ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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 桟橋から足を投げ出すように座っている少女は考えていた。艦娘という不思議な身体として生まれ変わったからには仲間や姉妹なんて言葉で表現できない程の大切な人に会いに行きたかった。

 

「退屈ね……」

 

 機嫌の悪そうな空のしたで駆逐艦に属する少女たちが海に浮かべてあるポールに沿って航行訓練を行っている。

 

「はぁ……、私ったら何をしているのかしら」

 

 訓練を見守る問いう行為自体に飽きたというのが少女の本音だが、少女を憂鬱にしている原因は呉鎮守府から送られてきた電信だった。よりにもよって私たち艦娘を地獄へと誘う原因を作った男の親族が訓練所を見学に来るらしい。

 

「くっだらないわね。 皆聞こえるかしら? そろそろ切り上げて良いわよ、しっかり艤装のメンテナンスをやってから宿舎に戻りなさい」

 

 無線から聞こえてくる返事を確認した少女は桟橋へと向かう。本来であれば双眼鏡を必要とする距離だったが、訓練を行っていた者たちと同様に少女も艦娘だった。

 

「なぁ、なんか天気悪くないか?」

 

「まったく、あんたと一緒にいても何一つ良いこと無いわね。 不幸だわ……」

 

「いい加減その口癖治したらどうだ? あんまり後ろ向きに考えてると本当にそうなるぞ」

 

「考えておくわよ。 それよりあんたこそ言葉遣いが戻ってるわよ」

 

 ミナトは眉間を押さえると曇った空を見上げる。多少の事なら割り切ることはできたのかもしれないが、まさか自分が女性を演じることになるとは考えたことも無かった。

 

「そ、そろそろ着きますですわよ?」

 

「何それ、気持ち悪いわよ?」

 

 山城の頭を思いっきり叩いてやろうと考えたミナトだったが、流石に女性の頭を叩くという行為に抵抗がある。しかし、自分自身が女性になりつつあるという事を考えてそれなりに加減をして手刀を降ろした。

 

「痛いわね! 何するのよ!」

 

「ふむ、加減はしたつもりだったけどまだこの身体になれてないらしい」

 

「あんたね……」

 

 船の上でじゃれ合っている2人を見て不思議そうにしていた少女は声をかけるタイミングを見失ってしまったが、声をかけなければいつまでも続きそうだったので面倒だけど声をかけてみることにした。

 

「あ、あのぉ? あなた達が呉の提督が仰っていた方なのでしょうかぁ~?」

 

「ん? あぁ、すみません。 わたっ、私がミナトです、こちらは秘書艦の山城です」

 

「そうですかぁ! 海軍の英雄とまで言われた方のご親族とお会いできるなんて光栄ですぅ!」

 

「ちょっと荷物を取ってきますわね? ほら、山城っ! 行くわよ!」

 

 ミナトは慌てて山城を引っ張ってブリッジの中に駆け込む。

 

「おい、英雄って何だ? 親族ってどういうことだ?」

 

「一応あんたは命を賭けて艦娘の実用性を証明、民間人を助けた。 大本営の筋書きだと一種の英雄として士気向上のために上手く使われてるのよ」

 

「まじかよ……」

 

 それからミナトは山城から簡潔に説明を受ける。途中設定を盛りすぎでは無いかと思える部分もあったが、ミナトの脳裏にピンク色の髪で笑顔を向けている少女と最近になって割りとはっちゃけているのでは無いかと思える眼鏡をかけた少女の姿が過ぎった。

 

「大体理解した、これ以上怪しまれてもまずいし行こうか」

 

「そうね。 ヘマしないように気をつけなさい?」

 

 2人はブリッジから呉の売店で買った荷物を持つと船から下りて目の前の少女に敬礼をした。

 

「改めて挨拶をさせて頂きますが、本日から江田島訓練校を見学させて頂くミナトです。 よろしくお願いします」

 

「山城です、よろしくお願いします」

 

「艦娘専属の教官を任されている大井です、こちらこそよろしくお願いします」

 

 緑色のセーラー服を着ている少女は大井と名乗る。山城は面識があったようだがミナトは大井がどのような艦だったかが分からず、後で山城に聞こうと考えていた。

 

「校内を案内しますね?」

 

「あぁ任せる」

 

 ミナトは気づいていなかったが、大井の頬はやや赤みを帯びており何処か声も上擦っている。人によっては人見知りか何かだと思うかもしれないが、山城は何処と無く理由を察していた。

 

「あっ、あのぉ? ミナト大佐はどのような事を見学なされたいのでしょうか?」

 

「ん~、自然体で居てくれれば良いですよ。 いつも通りの光景を見たいだけかな」

 

 ミナトは元の姿の時には男性としては身長は170cm程度と高いほうでは無かった。しかし、女性となった今では別である。それに加えて元々の筋肉のつき方が関係しているのか締まっているところは締まっている。何よりも元の姿では悪人面と認識されていた目付きの悪さが女性の今では妙な色気を醸し出していた。

 

「そうだ、これをどうぞ。 呉の提督から差し入れてやってくれって」

 

「これは……、雑誌と甘味ですか。 ありがとうございます、あの子達も喜ぶと思います」

 

「大井さんは教官として活躍なされているんですよね? 艦娘の教官となればやはり大変なのでは?」

 

「いっ、いえ! あの子達もとても素直で良い子達なので!」

 

「それはそれは、教官として部下のことを素直で良い子と表現できるのはとても良いことですね」

 

 ショートヘアーの切れ目の女性が白い軍服を着ている。正しくは女性では無いのだがそれは艦の時代に男ばかりを乗せていた少女たちにはある意味新鮮で刺激が強いのかもしれない。

 

「もしかしてミナトさんも教官の経験がお有りで?」

 

「あっ、いえ。 兄が……?」

 

 ミナトは咄嗟に誤魔化したが焦っている反面同じ教官として活躍しているであろう大井と出会えたことを嬉しく感じていた。

 

「経験が無いと言う訳では無いのですが、やはり人に物を教えるという行為には興味があります。 良ければ色々とご教示して頂ければ助かります」

 

「そっ、そんな! 私なんて全然ですよー! むしろ山城さんの方が向いているのではと!」

 

「そうなの?」

 

「えっ、私?」

 

 山城は太平洋戦争当時にはほとんど戦闘に参加せず練習艦として新兵の訓練を行っていた実績がある。艦の記憶を持っているのであれば適性があるかもしれないというのが大井の考えだった。

 

「『鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門 日向行こうか伊勢行こか、いっそ海兵団で首つろか』でしたっけ?」

 

「『地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡、乗るな山城鬼より怖い』ってのもあったわよ?」

 

「……全然イメージが沸かないですね」

 

 ミナトにとって日向や伊勢は分からなかったが、残りの艦とは面識がある。しかし、脳裏に浮かんだ少女たちの姿から鬼や羅刹と言った言葉は想像する事ができなかった。

 

「大井さんはどんな艦だったんですか?」

 

「球磨型軽巡洋艦の4番艦です。 一応は練習艦としての経験がありますので呉の提督からここを任されました」

 

「球磨型ですか、球磨さんと多摩さんは少しだけ面識がありますよ」

 

「ミナトさんって色々な鎮守府や基地を見て回っているんですよね? 北上さんを何処かで見てないでしょうか?」

 

 球磨型軽巡洋艦は球磨・多摩・北上・大井・木曾と計5隻が建造された。呉から鹿屋への作戦で上2人とは面識があったが、残りの北上と木曾とは面識が無かった。

 

「いえ、会ったことは無いですね」

 

「そうですか……」

 

 一瞬だけ少し寂しそうな表情をした大井に気づいたミナトは踏み込まないほうが良いと判断して適当な話題へと切り替える。それから訓練校の内部を見て回ったのだが校内を一周した頃には雨が降り始めていた。

 

「雨ね」

 

「台風も近づいてきて居ますし、窓の補強を行っておかないと……」

 

「手伝いますよ」

 

 ミナトの言葉に最初のうちは反対していた大井だったが、ミナトと目が合ってしまい否応なしに頷く事となってしまった。

 

「なんで私まで……」

 

「おーい、山城ー。 ハンマーとって頂戴ー!」

 

 屋根の上からミナトが叫ぶ。海軍に所属している兵の宿舎や建物は問題無かったのだが、補修を行う必要があったのは艦娘用の施設の方だった。この1年で随分変わったとは言え、海軍も予算が潤沢にある訳では無くどうしても施設関係の準備は滞っていた。

 

「投げても良いの? 大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫ー」

 

 ミナトに向かってハンマーを投げる。山城としては軽く投げたつもりだったのだが、曲線を描くのではなく直線的に飛んでいったハンマーをキャッチしたミナトは体勢を崩して屋根から落ちそうになった。

 

「か、加減しろよっ!!」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 予想以上に力が入ってしまっていたのか、山城は先ほどの結果を思い出しながら自分の右手を眺める。

 

「雨も強くなってきたな、少し作業を急ごう」

 

「わ、分かった」

 

 結果としてどうにか台風に備えることはできたのだが、その代償としてミナトと山城はずぶ濡れとなってしまった。

 

「申し訳ありません……。 ミナトさん達にこのような……」

 

「いえ、気にしないでください。 最近デスクワークが多かったので身体を動かしたかった所なので」

 

「何でも良いけど拭くもの貰えるかしら、このままじゃ風邪を引いちゃうわよ?」

 

「そうですね、衣服のほうは代えを用意しておきますのでお二人は宿舎内のお風呂を使ってください」

 

 その時ミナトと山城は気づいてしまった。互いに視線を合わせて最悪の事態になってしまった事を理解する。本来であれば如何に提督と秘書艦だからと言って2人同時に入浴して来いとの提案はありえない事だが、今のミナトは『女性』として扱われている。

 

「ええっと、私は拭くものだけあれば……」

 

「そ、そうね? 2人だと狭いかもしれないですし……?」

 

「大丈夫ですよ? 入渠施設だけは優先的に作って頂いていますし、なんなら訓練生全員で入っても問題無い大きさですので」

 

 この世の終わりが訪れたかのような山城と、慌てふためくミナトを他所に大井は2人の背中を押すと問題の施設へと連れて行った。

 

「なんだ、その。 見られてると恥ずかしいんだが」

 

「うーん、私よりウエスト細いんじゃないの……?」

 

 2人の話し合いによってミナトが先に入渠し、山城が良いと言うまで目を開けないという方法を取ることになったのだが何故か衣服を脱いでいるミナトを山城が羨ましそうにマジマジと見続けている。

 

「別に気にしなくても良いじゃない、あんたの意識が無い頃は私が身体を拭いてあげてたっていうのに」

 

「それはどうも……。 それじゃあ先に入るな……」

 

 ミナトは浴室に入ってから身体を軽く流して湯船につかると、入り口に背中を向けて「目を閉じた」と声を上げる。それからなるべく物音を聞き取らないようにと意識していたが、扉の開く音やタイルの上を歩く音に怯えていた。

 

「なんというか右腕がムズムズするんだが」

 

「修復されてるんじゃない? そのうち完全に女の子になっちゃうかもしれないわね」

 

「もう上がって良いか?」

 

「風邪を引いたまま江田島の見学を行いたいならご自由に」

 

 ミナトは妙に落ち着きのある山城に疑問を覚えつつも雨で冷え切った身体が暖まっていくのを感じて腕を頭上に大きく伸ばした。

 

「胸はあまり無いのね」

 

「うるさい」

 

 ミナトは知らなかったのだが、意識の無い間に主に面倒を見ていたのは山城である。身体を拭くことから始め時折支えるように浅い湯船に浸からせていたという経験もありある意味ミナトの裸を見る問いう行為は手馴れた物だった。

 

「なるべく腕を動かさないほうが良いわよ。 滅多に無いって聞いたけど、折れた骨が変に繋がる事もあるって明石が言ってたわよ」

 

「艦娘も大変なんだな」

 

「そうね、本当に大変よ」

 

 修復剤も万能じゃ無いことにしみじみとしているミナトの肩を山城が軽く叩く。

 

「頭洗ってあげるわよ。 見えないままじゃ不便でしょ?」

 

「どんな風の吹き回しだ?」

 

 不気味に思いつつもせっかくの好意を無駄にするのも悪いと思いミナトは山城の手を借りつつ立ち上がる。

 

「痒い所は無いかしら?」

 

「足」

 

「自分で掻きなさいよ」

 

 山城は洗う手を止め頭部を叩く。結構な衝撃はあったが痛みはあまりなかったのでミナトは鼻で笑っていた。

 

「人に洗っても貰うってのも悪くないな」

 

「何度も洗ってあげてたのよ」

 

「……ありがとうな」

 

「何よ、気持ち悪いわね」

 

 互いが裸という点を除けば実に穏やかな時間だった。しかし、その穏やかな時間も1人の艦娘の登場によって音を立てて崩れていった。

 

「お湯加減は大丈夫ですかぁ?」

 

 扉の開く音と共に現れたのは白いタオルで身体を隠した大井だった。咄嗟に対応できたのは山城であり、手に泡がついた状態で思いっきりミナトの目を隠す。

 

「うわっ、痛ってぇ!」

 

「だ、大丈夫よ!」

 

「そう、なら良かったです」

 

 大井の位置から見えるのはミナトと山城の背中。

 

「そろそろ上がろうかしら?」

 

「あ、あぁ。 そうだ……、ね」

 

「お邪魔しちゃったかしら?」

 

 このままでは大井に変な誤解を与えてという事を考えた山城は咄嗟に言い繕う。ミナトの秘密がばれてしまうという事も考えていたが、内心では自分が男と2人でお風呂に入っていたという事実を如何に隠し通すかという事が重要視されていた。

 

「他の子達もそろそろ入ってくると思いますので、良ければ名前だけでも紹介させて頂きたいのですが……」

 

「んんっ!? わ、私はちょっと……」

 

「やはり失礼でしたか……、他の子達も雨の中補修作業をしていましたので早くお風呂に入れてあげたかったのですが……」

 

「う、うちの提督は多少恥ずかしがりやでして……」

 

 どうにかこの場を脱出しようと考え続けていた山城だったが、あまり必死にここから逃げ出そうとしても怪しまれると思い覚悟を決めた。どうにかタオルを巻いたまま湯船に浸かるという方法を編み出したのだが、山城以上にミナトの心臓はいまにも破裂しそうな程だった。

 

「全く、急な雨なんて災難だったね」

 

「そうですねぇ。 ふふっ、でも少し楽しかったですね」

 

 脱衣室から聞こえてくる少女の声にミナトは硬く目を閉じる。その様子を見ていた大井は不思議に思ったが、余程の恥ずかしがりやなのかも知れない、もしかしたら無理強いしてしまったのでは無いかと後悔する。

 

「あれ? 大井教官、そちらの方達は?」

 

「ん~? 見たこと無い方だね」

 

「こちらは訓練の様子を見に来られたミナトさんと山城さんです。 あまり失礼な振る舞いはしないように気をつけてくださいね?」

 

「分かりました~! 敷波も気をつけてくださいね?」

 

「だ、大丈夫よ! たぶん……、あはは……」

 

「2人は特II型駆逐艦……、綾波型と言ったほうが分かりやすいでしょうか? 綾波と敷波です」

 

 片手に持ったタオルで簡単に身体を隠していただけなのだが、互いが女性同士だと思っている2人に恥じらいはあまり無いようだった。

 

「よ、よろしく……、お願いします……」

 

「他にも特型の子が居るのですが今は他の鎮守府に実習という形で出かけていますので江田島にいるのは私を含めた3人ですね」

 

「ミナトさんってとてもお綺麗ですねぇ~! 手足も細いですし、大人って感じがします!」

 

「綾波も私もこれだしね」

 

 これと言われても分からないミナトはどうしたら良いのか分からず目を閉じて愛想笑いを浮かべるだけだったのだが、3人に見えないようにミナトの脇腹をつねっている山城によってどうにか理性が好奇心を上回った。

 

「軍隊である以上は厳しく接することを心がけているのですが、軍服を脱げば階級は関係ないっていうのが此処の隠れたルールなんですよ?」

 

「た、確かにそうね。 24時間上官に見られてるってなると気も休まらないですものね……」

 

「ご理解頂ける様でしたら助かります」

 

 そこからはミナトにとって地獄だった、徐々に山城の手には力が入っていき千切れてしまうのでは無いかという痛みと戦いながら愛想笑いを浮かべ続ける。

 

 そんな中ミナトは自身の機密だけではなく、少女たちの尊厳を守るためにも絶対に男だということがバレてはならないと強く決意した───。

 

 


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