子のココアシガレット、駄菓子の代名詞でもあるこれは俺が初めてここでバイトをしてマコさんに初めて会った時に貰った。

タバコみたいなパッケージだけど中身はスティック状のラムネだ、これとは別にオレンジシガレットというものもある。

マコさんはこう見えて大の駄菓子好きで、たまに俺と会うといろんな駄菓子をくれる。ちなみに、このココアシガレットは俺の大好物。

なんでかって?大人になった気分になるからだよーー。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、お先に上がります」

「ええ、お疲れ様」

「お疲れ様でした」

あずきさんとこころちゃんに見送られて、俺はクローバーを出た。あの後、マコさんはあずきさんにこってり絞られていた。嬉しそうな顔で…。

それを冷めた目で見ていた愛さんと陽が印象に残っていた。

俺は早速、マコさんからもらったココアシガレットの封を開けて一本取り出して咥えた。

あそこにはいつも家族の温もりがある、もちろんあずきさんも俺のことを自分の子供のように見てくれる。あずきさんだけじゃない、佳乃さんも香織のお母さんたちも俺のことを思ってくれている。

でも、俺はそれに向き合うことができなくてーー。

どうしても壁を作ってしまう、たった一歩を踏み出すことができないでいた。

そんな事を悶々と考えながら家に着いた。

なんだか、今日はバタバタしてた。そのせいか、眠くて眠くて仕方ない。

靴を脱いで家に上がるとバックを適当に放り投げて、ベッドに倒れ込んだ。

(ああ、洗濯物が…)

ベッドの魔力に引かれて、身体が動こうとしない。洗濯物もそうだけど、晩飯と風呂洗いもやらないといけないが…。

「どうせ明日休みだし、もういいや…」

今日は金曜日、ついに諦めて思考停止。かといって制服で寝るのも良くはない。仕方なく体を起こしてブレザーを脱ぐと、側にポンと置いてまた体を横にした。

シャツのボタンを上から外して、完全に脱力状態へ突入する。

ピンポーン!

まったくもってタイミングの悪いことだ、人が寝ようとした時のインターフォンはもはや嫌がらせの域だと思う。のそりと体を起こして、ベッドから出る。

腕を上に伸ばして体を少しほぐしながら玄関に向かう、これでセールスの類だったらどうしてくれようか……。

「はい」

「お、いたいた!よぉ」

「え、哲ちゃん?」

玄関を開けて出てみればそこにいたのは哲ちゃんだった。予想外の来客だ、哲ちゃんは部活とかには入っていなかったしこの時間帯に俺の家に来るということは…。

「どったの?」

「おお、暇してると思って押しかけにきた」

「哲ちゃんほど暇人じゃないよ、それに…」

俺は哲ちゃんの後ろを見た、そこにいたのはーー。

「よぉ」

「なんで琴浦もいるんだ?」

さっぱりわけがわからない。哲ちゃんに俺の家を教えてもらったんだろうけど、俺の家に来る理由が見当たらない。よく見ると手には買い物袋がぶら下がっている。

「いや、こいつがお前のこと知りたいって言うから」

「そこまでは言ってない!ただ、藤宮の昼飯が気になっただけで…」

「というわけで、押しかけたんだ」

「いや、なんでさ……」

哲ちゃんと琴浦の言葉に俺は首を傾げるしかなかった。どこがどうなって俺の家に来る理由になるんだ…。

「やぁ、タイミング良いね!」

「よぉ、陽」

そこに、階段を駆け上がってきた陽。両肩には自慢のベースケース、両手には隙間のない買い物袋が握られている。

「うまくいったかな?」

「おう、バッチリだぜ」

なぜか哲ちゃんと陽が完全に理解した顔をしていた。

「そういうことかよ…」

琴浦と陽の持つ買い物袋とバイトの早上がりで合点がいった、陽と哲ちゃんはニヤリと笑っていた。

「「泊ーめて」」

「連絡くらいしてくれって…まぁ、入ってよ」

「「おじゃまー!」」

「……お邪魔します」

俺が扉を大きく開くと、遠慮なしに哲ちゃんと陽が入ってくる。その後ろから遠慮がちに琴浦が家に入った。

「よいしょ、重かったぁ」

陽が両手に持った買い物袋を置いて、両手をプラプラと振るとそれに倣って琴浦が持っていた買い物袋を置いた。

「琴浦くんも一人暮らしなんだっけ?」

「ああ、まぁな」

「あ、そうだったのか?じゃあ、昼とかって…」

体を起こしたことをきっかけに、俺は干した洗濯物を寄せていた。その最中に陽と琴浦の会話を聞いていて、琴浦に尋ねる。

琴浦はああ、と言いながら頷いた。

「家族とは離れて暮らしている、自立するためにな」

洗濯物を抱えながら部屋に入ってベッドの上に放り投げる。陽と琴浦はどちらも調理に慣れているからか、買い物袋から材料を取り出してテキパキとこなしていく。

いつも哲ちゃんと陽が泊まった時は、飯は陽に任せている。あいつはうちの台所事情を良く理解している、俺が洗濯や風呂の掃除をしている間に台所を任せている。

寝床を提供する代わりに調理を頼んでいる、所謂ギブアンドテイクだ。

「お前ってスゲェな」

「そんなことはない、普通だ。それにーー」

哲ちゃんの言葉に返答する琴浦の声が途切れる、その先が気になって俺たちの視線は琴浦に向いた。

「一人暮らしに、憧れていたからな…」

「お前、ホントにギャップの塊だよな」

恥ずかしそうに眼を逸らす琴浦を見て、哲ちゃんが呟く。俺たちの総意を口にした哲ちゃんを心の中で称賛して、俺と陽はうんうんと頷いたーー。

 

 

 

 

 

それから俺たちは夕食にありつき、各々が自由な行動をしている。哲ちゃんは風呂に行って、陽はベースのチューニングをしていた。

そんな二人を放置して、俺はコーヒーを片手にベランダで一服していた。

「いつもこんな感じなのか?」

その後ろからワイシャツ姿の琴浦が、コーヒーを持ってベランダに出てきた。

「まぁな、飯作ってみんなで食べてさ。くだらないことでバカみたいに笑って、気が付いたら朝になってたりとかな」

初めて哲ちゃんと陽が泊まりに来たことを思い出して苦笑いしてしまう。ポケットに手を突っ込んでココアシガレットの箱を出すと、中から一本取り出して咥える。

「要るか?」

「お前、それタバコか?」

「ちげーよ、ココアシガレットだ。駄菓子だよ」

差し出した箱を訝しげにまじまじと見る琴浦、珍しいのも無理もない。そもそも、駄菓子を持っている高校生なんてそういるわけないしな…。

二回ほど箱を振ると、口から数本のスティックが顔を出した。俺の言葉をまだ疑っているのか手を出そうとしない。

「あのなぁ、火を使わないタバコがあるか?学生が加熱式のタバコなんて買えるわけもないし」

「……無いな」

納得した琴浦は肩を竦めて、スティックに手を伸ばして口に咥えた。すると、初めての味に目を丸くする。

その様子がおかしくて俺は小さく噴き出してココアシガレットの箱をポケットにしまい込む。

「お前、なんでこんなもの持ってるんだ?」

「陽の親父さん、駄菓子のコレクターなんだよ。偶に会うと何かしら貰う」

「変わってるんだな」

「基本的にいい人だよ、変人だけどな」

夕方の四ノ宮家のやり取りを思い出す、そんな時だったーー。

「お前の家族はどうしてるんだ?」

琴浦の言葉に俺はコーヒーの入ったコップを落としそうになった。そう言えば、琴浦には何も話してなかったな…。

そう思ってチラリ、と部屋の中を見ると陽はベースを弾いてる。特有の低い音が部屋から漏れ出す。

哲ちゃんも風呂から上がったみたいで、冷蔵庫から水取り出して勢いよく飲んでいる。

「ちょうどいい、全部話すか。戻ろうぜ、まだ夜は冷えるしコーヒーもまだ飲みたいし」

その場を濁すように俺はベランダから部屋に入った。

「……」

納得いかないのか腑に落ちないのか、琴浦は黙りこんで俺の後をついて来る。

さて、話すと決めたものの…。

「ちゃんと話せるかなぁ」

「え、彼女さんと?」

なんて、俺の気持ちを知らない陽の声に安心感を覚えながらも、苦笑いを浮かべて再びコーヒーを淹れたのだったーー。




『実はさ、俺の家族ってーー『もういない』んだよ』



『なんで一人で抱え込んでた!』



『誘ってくれた礼だ、気にするな』



『行くぞ!ドロー!』



『なんてことない、俺は好奇心旺盛な快楽主義者だよ』


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