ハピメアーone's light mindー   作:zero beyond
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親友たちの集まる中、和真は偽っていた過去の真実を語り明かす。
その真実を知った親友たちの叱責を受けながらも仲を深めた少年たち、そのまま宿泊する空気になり夜の街を歩いていく。
その後、和真は最近の悩みである明晰夢のことを話した。夢の中で再会した亡き姉と新たな出会いを果たすもう一人の自分、夢を渡る不思議な少女の話。
琴浦 光の言葉を受けても和真はその異常とも言える状況を楽しんでいた。現実では味わうことができない新たな刺激が和真の中で燃焼している。
一通り語り明かし、遊び疲れた少年たちは一つの部屋で眠りに就くのだったーー。



第ハ話

pipi、pipi、pipi……

「…ん、ふぁ〜」

セットした携帯のアラームと振動で目を覚ます。温かい感覚を鑑みるにここはーー。

俺はバッと勢いよく体を起こす。そこはいつもどおりの俺の部屋だった。

「あー、よかった」

ルーティー先輩にもらった薬が効いたようだ。心底、安堵して俺は再び寝ようと体の力を抜き、ソファーへ沈もうとしたー。

「ーー起きたか」

不意に声をかけられ、脱力していた体に力が入る。声の主を探して辺りを見回すと、奴がそこにいた。

「どうやら、無事に眠れたようだな」

奴はまるで自宅のように俺の部屋のキッチンでテキパキと動いていて、コーヒーをカップに注いでこっちに来た。

「飲むか?」

「いただきます」

俺は台所から来た奴、琴浦からコーヒーを受け取って飲み始める。微かな酸味と適度な熱さが口の中に広がり、思わず息を吐く。

「お前、淹れるの上手いな」

「お褒めに預かり光栄だ」

実際に琴浦の淹れたコーヒーは美味い、敗北感を感じるのは何故だ……。

「ところで…」

「どうした?」

琴浦の視線に吊られて俺はある一点を見つめる。ベッドの足元、正しくはそこに敷かれた二組の布団だ。

「うう、朝日…」

「響子〜」

夢の中で恋人と会っているであろう陽が哲ちゃんに抱きついていた。対して哲ちゃんは恋人の名を呼びながら魘されていた。

「あれは放っておいていいのか?」

「………」

苦い表情の琴浦の問いかけに俺は沈黙を決め込むと枕元の携帯端末に手を伸ばす。イヤホンを端末から外してカメラを起動すると、寝ている親友二人にレンズを向けてシャッターを切る。

「さてと…」

その写真をメモリーに保存して、すぐさまメッセージアプリを起動。宛先は二人の親友の恋人たちだ。

「熱愛、発覚。こんなもんかね」

さっきの写真に一言を添えて、メッセージを送ると携帯を置いてカップを両手で持つ。

「お前、意外とやることがクズだな」

「知らなかったのか?俺は楽しければなんでもいい人間なんだよ」

琴浦の言葉を物ともせずに言い返す。この後すぐ、もしくは週明けにあの二人は酷い目に遭っているだろう。その二人の顔を想像しただけで自然と笑いがこみ上げてくる。

そして、カップを持ってソファーから立ち上がる。陽と哲ちゃんを起こさないように慎重に歩き、窓を開けてベランダへ出る。

「ああ、気持ちいいなぁ」

涼しい風と暖かな日差しが体を包む。この時間、この場所は特別だ。部活で歌ってる時ともバイトで客の笑顔を見ている時とも違う、俺の大好きな瞬間だ。

「…悪くないな」

「だろ?俺、家ではこの瞬間が一番好きなんだ」

俺と同じようにコーヒーを持って琴浦がベランダを訪れる。そして、ビューと強い風が吹く。チチチ、と鳥が囀り空を翔ける。

「なんだか、コーヒーが一段と美味いな」

「全くだ、しかもこうして誰かとコーヒー飲んでるなんて自分でも意外だよ」

「そんなの、俺が一番驚いてるさ」

自分のことは自分でもよくわからない、俺たちはまた一つ知ることになった。目を閉じて大きく深呼吸して春の空気を感じる。人と人との出会いは何が起こるかわからない、幸福をもたらす時もあれば厄災をもたらすこともあるだろうー。

でも、俺は親友たちと出会えたことが嬉しい。少なくともこの出会いは幸福なんだと思う。

「「うわぁぁ〜〜!!」」

そんな中で空気を読まないかのように仲良く眠っていた二人の叫び声が響く。春の空気で忘れていた先程のことを思い出して気づけば俺と琴浦は声を出して笑っていた。

「おはよう。哲ちゃん、陽」

「いい夢でも見てたのか?」

「「そんなわけあるか!」」

揃って同じことを言う二人をベランダから覗くとお互いに距離を置き、ガタガタと震えていた。

「今日のことはお互い忘れよう」

「賛成だ、朝日に知られたら…」

二人の顔から血の気が引いて青くなっていく。だが、既に俺は二人の逃げ道を塞いでいた。思わず笑ってしまって、二人がジト目で俺を見ていた。

「なんだよ、さっきから」

「いや、なんでもない。なぁ、琴浦?」

「え、あー、おう」

悪びれることなくスルーして琴浦に話を振ると、全て知っている琴浦は歯切れの悪い返事をした。

コーヒーを飲み干して部屋に入ると、カップを机に置いて奥の部屋へ向かう。洗濯機の中から洗濯物を勢いよく取り出して籠へ放り込む。

「陽か琴浦、どっちでもいいから朝飯頼む」

「はーい」

「俺がキッチンを使っていいのか?」

「いや、お前…さっきまでコーヒー淹れてただろ」

そう言うとどこかバツの悪い表情でキッチンに向かう琴浦、そのうちに再びベランダへ出て洗濯物を干す。

今日は晴れの予報だし、洗濯物が早く乾きそうだ。

「哲ちゃん!」

「なんだ?あ、布団はいつもみたいに畳んでしまっておくか?」

「ああ、うん。よろしく」

俺が言う前に哲ちゃんは慣れた手つきで布団を畳んでクローゼットへ運び込んでいた。

「和真、昨日のカレーだけじゃダメなの?」

「それは最初に聞くことだろ!俺は良いけど哲ちゃんと琴浦がどうするかだけど…」

「俺は別にいいけどな」

クローゼットを閉めてリビングへ訪れる哲ちゃんが椅子に座ってそう言った。

「冷蔵庫に野菜がある、野菜炒めかサラダでもつくる」

「「よろしくー」」

冷蔵庫を開ける琴浦の提案に間延びした返事をする陽と哲ちゃん、溜息をする俺に対して琴浦の表情は生き生きとしている。

「なんか、悪いな。押し付けたみたいで」

「気にするな、人に飯を作るのは好きなんだ」

生き生きとした表情のままそう言い放つ琴浦が眩しく見えた。お前はベテランの料理人かよ…。

本人がそういうならここは任せようと思う、俺はそのまま洗濯物を干し続ける。

「なんだ、例の彼女さんにも作ってるのか?」

「え!お前、彼女いるの!?」

「なんだか、デジャブを感じるんだが…いるよ。『幼馴染』だがな」

うんざりしたような顔で話す琴浦、同じようなことを誰かに言われたのだろうか…?後でたくさん聞いてみよう。

「へぇ、誰かさんにも可愛い幼馴染さんがいましたが?」

いつの間にか台所からベッドに座ってコーヒーを飲んでいる陽がニヤニヤと俺を見ていた。

「なにが言いたい?」

「いえいえ、他意はないですよ?」

相変わらずの笑みで俺を見る陽。正直、俺はそれが不気味で恐ろしいと感じた。

「なら、聞くなよ。馬鹿馬鹿しい」

洗濯物を全て干し終えた俺は籠を持って部屋に入る。未だ陽の視線は俺を捉えたままだが、目を合わせないようにして洗面所へ入った。

「四宮、いい加減にしろ」

「大丈夫、いつものことだから」

「お前が良くても藤宮は良くない。そうやって人で楽しむのはやめたらどうだ?恋人が見たら悲しむぞ?」

「なんで知ってるの!?」

「知ってるも何も、あんな大きな声で話していたらイヤでも耳に入ってくる」

「あいつらってあんなに仲良かった?」

「さぁな、俺も知らない」

接点のない二人がいつになく快活なトークを繰り広げていた。これには俺も哲ちゃんもビックリだ。学校でこの二人の絡みを見たことがないからこそ余計にビックリしている。

「哲ちゃんはコーヒーどうする?」

「うーん…やめとくわ。あんまり飲み過ぎると中毒になるぞ?」

その声に対して、俺は肩を竦めるだけで言葉を返すことはなかった。そんなこと今更だからさ、気にしたところで意味はない。

「ところで和真、今朝は大丈夫だったのか?」

「ああ、大丈夫だよ。哲ちゃんといい琴浦といい、同じことを聞くんだね」

「あんなことを聞かされたらな、心配するに決まっているだろ」

「ーー哲ちゃんのそういうところ、俺は好きだよ」

「お前のその偶に見せる顔は好きじゃない」

俺はまた無言で肩を竦めて、コーヒーを求めてキッチンに向かったーー。

 

 

 

 

 

「それじゃ、そろそろ帰るわ」

「僕もこれで帰るよ、ご馳走様」

「俺も失礼する」

しばらくして一息ついた頃、三人が帰り支度を始める。

「和真、今日は午後からだから遅れないでよ?」

「ああ、そうだった」

今日は午後からクローバーのバイトだった、陽の言葉で思い出した。そんな俺を見てあからさまにがっかりする陽。

「忘れてたでしょ?」

「おお、完全に忘れてたわ」

「お前本当に大丈夫か?」

「寝ぼけてないから、大丈夫だって」

何度も聞いてくる哲ちゃんの気持ちは嬉しいんだけど、そこまで心配させていると思うとちょっと申し訳ないと感じる。

「「「それじゃあ」」」

「おう、またな」

三人を玄関まで見送って、扉が重い音を立てて閉まった。その途端に部屋に静寂が訪れる。

「久々だったからかな…」

三人が帰ったら急に寂しく感じてしまう。リビングに戻るとさっきまでの空気が懐かしく感じてしまう。キッチンには綺麗になくなっているカレーの鍋や使った食器などがあって、まだ洗っていない状態でシンクに置かれている。

「まぁ、最後じゃないよな。うん」

そうひとりごちて、シンクのものを洗い始めたー。

 

 

 

 

 

午後になるとクローバーへ向けて自転車を走らせる。日が昇ると気温はぐっと高くなり、シャツの下は汗をかいている。

「こんにちは!」

「こんにちは、和真さん」

「いらっしゃい、和真くん」

扉を開けると少しの客とこころちゃんとキッチンのあずきさんが目に入る。いつもと同じようにこころちゃんとあずきさんは笑顔を浮かべている。

「すぐ入るからね」

「はい、わかりました」

素早くフロアを抜けて奥に入ると、ロッカーを開けて荷物を放り込む。同時にロッカーの中にあるエプロンを腰に巻いてフロアへ戻る。

「すいませーん」

「はい、今行きます」

フロアへ出た瞬間に客から声がかかった。

「コーヒーと、あとは…」

「あ、このホットケーキお願いします」

「コーヒーとホットケーキですね、以上でよろしいですか?」

恋人と思われる二人の男女が、楽しそうに笑ってメニューを眺めていた。そんな二人を見ていて微笑ましくなる。

「はい、大丈夫です」

「分かりました、少々お待ちください」

メニューの確認をして下がるとカウンターへ向かう。

「二番テーブル、コーヒーとホットケーキお願いします」

「はーい」

間延びした返事をするあずきさんだが作業の手は速い、テキパキとこなしていて無駄がない。俺も負けじと空いた席の片付けを行う。

「やぁ、遅れずに来れたな」

「バカにすんなよ?」

空いた席の机を拭いていると後ろから声をかけられて、振り返らず机を拭きながら返事をする。振り返るとそこにいたのは俺と同じように腰にエプロンを巻いた陽だった。

「あ、そういえば」

ふと何か思い出したかのように陽が声を出した。どうせ大した内容でもなさそうだから軽く流すつもりだったが……。

「『マッハちゃん』のBlu-rayBOX出るって」

「な、本当か!」

陽の口から出たとんでもない情報に俺は首をぐるりと回して陽を見た。

「マッハちゃん」ー正式名称は光速天使 マッハちゃん。普通の女の子である女子高生が突然手に入れた力で悪者を倒していくヒーローもののアニメ作品だ。

「しかも豪華特典付き。原画集にオリジナルサウンドトラック、サイン色紙に描き下ろし色紙などなどーー」

「お高く付くんだろうな…」

「お値段、なんと56000円」

「ほら~…」

特典の数からして高価だと予想していたが、それを少し上回る値段が陽の口から飛び出した。それを聞いて俺はげんなりとして肩を落とす。

この作品、男女問わず人気のある作品でクラスの中でも話題になっているくらいだ。

一度、朝日がモノマネをしていたことがあったっけーー。

『疾風!颯爽!光速天使マッハちゃん、参上!!』

クルリと回って目元でピースサインをしていた朝日を思い出して、つい天に向かって拝んでしまう。

「なにやってんのよ、アンタたちは」

後ろから冷たい言葉を放つ愛さんの目は汚物を見るかのようだった。見られて、恥ずかしくなった俺は咳ばらいをして誤魔化する。

「「ゴホン…!」」

待て、今誰かと咳払いが重なった。隣を見ると俺と同じように焦った表情をした親友がいた。

仲間がいた、一人じゃなかった。俺たちは無言で手を取り合う。

「あら、いけない。材料が切れそうね、和真くん!」

「あ、はい!どうしました?」

「ホットケーキミックスと卵と、牛乳も切れそうだから買って来てほしいの」

「わかりました、マッハで買ってきますよ」

いそいそとエプロンを外しながら奥へと入っていく。ロッカーの中にエプロンを放り投げて、財布を取り出す。

「少し使ったからな、卸していくか」

昨日のことで少し金を使ってしまっていて財布の中は心許ない。行く途中に口座から少し卸さないといけない。

「それじゃあ、行ってきます」

「あ、待って和真くん」

クローバーを出る寸前にあずきさんが声をかけてきた。忘れ物は特にしていないし、格好も恥ずかしくはないはずだ…。

「はい、これ」

そう言って渡されたのは一枚の10000札だった。意味が解らず、思わずあずきさんを見てしまう。

「一人暮らしのあなたに払わせるほど、私は酷い女じゃないわ。それに荷物が多くなるだろうから、こころも連れて行ってちょうだい」

「え、わたしも!?」

いきなり指名を受けたこころちゃんが叫ぶ。同時に陽と愛さんの二人から睨み付けられる。

「お願いね♪」

にこやかなあずきさんの顔に含まれるものが何なのかわからず、今のあずきさんの心遣いは少し残酷に思えたーー。

 

 

 

 

 

「ふぅ、こんなものかな」

いっぱいに詰まった買い物袋を引っ提げて帰路につく。さすがに二つもあるとキツイな。

「一つ持ちますよ」

「いいよ、大丈夫」

「持ちます、持たせてください」

圧の籠ったこころちゃんに気圧されて、軽い方の買い物袋を渡した。

「こころちゃんてさーー」

「は、はい…」

「部活とかって入ってたっけ?」

彼女とはあまりその手の話をしたことがなかった。というのは建前で、本音はただ気まずいから話題を振っただけだ。

「いえ、部活には入ってませんよ。家のことがありますから」

「やりたい事とか無かったの?」

こころちゃんの言う事も尤もだけど、学生の時はやりたいことをやった方がいいと俺は思っている。まぁ、これは俺の考えだけどね。誰かのためとかそういうのは好きじゃないし、自分が満足できるようにありたいしね。

「うーん、わたしってこう見えても趣味がないんですよね」

「ーーみんな、そういうものなのかな」

「え?」

そう言ってこころちゃんは首を傾げた。

「俺のクラスにもいるんだよ、見た目の割にやりたいことなくてさ。そのくせ、俺みたいな人間が羨ましいんだって」

こんな奴の何が羨ましいのか、自嘲するかのように笑った。

「でも、なんだかわかる気がするな」

琴浦の考えに理解を示したこころちゃんに俺は少しショックを受けた。

「そ、そんなに能天気に見える?」

「あ、いや!そういうことじゃなくてーー和真さんは、何にも縛られていないような感じで、いつも楽しそうだから。普段もそうだけど、ライブで歌っている時も心の底から笑っている気がして」

そう言われて少し考え込む。ライブ、と言っても翠京市の駅前とか街中のライブハウスで歌わせてもらってるだけだけど、あの時の熱は何物にも代え難いよな。

「まぁ、俺は『あの時』みたいなことをしたくないってだけだと思うけど…」

そう言って首から下げたピンク色の蝶のペンダントに触れた。多分、この考え方はあの時のユウちゃんから模したものだろう。あの時の彼女は小さいのに自由に見えた。

「和真さんがいつも着けてるそれって…」

「ああ、これ?『恩人』からもらったのよ」

こころちゃんの目が捉えていたのはユウちゃんのペンダントだった。

「小さい時に病院で会ってね、退院する時にもらったの。自分には似合わないからって」

「その人って、今は?」

恐る恐るという感じでこころちゃんが尋ねる。そんな不安そうな彼女を他所に俺は肩を竦めて答えた。

「俺が退院してしばらくしない内に体調が悪化してね。眠ったまま、もう10年になるよ」

あの時、それは俺のせいなんじゃないかーーそう考えるようになっていた。俺が退院するまで彼女の様子におかしいところはなかった、俺が退院した途端にこの状況だ。残酷にもほどがある。

佳乃さんは俺のせいじゃないと言ってくれたが、どうも拭いきれていない。俺が見舞いに行ってるのだって、あの時の罪滅ぼしみたいなもんだから…。

「ごめんなさい、わたし…」

「気にしないで、こころちゃんには関係ないでしょ?」

なんて事ない、軽い気持ちで言っただけなのにー。

立ち止まった彼女は途端に口を噤んで、黙り込んでしまう。悲しそうな顔で目を潤ませながら、その目は俺を写していた。

「こ、こころちゃん…?」

「確かに、わたしには関係ないけど…それでも!」

いきなり声を張ったこころちゃんにビックリして肩が震えた。

「ーー和真さんは悪くないでしょ?」

まただ、純粋な彼女の瞳が俺を見据えている。『俺の嫌いな目』だ。

まるで、逃がさないと言わんばかりの目は光に満ちていて、暗闇の俺を照らしているかのようだった。

その目に俺は耐えられず、彼女の視線から目を逸らした。

「どうかな、今でもわからないよ…」

後ろで立ち止まった彼女を見ずに、俺はクローバーへ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

どうにかバイトを終えて、帰ってきた。帰って来たんだが…。

「和真、この続きは?」

「いや、なんでだよ…」

しばらくしたら、幼馴染が押しかけて来て漫画を読んでいる。何がどうなっているのやら。

「ねぇってば!」

「机の近くの本棚にある!」

声を荒げる香織に対して、俺の声も自然と大きくなった。ムスッと頬を膨らませた香織はのそのそと棚に本を戻すと、別の本を取り出してベッドへ倒れ込んだ。

「…てか、なんでだよ」

「何が?」

「ーーこの前のこと。怒ってるんじゃないのか?」

返答を聞きたくないからか、俺はまな板の上に置いてあるキャベツを全力で切り刻む。

「は?」

返ってきた言葉に明らかに怒気が籠っている。マジトーンの「は?」でしたよ。

「逆に聞きますけど、怒ってないとでも?」

「お言葉ですが、その状態で幼馴染の家に押し掛けるのはどういう風の吹き回しで?」

ああ、やっぱり怒ってるよな。待て、ならなんで来たんだよ。いや本当に、どんな神経してるんだこいつ……。

「夕飯食べたら帰れよ?」

「え?」

「『え?』じゃないよ。お前、泊まっていく気か?」

大皿に刻んだキャベツを乗せて、上からドレッシングを全体にかけていく。それを机まで持っていくとようやく香織と目が合った。

「ダメなの?」

「俺が良くても高原家がダメだろ。特に…」

「ママは良いって。お姉ちゃんには内緒だし」

「一番バレたらマズいヤツだよ」

恵さんはまぁ、優しいから大丈夫だと思うけどーー問題はお姉さんだよ。あの人は香織になにかあると、俺のところに突撃してくるくらいのシスコンだからな。家にいなかったら速攻で駆け付けるだろうな。

「誰のおかげでここに住んでいると思ってるの?」

「感謝はしているが、それはお前じゃなくて大悟さんにだ。それに今は関係ない」

自然な流れで香織は椅子に座って手を合わせている。ここに住んでいられるのは確かに大悟さんのおかげだ。大悟さんは不動産会社の人間で、高原家の近くの、月々のバイト代でどうにかなるこの部屋を紹介してくれた。

「ーーごめんなさい」

唐突な香織の謝罪に、箸で掴んでいたキャベツをボタッと机に落とした。

「その、和真が…思いつめていたなんて知らなくて」

「別に思いつめているわけじゃない、お前が俺を許さないならそれでもいいよ」

しばらく呆気に取られていたが、机に落としたキャベツを拾い集める。香織がどうしたいのか、イマイチわからなくて二の足を踏んでしまう。

「俺の方こそゴメンな、お前を傷つけるようなことして」

「そんなことないよ!和真は悪くない…」

「ーーこれじゃどっちが悪いか判らないな」

「ふふ、そうだね。じゃあ両成敗ってことで」

それに頷いた俺たちは苦笑いを浮かべると食事を再開したーー。

 

 

 

 

 

「はぁー」

髪を乾かしながら大きく息を吐く。さて、これからどうするか…。

薬を飲むか否か、どちらがどこで寝るか、障害は意外と存在している。まぁ、考えていても仕方がないか。チラリと洗面台を見ると自分の顔が鏡に映る。

(『お前』ならどうする…?)

鏡に映る自分を見て、内側にいるもう一人の自分に尋ねたが答えはかえって来ない。大丈夫、そんなことはわかっているからーー。

左胸に手を添えると感じる自分の心臓の鼓動、規則的で落ち着いている状態だ。前みたい焦る必要もない。

リビングへ出てみると、香織は机のハーモニカを握っていた。

「あ…」

そこで俺と目が合うとバツが悪いように、ハーモニカを机の上に戻した。

「別にいいよ、持つくらいなら」

まだメンテナンスもしていないから特に問題はない。まぁ、メンテナンス後だったらちょっとまずかったかも。

「もう、絶対に吹かないと思ってた」

「俺もだよ。これを見ていると、思い出すのは姉ちゃんのことだから」

ハーモニカを手に取ると吹きたい気分になって、窓を開けた。ふわりと優しい風を受けて俺はハーモニカの演奏を始める。

いつもと同じ、一定のメロディで音の高さを変えながら吹く。息をスッと止めてハーモニカから口を離す。

「梨花ちゃんのハーモニカは?」

その瞬間、身体が硬直した。そりゃ、俺が吹けば次第とそれに近づく気はしていたけど、ここでそれをいいますかねーー?

俺はその問に答えず、机の引き出しを開けると小さなケースを取りだした。両端にあるロックを外してケースを開ける。そこにあったのは俺の持っているものと同じサイズのハーモニカだった。

ただ違うのはそのカラーリング、ブリティッシュグリーンという深緑に近い色で新品とさして変わらない光沢を放っていた。

「メンテはしていないけど、ずっとケースの中だから汚れはないはず」

「そっか」

俺の心情に反して、香織の反応は小さかった。ムッとしてすぐにケースを閉じてロックをかけた。名残惜しそうな顔をする香織だったが、見なかった事にして再び引き出しへ戻す。

「そろそろ寝るけど?」

「あ、うん。そうだね」

急かすようにまくしたてると香織がベッドへ向けてトコトコと歩き出す。その間にクローゼットの中から布団を出して寝る準備をしていく。

「よし、寝るか」

「…………」

そう言うと香織はキョトンとしていて、どこか不思議そうな顔を浮かべていた。自分の隣をキョロキョロと見回して再び俺を見た。

「一緒じゃないの?」

「一緒に寝るわけないだろ!そんなことしたら俺の命が危ないわ!」

なんてことを言いやがるこの幼馴染は。そんなことをしてあの人の耳に入ってみろ…。

『覚悟できているんだろうね、か~ず~ま~』

考えただけで寒気が止まらない。そのまま敷いた布団の上にドスンと座り込んで、香織を見上げるような形になる。

「ーーダメ?」

「……可愛く行ってもダメ、だけど」

寂しそうに尋ねる香織の手を握って、優しく語りかける。

「寝るまで、手は繋いでいてやるから」

「うん……」

そう言って諦めてくれたのか、ゆっくりとベッドへ潜り込んでいく。どうにか折れてくれて俺は一安心するが、横になった香織の目は俺を捉えて離さない。

「なんだよ?」

「なんかこういう時ほど眠れなくて…和真と一緒だからかな?」

「お前さ、無意識にそういうことを言うのな」

香織は何のことだかわからないような顔をしている。まぁいいか、なんて深く追求せず考えないようにした。

それからいろんな事を話した。初めて会った時のことや両家揃ってバーベキューをしたこと、気づけば一時間も話していた。

「そろそろ寝るか?」

「うん。和真…」

手を離そうとした矢先に香織が俺の名を呼ぶ。

「離れちゃダメ…」

「ああ、大丈夫だから」

それで安心してくれたのか香織は目を閉じて意識を手放した。だが、すぐに手を離したら起きるかもしれないからしばらくはこのままだ。

数分後、俺は香織を起こさないように細心の注意を払ってゆっくりと手をはがしていく。

「よし、一段階完了」

サッと立ち上がった俺は急ぎ足で机に向かい、引き出しを開けた。そこからケースを取り出して、一応のために香織を見やる。

「…………」

香織は眠ったままだった。よかった、もし起きていたらきっとまた咎められていたかもしれない。

「感謝するぜ、香織…」

俺はケースを手にし、ある決意を固めたーー。

 

 

 

 

 

「ーーまたか」

眠りに就き、目を開けてみればそこは夢の中で見た部屋だった。そういえばハーモニカに気を取られて薬を飲み忘れていた。けど、前のような甘すぎる空気はない。今のところは大丈夫ということかなーー?

「なぁ?相棒」

「ーーそうだね」

返答は後ろから帰ってきた。座っている椅子から振り返ればハットを右手に持つ俺の本心が大きな扉にその背を預けていた。

「姉ちゃんは?」

「ーー呼んだかしら?」

また振り返ると姉ちゃんは、いつものようにソファに座って紅茶をすすりながら本を読んでいる。

「姉ちゃんーー」

「和真、いらっしゃい」

姉ちゃんは本に視線を向けたまま、俺を呼んだ。まるで俺のことをわかっているみたいだ、一瞬戸惑いはしたけどそれじゃあここに来た意味がない。

俺は姉ちゃんの隣に座る。チラリ、と横を見ても姉ちゃんは本に夢中で紅茶をすすっている。

話しかけるきっかけがなくてチラチラと姉ちゃんを見ることしかできなくて、離れたところで相棒の深いため息を耳にする。

「何か話したいことがあったんじゃないの?」

しびれを切らしたのか、姉ちゃんの方から問いかけてきた。もう勢いに任せて、俺はブレザーの内ポケットへ手を突っ込む。

「姉ちゃん、これ…」

「あら、懐かしいわね…」

懐に突っ込んでいた手を引き抜いて、俺の手に握られていたものを見て姉ちゃんの表情が柔らかくなる。

俺が差し出したのは姉ちゃんのハーモニカだった。あれ以来、ずっとしまったおいた物だったが香織に言われて初めて外ケース外に出した。それを姉ちゃんに返しておきたかった。

「まだ、使えるかしら…?」

「見たところ、大丈夫だと思うけど…」

そう言うと姉ちゃんが俺を一瞥、その視線に固まるがそれを他所に姉ちゃんは立ち上がってハーモニカを口に当てた。

そこから奏でられるメロディが懐かしくて、しばらく聞き入ってしまった。ハーモニカを吹いているその姿が、あの頃の姿と重なって俺は思わず息をのんだ。

「まだ私の腕も捨てたものじゃないわね」

演奏を終えた姉ちゃんは、はにかみながら笑っていた。遠くで相棒の拍手が聞こえる。

でも、なんだろうーー。

待ち望んでいたような、期待していたことなのにー言葉が全く出てこない。

「和真、それを姉さんに渡したくて」

「そ、そう!ここなら姉ちゃんに会えるし、その……」

「ふふ、ありがとう和真」

俺と相棒に対しての言葉だと思うけど、姉ちゃんの言葉というだけ嬉しかった。

ーーガタガタ!

すると、俺の真上から物音がした。気になって天井を見上げるが、これといった変化は見られない。不思議で眉を顰めるがいくら待っても何の変化もない。

「気のせいかな?」

「夢だし、余計にそうかもな」

相棒の言葉にそう返すと机の上に置かれた、淹れて間もない紅茶をすすると口から喉へ熱が伝わって息を吐く。

「え、きゃあ!」

「「は?」」

バン!という激しい音がして上を見上げたらーどこかで見たロングブーツ、青いワンピースの裾に……ピンク色のパンツがあった。

そして、それが真下にいる俺に向かって落ちてくるーー。

「きゃぁぁぁ!」

「ぐふぅ!」

ドスンという強い衝撃が体中に走った。痛みのせいで視界が明滅して、状況が飲み込めない。しばらくして視界がだんだんとクリアになってくる。その視界にあったものはーー。

ーー先ほどのピンク色のパンツだった。

「イタタタ、着地失敗…」

「だろうな、この状況じゃ…」

とんだラッキースケベだ。俺の上に倒れている女の子はやっぱり有栖。彼女が体をもぞもぞと動かしているが、この状態でそのアクションはミスチョイスだと思う。俺だって健全な男子高校生、こんなことされてなんとも思わないわけがなくー。

「はやく、早くどけ!」

「え?い、いやぁぁ!!」

俺の声を聞いたせいか、我に帰る彼女は自分の今の状態を理解して素早く俺の上から降りて立ち上がると、スカートの裾を押さえて俺を睨みつける。

「むー!和真のエッチ!変態!」

「そんな顔で睨むなよ、不可抗力だし俺は悪くないぞ?」

そう言いつつもあの感覚は何物にも変えがたいものだった。すかさずソファに座りなおして、やや前屈みになって立ち上がって扉の近くでしゃがみこむ。

「大丈夫、男なら誰だってそうさ」

「俺、悪くないよな?何もしてないもん」

全てを悟ったように相棒が肩をポンポンと叩いてくる。それが唯一の救いになった気がするー。

「まったく、マナーもなってない上に私の弟にまで手を出すなんて…本当に節操なしね」

「べ、別に私が悪いわけでもないもん!」

向こうではなぜか姉ちゃんと有栖のキャットファイトが繰り広げられていた。少しの時間で回復した俺は立ち上がって、姉ちゃんの元へ歩み寄る。

「いいよ、姉ちゃん。ここにいた俺も悪かったし、その…ごめんな?有栖」

「え、ああ…うん」

素直に謝った方がここは正しいのかもしれない。有栖もどこか申し訳なさそうな顔をしていた。

「本当に優しい子になったわ、嬉しいな」

姉ちゃんの腕が、俺の首に絡みつくように後ろから伸びてくる。細くて柔らかい、そして優しい感覚で俺はその腕に優しく触れる。

「さて、と」

今回、二度目のこの部屋への到着だが…まだ分からないことだらけだ。姉ちゃんが言うには、ここは『俺が望んだもの』で、有栖が言うには、『悪夢になりつつある夢の中』ということになる。

姉ちゃんの腕をすり抜けて、部屋の中を探索する。まずは目の前の大きな扉だ、入り口はおそらくここだけ。ここ以外の場所から入ってこれるのか?

「あいつはどうやって来たんだ?」

「謎は深まるね」

いつの間にか隣にいる相棒と思考が重なる。俺を助けた有栖はさっき、天井から落ちて来た。振り返ってその場所を見てみるが、扉のようなものは見当たらない。

次に扉の左手側にある本棚、収められている本の背表紙は英語で綴られている。適当に一冊を手に取って開いて見るが、見事に外国語で書かれている。

「「うわ…」」

相棒と揃って困惑した声を上げて、すぐさま本を元に戻す。他にはーー。

「和真、あっちは?」

「外か…行く?」

「行く!」

期待した通りの相棒の返答に、俺は駆け出してバルコニーの見える窓へ近づく。端の方の一枠だけ他とは違う、そこを押すと案の定、外へと出られた。

中から見た通り、そこは広いバルコニーになっていて自由になんでも出来そうだ。

「「ビンゴ!」」

バルコニーの端の手摺まで歩いて、外の風景を眺める。少し暖かい風が吹き、耳をすますと木々のざわめきと水のせせらぎが微かに聞こえる。

「不思議だね」

「ああ、ここが夢の中なんだよな…」

「そうね、その通りよ」

カツカツカツ、ハイヒールの高い音を鳴らしながら、姉ちゃんが紅茶のカップを乗せたトレーを持ってバルコニーへ出てきてトレーごと紅茶を差し出してくる。

俺と相棒が一つずつ受け取って、どちらともなくカップを近づけてチンと音を立てる。

「ここは夢の中、でも私はこうしてここにいる。これが正解なのよ」

姉ちゃんはトレーを左手で持つと、右手でパチンと指を鳴らす。すると部屋の中から数本の植物の蔦が這い出てきて、姉ちゃんの左手からトレーを持ち去って行った。

「姉ちゃん、今のどうやって…」

「知りたい?」

「「とっても知りたい!」」

姉ちゃんの問いに俺と相棒の心は合致する。あんな事ができるなんて、姉ちゃんはやっぱりすごい。俺はワクワクしながら姉ちゃんにさっきの出来事を訪ねた。

「今のは決して、私の力ではないの。言うなれば『夢の改竄』かしら?」

「改竄…」

あまりにも不気味な言葉が出てきて、思わずたじろぐ。そんな俺を見た姉ちゃんが苦笑いを浮かべて説明を続ける。

「そんな変なものでもないわ、例えば和真の夢の中というシナリオがあったとして。そのシナリオを一時的に書き換えるの。そうね、頭の中で思い描いたものをこの空間に出すーそれも立派な夢の改竄よ」

姉ちゃんの説明が難しいわけじゃない、俺の理解が追いつかないんだ。まるで翔太郎先生に初めて夢の話を聞かされたような感覚だ。

「つまり、イメージで行うってことかな?」

「そうね、端折って言えばそんなところかしら」

その時、俺と相棒の目が合う。これはもしかしたら、いけるのではないかーそんな期待が出来るような。

「「やるか……!」」

拳をぶつけ合い、俺たちは部屋の中へ駆け抜けていく。キョロキョロと辺りを見回していると相棒が隣で俺の肩を叩く。

「あそこ、扉の左側が空いてる!」

「よっしゃ決まり!」

俺と相棒が肩を組む、といっても身長差があるため俺の手は相棒の背中にある。

「集中しろよーー」

「ーーイメージをそのまま」

「「3…2…1…」」

ゼロになるカウントと同時に揃って指を鳴らした。すると扉の左側に空いていたスペースにあるものが設置された。

「まさか、そんなものを出すなんて…」

「ウソ〜…」

「出来た…」

「…のかな?」

未だ半信半疑のまま、俺たちはその設置されたものを一つ一つ確認していく。蛇口を捻ると、水が出てシンクの排水口へ流れていく。冷蔵庫を開けると冷気が漂い、そこから様々な食材が顔を見せる。

「「成功、かな…」」

俺たちのイメージで出したもの、それは自室のキッチンだった。

「記念すべき初めての改竄が、まさか台所なんて…」

予想外だったのか、姉ちゃんは苦笑いを浮かべている。対して有栖は絶望したかのようにその場に立ち尽くしている。

「いや、なんか腹減ってさ…」

「紅茶もいいけど、コーヒーが飲みたくて」

「もう、和真ったら…」

そんな俺たちを見て、姉ちゃんは仕方なさそうに笑っていた。

「本当に面白いわ、お礼をしなくちゃ」

俺たちの行動がお気に召したのか、姉ちゃんは上機嫌でまた指を鳴らした。高い音が響いてしばらくするとーー。

ーーーーガチャリ。

近くの扉から音がする。その扉がゆっくりと開かれた、ペタペタとまるで素足が床を踏みしめるようにその音は鳴り続ける。

「え、ここ、どこ?」

そこに現れたのは、俺の部屋で寝ているはずの幼馴染だったーー。

 

 






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