ロクでなし魔術講師と月香の狩人   作:蛮鬼

33 / 33
 永らくお待たせしました。
 今回より第6巻の内容に入って行きたいと思います……が、その前にオリジナル話として、女王との謁見が始まります。

 今回はまた募集したオリジナル狩人の中から2名を選び、登場して頂いております。

 それでは本編をどうぞ。


第6巻
第29夜 謁見


「――ギルバート君。君、このままだとクビになりそうだよ」

 

「……はい?」

 

 

 獣と狂人たちの戦いから早数日。

 その間にも己の正体を明かし、その上で受け入れられ、ありふれた――けれど少しだけ変わった日常へ戻った来たと思った矢先、叩きつけられたその言葉。

 無論、いきなりの解雇(クビ)発言には流石のギルバートも口をあんぐりと開け、一瞬放心した。

 

 

「い……いやいやいや、どういうことですか学院長!?」

 

「どうもこうも、言葉通りの意味じゃよ。このまま行けば、君を解雇せざるを得ない状況になっているんだ」

 

 

 そう言うリック学院長の顔は僅かに顰められており、彼としても、それは不本意なことであることを表わしていた。

 ならば何故、と思考するギルバートであったが、その理由は即座に思い至った。

 

 

「……もしかして、最近の俺の勤務状況……ですか?」

 

「うん。……ギルバート君。君は、他の講師陣から自分がどう思われているか、知っているかね?」

 

 

 リックの問いに対し、再びギルバートは思考する。

 魔術師ではなく、そして正式な講師ですらないギルバートは、基本2年前から医務室、最近ではグレンの補佐についたこともあって2組でしか働いていない。

 従って他の講師陣との面識はあまりなく、隣クラスの担任ということもあって最近ハーレイと会う回数は増えたが、普段の様子からあまり良い印象は抱かれていないだろう。

 

 

「非魔術師ということもあろうが、一部の面子を除き、学院内の講師たちの君に対する印象は元々良くはない。

 それでもセシリア君の虚弱体質を考慮し、万が一の際には彼女を支え、代理として医務室を任せられる人物として不承不承ながら認めて来たみたいじゃが……」

 

「……ここ最近の出勤回数が著しく少なくなっていることに関しては、申し訳ない限りです」

 

「いや、君も本業があるのだ。帝国国民全員が魔術師というわけでもないし、それ故一般医術を求める者も少なくはない。

 一個人として、私はそれは仕方ないと思っている。だが……そう思わない者も居るし、そういった弱味を手にして、無理難題を要求してくる場合もあるのだよ」

 

 

 その要求こそが、自分(ギルバート)の解雇である、と。

 リック学院長の言いたいことを理解し、内心で深く嘆息する。

 要求を突きつけてきた輩は、おそらく昔気質の権威主義派、もしくは貴族主義派の講師陣だろう。

 詳しい身の上——勿論、表向きの個人情報(プロフィール)だが――を明かさず、しかし学院長の推薦を経て勤務する平民の医者を、ああいう連中が良く思うはずがない。

 そしてここ最近の出勤状況の悪さもあって、いよいよ彼らの堪忍袋も限界に来たようだ。

 

 

「無論、わしはこの解雇要求を受理するつもりはない。じゃが、君がこれから先同じようなことを続けるようであれば、学院長としていよいよ君を解雇処分するしかなくなる」

 

 

 普段の温和な空気から入れ替わり、学院の長たるに相応しい厳格さを醸し出しながら告げるリック。

 彼としても、このようなことを言いたくないだろうが、私情で一個人を留めておくわけにもいかなかった。

 帝国の繁栄がため、その未来の支えとなるであろう人材を育成し、世の輩出するのが学院の使命ならば、その学院をより良く保ち、調和を維持することこそが学院長たるリックの務め。

 それを解せぬギルバートではなく、だからこそ彼も、自身のこの頃の行いからリックやセシリアに対して罪悪感を抱き始めていた。

 

 

「――分かりました。以降、このような呼び出しを受けぬよう、そして学院長のお手を煩わせぬよう努力致します」

 

「頼んだよ。……個人的感情だが、わしは君には辞めて欲しくないのじゃよ。君のように魔術師ならざる、けれどもわしらとはどこか違った視点を持つ君は、数少ない相談相手じゃ」

 

「そんな、過大評価も良いところで……」

 

「少なくとも、わしはそう思っているのじゃ。持たざる者に、持つ者と同じ視点を要求することは愚かじゃが、君はそれに近い視点を持っている。魔術師という立場に縛られず、しかし近しい視点で、わしの言葉に答えてくれる君は……得難い友なのじゃよ」

 

「……」

 

 

 リックの言葉に一瞬、ギルバートは言葉を詰まらせた。

 近い視点、と彼は言ったが、おそらくそれはリックの考えるような高尚な代物ではない。

 殺戮技術という一面も持つが、魔術は元々、探究のために生まれた術技だ。

 それに対し、ギルバートらヤーナムの狩人が扱う魔術モドキ――『秘儀』は、その悉くが万象を冒涜する穢れた業だ。

 あるものは失敗作、またあるものは上位者の一部の顕現。

 およそ正気からは程遠い狂気の産物を、少ないながらもギルバートも扱ったことはあり、その使用の際に得た視点が、この世界の魔術の何たるかを知るために機能していたのだ。

 時たまあったリックの相談事に付き合えたのも、それが理由だ。

 

 

「……お気持ちは大変嬉しく思います。しかし、学院長が私を評価して下さっているように、私も貴方に対して恩があります。

 既に多大な迷惑をかけている上で言わせて頂きますが、これ以上、何らかの形で再び貴方に御迷惑をお掛けするようでれば……その時は、俺――私も相応の形で責任を取らせて頂くつもりです」

 

「……っ!」

 

 

 今度はリックが絶句した。

 自分を気に入っていると言ってくれた人物に対し、その発言は明らかな裏切りと言っていいものだ。

 ギルバートとしても、叶うならばこのまま学院に居続けたい。今や『天の智慧研究会』、そしてあの狂人と関わりを持ってしまったルミアやシスティーナたちを守ると共に、奴らの目論見を悉く潰すために。

 そのためには、この学院に居続けることこそが最良だ。だが、それは同時に学院に少なからず被害を負わせることを意味する。

 恩義があるとはいえ、まだグレンたちと深く関わる以前——あの学院テロの一件前のギルバートなら、気にもしなかっただろう。

 けれども人と関わり、失われた人間性を取り戻しつつある今の彼には、その選択はあまりにも重すぎた。

 

 

「それでは、失礼いたします」

 

 

 白衣を翻し、学院長室を後にしようと扉の前まで進み、取っ手に手を掛けようとすると。

 

 

「――ん? 何だ、先客がいたのか」

 

「セリカ教授……って、どうしたのですかそのお姿は!?」

 

 

 ギルバートよりも先に扉を開け、姿を見せたのはセリカ。

 普段の漆黒のドレスに包まれた肢体は、所々を包帯と膏薬で覆われ、左腕に至っては三角巾で吊るしている有り様だ。

 どう見ても重傷という状態の彼女に思わず驚愕の声を上げたが、対するセリカは別段気にしていなさそうに笑声を漏らし、「そう心配するな」と言った。

 

 

「学院地下に迷宮があるのは知っているな? 久々にあそこに潜ってドンパチやってたんだが、こっちも派手にやられてな。この様だ」

 

「それは見れば分かりますが……寝ていなくて宜しいのですか?」

 

「ああ、少し動く分には問題ないぞ。それに、学院(うち)にはセシリア先生やギルバート(おまえ)がいるからな。完治も時間の問題だ」

 

「いや、セシリア先生はともかく俺は……というか、何用で学院長室(ここ)に?」

 

「ああ……うちの馬鹿息子がちょっとやらかしてな」

 

「……失礼ですが、どのような内容なので?」

 

「ぶっちゃけるとね、君と同じこのまま行くとクビ案件なんじゃよ」

 

「……はい?」

 

 

 それから続く会話の内容をまとめると、講師の雇用契約内にある更新条件の1つに、定期的に自身の魔術研究の論文を提出するというものがあるらしく、グレンはそれを未だに提出していないとのことだそうだ。

 幾ら帝国最高位の魔術師であり、生ける伝説と称されたセリカでもこれは庇い切れないらしく、保護者としてこの後グレンにその件について追及するらしい。

 

 

「……って、下手したら2組担当(われわれ)がまとめてクビになって、担当講師不在になるじゃないですか!?」

 

「うん。だから頑張ってね、マジで」

 

「まさかお前までクビ寸前になってたとは……頼むからグレンと一緒に仲良く解雇、なんて展開にはなるなよ?

 お前たちの最近の様子を見るに、()()()の気があるんじゃないかって噂も立ってるんだからな?」

 

「いや解雇案件については先程リック学院長からも言われまして、これからは気をつける――って今何て言いました!?

 

 

 結局ギルバートが学院長室を出たのは、セリカが口にしたソッチ疑惑案件についてを聞いた後であった。

 

 

 

 

 

 

「——馬鹿じゃないのか、貴様?」

 

 

 学院校舎屋上にて、ギルバートの呆れ声が響く。

 片手で掴んだ昼食のサンドイッチを口にしつつ、呆れを孕んだギルバートの視線の先では同じく昼食を摂っているグレンが「うるせえ」と言い返した。

 

 

「そういうお前だって、クビ寸前って話じゃあねえか。欠勤続きを突かれて、権威主義の講師連中から追い出されかけてるって聞いたぞ」

 

「それについては俺も情けなく思っているが、お前の場合は契約内容の確認不足が原因だろう。

 己の確認ミスで首を絞める形となっているのだ。完全なる自業自得ではないか」

 

「ぐぅっ!? ……げほっげほッ!?」

 

 

 反論のしようもないド正論にグレンは声をくぐもらせる。

 その拍子に口内のサンドイッチを喉につまらせ、激しく咳き込む。

 食べかすが散らばるのを横目に嘆息するも、ギルバートの方もグレンの指摘を認めないわけにはいかなかった。

 己のことを快く思わない講師陣がいることは、2年前の医務室補佐に就任してから分かっていた。

 だが、学院の長たるリックのお気に入りであり、これといった汚点を中々晒さない人物をどうやって糾弾し、排除できるか。

 目立った欠点を掴めずにいた彼らだったが、立て続けに起きた怪事件の対処により増えたギルバートの欠勤を利用し、学院長に訴えたのだ。

 

 以前ならば別に解雇されても問題なかったが、ルミアを狙う『天の智慧研究会』にミコラーシュが属していると知った以上、そうはいかなくなった。

 ミコラーシュの狙いが何であるかはまだ定かではないが、おそらく碌なことを企んでいないだろう。

 行動へ移すよりも早く撃滅――が最良であるのだが、相手の本拠地が不明な以上、此方から先手を打つことは叶わない。

 ならば、唯一『天の智慧研究会』が明確に目標と定めているルミアの傍に居続け、最速で奴らの動きに対処するのが現状で出来る最良だ。

 

 

(叶うならば、ミコラーシュの息がかかっている輩を捕え、奴の狙いを吐かせたい。

 ヤーナムの狩人でなければ、此方の拷問も効く筈だが……)

 

「おい、今ヤベぇこと考えてなかったか」

 

「何故そう思う?」

 

「顔がいつもの間抜け面じゃなかったから――って、痛ぇッ!?」

 

「間抜け面で悪かったな、小僧」

 

 

 具現させた短銃の銃床でグレンの頭を殴りつけながら、残ったサンドイッチを口の中に放り込む。

 

 

「学院長の手前故にああは言ったが、今学院を辞めるわけにはいかん。

 ミコラーシュの本拠地が何処にあるのか、それを知るまでは……?」

 

「どうした? ……?」

 

 

 不意にギルバートの言葉が止まり、その視線が屋上入口の方へ向くと、グレンもそれを追うようにそちらを向き、首を傾げた。

 2人の視線の先にいるのは、黒い礼服を纏った1人の男。

 仕立ての良い黒服は男の身分の高さを表わしている。しかし顔は目深に被った山高帽子のせいで隠れ、その表情を窺うことはできない。

 その姿から一瞬、数日前に激闘を繰り広げた正義に酔った狂人を思い出したが、あの尋常ならざる狂気が感じられないので、あの男というわけでもなさそうだった。

 

 

「何用ですかな? 見たところ、高貴な御家柄の方とお見受けしますが……」

 

「——違うぜ、月香」

 

「ん?」

 

 

 グレンの言葉に、ギルバートは言葉を止め、黒服の男を凝視する。

 表向きの偽名ではなく、狩人としての真名で呼んだということは、つまりはそういう相手だと言う証拠だ。

 そしてすぐに行動に移さず、ただ「違う」と言っただけということは、少なくとも黒服の男が敵ではないことを示している。

 

 ならば誰なのか? 今のグレンの反応を見る限り、彼の知り合いという可能性が高いが……。

 そんな思考を巡らせている内に、黒服は唯一見える口元を小さく歪め、「やはりお前には見破られるか」と呟くと、被った山高帽子を取り、押し込められていた濃紺の長髪と共に、その素顔を晒した。

 

 

「……! お前……!」

 

「……何の用だ、アルベルト」

 

 

 黒服の男――宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー17《星》のアルベルト。

 かつてのグレンの同僚たる男は、その鷹の目の如き鋭い双眸を2人に向けると、彼にしては珍しく先に謝罪の言葉を口にした。

 

 

「まずは謝罪しよう。このような格好で、学院に直接やってきたことはお前たちに少なからず迷惑をかける可能性もあった」

 

「だろうな。もしもどっかの誰かがこの現場を目撃して、俺らの過去や正体がバレでもしたら大事だぞ?」

 

「それについては、本当にすまない。だが今回の任務、可能な限り面倒を掛けず、かつ()()()の近辺に迷惑をかけないやり方としては、これ以外に他なかった」

 

「その男……って、月香? こいつに何か用なのか? 俺じゃなくて?」

 

「ああ」

 

 

 グレンの問いに頷くアルベルトを見て、ギルバートの表情が一変。真剣みを帯びた本来の顔―—狩人のそれへと変わる。

 アルベルトは「任務」と言った。つまり今回、彼は国の命令で動き、己に接触して来たのだ。

 迷惑をかけず、かつ余計な面倒を生じさせずに自分――『血塗れの殺人鬼』に会いに来たということは、つまりはそういうことなのだろう。

 

 

「……俺を捕えに来たか」

 

「そうだな。上からはそう命じられている」

 

「……! アルベルト、お前……!」

 

「待て、グレン。別に俺は問答無用で、その男を拿捕に来たわけではない。最終的には帝国政府に連れていくが、やり方としては寧ろ真逆だ」

 

「どういうことだ?」

 

 

 拿捕する事実は変わらないが、アルベルトの言い振りから察するに、牢へ叩き込むことが目的というわけではなさそうだ。

 もっと別の目的がある――そのためにも、武力による強引な連行ではなく、こうして会話による解決を試みたのだろう。

 

 

「殺人鬼――いや、狩人。一緒に帝都に来てくれ。帝都に来て――女王陛下への謁見を頼みたい」

 

「……!」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 翌日の夜、場所はアルザーノ帝国北部イテリア地方・帝都オルランド。

 

 フェジテの遠く離れたこの地こそ、栄えあるアルザーノ帝国の中枢都市。

 国を統べる女王の住まう王城を中心に、様々な観光地や学術機関を有し、帝国経済、そして学問の要としても機能している。

 郊外には帝国魔導士団特務分室の本部『業魔の塔』も存在し、文化的方面のみならず、戦力的面においても抜かりはなかった。

 

 その王城の大正門前には今、3人の魔導士の姿が見えている。

 アルベルト、クリストフ、バーナード――特務分室が誇る熟練の魔導士たちが影に潜まず、こうして表に姿を現している理由はたった1つだ。

 

 

「のぉ、アル坊。本当にあやつは来るのかいのぉ?」

 

「そうですね……以前の『天使の塵』事件で現れた巨大魔獣の一件ではお世話になりましたが、元々彼は犯罪者。

 謁見という名目で、そのまま拿捕される可能性も考えて、来ない方が普通ですが……」

 

「うむ、うむ。……で、どうなんじゃアル坊?」

 

「……分からん」

 

「分からんって、お前さんのぉ……」

 

「だが、奴には全てを話した。その上で仲間内で話し合い、行くか否かを決めると。

 刻限にまで姿を見せれば、そのまま陛下の下へ通す。だが、間に合わなければ……」

 

「帝国政府が現状行使できる全ての戦力を、『月狩』(ツキガリ)掃討に用いる……やはりそれも言ったのか?」

 

「ああ。だが、かつての頃ならともかく、今の奴ならば――!」

 

「アル坊?」

 

「どうしたんですか、アルベルトさん?」

 

「――()()()

 

『――!』

 

 

 鷹の目と称されるアルベルトの並外れた視力が捉えたもの。

 帝都の夜闇に潜みながら、ゆっくりと此方へ近づいてくる5()()()()

 

 仕立ての良い貴族服を戦闘用に改めて、外套(マント)を取り付けた高貴な狩人装束に身を包む長身の女狩人——『マリア』。

 狼頭を思わせるささくれた帽子を被り、ボロボロの灰布が折り重なったような装束を纏う壮年の男――『デュラ』。

 

 

 狩人組織『月狩』(ツキガリ)が創設され、瞬く間にその知名度を広げていくと共に、闇社会にその名を轟かせた、かの組織の幹部たち。

 1人で来ないことは薄々察していたのだが、予想よりも大物を供に連れて来たことに対し、3人はその顔に驚愕を滲ませていた。

 

 だが、だからこそ()()()2()()が気になる。

 幹部、そして組織の首領たる『血塗れの殺人鬼』(ギルバート)といった、組織の中心人物が複数人居る以上、彼らの護衛を務める者が必要となってくるのは当然だ。

 しかし、その2人は護衛と呼ぶにはあまりにも個性の強い――単なる組織の構成員とは思えない風貌と空気を纏っていた。

 

 

 1人――飯事人形に着せるような、けれども充分に通用する装飾と、腰辺りまでの長さのケープを備えた上衣。

 下半身には派手な赤い色合いの脚衣を帯び、過剰なまでに着飾った風貌が目を引く、妖艶な美しさを纏う美女。

 

 1人――頭に被るトップハットに、焦げ茶色の狩人装束の上から濡れた外套(マント)を羽織る長身の人物。

 背丈や纏う装束とは裏腹に、顔付きは意外にも若く、けれども歴戦の猛者たる気配を漂わせた若年の青年狩人。

 

 

 およそ誰かの下に付く器とは思えない、見るからに個性の強そうな人物たちに気を向けていると、彼らとの間にあった距離のほとんどが縮まり、3mほどの間を開けて、アルベルトとギルバートたちは互いを向かい合った。

 

 

「……来たのか。その4人は?」

 

「俺の供だ。単独で行くには危険過ぎると意見が出てな、幹部陣の中でも比較的まともな人間性を持つ人物を連れて来た」

 

「“灰狼”デュラと“血の騎士”マリアか……他の2人は? お前たち組織の幹部全員を把握しているわけではない、少なくとも、そんな自己主張の強いの連中はいなかった筈だが……」

 

「彼らは俺の『盟友』だ。限定的ながら、此度の謁見の際、護衛役を担って貰うべく俺が喚んだ」

 

「組織内の者を使うわけにはいかなかったのか?」

 

「同行が決定したデュラやマリアは仕方ないが、可能な限り、戦友(かれら)を失うわけにはいかない。

 こんな言い方は好きでないのだが、この2人は()()()()()()()上に、本人たちもそれでいいと納得してくれている」

 

「こんばんわ、栄えある特務分室の魔導士様方。()()()()()()では初めまして、ですわね」

 

 

 赤い脚衣を少し摘み、貴族の令嬢がするような素振りで3人に軽く頭を垂れ、妖艶な女狩人が挨拶を贈る。

 

 

(わたくし)、“血の狩人”シャレ―ディアと申します。先の紹介にありました通り、月香とは盟友の間柄であり、此度は彼の招きに応じ、僭越ながら護衛の1人として罷り越した次第ですわ」

 

「うっほおおおおおおおおッ!? なにこれ、なにこの娘! メッチャ美人じゃのぉッ!!

 あ、シャレ―ディアちゃん? もし今度時間があったらわしと一緒に夜のパーティーを――」

 

「黙れ翁。話が進まん」

 

「次は僕ですね……初めまして、特務分室の皆さん。

 僕の名前はササカズ。ご存知かどうかは分かりませんが、以前『天使の塵』事件の魔獣騒動の際、微力ながら月香(げっこう)に助力するべく、彼の招き応じた者の1人です。

 見知らぬ顔ゆえ、警戒されるのは尤もですが、僕たち狩人は()()()()()()()()()()()()()限り、こちらかは何かを仕掛けることはありません」

 

「……その言葉、本当なんですか?」

 

 

 訝し気にクリストフが問うと、ササカズは真剣な面持ちで勿論と肯定し、同士である4人の狩人たちを見た。

 

 

「もしもまだ疑念が晴れぬようでしたら、我ら全員に“血判”をお求めください」

 

「“血判”?」

 

「我らヤーナムの狩人、その内において最も価値高きものは“血”です。

 血こそ我らの根源。我らが唯一神聖視し、貴きものと崇めるモノ。

 血によって交わされた契りは絶対。それを破るということは即ち、ヤーナムの狩人足り得ぬと証明するも同じです」

 

 

 血こそ我らの誇り。畏れ、敬い、崇めるもの。

 それをぞんざいに扱う者に狩人としての明日はなく、故に血の下に交わされた約定は絶対。

 謂わばその提案は、彼らにとって最大の譲歩。

 己の存在意義を賭けた提案は、もはや己の首を差し出す寸前と言っても過言ではない。

 

 

「……いや、その言葉だけで充分だ」

 

 

 言葉の1つ1つに込められる意思を汲み取り、アルベルトもそれ以上を求めるつもりはなく、彼ら5人を案内すべく王城の方へと歩み始めた。

 王城内は今、極限にまで空気が張り詰められている。

 稀代の連続殺人鬼を筆頭に、この短期間で瞬く間に勢力と知名度を上げた闇組織の猛者たちが今、彼らの目の前にいるのだ。

 やがて彼らの歩みが止まり、立ち止まったその先にあるのは、豪奢な装飾の施された1つの大扉。

 

 

「この扉の先に女王陛下が居られる。お前たちがそうしてきたように、陛下にも護衛を付けて貰っている。

 が、陛下から事前に譲歩を頂いてこそいるが、5人全員を玉座の間に入れることはできない。

 1人――多くても2人までが限界だ。共に入室する供を今すぐ選んでもらうが……いいな、月香?」

 

「ああ。――シャレ―ディア、それにササカズ。供を頼む」

 

「あら、ご指名ですか? 光栄ですわね」

 

「シャレ―ディアさん、どうか無礼のないようにお願いしますね。……マリアさんとデュラさんも、それでいいですか?」

 

「うん。……本音を言えば、私たちも同席したいところが、事前の打ち合わせで()()()()と決まっていたからな」

 

「左様。ササカズとやらも言っていたが、くれぐれも無礼のないようにな。

 他国とはいえ、一国の長たる御方。礼儀を欠くような姿を見せれば、我ら狩人の人間性を疑われよう」

 

「承知しています。……では、月香」

 

「ああ。――狙撃手。入室する」

 

 

 話が纏まり、ギルバートがアルベルトに呼び掛けると、彼は扉を軽く叩き、それから間もなく内側から引かれる形で玉座の間への扉が開かれていく。

 生じた隙間を潜るように、選ばれた3人がその内へと入っていくと、最後の1人を機に扉は再び閉ざされ、沈黙だけがその場に残された。

 

 

「――お待ちしておりました」

 

 

 凛とした声が響く。

 透き通り、よく響くその声は女性らしく柔らかなものなれど、宿す王聖によるものか、思わず傅きたくなるようなカリスマ性に満ちている。

 そんな声の発せられた方角へ3人は視線を向けると、そこには1つの玉座に腰掛け、左右に2人の護衛らしき男女を付けた『王』がいた。

 

 

「――って、セリカ教授!?」

 

「よう、ギルバート。昨日ぶりだな」

 

 

 女王らしき人物の左隣、そこに屹立する黒の豪奢なドレスに身を包む妙齢の女性の姿を見つけ、思わず学院時での呼び方で彼女を呼んでしまうギルバート。

 その反応を待っていたのか、セリカは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、右手をひらひらと振って彼らに笑いかけている。

 女王ともう1人の護衛である老剣士、ゼーロスもこれに対して咎める様子はなく、女王は苦笑いを浮かべ、ゼーロスは額に手を当てて嘆息している。

 

 

「な――何で、貴女がここに……?」

 

「何でって、お前を相手に女王陛下を守れるような奴が見当たらないってんで、既知の私に護衛役を頼めないかって話が昨日来たんだよ。

 そんで、治りかけの身体に鞭打って、転送方陣やら何やら使って帝都まで来たってわけだ」

 

 

 そう言いつつ、セリカは左腕をぐるぐると回して、己の回復ぶりを彼らに見せつける。

 確かに昨日までは左腕を吊るしていた筈なのだが、既に癒えたのか、そこにあった三角巾は無くなっている。

 

 

ああ……セリカ様、セリカ様だわ。あの容赦の無い攻め、連結刃(しこみづえ)を絡ませた際に見せた苦悶の表情……ああ、思い出すだけで身が火照りますわぁ……!

 

シャレ―ディアさん、落ち着いて! ステイ、ステイッ! ハウスッ! というか貴女、自分の世界線でどんなことをセリカさんとしてたんですか!?

 

それを聞きますの? ササカズさんったら……もう……

 

何でそこで頬を赤らめるんですか!? ああ、もう――どうして僕と組む人は皆変態ばっかりなんだッ!?

 

 

 そんなセリカたちの様子を余所目に、シャレ―ディアとササカズが妙なやり取りをして、時たま小声で絶叫しているのが聞こえた。

 完全にデュラの注意を忘れている2人の頭に手を乗せ、押し込むことで無理矢理頭を垂れさせると、ギルバートも同様に片膝を突き、狩帽子を外して左胸の位置に押し付ける形をとると、自分にできる精一杯の礼儀作法(マナー)で女王へと頭を垂れた。

 

 

「――お初にお目に掛かります、女王陛下。私のような血塗れの賊徒を相手に、このような場を設けて頂いたこと、光栄の極みにございます」

 

「こちらこそ。いつも娘がお世話になっております――()()()()()()()

 

「はっ。――は?」

 

「セリカから聞きました。学院でグレンと共に、エルミアナを守り続けてくれたことを。

 それだけでなく、娘がお世話になっているフィーベル家の御息女も助けて頂いたこと……大変遅れましたが、改めてお礼を言わせてください。――ありがとうございます」

 

「……」

 

「ちなみに私はグレンからこのことを聞いててな。政治的な話が今回はメインだが、娘のルミアが世話になってるお前の顔を、直接見たかったってのもアリスの本音だ」

 

「それは……誠に、恐縮であります」

 

「ふふっ、そう畏まらないでください。貴方がこれまでに為した数々の行いは知っていますが、セリカを伝いに聞いたグレンの話通り……噂とは全然違う人となりで安心しました」

 

 

 包み込むような王聖。権力による支配ではなく、人柄による統制は王と言うよりも母と呼ぶに相応しく、この国の民が抱く女王への忠誠心の強さを、ほんの僅かながら理解できたような気がした。

 

 

「改めてまして、よくぞ此度は我が王城へお越しくださいました。『月狩』(ツキガリ)首領、月香(げっこう)殿。

 私はアルザーノ帝国現女王、アリシア=イェル=ケル=アルザーノ七世と申します。

 此度の会合、貴方に多くの事を訊ねたく招かせて頂きました」

 

 

 女王の名乗りと共に、広間の空気が変わり始める。

 王との邂逅。この国の頂点に立つ人物との会合が今――始まる。

 

 

 




 次回は女王との会合を予定しています。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。